少し長くなったので二話に分割します。
道中、一度だけ魔物の大群に襲われる事態があったが、
そこはユエの大規模魔法で蹴散らし、こうして彼らは六日間の行程を終え、
遂に中立商業都市フューレンに到着した。
高さ二十メートル、長さ二百キロメートルの外壁で囲まれた大陸一の商業都市だ。
現在は彼らは車の屋根でゆったりと寛ぎ、人波を眺めながら、
フューレンの東門前で検問の順番を待っている最中である。
「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」
呆れ気味にハジメに声を掛けるモットー。
なにせ飛びきりの美少女と美女たちを、大都市の玄関口にて見せつけるように、
侍らせているのだ。
ハジメへの嫉妬と羨望、ジータやユエたちへの感嘆と下心、そして何より
利益を含んだ注目が集まっている。
「まぁ煩わしいけど、仕方ないだろ、気にするだけ無駄だ」
「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、彼女を売る気は……」
まだ諦めていなかったのか、改めてシアの売買交渉を申し出るモットーだったが、
ハジメと、そしてジータの無言の圧力に手を上げて降参のポーズをとる。
「すでに終わった話をわざわざ蒸し返すような人ではないと思ってましたが、
それとも目当ては"宝物庫"ですか?」
「ええ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ
"宝物庫"は商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」
(喉から手が出るほど、か……殺してでもの間違いじゃないかな)
野営中に"宝物庫"から色々取り出している光景を見たときの、
モットーの表情を思い出すジータ。
「言葉飾るの止めようよ、おじさん」
「おじ…ッ!」
「何度言われようと何一つ譲る気はない、諦めてくれ」
「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる、
その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ?」
そうだね、今のモットーさんみたいにねと思うジータ、
本人は冷静に交渉しているつもりなのかもしれないが、
その眼差しは明らかに正気を逸脱している。
「そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうなぁ……例えば、彼女達の身にッ!?」
モットーがその狂気を帯びた眼差しでチラリと脅すように、
屋根の上にいるユエとシアに視線を向けた瞬間。
「それは、宣戦布告と受け取っていいのか?」
ハジメが殺気と共に銃口をモットーの額に押し当てる。
それは湖面のさざ波のように穏やかな口調だったが、
それ故に逃れえぬ死への予感を、殺意をモットーへと伝えていた。
「ち、違います。どうか……私は、ぐっ……あなた方が……
あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と、
ただ、それだけで……うっ」
「そっか、ならそういうことにしておこうか」
そう言って殺気を解くハジメ。
モットーはその場に崩れ落ちた。大量の汗を流し肩で息をしている。
そんな狼狽するオットーの姿を眺めるユエの口元が僅かに綻ぶ、
きっと自分も同じような顔をしてるんだろうなと思うジータ。
「別に、お前が何をしようとお前の勝手だ、誰に言いふらしても、
そいつらがどんな行動を取っても構わない、ただ、敵意をもって俺たちの前に
立ちはだかったなら……生き残れると思うな?国だろうが世界だろうが関係ない
全て血の海に沈め……ッ!」
流石にやり過ぎと思ったジータがハジメの頭を叩いて制止する。
「そこまでにしときなさい……たく、モットーさん怖がってるでしょ」
へたり込んだままのモットーの顔を覗き込むように、
ジータは前屈みの姿勢で、にこやかにフォローを入れる。
「大丈夫です、もうそうなっても私たちは狂犬じゃないので、
ちゃんと相手は"選び"ますから、"賢明"な判断をモットーさんがされる"限り"は
"選ばれる"ことはないとは思います」
屋根から聞いていて頭を抱えるシルヴァ、
図らずもこれはまるで脅し役と宥め役、その筋の者の交渉だ。
「……はぁはぁ、なるほど、割に合わない取引でしたな……」
未だ青ざめた表情ではあるものの、気丈に返すモットーは優秀な商人なのだろう。
道中の商隊員とのやりとりから見て人望もあるようだ。
事実、ハジメたちはオットーを、この世界において信頼出来る人物の一人だと見なしている。
それほどの人物でも、判断を狂わせる魅力がハジメのアーティファクトにはあるのだろう。
「あんまり目立つべきじゃないね、これからは少し考えよ」
「……そうだな、ま、今回のは忠告と受け取っておくよ」
「いやぁ、私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは……」
"竜の尻を蹴り飛ばす"とは、この世界の諺で
手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに遭う愚か者という
意味なのだそうだ。
ちなみに竜とは竜人族の事を指す。
彼らはその全身を覆うウロコで鉄壁の防御力を誇るが、
目や口内を除けば唯一、尻の付近にウロコがなく弱点となっている。
防御力の高さ故に、眠りが深く、一度眠ると余程のことがない限り起きないのだが、
弱点の尻を刺激されると一発で目を覚まし烈火の如く怒り狂うという。
「で、昔、何を思ったのか、それを実行して叩き潰されたバカな人がいたそうですぅ」
「……竜人族はすでに滅んだって聞いてる」
「なるほどね」
シアとユエが解説を入れてくれる。
「ええ、人にも魔物にも成れる半端者、なのに恐ろしく強かったそうで、
恐らく魔と人の合いの子と差別され、最終的には神の手により淘汰されたのでしょうな」
ぱんぱんと服の乱れを直しながら何とか立ち上がるモットー。
「ま、とんだ失態を晒しましたが、ご入り用の際は、我が商会を是非ご贔屓に、
あなたは普通の冒険者とは違う、特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、
それなりに勉強させてもらいますよ」
たった今殺されそうになった相手に、さらなる営業を仕掛けるあたり
なかなか出来ることではない。
では、失礼しましたと一礼し、踵を返すと前列へ戻っていくモットー。
「商魂が逞しいというか、何というか」
その後ろ姿を眺めながらポツリとハジメは呟くのだった。
「そういうわけなので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら
観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、
やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、
サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」
「中央区はビジネスホテルとかカプセルホテルって感じかな」
リシーと名乗る案内人の言葉を吟味しつつ、グラスを口にするジータ。
その後、ハジメたちは王都を凌ぐのではないかと思われるほどの都市の繁栄に驚きつつも
冒険者ギルドで依頼の完遂を報告し、ついでに宿を探そうと
ガイドブックを貰おうとしたところ、こちらの方が確実ということで、
案内人の存在を教えられたのだ。
(ツアコン……みたいなものかな?)
そして現在、軽食を共にしながらこの都市の―――フューレンの
基本情報を聞いていたのである。
「なら観光区だ、金ならあるしな、どこがオススメなんだ?」
「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」
「そりゃそうか、そうだな、まずは飯が上手くて」
「お風呂!広いのがいい」
すっかり観光モードに入っているハジメとジータ。
「あ、立地とかは考慮しなくていい!あと責任の所在が明確な場所がいいな」
「責任の所在?……ですか」
飯だの風呂だのは勿論よくある話だが、こういう要望は初めてだ。
「ああ、例えば、何らかの争いごとに巻き込まれたとして、
こちらが完全に被害者だった時に、宿内での損害について
誰が責任を持つのかということだな。
どうせならいい宿に泊りたいが、そうすると備品なんか高そうだし、
あとで賠償額をふっかけられても面倒だろ」
「え~と、そうそう巻き込まれることはないと思いますが……」
この少年は一体何を言っているのだろうか?困惑するリシーにハジメは苦笑いする。
「まぁ、普通はそうなんだろうが、連れが目立つんでな。
観光区なんてハメ外すヤツも多そうだし、
商魂逞しいヤツなんか強行に出ないとも限らないしな。
まぁ、あくまで出来ればの話だ、難しければ考慮しなくていい」
ハジメの言葉にリシーは、ハジメの傍らのジータと、
その脇で遠慮なしに軽食を食べるユエとシアに視線をやる。
確かにこの美少女たちは目立つ、現に今でも周囲の視線をかなり集めている。
特にシアの方は兎人族だ、他人の奴隷に手を出すのは犯罪だが、
しつこい交渉を持ちかける商人や、ハメを外す輩がいないとは言えない。
……しかし。
リシーはお茶を静かに味わうシルヴァの姿を見る。
この眼光鋭き美女がいる限りは、そういう心配など無用な気もするが。
「た、たしかにそういう事に気を使われる方もいらっしゃることはいらっしゃいます
警備が厳重な宿もございますし」
「ああ、それでもいいけど、欲望に目が眩んだヤツってのは時々とんでもないことをするからな」
ジータの胸がチクリと傷む、欲望に目が眩んだヤツに、
自分たちがとんでもないことをされてしまったのを改めて思いだしてしまったのだ。
「警備も絶対でない以上は最初から物理的説得、つまりは、その…実力行使をだな……
考慮した方が早い」
ハジメの口調もどことなく重い、やはりあの時の記憶は今もハジメを苛んでいるのだろう。
逆にいえばそれもまた人間らしさ、なのかもしれないが。
「……なるほど、それで責任の所在なわけですか、なんとかして見ましょう
で、そちらの皆様のご要望は?」
「「「あの~」」」
口々にそれぞれの要望を伝えようとするジータたち
勿論そこにはある種の意図がある、しかし。
「五人部屋、大きな部屋がいいな、ベッドも五つ欲しい、お風呂は男女別か
部屋に据え付けがいい」
そこでシルヴァが動く、ここまで出来る限り少年少女の青き性には、
口を挟まぬ方針であったが、ここ最近、流石に目に余るように思える。
それに、年下の女の子たちとの付き合い方は心得ているシルヴァとて、
毎晩シアの愚痴に付き合わされたくはないのだ。
「文句はないな、君たち」
「……修学旅行」
「何か言ったか、ハジメ?」
「いいえ」
ハジメらといえども、シルヴァの鷹の眼の如き眼光に抗しうるのは難しい。
しかも確かに下心があったのも事実なのだから。
ちなみにすぐ近くのテーブルでたむろしていた男連中が、
例によってハジメに嫉妬と羨望の視線を向けていたが、
シルヴァへのハジメの態度を見て以降は、引率付きかよ坊や、と、
バカにしたような視線へと変わっていった。
そういえば愛ちゃんは元気だろうか?とジータが考えた時。
その項に、ねっとりとした粘着質な視線が向けられているのを感じる。
あの四人組の誰かが教室で自分に向けていた視線とよく似た。
チラリとその視線の先を辿ると……ブタがいた。
でっぷりと肥えた身体に脂ぎった顔、豚鼻と頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪
そのくせやけに身なりがいい、典型的な貴族か何かのボンボンだった。
そのブタ男が自分たちを欲望に濁った瞳で凝視しながら、
ゆさゆさとこちらに近寄って来る。
「お、おい、ガキ。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。
それとそっちの金髪二人は、わ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」
(百万ルタ、百万円かぁ…うわっ、値段低すぎ…)
口元を抑えてどこぞの広告のようなポーズを取るジータ。
神様相手でも手放す気は無いが、それでも勘定は欠かさない。
彼の中では既にユエは自分のものになっているようだ、
ブタ男は仔細構わずにユエに触れようとする…が。
その瞬間、ブタ男はその顔を恐怖に引き攣らせ、情けない悲鳴を上げると
その場に尻餅をつき、さらに情けないことに失禁までする有様。
「ハジメちゃ……」
俺じゃない、ジータじゃなかったのか?と、不思議そうな顔をするハジメ。
なら、この殺気の主は……。
「……私を無視するとはどういう了見だ、二十七ではもう手遅れとでもいうのか」
彼らの視線の先には、なんだかあまり深く考えたくない理由で憤ってる、
シルヴァの姿があった。
「え…っと、じゃあリシーさん、場所変えましょうか」
何が何だか状態のリシーを促し、一行はギルドを出ようとしたのだが、
そこに筋骨隆々の大男が立ちはだかる。
その腰には長剣を差しており、歴戦の戦士という感がある。
「そ、そうだ、レガニド! そのクソガキを殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」
さっきのは俺じゃないのにと、不満げなハジメ。
「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」
「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」
「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」
「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」
どうやらレガニドと呼ばれたこの巨漢は、ブタ男の雇われ護衛らしい。
「お、おい、レガニドって"黒"のレガニドか?」
「"暴風"のレガニド!? 何で、あんなヤツの護衛なんて……」
「金払いがいいんだろ?"金好き"のレガニドだし?」
随分と職務熱心なようだ。
「おう坊主、わりぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや、
なぁに殺しはしねぇよ、まぁ、嬢ちゃん達の方は……諦めてくれ」
ハジメの眼に危険な光が帯び始めるのを察知し、先にジータが動く。
「私たちが相手をするよ、行くよ、ユエちゃん、シアちゃん」
「……んっ」
「え、ジータさん、ユエさん、私もですか!」
ハジメに任せると被害が大きくなりすぎる気がしたし、
ここで自分たちの実力を周知させ、守られるだけのかよわい女の子じゃないことを
思い知らせるいい機会だと、彼女は考えたのだ。
「ガッハハハハ、嬢ちゃん達が相手をするだって?何が出来るってんだ?
雇い主の意向もあるんでね。大人しくしていて欲しいんだが?」
豪快に大笑するレガニド、その数瞬後―――彼のみならず、
この場に居合わせた全ての人々が、ありえない光景に凍り付くこととなる。