ありふれた錬成師と空の少女で世界最強【完結】   作:傘ンドラ

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恵里ファンの方々に取りましては、少々辛い展開かと思います。


無敵の少女中村恵理

「恵里……あなた、そこまで堕ち……」

「だからもう恵里じゃないんだよ、あんなのもういらないんだよ……」

 

声を詰まらせる雫を上空から眺めながら、ジータの顔の恵里は自身の過去を思い出していた。

 

まずは、もう朧気にしか覚えていないがそれでも優しく、暖かかった父の眼差し、

そして掌を永遠に失うことになった交通事故……。

思えば自分の人生は最初から死に彩られていたのだろうと、

幼き自分の視界を染めた血の赤と、今やそのことについて微塵の悲しみすらも覚えなくなった、

自分へと皮肉気な想いを抱きながらも、恵里は回想を止めようとはしない。

 

次に浮かぶは、父の、夫の死の責任を全て自分に押し付け、

執拗に責め苛む母親の姿と、声だった。

 

『あんたなんか産むんじゃなかった』

『代わりに死ねば良かったのに』

 

それでも、それが父への愛ゆえと思えれば、まだ耐えられた。

しかし……母は何年か経つと、平然と新しい男を家に引っ張り込んできた。

それも父とは似ても似つかぬ粗暴な男を……そしてそいつは自分を……。

 

「……僕はずっと捨て去りたかった、穢れた淫売の血が流れるこの身体をね」

 

そしてある朝、自ら死を選ぼうと鉄橋から川に飛び込もうとした時だった。

自分を無理やり欄干から引き離した、その声、その手の温もり……それはまるで……。

それが天之河光輝との、王子様との運命の出会いだった。

 

そして憚る様にぽつりぽつりと事情を話した自分へと、王子様は確かにこう言ったのだ、

その言葉の重さを知らぬままに。

 

『――もう一人じゃない、俺が恵里を守ってやる』と。

 

表面的な結果からいえば、確かに天之河光輝は中村恵理を守ったといえる。

或る意味死に損なったともいえるその日から、

クラスで孤立していた恵里は光輝の言葉によって動かされた、

クラスの女子たちからも丁重に扱われるようになり、

そして、ほぼ時を同じくして、児童相談所の手が家庭に入ったこともあって、

ようやく、ささやかながら人並みの暮らしを彼女は取り戻すことが出来たのだ。

 

普通ならば、それでめでたしめでたしとなるのであるが、

無粋にもこの話には続きがあった。

 

そう、一人の少女に取って、それはあまりにも劇的過ぎたのだ、

今まさに死を選ぼうとするまでに壊れた心を抱えた少女にとって、

その言葉は、存在は。

だから、恵里はもうそれだけでは満足が出来なかったのだ。

そしてその思いを察するには、天之河光輝もまた余りに幼稚だった。

 

そんな少年の、まるで何かに駆られているかのような、

無分別で無秩序な人助けを眺めている日々の中で、恵里は気が付く。

自分が特別だから、お姫様だから王子様は助けたわけではない、

ただ困っていたから助けただけで、王子様に、光輝にとって、

自分はありふれた同級生に過ぎないのだと、

そして光輝にはもう二人の文字通りの特別な少女が、すでに存在しているということにも。

 

自分がもっと……王子様の特別に、白崎香織と、八重樫雫に負けないくらいの

美しい姿であったならば、お姫様であったのならば……。

だからどんなに焦がれても焦がれても、恵里はただ光輝の姿を見つめていることしか、

出来なかった、彼女がもう少し自分に自信があれば、いや、自信がなくとも勇気があれば、

また彼らの関係は違ったものになっていたかもしれない。

 

そして恵里の目は、ついにジータを捉える。

 

決して忘れやしない、そんな自身を苛み続ける劣等感に苦しんでいた頃……、

ただ天之河光輝の姿を追い、眺める事だけを救いにしていた頃、

映画の悪役が乗るようなクラシカルな高級外車に乗せられて、

八重樫道場にやって来た双子の兄妹の姿を。

 

兄の方にはさしたる興味を抱かなかった恵里ではあったが、

続いて車から降りて来た妹の姿を見た瞬間、恵里は息を呑まずにはいられなかった。

肩の所で清楚に切り揃えられた金髪、大きな瞳……溌溂とした輝き。

まさに、自分が夢見た"お姫様"そのものの姿をした少女が、

言わずと知れた蒼野ジータが、姿を現したのだから。

 

「初めて君を見た時の……僕の気持ち、分かるかな?」

 

ジータの姿を見た途端に恵里は直感した、あれは王子様を自分から奪いに来たのだと。

それはいささか飛躍した幼いがゆえの焦りに過ぎなかったが、

それまで光輝の傍にいた白崎香織と八重樫雫の二人とは確かに違う何かを、

恵里はジータから敏感に感じ取っていた。

 

但し、ジータが当時はいわゆる山の手のお嬢様学校に通っており、

つまり光輝とは道場以外での接点はそれ程無かったことは、恵里に取っては救いではあった。

また、兄の方も中学に上がった頃くらいから、光輝としっくり行ってないように見え、

それに伴い、ジータと光輝の関係は眼に見えて悪化していったことも、好都合ではあった。

 

「君は僕が望んだ幸せの象徴だった」

 

裕福な家庭、心優しい両親、優秀な兄、美しい姿、

中村恵里に取って蒼野ジータは、まさに自分が欲しかった物を、

生まれながらにして手にしていた、理想の存在だった。

 

「だからずっと欲しかった……君のそのキレイな顔が、その強さが」

 

道場で、教室で堂々と光輝に喰ってかかり、渡り合うその姿が。

光輝が自分の"特別"を、理想郷の住人となる資格を与えようとしているのに、

その手を平然と振り払う姿が恨めしく妬ましかった、そして何より眩しかった。

 

「だから……そんな姿になったの?」

「そうさ!僕は君になるのさ!僕のなりたい僕になるのさ!」

 

これが……あの憎しみの眼差しの理由かとようやく合点を得るジータ。

その横で耐えられなくなったのか、シアが口元を抑える。

その背中をさすってやりながら、ジータは自分と同じ顔の恵里を睨む。

 

「ああ!いいよ、その顔だよ!ホントにキレイだ、これがもうすぐ僕の物になるんだあ」

「そうそう上手く行くわけないでしょ……」

「いくさぁ!南雲がエヒト様に、神様に勝てるわけないだろ、

そしてジータ、その時が君の死ぬ時で僕が君になる時なんだ!」

「結局、他力本願なんだね……それじゃ」

 

愛する者を手に入れることなど、何であろうと不可能……、

呆れ顔でそう続けようとしたジータには構わず、恵里は一方的に捲し立てる。

 

「君たちを皆殺しにした後、僕一人だけで戻るのさ、エヒトは倒したけど、

残りは全員死にましたって、それで二人で地球に帰るのさ」

 

そして恐らくはエヒトとともに……その余りに浅ましい考えに、

計画に唖然とするジータたち。

 

「僕の演技を見抜けなかったくせに、君程度幾らでも演じてやるさ!

南雲だってあんなに変わったんだから、多少の変化くらいどうにでもなるさ!」

 

上ずった口調は、いつの間にか素面へと戻りつつあった。

 

「ま、秘密を知ったからには、ここで死んで貰うよ」

「だったら自分からバラさないで欲しかったな」

「一度言ってみたかったのさ、それに大丈夫さジータ、

君の姿も家族もお金も、ぜぇんぶ僕が有効に使ってあげるよ」

「いくら光輝が鈍くても流石に気が付くわよ!」

「そうだねぇ……きっと許さないだろうねぇ~幾ら何でも、そしたら……」

 

雫の指摘に夢見るような表情を浮かべる恵里、その顔を見て一同は悟る。

もう、どちらに転んでも恵里に損はないのだと。

怒りと悲しみに満ちた光輝の手にかかることによって、

自らはその記憶の中で永遠に生き続け、光輝の心を永遠に縛り付ける……

そんな一種の復讐じみた愛を成就させることも、また恵里の望みなのだろうと。

 

そもそも、何もかも捨てた者が失うことなどないのだから……。

 

「光輝君は僕に優しかったんだ……」

「オマエ無敵だな」

 

シャレムの言葉に目を剥き笑う恵里。

自分の顔でそんな表情しないで欲しいなぁと思いつつも、

その何もかも諦めきったようでいて、そのクセ何かを期待している。

恵里のそんな半端な態度が、ジータには無性に気が触ってならなかった。

 

「ああ、そういえばこれも言っとかなくちゃね」

 

そんな苛立ちを覚えるジータをいなすかのように、また別の話題を恵里は持ち出す。

 

「誰か一人だけ助けてもいいって、エヒト様のお赦しを貰ってるんだ」

 

そして恵里は手を差し出す、自身に残った最後の揺らぎを吐き出すかのように。

 

「鈴……これが最後のチャンスだよ」

「……」

「僕はもうそっち側には戻れないけど、君がこっち側に来てくれるなら……」

 

その言葉は、明らかに中村恵理の言葉だろうと、

それもまた最後まで残った願いの一つなのだろうとジータたちには思えた。

 

「大丈夫だよ、ちょっと端っこで見てるだけで全部終わるから……そしたらさ、

全部忘れて普通の女の子に……」

 

その言葉を、願いを受けた鈴の身体が僅かに震える。

 

「鈴は結局……何もわかっていなかった、本当の恵里に気が付いてあげられなかった

ジータちゃんは、見てるだけじゃ、傍にいるだけじゃ分からなくっても仕方ないって

言うけど……それでも鈴だけは気が付いてあげないといけなかったんだ」

 

もしも、恵里の抱く光輝への想いに早く気が付いていればきっと……。

だが、同時にこうも思う、そうはならなかったから今があるのだ、

そこから目を背けてはならないと。

 

「鈴の親友の……恵理が……助けてくれるっていうなら、

鈴はその手を取ったかもしれない、でも……」

 

身体を、言葉を震わせながらも、これが友情への返答なのだと、はっきりと鈴は叫ぶ。

もう一つの心の叫びを、例え姿が変わってもという叫びを、必死で押し殺しながら。

己の迷いを断ち切るかのような、悲痛なまでの決別の叫びを。

 

「今のお前はもう……恵里じゃない!」

 

それは今から起こるであろう最後の死闘を、その結末を全て受け止めるという、

決意表明でもあり、そしてもう一つの決意でもあった。

中村恵理を……自分の親友を取り戻すという。

 

「そう、そうなんだ、光輝くんだけじゃ……ないんだ」

 

だが、そんな鈴の心中を察するべくもなく、

喘ぐような、誰にも聞き取れない小声で視線を上に向けつつ恵里は呟く、

そして灰羽を広げ、手にした剣を手前に掲げる、

と、同時に周囲の廃墟から、先程の魔物とはやはり一線を画す気配を纏う、

紅い瞳が爛々と灯って行くのが見て取れる。

 

「傀儡兵……」

「ああ、それもさらにパワーアップされた特別製だよ」

 

確かにそのフォルムは人間というより、魔物に近い、

恐らく従来の傀儡兵に魔物の肉体を合成したのだろう。

これはもはや傀儡というより、合成生物、屍獣兵と言ってもよい。

 

「第一の使徒エーアスト、 神敵に断罪を」

「第二の使徒ツヴァイト、 神敵に断罪を」

「第三の使徒ドリット、 神敵に断罪を」

「第四の使徒フィーアト、 神敵に断罪を」

「第五の使徒フィンフト、神敵に断罪を」

 

さらに上空には使徒の群れが再び姿を現す。

恵里の左右を固める指揮官級の直属なのだろう、これも強い力を感じてならない。

 

『アンブレディクト』『コラプス』

 

すかさず戦場を掌握すべく、ジータとカリオストロのデバフが飛ぶ、が。

傀儡兵や使徒はともかく、上空の名乗りを上げた五体の使徒には、

思ったよりも効果が薄いように見えてならなかった。

 

「効いて……いますよね?」

「ああ、一応な、けど見て見ろ」

 

使徒の纏う鎧から、淡い光のようなものが瞬いている、どうやら自己バフで、

デバフを相殺しているらしい……本当に取って置きをここで出して来たようだ。

 

「と、いうことはここから本気ですね!」

「うむ、上空は妾に任せよ」

 

シアがハンマーを勢いよく振りかぶり、ティオが竜身へと変化する。

 

「いいか、目的は殲滅じゃねぇ!あくまでも時計塔に、そしてエヒトの元に辿り着くことだ」

 

せめてジータだけでもと、その認識を新たにし、

一行は道を阻む傀儡ども、そして使徒どもへと突撃して行く。

 

「どうせジータに攻撃を集中してくるに決まっている!お前ら心得ろよ!」

 

 

一方、神域最深部、神の間では。

 

「何があったんだ?ジータの奴メッチャ怒ってるぞ」

 

正直、構う余裕はないのだが、それでも魂のリンクが伝えるその劇的な感情の変化は

無視することは出来ない、考えられる要因としては……。

 

「中村か……」

 

ジータにそこまでの怒りを与える存在は、今となっては彼女しか思い浮かばない。

但し怒りこそ伝わるが、不安や恐怖は感じないので、

その傍にはまだ仲間たちが健在なのだろう。

 

そんなハジメの様子を見て取ったか、光に守られたエヒトルジュエが、

煽るかのような笑顔を見せる。

 

「もう一人を、片割れを殺せば、お前も死ぬ……難儀なものよ」

「ジータは俺よりもつええぞ、そう上手くいくかな」

 

もちろんジータには心強い仲間が揃っているし、

ハジメの言う通りジータ自身も、彼にに匹敵する強さを誇っている。

だが、エヒトルジュエに取っても、時間を稼ぐという選択肢が存在しうることになってしまう。

 

「貴様は忌々しき男だが、その有能さが分からぬ程、我は狭量ではないぞ

もう一度聞く、イレギュラーよ、我の物となれ」

「そんな事を言って、隙を作らせるのか!」

「そうでもあるがぁぁぁぁ!!」

 

元より、ユエの身体を取り戻したいハジメと、ユエの魂を奪いたいエヒトルジュエ、

その構図が奇妙な膠着状態を呼んでしまっている。

互いにやり過ぎてしまい、勝つには勝ったが欲しい物を得ることが出来なければ、

元も子もないのだから。




恵里に関しては"悪"というよりも"狂"というイメージが自分に取っては非常に強いです。
そんな彼女の光輝への依存や執着心が、ジータという原作には存在しない異分子が加わることで
どうなるかを自分なりに考えた上で、こういう展開とさせて頂きました。

次回は前半ハジメパート、後半ジータパートです。
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