ありふれた錬成師と空の少女で世界最強【完結】   作:傘ンドラ

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神殿ごと爆死させるには惜しい逸材だと思うんですよね、
イシュタルって。


伏魔の都

 

銀髪の美女に跪くイシュタル。

美女はその姿を見下ろし、大儀であるといわんばかりに涼やかに微笑み、

素足をイシュタルの口元へと近づける、そしてイシュタルは躊躇うことなく、

その足に口づけを交わす、あの出会いを、奇跡を思い起こしながら。

 

あの夜も同じだった。

 

「く……来るな、儂は騙されぬぞ……邪悪なる蛇め」

「己の願いに忠実になれば宜しいのに」

 

イシュタルは毎夜来訪する、幽世の徒の誘惑にすんでの所で抗い続けていた。

 

「欲しいのでしょう……若さが、神罰を自らの手で下すための力が」

「あ……」

 

斑色の蛇が身体をくねらせ、目が妖しく輝く。

 

「あんな若者に、任せてもよろしいのですかな?」

 

イシュタルの脳裏に、嫉妬と羨望の源である天之河光輝の顔が浮かび、

そして姿見には老いさらばえた己の顔が映り、思わずイシュタルは目を逸らしてしまう。

 

「さぁ、一言願えば宜しいのです、欲しいと、さすれば」

 

蛇はするりと斑色の手をイシュタルへと伸ばす。

 

「偉大なる神がその願いを叶えて下さる筈、そのために私はここに来たのですから」

 

そして上ずった眼を向けながら、震える指をイシュタルが差し出そうとした時だった。

 

「ぐぶっ」

 

そんなくぐもった声が、蛇の顎から漏れ、その身体が砂へと変じていく。

そして蛇が消え去った跡には。

 

「……おお」

 

歓喜の声を上げるイシュタル、そこには甲冑に身を包んだ銀髪の美女が、

涼やかな笑みを浮かべ、たった今、邪悪なる蛇を斬って捨てたであろう剣を、

構えていた、その姿は代々教会に伝わる、絵巻物に描かれた、

エヒト様の使徒そのものであった。

 

かくしてイシュタルは確信する。

悪魔の誘惑に耐えきった我が身に、日夜敬虔なる信仰を守り通した我が身に、

ついに天使が舞い降りたことを、選ばれるに至ったことを。

 

それからというもの執務も上の空で、イシュタルは焦らすかのように、

時を置いては、寝所に現れる使徒をただ待ち望む日々を過ごしていた。

しかし、不安が無いわけではない。

一糸纏わぬ姿で現れる美しき使徒は、寝所から去る一刻の間、

微笑みと、素足への口づけ以上のことは決して与えず、許してはくれなかったのだから。

 

(儂のこの身体が……信仰ならば誰にも負けぬというのに)

 

確かに、齢八十にも差し掛かろうとしている、老いた己の肉体は、

目の前の使徒の伴侶となるには、余りに醜く思えて仕方がなく。

だからこうして、己の醜さを謝るかのように跪き、己の姿を隠すかのように、

小さく小さく縮こまり、祈りを捧げることしか、今のイシュタルには出来なかった。

 

(若さが……若さが欲しい)

 

自身がまだ何の恐れも陰りも無き、蛮勇が許される若者であったのならば、

一切をかなぐり捨てて目の前の使徒をその胸に掻き抱くことが叶ったというのに!

 

またそこで瞼に浮かぶのは、天之川光輝の若さと力に満ちた肉体だった。

そして彼はつい想像する、いやしてしまった。

麗しの使徒と光輝が抱擁し、あろうことか接吻を交わす姿を。

 

ギリッ!

 

口惜しさに歯が軋み、唇を噛みしめ跪いたまま、イシュタルは誰にも渡さないとばかりに、

使徒の素足に縋りつく、その時であった、使徒がその掌をイシュタルの肩に置いたのは。

突然の、そして何よりその手の感触に、幾数年ぶりに味わう女体の温もりに、

思わず息を呑み、視線を上げたイシュタルへと、使徒は鈴の音が鳴るような美しい声で告げる。

 

「イシュタル・ランゴバウトよ~~良く聞くのです」

 

 

(フム、中々の出来栄え、この世界の神モドキが造ったにしては)

 

愛しの使徒の言葉をついに耳にし、歓喜の涙を流すイシュタルの姿を、

使徒は冷ややかに見つめる、いや……よく見るとその影が不自然に蠢いている、

まるで蛇の如くに。

 

幽世の徒はイシュタルの取り込みにかかったはいいものの、すぐにイシュタルを、

いや、この神山全体を包む異様な雰囲気、いや視線に気が付いた。

そしてその視線の正体である、"使徒"数体に寄生すると、

あえて醜い姿を晒した上で、己を"使徒"に討たせることで、

イシュタルの取り込みに成功したのであった。

 

幽世の徒は個にして全、全にして個、そう、すなわち自作自演である。

 

(所詮は造り物、プログラムされた自我なぞ他愛も無い)

 

深層意識の中に潜んだ幽世の蛇どもの寄生は実に巧みであり、

ゆえに悟られることもなければ、彼女らの本来の目的の邪魔をすることもなく、

要所で彼らは使徒の意識をジャックし、こうしてイシュタルの前に現れていたのであった。

 

(それにあのシミズとかいう少年が使った術、なかなか面白い)

 

使徒の声は奇妙なリズムと韻を踏んでいた。

この世界の魔術に詳しき者ならば、それが闇術独特の詞によるものだということに、

気が付くだろう。

無論、一気に洗脳とまでは行かないまでも、イシュタルの思考に

僅かばかりの揺らぎを乗じさせることは充分可能であり、さらに今のイシュタルは、

完全に使徒の美しさと、そして直々の神託を得たという、幸福感に完全に支配されている。

ゆえにその言葉は蜜の如く、老人の耳を蝕んでゆく。

 

「其方の願いは一つ、御身の力で、地上に神の正義を実現させることではないのですか?」

「そ、その通りにてございます!」

「このまま老いに身を任せ朽ちていかれますか?」

「思い描いた理想を、ただ若いというだけの他者が叶える様をその目で見るのは

耐えがたい、そうではないのでしょうか?」

 

だからイシュタルは気が付かない、使徒の語る言葉が、

かつて己に語った蛇の言葉と、殆ど違わないことにも。

 

「ならば今こそ変革の刻です」

「変革?」

「そう、古き悪しき草は刈り取り、新しき苗を植えるのです」

 

草が何であるのか、そして苗が何を意味するかは、イシュタルにも理解出来た。

 

「神罰を……我が手で代行せよと、そう仰せられるか」

 

流石に震える声で問い返すイシュタル、しかしその震えは畏れ以上の、

歓喜が含まれている様に思えた、自分よりも美しく優れた存在に選ばれるという、

人間誰しもが抱く、原初の欲望が満たされつつあることに。

 

「そう、そして新しき苗とはイシュタル・ランゴバウト、それは其方

真たる信仰の担い手たる其方こそが、最も 我が主エヒトの近くにいた其方が、

始まりの男となるのです」

「儂が……で、ございますか?……しかし」

 

また皴だらけの手が目に入り、口惜しさにイシュタルの両の目から涙が零れ落ちる。

 

「この老いたる我が身に、もはや子種は無く……」

「大丈夫ですよ」

 

使徒は、いや使徒を操る蛇は艶然とした微笑をイシュタルに向ける。

 

「私はエヒト様より其方に秘法を授けるべく、降臨したのですから、

失われし青春の時を取り戻す秘法を」

「!!」

「ただし、問題が……」

 

そこで使徒はイシュタルの視線から逃れるかの如く、顔を伏せ、そして

悲しみに満ちた表情で、その瞳から涙を流す、彼が気が付くようにして……当然、演技である。

 

「し、使徒様……何故そのような悲しき顔をなされるか、どうか涙をお拭いください」

「ありがとう……我が子よ、我が同胞よ」

「我が子……同胞……勿体なきお言葉を」

 

平伏するイシュタル、白い法衣が這いつくばる様は、まるで蛾のようだった。

思わず笑ってしまいたい心情を押さえつつ、蛇は使徒を操り、言葉を紡ぐ。

 

「時を戻すということは自然の摂理に背く大罪、ゆえに犠牲が……必要となるのです

その犠牲とは…この神山にて祈りを捧げる、全ての聖職者の、すなわち

我が子らの魂」

 

ウソ泣きを続けながら、使徒はさらに微かな嗚咽すら交えていく。

 

「いかに、この乱れし現世を蒼き清浄なる大地に戻す為とはいえど……

ああ、我が主エヒトも天の座におきまして、心を乱して……ううっ」

「な、なんと……なんと勿体なきお言葉!」

 

這いつくばりながらスススとイシュタルは、また使徒の足元へと傅く、

今度のその動きは、海底を這いずるイカか何かを思い起こさせて仕方がない。

 

「その涙、そのお言葉を我が麾下何千の司祭、そして信徒らに拝謁させたくございます!

さすれば、彼らは尽く狂喜し、蒼き清浄なる大地への、原初への回帰の為の礎となることは

必定にてございまする!」

 

そしてその清浄なる、一切の罪が存在せぬ原初の地に降り立つは……。

こうしてイシュタル・ランゴバウトは、自身の信仰、いや紛れもない欲望のために、

数千の信徒たちを、いや生きとし生ける者全てを蛇へと売り飛ばした。

 

「新たなる世界を善男善女にて満たしてご覧に差し上げると、エヒト様に

何卒…何卒……」

「ならば……男だけでは子は為せませぬ、始まりの女も用意させて頂きます」

「始まりの……女?」

 

それは貴方ではないのですかと、視線を使徒の顔へと向けるイシュタル。

使徒はそっと掌を翳すと、そこには幾多の天職を操る金髪の美少女、

そう、蒼野ジータの姿が映し出されていた。

 

(特異点……まさか貴方までこの地に流されて来てたとは)

 

実際には特異点の力と姿を得た、極めて類似しているとはいえ、

あくまでも別種の存在ではあることは分かってはいたが、

それでもこの地にて虜にする機会を逃すわけにはいかない。

 

「如何なる手を使ってでも、この地に彼女を招くのです」

「お任せ……お任せ下さい、そしてかのアレイスト王の如く必ずや……」

 

そこで自身を包む急激な眠気に襲われるイシュタル、ま、まだ……、

と、手を伸ばそうとした所で彼の意識は眠りの闇へと誘われていった。

 

「やれやれ」

 

これ以上は、本来動いているこの宿主の計画と齟齬が起きかねず、

それでは体よく便乗することが出来なくなる、だが、仕掛けは終わった、後は……。

 

(全てを焼き尽くす紅蓮の炎とて、最初の火種は必要なのですよ)

 

いわばイシュタルは、彼ら幽世の徒にとっては、点灯管のようなものだった。

即ち、その末路は……。

 

 

そしてさらにその頃……。

 

いつも四人で、いや一人いなくなってからは三人でダベっていた、

訓練場裏の水路跡に近藤礼一は一人佇んでいた。

 

「遅せぇな、あいつら」

 

とはいえ別に待ち合わせているわけでもない、朽ちかけた堤に腰かけ、

残り二人の悪友の到着を待つ近藤。

 

(なんかあいつら、俺と距離取ってる気がするんだよな、けど)

 

夜空を見上げつつ、何やら決意を込めたかのように、近藤は息を大きく吸い込む。

 

「俺だって……いつまでも」

 

夜空の闇に浮かぶハジメの、そして龍太郎の姿、彼らの姿が、

これまでの自身の矮小さを責めているように思えてならない。

事実、あの日以来、彼は罪の意識と、それすら上回る敗北感に苛まれているのだから。

 

そしてそれを払拭するための方法は一つしか思いつかなかった。

そう、彼はこのトータスで自分たちが行ってきたことを、全て然るべき者たちへと、

打ち明け、裁きを受ける決意を固めていた。

 

ただし自身の独断というわけにはいかない、残り二人の悪友を説得し、

出来れば三人全員で、たとえ二人が納得せずとも。

 

(その時は一人で……)

 

そして夜空には、金髪美少女の姿が映る。

もう何度思い出したか分からない、胸の内を言い出せないまま、

ただ見つめる事しか出来なかった想い人、蒼野ジータの姿が。

 

もう、届かない所に行ってしまったことくらいは流石に分かる。

だが、それでも今の自分のままだと、こうして彼女の姿を夜空に思い描く資格すら

無い様に思えて仕方が無かった。

だからこそけじめをつけたい、龍太郎の言う上辺だけの強さに縋った、

これまでの自分から、いや自分たちから決別するために。

例え届かずとも、想うことくらいは許される、そんな自分になるために。

 

「よっ礼一、一人か」

 

そこで背中越しに挨拶の声がかかる。

 

「ああ、信治も良樹もまだ来やがらなくってな、大介」

 

いつも通り、自分たちのリーダー格である少年へと、

振り返ることなく挨拶を交わす近藤……ん?あいつは確か……。

すうっ……と自分の中の熱が冷めていく感覚を覚えながら、ゆっくりと近藤は振り向く、

本能が逃げろと危険信号を送り続けているが、まるで石になったかのように、

下ろした腰は立ち上がろうとはしてくれない、そう、彼の振り向いた先にいたのは……。

 

「久しぶりだなぁ、礼一」

「お……お前、生きて」

 

異形と化した姿と、その姿に相応しい下卑た笑みを晒す、

自分たちの手で私刑の限りを尽くした挙句、最終的に排斥、脱走に追いやり、 

そして今や、全国指名手配犯にまで落ちぶれた、檜山大介、その男だった。

 

 

 




逃げて近藤ーーーーっ!次回はどうなる!
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