ありふれた錬成師と空の少女で世界最強【完結】   作:傘ンドラ

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しのぶさんもですが、楓さんも、コッコロも、兵長も、μ's一年生組も、
忘れちゃいけないガチャピンもといい、
風属性の配布キャラは皆優秀ですね……枢木スザク?聞かない名ですね。


敗れし龍

 

 

「なんでこんなとこにいんのよ」

「ああ……話すと長くなるというかさ」

 

瓦礫にもたれ掛かり、ゆっくりとではあったが、優花に事情を話していく龍太郎。

その足元には、念のために石で頭を潰したイシュタルだった物の骸がある、

そして彼らの背後には。

 

(どうして私、隠れてしまってるんだろう)

 

気まずさを覚えつつも、二人の会話に耳を傾けるジータの姿があった。

 

(盗み聞きなんて……良くないけど)

 

だが、あのホルアドでのひと悶着の際、自分を納得と悔しさと悲しさが入り混った、

そんな複雑な表情で見つめていた、龍太郎の顔を思い出すと、

どうしても屈託なく、こんなところで何してるの?と声を掛けられない自分がいた。

 

そんなジータの心情は露知らず、龍太郎の話は続く。

 

香織が、ジータが去り、そして光輝もあの日以来、一人で考え込むことが殆どとなり、

雫もまた剣の道にのめり込み始めたこと。

そんな中で自分だけが置いて行かれるような寂しさを覚えていたこと。

 

「それで……どうしたの?」

「俺は強くなりたかった、もっと強く……そうすることで」

「みんなの役に立ちたかったんだ、坂上は」

「そんないいもんじゃねぇよ」

 

夜空を見上げる龍太郎、その夜の色は、あの冬の夜の公園で見上げたそれと同じように思えた。

 

あの夜、どう考えても筋違いの決闘の立ち合いを求められた時には、

流石に彼も困惑したし、実際、自分なりに言葉を尽くして止めるつもりでいた、しかし。

 

『龍太郎、これはお前にしか頼めない、この決闘が公正なものだったという

証をどうか見届けて欲しいんだ、俺の一番の友として』

 

そう自分に懇願する光輝の姿、そして何より、"お前にしか頼めない"

"俺の一番の友"その言葉を耳にしてしまった途端、もう止めるという選択肢は、

龍太郎の中から消え失せてしまっていた、これは違うと分かっていながら……。

 

「結局、俺はアイツの……光輝の親友の立場を、アイツにとっての一番を、

失いたくなかったんだ」

 

ちょっと困った所もあるが、それでも自慢の、最高の親友から頼られるという、

立場を手放したくはなかった、そのことについて言い繕うことはない、

この男はそういうことはしないのである。

 

「アイツがどんどんどんどん先に行っちまって……ハハ、本当ならよ、

よく頑張ったなって、言ってやらなきゃならねぇのに」

 

今度は足下に目をやる龍太郎。

 

「でも、怖かったんだ、いつか俺のことを……もう必要としてくれないんじゃないかって

本当にアイツが、一人で何でもちゃんと出来るようになっちまったら……

俺にもう……頼ってくれないんじゃ……ないかってさ」

 

それはあまりにありふれた、思春期ゆえの誰もが持ち得る焦りだった。

急に自分以外がなんだかとても偉く思えて、そして次々と、

自分を追い越し大人の階段を昇っていく、そんな筈はないと頭では解っていても、

それでも、一人取り残されることに怯えずにはいられない、そんな……。

 

「光輝だけじゃねぇ、香織も雫もジータも……自分の道を見つけていく、けどよ」

 

俺にはこれしかなかったから、と、龍太郎は自嘲気味に笑う、

そう、結局のところ、自分には天之河光輝とその周辺しか無かった、

天之河光輝が光り輝く恒星なら、自分はその傍らに寄りそう衛星でよかった。

しかしその恒星は、いまや彗星となって、自分の前から、

より大きな未来に向い羽ばたこうとしているように思えてならず、

そしてその彗星に追いつく道は、一つしか、今以上これ以上に己を鍛え

強くなる道しか思いつかなかった。

 

龍太郎は自分の目の前で拳を握りしめる。

そうすることで自分から離れて行こうとしている友人たちを、

繋ぎとめることが出来ると思ったから、

自分の道を見つけて行く友人たちに追いつくことが出来ると思ったから。

 

 

あの、一番楽しかった、きっと何だって出来ると思えた、

そんな幼なくとも希望に満ちた日々に、また戻れると思ったから。

 

 

「それで……どうしたの?」

「もう、生半可なやり方じゃ強くなれねぇと思ったんだ、で……俺は」

 

奈落を、その底にあるという、ハジメが言う所の精神と時の部屋を目指し、

途中で怖気づいたが、幸か不幸か、地震に巻き込まれ、

そのまま地の底へと落ちてしまったことなどを、龍太郎は優花に話していく。

 

(精神と時の部屋?誤魔化すにしてももっと言い方があるでしょ、たく)

 

これはあとでハジメにお説教だと思いつつも、ジータは二人の背後で龍太郎の言葉を待つ。

 

「南雲でもあれだけ強くなれるんだからって……南雲でも生き残れるんだからって、

いくらジータが一緒にいたからって……そんな気持ちがなかったわけじゃない」

 

龍太郎は呻くように頭を抱える、そう、例え奈落の底に落ちても、

生き延びることが、辿り着くことさえ出来れば何とかなると、彼は思っていた。

しかし、それは余りに甘い考えだったということを、身を以って彼は思い知ることとなる。

 

「あそこは…地獄だった……あいつらどうやって生き延びたんだよ」

 

身を震わせながら、龍太郎は奈落での出来事を思い起こし、語っていく、

その姿は優花にとってあまりに小さく、弱弱しく見えて仕方が無かった。

 

 

やはりハジメ同様に、龍太郎も水の流れる音と冷え切った身体を撫でる微風に、

身震いする感覚を覚えながら覚醒する。

 

(ハーネスが潰れて……あの後)

 

ブンブンと頭を振って何とか、転落当初の記憶を取り戻そうとするが、

鉄砲水か何かに巻き込まれた先は、どうしても思い出せなかった。

 

「よく思い出せねぇけど、とにかく助かったんだな、っと」

 

ここで龍太郎は、自分が折角準備した荷物の殆どを失ってしまっているのを知る。

 

(荷物はパーか、水はいいとして、食い物が……)

 

それでも、生きているだけめっけものだと、素直に彼はそう思う。

 

「……はっくしょん! 寒みぃな」

 

身に着けた道着は、冷たい地下水を含み、じっとりと濡れて重くなっている。

ただ、せせらぎこそ聞こえるが周囲に水は無く、

その代わりと言っては何だが、自分の今座ってるあたりの砂地がぐっしょりと湿っていた。

 

一先ず火種を起こして、服と身体を温めつつ、龍太郎は周囲の様子を改めて確認する。

そこは明らかに人工物を思わせる、ドーム状の洞穴の中心部だった。

 

「なんか鉱山みてぇだな」

 

ポツリと感想を口にする龍太郎だが、奇しくもその感想は、

当たらずも遠からじ、このオルクス大迷宮は、建造にあたっては、

様々な実験的要素が取り入れられており、

その中には残りの大迷宮の雛型となった物も少なくはない、

ここは構築途中で放棄され、いわば廃坑となった、それらの中の一つである、

 

もちろん彼は、そのことを知る由もなく、

そしてその廃坑は、今や大迷宮を越えた魔境、すなわちさらなる異世界、

空の世界へのリンクが繋がりつつあったことも、当然知る由もなかった。

 

「やるしかねぇな」

 

墜落死を免れ、何とか奈落の底に着いたのだ。

あとは……南雲ハジメが得たという強さの源を、精神と時の部屋を探し求めるのみだ。

とはいえど。

 

「どう食いつないでも……三日、か」

 

唯一残った、腰に結わえ付けていたポーチの中の非常食を地面に並べ、

険しい表情の龍太郎、三日以内に目的地に辿り着くか、

現地補給が出来なければここで日干し、いや陰干しだ。

しかし希望がないわけでもない、ハジメとジータの二人も確か食料は持っていなかった筈、

ということは目指す目的地は、ここからそれほど離れているわけでなく、

遠くても数日内に辿り着ける位置にある筈、あるいは食料の現地補給が可能ということだ。

 

(魔物肉は猛毒だって言ってたな、確か……魚でも獲ってたのかな?)

 

幸い水場はある、ここを拠点に探索を進めていければ……。

 

ともかくポーチの中に溜められるだけ水を汲もうと、闇に慣れた目を凝らし、

龍太郎はせせらぎの聞こえる方向へと足を進ませる、と、せせらぎに混じり、

フゴフゴと何かか鳴るような音も耳に入る、それは生き物の吐息の様だった。

 

(魔物か……)

 

龍太郎は一度後ろを振り向くが、迷いを断ち切るかの如く、頭を僅かに振ると、

両の拳を握りしめる、それにもとより一本道だ、後退はない。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ずってな」

 

その判断に、あの南雲ハジメでも、極端なまでのステータスの低い生産職だった、

彼であっても生きて戻れたという、僅かながらの油断が、余裕が無かったかといえば、

それは嘘になる。

 

ともかく龍太郎はファイティングポーズの構えを見せたまま、

ゆっくりと坑道の中を進んでいく、と、相手も龍太郎の存在に気が付いたのだろう。

むくりと影が揺れ動く、それは巨大なキノコに、申し訳程度の手足が生えた、

どことなくユーモラスな姿をした魔物だった、

その足元には恐らく捕食したのであろう、バッタのような魔物の残骸がある。

 

ふごふごと、キノコは吐息と共に胞子を撒き散らしながら、

ヨタヨタと龍太郎へと突進していく、だがその動きは極めて遅く、

今の龍太郎の速度ならば、余裕で回避が可能であった。

 

「遅せぇよ」

 

そんな一声と共に、龍太郎はキノコに足払いをかけ、

水場への到着を優先しようとしたのだが。

キノコが地面に叩きつけられた瞬間、その身体から大量の胞子が撒き散らされ、

それを浴びた龍太郎の身体が、炎に包まれた。

 

「ぎゃああああああ!かっ、香織ぃ~~火を……」

 

予想外の攻撃、何より熱さと痛みに耐えかね、地にのたうちながら、

そこまで言いかけてこの地の底で今、自分が一人ぼっちだということを再認識する龍太郎。

 

「おおおっ!」

 

雄叫びを上げながら、地を転がり、必死で身体の炎をなんとか消そうと、

そして魔物から逃れようとする龍太郎。

ここで魔物の追撃を受ければ、ひとたまりもない、しかし。

魔物キノコは龍太郎には、それ以上興味を示すことなく、

そのまま何事もなかったかのように入れ違うように、先へとまたよたよたと進み。

 

そしてその姿がかなり小さくなった頃、

地面が砂地で、かつ大量の水分を含んでいたのも幸いしたのか、

龍太郎の身体の炎もなんとか消しとめることが出来たのであった。

 

「……ひでぇ、姿だ」

 

一難去ったのを確認し、岩肌に片腕をつくと、呼吸を整えながら龍太郎は独り言ちる。

 

身体そのものには重大なダメージは入ってはいない、しかし、

身に纏っていた道着は完全に燃え落ち、今の龍太郎は武器である籠手と靴を除き、

全裸という惨めな姿となっており、かつその皮膚は火傷でただれ、

髪も焦げてチリチリになっているのが、鏡こそないが自分でも理解できる、しかも。

 

「ううっ……みずぅ、くそっ!」

 

火傷の影響か、龍太郎は強烈な喉の渇きを覚え始めていた。

だが、自分の手元に水は無い……これには元来楽観的な性分の彼とはいえど、

暗澹たる想いと焦りを抱えずにはいられない。

駆られるようにせせらぎを求め、龍太郎は幽鬼のようなボロボロの姿で、

ひたすらに坑道の先へと進んで行く。

 

そしてようやく水の匂いが鼻腔に届き始めた頃であった。

 

「!!」

 

水の匂いに混じった、生臭い臭気に龍太郎は我に帰る。

迂闊だった、渇きと痛みに気を取られ、魔物のテリトリーに何時の間にか、

侵入してしまっていたようだ……岩肌に溶け込んでいたかの様な巨体が、

ゆっくりと龍太郎へと向き直る。

 

それは全長数メートルにも達する巨大なカンガルーだった。

ただしその身体は筋骨隆々にして、その目は爛々と光り、

口からは牙が覗いている、そして、それらを差し引いても、

異様なまでに発達した両拳にはバンテージが巻かれており、正直なところ、

巨大カンガルーという一言で表していいのかどうか分からない。

 

だからだろうか?龍太郎は不思議な感覚を覚えていた、先程のキノコもそうだが、

ここの魔物はどうも、これまで自分たちが戦ってきた魔物とは、

いや、それ以前にこの世界の魔物とは何かが違うと。

 

後に龍太郎の感じた疑念は正しかったと証明されるのだが、

しかし、今はそんなことを考えるべき時ではない。

 

全身の痛みを堪えつつも、迎撃の構えを取る龍太郎。

それに応じるかの如く、鼻息も荒くカンガルーは前屈姿勢を取った瞬間、

何かが龍太郎の顔を掠め、そして遅れて聞こえる風切り音と、足下に小さな何かが落ちる感触、

その、ボトリと自分の足下に落ちた何かを凝視する龍太郎……それは自分の耳だった。

 

「うっ……うわああああああっ!」

 

信じられない、あってはならない、自身の常識を超えた未知の一撃に、

恐慌の叫びを上げる龍太郎、しかし、目の前の魔物はそんな彼に忖度することは一切なく、

その巨体からは信じられられないような速度で、そしてその巨体に相応しい重さの、

ラッシュを次々と龍太郎の身体の正中線に叩き込んでゆく、

自身の骨が臓器が砕け潰れる音を、龍太郎は確かに耳にしていた。

 

(何だコイツ……一撃が重すぎる……何より速すぎる)

 

全身の火傷に加え、複数個所の骨折さらに内臓損傷、

普通なら瀕死と言っていい状態ながら、チートの耐久力に任せ、

龍太郎は未だに膝を屈さない。

 

(アバラ……何本か逝ったか)

 

呼吸を行うたびに、鉄臭い味が喉や鼻の奥から口の中に広がる。

だがこれくらいなら……と、頼れる自分の幼馴染である、香織に治療を頼もうとし、

 

ここには自分一人しかいないことを、勇者も剣士も治癒師もいないことを、

改めて認識し、その瞬間自身の背中に言い様の知れない不安と、震えが走る。

 

ひぅと、龍太郎の唇から喘ぐような息が漏れる、

それは明らかに恐怖の色が混じっていたが、それでも龍太郎は退こうとはしない、

いや、出来ない、彼のこれまでが、自身の鍛錬の日々がそれを許さない。

 

カンガルーの背後に薄く光を放つ水面が覗いていることも、龍太郎の焦りに拍車をかける、

早急に水を手に入れられなければ、どの道自分は終わるのだ。

 

よろよろと龍太郎はまた構えを取る、しかしそれはこれまでの構えとは、

自身が得意とする"縮地"を生かし後の先を取る、いわゆるカウンターのそれとは、

いつか天之河光輝に届くために磨いてきた物とは異なり、

自ら攻めに転ずるための構えである。

 

もはやマトモに殴りあっても勝機はない、しかし先へは進まねばならない。

通路を塞ぐかの如きカンガルーの巨体、だが、いかに巨体とはいえ、

その頭上には空間が広がっている。

 

(俺の身体が、手足が無事なうちに……動けるうちに)

 

そこを跳躍し、着地と同時に縮地を使えば水場まで逃げ切れる筈、

それが龍太郎の出した答え、そしてその答えをなぞるかのように、

文字通り最後の力を振り絞り、渾身の力で跳躍する龍太郎……。

 

しかし、焦りゆえに龍太郎は失念していた、相手はカンガルー、

跳躍はお手の物だということを、まさにそれこそが相手の狙い通りであったことを、

すでに跳躍し、ほぼ無防備な状態で、獲物を狙い光る瞳を前にして、

ようやくそのことを彼は察したが、遅い。

 

かくしてまさにあらかじめ読んでいた、としか思えないタイミングで放たれた、

その威力は先程のラッシュの数倍に達するであろう対空アッパーが、

龍太郎の胸部に炸裂、いや突き刺さった。

 

(ぐっ……ふ)

 

"金剛"を以てしても相殺しきれない一撃に、残ったアバラが全て砕け、

それのみならず肺までもが潰されたことを、

激痛と衝撃の中で龍太郎は自覚する、そして地に堕ちた彼の口から、

噴水のように鮮血が噴き出していく。

 

(俺……死ぬのか……)

 

ずりずりと地を這いながら、痛みで鈍った頭でぼんやりと考える龍太郎。

事実、カンガルーは牙のみならず舌までも剥き出し、

自身へと迫る姿が血に染まった視界の中でも確認出来る。

 

(畜生……魔物の……エサか)

 

だが、何かを察知したのか、それともエサとしては好みに合わないのか、

カンガルーはそれ以上は先に進まず、

すでに倒した相手に興味はないとばかりに、踵を返して行く。

 

(た、助かった……のか?)

 

あるいは見逃されたか、しかし今となってはどちらでもいいことだ。

文字通り、まさに転がるように龍太郎は水を求め、先へと進んでいく。

そしてついに眼前に水が、学校のグラウンド程の大きさの地底湖が広がる。

その湖底はうっすらと白く光っており、流れが強いのか、

底の砂地がうねっているのがわかる、その透明度の高さはまさに、

高原の湧き水を思い起こさせた。

 

「み……みずぅ」

 

本来なら水質云々の話になるのだろうが、もう龍太郎にはそんな余裕は一切ない。

ただ水面に顔を浸し、思う様冷たい水を、喉に滑り込ませ渇きを癒そうとする、しかし。

 

「がっ……ガハッ…グッ」

 

そこで顔面を襲った強烈な痛みに、咽かえる龍太郎、水面に自分の顔を映すと、

そこには小さな蛆のような虫が、自分の顔面に喰いつき、

体内への侵入を果たそうとしている姿が映っていた。

 

「おおおおっ!」

 

叫びと共に顔の皮膚ごと蛆を毟り取る龍太郎、しかし蛆は一匹だけではない。

それこそ糸屑のような細かいサイズの蛆から、大きい物ではミミズサイズの線虫が、

水に紛れて龍太郎の身体に纏わりつき始めており。

さらに彼の血の臭いを嗅ぎつけ、湖底からも無数のミミズモドキが、

線虫が彼の身体を喰い尽くさんと浮上し始める、

そう、あれは砂が流れで動いていたのではない、獲物の訪れに蠢く蟲たちの群れだったのだ。

 

「おっ……ほっ…」

 

もう叫ぶ気力も体力もないのか、途中からは龍太郎は無言で線虫を払い落とし、

潰していく、水が無ければ動けないのか、払い落とされた線虫どもは、

地面に触れるとそのまま縮こまり動かなくなり。

そして龍太郎もまた、その場で蹲り、動くことは無くなった。

 

火傷に加え、全身の骨を、臓器を破壊された痛みと、

そして火傷が引き起こす強烈な渇き、

なのに水はすぐそばにあるにも関わらず、飲むことが叶わない。

さらには線虫に自分の身体を喰い尽くされるかもしれないという未知の恐怖。

それらは、彼の心を折るには充分だった。

……しかし、まだ彼は知らない、地獄は始まったばかりに過ぎなかったということを。

 

「……」

「で、でもさ、良かったじゃん……こうして生きて戻ることが出来……」

 

そこで優花は龍太郎の包帯の下の傷が、処置こそされてはいるが、

全く癒えていないことに気が付く、肌は火傷で爛れたまま、

砕けた骨は何か所も皮膚から突き出しており、そして腹部には穴が開いていた。

 

「アンタ……それ」

 

思わず言葉を詰まらせる優花、そして、包帯に包まれていても分かるほどの、

悲痛な表情を浮かべる龍太郎。

 

「ああ…俺は生きてなんかいねぇ、ただ死んでねぇ……だけなんだ!」

 

龍太郎は懐から一枚のカードを―――豪奢な箔に飾られた、

タロットカードを取り出す、星を従えた戦士の絵と共に、

XVII THE STARと記されたカードを。

 

「このカードが……俺を死なせてくれねぇんだ!」





序盤で匂わせておいて、ようやく出せたアーカルムカード。
その犠牲……いやいや契約者は龍太郎君ということに相成りました。
というわけでそんな彼の奈落体験記、ここまでいかがだったでしょうか?
ハジメが落ちた奈落とは正確には違うんですけどね。

キノコについてはオリジナル要素を入れてますが、
カンガルーについてはアーカルム周回でよく出会うアイツです。
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