王都編になってから一話当たりの文章量が多くなって行くのが、
少々悩みどころではあります、大体5000文字を目標・目安にはしているのですが。
従って、今回も分割すべきか悩みました。
背後からの閃光、そして轟音。
すわ、新手か?振り向いたハジメの視界に。
―――光を放ちながら崩壊していく神殿の姿が入った。
「ジータッ!」
最悪の予感に、ハジメの胸に一瞬暗雲が漂う、
いや、無事だ……急速に回復していくジータと自身とのリンクを確認し、
ほっと一息つこうとするハジメだが、そこにティオからの念話が届く。
『ご、ご主人様よ……そっちはどうじゃ?』
『聞きたいのはこっちだ!一体何があったんだよ!』
『ち、違う!妾たちではないっ!』
『あ、そんなこと最初から言うってことはだな、やっぱり何かやったんだな』
『やった……と、いうか、やろうとしたら、というか……』
妙に歯切れの悪い態度に終始するティオ。
『ま、魔力の渦で上手く飛べぬ、一旦後退するのでそこで合流じゃ』
確かにゴーグルを装着すると、神殿の周囲に黄金色の魔力が唸るように、
渦を巻きながら拡散している様子が目に入る。
そして、その渦の外側に、黒竜姿のティオが背中に愛子を乗せて滞空している姿があった。
「……先生、ティオ、二人とも無事みたいだな、で……」
「やってません!やってません!私やってません!」
「ティオ、やっぱりお前か」
"な、何故先に妾の名前を出すのだ、ご主人よ!"
ティオの背中で明らかに狼狽している愛子、しかしこの先生が、
何かとあわあわするのは、いつものことなので、
ハジメの矛先は、どうしてもティオに向いてしまう。
「ちち、ちなうんです、ティオさんもというか、やっぱり私も……
と、とにかく私たちやってないんです!」
「……水でも飲んで落ち着いて話してくれ」
ハジメから受け取った水筒をくぴくぴと飲み干すと、ようやく落ち着いたのか、
愛子は事情を語っていく。
ジータと優花が結界に囚われ、魔獣と化したイシュタルに手籠めにされかけたこと……。
「で、それを……まさか」
話を黙って聞いていたハジメの周囲の温度が、急激に下がり出した気がしたのは、
決して気のせいではない。
"わ……妾は眠くなって来た、愛子、後の説明は頼むぞ"
「わぁ~~ちょっと逃げないで下さい、ティオさん、も、勿論私たちもですね
ただ手をこまねいて、蒼野さんたちの貞操の危機を見ていたわけではなくってですね…」
なんとか結界を破壊できるだけの火力を得ることは出来ないか、
そう考えた愛子が思いついたのは、自身の特技である発酵操作を使い、
可燃性ガスを神殿の周囲で使い、結界の内外に充満させ……。
「ほう……ジータと園部がいるにも関わらずに、か」
「だからやってないんですぅ!」
"そ、そうじゃ、そんなの危なくてヘタをすれば大爆発で、地形が変わってしまうぞ"
そう、この手はいわば人質であるジータと優花がいる限り実行は出来ない。
ならば……どうするか、と、また再び考えを巡らせ始めたあたりで。
「勝手に神殿が崩壊したんです」
"こう、パーッとな、光がパーッと"
必死で身振りを交え説明しようとするティオだが、竜の姿では何が何だか分からない。
「それで私たち吹き飛ばされてしまって……ああっ、蒼野さんと園部さんはっ!」
「あーそれに関しては大丈夫だと思う」
ハジメは自分の身体に宿る、ジータとの繋がりをはっきりと自覚していた。
事実、その証拠に、彼らの視線の先には、満月をバックに自転車を漕ぐような仕草で、
宙に落ちていくジータたちの姿があった。
落下速度から見て、重力魔法で制御しているようだ。
"なるほど……無事、みたいじゃの"
「……何やってるんだよ」
「いい映画でしたねぇ……あれ」
やや場違いな感想を漏らす愛子。
まぁ、あっちは追々回収するとして……。
ハジメたちの興味は、自分たちの眼下にて、こちらを真っすぐに見つめる、
白い法衣のようなものを着た禿頭の男へと移っていた。
「生き残り……でしょうか?」
「いや、先生、よく見てくれ、身体が透けてる」
「ひっ!」
ハジメの指摘の通り、禿頭の男のその体は透けてゆらゆらと揺らいでおり、
それに気が付いた愛子は、両手を合わせて拝む仕草をする。
禿頭の男は、ハジメたちが自分を認識したことに察したのか、そのまま無言で踵を返し、
滑るように動いて瓦礫の山の向こう側へと移動し、ハジメたちを促すように振り返る。
「……ついて来いってことか?」
"じゃろうな……どうするのじゃ、ご主人様よ"
「元々、ここには神代魔法目当てで来たんですよね?なら……」
ティオと愛子の言葉に頷くハジメ。
「ああ、もしかしたら何か関係があるのかもしれない、手がかりを逃すわけにはいかないな」
そこでカリオストロから念話が届き、
ハジメは神山での出来事をかいつまんで話していく。
『ならオレ様もそっちに向かう!エレベーターを修復しろ!』
『エレベーター?でも動くかな……』
ハジメの周囲は、見渡す限りの瓦礫の山である。
『こっちで調べた限り、まだ生きてるぞ』
神殿が崩壊しても、その発着場は何とか破壊を免れたようだ。
ハジメがカリオストロの指示通りに、魔法陣を修正・操作すると、
間もなくエレベーターに乗って、カリオストロがやってくる。
「王都の様子はどうなのでしょうか?」
「何とかなってる、だからオレ様もこっちに来れたんだ、とはいえ……さっさと済ませるぞ」
ハジメたちは禿頭の男に従い、瓦礫の合間を進んでいく。
途中、瓦礫に混じり散乱している塩の塊に、愛子が手を伸ばそうとするが。
「そりゃ人間の絞りカスだぞ」
カリオストロの言葉に愛子は慌てて手を引っ込める。
「ひでぇことしやがるぜ、命だけじゃなく、肉体の構成要素まで吸い取りやがった」
閉じようとしている空の裂け目を見上げながら吐き捨てるカリオストロ。
そして、彼らが五分ほど歩いた頃だろうか?
遂に目的地についたようで、禿頭の男はその場に静かに佇み、
ただ黙って指を差す、その場所へとハジメたちが進むと、
瓦礫がふわりと浮き上がり、その下の地面が淡く輝き、
大迷宮の紋章の一つが浮かび上がった。
「あんた……解放っ」
ハジメの質問と同時に、魔法陣の輝きが彼らを包み込む。
そして、次の瞬間には、ハジメたちは全く見知らぬ空間に立っていた。
黒で統一された小さな部屋で、中央に魔法陣が描かれており、
その傍には台座があって古びた本が置かれていた。
「話によるとコイツが魔法伝授用の魔法陣か?」
「ええ、それに入ると記憶の精査とかが行われて、資格アリと認められると
直接頭に刻まれます」
カリオストロに説明しつつ、ハジメとティオは、魔法陣の傍に並び、
そこでチラと周囲を興味津々で見回す愛子へと、どうする?と問うような、
視線を向け、その視線を受けて愛子は小さく頷くと、ハジメたちの隣に並ぶ。
「じゃあ、せーの」
四人は呼吸を合わせ、掛け声と同時に魔法陣の中へと入る。
と、いつも通り記憶を精査されるのかと思ったら、
もっと深い部分に何かが入り込んでくる感覚がし、うんうんと頷くカリオストロを除く、
三人は思わず呻き声を上げたが、それは一瞬で過ぎ去り、
そして攻略者と認められたのか、頭の中に直接、魔法の知識が刻み込まれる。
「……魂魄魔法?」
「う~む、どうやら、魂に干渉できる魔法のようじゃな……」
「ほう、この世界の魂魄は……こういう解釈か、とっくに通り過ぎた道でも、
色々良く見りゃ発見があるもんだな、ククク」
各自それぞれ所感を述べつつ、魔法陣から出ると、カリオストロは、
早速、台座の上の手記らしき本を紐解きながら、三日月のような笑顔を浮かべる。
「先生、大丈夫か?」
「うぅ、はい。何とか……それにしても、すごい魔法ですね……
確かに、こんなすごい魔法があるなら、日本に帰ることの出来る魔法だって、
あるかもしれませんね」
いきなり頭に知識を刻み込まれたショックが未だ醒めないのか、
頭を押さえ蹲る愛子。
「無理するな、しばらく休め愛子」
カリオストロが労うように愛子の肩に手を置く、今回に限らず、
ここ数日の激動の展開に彼女の精神が疲弊しているのは明らかである。
ならばと、ハジメが念話石を手に取る。
「さてと、魔法陣の場所も分ったし、ジータをそろそろこっちに呼び寄せるわ」
さて、崩壊前の神殿では、ジータとイシュタルの追いかけっこが続いていた。
「……美しい、なんと美しい娘なのじゃ、其方は」
「そ、それは分かったからっ!」
ジータの足下へ触手を這わせながら、喘ぐような口調でイシュタルは宣うが、
当のジータにとっては、こんな状況では嬉しくもなんともない。
「だが、いずれ其方も老いる……惜しい、何よりもその美しさが、
他の若者の物となるのが余りに口惜しい……ゆえに」
イシュタルの声が昂るに従い、触手の密度が増してゆく、
その触手の先端の皮が剥け何やら固くなっているのを察し、ジータは思わず視線を逸らすが。
それが却ってツボに入ったか、イシュタルの声がますます熱を帯びてくる。
「我に処女を捧ぐのじゃ、そしてその身を剥製とし、新たなる女神として
永遠の美しさを……」
そこで何かを思いついたかのように、イシュタルの今や申し訳程度となった顔が、
さらに歓喜に歪み、目が赤く染まっていく。
「おお!そうじゃ、其方をエヒト様の供物として捧げよう!さすればまた儂を再び、
元の姿へとお戻しになられる、いや今度こそ求めて止まぬ若さを!
強さを与えてくれるに違いない!あの天之河光輝のごとくに!」
また光輝か……どいつもこいつもと、ジータは思いつつも、
この時ばかりは、心から光輝に同情せずにはいられなかった。
「ならば試し腹を為さねばなるまい……其方は儂のみならず、
エヒト様の御子を生まねばならぬのだからな」
一旦動きが止まっていた触手が、毒蛇のごとく鎌首を上げていき、
ひぃとジータの喉が鳴る。
「ちょっとジータ!立派な刀持ってるじゃないの!それでチ〇コなんか
叩き斬っちゃいなさいよ!」
ジータが背中に装着している闇属性の刀、普天幻魔に注目し叫ぶ優花だが。
「やだよ!汚れる!」
「何雨の日にカサ差さない女の子みたいなこと言ってるのよ!」
少女ゆえの嫌悪感を隠さず即答するジータ、そんなこと言ってる場合じゃないだろうと、
ツッコミを入れる優花の身体は、イシュタルの戒めによって、
投球フォームのまま固まってしまっている。
そしてその時、ジータの足元が、いやテラスの床全体がひと際強く輝いたかと思うと、
蜘蛛の巣状に亀裂が走り、そして一気に崩壊を始めたのであった。
「やはり……これでは、この程度では不足でしたか」
妄念を隠そうともしない、イシュタルの姿を楽し気に観察していた幽世の徒が、
不思議気な、いや分かりきっていたとばかりに、
崩れ行く神殿と比例するかのように閉じてゆく空の裂け目へと視線を向ける。
蛇たちは、この世界の実質的な最高権力者であるイシュタルに注目すると同時に、
この神殿そのものが、強力な結界を発動させるアーティファクトであることにも、
気が付いていた。
ゆえに彼らはイシュタルを篭絡した後、この総本山に集う全ての聖職者たちに、
強力な儀式魔法、すなわち破堕の聖歌を奏でさせることにより、
その魔力を、自分たちが必要とする異界の力へと変換し、
強引に帰還のための門を開こうとしたのだ。
しかし魔力変換する際には、無視できぬ程のロスが乗じ、またその魔力を安定供給し、
かつ貯蔵する魔方陣も莫大な規模となる。そこでこの神殿に備わった、結界機能を、
一種の魔方陣と見立て、変換した異界の力を蓄積・供給するという方法をとったのだが。、
だが術を、聖歌を奏でる人間たちの方が、どうやら耐えきれなかったようだ、
魔力変換の負荷によるフィードバックが徐々に神殿に蓄積され、
それが限界を越えたと同時に、大聖堂に集った幾千もの聖職者たちが、
全身を塩の柱と化し息絶える、それは使い捨てることは前提でも、
蛇たちに言わせれば、想定を超えたレベルで脆かったと言うべきものであった。
ともかく、それにより術がキャンセルされ、その結果、結界が自動的に解除、消滅し、
想定外の異界の力を、それも異世界への門をこじ開ける程の力を浴びた神殿、総本山は、
ついに崩壊したのであった。
「いやはや無念、我が故郷への帰還が今度こそ果たせると思ってましたのに」
大して無念そうに聞こえない口調が、ジータたちの神経を逆撫でして仕方がない。
本当にどうでもいいのだろう、己自身すら大切に思わない存在だからこそ、
容易く人の心の弱さを嗤い、弄ぶことが出来るのだ。
「さて、これにて私は失礼させて頂きましょうか、あの何度も我々の計画を挫いてくれた
憎っくき聖女様にも、ご挨拶をせねばなりませんからね」
その言葉を聞いた瞬間、ジータの胸に言いようのしれない暗い何かが一瞬広がる。
あのジャンヌダルクと、この蛇は決して会わせてはならない、
そんな不吉な予感に襲われたのだ。
「では、またいず……」
蛇は最後まで別れの言葉を言うことなく消える、
また手裏剣でその首を刎ね飛ばされるのはごめんだとばかりに。
(力……戻って来てる、それに)
ジータは自分の身体に宿る温かい繋がりを、そう、ハジメへの繋がりを確かに認識していた。
「もう動けるよね!優花ちゃんっ!逃げるよ!」
先程までの触手に追われ逃げ惑う姿とは一変した、疾風の如き速度で、
ジータは優花を抱きかかえる。
「ば……ばかな…神山が崩れ……」
「雷迅!」
ありえない、自らの人生の象徴ともいえる神山の崩壊に、
明らかに狼狽、動揺を隠さぬイシュタルだが、
その様に忖度し、話に付き合ってやるほどジータは甘くはない、
彼女の指先から迸る、二度目の雷がイシュタルを打つ、今度の威力は掛け値なしの本物であり、
先程とは違い、イシュタルの身体がまさに雷に打たれたかのごとく、大きく揺らぎ、
さらに、その身体が彫像のごとく固まり、動きを封じる。
雷迅、この忍術は連続して使用することで、相手の動きを麻痺させることが出来るのだ。
そして神殿の崩壊はさらに進み、イシュタルは逃れることも叶わず、
その身体を硬直させたまま、瓦礫の中に消えていく、
その触手が、一瞬助けを求めるかのように震えたようにも見え……。
異界の蛇に翻弄された哀れな老人への同情が一瞬湧いたが。
しかし自分たちもそれどころではなかった。
「あらっ……あら、あらら、あらららららら~」
崩壊する急角度の屋根を、ジータは優花を抱えたまま、
重力と競争するかの如く一気に駆け下りる。
宙に投げ出されまいと、必死で足を動かすその姿は、
まるで緑ジャケット姿の某怪盗のようにも見えた。
(今はこれが精一杯……)
だが、無情にも、地面に到達する前に、屋根の方が先に崩壊を始める。
「わーーーーーーーーっ!」
完全に足場を失う前にと、迷うことなくジータは渾身の力で崩壊する屋根を蹴り、
宙にその身を躍らせる。
ぴょ~~~~ん。
まさしくそんな効果音に相応しい軌道を描き、夜空に飛翔するジータ。
同じく崩落していくの壁の欠片に一旦伸ばした足が付く、が、そこで勢いは止まらず。
さらにぴょ~~~~ん。
三段跳びの要領でさらに先へと飛ぶ、いや飛んでしまう。
その先にはしがみ付くべき望楼が、セオリーだと存在している筈なのだが……。
無情にも、彼女らの飛んだ先には夜空と月があるのみだった。
「ああああああ~~っ!」
満月を背景に、何故か自転車をこぐような仕草を見せるジータ、
自身が空中を移動できるということは、もはや完全に失念しており、
そんな彼女の姿に、優花は呆れ顔でより辛辣なツッコミを入れる。
「こんな時までウケ狙わないでなんとかしてよ、私よりずっと強いんでしょう!」
「そ、そんなウケ狙いだなんて、こっちも必死でっ……」
「じゃあなんであんな鳥の姿で潜入したりしたのよ!」
「ただの鳥じゃなくってヤンバルクイナ!」
「なおのこと悪いっ!飛べないじゃないの!」
地上への距離が近くなるにつれ、激化して行く言い争い、しかしそんな中、
ふと、自分たちの落下速度がゆるやかになってきているのに、彼女らは気が付く。
(重力魔法?でも何で?)
覚えのある感覚に首を傾げつつも、ジータはここでようやく、
自分が空中移動できることを思い出すのであった。
ふわりと空力と重力魔法の力で瓦礫の山へと降り立つ二人、
そこでハジメから念話が届く。
『無事か?ジータ、それから園部も大丈夫か?』
無事なことくらい分かるでしょうに、と思いつつ、
それでも労りの言葉に破顔し、ジータはハジメへと念を返していく。
『もう、ハジメちゃん遅いよ、あんまり遅いから……二人で先に逃げちゃったよ
それで?まさかそんな確認の為だけに、こんな通信したわけじゃないよね』
ジータの顔がいつもの柔和さを保ちつつも、その目は少しずつ鋭くなってゆく。
『ああ、大迷宮が見つかったんだ』
『ふーん、それで今から攻略しようってワケ?街がどうなってるか知らないわけじゃないのに?』
『違う、もう攻略は出来てるようなもんなんだ、詳しいことはこっちで話す、来れるか?』
一瞬、たじろぐようなハジメの声に、少し微笑ましい気分を覚えるジータ。
「優花ちゃん、ハジメちゃんが今からこっちに来れないかって、
ホラ……大迷宮見つかったって、愛ちゃん先生やカリオストロさんもいるから……」
瓦礫にもたれ掛かる優花に向かい手を伸ばすジータだが、しかし、優花の身体が小刻みに震え、
何より月明かりでも分かるほどに青ざめた顔が目に入ると、
そこから先を続けることは出来なかった。
「ご……ゴメン、私っ動け……」
(無理もないよね)
緊張が解けた途端、一気に恐怖が襲い掛かってきたのだろう、自分もそうだった。
と、あの奈落の穴倉での日々をジータは思い出す。
『優花ちゃん、ちょっと参っちゃってるみたい』
大迷宮も、燃える王都も大事だが、だからといって、
目の前ではぁはぁと息を荒げる優花を放っておくわけにはいかない。
ハジメにまた落ち着いたら合流するとだけ言って、ジータは念話を切る。
「ゴメンね、メチャクチャやって…怖かったよね」
「や……やめ、あっ……」
優花の身体の震えを止めようと、ジータは軽く優花の身体を抱くが、
優花はそれを反射的に撥ね退けてしまう。
「ち……違…ごめん」
「暫く、一人になる?」
周囲の様子や気配を確認し、ジータは優花に問いかけ、
それを受けて、優花は俯きながらもコクリと頷く。
「じゃ、そこの陰にいるから」
「あっ……あの」
「?」
「ゴメンね助けにっ……来てくれたのに、文句ばっかり言っちゃって」
優花のその言葉には、柔らかな微笑みのみで応じ、
ひとまずジータは物陰へと姿を隠す、彼女自身も一難切り抜けた安堵感を覚えながら。
しかし彼女は気が付いていなかった、迂闊にも先の結界に囚われた際、
常時発動のスキルがすべてリセットされていたことに。
従って気配察知はまるで為されておらず、ゆえに、優花の足元に、
例の悍ましき触手が忍び寄っていたことに、
気が付く者は誰もいなかった。
(ごめん……ジータ)
そう心の中で繰り返し謝りながら、優花が瓦礫にもたれ掛かった時だった。
「そ、そうじゃ、お前でも……お前でもええんじゃあ~~~」
そんな叫びと共に瓦礫を押しのけ、ぬらりと触手をうねらせながら、
全身を己の体液に染めたイシュタルが現れる、その身体には無数の傷が刻まれ、
かつ、何か所かは折れ曲がってはいけないであろう方向に、
折れ曲がってしまっており、例え魔物に変じていても、
生きているのが不思議なほどの致命傷であろうことは明白である。
「し、死にとうない、まだ死にとうない」
イシュタルもそれが分かっているのだろう、もはや自分の命が尽きようとしていることを、
だから足掻く、最後に残った原初の欲望を果たさんと。
「生娘の破瓜の感触を……」
触手が力なくだらりと地に揺れる、その様はまさに"もののあはれ"という言葉を、
思い起こさせてならず、だから優花はイシュタルのその姿に恐怖はまるで感じなかった。
「生娘の蜜の味を知らぬまま……死にとうはない、後生じゃ……」
哀願しつつ、ずりずりと力なく自身に迫るイシュタルを、
優花は醒めた哀れみの籠った眼で、後去りつつもただ見つめるのみだ。
「信仰を弄ばれた……哀れな老骨に……情け……を、蜜……を」
「そんなの……」
優花の手に愛用の投擲ナイフが握られる。
「死んでもゴメンよ、妖怪ジジイ」
そう言い捨て、汚れると叫んだジータの気持ちを理解しつつ、
ナイフを構えた時だった。
「危ねぇ!」
そんな叫びと共に、瓦礫を飛び越えた何者かが、
イシュタルへと、巨体を生かした重量感たっぷりの蹴りを放つ。
(ジータ?ううん違う、こんな大きな身体してないし)
何よりその声には聞き覚えがあった、そう、何度も教室で聞いた……。
で、その何者かは優花をその背に守るかのように、イシュタルへと立ちはだかるが、
どうやら守る必要はないようだ、イシュタルの頭部?は、
先程の一撃で完全にへしゃげて、目玉が半ば飛び出しており、
そこからさらに脳らしき物が覗いている。
「もしかして……坂上……なの?」
声もそうだが、自分の知る限り、これほどの体躯の持ち主は一人しかいない、
もっともその全身は、包帯でグルグル巻きとなってはいたが。
「ああ、久しぶりだな、園部」
振り向いたその顔も半分以上が包帯に覆われている、しかし、
その中でもわずかに覗く半顔は、そして眼差しは教室で見慣れた、
坂上龍太郎のものだった。
次回、龍太郎君の奈落体験レポート。