思いのほか長くなったので、再会は次回に持ち越しです。
修理を終えたハジメたちの乗った潜水艇は、海獣や海鳥たちの先導を受け、
順調に大海原を滑るように進んでいく。
勝手知ったる何とやらか、水先案内が優秀なお陰で一度も魔物に遭遇することなく、
彼らは潜水艇の甲板にて、満天の星空を堪能していた。
もっともファンタジー世界の住人である、ユエやシアたちに取っては、
星なんて何が珍しいのかといった風であったが。
「こんなの日本じゃなかなか見れないよねぇ」
高密度に折り重なり、空自体が光ってさえ見える程の星々を、
背を逸らし仰ぎ見るジータ。
「そ、そうだな」
もっともハジメにとっての注目は星空以上に、ジータの姿にあった。
今のジータは折角の海なんだからと、スカート付きのワンピース水着姿になっている。
スカート付きワンピースといっても、かといって露出が控えめなわけではなく、
むしろ大きく開いたお腹と、そしてティオやシアには及ばないものの、
水準以上のボリュームを誇る双丘が、水着の中で窮屈気に谷間を造り、
さらにそれがハジメの目の前でたゆんと揺れ、そのたびにハジメは目を奪われては、
慌てて目を逸らし、そして傍らのユエの表情はどんどん不機嫌なものになっていく。
「ねぇ、あれ私たちの世界の星座みたいに見えるよね」
ごろんと仰向けに寝転がったハジメに覆い被さるジータ、
いや、そんなことされたら、むしろ星が見えなくなりますやん、と、
ハジメは内心でツッコミを入れるが、またジータの胸が、たゆんと、
しかも、さっきより近くで揺れるのが目に入ると、どうにも抑えきれない何かが、
色々と込み上げてくる。
「……」
常夜灯に照らされた互いの顔を見つめあう二人。
やや置いてけぼりの感がある残りの一人も、のそのそと仲間に加わろうとした時だった。
べちゃり、どさどさ。
何かが大量に落ちる音と、同時に甲板が魚特有の生臭さに覆われる。
三人が目を向けると、そこには喉に収めた魚を、獲ったどーとばかりに、
目の前で自慢げに吐き戻す、海鳥たちの姿があった。
(お、おのれー)
「ちょ……ちょっと盛り上がっちゃったね」
「あ……ああ、まぁ」
朝食の分を残し、海鳥や海獣たちに残った魚を与えてやりながら、
言葉を交わすジータとハジメ。
互いにチラチラと様子を伺おうとはするものの、目線は決して合わせようとはしない。
とっくに一線を越えているのも関わらず、
その様子はまるでお付き合いを始めて間もない中学生の様だった。
「……ヘタレ」
そんな二人に呆れたように小声で呟くと、魚の匂いに辟易したような表情で、
ユエは船内へと引き上げようとしたのだが。
「休憩休憩っと、うわっ魚くさっ!」
その時足元のハッチが急に開き、メドゥーサが姿を現す。
「メド子……ノック」
バランスを崩し、魚の体液でぬらつく甲板に思いっきりダイブしそうになったユエが、
一層不機嫌な顔で、また呟くような文句を漏らす。
そんなユエを尻目にメドゥーサは何かを察したか、悪戯っぽく笑みを漏らす。
「アンタたち、まだやってないの?交尾」
「だから交尾とか言うの止めてよ」
仲間が増えてからこのかた、ジータに取っては連帯感、ユエに取っては遠慮、
ハジメにとっては気恥しさ、何より自分以外への後ろめたさが手伝い、さらに宿屋であっても、
車中泊であっても、相互監視環境が成立しているのもあり、
結果、彼らはブルック以降、青い性を持て余す夜を送っていた。
「ティオも香織もいないんだから、チャンスなのに」
「むしろ……いないからこそというか……え?」
一瞬目を疑うジータ、メドゥーサの身体が大きくブレたように見えたのだ。
まるで映りの悪いテレビのように。
「じゃあシアが気になるなら……アタシが楽しませてあげよっか」
そんなことは露知らず、メドゥーサの髪と尻尾がうねうねと動き出す、
その様にこれからシアの身に起こるであろうことを、察しざるを得ないハジメとジータ。
「大丈夫、シアに取っても忘れられない夜になる筈よ」
「待ちなさい!女の子の初めてが触手プレイだなんて、絶対ダメーっ!」
こうして、またしてもハジメたちは自重する一夜を過ごすことになるのであった。
人間の交尾ってどんなの?と言わんばかりの獣や鳥たちに囲まれながら。
「うーん!いい朝ですねぇ~」
昇りくる朝日に向かって大きく伸びをするシア、
そして少しげんなりとした表情のハジメたち、どこかであったような光景だ。
「陸だ……計算通りだな」
ともかく、朝日に目を細めながら、現在位置が凡その計算通り、
エリセンの北沖合であることを、確認するハジメ。
「なら、あとは陸地を左手側に南下すれば……」
エリセンと【グリューエン大砂漠】を、連結する港が見えてくるはず、
こうしてさらに二日間、ハジメたちは潜水艇を南へと進ませる。
水は自力で補給出来るし、食料は豊富過ぎるくらい海鳥たちが運んでくれる、
宝物庫こそティオに預けている状況だが、武器や生活用品などは
事前に艇内に残してある。
ティオたちに先を越されてたら怒られるかも?という思いこそあったが、
基本のんびりと船旅を続ける一同。
そして二日目の正午、シアの作った魚料理にハジメたちが舌鼓を打っている時だった。
鍋をかき混ぜていたシアの耳が跳ね上がり、かつ、警戒に当たっていた鳥や獣たちが
威嚇するような鳴き声を、前方へと向かって放つと。
直後、三股槍を突き出した二十人程の男たちが、ザバッ!と音を立てて海の中から一斉に現れた。
全員がエメラルドグリーンの髪と扇状のヒレのような耳を付けており、
かつ、彼らの目はいずれも、警戒心に溢れ剣呑に細められている。
「海鳥や獣たちが、やけに群れてると思えば、お前達は何者だ?
なぜ、ここにいる?その乗っているものは何だ?」
(海人族か!)
(は……早く呑み込んで、説明しないと)
ハジメとジータは必死で口の中の魚を咀嚼し、喉に流し込もうとするのだが、
如何せん、今食べている魚は弾力があってずっしりとボリュームがあり、
今しばらく飲み込むのに時間がかかる。
その様を見ている、尋問した男の額に青筋が浮かぶ、
ただ海にいる人間を見つけたにしては、どうも殺気に満ち満ちているようにジータには思えた。
(なんかこの人たち凄く怒ってる、どうして?……もごご)
魚が喉に痞えてしまったジータの背中をユエがさする、
そんな彼女の代わりにシアが答えようとした。
「あ、あの、落ち着いて下さい。私たちはですね……」
「黙れ!兎人族如きが勝手に口を開くな!」
槍の矛先がシアの方を向いた時だった。
一瞬にしてハジメを中心にして、巨大な殺気とプレッシャーが広がり、
海面が波紋を広げたように波立ち、そしてまるで極寒の海に放り出されたかのように、
狼狽し硬直する海人族。
恐らくではあるが、本来自分が歩む未来よりは、
きっと穏やかな道を歩めているのだろうという自覚はハジメにもある。
だが、やるべきときにはやらねばならない、仲間を友を傷つけられそうになるのなら。
「ごほっごほっ……うぐ」
とはいえ、咀嚼中にムリヤリ威圧スキルを使ったせいか、ジータ同様、
やはり喉に魚を痞えさせるハジメ。
こっちもかと内心思いながら、ハジメの背中をさすってやるユエであった。
その後、ジータの説明もあって何とか誤解も解け、
彼らは海人族の案内でエリセンへと辿り着いたのだが、そこでもまたトラブルが待っていた。
「慣例に従い、事の真偽がはっきりするまで、お前達を拘束させてもらう」
「おいおい、話はちゃんと聞いたのか?」
「もちろんだ、確認には我々の人員を行かせればいい。お前たちが行く必要はない」
目の前の警備隊長らしき男は、いかにも杓子定規かつ居丈高な態度で
にべもない態度と言葉でハジメたちに接する。
(どうして依頼書とか紹介状とか入れっぱなしでティオさんに宝物庫渡したのよ、
しかもステータスプレートまで)
(ジータが持ってると思ってて……)
(私だってハジメちゃんが持ってるってばかり……)
などと念話で言葉を交わす、二人に焦れた視線を向ける隊長。
「だから勘違いだって何度も」
「……攫われた子がアンカジにいなければ、エリセンの管轄内で正体不明の船に乗って、
うろついていた不審者ということになる、道中で逃げ出さないとも限らないだろう?」
「どんなタイミングだよ!逃げ出すなら、わざわざ港くんだりまで来やしないよ!
こいつらを全滅させてスタコラサッサするぜ、普通なら」
「ともかくだ!少し署で話を聞かせて貰うとするか」
彼の胸元のワッペンにはハイリヒ王国の紋章が入っており、
国が保護の名目で送り込んでいる、駐在部隊の隊長格であると推測できる。
そのワッペンをこれ見よがしに揺らしながら、隊長が傍らの兵士たちに、
拘束の指示を飛ばそうとした時だった。
「ん? 今なにか……」
シアが、ウサミミをピコピコと動かしながらキョロキョロと空を見渡し始め、
僅かに遅れて、ハジメたちにも声と気配が感じられた。
「空か!」
「――パパぁー!!」
ハジメが慌てて空を見上げると、何と、遥か上空から、小さな人影が落ちてきているところだった。
しかも満面の笑みで両手を広げて。
「ミュウッ!?」
「ミュウちゃん!?嘘でしょ!」
そう、確かにミュウだ、満面の笑みでスカイダイブする背後には、
慌てたように後を追う黒竜姿のティオと、その背に乗った、やはり焦り顔の香織の姿が見えた。
「どんだけ自由奔放なんだ!たく、後でオシオキだ!」
そう叫ぶなり、ミュウを受け止めるべく空高く跳躍するハジメ、その必死な姿を見ながら、
オシオキ?出来るのかなハジメパパに、と思うジータだった。
「ひっぐ、ぐすっ、ひぅ」
ハジメの跳躍の衝撃で崩壊した桟橋を背景に、幼い少女のすすり泣く音が響く。
「ぐすっ、パパ、ごめんなしゃい……」
「もうあんな危ない事しないって約束できるか?」
「うん、しゅる」
「ほら、みんなにも謝るんだ」
「うん、お姉ちゃんたち、ごめんなさい」
ベソをかきつつ、頭を下げるミュウの髪を撫でてやりながら、
ハジメのパパ役も板についてきたなあと思うジータ。
片膝立ちで幼子にしっかり言い聞かせるハジメの姿と、
許されてハジメの胸元に飛び込むミュウの姿は、普通に親子そのものに見えて仕方なかった。
さらに言うなら、攫われたはずの海人族の幼子が、人間の少年を父親扱いしている事態は
エリセンの住人たちにとっては、余程理解し難いことなのだろう。
皆、唖然としている、「これ、どうなってんの?」と言わんばかりに。
そんな彼らはひとまず置いといて、ミュウを抱き上げながら、
ハジメは香織とティオに礼を言う。
「二人ともミュウを無事に連れてきてくれてご苦労さん、それから、アンカジはどうだった?」
「うん、あれだけの静因石があれば当面は大丈夫だって……けど」
「水が元に戻るのはまだまだ時間がかかるとの事じゃ」
「……そうか」
ハジメらの耳にようやく我に返った住人たちの、困惑に満ちた喧騒が届き始める。
これ以上面倒に巻き込まれる前に……いやいや先に桟橋を直した方が……と、
考えを巡らし始めたハジメだったが。
「貴様ら……一度ならず、二度までも……王国兵士に対する公務妨害で逮捕してやる!
それにあの跳躍、あの船、あの竜のこと、洗いざらい話して貰うぞ、当分出れないと思え」
再び桟橋から這い上がってきた隊長らしき人物が、怒りの形相でハジメたちを睨む、
手には武器を抜き放っている。
ここまで話が拗れてしまった自身の迂闊さを反省しながら、
ハジメは、ティオから宝物庫を返してもらうと、中から諸々の書類を取り出し、
隊長に提示した。
「……なになに……"金"ランクだとっ!? しかも、フューレン支部長の指名依頼!?」
イルワの依頼書の他、事の経緯が書かれた手紙も提出し、さらにトドメとばかりに、
メルドからの紹介状も見せてやる。
「あ、貴方様たちが、まさかメルド団長殿と個人的な知己であらせられましたとは……」
サルゼと名乗ったこのエリセンの街の警備隊長は、
車に轢かれたカエルのごとく、ハジメらに平伏する。
さすが中世風ファンタジー世界、地球をも凌ぐコネ社会である。
「知らぬこととはいえ!この件はどうかご内密にぃぃぃぃぃっ!」
これだけ騒いだら内密もヘッタクレもないだろうにと思いつつ、
余りの効果の劇的さに、こちらはこちらで目を丸くするハジメたち。
「水戸〇門もこんな気持ちだったのかな?」
「シチュ的には浅見〇彦だろ?どちらかというと」
まぁ、ともかく手落ちがあったのはむしろこちらなのだ、半ば恐縮しつつ、
まずは依頼通り、ミュウを早く母親の元に帰してやりたいので、
ここを離れたいと平伏したままの隊長に伝えると。
「も、勿論でございます、依頼の完了も承認いたします!ですから先程の失礼は何卒……」
今度はまるでバネ仕掛けのように立ち上がり、直立不動で敬礼する。
「でも竜とか船のこととか聞きたいって……」
「見てません見てません見てません!何も見ておりません!
エリセンは本日も平和そのものであります!」
「平和……ねぇ」
立ち上がったかと思うと、また平伏し叫ぶ隊長、
まるで何かの体力測定を見ているような気分になるハジメたち、
かくも宮仕えとは、過酷で理不尽な物なのかと思わざるを得ない。
「大変だな、働くのはどこでも」
「タテ社会の闇を見たね」
ともかく、この人は行き違いはあれど、職務に忠実であっただけだ。
だから二人は頷きあう、今度メルドさんに会った時は、
この隊長さんの昇進と昇給を、必ず約束して貰おうと。
浅見光彦シリーズを読む機会があったので、取り入れてみました。