いよいよ勇者編スタート
ここはオルクス大迷宮八十九層。
現在、光輝たちは互いの健闘を称えつつ、小休止を取っていた。
彼らの背後には切り裂かれ黒焦げになった魔物たちの亡骸が転がっている
そしてその目の前には九十層へと続く階段があった。
「ふぅ、次で九十層か……この階層の魔物も難なく倒せるようになったし……
迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」
「だからって、気を抜いちゃダメよ、この先にどんな魔物やトラップがあるか、
わかったものじゃないんだから」
「雫は心配しすぎってぇもんだろ?俺等ぁ、今まで誰も到達したことのない階層で、
余裕持って戦えてんだぜ?何が来たって蹴散らしてやんよ!それこそ魔人族が来てもな!」
慢心を戒めるような雫の言葉にも関わらず、光輝と龍太郎は拳を付き合わせ
不敵な笑みを浮かべ合っている。
「坂上の言うとおりだぜ!八重樫は心配性なんだよ!」
さらに近藤までもが二人に同調する、彼ら―――ハジメ命名"小悪党組"のリーダー格であった
檜山を仲間殺しの名目でリンチに掛け続け、挙句脱走に追いやって以来、
彼はまるで最初から自分たちの仲間であったかのように
我が物顔でパーティに入り浸っている。
「これで後はよ!」
「ああ、蒼野さえ無事に助けることが出来れば」
「もう、俺たちに怖いモノなんてねぇぜ!なぁ」
香織と龍太郎は続けようとして、一瞬言葉を詰まらせる。
「……南雲君」
香織は鬼気迫るかのような表情で階下へと繋がる階段を見据え、ポツリと呟く。
その手に握られているのはハジメの制服のネクタイだ。
「香織……南雲はもう」
その姿を見て、何かを言おうとした光輝だったが、
「香織、辻さんを手伝ってあげて」
「うん」
光輝の動きを察知した雫が素早く割り込みに入る。
「……」
光輝の表情が険しいものへと変わる。
いつからだろうか?二人の間に、特に香織との間に距離を感じる様になったのは……。
自分はこれほど頑張っているというのに、努力しているというのに
光の刃で大量のコウモリたちを切り裂いた先程の戦いを思い出す光輝、
確かに自分は強くなったという、手応えはある。
自分が皆を引っ張り、ここまでの道を切り開いてきたという自負もある。
なのに何故?自分では駄目なのか?まだ足りないのか?。
「俺は……こんなにも」
香織だけじゃない、きっと今ならば彼女も自分を認めてくれるはずだ、
決して己を認めてくれなかった、守らせてくれなかった彼女も……そして。
(グラン、俺はお前には負けない、絶対に……)
必ず魔人族を倒し、この世界に平和を取り戻しそしてお前の妹を、ジータを連れて
日本へ帰ろう、そうすればきっと誰が正しいのか、誰が間違っていたのかを
皆が理解する筈だ。
そんな事を考えつつも、光輝は階段の中に広がる闇と、香織の背中を交互に見つめる。
急がねばならない、一刻も早く香織に南雲が死んだという証を見つけ出し、
彼女の眼を醒まさせてやらないと、哀しみに囚われた彼女の心を解放してやらねばならないと、
そうすればきっと元の彼女に"俺"の知る優しかった白崎香織に戻ってくれる筈だ。
それが幼馴染としてやらなければならない、自分の責務なのだから。
そんな光輝の―――幼馴染の考えを知ってか知らずか、雫もまた香織の変化に、
頭を悩ませていた。
香織のハジメへの想いは、時が経つにつれ少しづつ、静かに狂気を帯び始めているように
彼女には感じてならなかったのだから。
"生きているかもしれない"なら彼女もここまでのめり込むことはなかっただろう。
しかし、カリオストロが彼女に希望を与えてしまった。
希望というものは、場合によっては絶望よりも性質が悪い……ということを
鬼気迫る表情で訓練や探索を行う彼女の姿を目の当たりにして、
雫は痛感せずにはいられかった。
勿論、カリオストロに取っては香織や雫たちを安心させるために言ったことであり、
事実すぐにとは行かないまでも、そう遠くない時期にハジメたちは戻ってくると、
踏んでのことでもあったのだが。
「ねぇ……雫ちゃん」
「何?」
何度なく繰り返された問いかけに、それでも律儀に雫は応じる。
「南雲君もジータちゃんも次の階にいるよね?絶対いるよね?」
「大丈夫だから、香織がそんな顔してちゃだめ」
いつも通りに答え、いつも通りに雫は香織を抱きしめてやる。
「……私たち、強くなれたかな?」
「そうね……あの頃とは違うもの、ベヒモスだって倒せたもの、大丈夫」
初めての問いかけに、雫は少し驚きつつも丁寧に応じることは忘れない。
「今なら……きっと」
香織は、かつての……宿舎での自分の言葉を思い出す。
『私が南雲君を守るよ』
その言葉通り、香織は努力を重ねて来た、光輝やメルドが時に止めに入るほどの
苛烈な鍛錬を経て……しかし。
カリオストロの言葉通りならば、ハジメとジータは凄く強くなっているらしい。
あの彼女がいう事なのだ、おそらく光輝をも凌ぐ強さを得ているであろうことは、
想像に難くない、それにジータが傍にいるのだ。
もう……自分の居場所は何処にもないのかもしれないという思いが、
香織の心の中に広がっていく。
いや……守る、守られるはそんなのは些細な話だ。
(ただ私は、南雲君の傍で共に在りたいだけだから……きっとそれだけだから)
「だからもっと頑張らないとね、私たち」
「そうね」
香織の言葉にギュとより強く身体を抱きしめることで応じる雫……、
しかし、そんな雫の身体もまたストレスで小刻みに震えている。
彼女は香織や光輝ほど盲目的に何かに邁進することは出来なかったし、
かといって龍太郎のようにバカになることも出来なかったのだから……。
故に彼女は願わずにはいられない。
(ジータ……南雲君、何やってるのよ、生きてるなら早く帰って来て……私も、
もう限界かもしれないから……)
「斉藤も中野ももう動けるな!よし!休憩終了だ、行くぞ!」
そんな雫の耳に光輝の号令が届く。
「待って光輝、今日の予定はここまでの筈よ」
予定では先行している遠藤の戻りを待って、帰投する手筈になっている、
予定外の行動は避けるべきだと反論する雫に、光輝は笑顔で応じる。
「いや、戻りまでにはまだ時間がある、もう一階層は攻略できるはずだ
それに今の俺たちは調子がいい、だったら出来る所まで進むべきだろ」
「そうだぜ八重樫ィ、切り込み隊長のお前がそんなでどうするんだよ」
近藤までも光輝に同意の声を上げる。
「おい待て、遠藤がまだ戻って来てないぞ、ここは八重樫の言うとおりにしてだな……」
そこで永山重吾が巨体を揺らしながら光輝たちを止めに入る。
彼は、龍太郎と並ぶクラスの二大巨漢ではあるが、
龍太郎と違って非常に思慮深い性格をしている……が。
どうも、ここ最近慎重を通り越して消極的と言われかねない言動が多々見られる、
……実際こうして訓練にも参加しているし、戦闘もこなしてはいるのだが。
「永山!お前も柔道やってるなら分かるだろ、勝負には勢いってのが大事なんだぜ」
「龍太郎!戦いはスポーツなんかじゃ……」
「そうだよ!早く行こう!」
生きるか死ぬかの戦いをスポーツと同等に考えているかのような龍太郎の言葉に、
たまらず言い返そうとした雫だが、そこに横から香織が口を挟む。
「香織の言う通りだ、まして俺たちには……救わなきゃいけない仲間がいるんだ」
「そうだよ!光輝君の言うとおりだよ」
その救わなきゃならない仲間については両者の間で微妙な齟齬があるのだが、
少なくともこの状況下においては彼らの意思は一致していた。
それでも雫と永山は不満げな表情を見せていたが……。
「カオリンが行くなら鈴も付き合うよ」
「だったら私も……」
と、鈴と恵里が光輝たちに同意する姿勢を見せると、そのままなし崩しで先に進むことが
決まってしまった。
(こんな時、あの子なら……ジータならきっと……)
彼らに従い螺旋階段を下りつつ内心歯噛みする雫、どうして自分はこうなのだろうか?
肝心な時になると、いつも光輝たちに押し切られてしまう。
事実、こういう事は……光輝たちの熱気に押し切られ、探索の予定を変更するのは、
これが初めてではない、これまでは上手く行ってはいるが、
こんな力任せの行き当たりばったりなやり方を続けていればいずれまた……。
(皆、忘れてしまったの……)
奈落の闇に落ちるハジメとジータの姿を思い出し、表情を曇らせる雫。
そんな自分の顔を光輝が隣で見ていることに彼女は気が付いておらず、
そしてその光輝の顔が焦りと屈辱に歪んでいることにも気が付いていなかった。
(お前はまだアイツを……グランを忘れられないのか?アイツと俺を比べているのか)
勇者にあるまじき考えだと我ながら思っていても、
それでも、どうしても届かなかったかつての友への劣等感は止めどなく溢れて止まらなかった。
おかしい……。
九十層にて遠藤浩介は一人首を傾げている。
元々影の薄い彼の隠形は、ここ迷宮の深層においても十二分に効果を発揮する。
そんな自身の特性を生かすと同時に、前のめりになりがちな光輝たちを押さえるために、
自ら彼はポイントマン、すなわち斥候の役目を受け持っていた。
先行し状況をある程度把握してから光輝ら本隊へと報告するのが、
今の彼の役割であるのだが……。
「……何で、唯の一体も魔物がいないんだ?」
すでにこの階層に降り立って数十分ほどが経過しているにも関わらず
一体の魔物にも遭遇していない。
今までなら降りて数分以内に何らかの痕跡、ないしは直接遭遇することが常だったというのに。
(……やっぱり戻るべきだって言わないと)
ともかく報告に戻ろうと踵を返したその時だった、耳に届いたのは複数の話し声。
そう、光輝たちは遠藤の報告を待たずにこの九十層へと降りてしまっていたのだ。
(八重樫も永山もなにやってんだ……いつもいつも)
自分の報告を待たずに光輝たちが突入するのはこれが初めてではない。
とはいえど、今日の探索は本来八十九層で終了予定なのだ。
自分の偵察は単に時間が余ってるが故の先乗りに過ぎない。
ともかく、内心舌打ちしつつ、遠藤も光輝たちに大急ぎで合流する、
以前、気付いてもらえないまま戦闘に巻き込まれ、酷い目にあったことを思い出しながら。
「マジでいねぇな……魔物」
「ああ、探知系のスキルや魔法にもまるで手応え無しだ」
既に探索は、細かい分かれ道を除けば半分近く済んでしまっている。
一同はまるで狐に包まれたかのような気分で引き続き探索を続けるが……
やはり魔物は影も形も見えない。
「……光輝、やっぱり一度、戻らない? 何だか嫌な予感がするわ、メルド団長達なら、
こういう事態も何か知っているかもしれないし」
雫の言葉にチラと時計を見る光輝、まだ時間は十分にある。
「雫……どの道敵がいたとしても打ち破らないと先には進めない、それに
今の俺……いや、俺たちなら大丈夫だ」
光輝のその言葉の響きは、どこか自分自身に言い聞かせるように雫には聞こえた。
「光輝、分かってるの……リーダーのあなたがしっかりしないと、
皆を危険に晒すことになるのよ、僅かでも不安を感じてるなら帰りましょ
帰ればまた来れるんだから」
光輝の内心の不安を衝くように重ねて撤退を進言する雫、自分の内心を見透かされ
彼が若干ムッとしたような表情を見せた時だった。
「これ……血……だよな?」
「薄暗いし壁の色と同化してるから分かりづらいけど……あちこち付いているよ」
「おいおい……これ……結構な量なんじゃ……」
永山が血と思しき液体に指を這わせ、その血を指ですり合わせたり、
臭いを嗅いだりして詳しく確認していく。
「天之河……八重樫の提案に従った方がいい……これは魔物の血だ、それも真新しい」
「そりゃあ、魔物の血があるってことは、この辺りの魔物は全て殺されたって事だろうし、
それだけ強力な魔物がいるって事だろうけど……いずれにしろ倒さなきゃ前に進めないだろ?」
「俺も八重樫や永山の意見に賛成だ、早く帰ろう、いや逃げよう」
ここで遠藤が何かに気が付いたような……いや、
どうしてもっと早く気が付かなかったのかという苦渋の表情で全員に撤退を促していく。
「それはどういうことだ」
まだ戦ってもいないのに逃げるという行為が、言葉が少し気に障ったか
やや声を荒げて遠藤へと言い返す光輝。
「魔物は何もこの部屋だけに出るわけじゃない、今まで通ってきた通路や部屋にも
普通にいたんだよ!きっと、でも俺たちが見つけた痕跡はここが最初、つまり」
「……残していたんだよ、俺たちをこの先にあるだろう罠に誘い込むために」
ハッとする光輝たち、すかさず円陣を組み撤収の構えに入るが。
「終着駅はもう少し先だったんだけどね、なかなか勘のいいボウヤもいるじゃないか」
突如、男口調のハスキーな、聞いたことのない女の声が響き渡った。
光輝たちが声の主の姿を求め視線を巡らすと、コツコツと足音を響かせながら
燃えるような赤い髪をした妙齢の女が、奥の闇からゆらりと姿を現した。
その女の耳は僅かに尖っており、肌は浅黒かった、
「……魔人族」
その身体の特徴はイシュタルたちに何度も教え込まれた、
聖教教会の掲げる神敵にして、人間族の宿敵のそれと一致していた。
「勇者はあんたでいいんだよね?そこのアホみたいにキラキラした鎧着ているあんたで」
ライダースーツから豊かな谷間を覗かせ、艶めかしい仕草を見せながら、
やや小馬鹿にしたような口調で光輝へと問いかける女魔人族
「あ、アホ……う、煩い!魔人族なんかにアホ呼ばわりされるいわれはないぞ!
それより、なぜ魔人族がこんな所にいる!」
あからさまな挑発にいとも容易く乗ってしまう光輝に、
やや呆れた顔を見せつつも続ける女魔人族。
「はぁ~、こんなの絶対いらないだろうに……まぁ、命令だし仕方ないか……
あんた、そう無闇にキラキラしたあんた、一応聞いておく、あたしらの側に来ないかい?」
「な、なに? 来ないかって……どう言う意味だ!」
「呑み込みが悪いね、そのまんまの意味だよ、勇者君を勧誘してんの、
あたしら魔人族側に来ないかって、色々、優遇するよ?」
「それって……裏切れってことですか?」
恵里が図らずも口にした言葉に、ハッと香織や雫、永山たちは、
一斉に光輝へと視線を移す。
「断る!人間族を……仲間達を……王国の人達を……裏切れなんて、
よくもそんなことが言えたな!やはり、お前達魔人族は聞いていた通り邪悪な存在だ!
わざわざ俺を勧誘しに来たようだが、一人でやって来るなんて愚かだったな!
多勢に無勢だ、投降しろ!」
勇ましく吠えつつも、仲間へのフォローも忘れない光輝、すかさず恵里へと声を掛ける。
「大丈夫だよ、恵里……俺が守ってやる、だからそんな顔をしてはダメだ」
「……うん、ありがとう光輝君」
俯き加減で答える恵里、しかし、俯いた彼女が何故か凄惨な笑みを浮かべていることに、
気が付く者はいなかった……つまりそんな顔と言いつつ、
光輝は恵里の顔を大して見ていなかったことになる。
「一応、お仲間も一緒でいいって上からは言われてるけど? それでも」
「答えは同じだ! 何度言われても、裏切るつもりなんて一切ない!」
(……相談もしないのかい、聞いた通りつくづく勝手な男だよ)
明らかに期待外れ……という失望感を湛えた表情で溜息をつく女魔人族、
その仕草がまた光輝のカンに障ったらしく、ぐぬぬと端正な顔を崩して歯噛みを始めている。
「そう、ならもう用はないよ、あと一応言っておくけど……
あんたの勧誘は最優先事項ってわけじゃないから殺されないなんて甘いことは、
考えないことだね―――ルトス、ハベル、エンキ!餌の時間だよ!」
女魔人族が三つの名を呼ぶのと、雫と永山が苦悶の声を上げて吹き飛ぶのは同時だった。
回避型のスピードファイターたる侍の雫はともかく、"金剛"すら習得している
重格闘家の永山すらも吹き飛ばされた……ありえない現実に彼らは一瞬思考を停止させてしまうが
「光の恩寵と加護をここに! "回天""周天""天絶"!」
香織がほとんど無詠唱かと思うほどの詠唱省略で同時に三つの光系魔法を発動し、
仲間たちのフォローに入る。
こうしてなし崩し的に魔人族と勇者たちの戦いは火蓋を切った。
少し日常ネタを混ぜてみました、制服は持ち込んでないけどキープはしてます。
次回は遠藤君の奮戦の巻。