ありふれた錬成師と空の少女で世界最強【完結】   作:傘ンドラ

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十三日金曜日、一つの決着。


末路

ハジメとエヒトルジュエの戦いは奇妙な膠着状態を迎えていた。

ハジメの繰り出す鋼の軍団と、エヒトルジュエの光の軍団は、

確かに激しい衝突を繰り広げてはいるのだが……。

 

肝心の二人は、今の所は言葉を武器にしての舌戦を主だって展開していた。

 

「そういえば、我を矮小と言ったな?この創造神にして支配神であるこの我を」

「ああ……ユエのこともそうだが、大陸の外に隠れた竜人族を捉えられず、

そして大迷宮もを見つけることが出来なかった、自分が作った世界で、

生命であるにも関わらずな、神を名乗るには力が弱すぎる」

 

もちろん力の多寡だけで判断したわけではないと、ハジメは言葉を続ける。

 

「それに、全ての存在は比較対象があってこそ、己を認識出来る、

唯一にして単独の存在が、どうして自分自身を認識することが出来る?

増してや神であるなどと、従って……」

 

ハジメは導き出した結論をエヒトルジュエへと突き付ける。

 

「お前は神という概念を知っている世界の住人、そう、俺たちとさほど変わらない

単に強大な力を行使出来るだけの人間、いや元人間というべきかな」

 

ハジメの言葉に、エヒトルジュエは頷いた後、わざとらしくパチパチと拍手を始めた。

 

「見事と言っておこうか、確かに我は元々は異世界の人間だった、

ただ魔法の極みに至っただけのな……いい機会だ、少しばかり昔話をしてやろう」

 

エヒトルジュエは、滔々とハジメへと自身の過去を語り始める、

だからといって無論攻撃の手を緩めるわけではなく、その対処に四苦八苦しつつも、

ハジメもまたその話に耳を傾ける。

 

魔法文明を極め、疑似的な不老不死すらも可能となった世界、

そんな世界で研究者として生きていたと、

エヒトルジュエはそんな自身の故郷を、過去をどこか自慢げに、

そして寂しげに語って聞かせる。

 

「だが、発展し過ぎた世界が末期を迎えるというのは自然なこと、

我の世界も、その例に漏れなかった、といっても、資源が尽きたとか、

価値観、あるいは経済的、政治的な思想の相違から発生した終末戦争だとか、

そういうことが原因ではない、もっと、どうしようもない理由だ……」

「発展し過ぎたがゆえに、人々が生きる意欲を無くし、自壊したとかか」

 

ハジメの言葉に少し違うなと、エヒトルジュエは軽く首を振る。

 

「今思えば確かにそれも要因の一つだったのかもしれん、我らが飽いていたのも、

事実であったからな……何せ、世界に満ちる情報そのものに、

物質に、生命に、星に、時に、境界に、干渉できるようにまで魔法技術が発展しておったからな」

 

それがいわゆる神代魔法の基礎ではないのかとハジメは思った。

 

「そうなるとどうなると思う、お前ならば分かる筈だ」

「研究の名目で弄んだんだな、世界の理を……」

「そうだ、研究者とはいつの時代も好奇心を抑えられないものだ、

世界に広がった理への干渉技術は、まさにお前の言う研究という名の建前により、

玩具のように弄り回され……そして世界を壊す原因となったのだ」

 

そのエヒトルジュエの、かつて世界の理に挑んだ研究者の言葉は、

ハジメの胸に深く突き刺さった、その心境を悟ったユエが無言でその髪を撫でる。

 

「つまり世界を壊したお前を含む当の本人たちだけが、生き延びたってことか……

異世界に転移することで」

「そうだ、笑えるだろう、世界を壊した張本人たちだけが、

滅びから逃れることが出来たというのだから」

「で……お前らが辿り着いたのが」

「そうだ、この世界だ、驚いたぞ……何せ、我らの世界とは比べるべくもないほどに、

原始的な世界だったのだからな」

「そしてこの世界に文明を与えたということか」

 

オスカーの工房で、初めてエヒトルジュエの正体を、目的を知った時には、

どこのストラテジーゲームだ、シヴィライゼーションだと、ジータと二人して思ったものだが。

まさか現実であったとは……事実は小説よりも奇なりかと思いながらも、

光の奔流を迎撃していくハジメ。

 

「それから数千年、この世界はよく発展した、だが、反比例するように我々は、

"到達者"達は一人、また一人と生きる気力を失い、死の理を超越していたにもかかわらず、

自らその命を終わらせていった、我には理解できなかったが……、

最後に延命を止めた者は"もう十分だ"と言っていたな……」

 

"到達者"とは恐らく神代魔法、その真髄を個人で扱える者たちのことでもあるのだろう。

 

「そして結局、残った"到達者"は我だけとなった……どれだけの年月が経ったのか

日々、世界中にて、我の元へ訪れては祈りと供物を捧げる人間達を見て、

ある日ふと思ったのだ」

「全部壊してしまおうと……」

 

何故か自然に口を衝いて出たその言葉に、ハジメが驚きの表情を見せるのとは対照的に、

エヒトルジュエは我が意を得たりと笑う。

 

「何千年と守って来た全てを、己の手で蹂躙した時の我が心境が分かるか?

まさに悦楽であったわ、破壊とはこれほどまでに甘美な物であったかと

……ふふふ、破壊者たる我へと救いを求める民の祈りの滑稽たることよ

故に決めたのだ、この世界を我の玩具にしようと」

「……」

 

自嘲に満ちたエヒトの言葉に、ハジメはただ僅かに視線を逸らし、沈黙で返すのみだ。

 

「話を変えよう……今度はこっちの番だ、亜人と魔人についてだ、

あれもお前が産み出したものだろう」

「やはり面白いぞ、イレギュラー……何故気が付いた」

 

仕切り直すかのようなハジメの問いに、今度はエヒトルジュエが僅かに驚きの表情を見せる。

 

「あんたは自分の身体を欲していたんだろ、無ければ作るしかしかない、違うか?」

 

現在の魔物や、恐らく使徒もその副産物なのだろう。

その過程の中でどれほどの生命が失われたのかは、想像に難くはなかった。

 

「そうだ、故に待つしかなかった……この神域にて魂魄のみの姿でな、

そしてついに三百年前見つけたのだ、この身体を!」

 

エヒトルジュエは、歓喜の表情で己の頬を撫でつつ、ハジメへと叫ぶ。

 

「さぁ、そのお前が握るこの娘の魂を寄越せ!ここまで到達したお前ならばっ、

かつての我と似ておるお前ならば分かる筈だ!」

「ああ……よく分かったよ」

 

その"分かった"は、エヒトルジュエの期待するような声音ではなかった、

絶対零度の凍気を帯びたその響きは、絶対的な拒絶の意を孕んでいた。

 

 

「この世界がどうして歪なのかよくわかったよ、結局お前は……

お前の知る限りのことしか、しようとしなかったからだって」

 

しかし口調こそ態度こそ厳しいが、どの口がともハジメは思っていた、

それはスケールこそ違えど自分も同じだったのだから。

やりたいことをやっていると居直って、その実、出来ることにしか目を向けなかった、

かつての自分……その果ての末路に待つ物は……。

 

「新しい何かに手を伸ばそうとはしなかったからだって」

 

それでもハジメは思い起こす、転移の際、一瞬垣間見た神域の断片を、文明の残骸の数々を。

だから神は、エヒトルジュエは、かつて滅ぼした世界の劣化コピーしか、

造り出すことが出来なかったのだと。

 

世界が人々が己の手を離れたのならば、

彼らは、それを受け入れまた別の世界を求めれば良かった、

到達者を自称するのであれば、その方法も力もあった筈なのだから。

確かに、そのことに気が付いた時には手遅れだったのかもしれない、

だが、それでも幾百幾千の時間があった筈だ。

 

「お前に如何なる理由があれど、魔法であれ、科学であれ、人々の発展を妨げ、

その叡智を奪った者を、未知に手を伸ばす者を阻んだ者を、

知性ある者たちを家畜へと貶めた傲慢を俺は許すわけにはいかない」

 

お前もかつて探求する者であったのならば尚更と、ハジメは明確に、

しかし決して敵意だけではない感情を込めて、その寂しさを恐怖を理解した上で、

エヒトルジュエへと叫ぶ。

 

「安心したよ!エヒトルジュエ、お前はまだ人間だよ!神なんかじゃない!

孤独と寂しさで心が歪んでしまっただけのっ!ただの人間だっ!」

「若造の言うことかぁっ!勝てると思うな!小僧ォ!」

 

その言葉にさらなる得心を抱くハジメ、

きっとエヒトルジュエもまた、かつては自分たちとさほど変わらぬ、

ありふれた人間に違いなかったのだと。

 

 

 

そして廃墟では戦いの趨勢が決まりつつあった。

 

自身の数倍はあろうかという、屍獣兵を一刀両断に斬って落とす雫。

その腕は人間の肌の色ではなく、鈍く銀色に光っている。

 

変成魔法"天魔転変"魔石を媒体に自らの肉体を変成させて、

使用した魔石の魔物の特性をその身に宿すという、

変成魔法としては少々特異な魔法である。

 

さらに昇華魔法の力によって、雫はその得た特性を自分の肉体の部位に対して、

自在に使用することが可能となっていた。

 

さらに背後から、まるで空飛ぶ魚に手足を生やしたような、扁平な姿の屍獣兵が鋭く迫るが、

今度は雫の両足が鹿のように変化し、バク宙で頭上を取ると、

そのまま三枚に下ろすかのように斬って捨てる、

と、こうして複数の特性を使用することも、また可能となっている。

流石最後の三日間を、自分の特性に合った魔石の見極めに費やしていただけのことはあった。

 

(光輝が勇者の看板を背負うなら、私は八重樫の看板を背負うッ!)

 

自分に派手なギミックは必要ない、ただ孤剣のみでどこまでやれるのかを確かめる、

八重樫の武を異世界に於いても証明する、

それも今の雫が戦いに身を投じた理由の一つであった。

 

そして空ではシアとティオが中心となって使徒との戦いを繰り広げて……、

いや、それも既に掃討戦の段階に入りつつあった。

使徒の大半はティオとシャレムがすでに駆逐しており。

 

残る五体の指揮官級使徒の内、ツヴァイトはすでに地に落ち、

そしてフィーアトもまた、限界まで肉体を強化した、

シアのヴィレドリュッケンによる一撃を受け、無残にも頭を潰され、

また地へと落ちて行く。

 

と、いった風に、恵里たちは既に時計台の頂上まで追い詰められつつあった。

 

「どうしてっ!どうしてなんだよ!ここまでしたのに……」

 

姿だけではなく、全てが変わり果てたと言ってもいい、己を省み叫ぶ恵里。

その有様を、ただ悲し気な目で見つめるしかないジータ、

彼女とて言いたいことは山ほどあるのだ、だが……それは自分の言うべきことではない。

それを言葉にすべきなのは……。

 

「ねぇ……もう一度ちゃんとさ、お話しよ、鈴と」

「罵倒でもしたいわけ!話すことなんてないって!お前なんか恵里じゃないって!

さっき言ったばかりじゃないか!」

「うん……だから、もう一度恵里に戻ろ、ね」

 

あくまでも静かに、そして優し気に鈴は言葉を続ける。

 

「南雲君とカリオストロさんに頼んで、恵里を元の身体に戻してあげる……そしたら」

「いやだっ!戻ったりなんかするものか!もうあんな惨めな自分になんか戻りたくないっ!

この身体がいいっ、この顔がいいっ!ジータがいいっ!」

 

自分を守るかのように己の身体を抱きしめる恵里。

 

「例え姿が同じでも……恵里とジータは違う人間だよ……だから

鈴が……その弱い恵里を守るよ、そして二人で強くなろう、今度はちゃんと」

 

鈴はそっと恵里へと手を差し伸べる。

 

「馬鹿じゃないの!これだけのことをしておいて……許してくれるわけないじゃないか!」

「エヒトに操られていたってことにすれば何とかなるよ、そんなの」

 

実際は何とかなる筈がないことは、その場しのぎだということは承知の上で、

それでも鈴は恵里へと呼びかける。

どんなに姿形が変わっても、やはり中村恵理は、谷口鈴に取って親友なのだから。

例え、許されざる敵に回ってしまっていたとしても、誰がその死を望むだろうか?

 

だから鈴は必死で訴える、恵里へと。

 

「守るよ、今度こそ、見たでしょ鈴の戦いぶり、恵里とちゃんと話したいから

恵里を守れる強さがあるんだってところを見せたかったから、だから……」

「があああっ!」

 

叫びと共に、恵里から放たれた黒い何かが、鈴の身体を打ち据えるが、

それでも鈴は歩みを止めない。

 

「好きなんだよね、光輝くんのこと……でもそれは恵里が……、

中村恵理だからなんじゃないの?」

 

たどたどしい歩みを見せながら、それでも鈴は笑顔を絶やさず恵里へと手を伸ばす。

それとは対照的に恵里は怯えた表情を見せながら後退るのみだ。

 

「もしも……今のそれで光輝くんを手に入れたとしても、

それはジータちゃんが……光輝くんを手に入れたってことになっちゃうよ」

 

恵里の背中が時計の文字盤に触れる、もう下がれない。

 

「戦おうよ、ちゃんと中村恵理として、鈴も……今度こそちゃんとするからっ!」

「……」

 

恵里の表情は何かを思い定めたかのような物へと変わり、

そして鈴へと何かを口にしようとした時であった。

 

「僕は……すぶちゅ!」

 

……恵里の胸から突如として腕が生えた、

正確には背後から恵里の身体を貫いた何者かの腕が……。

恵里の背後で、斑色の何かが寄り集まり人の形を成していく。

その姿はジータには見覚えがあった……あの日魔王城で逃がした。

 

「アルヴヘイト!」

「いけませんねぇ!私からエヒト様の寵愛を奪うだけでは飽き足らず、

こうして手柄まで奪い取ろうとするだなんて」

 

アルヴヘイトは、恵里に対して憎悪の籠った嘲り口調で吐き捨てる。

その身から放たれる気は、あの日よりも遙かに巨大で禍々しく、

その禍々しさにもジータは覚えがあった。

神山で、イシュタルが纏っていたものと同じだと……。

 

アルヴヘイトは、恵里の胸から腕を引き抜くと、

さらなる手刀でもって、恵里の左肩口から右脇までを両断する、

ずるりとズレるような……まるで失敗したダルマ落としのように、

滑り落ちていく、恵里の上半身。

 

「え……あ……」

 

その余りにも劇的な展開に喘ぎ声しか出せない鈴、いや、鈴だけではない。

ジータも、雫も、シアも、ティオも、カリオストロやシャレムですらも、

金縛りにあったかのように身動きが取れない中、上空から無機質でありつつも、

鋭い声が飛ぶ。

 

「アルヴヘイト、お前にはエヒト様から抹殺指令が出ております」

「生き恥を晒すその姿を発見次第殺せ、イレギュラーよりも優先せよと」

 

ドリットとフィンフトが両の手の大剣を掲げ、アルヴヘイトへと急降下する。

だが、その剣はアルヴヘイトの首には届くことなく、逆に二人の身体は、

アルヴヘイトの身体から染み出した、斑色の影により捕捉され、

その影に触れた途端、二人の瞳が、表情がさらなる無機質な物へと変じて行く、

そして……。

 

ドリットとフィンフトは踵を返すと、

あろうことか同胞である筈のエーアストへと剣の切っ先を向けたのであった。

 

「なッ!何をするのです」

「「……」」

 

ありえない事態に困惑の声を上げるエーアストであったが、

もう二人の耳には届いていないのであろう。

何とか反撃を試みようとするも、やはり自身と同等の存在を二人同時に相手にするのは、

無理があったようだ、僅かな時間の内に見る間に追い詰められ、

 

「……ぐっ」

 

そしてくぐもった悲鳴のような一言を残し、両断されてしまう。

 

「お前……蛇に魂を売りやがったな」

 

そこまでのプロセスを目にしたところで、カリオストロが不快さを隠すことなく、

アルヴヘイトへと吐き捨てる。

 

「それがどうかしたというのですか?私は新たなる力を得たに過ぎません……そう」

 

アルヴヘイトは両手を掲げ、高らかに叫ぶ。

 

「エヒト様の寵を再び得るための力を!」

「影に飲み込まれるな!退け!」

 

カリオストロの鋭い声に、一度時計塔から退くジータたち、

その目に灰色の空が赤く染まっていくのが見え、そして次の瞬間。

巨大な図書館や、天地が反転したかような空間や、白いブロックが無数に浮遊する空間や、

見渡す限りの大海原が映し出され、そしてそこから無数の魔物たちが、

アルヴヘイトの招きに応じるかのように、廃墟へと続々と姿を現していく。

 

「構うな!オレ様たちは先を急ぐぞ」

「そうは行きません、ここであなた方は私の手柄となって頂くのです」

 

優越感に顔を歪ませながら、アルヴヘイトは次の世界への扉となっている、

時計塔を破壊する、その瓦礫に紛れて地に落ちて行く恵里の姿を見、悲鳴を上げる鈴。

その声を聞いたジータの表情で察したか、雫は鈴を抱き抱えると、

そのまま恵里が落ちた方向へと身体を宙に躍らせていく。

 

「無粋な真似しやがって、お前のような奴を場違いって言うんだ」

 

そんなカリオストロの声を聞きながら、雫と鈴の二人は倒壊した時計塔の瓦礫と瓦礫の間から、

何とか恵里の身体を引き摺り出していく……だが、その変わり果てた無残な、

まさに残骸と言ってもいいその身体に、雫は思わず目を逸らしてしまう、

それでも鈴は全てを受け入れんとばかりに、真っすぐに恵里の残りカスから目を離さない。

 

「鈴ちゃん、僕はね……満足……してるんだ……」

「うん……うん」

 

しゃべらないで、とは言わない、その代わり親友の最期の言葉を一字一句聞き逃すまいと、

鈴はひたすらに耳を澄ませていく、涙の中に何とか笑顔を作りつつ……。

 

「僕が……なりたかったものに……なれたから」

 

恵里の身体の断面からは、機械とも生物ともつかぬ、異様な物体が覗いている。

それは先程まで散々戦った使徒の肉体そのものであった。

 

「ね……もう、鈴ちゃんの知ってる中村……恵里っ、じゃないんだよ……だからっ」

 

苦しい息の中で、恵里はこれだけはとばかりに語気を強める、

最後まで自分を見捨てなかった親友を、自分から解放するために。

 

「鈴ちゃんのせいじゃ……ないんだ、全部僕がっ……僕自身で決めた……ことだからっ」

「でもっ……それでも鈴がもっとっ……」

 

声を詰まらせる鈴へと、しょうがないなとそんな笑顔を見せ、恵里は胸元から何かを取り出す。

 

「どうしても……捨てられなかったんだ」

 

それはひしゃげた何処にでも売っているような、ありふれた眼鏡だった。

自身の仮面であったと同時に、中村恵理と谷口鈴の思い出がある意味では詰まった、

そんな眼鏡を恵里は鈴へと手渡す。

 

震える手で自身のメガネを受け取った鈴へと笑顔を見せると、

恵里の瞳が急速にその光を失い始める。

 

「恵里っ!恵里っ!待って、まだ鈴を置いて行かないで!」

 

感極まった鈴の叫びは、もう恵里の耳には届いていないようだった、

遙かな遠くを見るように、そしてそこでようやく何かに気が付いたかのように、

ただ一言、ポツリと恵里は呟いた。

 

「光輝くんは……僕の……おとうさん……に」

「え?」

 

その言葉を最後に、中村恵里はもう動くことは無くなり、

そしてようやく許されたとばかりに、憚ることなく嗚咽を漏らす鈴と、

ただ拳を握りしめ立ち尽くす雫の姿が、その亡骸の傍に佇むのみであり、

そんな二人の悲しみをよそに、彼女らの頭上では再びの戦いが展開しているのであった。




アルヴの役は、途中でリタイヤしなければ本来檜山にやって貰う予定でした。

で、クラスメイトをハジメたちの手に掛けさせない、その手を汚させない、
というのもこの作品を書く上での目的の一つでした。
でないとやっぱり引き摺ると思うんですよ、ハジメは気にはしないんでしょうが……周囲が。
そういう意味でもあの世界はどこかおかしい気がします。
自分がクラスメイトだったとしてハジメに恩義は感じるし、感謝もするでしょう、
ですが、同時に恐怖も感じると思います。
いずれにせよ、わだかまりなくテーブルを囲むには相応の年月が必要でしょう。

恵里に関してはその狂気、執着を書いていきたいと思っておりましたが、
狂気キャラというのは、受け止められる相手がいてこそなんだなと認識する結果に。
普通の女の子に過ぎない鈴ではやはり荷が重すぎた感があります。

それから最期の言葉に関しましては、恵里はやっぱり失った父親の面影を、
どこか光輝に求めていたんじゃないのかな?という解釈で書かせて頂きました。

ちなみに檜山と恵里のカップリングもどうかなと思った時期もありましたが、
「なぁ恵里、俺たちってボニー&クライドみたいだな」
などと口を滑らせた檜山が恵里に殺られてしまうようなオチしか思いつかずボツに。

(檜山が恵里に絆されることはあっても、恵里が檜山に心変わりすることはないと思うんすよ、
個人的な見解ですが)

それから生存ルートも一応考えてはおりました。
ヒントは「冬が来ると訳も無く悲しくなりません?」です。

そして一方でハジメとエヒトのやり取りも、単なる敵同士としての物ではなく、
互いにある種のシンパシーすら抱きつつあります。
これは書いてるこちらとしては、少し予想外だったりしてます。
キャラが動くとはこういうこと?
それでもラストのハジメのセリフについては初期から言わせようと決めてはいましたが。

次回は地上の戦いをお届けする予定です。

それから余談ですが、原作をチェックしてて度々思ったのは
ハジメにしろ、光輝にしろ、香織にしても、
皆、押してはいる癖に、相手の心を開こうとはしていない気がしてなりませんでした。
理解を全て相手任せにしていたら、そりゃ上手く行く筈ありませんよね。
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