「ほほう、もうすでにそこまで攻略が進んでおりますか」
眦を下げ、ほくほく顔の好々爺と言った体でイシュタルは光輝へと話しかける。
ここはごく限られた者しか立ち入りを許されない、神山の最深部だ。
実際香織や雫、龍太郎らが報告に同行する際も、彼らは別室で待たされるのが常だ。
「ええ!任せてくださいイシュタルさん、きっと魔人族は俺たちの手で倒して
この世界に平和を取り戻してみせます!」
「それは心強い」
「それにあの場所には……俺の大切な仲間が助けを待っているんです!」
その言葉を聞き、悲し気に表情を曇らせるイシュタル。
「勇者様、お気持ちは分かりまするが……」
「いいえ、確かにあそこに落ちて生きていると思う方がおかしいという
イシュタルさんの気持ちは分かります、ですが、俺には分かるんです
あいつは……ジータはきっと"俺"が助けに来るのを待っている」
もう一人死亡…いや、行方不明者がいるということはイシュタルも当然知ってはいるが、
ここでそれを口にすることはない。
「それがきっと死んだ南雲の願いだから…そうだろ」
バルコニーから覗く青空へと拳を握り、決意を誓うかのように呟く光輝。
「だからイシュタルさんも祈って下さるとありがたいです、南雲のために」
「……」
その言葉に邪心はない、ただ純粋にそうだとこの目の前の少年は信じているのだ。
きっとそうやってこれまでも自分の理想にそぐわぬ存在は"消して"来たのだろう。
つくづく欺瞞に満ちた空虚な男だとイシュタルは思った。
イシュタルの沈黙をどう解釈したのかは知らないが、また光輝は力強く宣言する。
「大丈夫です、もう誰も死なせません!だから安心してください」
これ以上は時間の無駄だろう、せいぜい気持ちよく戦って貰えれば、
こちらとしてはそれで構わない。
「さて、私はそろそろ日課の礼拝の時間ですのでな、このへんで席を外させて頂きましょうかの」
「あ、すいません、長々と話し込んでしまって」
恐縮して退出する光輝を、イシュタルはわざわざ見送りに出る。
「帝国のご使者との謁見の日も近いと聞いております……頼みますぞ、勇者様」
光輝の姿が見えなくなると、聖職者にあるまじき行為だがイシュタルは床に唾を吐き捨てる。
「何故……何故なのです、エヒト様」
そして誰も近くにいないことを確認すると、エヒトの神像へと跪く。
「何故あのような愚かな若造に力を与え、このイシュタルめに救世を、
濁世を払う力を与えてくれなんだか……」
それは血を吐くような呪いと嫉妬の言葉だった。
「妬ましや…天之河光輝、その力が……若さが」
……まただ。
食堂にて生徒の何人かと軽食を取りつつ、
カリオストロは自分の背中を伺うような視線に、気が付きつつも知らないふりをする。
「どしたの?カリオストロちゃん」
「ううん、なんでもないよっ」
微妙な表情の変化を見て取られたか、
優花の怪訝な声にカリオストロは、ことさら元気な声で応じる。
タダ飯喰らいは性に合わない。
請われればいつでも自分の知識を授けるつもりはあるのだが、
この所、自分を明らかに監視しているであろう視線のせいで、
他愛ない相談に乗りつつ、昼行燈を決め込む以外、
今のところやることはなかった。
背中から視線が去ったことをようやく確認し、一息つくカリオストロ。
力で以って気に入らない連中を悉く粉砕してきた彼女にとって、
この刃を交えぬ静かな戦はストレスが貯まることこの上ない。
(いっそ……いや、ダメだな)
戦えば勝てるかもしれない、しかし勝ったところで次が必ずやって来る。
そんな愚かしい堂々巡りに付き合うつもりはない。
だがこんなギリギリのせめぎ合いを続けていれば、こちらの神経が参ってしまう。
(しかしこの世界はまるで箱庭、いや牢獄だな)
色々と文献を漁ってみたが、結局いつもエヒト様のお恵みだの
エヒト様の知恵だのそんなことばかりで結ばれている。
つまりこの世界の住人は腐った神に飼われる家畜。
エヒトとやらにただ与えられた物を享受しているだけの停滞した世界。
という結論を、カリオストロは下さざるを得なかった。
飼犬でも何年か過ごせば首輪を外す方法を編み出すものだというのに。
それでも僅かながらも世界に新しい風が吹こうとしてた兆しや形跡は
幾つかの年表を照らし合わせることで推測することは出来た、
しかし何故かその度に災害や大乱が起きてリセットされている。
(どうやら介入してやがるな…それもかなり露骨に)
ならばあの視線の主は、この王宮内に配置した神の目なのだろう。
優花らと別れてさてどうするかと、暫し考える。
そろそろここを離れようと思ってはいるが、しかし…。
と、壁にもたれかかったところだった。
「カリオストロさん」
「浩介か」
右方向へと振り向くが、その姿は左側にあった。
……コホン。
カリオストロはここ最近、彼を訓練と称して王宮のあちこちに潜入させ、
色々と情報を収集させている、何やら耳寄りなネタが入ったようだ。
「わざわざそっちから訪ねてくるってことは結構デカイネタか?」
「……実はカリオストロさんについてのことなんだ」
キョロキョロと彼女は一旦周囲をまた伺う。
「愛子の部屋で話せ」
浩介いわく最近、一部の貴族や聖職者たちの間で密かな会合が開かれており、
その内容は、"勇者"天之河光輝の手前、手荒な手段はここまで取らずにいたが、
そろそろあの少女、カリオストロから異界の知識を技術を聞き出さねばならない。
場合によっては……と。
「……ほう、これは大変だなァ」
その口調は、まったく大変そうに思っていない、むしろ楽しんでいるかの如きだった。
「おもしれえ!この身体に場合によってはが通じるか試させてやろうじゃねーか
無論、代償は払って貰うぜ、連中の命でなあ」
クククと笑うカリオストロ、その声音には挑発の響きがあった。
そしてチラと愛子の様子を確認するが。
「あ…あれ?」
いつもの"やめて下さい!"が飛んでこないことに、やりにくさを覚えるカリオストロ。
「愛ちゃん止めないの?ねぇねぇ……ホントにカリオストロ血の雨降らせちゃうよ」
代わりに聞こえてきたのは微かな嗚咽だった。
「……この国がカリオストロさんにそこまでの事をするというのなら、
もう止める言葉は思いつきません……ですが、どうかリリアーナ姫と
ランデル殿下にだけは…ご慈悲を」
オヨヨと泣き崩れる愛子。
「わ…わかった、わかったよ愛子、だから泣くなよ」
「あ、あくまで一部がこっそり言ってるだけだから、ね、先生心配しないで」
慌てて愛子を慰めるカリオストロと浩介。
しかし、これで本格的に長居は出来なくなった。
何をされるのか確かめてみたい気もするが……。
(少しあざといが……あの手で行くか)
「コースケ、お前さんの影の薄さを見込んで頼みがあるんだが……」
そして数日後、王宮において一つの噂が囁かれることになる。
勇者の一人が愛子とカリオストロが荒野を歩いていると、その足跡から稲穂が生え
一面の金色の野となった夢を見たというのだ。
これぞエヒト神からの神託、豊穣の瑞兆だと信じない者はいなかった。
古の聖人の御霊が勇者に宿り、神託を下されたのだと。
もっとも不思議なことにその夢を見たという勇者や、そもそも誰が誰に聞いたのか
そういう具体的な話は一切聞こえてこなかったが……。
こうして、それまでも作農師という天職の関係上、農業指導として
各地に派遣されることが多かった愛子だが、この件を受け、本格的にカリオストロを伴い、
王国各地を農業指導も兼ねて、歴訪することが早々に決定されたのであった。
その決定の裏には、非協力的とまではいかないものの、
色々と耳に痛い意見を口にする愛子を、勇者たちから引き離すという目的もあった。
(ククク……大義名分に食いついて来やがったな、せいぜい厄介払いさせて貰うぜ)
(さてと、ゴキブリは元気にしてるかな)
エサを手にしてゴキブリこと檜山の元へ向かう人物。
何かいいことがあったのか、足取りは軽やかだ。
「さ、エサの時間だよ」
教えておいたリズムで扉をノックするが、何時ものように這い出してこない。
「生意気だな、それとも」
死んだかな?別にいいけど、と思いながらノブを捻る、鍵が開いている。
「?」
特に疑うこともなく部屋へと足を踏み入れる、と、ここでようやく
部屋を包む異様な雰囲気を察知するが、もう遅い。
そこに立っていたのは、どこか禍々しいフォルムの鎧を身に纏った檜山の姿。
憔悴しきった先日までの彼とは違い、その身体は精力に満ちている。
その隣にはどこか作り物めいた微笑みを称えたシスターがいる。
そのシスターの背には……翼が生えていた。
「神様ってホントにいるもんだなあ、ヘヘヘ」
「へぇ…随分と小奇麗になったもんだね」
目の前の人物が、自分の言葉に一切動じないことに若干イラつきながらも、
檜山は続ける。
「ああ、この人が……力をくれたんだ、天之河より俺の方が素質があるってよ」
ニヤニヤと下卑た笑みを見せる檜山、その笑顔はハジメをいたぶっていた頃の
教室での笑顔と同じだった。
「これで立場は逆転だなあ!中村恵里さんよぉ!」
フルネームを呼ばれ、少し眉を顰める恵里。
そう、彼女だったのだ、南雲たちの生存を檜山に伝えた人面獣心の輩は。
久方ぶりに戦闘職チートの本領発揮とばかりに、恵里の首根っこを掴んで
床に押し倒す檜山。
「よくも今までやってくれたなあ!死にたくなかったら俺の靴舐めろや、オラァ」
「いいよ」
恵里はまるで動じることもなく、むしろ拍子抜けしたような口調で、
突き出した檜山の靴の爪先に舌を這わせる。
「お…おい」
「それとも……こっちも欲しいかな?」
恵里はパンツを脱ぎ捨て、スカートをめくり檜山へと秘所を晒す。
「や…やめ、わ、わかった」
力を得たとか言いつつ、小悪党のメンタリティは変わらないようだ。
それも最初から承知の上だったのだろう、蔑みの笑みを浮かべたシスターへと、
恵里は"わかってるよね"とばかりに目配せをする、シスターも頷く、
どうやら上下関係は成立したようだ。
「折角だから、ボクも君たちの仲間にして貰えるかな?」
「いいのか?」
恵里からの意外な申し出に戸惑う檜山。
「ああ、キミたちに従う方が、ボクが欲しいものを手に入れられそうだからね」
「けどよ!わかってるよな、俺の方が上なんだからな!」
「ああ、分かってるよ」
(君は立場を分かってなさそうだけどね)
「とりあえずあのガキに思い知らせてやらないとな」
得意げに口にする檜山、つい先日までカリオストロの姿を思い出すだけで、
怯えていたにも関わらず現金なものだ。
「あの子ね、アハハ、まさか自分たちから出て行ってくれるなんて手間が省けたよ」
「ええと、同行するのは園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、相川昇、仁村明人、玉井淳史」
募集に応じた生徒たちのチェックを行うカリオストロ。
ここまではいつも通りだ、ちなみに今回は護衛という名目で、
教会から派遣された神殿騎士が数名参加するそうだ、
あくまでも神事であることを内外に強調したいのだろう。
「清水幸利?誰だコイツは」
新しい名前を発見したカリオストロ、聞かない名だ……、
荷物の積み込みを手伝っている遠藤に尋ねるも。
「俺も話したことないから……何とも」
「天職は闇術師か、確か」
この世界の闇術とは相手の精神を操ることに長けているらしい、
魔物でも操れれば……。
(むしろ光輝より役に立つかもしれねぇな)
「カリオストロさん、俺……」
何か言いたげな遠藤を制するカリオストロ。
「言ったろ、お前は残ってハジメたちの帰りを待て」
もっとも、彼が残ることを選ぶのはカリオストロも承知していた。
ただやはり少し迷いがあるようなので先に言っておいたのだ。
それに現在、迷宮の踏破に臨んでいるグループの中で、
何か変事が起きた際に動けるのは、やはり彼しかいないように思えるのもあった。
「ま、タダでとは言わねぇさ」
カリオストロは遠藤の手に何かを乗せる。
「これ…」
「ああ、コイツは餞別だ、ホントは拳銃の方なんだろうが、お前
銃撃ったことないだろ」
遠藤が手渡されたそれは、艶を消された黒い短刀と、
肘に装着する収納用のレールだった。
作業中、ハジメととある映画の話題になった時。
主役が使っていたギミック付きの拳銃がカッコよかったという話になって
ああいうの欲しいなと、それとなくハジメに頼んでいたのだ。
(主役は鏡に向かって俺に言ってんのかと拳銃を構える最低のバカ野郎だったが)
「まぁ、お守り程度にはなるぜ、拳銃の方は落ち着いたらハジメに造ってもらえ」
そして優花たちが集合場所へと集まって来る。
「あれだよ、あれが清水幸利」
遠藤が示す先に黒いローブを纏った、伏目がちの少年がトボトボと、
こちらに向かってくる。
「あ…あの」
「闇術師の清水幸利クンだよねっ」
挨拶しようとして口ごもる清水に、カリオストロは笑顔で応じる。
「頼りにしてるね、ゆっきー」
「頼……俺を」
カリオストロから慌てて顔を逸らし、そそくさと馬車に乗り込む清水、
自分の頬が赤くなっているのを感じながら……。
そして"神託"に拠って愛子やカリオストロを中心とした一行が、
王都を旅立ってから、数日後、檜山大介はいずこかへと姿を消した。
一応の捜索は行なわれたが、もともと腫れ物に触るような扱いを受けていたこともあり、
早々にその捜索は密かに打ち切られた。
清水くんは誰か一人でも顧みてくれる人がいれば、
ああいうことにならなかったんじゃないかなと思ってます。
次回からいよいよフェアベルゲン編、
オルクス編が思いのほか長くなってしまったので、
ライセン攻略まで合計十話前後を目標に考えております