一向に締まらない再会
広大な平原のど真ん中に、北へ向けて真っ直ぐに伸びる街道がある。
街道と言っても、何度も踏みしめられることで自然と雑草が禿げて道となっただけのもので
まぁ、荒野と言っても差し障りない。
そんな荒野を、この世界では有り得ない速度で爆走するのはハジメの魔導四輪駆動車だ。
魔力分解作用があったライセン大峡谷とは違い、魔力駆動車はそのスペックを
十全に発揮している。
「日本じゃ」
「え?なんだって?
「日本じゃこんなこと出来ないよね!」
サンルーフから顔を覗かせ、陽光と風を感じながら、
ハンドルを握るハジメへと叫ぶジータ。
後部座席ではシアがはぅ~気持ちいいですぅ~と微睡んでいる、
半目を開けているので、少し微妙な表情ではあるが。
「ユエ、お前も寝ていいんだぞ」
「んっ」
助手席でハジメの肩に身体を預けるユエ。
「まぁ、このペースなら後半日ってところだな、ノンストップで行くし、
休める内に休ませておこう!」
「今夜は一泊して明日からさっそく捜索だね!けど」
「けどなんだ?」
ハジメは車の屋根を目線を向けて、ジータの顔があるあたりへと聞き返す。
「ずいぶん積極的だなって!最初は嫌がってたのに」
「ああ、生きているに越したことはないからな、その方が恩を感じてくれるだろうし
これから先、国やら教会やらとの面倒事は嫌ってくらい待ってそうだからな。
盾は多いほうがいいだろう?」
「うん!いちいちまともに相手なんかしたくないしね!」
「それに信じて送り出してくれたんだ、だったら応じないわけにはいかないだろう!」
「……っ」
信じるという言葉を聞いて、ジータが声を一瞬詰まらせる、
だがハジメにとっては別段不思議な事ではない、
確かに奈落の底では裏切りを心中で詰ってはいた。
だが、今では己への自信をそして周囲への評価を得るための賭けに
敗れたに過ぎないとの思いが強い……そう思えるのはきっと。
(きっと一人きりなら俺はあの闇の中で……いつまでも)
「に…日本っていえば、これから行くあたりって稲作が豊富なんだってな!」
「道理で北に向かってるにしてはなんか暖かいなって思ったんだよね!」
心の内を悟られまいと話題を変えるハジメに、期待を隠せない口調で応じるジータ。
「……稲作?」
ハジメの耳元で興味深々、といった表情で尋ねるユエ、
ハジメの身体に腕を絡めることも忘れない。
ちなみにシアは後部座席ですっかり寝息を立てている、その寝顔を見て
やれやれと微笑むシルヴァ。
「おう、つまり米だ米、わかるか?俺たちの故郷、日本の主食だ、
こっち来てから一度も食べてないからな」
「ハジメとジータの故郷の味……ん、私も食べたい」
懐かしい日本の風景が彼らの脳裏に甦る、お米、水田とくれば……。
「じゃあ、今夜は皆でアレ着ようか、クリスタベルさんに仕立てて貰ったの」
「ここでアイツの名前は出すなよ!」
クリスタベルの名前を聞いてうんざりするハジメを取りなすように、
ジータはハジメの髪を撫でる。
「まぁまぁ、ハジメちゃんのもちゃんと作って貰ってるから」
「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」
「どこ行っちまったんだよ、幸利」
肩を落とし夕暮れのウルの街の表通りをトボトボと歩く二人の少女、
いや正確には二人とも少女ではない、一人は畑山愛子(二十五歳)で、
もう一人はカリオストロ(自称一千歳)だ。
「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。
無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」
「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです、
自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ? 悪い方にばかり考えないでください」
元気のない愛子に声をかけたのは愛子専属護衛隊隊長のデビッドと
愛ちゃん護衛隊のリーダーを自負する園部優花だ。
周囲には他にもデビッド麾下の騎士たち、チェイス、クリス、ジェイドの三名
それから宮崎奈々や菅原妙子、玉井淳史たち、護衛隊のメンバーが揃っている、
………一人を除いて。
その一人、清水幸利が突如失踪して以来、愛子達は懸命の捜索を続けていたが、
その行方はようとして知れなかった。
「ウロボロスにさ、清水の臭いとか辿らせるのってムリなのか?」
「犬じゃねぇんだ、それに常時展開させんのも手間がかかんだよ」
カリオストロは今は杖状の姿になり、自らの右手に握られた相棒をくるくると振り回す。
(自分で何処かに……か)
愛子の隣で心配げに薄暮の空に目を向けるカリオストロ、その先には北の山脈地帯がある。
(まさかな…アイツ誰にも言わずに一人で魔物を仕込みにでも行ったのか)
この状況で、それはあまりにも空気が読めてないように思えた。
実際、話していて清水にはそういう能力が少し欠けている……。
確かにそんな気もしたのも事実だが、
だとしたら、これは確かに自分の責任のような気がする。
(アイツの抱えてる闇はちと気がかりでな……だから、方向性を変えてやろうと
思ったんだが…)
「教会や王宮からの捜索隊が到着するまであと数日、それまでに何とか見つけ出したい」
デビッドは歯噛みしながら続ける。
「このままではイシュタルどもの思う壺というもの、
奴らは豊穣の女神と愛子を称えたその裏で己が地位を守らんがゆえに、
その人気を妬み、失墜を目論んでいるに相違ない」
そこでデビッドはカリオストロの方に目をやる。
「ありがとう、キミの素朴な言葉の数々で俺たちは真に守るべき存在、
そして廃せねばならぬ悪を知ることができた」
「どぉいたしまして!カリオストロちゃん褒められてうれしーなっ!」
(ここまで上手く行くたぁ、まったくオレ様もありがとうだぜ……ククク)
彼女の本性を知る愛子や優花たちはうわぁという表情を見せる、
特に愛子はカリオストロと共に過ごすようになって以来、
ずっとこういう顔をしているように思えてならない。
「安心しろ、教会上層部、そしてその首魁たるイシュタル・ラングバウト!
野心と保身の為に信仰を捻じ曲げる巨悪どもに決して愛子も、
そして君たちも渡さないッ!」
「隊長、声が大きいです」
いきり立つデビッドを副隊長のチェイスが窘める。
カリオストロはお目付け役として送り込まれた騎士たちに、
素朴な質問という形を借りて、教会上層部、引いては神への疑問という毒を、
じわじわと打ち込んだのだ。
要約すると教会の偉い人はきっと愛子や自分たちを嫌っている、
だから理由をつけて追い出した……用済みになれば……と。
デビッドやチェイスたちが、ただ単に武芸とルックスのみに秀でた男たちなら
信仰よりも世俗や功名を取る男たちなら、却ってカリオストロも苦心したかもしれない、
しかし彼らは若くして神殿・そして王宮騎士という要職に就いている、
いわばエリートたちである、その誇りと敬虔さ故に見過ごせない、
気付いていながらも見て見ぬ振りをしていた信仰上の齟齬を、
カリオストロは的確に突いていった、極上の笑顔を添えて。
だから、狡猾な自称天才美少女錬金術師の術中にいとも容易く彼らは陥った。
今やすっかり彼らはエヒト教愛子派、引いては反イシュタル派と化している。
(ま、真の愛子教信者誕生までには、まだもうちょいかかるか)
いかに愛子は俺の全てだ、だの、彼女のためなら信仰すら捨てる、だのと
口では威勢のいいことを言えても、
やはり産声を挙げた時よりの彼らのエヒト信仰は根強い、その証拠に……。
「とにかく今は清水くんの事をまずは考えましょう」
「よもや教会側が直接刺客を……」
「それはないよっ!ゆっきーを狙う位なら直接愛ちゃんを狙う方が早いもん」
カリオストロの言う通り、清水は闇術のみならず、各種魔法に高い適性を持っている。
精神性さえ克服できれば、光輝らとも渡り合える程の、そんな相手を襲う位なら
戦闘力皆無の愛子を直接狙う方が楽だろう、護衛込みであっても。
事実、私物の幾つかは消えていたものの、清水の部屋自体は荒らされた痕跡もなく、
今では自発的な失踪と考える者が多かった。
「だからぁ、今日の所は……」
暗くなりかけた雰囲気を払拭させようとしたカリオストロの声に、
愛子の声が重なる。
「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。
清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。
取り敢えずは、本日の晩御飯です!お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」
(ほう、やるようになったじゃねぇか)
無理をしてるのは承知だが、それでも教え子を不安にさせまいと
自身の不安を悟られまいとする、気合いの入った掛け声を聞き、
これまで空回り気味だったやる気が、上手く噛み合い始めているなと、
ニヤリと笑うカリオストロ。
(後は……幸利もだが、ハジメにジータよぉ、お前ら何やってやがるんだ
早くツラ見せて愛子や香織を安心させてやれ)
イルワに紹介された"水妖精の宿"なんでもこの街で一番の高級宿らしいの前で
複雑な表情で立ち尽くすハジメたち―――彼らの目の前には、
豊穣の女神畑山愛子様ご一行、ご宿泊中とでかでかと記された垂幕がはためいていた。
「どーする?」
「どうするってもな……うーん」
ご一行ってことは愛子だけではなく複数の護衛や、
もしかするとクラスメイトたちも何人かは行動を共にしているのだろう。
「他の宿にするか?」
「うーん、それもイルワさんに悪いし、それにそもそも別に悪い事してて、
逃げてるわけじゃないしね」
とはいえど、あの転落からはや数ヶ月が経過してる、
何と言って顔を合わせればいいのか。
「……愛子って、誰?」
ユエがきょとんと小首を傾げながら二人に問いかける。
「ああ、俺たちの学校の先生だよ」
「……先生?ハジメの?どんな」
「ちっちゃくって可愛いの、でもいつも一生懸命で皆のこと考えてくれる人だよ」
それはこの異郷の地においても変わることはなかった……だったら。
「やっぱりさ、ちゃんと挨拶して説明できるところは説明した方がいいと思うな
それにどの道、クリューエンを攻略した後、ホルアドに立ち寄るつもりだったし」
「天之河がいたらどうする」
「それは……しょうがないよ、けどアイツがいるってことは香織ちゃんや雫ちゃんも
来てるってことだしね」
「……ちっちゃくて可愛いハジメの先生、私も会いたい」
興味津々のユエ、ちっちゃくて可愛いって所が妙に強調されてる気もするが……。
まぁ無理もないなと、出るトコ出てるジータたちの身体をチラと見てつい頷くハジメ
向う脛にユエの爪先が入ったのは言うまでもない。
「じゃあ着替えてお食事済ませたら、みんなで挨拶に行こうか」
説明するならちゃんと説明のための言い訳も擦り合わせて置かないといけない。
まず落ちてからのことについて……。
そこでユエが自分の袖を引いているのに気が付くジータ。
「何かな?」
「ちっちゃくって可愛いって……あんなの?」
ユエの視線の先には優花たちと共に宿へと戻る、
つまりこちら側に向かって歩く、愛子ご本人の姿があった。
「そそ、あれだよ、あれが愛ちゃん先……生」
やばと慌てて視線を逸らすが。
「蒼野……さん?」
遅かった。
「南雲?」
さらに優花がハジメの存在にも気が付く、確かに髪の色や体格こそ変わったが
その眼差しは鋭さが加わりつつも、彼本来の優しさや柔和さがちゃんと残っており。
幸か不幸か言われなければ分からない、という程の変化は呈していない。
「い、今のは方言で"チッコイ"て意味だ!」
咄嗟に頭に浮かんだ言い訳を叫び、ジータの首根っこを掴んで、
ハジメは裏通りに飛び込もうとするが。
「!」
その足に土の鎖が絡みつき、彼らの動きを封じようとする、
こんなことが出来るのは……ハジメが知る限りただ一人しかいない。
「テメェら!今までどこほっつき歩いてやがった!」
そこには口調こそ厳しいが、懐かしの笑顔を見せる、カリオストロの姿があった。
「ハハ……師匠、ご無沙汰してました」
「師匠か、いっちょまえの口を利けるようになったか、コイツ」
再び会えた時には、と頭の中で何度も反芻していた言葉は、すでに忘却の彼方だ。
「愛子、ホントにちっちゃくって可愛い」
その一方で失礼にもユエはいきなり自分と愛子の身長を比べ出すという暴挙に出ていた。
「愛子の方が高い……」
さらに失礼にもぷくーとふくれっ面を見せるユエ。
「蒼野さん!なんなんですかこの子はいきなり!」
「ちゃんと言って聞かせますから」
(ホントに何なのよぉ~)
互いに心の準備がまるで出来てない中でのエンカウントであることを差し引いても
これは酷い気がしてならない。
「南雲!あたしアンタにずっとお礼が言いたくって」
「すまねぇ!皆を助ける為に残っててくれてたのによぉ」
「ずっと謝りたかったんだ!」
さらに優花たちが口々に叫びながら、ハジメたちの方へと殺到しつつあったが……。
「こんな情けないナリになっちまいやがって……こんなところまで
オレ様に似ることはなかったんだ!……この、バカ野郎が!」
カリオストロの……天真爛漫にして傲岸不遜、天才を自任する少女が初めて見せる、
ハジメの胸に拳をぶつけながらの、嘆きと憤りの声に静まりかえる一同。
「すいません」
南雲ハジメが、後に魔王と呼ばれる少年が、家族以外に自ら頭を下げ、
謝意を明らかにするのは、後にも先にもこの目の前の、
天才美少女錬金術師くらいのものだろう。
「ガブリエルは一体何をしてやがった……けどよ、まぁ会えて嬉しいぜ、ホラ」
ハジメに愛子の方を向くよう促すカリオストロ、涙目の愛子と視線が絡み合う。
「元気で生きてるって……カリオストロさんから聞いてはいました、けど…
本当に元気そうで、先生は……喜ぶべきか怒るべきか分かりません!」
正直に自分の心情を吐露する愛子、帰ってこないのは何か理由がある筈だと、
再三にわたってカリオストロから言い含められていても、無事を喜ぶ気持ちと
連絡もよこさず、のうのうと何してたんですか!と、怒鳴りたくなる気持ちとが
ないまぜになってしまっている。
「本当だよ!元気過ぎるよ……二人とも……あたしがどんな気持ちで……」
こちらは素直に泣き崩れる優花、オルクスでの出来事が頭を過り、
少し表情を曇らせるハジメだが、それを窘めるようなジータの目線に
大丈夫だと苦笑するハジメ―――その二人の様子を涙に濡れた目であっても
しかと捉える優花。
(この二人……もしかして)
ともかくこれはもう兜を脱ぐしかなさそうだ、
どの道、数時間予定が早まっただけと思えば。
ハジメとジータは二人並ぶと改めて愛子へと頭を下げる。
「「お久しぶりです、先生、ただいま」」
「おかえりなさい、南雲君、蒼野さん」
こうして、双方にとって予定外の再会は、何とか形を取り繕うことが出来たようだった。
やっぱり人手が多いと、色々出来ちゃいますね
ちなみにハジメの容姿は原作よりも柔和な感じをイメージして
頂ければと思います
グラブルキャラで例えるならアイルとノアを足したような感じです