その名はシア・ハウリア
周囲には魔物の死体の山が築かれている。その中心に立っているのは
言わずと知れた南雲ハジメだ。
動くものがいなくなったのを確認し、少し腑に落ちない表情でガン=カタの構えを解くハジメ
「……どうしたの?」
ユエがハジメの表情の理由を問いかける。
「いや、あまりにあっけなかったんでな……ライセン大峡谷の魔物といやぁ
相当凶悪って話だったから、もしや別の場所かと思って」
「ハジメちゃんが強すぎるってのもあると思うけど、あのレベルの魔物が闊歩してたら
皆安心して暮らせないよ」
「それもそうか」
ポロロンと竪琴を鳴らしながらジータが答える、しかし彼女の表情も少し渋い。
「お前こそどうしたんだよ」
「魔石の効率が悪いの、ここから先はあんまりガチャ引けないかも」
実際はまだ石に余裕はあるのだが、これはまた仲間を呼べるようになった時に置いておきたい。
「じゃあやっぱりあそこの魔物が強すぎたってことか」
肩を竦めるハジメ。
「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする?
ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、
樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」
「……なぜ、樹海側?」
砂漠にも大迷宮があった筈だと問いかけるユエにシルヴァが応じる。
「砂漠を往くなら相応の装備も必要になるだろう」
「相応の装備ねぇ……」
シルヴァの引き締まった腹部を、羨望の眼差しで見つめるジータとユエ。
「日焼け止めとかね」
「……うんっ」
「だから大人をからかうな」
そんな三人のやりとりを見ながら宝物庫から、魔力駆動二輪を二台取り出すハジメ。
四輪の方がいいかなと一瞬思ったが、今後、道連れが増えた場合、
自然と四輪が中心となるだろうと思ったことと、それに何より男子としてこういう大自然の中で、
思いきりバイクを飛ばしてみたかった。
決して、ユエのささやかながらも、確かなふくらみを背中に感じたかったわけではない、
そう決して。
「ユエちゃんはこうやって横乗りしようね」
「……」
そんなハジメの少し邪な気持ちを察知したか、ユエに座り方指導をするジータだった。
ともかくクラシックなアメリカンスタイルの方にはハジメとユエが、
近未来三輪スタイルの方にはジータとシルヴァが乗り込み、二台の鋼鉄のバイクが
ほぼ一本道のライセン大峡谷を疾駆していく。
車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地してくれる上、往く手を遮る魔物の群れは、
ハジメとシルヴァが確実にスナイプしていくので実に快適だ。
しばらく魔力駆動二輪を走らせていると、ジータの背中越しにシルヴァの声がする。
「二時の方角に敵影、会敵まで約一分程だ」
この人の眼は一体どうなっているのだろう?と思わざるを得ないジータ。
(さっきも豆粒みたいにしか見えてなかったロック鳥モドキを一発で撃ち落としていたし)
標的が脇道にでも入ってしまったらしく銃を降ろす仕草が、
地面の影となってジータの眼に映る、と、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。
中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。
もう三十秒もしない内に会敵するだろう。
改めてライフルを構えなおそうとするシルヴァを今度はハジメが制する。
「この距離なら俺の方が適切だろ、シルヴァ」
バイクのハンドルを切り、脇道の方へと突き出した崖を回り込むと
その向こう側に大型恐竜型の魔物が現れた、迷宮にもこんなのいたなとふと思うジータ、
違いがあるとすれば頭が二つあることか、双頭のティラノサウルスモドキだ。
だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、
その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。
「何あれ?」
「……兎人族?」
「……確かここって、処刑場だったよな」
リアルケモミミを見て、すこし上ずった声のハジメ。
「大昔は、だけどね」
「いや、今でも風習として残ってる地域もあるらしいぞ」
「……悪ウサギ?」
「三人ともどうする?私としては、たとえ犯罪者だったとしても一先ず助けて、
それから事情を聴いたうえで、改めて見捨てても構わないと思うが」
「改めて見捨てるって、シルヴァさんも割とヒドイこというね」
などと四人で、岩場を駆け回る恐竜とウサミミ少女という、
まるでカートゥーンアニメのような光景を暫し観察していると。
「だずげでぐだざ~い!ひっーー死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、
おねがいじますぅ~!」
ウサミミ少女は滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして、こちらへと必死に駆けてくる。
そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて、今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。
このままでは、ハジメ達の下にたどり着く前に、ウサミミ少女は喰われてしまうだろう。
「決まりだな」
なんだかんだ言って見捨てるつもりは最初から無かったらしい、
ハジメがドンナーとシュラークを抜くと、そのまま無造作に一斉射。
電磁加速された二発の弾丸は大口を広げた双頭ティラノの口内に吸い込まれ、
そのまま二つの頭部を粉々に粉砕した。
ウサミミ少女が思わず「へっ?」と間抜けな声を出し、恐る恐る振り返って
ティラノの末路を確認する。
「し、死んでます…そんなダイヘドアが一撃なんて…」
ウサミミ少女は驚愕もあらわに目を見開いている。
そしてジータはそのダイヘドアから魔石を回収しに、てくてくと死骸の方に向かうのだが
彼女が未だ金縛りにでもあったかのように、立ち尽くすウサミミ少女とすれ違った時だった。
「先程は助けて頂きありがとうございました!」
「!」
不意の大声に飛び退くジータ、それを逃がすまいとしがみつこうとするウサミミ少女。
しかししがみつこうとした際、彼女はジータのロングドレスの裾を踏んづけてしまい
結果としてジータは盛大に頭から地面に突っ込むことになってしまう。
「ああああ、申し訳な…大丈夫で!あっ」
慌てて謝罪しようと屈みこもうとしたウサミミ少女だが、そこに今度は起き上がったジータの頭が
その顔面にスマッシュヒットする。
「うぷっ!」
一瞬仰け反るがなんのっ!とばかりに体勢を立て直すウサミミ少女。
なかなかの打たれ強さだ。
「私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 取り敢えず私の仲間も助けてください!」
鼻血をダラダラと流しながら、ジータにしがみつき図々しく頼み込むシア。
ジータは、しがみついて離れないシアを横目に見ながら、これからの展開を想像し
溜息を落とす、だが今のところ目下の心配事は。
(ドレス、鼻血で汚さないでよ~~お気に入りなのに)
「わ、わかったわかったから…離してっ、服が汚れちゃうよ」
「離したら言う事聞いてくれますかっ!」
離してとジータが訴えているのにも関わらず、
シアは必死のパッチで一層強くジータへとしがみつく。
「もう!」
確かに必死さは伝わるのだが、このままでは埒が開かない。
ジータは仕方なく……"纏雷"でシアに電撃を食らわせる。
「アババババババババババアバババ!?」
勿論、威力は調整してしてあるので死にはしない筈だが。
「どう?落ち着いた」
「はひぃ~」
ひくひくとウサミミを痙攣させながらも頷くシア。
「だったら私のドレスで顔拭くの止めてくれないかな?次やったら…」
懐から短剣をシアに見えるように覗かせるジータ。
ウサミミの痙攣がさらに激しくなった様に思えたが、これは電撃のせいではなさそうだ。
やれやれと思いつつ、ジータはシアへとハンカチを渡してやる。
「まずはこれで顔拭いて、それからお話聞かせて貰えるかな」
「改めまして、私は兎人族ハウリアの長の娘シア・ハウリアと言います。実は……」
語り始めたシアの話を要約するとこうだ。
シアたち、兎人族は聴覚や隠密行動に優れているものの、
他の亜人族に比べスペックは低く、また温厚で争いを嫌う性質もあり、
亜人族の中でも格下と見られており、そのこともあって、
【ハルツィナ樹海】にて数百人規模の集落を作り
ひっそりと暮らしていたのだという、だが。
そんな兎人族の一つ、ハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。
明らかに一族のそれとは違う、青みがかった白髪もそうだが
亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操るすべと、
とある固有魔法まで使えたのだ。
本来ならば樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】の掟に従い、
忌み子として抹殺すべき存在である。
しかしそんな女の子を一族は秘匿し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。
それがどれほど危険な行為であるかは承知の上で。
だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。
しかし兎人族は亜人族一、家族の情が深く、
一族郎党百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。
ゆえに、ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。
その為、彼らは掟に背く代償として、故郷を捨てる道を選んだのであった。
「それで私たち……北の山脈地帯を目指すことにしたんです……
山なら食べ物もあるって思って、それに……」
もしも帝国や奴隷商に捕まってしまえば奴隷に堕とされてしまう危険がある以上、
他に選択肢は無かった。
そして奴隷に堕ちた場合……その運命はと。
シアの可憐な容姿が全てを語っているとハジメたちには思えた。
シアに限らず、兎人族は総じて容姿に優れているのだろう。
愛玩奴隷として持って来いの……。
しかし、不運なことに彼らは樹海を出て直ぐに、
恐らく奴隷狩りに来たのであろう帝国兵に見つかってしまったのだ。
半数以上が帝国兵に捕らえられてしまい、全滅を避けるために必死に逃げ続け
ライセン大峡谷にたどり着いた彼らは、
危険を承知で峡谷へと逃げ込むより他に道は無く、
そして現在に至るということらしい。
「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。
このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」
「……」
わなわなと拳を握りしめるジータ。
女として、いや文明社会に生きる人間としてこれは許せない、だが……。
ここで義憤のまま行動するのは某天之河と同じだ。
それにこのトータスの地で奴隷制が成立しているというのならば、
腹立たしいが帝国兵を止める根拠が乏しくなる。
彼らは彼らの法や慣習に則った上で、奴隷狩りを行っているのだから。
ジータは王宮でのゴージャスな生活を思い出す……
あの暮らしも、おそらく奴隷制があって成り立っているのかもと。
敵は殺してでも排除する覚悟はあるが、気に入らないから殺すはただの外道だ。
そんなことをすればたちまち世界が敵に回る。
必要なら世界を相手に戦うと誓ったが、必要もないのに敵を作ることもない。
もちろん自分たちが生涯この地において奴隷解放のため、
社会制度の改革に尽くすというなら話は別だが。
「ゴメン被るわ…そんなの」
「ええっ!」
「あ……違」
つい口から飛び出したジータの呟きを否定と取ったのだろう。
今度はなんだなんだとやって来た、ハジメの足元へとシアはしがみつく。
上目遣いに大きな胸がハジメの視界に入りそうになり、彼は気付かれないように視線を逸らす。
「あ、あなたからも言って下さいよ、ホラ!『何て可哀想なんだ!安心しろ!!
俺が何とかしてやる!』とか言って爽やかに微笑んで、ねね、ね!
何て可哀想~からの下りが某天之河を連想させたので、思わずジータはシアの頭をひっぱたく。
「な、殴りましたね!」
そこでまたシアがハジメに縋るようなそぶりを見せたので、
さらにジータは彼女の頭をひっぱたく、半分は興味本位だが。
(……言うかな?)
「二度もぶちましたね! 父様にもぶたれたことないのに!
(あ、言った)
少し悪いなと思いつつ、ジータは小さく片手でガッツポーズを見せ、
ハジメはそれを見て呆れたそぶりを見せつつも話を続けて行く。
「ジータはいいとしてお前まで何でそのネタ知ってんだよ……ともかく、
お前等助けて、俺たちに何のメリットがあるんだよ」
ここからは奈落ではなく人の住む社会、彼らはどう動くのか