ありふれた錬成師と空の少女で世界最強【完結】   作:傘ンドラ

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まずはこちら側を先に処理。


遁走曲

時間は少し遡る。

 

(清水ぅ、今はテメーに天下を預けておいてやるぜ)

 

主戦場から遙かに離れた森林の中、苛立ちつつもほくそ笑む檜山。

すでに戦闘は始まっているというのに……。

ウィルたちの件もそうだが、彼は己の手を汚すのは最小限と定めていた。

 

なぜならば、ハジメを殺し、光輝を殺し、香織を雫をジータを犯し殺し、

自分を弄んだ恵里と自分を死刑にしようとした愛子とあの忌々しいカリオストロも

魔物のエサにし、そして自分を煩わせる者全てをこの世界から消した後、

彼はまた檜山大介として、しれっと人の世界に戻って来るつもりなのだ。

 

(下らねぇリスクは負っちゃいられねぇんだよ)

 

それに、すでにレイスとかいう魔人族からも確約は貰っている、

事を達すればあの魔物は全て貴方の物、清水は処分すると。

さて、そろそろ包囲は完了したかなと、檜山は一旦森を抜ける。

……そこに広がっていたのは、地獄絵図だった……魔物たちにとっての。

(な、なんで……なんでなんだありえねぇ!)

 

竜巻が、炎が、雷が、檜山の視界彼方で乱舞し、その度に魔物たちがみるみる算を乱し

散り散りになっていく、その上、この世界ではあり得ない音、銃声までもが聞こえてくる。

 

(エヒトの奴、軍隊でも呼んで来やがったのか!)

 

奇しくも清水と同じような感想を抱く檜山。

取り巻きたちに己の周辺を固めさせつつ、森の中を縫うようにして

戦場へと檜山は近づき、様子を伺う……すでに戦いは決し、音は聞こえなくなっていた。

 

(……あれは)

 

"鎧"の効果か、強化された知覚を使い、遙か彼方の景色を確認する。

全員の顔は流石に距離的に判別できなかったが、

そこには清水と愛子、カリオストロ他、何人かの見知った顔があった。

 

(レイスの奴は何をしてた!)

 

清水が何かおかしい動きをすればすぐに殺すと、そう話はついていたはずだ。

もしも……自分の事を愛子たちに知られれば……。

仮面の下で顔面蒼白の檜山、そこまで心配なら他に手の打ちようはあった筈なのだが

清水がこれほどあっさりと愛子らの手に落ちたこと、そしてそもそもの話、

五万の魔物がいともたやすく壊滅すること自体想定外だ。

 

(何とか……何とかしねぇと、そうだ)

 

檜山は一本の杖を取り出す、例のシスターから貰ったものだ。

一度放つと再度の使用に時間はかかるが、その威力は光輝の"神威"をも遙かに凌ぐ。

アルヴ神の使徒という触れ込みこそあったが、最初は訝し気だったフリードら、

魔人軍の重鎮らも、この一撃を見た瞬間、態度が変わった。

 

杖に魔力を送り込む檜山、装備によってパンプアップされた魔力は

今や光輝と同等か、それ以上かもしれない。

しかし、自身の不都合から徹底的に逃げ回るその行動論理は、

日本でもこちらでもまるで変わらない。

 

(死ねや、お前ら俺のために)

 

不意打ち、騙し討ち上等の精神もまた変わらない。

勝利を確信しながら、檜山は両腕で構えた杖から極太の光を撃ち放つ。

だが……その必殺の光は、清水らに届くことなく、いとも容易く霧散する。

それが魔法の核を撃ち抜かれたからだということは、もちろん檜山は知る由もない。

 

ただ、これで自分の潜んでいる場所が連中にバレてしまったということは

理解出来た、そして今、騎乗用の白イタチに跨り、全速力で退却する檜山とその取り巻き。

しかし、その耳にバイクのエンジン音が少しずつ近くなっていく。

 

「バイクなんて反則だろうがよぉぉ!」

 

誰だ、誰が作りやがった、あのガキか?それともまた別の世界から呼ばれた誰かか?

一瞬、ハジメの顔が脳裏に映ったが、あの無能にバイクなんぞ作れねぇと即座に

その可能性を却下する。

 

「あの竜がいりゃあ、もっと早く逃げられたんだ!清水の野郎!」

 

檜山は一切振り返ることなく、さらに白イタチにムチを入れる。

だから気が付かなかった、いつの間にか自分の取り巻きたちが

周囲から姿を消していたことに……。

 

 

「我ら魔人族特殺部隊、"猛虎"、ここを死地と心得たり」

 

檜山の後姿が完全に消えたのを確認すると、数人の魔人族が

ハジメたちの追撃を絶つべく、迎撃の構えを見せ始める

 

あの蹂躙劇を見て、勝ち目はないことは分かっている、しかし…

 

「お前ら、彼の事嫌っていたんじゃないのか?」

「ええ、嫌いですよ、ですがそれでも彼はアルヴ神の使徒にして

フリード様のご客将、このままエヒトの走狗の餌食にさせるわけに参りません」

 

彼らにとって聞きなれぬ轟音、すなわちバイクのエンジン音は

もう間近へと迫っていた。

 

 

(アイツら!俺を置いてドコ行きやがった!)

 

白イタチを乗り捨て、道なき山野を身体能力に任せて飛び跳ねる様に、

逃走を続ける檜山。

 

いつの間にか自分の周囲から消えた取り巻きたちについて

彼は自分を見捨てて逃げたと解釈した、実際は真逆であるにも関わらず。

この男には自己犠牲とか献身とか、そういう殊勝な精神は備わっていないのだ。

 

(帰ったらフリードさんに言いつけてやる)

 

ともかく檜山はハァハァと荒い息を吐き出しつつも、木々を掻き分け川を越え、岩を飛ぶ

その血走った眼は、自分が逃げることよりも、自分を見捨てた連中が、

フリードにどんな罰を与えられるかを楽しみにしている眼だ。

だから、逃げるどころか自分が同じ個所をグルグル回っていたことにも、

そしてあろうことか大回りでUターンさえしていることにも、まるで気が付いていない。

 

暑さと息苦しさに仮面を外す、と、明敏になった嗅覚が血の匂いを察知し、

ようやく檜山は正気に戻る、ここ前にも通ったような……などと考えつつも、

今度は慎重に木々に隠れながら獣道を進む……。

そこには頭を撃ち抜かれた取り巻きの一人の姿があった。

 

「ひっ!」

 

初めて見る死体、それも射殺された……に、一瞬驚きを隠せない檜山。

それでも何故か口元が歪んでいく。

 

(ざまぁ見やがれ、バチィ当たりやがった)

 

この魔人族の戦士が自分の為に死んだなどとは、彼は露ほどにも思えないらしい。

その時、聞き覚えのある声が彼の耳に届いた。

 

「ハジメちゃん、どこ~」

 

(あ、蒼野……)

 

檜山は一瞬息を呑み、仮面を装着しようとして手元にない事に気が付き

迂闊にも繁みから腕を伸ばし、仮面を手元に手繰り寄せる……その瞬間。

 

クラリオンから放たれた弾丸が檜山の左肘に命中し、そこから先が吹き飛ぶ。

 

「ぎゃあああああああ!」

「自分からハジメちゃんを名乗るくらい、ハジメちゃんがお気に入りなんでしょ?

だから、もっとハジメちゃんに近づけてあげるね、檜山君」

「お…お前……気が付いて…」

 

あれはハジメを探している声ではなかった、とっくに檜山を発見していたジータは

獲物を見つけたとハジメを呼んでいた……。

 

「あっ、ああああああ!」

 

そのことを察知した檜山は左腕を失い、バランスをうまく取れないのか、

まるでピンボールの球のように、岩や木々に身体をぶつけながらも、

必死の逃走を試みる。

その滑稽な有様を、ああ、ハジメちゃんも慣れるまでしばらくかかったっけ?と

冷ややかに眺めるジータだった。

 

どれくらい走っただろうか?森を抜けた檜山の眼前に、採石場のような

荒涼とした風景が姿を現す、それでも身を隠せる場所はないかと

眼を凝らし、小高い石山を越えていく、そしてその先は……何にもなかった、

ただ高さ数百メートルにも及ぼうかという断崖絶壁が檜山の眼下に広がる、

かつての奈落を思い出さずにはいられず、きゅうっと胸が縮む感覚を彼は避けられない

 

戻らないと……踵を返し、また走り出した檜山の足元に何かが投げ落とされる。

 

「忘れ物だよっ!檜山君」

 

忘れ物?一瞬訝し気に足元に視線を落とすが、それが先刻吹き飛ばされた

己の左腕だということに気が付くと、再び絶叫する檜山、

いや、それよりも……。

 

(なんで今の俺に追いつけるんだ)

 

強くなっている……とは事前に聞いてはいた、しかし元はコイツも、

ステータスに関してはこの世界の一般人並みの力しかなかった筈だ。

今の自分は勇者よりも……あの天之河をも凌ぐステータスとなっているというのに。

 

ともかくライフルを肩に担ぎ、スキップをするような足取りでこちらへと迫る、

ジータの姿を見ながら、檜山は必死で助かるためにその頭脳をフル回転させる。

ちなみに彼もこの世界のカラクリには気が付いている一人だ。

 

「な……な、俺が神様に頼んでやる、許してくれるなら俺とお前……南雲も

特別扱いしてくれるようにお願いしてやる」

 

檜山は必死でジータへと訴える、この世界が神々の遊戯盤で、

自分たちはその駒に過ぎないのだと。

 

「俺たちは被害者なんだよ、だから一緒にだな~」

「うん、そうだね」

 

分かってくれた!?俺助かる……と、一瞬思った檜山の耳元で

バスンと破裂音、視界に何か赤い物が飛び散ったかと思うと

自分の足元に左耳がポトリと落ちる。

"風爪"でジータが檜山の耳を斬り飛ばしたのだった。

 

「でも、それが檜山君を許す理由にはならないと思うの」

 

必要以上に標的をいたぶる趣味も必要もない、だがコイツにだけは……

ハジメの、そして自分の味わった以上の恐怖と苦痛を与えてやらねば気が済まない。

きっとカチカチ山のウサギもこんな気分だったのではないか。

ああ、そうだ……一応約束だ、聞いておかないと。

 

「ねぇ?どーしてハジメちゃん殺そうとしたの?」

「おおお教えたらっゆ許してくくくれるか?」

 

銃声と共に檜山の右足甲に弾痕が穿れる。

 

「ぎゃああああっ!」

「お願いしてるんじゃないの、早く言わないと、どんどん身体に穴が増えたり

耳とか指とか無くなっていっちゃうよ」

 

天使の笑顔で、悪魔の言葉を口にする少女に檜山は心底恐怖した。

 

「お……俺、アイツが自分より上に行くのがガマンできなく、ぎゃあ!まだ話してる途中」

 

ジータに右膝の皿を撃ち抜かれ、さらにのたうつ檜山。

逃れようにも背後は落差数百メートルもあろうかという断崖だ。

 

「まだ何処に落ちるのか分かるだけ、檜山君は運がいいよ」

 

ああ、コイツ……俺を蹴落とすつもりだ、そう思った檜山のすぐ傍にまた着弾、

自分で落ちろということか。

 

「お前……お前何しようと……お前のやってることは、ひひひ人殺しだぞ!」

 

自分のしたことについては、徹底的に棚に上げるのも檜山クオリティである。

 

「俺はまだ誰も殺しちゃいねぇ!だから俺の方が正しいんだ!」

 

確かにそうだ、殺し損ねた、だから自分はまだ人殺しではない。

あの冒険者たち?確かに殺せと言ったかもしれないが、実際殺したのはあの竜だ、

それにあの竜も元々は清水が調達したものだ、だから俺の責任は贔屓目に見ても、

三分の一くらいだろう……などと半ば本気でこの男は思っていた。

 

「そうだよー檜山君のせいで私、人殺し平気になっちゃった」

「こっ……この悪魔」

 

何を今更と小首を傾げるジータ、その仕草が天使の如く実に愛らしいのが、

檜山には却って恐ろしく思えてならない。

左手を抱え、彼は這いずる様に撥ねる様に後ずさるのだが、ついにその頬に高所特有の

吹き上げるような風を感じる……もう逃げ場はない。

 

「生き残れるか試してあげる、檜山君には無理だと思うけどね」

 

ずいと檜山へと一歩一歩近づくジータ、彼女は怒りと復讐の高揚感で完全に我を忘れている。

檜山はもう悲鳴すら発することが出来ず、眼下の地獄と眼前の地獄とを歯を鳴らしながら、

交互に見比べることしか出来ない。

 

そして、ジータと檜山の距離があと十歩ほどの所まで来た時だった。

 

「!!」

 

彼方からのどれほど怒りに酔っていても見逃すべくもない、

大規模な魔力を感知したジータが瞬時に飛び退くと、

たった今彼女が立っていた付近を極光が薙ぐ。

そしてその光に紛れ、檜山を抱え飛び去る何者かの姿を彼女ははっきりと捉える。

 

「くっ!」

 

逃がしてなるものかとライフルを構えるジータだったが……。

 

『お馬鹿!』

 

脳内に、いや精神に直接響く怒声に一瞬構えを解いてしまう……。

何故なら怒声の主は、彼女にとって懐かしくも、

常に己と共にあった、あの慈愛の天司のものだったのだから。

 

ともかくその隙に檜山を抱えた何かは彼方へと飛び去ってしまう。

 

「ガブリエル……様?」

 

どうしてと……いわんばかりのジータへと畳みかけるようにガブリエルは続ける。

 

『そんな小物一人どうにでもなるわ!そんなことよりもアレを見なさい!』

 

背後……彼方の異様な気配に背中を凍らせるジータ、怒りに気を取られていたとはいえ

どうして気が付かなかったのか……おそらくハジメたちもすでに向かっているのだろう

その異様な気配の発信源、ウルの平原に血のような赤い光が満ちていた。

 

 

「オイ!何してんだジータ!早く来い!」

「シアもティオもとうに到着済みだぞ」

 

バイクを飛ばすジータ、念話石からハジメとシルヴァの怒声が、

ようやくクリアに耳に届き始める。

檜山を見つけたよと、どれほど呼んでも反応がなかったわけだ、

どうやら最初から通じてなかったらしい。

 

(この赤い光のせい?)

 

そんな中でも、ジータの精神へとガブリエルは語り掛けることを止めようとはしない。

 

『恨みを憎しみを晴らすことは否定しないわ、それでも……酷い顔だったわよ、さっきのあなた』

 

「……」

 

『ハジメくんを大事に思うあまり、自分が獣の道に堕ちてしまったら、意味ないわよね』

 

その言葉は、この地で味わったどんな傷よりも痛かった。

 

 

 

「なんでもっと早く来なかったんだよぉ!」

 

あの日、自分をスカウトしたシスターの腕の中で、命を救われた感謝よりも

救援が遅いことを罵倒する檜山、流石に無表情ながらもカチンと来たのか、

まだ地表まで数メートルあるにも関わらず、彼女は檜山を無造作に投げ落とす。

 

「テメェ!」

 

誘われたのは自分、つまり目の前のシスターより自分の方が立場が上だということ

その認識……いや誤解のままに抗議の声を上げる檜山だったが、

シスターが軽く指を鳴らすと、己の力の源である鎧が、独りでに剥がされていく

……途端に檜山は倦怠感に襲われ膝を衝いてしまい。

そこまでされて、自分の力が借りものに過ぎないということをやっと思い出す。

 

「ひ……あああ……」

 

頭を一撃で撃たれ絶命した魔人族の姿がフラッシュバックし、それが自分の姿と重なり始める。

 

「あんな風に俺はなりたくねぇ~~~たのむぅ」

 

動かぬ身体を引き摺り、シスターの足元に縋りつく檜山。

 

「何でもするから見捨てないでくれぇ~~~」

 

シスターは無言で檜山の口元に爪先を差し出す、一瞬の逡巡の後……、

檜山は情けなくもレロレロレロレロとシスターの靴を舐め始める。

 

(俺が……俺が、どうしてこんな目に)

 

何が!何が!悪かった!恐怖と屈辱感に苛まれながらも、

必死で檜山は自分がなぜここまで落ちぶれたのか、その原因を考える……

いや、考えるまでもない。

 

(何もかも南雲が……あの無能が……)

 

「頼む!俺にもう一度チャンスをくれ!今度こそアイツを南雲を殺して見せるからよぉ~

その為なら何でもするッ!それで死んでも構わねぇ、俺の心臓が

アイツよりも一回でも多く動けば、それで俺の勝ちで構わねぇからよぉぉぉぉ」

 

威勢だけはいい、負け犬の遠吠えが谷間に響いた。

 

「だからだから、フリードさんにはこのことは内緒にしてくれぇ~~~」

 

 




いかに復讐という正当な理由があるにしろ、むしろ理由があるからこそ
あんまり必要以上にいたぶるのはどうかと書いていて思ったりもしてました。

というわけで、しぶとく生き残った檜山君でした。
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