カリオストロと檜山との戦闘は続いていた。
「みんなぁ~~~聞いてくれぇ」
檜山の嘲り交じりの叫びと共にまた黒光が街を、建物を貫いてゆく。
「南雲ハジメのせいでまた街が壊れていくぞぉ!なんて悪い奴なんだぁ、南雲って奴ぁよぉ」
「お前大丈夫か?」
「ああ、俺がこうなったのは南雲のせいだからな、だから今こういう事になってるのも
当然南雲が悪いに決まっているだろう?……それによ」
それは凶行を世間の責任へと転嫁する、犯罪者の心理そのものであり、
さらに檜山が思い出すは、あのグリューエン大火山のでの決闘での光景。、
完膚なきまでに叩きのめされ、地に這う己を冷ややかに見つめる南雲ハジメのその視線、
溶岩の炎の光に照らされたその白い顔……そこから伝わる言外の、
すなわち南雲ハジメから檜山大介への、己へと向けた感情を彼は敏感に感じ取っていた。
「アイツは俺を許しやがった!無能のクズの分際でっ!俺をっ!許しやがった!
情けを!哀れみを掛けやがったんだ!こんなことがあっていいとでも思っているのかよ!」
プライドを、いやプライドともつかぬ何かを必死で繋ぎ止めんとするかのように、
檜山は吼える。
「下等な南雲が俺を許したから今こうなってるんだ!これは当然の結果なんだ!
無能には何も掴めねぇ、守れねぇってことを俺はちゃんと証明しないとならねぇ
それがあるべき正しい形ってやつだからな、先生よぉ!」
「檜山君……君がままならぬ色々な何かに憤っていたことは理解できます」
剥き出しの憎悪をぶつけられながらも、愛子は何とか言葉を紡いでゆく。
「ですが、だからといって、それを誰かを傷つけることで解消したり、
まして……自分の犯した罪から目を背けては……」
「罪だぁ?だから俺は何も悪いことはしていねぇ!南雲をブチ殺すことの何が悪いんだ!」
愛子の切々とした言葉は、檜山の怨念の籠った叫びによって掻き消される。
「むしろ俺はなぁ感謝されるべき存在なんだよ!あの目障りな南雲を、
始末してやったんだからな、それも後腐れねぇやり方でよぉ!
なんで俺を誰も褒めてくれねぇ!汚れ仕事だけさせやがって、
用が済んだら使い捨てだ!許さねぇ!」
そうだ、そもそもバレる筈がなかったのだ、それをあのおせっかい焼きが……。
「蒼野の奴さえいなきゃ……俺は今頃ヒーローだ」
そうだ、アイツが南雲と一緒に落ちなければ、俺はあんな……
その後の王宮で味わった喰われる側の恐怖を、檜山は思い出す。
あんな目に遭っていいのは、遭うべきは南雲ハジメだけであるべきなのだ。
「無能は無能のままで這いつくばる様に生きて行きゃいいんだ!」
下を踏みつけることで、自分本来の価値を考えずに済む。
「どうせ全部天之河のもんなんだろうが!」
上を直視しないことで、努力をせずに済む。
そうやって逃げ続けた先にあったのが、現在の自分の立ち位置だという事に、
当の本人はまるで気が付いていない。
「自分の転落を……人のせいにしないで下さい……」
声こそ小さいが、その目は溢れんばかりに放たれる憎悪のオーラにも気押されず、
しっかりと檜山を捉えて離さない。
「君は結局、変わる事を拒否して、変わっていく何かに目を背けて……
ただ今までに固執しただけです」
歩むことを止めてしまえば、後から来るものに追い越される、当たり前の話だ。
そう思いつつも、愛子の声には限りなき悔恨の念が籠っている、
現実から目を背けさせず、変わるべき道へと子供たちを導くことこそ、
教師の、大人の務めだった筈だというのに……。
そう、異形と成り果てた檜山の姿は、愛子にとってはいわば罪の証だった。
それでも、いや……だからこそ目は背けない、ここには、この世界には、
都合よく罪を背負ってくれる魔王様はいないのだから。
「もう……君を裁くことしか先生には出来ません、
君は余りにも多くの罪を犯し過ぎています」
だから……せめてその裁きが救いであって欲しいと思う、
しかしそんな愛子の願いは、檜山の予想外の言葉によって半ば断ち切られる。
「テメェだって俺を死刑にしようとしたクセしやがって!」
「おい!愛子はテメェを守ろうとしたんだぞ!」
すかさず指摘するカリオストロ。
そう、事実はむしろ逆である、確かに厳罰を主張したのは事実だ。
しかしそれはあくまでも、後に遺恨を残さぬための方策としてである。
死刑など決して望まない。
だからこそ、イシュタルに死刑を仄めかされ、結果、
あの片手落ちの判決を呑まされることとなったのだから。
「誰に聞きやがった……」
しかしカリオストロの言葉は、黒光の発射音に掻き消される。
しかもどうやら狙いの要領を心得つつあるらしい、一筋の光が王宮へと向かって飛んで行き。
念話石から優花の悲鳴が漏れる。
『オイ!無事かっ』
『わ……私たちは大丈夫、けど……』
放たれた黒光が王宮のバルコニーを掠める、
そこには炎上する街と被災者たちを見下ろす
リリアーナたち、王室の生き残りらの姿があった。
「ランデル、怯えてはなりません」
将来の国王たる弟の怯えを見て取ったか、リリアーナはすかさず叱責の声を飛ばす。
「それが王族たる我らの宿命にして使命」
煙が晴れ、バルコニーのリリアーナらが健在であることが分かると、
一瞬静まり返った王宮から人々の歓声が上がる。
「私たちは在り続けねばならない、王室、そして人間族健在の証として……さぁ」
リリアーナはランデルに民衆たちに手を振る様に耳打ちする。
未だ震えを抑えきれぬ、そんな仕草ではあったが、何とか笑顔を作り手を振ると、
また歓声が一際大きくなる。
そんな民たちの圧に気圧されたか、後退ろうとするランデルの背中を
リリアーナがぐいと押す、下がるなとばかりに。
「私たちが逃げるのは……一番最後です、王族たる者、臣民を置いて行くことなど、
決して許されないのですから」
この王都が陥ちることなどあり得る筈がない、しかしもしもの時は……。
リリアーナは傍らのメルドへと目配せをする。
(王都が灰となった時は、私たちは運命を共にする事で国民への責任を……、
そしてあなたは生き残る事で王室への責任を果たすのです、ランデル)
一方、リリアーナらの無事を知り、ほっと胸を撫で下ろすカリオストロだったが、
今度はその愛杖が、まるで催促するようにカタカタと震え始める。
「落ち着けウロボロス……これは愛子のやるべき事だ、いや、だからこそか」
自身の相棒たる機械生命体が、愛子にもよく懐いている事は承知の上で、
カリオストロはウロボロスをあえて抑える。
「それに……もう大丈夫だ……オレ様たちの、愛子の勝ちだ」
愛子の準備が整ったことをウロボロスに教えてやるカリオストロ。
「遠くばかり狙ってぇ、足下がお留守だぞー大介お兄ちゃんっ」
檜山は気が付く、愛子の足下から生えた蔦が自分の身体に纏わりつきつつあることを。
その蔦は二種類の植物を掛け合わせている、一つは自然界の魔力を感知し、
その方向へと蔦を伸ばす習性がある植物、そしてもう一種類は、
魔力を吸収することで繁殖力を増す植物である。
地球の植物でいう所の竹と葛を加えたような習性を持つに至った植物は
さらに愛子の技能である、"成長促進"によって急速にサイクルを増し、
檜山の身体を覆いつくしていく。
さらに吸収した魔力で以って強靭な地下茎を広げるこの植物は、
カリオストロのバフの効果も相まって、
檜山の動きをも拘束して離さず、ならばと檜山が魔法を使って焼こうとしても、
灰の中から次々と発芽し、瞬く間に青々とした葉を広げていく始末だ。
檜山は空間魔法を行使し、生い茂る蔦をなんとか振り払おうとするが、
転移する先々へと蔦は追いすがり、檜山の身体を拘束していく。
なら、直接操ってる奴を何とかするのみだ。
黒鎧の胸部が光り、黒光が愛子目掛け放たれる、しかし。
「来ると分かっていれば防ぐのは容易いわ!」
その光線はティオの障壁により防がれ、その背中で息を呑む愛子、
単に戦闘の中での一行為と見るなら、単に檜山の攻撃をティオが間に入って防いだ、
それだけだが、この行為には重大な意味がある、
一切の躊躇なく檜山は愛子を敵と認識し、標的としたという事実が。
「……檜山君」
「そこまで堕ちたか……愛子はお主を今も案じておるというのに」
「案ずるだぁ!上から情けを掛けてるの間違いだろうがよぉ!」
檜山に取っての人間関係は見上げるか見下すか、どちらかである。
それは近藤ら悪友ら相手でも変わらない、
だから思いやりという感情を理解できない、
彼に取って情けをかける事は侮りであり、情けを受ける事は屈辱でしかないのだ。
「殺してやる!俺をバカにして、嘲笑った奴らは全員殺してやる!
南雲だけじゃねぇ!礼一のようにな!」
「今……何と……」
信じ難き言葉に愛子は息を詰まらせる、
まさか……ハジメを狙うだけでは飽き足らず、クラスメイトであり友人の一人をも、
この目の前の少年は手に掛けたというのか?
「ああ、何度でも言ってやる、近藤礼一は死んだぁ!
殺したのは俺じゃなくって中村だけどな、だから俺は無実だぜ」
「中村さんが何かしたというのですか……まさか……」
お前気が付いてなかったのか?と言わんばかりに、
檜山は愛子へと顔を向ける、優越感に満ちた笑顔を添えて。
「ああ、色々と俺に教えてくれたぜぇ~お前が俺を死刑にしようとした事とかよ」
「だからそれはっ!」
「それに魔人族だって中村が手引きしたんだぜぇ!その裏にいるのはよ」
聞かれても無い事をペラペラと檜山は喋る、だから気が付かなかった。
「神様……エヒト様とアルヴ様ってことか」
いつの間にか自身の背中に、カリオストロが乗っかっていたことに。
「人間チェスなんざ悪趣味の極みだがな、そのチェスの駒に自ら志願するたぁ
悪趣味以下のバカの極みだな」
心底呆れた顔を見せつつ、カリオストロが指を鳴らすと、
それだけで檜山を覆う黒鎧の脚部を囲うように魔法陣が展開される。
「良くやったぞ愛子にティオ、あとはオレ様の仕事だ」
檜山の貯め込んだ魔力はすでに許容量まで下がっている、術の行使に何ら問題はない。
「α崩壊レベル上昇、β崩壊レベル上昇……」
全身を拘束され、それでもカリオストロを振り落とさんと巨体を捩る檜山、
しかしそれには一切構うことなくカリオストロは術式を超高速で展開してゆく。
(見様見真似で上手く行くか……)
カリオストロが行使しようとしているのは、錬金術における極致の一つである、
『存在崩壊』文字通り精神や魂すら含む、"存在"を崩壊させ、
自在に再構築させることにより、存在を自在に操る、いや掌握する事が出来る術である。
例えるならば、りんごジュースが入ったミックスジュースから、
りんごジュース以外の"存在"を全て崩壊させることで、
りんごジュースに戻すことができる術、といえば多少は納得できるだろうか?
もっとも一歩間違えれば、崩壊ならぬ分解の余波によるエネルギーの暴走により、
周囲一帯は文字通り消滅してしまうわけであり、ましてカリオストロ自身、
見様見真似という通り、成功する保証はない……それでも。
(なんでオレ様、こんなに懸命にやってるんだろうな……)
正直、殺すだけならワケが無いのだ、それにこの男を生かした所で待っている運命は……。
しかしそれでも愛子の顔を見ると、何故か"仕方ない、何とかしてやろう"
という気持ちになってしまうのだ、その理由は分かっている。
「……どこか似ているからかも知れねぇな」
遙かな昔、全てに見捨てられた地獄の日々、そんな中、たった一人だけ支え、
信じてくれた……もう今は記憶の中にしかいない、大切な……。
「止めろおぉぉぉぉぉっ!頼むっ!強いままで死なせてくれぇっ!」
カリオストロが何をしようとしているのかを察知した檜山が悲鳴を上げる。
奪われていく、消えていく……自身の力の根源が。
「いやだーっ!喰われる側にはもう戻りたくねぇーっ!」
そして、光と共に黒鎧が、己の力の象徴がついに砕け散り、
自身も光に呑まれていく感覚を、檜山は覚えていた、
それは彼の妄念もまた、終焉を迎えた証でもあった。
(俺の……南雲を殺す力がっ……消え……)
肉体と一体化していた黒鎧を失った檜山の姿は、傷だらけであることを差し引いても、
余りにも貧弱なように愛子たちには思えた。
「さーて、テメェは愛子を悲しませ過ぎた……」
檜山のボロボロの白髪を掴み、カリオストロは凄む。
「けどな、そんなお前でも愛子が願う以上、死なせるわけにはいかねぇんだ」
少なくとも今は……カリオストロは愛子を促す。
「檜山君には今度こそ、ちゃんと裁判を受けて貰います
この世界において、この世界の住人に対して行った罪は、
同じくこの世界の住人によって、まずは裁かれるべきです」
愛子の口調は、例えそれがどの様な判決であったとしても、
例え、教え子が刑場の露と消えることになったとしても、受け入れる、
いや、受け入れざるを得ないという、強い意思と覚悟に満ちていた……。
もっとも、その結果下された決は、愛子の想像を超える過酷な物となるのだが、
それについてはもちろん今は知る由もない。
「……私たちが…どうするのかはそれからの話です」
「しかしの……どうせこやつは……」
「それでもです!」
ティオの言葉を掻き消すように愛子は叫ぶ、言わんとしている事など、
百も承知とばかりに。
「……せめて糧になるんだな」
カリオストロはそれだけを呟くと、檜山の身体にポーションをぶち撒ける。
煙を上げて檜山の身体に刻まれた傷が修復されて行く。
しかし、傷は治っても、失った生命力そのものは補填出来ない。
カリオストロの目には、檜山の命はすでに風前の灯にしか見えなかった。
カリオストロの掌が光り、檜山の身体を石像へと固めてゆく。
そして、そんな彼らの視線の先、魔物たちが殺到しつつある城外にて、
巨大な光の柱が立つのであった。
そこで時間は遡る、カリオストロらと檜山が火花を散らしていた頃。
龍太郎に教えて貰った集合場所に辿り着いたハジメたちが見た物、
そこにあったのは……。
「で……一体、どうなってるんだ?」
檜山が迎える運命については本章の最後に語られることになるでしょう。
今回思ったのですが、原作におけるハジメの存在ってある意味では必要悪でもあるんですよね
ハジメが泥を被ることで、結果的に他のキャラが嫌な目を見ずに済んでいる側面も
確かにあると思うので。
もっともハジメの判断基準に問題があるといえば、そうなんですが。
そしていよいよ次回から勇者編です。