来ましたね、水着ルシオ、しかもサンダルフォンと一緒に並べなさいと言わんばかりの水属性。
ウチの団の女性陣も、こぞって天井だーなんて言ってます。
苦虫を噛み潰したような表情でウルの街からの報告書にイシュタルは眼を通す。
そこには豊穣の女神、畑山愛子とその御使いを名乗る女神の剣なる一党によって、
五万の魔物が蹴散らされたこと、そして王都から脱走した檜山大介が、事もあろうに、
魔人族に与していたという報告が記されていた。
「檜山の処遇については王宮、および教会が責任を取るとの認識で、
我々は動いておりましたが、いやはや、まさかこのような事になろうとは」
白々しいことを……と、書面から目を離し、眼前の、一応表面だけは恭しい姿勢を見せる、
メルドを見やるイシュタル、表情こそ平静を保っているが、
机の下の拳は怒りと屈辱でわなわなと震えている。
「今後は我ら騎士団への干渉は控えて頂きとうございますれば」
メルドの目がギラリと輝く、その輝きは騎士というより狩人のそれを思い起こさせた、
教会からの度重なる圧力、干渉にようやく反撃できる機会を逃すまいと……、
やはり坊主と軍人は、どこの世界でも相性が悪いようだ。
「魔人族につきましても斯くの如くにございますれば、正確な情報を収集することが、
まずは先決!ゆえに暫し攻勢は控える所存」
「しかし……それでは」
「無論、天上におわすエヒト様の威光を世にあまねく知らしめることに、
なんら異存はございませぬ!」
イシュタルの背後に描かれたエヒトの絵を大仰な仕草で仰ぎ見るメルド。
「しかしながら、地上に生きる人間の命をまずは我々は考えねばなりませんからな」
歴代の騎士団長が悩まされていた教会命令による無謀な攻撃、そして死守命令
これによりどれほどの救える命が無為に失われていったか……。
拝礼を崩さぬまま、イシュタルの顔を見上げるメルド、
髭と白髪に隠れたその表情は伺い知れない、さして知りたいとも思わないが。
(阿呆と煙は高きを好むと言うが、こ奴らに命の重さは分かるまい)
「従って天之河光輝を筆頭とする勇者一団も、万全の体勢で送り出したく、今暫し
初陣への猶予を了解致したく存じまする」
お願いではなく了解ときたかと、髭に覆われたイシュタルの口元が僅かに歪む。
「おお、そういえば勇者様は魔人族との戦いで手傷を負われたとか、このイシュタルめが
心配していたと、どうかよろしくお伝えくだされい」
「光輝も喜ぶでしょう、今後訓練はより本格化させる意向につきまして、当分彼も
聖堂に参る暇もないでしょうからな」
張子の虎に過ぎずとも、天之河光輝という存在はやはり無視はできない。
この切り札を握る側が、主導権を握るという認識は、騎士団と教会との間で一致していた。
ただしまだイシュタルは、もう一方のキーパーソンである南雲ハジメらの生存を、
この時点では正確には把握していなかった。
ともかく多少なりとも溜飲が下がる思いを胸に、メルドは神山から、
彼の主戦場たる不浄な下界へと舞い戻る。
(俺はあいつらを……光輝たちを一日でも長く戦場から遠ざけてみせる)
それは王宮の、そして教会の意に反する行為であることは承知している。
しかし彼は結局、己の任務よりも、良心に従うことにしたのであった。
それに、あの魔人族の女を斬った際の全員の反応を、メルドはしっかりと見極めていた。
(あいつらには……やはり出来ない、やらせるわけにはいかない……だから、
坊主、嬢ちゃん、早く皆で元の世界に帰れる方法を見つけ出してくれ)
「責任はこの俺が取る」
誰の耳にも届かぬ小声であったが、それでもその口調には迷いは無かった。
退席したメルドの背中が見えなくなってから、イシュタルはようやく堪えていた怒りを
発散するかの如く、机に拳を叩きつける。
「忌々しい……卑しき騎士の分際で……」
メルドの去り際の言葉が耳に残って離れない。
"ま、地上の些末事は我らにお任せあれ、総大主教殿は天に近きこの地にて
世の安寧に心を尽くされるが宜しいと存じまする"
坊主は口を出さずに祈っていろということである。
貴様らこそ大人しくこちらに従い、魔人族を殺して殺して殺しまくればいいのだ、
それだけの楽な仕事じゃないか、何故従えない。
聖職者にあるまじき思いを巡らせるイシュタル。
(それもこれも……)
神に選ばれるという、至上の栄誉を手にして置きながら、一向に自分の思った通りに
動かない勇者一行、特に天之河光輝へとやがてその憤りは向けられる。
(何が手傷じゃ……)
あろうことか魔人族相手に彼が止めを躊躇ったという事実は当に把握済だ、
勇者どころかとんだ鈍らだ、しかし勇者でなければ、奴は何者だというのだろう?
あれではまるで……。
「詐欺師めが」
言ってはならぬ言葉を吐き捨てるイシュタル、
そうだ、詐欺師こそ奴の天職に相応しい、それも偽りの希望の光を身に纏い、
散々自分たちを誑かした、世界を股に掛けたクソ詐欺師だ。
勝手に呼び寄せただけでは飽き足らず、勝手な期待まで寄せて置いて、
思い通りにならなければ、ボロカスに詰るイシュタルのその姿は、
まさに身勝手ここに極まれりといった風だった。
(……せめて錆びくらいは落としてやることだな、メルドよ)
そこで自分の拳から血が滲んでいるのに気が付き、
引き出しから薬を取り出し塗りようとしたのだが、
年輪を重ねた皴だらけの己の手が目に入ると、
不意に光輝の若さと凛々しさに満ちた顔が浮かび上がる。
慌てて目を逸らすと、そこにはエヒトの像があった。
「儂ならば……儂ならば……」
もう何度目だろうか、イシュタルはエヒトの像の前に跪く。
「エヒト様の教義に従い!卑しく醜き異教徒を!魔人族を!今すぐにでも老若男女悉く
滅殺せしめる覚悟があるというのに!」
それは願いというよりは怨嗟の呻きだった。
「何故……どうして……答えて下さらぬかエヒト様!」
「石像に答えを求めても無駄ですよ」
「!!」
人払いをしている筈のこの部屋に何故?
聞かれて困るようなことは別段言った覚えはないが、それでも部屋の扉の鍵を確認し、
内側からかかっていることに、イシュタルは怪訝な表情を浮かべる。
「こっち、こっちですよ」
なにやら囃し立てるような余裕ぶった声に促されるまま振り向くと、そこには。
全身に蛇を纏わりつかせた、斑色の異形の男、いや存在がいた。
「貴様っ!何者っ……出会えっ」
警護の者を呼び寄せるべくまた扉へと走るイシュタルだが、おかしい、
すぐ傍にある筈の扉に、何時まで経っても届かないのだ。
「ああ、無駄ですよ、ここは狭間のような所ですから」
蛇は等々と語る、あのウルの時とは比べ物にならぬ程の饒舌さだ。
「彼らには感謝しないといけませんね、あれだけ殺してくれたおかげで、
こうして私が動けるようになりましたから」
勿論犠牲となってくれた同胞たちにもと、蛇男、もとい幽世の徒は
エヒト像に祈りを捧げる仕草をし、それから必死の形相でバタバタとその場で手足を動かす
イシュタルへとまた話しかける。
「いい加減になさったら如何かと、ご老体にはキツイでしょう」
「ひぃ……だから、何者か?まさかっ……アアアアルヴめの手先かっ!」
「まさかとんでもない」
勿体ぶった口調で蛇男は話を続ける。
「貴方の望み、貴方の願いを叶えにやって来たに決まっているでしょう」
「フ……フン!悪魔の誘いになぞ乗らぬぞ」
「いけないなぁ、神のことを悪く言っては」
眦を吊り上げ、唾を飛ばすイシュタルに対し、蛇男は余裕綽綽、
まるでこうでなくてはという態度そのものだ。
「それに悪魔だなんてとんでもない、私はほんの少しだけこの世界にご不満をお持ちで、
なおかつそれを変革しようと志される方々を、ささやかながらお手伝いさせて
頂きたいと願っているだけですよ」
その慇懃な態度と、そして心の奥底に秘めた願望を見透かされ息詰まるイシュタル。
「ふ……不満など」
「猊下の願いは一つ、御身の力で、地上に神の正義を実現させることではないのですか?」
「悪魔がっ、蛇がっ!神を騙るかっ」
蛇男はイシュタルの怒声に構わず続ける。
「このまま老いに身を任せ朽ちていかれますか?」
「思い描いた理想を、ただ若いというだけの他者が叶える様をその目で見るのは
お辛いのではないのですかな?」
おお……と、老いさらばえた我が身を鑑みるイシュタル。
「何より貴方は祈った、願った、そして私がここにいる、
それだけで十分なのではないのですか?……ましてここは」
そうだ、この地は地上にて最も神の座に近くそして神聖なる地、確かにここに、
アルヴの手先など入り込めよう筈も無い。
「と、そろそろ時間のようですね、よくご熟考を、ご自身の残り時間とご一緒に」
その言葉と共に、蛇はその気配と共に姿を消す、外でシスターだろうか?の、
気配を感じながら……イシュタルは蛇男の姿を思い起こす。
その姿は余りに禍々しく、神話に語られる神や天使の姿とはかけ離れているように思えた。
だが、幾多の伝承にあるではないか、神は時に醜き物にその姿を変えて顕現し信仰を試し、
悪魔は逆に美しき物に化け、人々を堕落させると。
(よもや……届いたのか……我が…思いが、祈りが)
その考えは、彼が忌み嫌う天之河光輝お得意の"ご都合主義"に近いものを感じさせた。
「俺が守ってやる……か」
王宮の中庭をトボトボと歩きながら独りごちる恵里。
「君はこれまでどれだけの女の子に同じ言葉を言って来たのかな?」
その視線の先には光輝の部屋の窓があった。
もっとも部屋の主は、王宮の外、騎士団官舎の方に今は住を移していたが。
「そしてどれだけの女の子を泣かせて来たんだろうね」
……それでも、好きだった。
自分が天之河光輝にとって、その他大勢に毛が生えた程度の存在に過ぎずと知って尚、
どうしても諦めることが出来なかった。
だって、それが……例え彼にとって軽い親切程度のものであっても、
あの時、死を選ぼうとした自分に希望を与えてくれたのだから。
そしてこの地に降り立ち、己の力を、出来ることを悟った時、
恵里の中で狂気の歯車が回転し始めた。
(君が全てを守るなら、その全てをボクが奪ってあげるよ、そうすれば)
法や命が明らかに軽いこの世界で、天之河光輝の大切な存在を全て亡き者にし、
自分だけがその座を独占する、それが中村恵里の望みだった。
だが……しかし。
「所詮、結局君にとって一番大事なのは……いつでも君自身なんだね、何があっても」
あの迷宮で、あの期に及んでも、まるでいつも通りだった光輝の姿に、
己が裏切りに手を染めてまで愛した者の正体を知ってしまった……
いや、正確には知ってしまったと思い込んだに過ぎないのだが、
ともかく恵里は深い失望を覚えていた。
愛されるのが無理なら、手に入れるのが無理なら、せめて敵として憎んで欲しかった。
そうすることで中村恵里の存在を天之河光輝の心の中に刻み込ませたかった、だが。
おそらくあの男は、誰かを本当に愛することも憎むことも出来ないのだろう、
アレはただ人間のふりをしているか、もしくは自分が人間だと思い込んでいるだけの
プログラムされた模範解答に従って動くロボットのように、恵里には思えてならなかった。
だが、皮肉なことに恵里は知らなかった、彼女がロボットと断じた天之河光輝が、
今、まさにロボットから人への道を歩み始めていたことを。
つまり、"憧れ"という理解から最も遠いであろう感情に支配された恵里もまた、
光輝の美しい虚像だけを愛で、いわば実像を捉えてなかったのである。
ともかく幾重にもこんがらがった誤解の元に、恵里は思考を踊らせ続ける。
(そんな存在のために……ボクは)
今なら檜山の気持ちが、白崎香織の中の深淵を垣間見てしまったがゆえの絶望が、
恵里には手に取るようにわかった。
「それでも君はまだ幸せだよ、心から憎める誰かがいてさ」
自分にはもう何もない……あるとすれば、それは……。
(鈴ちゃんだけは……でも)
「わかってるよ」
そこで背後の気配に振り向くことなく応じる恵里、もはや賽は投げられ、
覆水は盆に帰らずである。
「……どうせ誰も助かりやしないんだ、何処にも逃げられやしないんだ」
世の中はルールを握ってる側が勝つのだ、例えどれほど賢かろうが、強かろうが。
一人の少年を手に入れたい、ただそれだけの為に巡らせた奸計は、
今や世界中を、あらゆる全てを巻き込んだ心中劇へと、
己の全てを無為にした世界への復讐劇へと、その目的を変化させていた。
「光輝くん、君は一番最後だよ、自分の無責任さと、そして誰も守れやしなかったという
無力さを教えてあげるよ……君には分からないと思うけどね……でももし」
殺されるならやっぱりそれは君がいいと思う恵里……そんな彼女の目に。
(あれは龍太郎君と、近藤?)
ここが教室ならば、殆どの者が妙な取り合わせだなあと首を傾げるところであったが、
ここトータスにおいては、それほど珍しいことではなかった。
あの日以来、同じ少女に想いを寄せる同志として、
彼らは訓練を共に(ただし近藤が勝手に龍太郎に寄りついているのが殆ど)することが、
多かったのだから。
「なぁ、お前も聞いたろ、坂上ィ」
足早に廊下を歩く龍太郎を追いかけながら、近藤は息をやや切らせて話しかける。
「ホントにあの底に精神と時の部屋があんだったらよ」
「あったら何なんだ」
不意に立ち止まり、近藤を睨むように見つめる龍太郎、その表情には苛立ちの色が隠せない。
「あのオタクがあんだけ強くなってたんだぜ、俺たちならよ……」
もっと強くなれると言いたげな目で龍太郎の顔を訴えるように見る近藤……、
ただし龍太郎が目線の圧を高めると、すぐに視線を逸らしてしまうが。
「お前だって悔しいって思わねぇのか!……南雲によ」
声が荒くなっていく近藤、どうやら彼に取ってはハジメに命を救われた感謝よりも、
むしろ無能に救われた屈辱の方が大きいようだ。
「なぁ、同じ女にホレた仲だろ、俺とお前は、取り返したいって思わねぇ……」
そのくせ一人で動こうという気概は無いらしく、クラスきっての強者である龍太郎に、
縋るあたりもまた"らしい"のだが、そんなことは龍太郎とて百も承知だ。
その言葉を聞いて一層険しくなった龍太郎の視線を目の当たりにし、
近藤は怯えたように語尾を絞り出す。
「……のかよぉ」
もちろん、坂上龍太郎はそんな矮小な、一度認めた相手への侮辱を許すような男ではない。
ましてやそうそう容易く、消えたばかりの焼け棒杭に火を付けるような、
さもしい男では決してない。
それでも彼は揺れている、何故なら……、
"行きたいなら一人で行け"、と言い返すことが出来ずに黙ったままなのだから。
奈落の底にあるであろう、何かに惹かれるものを感じているのも事実なのだから。
彼もまた確かめたいのだ、南雲ハジメが得た強さの源を、
それがあの奈落の底にあるというのならば……そして強さを手に出来れば……。
こうして悲劇の種が再び芽吹こうとしていた。
そして章の締めくくりとして、やはりこの男の動向にも触れておかねばなるまい。
魔人族本拠地、魔国ガーランド地下。
「ぎゃああああ、いででででで~ぎゃああああ」
実験室を思わせる広々としているが、どこか寒々しい室内にて檜山の絶叫が木霊する。
寝台に寝かされ、いやベルトで固定された、彼のその身体に、
今まさに明らかに人間とは違う魔物の腕が取り付けられようとしており、
その周囲には幾多の死体、それも皆全身を崩壊させた無残極まりないものが
転がっていた。
「あっあああああっ~あがあ~っ!」
檜山の悲鳴には一切構わず、施術を施していく赤髪で浅黒い肌、僅かに尖った耳を持つ、
魔人族の男、その顔は整ってはいたが、それが却って内面の酷薄さを現しているかの様だった。
彼こそがフリードさんこと、フリード・バグアー、その人にして、
神代魔法の一つ、変成魔法の保有者である。
変成魔法。
神代魔法の一つにして、生体に干渉することで普通の生物を魔物へと造り変える魔法である、
あのオルクス大迷宮で、魔人族の女―――カトレアが率いていたのも
この変成魔法による産物である。
この魔法を応用し、手足を失った戦士たちに魔物の肉体を移植させるという試みは、
これまで何度か挑戦してみたものの、どれも不首尾に終わっていた。
このトータスの人間の肉体では、変成魔法に耐えうることが出来なかったのだ。
しかし異世界人という、このトータスの住人たちよりも強靭な肉体を持つ者が
対象ならばどうだろうか?
そしてたまたま打ってつけの被験者もいた、そう片耳と片腕を失い、
スゴスゴと逃げ帰って来た、この男である。
檜山がフリードを"さん"付けで呼び、めいっぱいの媚びを売るのに対して、
フリードは檜山の事を、当然だがさして信用してなかった。
あのにっくきエヒト神の使徒としてこの地に降り立ったというだけでも、
唾棄すべき存在だというのに、さらに平然と裏切った挙句、
今後はアルヴ神の使徒として忠誠と信仰を誓うと言ってのける、その図々しさと言ったらない。
なにか有益な情報でも手土産にしてるかと思えば、出て来るのは殆どがかつての仲間への、
恨み言程度で、とりあえずスパイ活動でもやらせてみるかと、送り出してみれば、
付けてやった腕っこきの部下を全て失ったあげく、ロクな情報も掴めずじまい。
真の“神の使徒”の言ゆえに、一応は重用してやってはいるが、
それが無ければとっとと殺すか放逐している所だ。
「があっ!殺すっ!南雲ころすっころすぅ~ころしてやるう~」
「黙れ、死にたくなければ静かにしていろ」
耳障りな悲鳴に眉を顰めるフリード。
どうやらこの男、相当この"ナグモ"なる人物を憎んでいるらしい。
他にも"アオノ"だの"カオリ"だの、"カリオストロ"だの"アマノカワ"だのという名も出て来るが、
やはり登場回数は"ナグモ"が断トツで多い。
(……その憎しみだけは買ってやってもいいがな)
やがて魔法行使の証である魔力光が消え、
周囲はジジジと音を立てる古ぼけたランプの光だけとなる、
どうやら施術は終了したようだ。
「黙ってないで生きて居るならなんとか言え」
黙っていろと自分で言っておいて、我ながら勝手な言い草に、フリードは唇の端を歪ませる。
「な……なじむ、なじむぜぇ、そ、それにぃ、脳がはちきれそうだぜぇ」
そんなフリードの問いに己の左手のハサミをカチカチと鳴らし、満足げに呟く檜山。
その身体のフォルムは、なんだかシオマネキを連想させた。
(……ほう)
施術の成功を喜ぶ反面、腑に落ちない表情を浮かべるフリード。
変成魔法の対象となった者の特徴として、魔法の行使者に対して、
絶対の忠誠を誓うというのがある。
しかし、檜山があのシスターに与えられた黒き鎧によるブースト効果か、
それとも異世界人ゆえの何かの作用かにより、彼は未だに自我を保ったままでいた。
まるで最初から生えてたかのごとく、器用に己を固定するベルトを切断していく檜山。
その身体はげっそりと痩せこけ、かつ髪の色もハジメと同じく真っ白に変わっている。
これは魔物の魔力を取り込んだことよりも、施術による苦痛に拠るものの方が、
大きいように思えたが……ともかく目を爛々と光らせ、ゆらりと寝台から起き上がったその姿は、
まさしく幽鬼そのものだった。
「あっああ……ありがとうっス、フフフリードさぁん、さぁ一緒に南雲を殺しに行くっスよぉ」
上目遣いで媚びつつ、一応は感謝の言葉を口にする檜山。
その下卑た表情が、フリードに取っては勘に触って仕方がない。
(このような者がエヒトの使徒だとは?いや、このような者だからこそ……なのかもしれんな)
含み笑いを浮かべるフリードの目の前で、大仰にハサミを振りかざす檜山。
彼の天職は"軽戦士"あらゆる武器に対応できる、いわば戦場のオールラウンダーだ。
その反面、ステータスや魔法適性も低く、習得技能も専門職に比べると物足りないのではあったが。
ともかく、新たな左手を振り回すその姿は、それなりに様にはなっていた。
「それだけ動けるならもう大丈夫だろう、来い」
「あ、新しい魔法、取りに行くんっスよねぇ?お、俺も連れてって下さい
きっと役に立つっスよぉ、お願いしますよぉ~フリードさぁん~~」
一応は頷いてやるフリード、肉壁程度にはなるかと思いながら。
(壊れればまた直せばいいだけだからな)
不穏さを抱かせつつ、本章はこれにて幕です。
檜山君、某ロボットアニメの悪役みたくなってきてます。
恵里の走狗に成り果てた末に、生きたまま喰われる本編と、
どちらが彼にとってよりマシな状態なのか、作者も迷うところではあります。
で、今回の投稿をもって少しお休みを頂きます、理由は活動報告にて。