錬成によって形作られた急場凌ぎであった筈のユエの身体が、
エヒトルジュエに接近するにつれ、光の球体となって行く。
最初はあくまでも急場凌ぎであったことは間違いない、
だが、ミレディに、そして光輝に託された神滅の短剣を参考にデチューンされた、
今のユエの肉体は、不自然なまでに飾り付けられたドレスは、
それら全てが概念魔法によって織られた、強力な対魂魄にして対神兵装である。
それにハジメは、あの時ただ光の柱に縋りついていただけではない、
再びの戦いに備え、いわゆる乗っ取りのメカニズムを解析していたのだ。
それらによって導き出された解答が、結論が光の繭となって、
エヒトルジュエ、ひいてはユエの肉体を包み込む。
『一度ならずっ、二度までも……だがタダではッ!この身体ッごとッ』
そんな明らかにユエの声帯を使った物ではない声が繭の中から響くと同時に、
一瞬、繭が業火に包まれる、奪われるなら自分の手で壊すという寸法か?
しかし。
『ディレイⅢ』
強力な攻撃遅延効果を発揮するジータのアビリティによって、
業火は瞬く間に消滅していく、そして、実際に聞こえたわけではないが、
ハジメたちは確かに耳にした、何かが引き剥がされるそんな音を。
そして、繭の中から影を振り払うようにして、
紛れもないユエが、まさに蛹が蝶となったかのように、
黄金の髪を靡かせ姿を見せるのであった。
「……んっ、ただいまハジメ」
「一応さっきまで一緒にはいたんだけどな、でもおかえりユエ」
ハジメの腕の中でギュギュっとぐーぱーをしながら、
数日振りの自分の肉体の感覚を噛みしめるユエ、
その髪をいつの間にか隣に移動していたジータが優しく撫でてやる。
過剰な言葉も表現もそこにはない、
そんなものはこの三人には今更必要などないのだから。
そんな三人を引き裂かんと凄絶な殺気と共に莫大な光の奔流が襲い掛かるが。
無粋とばかりにユエが手を突き出すと、瞬で張り巡らされる光の障壁が、
それらを全て防ぎきる、それはユエの力が万全であるという証である。
その障壁を隔てた先には、光そのもので出来た人型が浮遊している。
『やはりお前たちは面白い……』
器を再び奪い返されたという屈辱と、口惜しさの中、
その口を衝いて出たのはエヒトルジュエに取っても意外な言葉だった。
『だがここは【神域】魂魄だけの身となれど貴様らを圧倒するくらいわけのないことだっ!
ここからが本当の勝負というものよ!見よ!』
エヒトルジュエはクロス・ヴェルトとグリムリーパーの残骸をハジメたちへと指し示す。
『貴様らは既に矢尽き、盾折れた状態ではないか!』
「何言ってやがるんだ、実質俺一人も圧倒出来なかったくせしやがって
俺たちはな、三人揃ってこそなんだよ!」
ハジメがドンナーとシュラークを構え、高らかに吼える。
「ハジメちゃんの言う通り、私たちは三人で最強なんだよ」
「……んっ、私たちは無敵」
『神に対して誇るか?ならばその増長、今度こそ砕いてくれるわ!』
エヒトルジュエも負けじと言い放ち、神剣を発現させんとするのだが。
『アンブレディクト!』
すかさず放たれたジータの黒霧がエヒトルジュエの動きを拘束していき、
結果、放たれた神剣は、ハジメらに取っては鈍ら以外の何物にしか感じることはなかった。
いかに神性を持っていようが、剥き出しの魂魄しか持たぬエヒトルジュエに取って、
ジータのデバフはより強く効果を発揮するようであった。
『神の行動すらも縛るか……お前こそが本当のイレギュラーだったようだな』
ジータへと吐き捨てるように言い放つエヒトルジュエ、その言葉も見誤った悔しさよりも、
興味の方が勝っているような、どこかそんな響きがあり、
それを受けたハジメとユエが"やらんぞ"とばかりに、
ジータの身体にギュッとしがみつき、そしてユエがそっと二人に耳打ちする。
「エヒトは……終わりたがってる、心のどこかで」
恐らくそれは、南雲ハジメが魔王としてこの場に立っていたのならば、
目の前の存在を単なる敵としてしか見做すことが出来なければ、
エヒトルジュエの中に決して芽生えることも、気が付くこともなかったであろう感情だった。
エヒトルジュエはそんな自分の中に、微かに芽生え始めた思いを否定するかのように、
パチンッと指を鳴らし雷の雨をハジメたちめがけ降らせるが、
本来ならば雷神槍とでも呼ぶべき威力を誇っていたであろうそれも、
もはや何ら脅威と感じられぬ、散発的な物に過ぎなくなっていた。
ジータのデバフの影響もあるのだろうが、
不完全なユエの身体を行使したがゆえの消耗が影響してないとは、
決して言い切れないだろう……何より、その心の中の思いも。
そしてハジメとジータは互いの掌を重ね、天へと腕を掲げ、
互いの口から自然と言葉が紡がれる。
「始原の竜」
「闇の炎の子」
絶対不可侵を誇る神域が再び鳴動を始め、それが遙かな高次元からの干渉であることを悟った、
エヒトルジュエの身体から、信じられないことに抵抗の意が抜けてゆくのを、
ハジメたちは確かに察していた。
何より当のエヒトルジュエ本人ですら驚いているのだ。
それは諦めゆえのことではなく、自分の中に、とうに消え失せた筈の、
未知なる物への興味がまだ残っていたということに……いや。
(思い出したということか……我としたことが)
昔語りが過ぎたか……いや、それだけでは、と、
ハジメへとエヒトルジュエが視線を向けるのと同じくして。
「「汝の名は、バハムート!」」
二人の召喚に応じ、神をも凌駕する至高にして最強の竜が、
全ての始まりと全ての終りを司る究極にして絶対の存在がついに顕現し、
人の手では決して産み出すことの叶わない輝きを帯びた、星砕きのブレス、
その名も『完全なる破局』(カタストロフィ・ノヴァ)が、
エヒトルジュエの身体を直撃する。
その始原の、純粋なる破壊の光が自らを焼いていくのを感じながらも、
エヒトルジュエは真なる神の、いや神以上の存在の輝きをこの目で焼き付けんとする。
それは卑しくも神を称する者の行うことではなく、探求者の行為だと思いながら。
(イレギュラー……いや、ありふれた者よ、我を神の座から降ろしたか)
「俺たちはお前を殺さない、その怨念を殺す!」
かつては自分たちとそう変わりはなかったであろう、かつて人であった神へと
パイルバンカーを構えるハジメ、その切っ先には破局の光が、
神殺し、いや全てを滅ぼす光が宿っているのは言うまでもない。
その光が目に入った途端、何故かエヒトルジュエの動きのみならず、
断続的に繰り返されていた光の奔流が全て止まる。
『ならば!我を……神を殺してみせろ!
かつては我と同じであった到達を目指すありふれた者よ!』
幾万の時を生きた、かつてのありふれた者が叫ぶ、
お前に、お前たちにだけは許す、何者でもなかった我によく似たお前たちならばと。
"後継者"へとエヒトルジュエはまるで誘うかのような姿を見せ、
そしてハジメがジータがユエが、それに応じるかのようにパイルバンカーに手を携えていく。
エヒトルジュエの視線とハジメの視線が交錯し、
その刹那、エヒトルジュエは小声ではあったが、とある言葉をハジメたちへと口にする。
「……お前」
(そこまで言うのならば……抗って見せよということだ、"後継者"たちよ)
そして深紅の閃光が神の、かつてのありふれた者の胸を貫く、信じられない程に易々と。
胸元にぽっかりと空いた穴にただ手を這わせる、エヒトルジュエの表情は伺い知れない、
だが恐らくは、幾万年ぶりかの充足感を覚えているであろうことは、
ハジメたちにも伝わっていた。
『ああ……』
足掻くことはまだ可能である、だがエヒトルジュエはそれは止めた。
足掻くよりも……何かを思い出す時間が欲しかったから。
(ふふ……解放者とか名乗っておきながら、徒党を組むしか能の無かった、
あの連中どものことを思い出すとはな……)
長きに渡り君臨した時間の中で、唯一にして明確に己に牙を剥いた者たちのことを、
エヒトルジュエは思い出していた。
(……憎んでも憎み切れぬ神が、我が、こんな最期を迎えたことを知れば……
奴らはどんな顔をするであろうか?)
自身の崩壊する仮初の肉体、すなわち何ら防壁を持たぬ魂魄の崩壊、
完全なる存在の消滅を意識しつつも、エヒトルジュエは最後にこう呟いた、
ようやく理解が出来たかのごとく。
(もう……充分、か)
こうして、エヒトルジュエは虚空に溶け込むようにして消滅する、
それはこのトータスの地を、幾万もの時を統べて来た神の最期としては、
あまりにもあっさりとし過ぎている様に思えた。
「あっけなかったね……」
「勝手に満足して、とっととくたばりやがった……」
ハジメたちにとっては、どれほど煮えたぎったセリフで飾ろうとも、
所詮は異世界の、自分たちの道を阻む敵に過ぎず、知らされた悪事についても、
いわば記録に過ぎない以上、そこまでの思い入れがあるわけではない。
だが……もしもミレディやリューティリスが、いや彼女らに限らず、
神の気紛れに全てを失った者たちが、この最期を目の当たりにでもすれば、
どう思うだろうか?
「せめてもの……ってことかも」
でなければこのモヤモヤの説明がつかない、人々を長きにわたって苦しめた分、
お前も苦しんで死ねとは思わないが……。
「なら、やっぱり……神じゃないな、何処まで行っても人間の延長にあいつは過ぎなかった」
そこで二人はユエへと、文字通り神によって運命を狂わされた少女へと、
どうしても視線を向けざるを得なくなる。
「……どうでもいい、勝ちは勝ち」
その言葉とは裏腹に、やはり何かは抱えているのだろうと二人には思えた。
そんな中で座る者を失った玉座を眺めるハジメ、その瞳に意味深な光を籠らせて。
「……まさか」
自分を囲むジータとユエの視線が険しくなっていく。
あの時……遺言めいたエヒトルジュエの最期の言葉を彼女らは思い出していた。
『我が遺産……全てくれてやるわ、神を討った褒美、我を人に戻した褒美としてな』
その遺産とはこの世界、トータス全てを指しているのだろう。
そしてそれを受け継ぐということは……。
「心配するなよ、世界だなんて俺のポケットには大きすぎらぁ」
二人に笑顔で応じつつも、ハジメは同時にこうも思う、これは挑戦なのだと、
今のお前たちは、南雲ハジメは神を殺したに過ぎないのだと。
(お前が諦めた場所へ、到達者を称する者たちが到達しえなかったさらなる地平へ)
そこへ辿り着いて初めて、南雲ハジメはエヒトルジュエに勝ったことに、
いや、救ったことになるのだろう。
ハジメはかつて神であったありふれた者の最後の置き土産に、
心躍る物を感じずにはいられなかった、それが危険な夢であることを承知の上で。
(けれど……)
ハジメは自身の影に語った言葉を思い出す。
未来はきっと自分ただ一人だけで切り開けるものじゃないし、決まるものではないと。
ジータ、ユエ、シア、ティオ、香織……いや、彼女たちだけではない、
南雲ハジメに関わった覚えている限りの全ての存在の姿が、
彼の脳裏に流れるように浮かんでいく、ついでにかつての教室で机に突っ伏す己の姿も。
(夢は一人だけで見るものじゃないよな、きっと、それに……)
自分が追い付かねば、辿り着かねばならぬ存在はすでに傍にいるのだと、
錬成の何たるかを、そして世界の広さを教えてくれた、
偉大なる錬金術師の姿を思い浮かべるハジメ。
それからあのいけ好かない、自分のもう一つの未来である魔王にも、
いずれ一泡吹かせてやらねば気が済まない。
全く勝てば勝つほどに宿題ばかりが増えて行く、"最強"なんて楽じゃない、と、
ハジメがそんな気持ちを抱いたところでジータの声が耳に届く。
「どうしたの?」
「……どうしたって、分かってるくせに」
互いの思いを確認しあうように、視線を交わし合うハジメとジータ、
そんな何もかもお見通しの二人の姿に、ユエもまた愛おし気な視線を向けたところで、
白い空間がまた揺れ動き始める、今度は静かに……。
「崩れて行ってるね……」
主を失い、まるで壁紙が剥がれる様に白い空間が崩れる、いや、朽ちてゆく。
まさに一つの時代の終焉を現すかのような光景に、僅かだけではあるが瞑目すると、
ハジメたちはそっと羅針盤に手を携えた。
「さぁ、皆を迎えに行こう」
「そして帰ろう、皆のもとへ」
(新たなる自分たちの時代を築くために)
それより時は遡って地上では。
「くっそ!何匹倒しゃ終わるんだ!」
手刀で使徒を両断しながら、光輝の背中で龍太郎がボヤく。
何事にも無謀なまでに前向きなこの男がこんなボヤきを口にするのである、
それほどまでに使徒の戦力はキリがなかった。
もしも香織の香織の回復魔法がなければ、とっくに連合軍は瓦解していただろう、
事実、彼らの足元には蘇生が間に合わなかった戦士たちが屍を累々と晒している。
その香織もまた、回復を受け持ちつつも、光輝らに次いで使徒の軍勢を引き受け、
戦い続けていた。
「我ら使徒は無限にも等しい、どれだけ小細工を弄そうと、どれだけ足掻こうとも、
最後には滅びる運命なのです、それが神の御意志なのですから」
「我慢比べなら負けないよ」
使徒の圧に対しても平然と嘯く香織、
それは今よりも、この戦いの後のことを考えての言葉のようにも聞こえる。
その時、弾雨を掻い潜ったか、一体の使徒が香織の背中から心臓を刺し貫く。
が、その瞬間、使徒の刃は何の抵抗も受けることなく、香織の身体を素通りし、
まるで水でも斬ったかのように、腑の落ちぬ表情を使徒が一瞬見せた瞬間、
その首は刃と変じた香織の腕によって刎ね落とされる。
「その身体……人間ですか?」
「さぁね、もう私には自分が何なのかなんて関係ないよ、全部自分で決めたことだから」
ならばと使徒は大剣を香織の首めがけ振り下ろすが、遅い、
それより先に、槍と変じた香織の右手が、使徒の胸を刺し貫いていたのだから。
「自分の意思で戦わない者に、操り人形に私たちは負けないよ」
そう、自分たちは知っているのだ、生きたい、守りたいという、
ただそれだけの強靭な意思のみを武器とし、今、神の座へと向かおうとしてる少年たちの姿を。
そこでまた再び斬りかかる使徒の刃を受け止めた時であった。
これまでほぼ無表情だった使徒が笑ったのだ、まさに勝利を確信したかのように。
「おい!なんだあれ……」
それと同じくして【神山】上空を見上げた兵士の一人が叫びを上げる。
崩壊した【神山】の上に滞留したままの瘴気が、
空間の亀裂から地上に伸びていた瘴気と合流し、雪崩のごとく、
一気に要塞へと押し寄せたのだ。
その瘴気の中から、次々と赤黒い光が灯ったかと思うと、
咆哮と共に、無数の魔物が姿を現していく。
「愛子先生っ!」
リリアーナの叫びとほぼ同時に、ヒュベリオンの起動コントローラーを愛子は操作する。
と、灼熱の光の柱が次々と魔物たちを焼き尽くしていく。
薙ぎ払え!そんなセリフが愛子の脳裏で再生される。
ともかくヒュベリオンの斉射により、魔物の三割ほどは消滅したかに見えたが、
残りの七割は勢いを止めることなく、要塞めがけての吶喊を止めようとしない。
さらに、空間の亀裂から数千単位の使徒までもが飛び出してくる。
「ここに来て戦力増強か!メルドよどうする?」
「使徒は竜人に任せて、我々は魔物の迎撃に全力を注ぐ、それがベストでしょう」
「同意見だ、第一、第二師団は、正面集中!まずは魔物の勢いを削ぐぞ」
メルドの指示に従い陣形を組みなおす兵士たち、だが……。
(間に合わん、このままでは)
ここまでか……一瞬諦めが過ったメルドの前に巨大な甲冑の影が差す。
その主は言うまでもない。
「俺に任せて下さい、メルドさん」
「……光輝」
その言葉を聞いた、メルドの胸に去来する物は何であったか。
だが、感傷に浸るのは後だと、メルドは静かに一言だけを口にする、
万感の思いを込めて。
「頼んだぞ」
「はい」
僅かなやり取りに過ぎなかったが、言葉では語り尽くせぬ何かが確かにそこにはあった。
「いよぉ~~し、それじゃ行くよ!ここから勇者オンステージ!第二幕のはっじまりぃ♪」
本人としては茶目っ気を込めているつもりなのだろうが、
しかし実際は場違いさすら感じさせる、聞く者に苛立ちを覚えさせるミレディの声が、
戦場全体に響き渡る、そう、まるで勇者の存在を殊更にアピールするかのように。
「ミ、ミレディさん、ちょっとやり過ぎでは……」
「行くよ、呼吸を合わせて、さん、に……」
「「あ……絶禍」」
まずは小手調べとばかりに巨大甲冑の手から放たれた重力球が、
凄まじい勢いで瘴気を、そしてその中に紛れた魔物たちを吸い込んでゆく。
さらに甲冑が右手の大剣を掲げると、そこから放たれた、
光を帯びた重力の竜巻が魔物たちを空中に舞い上げ、バラバラに切り裂いていく。
まだ技の名はない、だが聖剣技と重力魔法の融合剣技はこれだけではない。
さらに光輝が甲冑を操作し、光を纏ったままの剣を地に突き刺すと、そこを中心に、
半径数十メートルに渡り地割れが出来、その中に魔物たちは封じられ、
次々と押し潰されていく。
「す、スゲェ!」
「流石は勇者様だぜ!」
「そうだ、俺たちには勇者も女神も、最強だっているんだ!」
勇者の力により万単位の魔物が押し返されて行く、
その事実は前線の兵士たちにとって、どれ程の励みとなるであろう。
「ま、実際は、発展途上の未熟者と全力を出せない半端者コンビなんだけどね~」
「それでもマイナスとマイナス、合わさればプラスになるんですよ」
そして勇者が甲冑の左手に握りし大旗を天高く掲げた瞬間。
「撃てぇ!」
それを合図に一斉射撃が魔物たちを薙ぎ倒していく。
これにより地上からの魔物の迎撃については目処が立った、次はと、
光輝が使徒の動きに目を凝らそうとした時であった。
要塞から悲鳴があがる、聖歌隊を護る結界がついに破壊されたのだ。
そして全能力を取り戻した使徒の大軍は空の一点に向かい、再び一塊となり、
さらに自身らの持つ銀の魔力をやはり一点へと集束し始める。
その太陽にも等しき輝きが空を満たしていく、これが放たれ炸裂した瞬間、
この場に存在する全てが消滅することは明白である。
「させないっ、絶対にっ!」
香織は最後の奥の手を使う、――大規模守護結界石 シュッツエンゲル。
自身専用に造り出された、結界魔法補助用のアーティファクトだ、
その効果、強度、範囲は大結界をも凌ぐ。
「滅びなさい」
「――"不抜の聖絶"ッッ!!」
銀の太陽と、超大規模障壁が正面からぶつかり合う。
『総員、障壁を展開しろ! 彼女にだけ背負わせるなっ!』
アドゥルに従い、香織の背後に集まった竜人達が、
それぞれ香織の障壁に重ねるようにして障壁を張っていく。
「重力で光線の焦点をずらすことが出来れば……」
光輝も重力球を放ち、光線の威力を僅かでも弱めようとする。
もちろん動いたのは彼らだけではない、リリアーナを始めとする、
結界系の魔法を使える者たちや、生徒たちも一人残らず飛び出して香織の援護に回る。
だが……香織だけが気が付いていた、恐らく保たないと……。
しかしそれでも。
「一秒でもいい、一秒でも長く!」
と、その時であった。
銀の光が霧散し、そして使徒の群れが一斉にその力を失い、
バラバラと雨のように地に落ちて来たのは。
そして、空間の亀裂は急速に閉じ、少しずつ剥がれるかように、
赤黒い空は、青空を取り戻していく。
「か……勝った」
兵士の誰かが呟いたのを皮切りに、勝利の歓声は津波の如く唸りをあげ広がって行く。
「勝った、俺たちは勝ったんだ!」
「人間バンザイ!勇者バンザイ!女神バンザイ!最強バンザーイ!」
王国、帝国、独立都市、亜人族、軍人、騎士、傭兵、冒険者、
全ての国と全ての人種、全ての職業の者たちが肩を組み勝利を讃え、
軍楽隊がマーチを高らかに奏で始め、勝利の凱歌が響き渡る。
だから気がつくのに遅れてしまった。
いつの間にか勇者の、天之河光輝の姿が何処にもないということに。
「勇者様がいないぞ……」
「さっきまであそこにいた筈なのに」
勝利の歓喜は冷め、代わりにそんな戸惑いが兵士たちの間で渦を巻いていく、
そしてそこにシモンの静かな、それでいて厳かな声が響いた。
「うろたえてはならぬ、勇者はお役目を終え、お帰りになられたのだ」
シモンは瞑目し、そっと天を指し示す。
「だからこそ、我々は一人一人が自覚を持って、新しき世を築かねばならぬ
我々一人一人が勇者の精神を、生まれながらに与えられた正しき資質を胸に抱いて」
誰かがやってくれるのを待つのではなく、自分たちの世界は自分たちの手で守り、
造り上げなければならない。
シモンはそう諭すようにではあるが、はっきりと訴えかけて行く。
もう責任を押し付けるべき神も、責任を背負ってくれる勇者もいないのだと。
「事実、諸君らは守れたではないか、悪神の手からこの世界を」
シモンの言葉を受け、兵士たちが口々に叫ぶ。
「そうだ、いつまでも勇者様に頼ってはいられない」
「俺たちの世界は、俺たちで守らねばならないんだ」
そんな兵士たちへと向け、シモンは高らかに宣言する。
「なればこそ証明しなければならない、我々が勇者に守られたこと、
そしてこの世界に生きるに相応しい存在であるということを、我々の手で」
そんな声を耳にしながら、
愛子はこの地における教師としての最後の仕事のことを思い出していた、
それはすなわち。
『この戦いの如何に関わらず、もう天之河君を……勇者から、
この世界から解放しては下さいませんか?』
愛子の切なる声に、リリアーナは即答した。
『幕を上げ、望まむ舞台へ皆さんを上げることになったのは私たちの責任、
なればこそ幕を下ろし、皆さんを舞台から降ろすのも私たちの役目です』
そして確かにリリアーナは愛子との約束を守り、
光輝を勇者の責務から解放したのであった。
「お疲れさま」
要塞を遠目に臨む草原にて、ミレディにそう声を掛けられながら、
そっと一杯の水を口に含む光輝、自身をそして勝利を讃える歓声を聞きながら。
かくしてこの瞬間、勇者天之河光輝は、少年天之河光輝へと戻ったのであった。
そしてハジメらが向かった廃都市では。
「これはこれは、ハハ、随分と予想外のことが……」
突如自身の喉から出て来た、予測しえぬ言葉に驚愕の表情を浮かべるアルヴヘイト。
と、同時に廃都市を覆うかのごとき、灰色の空が少しずつではあったが、
荒涼さを思わせる赤へと染まっていき。
そして自分の周囲を固める、もはや僅か数体となった使徒が、瞳の色を失い、
次々と地へと落ちて行く、そして何よりも自分の身体を襲う違和感。
「バッ……馬鹿なッ!エヒト様が滅び……あり得な」
「事実です、受け入れて下さい」
またしても自分の声帯を借りた何者かの声におののくアルヴヘイト。
「ああ……そろそろこうやって話すのも手間ですね」
ずるりと何かが自分の中から抜け落ちた、そんな感触が身体を走ったと同時に、
浮力を失い、使徒同様に地に落ちるアルヴヘイト、
それは今までの自分を支えて来た力そのものの喪失を意味していた。
「あ……ああっ」
喘ぎ声と共に周囲を見渡すアルヴヘイト、その視界の中には、
もう地にも空にも、自分を守る物は何一つとして存在してはいなかった……さらに。
「アルヴヘイト、まだお前が残っていたか」
空間が開き、ハジメたちが姿を現す、そのハジメの傍らに従う、
小さき少女、すなわち器であった治癒の少女の姿を認めた時。
アルヴヘイトはついに悟らざるを得なかった、我が主は滅んだのだと。
「ハジメさん!」
「ご主人さ……ご主君たちよ!あっぱれじゃ」
まずは感極まったシアとティオがハジメたち三人へと抱きつき。
「やったわね!南雲君、ジータ!」
「うんうん!凄いよ」
雫と鈴も笑顔でハジメたちを出迎える。
鈴に関しては目に涙を浮かている、恵里のことも同時に思い出しているのだろう。
「調子に乗るんじゃねぇ!たかだかこの程度通過点と思え!」
カリオストロの叱咤にも似た、鋭い声も飛ぶ、ただしこちらも満面の笑みで。
そしてシャレムは、ゆらりとアルヴヘイトの身体から抜け出した、
斑の存在、すなわち幽世の徒へと目を光らせる。
「……オマエらにしてやられたようで、わたちとしては素直に喜べず、不愉快極まりないぞ
どうしてくれる?」
「ええ、手間が省けましたよ、宵の明星」
幽世の徒は慇懃な態度でシャレムに応じる。
「これで我らの宿願たる帰還が今度こそ叶うというもの」
空に浮かぶ、赤き荒野、すなわち空の底たる赤き地平を指し示し嘯く蛇。
「わ、私を利用したのかっ」
「何を今更、あなたとて我らの力なくして戦うことなど叶わなかったではありませんか、
持ちつ持たれつ、ですよ」
実際は使い捨てるつもりであったことなど明白にも関わらず、
恩着せがましく、持ちつ持たれつなどと口にする蛇。
「それに飽きたらポイを繰り返すあんな偽神が君臨していては、同胞たちも
この世界に根を張ることは難しいというもの、しかし……それも」
何かに、恐らくは地上の様子に気が付いた幽世の徒は、やれやれといった風な仕草を見せる。
瘴気に包まれたその表情は伺い知ることは出来ないが、
悔し気ではあるものの、それでいてどこか楽し気な表情を浮かべているかのように見えた。
「こんなに鮮やかに事が収まってしまうと当分の間は難しいようだ、
ククッ……やはりあなた方は面白い」
そして蛇は今度はジータへと目を細める。
「特異点の力を持ちし少女よ、いずれ必ずお迎えに……」
斑の蛇が戯言を口にした瞬間、ハジメのドンナーが火を吹き、
蛇たちをミンチに変えて行くが、蛇は哄笑と共にまたゆらりとその場に甦って行く。
「実体はあって無きがごとく、いや……魂魄すらも……」
ハジメは理解する、この蛇は、人の世に溢れる悪意を象った、
一種の象徴のような存在なのだろうと、ならば……。
「あれは触れては、手を出してはならない力、存在だ……構うんじゃねぇ」
「うむ、殺した所で何度でも蔓延る……防ぐこと、蔓延らせないことが肝要だ」
カリオストロとシャレムの言葉に頷くハジメ、
その為には……世界が希望に満ちてなければならないのだろう、
希望よりも邪や奸が、そんなありふれた悪意が世に満ちた時こそ……と。
「いずれにせよ、我らが計画の半分は成功した、それで良しといたしましょう」
また少しずつ遠ざかっていく赤き空へと吸い込まれるように舞い上がる幽世の、蛇の大群たち。
「残り半分は、またいずれということで」
その残り半分が何を差すかは、誰もが分かっていたが、言い返す者はいない。
それを防ぐのは自分たちの役目ではない、自分たちが去った後、
この世界の住人が行うべきことなのだからと。
そして、蛇が去りし後、一同の目はアルヴヘイトへと注がれる。
「ヒイッ……あああっ」
神性こそ多少は保っているようだが、それでもその姿は、ただ死体に寄生してるだけの魂魄、
いわば死霊のようなものにしかハジメたちには思えなかった。
「あああ…あっ、オッ思い出したッ!」
死への恐怖が、そんな彼を最悪と言ってもいい愚行へと誘って行く。
「わ、私だよディンリードだよ、アレーティア!エヒトが死んだことで、
私の戒めが、とっ、解けたんだッ」
真のディンリードなら、ディンリードを理解しているのならば、
決して口にしないであろう言葉で、必死に命乞いを行うアルヴヘイト。
やはり主への忠誠よりも、命の方が大事なのだろう。
「たっ、頼む……私も被害者なんだッ!だからッ……」
「止めてッ!」
もうこれ以上は聞くに耐えないと叫ぶユエの目には光るものがあった。
「もうそれ以上……私の叔父様を穢さないで」
そんなユエの肩に手を置き、ハジメも続ける。
「お前も神の眷属なんだろう、ならせめて最後はこの神域と運命を共にしろ
矜持を備えているというのならな」
眷属、矜持……そんな単語を聞かされたアルヴヘイトが無言で俯いたのを見、
ハジメたちは脱出の準備に取り掛かる。
「なるだけ空間が安定している場所を探せ、キーが壊れりゃ面倒だ」
その様子をぼんやりと眺めるアルヴヘイトであったが、
心の奥底から今まで感じたことのない何かが、頭をもたげてくるのも感じていた。
これは……ここを凌ぎさえすれば、いずれは自分が主に成り替わってこの世界を、
トータスを支配することが叶うということではないのか?
アルヴヘイトの目が光る、今更ではあったが……。
彼がもっと早くその野心に目覚めていれば、また一連の展開は変わっていたのかもしれない。
まだ余力はある、神域の一部を留め置く程度の力はまだ、
そしてその中で力を回復させることが出来ればいずれ……。
再びアルヴヘイトはハジメらの姿を見る、
連中は脱出場所を探すのに必死だ、ここで芽を、邪魔者さえ摘んでしまえば。
と、彼が密かではあったが、明らかに害意の籠った魔力をその手に込めた瞬間であった。
「……期待を裏切らないな、お前は」
「ッ!」
そんなハジメの言葉と同時に額に神珠を撃ち込まれ、全身を痙攣させるアルヴヘイト。
すかさずジータがユエへと神滅の短剣を手渡し、
受け取ったユエは一瞬戸惑うような顔を見せるが、二人が頷いたのを見ると、
短剣を強く握りしめ腰だめに構え、アルヴヘイトへと駆ける。
「叔父様のっ!かたきッ!」
ユエは迷うことなくアルヴヘイトの心臓へと、神滅の短剣を突き刺した。
悲鳴を上げることも叶わぬままに、アルヴヘイトの魂が滅びて行くのを、
その手の中で実感するユエであったが……。
その時、不思議なことが起こった。
もはやただの亡骸に過ぎぬ筈の、アルヴヘイト、いやディンリードの身体が
僅かではあったが、まるでユエの肩を抱きしめるかのように動き、そして微笑んだのだ。
しかもその笑顔は、確かにその笑顔は……あの映像の中で見た、
ディンリードの物であることは間違いなかった。
「おじ……さま」
「嘘だろ……あり得ない、魂なんて欠片も……」
「人の心と魂の織り成す奇跡だけは、誰にも解き明かせはしねぇよ」
ここまで来て無粋なことは言うなとばかりに、驚くハジメへとカリオストロが捕足を入れる。
そしてディンリードはユエを、いや全てを慈しむかのように、
そっと周囲を、ハジメたちを見回すとゆっくりとその瞳を閉じ、
身体ごと塵となって消えていき、
それがこの後に神話大戦と呼ばれる戦いのフィナーレとなったのである。
ハジメが変わったのならば、エヒトも変わるだろうとは思いましたが、
まさかこんな形で決着が着くとは、
エヒトをある意味では救ってしまうとは思いも寄りませんでした。
それからユエに叔父さんの仇を直接討たせることが出来たのにも、
展開の妙を感じてしまったりもしました。
と、まぁラストは少し出来すぎかもしれませんが、これくらいは。
続いてそんな南雲ハジメ君についてですが。
変えはするけど変え過ぎない、やり過ぎないけどやらな過ぎない、
そんな感じに仕上がればいいかなと思ってましたが。
劇場版カミーユを通り越して、
最終的には大長編のジャイアンレベルまで変わってしまった感がありますが。
その甲斐あってか否か、原作で悪手だと感じたことの殆どを回避させられたとは考えています。
特に女魔人族、カトレア殺しは後々の事を考えると最悪手そのものなんですよね、
得られた物はクラスメイトに恐怖(それも戦争ではなく自身への)を与えた程度で、
その結果、光輝がハジメへの敵愾心(対抗心でもありますが)を漲らせるようになり、
その狭量さに拍車を掛け、自滅への道を辿った挙句、
読者のヘイトをも買ってしまうことになったわけですから。
(ただ敵対したとはいえクラスメイトの清水を殺しておいて、
明確な敵であるカトレアを打算で救ったら、とんでもないダブスタですけど)
そういう原作では後の祭りとなってしまったシーンについても、
リカバリできるのが二次創作の良いところだと思います。
但し、ハジメが手を汚さないことによって、
他のキャラクターが手を汚す羽目になってしまったことも、幾つかはありますが、
(本来、彼らがやらねばならなかったことでもありますが)
それもまた作品の抱える歪みゆえでしょうか?
ともかく、原作の彼が持つ、怖さや尖った個所を残しつつも、
より一般的な主人公ナイズドされた存在に仕上げることが出来たと思ってます。
(それが正しいことかどうかはさておいて、ですが)
次回からエピローグです。