ドパンッ!
サソリから放たれた紫色の液体を回避しながらハジメはドンナーを発砲する。
最大威力の弾丸がサソリモドキの頭部に炸裂する。
ハジメの背中越しにユエの驚愕が伝わって来る、無理もない話だ。
見たこともない武器で、見たこともない……例えるならば閃光のような攻撃を放ったのだ。
しかも魔法の気配もなく、若干、右手に電撃を帯びたような気もするが、
それならば魔法陣や詠唱を使用するはずだ。
そして自分の隣にいるジータも魔法陣や詠唱を使用せずに宙を舞っている。
つまり、ハジメとジータは自分と同じ存在、魔力を直接操作する術を持ち
そして、何故かこの奈落にいる。
そのことに気が付いたユエはハジメたちを意識せずにはいられなかった。
そんな場合ではないとわかっていながらも。
しかし一方でハジメたちの表情は渋い。
ここまで全ての敵を屠って来たドンナーが初めて阻まれたのだ。
効いてないことを証明するかのように、サソリのもう一本の尻尾の針がハジメに照準を合わせた。
『ミゼラブルミスト』
しかしその前にサソリの周囲にジータの短剣から放たれた黒霧が立ち込め、
その動きが明らかに集中を欠いていく。
サソリも尻尾の先端から散弾のように広範囲を襲う針を放つのだが。
『アローレインⅢ』
ジータが短剣を頭上に掲げると、そこから彼らを守るように矢の雨が降り注ぎ
散弾針を次々と阻んでいく。
サソリの身体にも矢が当たりカンカンカンカンと乾いた金属音が響く。
その音を聞きながら二人は余裕で矢の雨から逃れた針を撃ち落とし切り払う。
ハジメはジータに防御を任せるとサソリめがけて手榴弾を投げつける。
その手榴弾は爆発と同時に中から燃える黒い泥を撒き散らし
摂氏三千度の炎となってサソリへと付着した。
火気厳禁のタールの階層で手に入れたフラム鉱石を利用したもので、
摂氏三千度の付着する炎を撒き散らすいわば焼夷手榴弾だ。
流石にこれは効いているようでサソリは付着した炎を引き剥がそうと大暴れしている。
その隙にハジメは地面に着地しドンナーを素早くリロードする。
リロードが終るのと身体のあちこちから煙を燻らせてサソリが突撃するのはほぼ同時。
だが"霧"の効果かやはり動きが鈍い。
振り上げられた四本の大バサミをハジメは軽々と躱すと、その背中に着地し
外殻に銃口を押し付けゼロ距離でドンナーを撃ち放った。
凄まじい炸裂音が響き、サソリの胴体がぺしゃりと衝撃で地面に叩きつけられる
だがハジメは渋い顔だ、その表情がゼロ距離でもダメージを与えられなかったことを証明していた。
そんなハジメへとまた尻尾が照準を定める、その気配を察知し
焼夷手榴弾を投げつけ、後方へと飛び退くハジメ。
その時、纏わりつく炎にも構わず、サソリが今までにない叫びを響かせる。
「キィィィィィイイ!!」
絶叫が空間に響き渡ると同時に、突如、周囲の地面がうねり、
轟音を響かせながら円錐状のトゲが無数に突き出してきたのだ。
しかもサソリの尻尾の照準はハジメに向けられたままだ。
顔が引き攣るハジメ、だが。
『ディレイ』
棘の動きが止まる、そのスキに豪脚で離脱するハジメ。
あの後を追尾するかのように、サソリの両尻尾から放たれた溶解液と針が
地面に突き立っていく。
ジータがタイミングをズラしてくれなければ、今頃は串刺しにされていただろう。
「お返しだ!喰らいなッ!」
ハジメはポーチから閃光手榴弾を取り出しサソリに投げつける。
「キィシャァァアア!!」
眼前で炸裂した強烈な閃光に悲鳴を上げて後退するサソリ。
「やっぱり目で見てやがったか……」
自分の動きを視認するような挙動だったので、いけると踏んだのだが
その推測は間違っていなかったらしい。
「ハジメ!」
背中から不安げな叫びをあげるユエ、その顔は無表情が崩れ今にも泣き出しそうだ。
「大丈夫だ。それよりアイツ硬すぎだろ? 攻略法が見つからねぇ」
「ドンナーを弾く相手がいるなんてね」
なら自分のコルタナも恐らく通用しまい、自分が行動を阻害し
そしてハジメが止めを差す、これまでのセオリーが初めて阻まれてしまった。
じたばたと暴れるサソリの様子を観察するジータ
今は霧の効果で動きが鈍重だが、だが己を縛る霧が晴れればまた攻勢に転じるだろう。
その前になんとかしたい。
「……どうして?」
「あ?」
「どうして二人とも逃げないの?」
自分を置いて逃げれば助かるかもしれない、
その可能性を理解しているはずだと言外に訴えるユエ。
それに対して、二人はユエの不安を打ち消すかのように笑顔を向ける。
「何を今更。ちっとばっかし強い敵が現れたぐらいで見放すほど落ちてねぇよ」
二人は生きるための障害を排除するためなら、
殺意を持った相手を討つのならば、あらゆる方法、手段を使う覚悟があった。
それがどれほど卑劣で汚い手であったとしても、正々堂々で死んでしまえば
元も子もない、卑怯上等である。唯一の例外は爪熊との戦いくらいだろう。
地獄を潜り抜け、熾烈な生存を賭けた戦いを繰り返すうちにそう変わってしまった。
好き好んでそうなったわけではない、ただ生きる為に変わらざるを得なかっただけだ。
それでも、ハジメは生存を理由に仁義を捨てて外道に落ちたい等と思ってはいない。
ジータもハジメを外道へ落ちさせようとは思わない。
ハジメは、自分を人の道に踏みとどまらせてくれたジータの顔を、
ジータはハジメに人の心を呼び戻してくれたユエの顔を見る。
「見捨てるくらいなら最初から助けたりなんかしないから!」
ユエはジータの言葉に弾けるように一瞬顔色を変えるが、
すぐに納得したように頷くと、いきなりハジメに抱きついた。
「お、おう? どうした?」
状況が状況だけに、動揺を隠せないハジメ。
いや、むしろジータの方が動揺が大きいようだ。
「そろそろサソリが戻って来るよ、そんなことしてないで!…早く」
だが、そんなことはお構いなしにユエはハジメの首に手を回し。
「ハジメ……信じて」
そう言ってユエは、ハジメの首筋に牙を立てた。。
「ッ!?」
ハジメは、首筋にチクリと痛みを感じると同時に、、
体から力が抜き取られているような感覚に襲われる。
その違和感にユエを一瞬振りほどこうとしたハジメだったが、
ユエが自分は吸血鬼だと名乗っていたことを思い出すと、ジータに心配ないと身振りで示す。
(そっか、吸血鬼だもんね、納得)
ハジメはしがみつくユエの体を抱き締める。
ユエも身体を震わせ、更にギュッと抱きつき首筋に顔を埋める。
どことなく嬉しそうに見えるのは、ジータの気のせいなんかじゃない。
(う…羨ましい)
やはり心の次は身体の繋がりも欲しい、そう思ってしまうジータ。
「時間、稼いでみるね」
いそいそとサソリに向きなおるジータ。
このまま二人の姿を見ていると変な気分になってくる、これは決して嫉妬ではない、
純粋に仲間に入りたくなる感じの類のものだ。
戦いに集中せねば。
ジータの掌が輝く、ハジメもそれに合わせるように掌を翳すと、
展開された魔法陣からメカニカルな鎧を纏った人馬騎士、サジタリウスが姿を現し。
手にした弓矢から放たれた風の防壁が、ハジメたちを包み。
さらにハジメが造り出した石壁が、彼とユエを囲うようにそそり立つ。
これで地面からの棘はなんとかなる筈だ。
『ミゼラブルミスト』
再度の黒霧がサソリを包み、ようやく機敏さを取り戻したかに見える、
その動きがまた鈍重になる。
狙ってはいるのだろうが、どこか散漫に放たれる散弾針や溶解液を掻い潜りながら
ジータは比較的柔らかいと思われる関節箇所などに刃を突き込んでは行くが…。
「やっぱこいつ…硬すぎっ!」
こんなことならアーマーブレイクを積んでおけばよかったと、
今更後悔するジータ。
この守りを、装甲さえ突破できれば切り札を使えるというのに。
舌打ちしつつもチラリと背後を確認すると、ユエがハジメから口を離し立ち上がる姿が目に入った。
うっとりと熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐めるその仕草は、
まさしく妖艶と呼ぶにふさわしいとジータには思えた。
事実、肌も頬も瞳も溢れんばかりの美しい輝きに満ちているのだから。
「……ごちそうさま」
その言葉の響きも少女というよりも女のそれに近く聞こえる。
「ジータ…下がって」
ジータがサソリから飛び退くのを確認しながら、ユエは片手をサソリへと掲げる。
同時に、その華奢な身からは想像もできない莫大な魔力と共に、
黄金色の魔力光が暗闇を切り払う。
そして魔力光となびく金髪、まさしく黄金に輝きに彩られたユエは、
ただ一言だけ呟いた。
「"蒼天"」
その瞬間、サソリの頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。
悲鳴を上げて離脱しようとするサソリだが、吸血姫は狙った獲物を逃がさない。
タクトのように優雅に振られた姫の指先に応じるように青白い炎は、
逃げるサソリモドキを追尾し……その巨体に炸裂した。
「グゥギィヤァァァアアア!?」
サソリが苦悶の絶叫を上げる。
着弾と同時に青白い閃光が辺りを満たしていく。
ハジメとジータは腕で目を庇いながら、その壮絶な魔法を…
あの摂氏三千度の"焼夷手榴弾"でも溶けず、
ゼロ距離からレールガンを撃ち込まれても、ビクともしなかった
サソリの外殻を溶かしつつある――を呆然と眺めた。
しかしそれでも青白い炎が消滅した跡には、背中の外殻を赤熱化させ、
表面をドロリと融解させて悶え苦しみながらも、未だ健在なサソリの姿があった。
ユエの魔法もさることながら、あれだけの高温の直撃を受けて表面が溶けただけで済んでいる
サソリの耐久力、まさしく恐るべきだ。
だが…ようやく突破口が見えた。
「ありがとう、あとは任せて!行くよ!」
「おう!」
おそらく今の彼女が扱える最大の大技だったのだろう、
肩で息をしながらへたり込むユエに一声かけると、
そこから二人は縮地で一気に間合いを詰めながら、また互いの手を翳す。
光と共に、今度は厄災を司る喪服の貴婦人、セレストが現れ。
サソリの視界…いや全ての感覚が一切の光を通さぬ闇の檻に囲まれる。
「シャァアアアア!」
サソリは慌てふためいたかのように散弾針や溶解液を発射するが、
そんな攻撃が二人に通用する筈がない。すでに彼らは易々と頭上を取っており、
まずはハジメが空中からドンナーを斉射しながらサソリの背中に着地し
熱さに顔をしかめながらも、溶解した外殻に銃口を押しあてさらなる連射を行い
ついにその装甲に穴を穿つ。
サソリは二本の尻尾を振りまわし、必死で身体に纏わりつく何かを追い払おうとするが。
その前にジータの刃がサソリの背中の穴に突き刺さる。
己の腕が焼け爛れていく感覚に耐えながら、
その一方で武器に力が充填されているのを確認するジータ
彼女の扱う武器は、一定回数の攻撃を行うことで力を蓄えさせ、
それを解放することでより、強力な効果の攻撃を繰り出すことが出来る。
いわゆる"奥義"というものである。
そしてジータは満を持して握った短剣に充填されていた魔力を全て解放し、切り札を放つ。
「ガウムディー!」
黒刃から闇を纏った烈風がサソリの身体の内部をズタズタに切り裂いていく、
触角が、尻尾の先端が、鋏が、次々と弾け飛びそこから噴水の様に体液が噴き出す。
そして腹部の装甲が内側から弾け、びちゃりと水音が聞こえたかと思うと
サソリは力なくその場に崩れ落ちた。
さらにハジメがサソリの口内にドンナーを数発撃ち込み、納得したかのように
ジータへと頷く。
そして彼らの背後では女の子座りで相変わらずの無表情ではあるがそれでも、
優しさと喜びを感じさせる眼差しで、彼らを見つめているユエがいる。
そんな彼女に笑顔で手を振るジータ、それに応えて口元を綻ばせ手を振り返すユエ。
「絶望もあったけど……」
サソリの亡骸を見つめながらジータは言葉を続ける。
「希望もあったよね」
絶望、すなわちサソリとの戦いを乗り越えた後に、ユエという仲間、
いや家族という希望を得ることが出来たのだから。
そんなことを互いに思いながら、二人はゆっくりとユエのもとへ歩き出した。
やっぱり一人増えると戦闘も多少は楽になるかな、と書いてて思いました。