……。
「なぁ、俺たちダチだろ」
檜山はその口元を歪ませて、近藤へと、かつての悪友"だった"男へと嘯いていく、
その足元に這いつくばる近藤の全身には、凄まじいまでの暴行の跡が刻まれている。
「皆で南雲を殺してまたあの頃のように仲良くやろうじゃねぇか、信治や良樹も入れてよ」
「……」
「聞けやコラ」
近藤の喉首をまるでハジメに対して行うかのごとく、檜山は掴んで持ち上げ、
そのサディステッックな快感に酔った顔が近藤の視界に入る。
その歪んだ顔と姿を見て、道理で捕まらないわけだと、近藤は内心で妙な納得をしていた。
何せ今の檜山の姿は、余りにも手配書に記された姿とはかけ離れているのだから。
ガリガリにやせ細り白く染まった髪、全身を覆う禍々しい黒鎧、
そして、魔物の物と化したその左腕、どこもかしこも変わり果ててしまっている。
しかしながら教室で、そしてこの地で纏っていた、下卑た雰囲気、
そして歪んだ笑顔だけはまるで変わっていなかった。
そしてそれはかつての自分が纏っていた雰囲気であり、浮かべていた笑顔でもあるのだろうと、
今の近藤は思わざるを得ない。
「なぁ、水に流してやろうって言ってるんだぜ」
近藤の喉を掴んだまま、彼の身体を檜山は石堤にぐいぐいと力任せに押し付けていく、
その態度はどう見ても水に流せる男のそれではないし、事実、
檜山の頭の中にある殺すリストの中でも、近藤はかなり上位に位置している。
しかし、ただ殺すだけでは飽き足りない、謝罪と、何より命乞いを聞いてからではないと、
気が済まない。
だが、期待していた謝罪はおろか、命乞いすら未だ聞かれず、
近藤は無言で暴行にただ耐えるのみだ。
それがこの世界で最も憎き奴、南雲ハジメのかつての姿を連想させ、
檜山はさらに苛立ちを加速させる。
「かっ……はっ」
何か言いたげな雰囲気を察知してか、ようやく檜山は近藤の拘束を解いてやる。
その顔が期待に膨らむ、ようやく聞きたかった言葉を聞けると、
さぁ言え、何でもするから助けて下さいと……殺さないでくれと、しかし。
「もう、止めようぜ、こんなこと……俺も悪かったよ」
痛みに耐えつつ苦しい息の中、項垂れつつも近藤はたどたどしくもはっきりとした意思を、
檜山へと伝えていく。
「俺……ここで南雲やお前にしたこととか、全部打ち明けて、
ちゃんと罰を受けるつもりなんだ……」
震えながらも悔恨の言葉を近藤は紡いでいく、
しかし檜山の顔を流石に直視することは出来ない、だから気が付かない。
自分の独白を聞く檜山の顔が、憤怒と憎悪に染まって行く様を。
(なに普通のこと言ってるんだ……こいつは……わからねぇ、全然わからねぇ)
「だからさ、もう……お前もこれ以上罪を……重ねないでくれよ!」
その原因の、決して真っ当な繋がりではなかったとはいえど友人を、
罪人へと追いやった一端は間違いなく自分にもある、
しかしそれを承知で近藤は訴える。
「俺のことを……水に流してくれるんだったら……南雲のことだって、
もう……忘れてもいいんじゃないのか?」
檜山の肩がピクリと跳ね上がるが、もちろん近藤は気が付かない、
自分が最悪の地雷を踏んだことにも。
「それでもお前がここに来たってことだけは誰にも言わねぇ!」
檜山の眦が余りにも予想外の展開に吊り上がる。
それで恩を売っているつもりか!そこは何でもするから命だけは助けてくれ!だろうが!
と、言わんばかりに。
そこでようやく訴えかける様に、近藤は檜山へと首を上げる、
その目に涙を浮かべながら……しかし。
「だから……遠くへ逃……げ」
すんなりと分かってくれるとは思ってはいなかった、
しかしそれでも近藤は息を呑まずにはいられなかった。
夜の闇の中でも、そして涙に歪んだ視界の中でもはっきりと分かる程に、
かつての友の……檜山の顔は怒りで満ちていたのだから。
「そうかそうか、つまりお前はそんな奴なんだな」
まるで国語の教科書の登場人物のような言い回しをしつつ、
舐める様に檜山は近藤の顔を睨みつける。
「要は俺を地獄に堕として置いて、自分だけいい子面して逃げようって腹なんだな」
この裏切り者がっ!」
近藤の裏切りを、自分だけ足を抜けようとしていることを、自分のことは棚に上げ詰る檜山、
「ち…違う……うう」
「第一俺が何悪いことしたってんだ!俺は何も悪くねぇぞ!南雲を殺そうとしただぁ?
いいことじゃねーか!南雲の一匹や二匹ブチ殺したくらいが罪になる筈がねぇ!」
血走った目で叫ぶ檜山、その有様と破綻した論理を目の当たりにした近藤の顔が、
理解と、そして哀れみに満ちていく。
こいつは狂ってなどいない、本気でそうだと思っているのだ。
半ば身から出た錆であるにも関わらず、その身に降りかかった全ての不都合を、
南雲ハジメのせいだと本気で信じているのだと。
「そんなになってまで……お前はまだ……」
己への恐怖ではなく隠し切れない哀れみの籠った近藤の声が、檜山の怒りに火を注ぐ。
「なぁ、お前?俺を哀れんでるのか?もしかしてかわいそうとでも思ってんのか?」
檜山は土下座のように這いつくる近藤の耳元に顔を近づけ吠え猛る。
「罰を受けるつもりだつったな!だったらまずは俺からの罰を受け取れや
ダチを裏切った罰をなぁ~~~っ」
歯茎を剥き出しにしたその歪んだ笑顔には、これまでとは違う明確な殺気があった。
「あ…わ、うわああああああっ!」
あの九十層ですら感じたことがなかった程の生命の危機が迫っていることを、
己の本能が敏感に感じ取る、その生存本能のままに、
近藤は全身の力を振り絞りその場から逃走を開始する、
スピードには自信がある、例え傷ついた身体であっても……しかし。
「ばぁっ!」
目の前に魔法陣が展開されたかと思うと、そこから嘲りの表情を浮かべた檜山が姿を現し、
近藤の行く手を阻む。
「あっ、わっ」
突然のありえない状況に思わずたたらを踏んで後退るも、近藤は踵を返し、
また逃げ出そうとする、だが……振り向いたその先には。
「へへへへ」
また檜山がいた。
「~~~~~~ッ!」
もう何が何だか分からない、近藤は夜更けの王宮をわぁわぁと泣き叫びながら、
文字通り闇雲に逃げ回る、いつ何処から現れるかも分からぬ檜山の影にも怯えながら、
それでも逃げている内に、少しずつ彼は落ち着きを取り戻していく。
ガサッ!
が、静まり返った深夜の王宮の中で、葉擦れの音が、石畳に響く自らの足音が、
耳に届くたびに、彼は立ち止まりキョロキョロと周囲を見回さずにはいられない。
とりあえず後を取られないように、壁に背を預けカニのように横ばいになりながら、
ゆっくりと助けの姿を探し始める。
「こんな遅くだもんな、そう簡単には見つかるわけねぇよな」
娯楽に乏しい中世ファンタジー世界の夜は早い、いや……それでも、
ちと静か過ぎ、寂しすぎはしないか?
いくら王宮の外れ、しかも深夜とはいえど、
巡回の歩哨たちの姿すら影も形も無いのはおかしい。
そんな異質な王宮の夜の姿に言い様のない戦慄を覚え、
ひとまず朝まで何処かに隠れてやり過ごそうと、建屋の外へ一旦出る近藤。
そこに足音が聞こえてくる、それも複数の。
死の恐怖と逃走の緊張に苛まれた近藤が、その足音の主たちを、
味方だと判断したのは仕方がない事なのかもしれない。
助かる……これで助かる……やり直せる、
しかし逸る気持ちとは裏腹に、一度緊張を解いてしまったせいか、身体が上手く動かない。
それでも必死に足を動かし、音の方へと進む近藤、やがて足音に混じり、
鎧がカチャカチャと鳴る音も聞こえてくる。
(き…騎士たちだ……助かった)
「お~い」
声を限りに叫び、近藤は行進を続ける騎士たちの前へ転がるように飛び出していく。
彼にもう少しまともな判断力が残っていれば、なんでここに騎士たちが!と、
疑うことも出来たかもしれないが、それはやはり酷と言うべきだろう。
「た、助けっ、助けてぇ」
「うん?近藤君」
そこでまた意外な人物、中村恵里の姿を目にする近藤、
この状況、ますます以って怪しいと踏むべきだが、やはり近藤の頭の中は、
助かることで一杯だ。
「中村?ちょ、ちょうど良かった実は~」
「もしかして檜山?」
「ああ……え?」
そこでようやく近藤の頭がスーッと醒めていく。
なんでここに中村がいるのかもだが、どうしてコイツが檜山の事を知っている!
「お……おい、中村」
「あーあ、結局ガマン出来なかったかぁ、ホントにアイツと来たら」
その声音はいつもの、光輝や龍太郎の背中に隠れるように付き従っている、
そんな中村恵里のそれとはまるで違っていた。
「ま、そういうわけだからさ、運が悪かったと思ってよ」
その言葉を聞き終わるか終わらないかの内に、近藤の背中を貫く致命の激痛、
ふと視線を下ろすと、自分の腹から血に染まった剣が生えていた。
「こ……こんな、こんなの」
背中から串刺しにされてなお、チートのステータスに任せ身をよじり、
近藤はなんとかその場から逃れようとする。
「やり…直すんだ……今度こそ、ちゃんと……そしたら」
焦がれに焦がれ続けた少女の、ジータの微笑みが近藤の脳裏に浮かぶ、
それは檜山が香織に抱いていたような屈折したものでは決してなく、
ごくありふれた恋慕だった。
ただ彼は彼女が南雲ハジメに向けるおせっかいを、ほんの少しだけでも分けて欲しかった、
それだけだったのだ。
「い、嫌だ、死にたく……ねぇ!俺ぁまだ死にたくねぇ!死にたくねぇよ!」
そんな叫びを漏らしながら、虚空に向かい腕を躍らす近藤、
それは失われつつある未来へ、そして命へと手を伸ばすかのようだった、
だが、無情にもそんな彼の周囲を騎士たちが取り囲んでいく、
その手に白刃を抜き放って、そして。
「みんなーこいつを死ぬまで好きなだけ斬ったり刺したりしていいよー♪」
恵里の号令と共に、幾多の刃が無慈悲にも近藤の身体を斬り裂き、刺し貫く。
己の血の海の中にのたうちながらも、それでも近藤は闇に、いや、
手に入れられたかもしれないが、もはや届かない未来に向かって手を伸ばし続ける、
それはあまりにささやかな。
『近藤くん、そのバンド聴いてるんだ、私もね~』
『新しく出来たラーメン屋さん、美味しいよね、もう食べに行った?』
ありふれた……そんな、しかしもう手に入らない未来へ。
「あーあ、ぐちゃぐちゃ、とりあえずトイレにでも捨てといて、
細かく刻んで何箇所かに分けてね」
騎士たちにメッタ斬りにされ、只の肉塊と化した近藤の遺体の処理を恵里が命ずると、
言われた通りフラフラと騎士やメイドたちは、
肉塊を切り分け、現場の血痕を隠して行き、そんな彼らの中に、
多少は見知った顔が混じっていることに、思わず檜山は眼を見開いてしまう。
「……礼一よぉ、こうなったのも南雲が悪いんだ、だから恨むなら、
俺たちの友情を引き裂いた南雲を恨めよ、必ず仇は取ってやるからよぉ」
破綻した論理であったが、檜山はすこぶる真面目である。
そう、ブラジルの蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を起こすかのごとき論理で、
近藤の思った通り、彼は己の転落を全てハジメのせいにしていた。
「たく……大事の前に余計なことはしてもらっちゃ困るよ」
路上の血痕を洗い流しながら恵里は檜山へとボヤく。
「それから残りの斎藤と中野だけどさ、二人を殺すのはボクの用事がさ
済んでからにして欲しいんだ、あとは……南雲とジータちゃんと香織ちゃんとかは
君が好きにすればいい、けど光輝くんと、雫ちゃんと……
それから鈴ちゃんはボクが貰うよ、じゃ、せいぜい見つからないようにね」
「人類の裏切り者で全国指名手配のゴキブ……ああゴメン檜山大介くん、アハハハハ」
今すぐ見つかっても別に構わない、そんな嘲り口調で言い捨てると、
また騎士たちを伴い、恵里はいずこかへと踵を返す。
(……テメェも、もうすぐ殺してやるよ、中村)
そんな恵里の後姿を見つめ歯噛みする檜山。
しかし恵里の周りには、どういう手段で仲間にしたのか分からない、
兵士や騎士たちが取り巻いている、何よりも今のところは、
神の手駒という意味での"同志"である。
(あの魔法が使えりゃ、テメェなんぞ)
そう、空間魔法はある意味、暗殺にもってこいの魔法ではある、
しかし、この魔法、扱いが極めて難しく、
強化された檜山の力でも使用は一日に数回が限度、
それもごく狭い視界の範囲内の空間に干渉するのがやっとだ。
ましてや空間魔法について抜群の適性を有していたユエですら、
転移目的の場合、百メートルが限界だと認めているのだから。
つまり先程の転移は、別に近藤をいたぶっていただけではない。
あれが、彼にとっての限界だったのだ。
そこで不意に眩暈を覚え、檜山は上半身のみならず今や全身を覆いつつある、
黒鎧を揺らしながら、足元をぐらつかせる。
しかし、ここ最近の身体のだるさは何なのか?
"使徒"の手により火傷こそ回復し、ステータスはさらなる伸びを示しているというのに、
己の力の根幹足る黒鎧が、より禍々しくも強靭な形状に変化していくにつれて、
倦怠感を彼は覚えるようになっていった。
(まぁいい、次は……)
次の復讐対象へと檜山は思いを巡らせる。
もうすぐフリードらが、恵里の手引きによりこの王都に襲撃を掛けてくることは、
すでに承知済みだ、そしてハジメたちが王都の救援へと、駆けつけてくるであろうことも。
(……もし来なかったら)
不安を押し殺すように、恵里の背中へ檜山は言い訳めいた叫びを放つ。
「なぁ?礼一殺したのそいつらだよな?俺は何もしてないよな!
だから俺は悪くないよな!」
ついに生徒たちから犠牲者が出ました。
正直、迷ってはいたのですが、原作で流されるように散って行った、
キャラクターたちに、ちゃんと死に場所を与えてあげたいというのも、
本作のコンセプトであり、そこはやはり今更ブレるわけにはいかないなと、
考えた次第です、ご了承下さい。
しかしながらこういうまさに、
未来を掴もうとした矢先の無念の最期というのは、
書いていて心苦しくもありますが、好みでもあります。
というわけで、近藤くんを悼んであげて頂ければ幸いです。