「ぐすっ……あ、ありがと、ありがとね……皆を助けてくれて、生きていてくれて」
ひとまず戦いが終わり、また感極まったのだろう、香織はハジメの胸の中でまた泣きじゃくっている。
ハジメは遠慮気味に、少し困ったようなそんな表情でジータに救いを求める。
(何やってんのよ、ハジメちゃん)
(私の親友が泣いているのよ!抱きしめてあげてよぉ!)
ジータのみならず雫までもが、訴えかけるようにハジメへと目で合図を送るの見、
そこでようやく、参ったなと頭を掻きつつ、ハジメは香織を抱きしめてやる、そして……。
「嬉しかった、あの夜、まだ何者でもなかった俺を守るって言ってくれて……
見ての通りになっちまったけど、今、俺の周りにいる仲間たちだけじゃない、
あの言葉も、あの夜があったから、俺はまたここに戻ることが出来た……
俺の方こそありがとう、しらさ……」
言いたくて、ずっと言えなかったあの夜のお礼を口にするハジメへと、香織は、
悪戯っぽく、そして少し咎めるようにその言葉を遮る。
「これからは下の名前で、香織って呼んで欲しいな」
「え……あ」
ここぞとばかりに攻勢に出る香織、虚を突かれ、またきょとんとした後
やはりジータらにどうしようと対処を問うような視線をハジメは送る。
この地で出会ったユエたちとは違い、やはり旧知の仲であり、
また教室で散々あしらって置いて今更という、躊躇いも遠慮もある。
(ホント、攻めるなぁ)
ホラホラ呼んだげなさいと、微笑みつつも少し呆れた表情のジータ、
香織の……彼女の思い込んだら一直線の積極性は、地球でもトータスでも変わらないようだ、
優花や妙子の話を聞いた時には、かなり心配にはなったのだが。
「……じゃあ、香織……で、いいのかな?」
「うんっ!それでいいよっ!ハジメくんっ」
いつになく照れるハジメ、しかしその後頭部に何やら突き刺さるような視線を感じる。
(ユエ?)
振り向くと確かに少し険しい表情のユエ……明らかにシアやティオに向ける顔とは違うような。
新たなライバル登場かと、明確なふくれっ面を見せているシアはさておいて。
「雫ちゃんも大変だったね」
「ホントよ、いつ帰ってきてくれるのか、ホントに……もう」
そこで、雫の中で張りつめていた緊張の糸がが切れてしまったのだろう、
堰を切ったようにその瞳から涙が溢れだし、彼女もまた香織と同じように、
ジータの胸の中で泣きじゃくり出す。
「バカッバカッバカッ……もっと早く帰ってきてよぉ」
「ゴメンね……ホント、ごめん」
「ずっと信じてたけど、それでも大変だったんだからね!私一人に押し付けて
ホント……ひどいっ!ひどいよっ!」
バンバンとジータの胸を叩きながら嗚咽を漏らす雫、気持ちは分かるけど、
もう少し力加減してくれないかな、痛いよと、ジータが思っていると。
「良かった、本当に良かった、ジータ……ホントに生きてた……
光輝の言ったとおりだ、やっぱり凄ぇよ」
龍太郎も大きな身体を揺らし、感涙に咽びながら雫ごとジータを抱きしめる。
こちらもまた手加減なしの抱擁だ、ぱんぱんと龍太郎の二の腕を叩いて、
ジータは思わずギブアップのサインを送る。
「あ、悪りぃ……へへ、それから南雲も無事でよかったよ、ホントに」
慌てて腕の力を抜く龍太郎、涙を拭いつつも微笑む雫、
そんな様子に強張っていた光輝の表情も、ようやく柔らかくなっていく。
帰って来てくれた、あの日常が、自分たちが一番幸せだった頃のあの日々が
だからきっと何でも出来る……しかし、そこで彼はその日常には、
本来含まれてはいない異分子を見咎めずにはいられなかった。
「ああ、南雲、生きて帰って来てくれたのは嬉しいが、まずはその武器をこちらに
渡してもらおうか、君のような危険な男には預けておけない」
嬉しいと言っておきながら、その割にさして興味の無さそうな口調の光輝、
どうやら彼も、またいつもの調子に戻ったようだ。
そんな光輝とは対照的にハジメとジータは互いに顔を見合わせるのみだ。
―――もっともメルドと遠藤から事前に頭を下げられていたこともあるが。
(光輝たちに言いたいことも色々あるだろうが、とりあえず俺の仕事が済むまでは控えてくれ
事情が事情だがそれでも半年も留守にしていた者にあれこれ言われるのは面白くなかろう)
(俺からも頼む、みんなの頑張りだけは認めてやってくれ)
確かに……と、二人は光輝らの酷い有様をチラと横目で見やりつつ小さく頷く。
彼らの泥まみれにして傷だらけの姿は例え一敗地に塗れたとはいえ、
間違いなく各自が己の役目を全うした証だ。
その奮闘は認めるべきことであり、責めを負わせるような類の物では決してない。
無論リーダーとしての責任論や集団としての判断ミス、
そこから導き出された敗戦の責については、叱責を受けるべきではあるが、
それは自分らの役目ではなく然るべき者に任せればいい。
だから殊勝に項垂れでもしてくれてればいいのに……。
ジータは光輝へと半ば呆れた視線を向ける。
どうしてこの男は大人しくしていられないのか……。
「ちょっと!南雲君は私たちを助けてくれたのよ!今のはないんじゃないの!」
ともかく言い返すわけにも気にもならない二人に代って、
雫が反論するのだが。
「皆を回復させてくれたのはジータだ、そして魔物たちを倒してくれたのは」
目を細めて新たなる"仲間"そして自らが頂点に立つ理想郷の住人へと視線を向ける光輝。
「彼女たちだ、名前は何ていうのかな?……ああ、いや、地上に戻ったら
リリィにお願いして、君たちの歓迎パーティーを開いて貰おう、その時、
改めて君たちの名前を教えて貰うよ」
「……」
その無言を受けて何故か微笑む光輝、どうやら肯定の意味と受け取ったらしい。
もちろん真実は違い、ユエとシアの二人は単に絶句しているのだ……、
今まで出会ったことのない存在に。
「南雲も活躍はしてた様だが、それよりも無抵抗の人間を傷つけた罪の方が
遙かに大きい、そうじゃないのか?」
確かに穴の底でやや手間取って、ハジメが戦線に加わったのは中盤戦からだ。
人目に付く兎人族のシアや、ド派手な魔法をぶっ放したユエに比べると
少しインパクトは弱かったかもしれない。
チラとジータは女魔人族の姿を見る、もしもこの場で彼女を殺したら、
光輝はどんな顔をするだろうかと。
「……そいつはお前だけじゃなく、お前の仲間たちをも傷つけた、許していいの?」
「そうですよ!腹は立たないんですかぁ!」
「ああ、確かにこの人のために俺たちは大ピンチに陥った、けど、
もうそれはジータや君たちのおかげで解決した、つまり終わったことさ」
香織や雫が、そして自身をもが殺されかけたことを、終わったこと、
の、一言で切って捨てる光輝。
「どんなに激しい戦いも終ってしまえば、そこに恨みも憎しみもあってはならない、
決着が着いた後は、分かりあうための対話が必要なのさ……そう」
ハジメへと、さも汚らわしい存在を見るかのような視線を向ける光輝。
「もう勝負はついていたんだ、痛めつける必要はなかった、
さ、ジータも、そして君たちも南雲から離れるんだ、せっかく生きて帰って来たのに、
無抵抗の人間を傷つけるような卑怯者の傍にいつまでもいてはいけない」
さらに光輝は囚われの女魔人族にも、丁重な、傍から見れば慇懃な姿勢を取る、
敗者への労わりこそ勇者の義務だと言わんばかりに。
「失礼なことをしました、あなたの身柄はこの俺が保証します、もちろん
必要以上にあなたを傷つけたあの南雲には、厳しく叱って貰うよう、
俺が言っておきます」
「そりゃどうも」
興味なさげに吐き捨てる女魔人族、とはいえど死ぬのは暫く待って欲しい、
万一の時は私たちが責任を持って……と、あの白いマントの少女に言われた時は、
半信半疑だったが、確かにあのまま舌を噛むよりも、冥土の土産に面白いモノが見れそうだ。
(しかし、あたしが髭面の大男だったりしても同じこと言うんだろうか?このガキは)
で、ハジメはというと、さして光輝には興味を示さず天井を見つめている、
そんな所に何を~と光輝らも視線を移すと、何やら埃のような物が、
舞い落ちていってるのが見える。
まさか落盤か!顔を引き締める一同、その瞬間。
「待たせたわね!……ってもう終わってるじゃないの!」
「いやいや嬢ちゃん、終わってないと俺が困るんだが」
天井をブチ破り巨大な大蛇が姿を現す、その頭の上にメドゥーサとメルドを乗せて。
メドゥシアナの上から戦場を見下ろすメルドの目に、拘束された魔人族の女の姿が目に入る。
(……そうか、頼みを聞いてくれたか)
しかしそれは彼にとって避けてはならぬと知りながら避け続けてきたことを
ついに教えねばならないという、決断の時が訪れたことでもある。
そんな彼の目に映るハジメとジータの顔は、逃げるなと言っているかのように思えた。
「聞いてくださいメルドさん、南雲は無抵抗の人間に~」
大蛇から降り立ったメルドへと駆け寄る光輝だったが、
「メルド……さん」
その普段とは全く違う鋭く険しき表情を目の当たりにし、言葉を詰まらせてしまう。
「これからお前たちに……特別授業を行う、心して聞け」
そう、出来れば教えたく、知って欲しくなかったこと、
ある意味では最初に知って貰わねばならなかったことを教えねばならない……。
「戦に勝利した者の責務と、そして敗れし者の運命を」
メルドはそんな自身の逡巡を断ち切るかのように、あえて大きな音を立てて、
鞘から剣を抜き放つ。
「や……やめてくださいメルドさん」
メルドがこれから何をしようとしているのかを察知した光輝が、その行く手に立ち塞がる。
「そこをどけ、光輝」
「どきませんっ!あなたにそんなことはさせられない!」
「分を弁えろっ!」
メルドの一喝は、ステータスに倍ほどの差があるにも関わらず、
十七歳の少年を怯ませるには充分過ぎる威厳を備えていた。
「お前たちは神に遣わされし使徒、我が王国の賓客であることには違いない!しかしっ!
戦場に於いては、王国の、ひいては我が騎士団の指揮下に入ることとなっている!」
あえて高圧的な態度でメルドは事に処する、彼らに取って見知った兄貴の顔は何処にもない。
「分かったら速やかにそこをどけ!命令だ!」
「どきません、どけないっ!同じ人間の命を奪うなんて許されない!」
「その許されないことを行うのが戦争だ、そしてこれからお前たちが否応なく直面する、な」
否応なく直面する……という言葉を聞いて顔面蒼白となるクラスメイトたち。
ある程度平静を保てているのは雫くらいの……。
(恵里ちゃん、どうして?)
そんなクラスメイトの様子を観察していたジータだったが、
何故か恵里が、争いごととは凡そ無縁であろう外見のメガネ少女が、
ひどく落ち着き払った表情を見せていることに、腑に落ちないものを感じてしまう。
「違うっ!俺たちはそんなことをするために、力を貸そうとしてるわけじゃない!」
「力を貸す……か、随分と思い上がりが過ぎることだな」
イシュタルの……あの怪人とまで称される狡猾極まりない老人の術中に嵌ったにせよ
使命感と万能感に酔った挙句がこのザマだ。
彼の仲間たち……クラスメイトの大半も多かれ少なかれ、そういう、
"力を貸してやっている"気分が抜けていなかったのだろう、己を鑑みてるのか俯く者が多い。
―――もっとも、力を貸してもらっているという事実は拭いようがないが。
「俺たちはこの前人未到のオルクス大迷宮を攻略寸前まで踏破した!せめてそれに免じて」
「それはただの訓練だ!」
なおも言い募る光輝をメルドは一蹴する。
それも勇者たちによる大迷宮攻略という喧伝効果を狙った、
いわば政治的意図を多分に含んだ物であることを彼は知っていた。
「人と人はっ……必ず分かりあえる筈なんだ」
ハジメに対しては分かりあう素振りも見せなかったくせに、
妙に確信めいた声をあげ、光輝は聖剣をメルドへと構える。
「俺が勝ったら……この人を助けてください」
ステータスの差から見て、勝負は見えている、そのことを半ば承知で
光輝はメルドへと挑んだ、"覚悟"を示せばこの人なら退いてくれると。
「お前は今、何をしようとしているのかわかっているのか?」
「勇者として、いえ人間として失われる命を守ろうとしています!もう勝負はついたんです!」
「……勝負か」
やはりこの目の前の少年は根本的な思い違いをしている。
ちなみに光輝が守ろうとしているその女が、自分の同僚であり、
光輝らとも親しかったカイルたち三名を殺していることを、メルドはあえて口にはしない、
もはや、同僚を殺したから殺すのは仕方ないで済ませていい問題ではない、
正確には光輝がゴネたせいで、そういう問題ではなくなってしまった。
「ならば……」
メルドもまた白刃を光輝へと構える。
「いいだろう、その勝負受けてやる!」
次回、勇者vs騎士団長