魔界都市ブルース 幻夢の章   作:ぶゃるゅー

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超絶不定期更新のつもりです


プロローグ:幻想行

 その日、博麗霊夢は日常が突如混沌へと埋没した事を悟った。

 朝、いつものように境内の掃除をしていると、朝靄の中、外界を向いている鳥居から人間が―― いや、それを人間と言うべきかどうかも分かりはしない。

 輝きであった。

 人の形をしたかがやきが、鳥居から飄然と姿を現したのだ。

 彼の事を知らぬ者なら、そのかがやきを天使か何かと見間違っても仕方が無いだろう。

 顔の形、目鼻立ち、パーツの形や配置、髪の一本一本、耳や眉すらも美しい。

 神々が命を賭して考え抜き、顕現させたとしか思えない造形であった。

 ここに霊夢しかいなかったのは幸運と言って良い。

 並の人間であれば、彼の姿を認めただけで、その美しさの余り卒倒しかねない。

 空を飛ぶ程度の能力を持っているからこそ、彼女はかろうじて平静でいられるのだ。

 それ程までに彼は美しく存在していた。

 ただし、服装は黒ずくめのコートにシャツ、スラックスである。全身黒とはかなり挑戦的なファッションだが、それもまるで彼の為に存在しているかのようで、その美しさを損なうことは無かった。

 

「あれ?」

 

 黒衣の美が最初に口にしたのは疑問だ。

 ちゃんと焼いたはずのせんべいの味が思わしくなかったみたいな、疑念に満ちた――しかしのんびりした声音であった。

 そこに霊夢が遠慮無く近付いてきて言葉をかける。

 こちらも仕舞っておいたせんべいが湿気っていた時のような、少し不機嫌そうではあるが素の口調だった。

 頬がやや赤く染まっているものの、この若者を前にして平然としていられるのは、さすが博麗の巫女としか言い様が無い。

 

「あんた誰」

 

 問われた若者は、辺りを興味深そうに見回し、

 

「ここは幻想郷?」

 

 と質問を返した。

 

「幻想郷の博麗神社よ。あんた妖怪?」

「いえ」

「とても人間には見えない綺麗さだけど。何の用」

「仕事です」

「幻想郷まで仕事に来るの、外の人間は」

「人捜し屋で」

「なにそれ」

「人を探して料金を取ってます」

「妙な商売ねえ」

「はぁ」

「で、結局あんたは誰で、どうやってここに来たの?」

 

 美しき若者は、春霞のような微笑を浮かべつつ名乗った。

 

「秋せつらと言います。方法は――まぁ、知り合いの伝手でして」

「秋? 変な苗字ね。ここはね、外界の人間が観測できる地域じゃないの。あんた怪しいわ」

 

 秋の女神である姉妹が聞いたら激怒しそうな事を言うと、霊夢は懐疑的な視線を目前の美影身へ向けた。

 顔がまだ少し赤いのは、せつらの美貌の前であるし、少女らしい愛嬌と言うべきだろう。

 〈新宿〉のガイドブックに小さな――写真ですら無い――()()()()が載っただけで〈区外〉の人間を狂乱に陥れた美貌の被害者としては、最も軽微な物だ。

 

「あの、決して怪しい者ではありません。僕は〈新宿〉から人を探しに来たんです」

「しんじゅく」

「魔界都市とも言われていますが」

「都市じゃなくて辺境だけど、魔界なら行った事があるわ。じゃあ、あんたは魔界人ってわけ」

 

 せつらは魔界人と言う呼称に疑問符を浮かべたが、〈新宿〉を囲む〈亀裂〉の外ではそんなものかもしれないなと思ったのか、

 

「ええ、まあ」

 

 と曖昧な返事をした。

 

「ふーん。目的があるならさっさとここから出てってよね。参拝者でも無いんなら掃除の邪魔だもん」

「参拝したらお話を聞かせて頂けます?」

「きちんと参拝するって事ならね。素敵なお賽銭箱はあちら」

 

 取り付く島もない紅白の少女の様子に、黒衣の若者は少し考え込んで、財布から5円玉を取り出した。500円や100円でないのは、単にケチっただけである。

 年商3000万を誇るせんべい屋を経営していながらこのケチ臭さと言うのは――否、ケチ臭いからこそ年商3000万なのだろうか。

 賽銭箱にそれを投げ入れると、上機嫌の霊夢が声をかけてくる。

 先程までとは真逆の態度に、中々商魂たくましいな、と若者は感心したようだった。

 

「人捜しって言ってたけど、見つかるものなの」

「一応」

「暖簾に腕押しみたいな人ね」

「はぁ」

 

 確かに、霊夢の周辺では見ないタイプの性格である事は間違い無い。

 いくら綺麗でも、覇気がまるで無く茫洋としているし、返事もつかみ所が無い。彼の「はぁ」は、時と場合によってあらゆる意味に変化する。

 それでも幻想郷で知られている者で例えるなら、男性の西行寺幽々子、眠そうな紅美鈴、やる気の無い永江衣玖、あまり言葉を尽くさないドレミー・スイートと言ったところか。

 

「ところで、こちらの人物を幻想郷で見かけた事はありませんか」

 

 せつらが何枚かの写真を取り出して霊夢に見せてやると、その眼が大きく見開かれる。

 彼女の知る人物だったのだ。

 それを察したせつらは、仕事が思いの外早く片付きそうな気配に、

 

「ツイてる」

 

 と小さな声を発した。

 写真にはそれぞれ、レミリア・スカーレット、アリス・マーガトロイド、八意永琳、そして聖白蓮の姿が映っていた。

 ここで初めて、霊夢の表情に警戒の色が浮かぶ。

 当然だ。彼女達は、ほとんどが過去に起きた異変の首魁、乃至それに準ずる者達だ。

 

「この連中を探してるのは誰?」

「企業秘密です」

 

 黒衣の美しき若者は、殆ど反射の域で即答した。

 一切の間を取らずに放たれた言葉は、余程使い慣れた科白に違いない。

 

「まともな人間なら、こんな奴ら関わるのも嫌だと思う。そして、そいつらを探すあんたもまともじゃない、とこう思うのは偏見かしらね」

「あの、誤解です」

 

 浮気男みたいな弁解をする若者に対し、霊夢はさらに言い募る。

 

「仕事で来てるんなら探さないわけには行かないんでしょ。そっちが何も言わないなら、私も何も言わない」

「参拝はどうなりました?」

 

 確かに参拝したら話をする、と霊夢は口にしてしまっているが、

 

「人間の参拝は嬉しいけど、それ以外の参拝は別」

 

 と斬って捨てた。

 どうした物かと考えたせつらは再び賽銭箱の前に立つと、今度は一万円札を取り出し、霊夢からも見えるようにそれを投げ入れた。

 この若者がケチである事は間違いないが、仕事を完遂する為ならば散財も厭わない。

 喜色半分、困惑半分、と言った表情で霊夢は話しかけた。

 

「わわ、紙幣を入れてくれた人って久々かも」

 

 まさか結界の外と中で貨幣価値が違うと思っていなかったせつらが、

 

「一万円です」

 

 と答えてやると、霊夢はひっく、と息を詰まらせる。

 何かまずい事でもしたか、とせつらが考えていると、腋巫女は「いちまんえ~ん!!!!」と叫んだ後に、バターンと音を立てる勢いで仰向けにブッ倒れた。

 まさか卒倒してしまうとは予期できなかったか、せつらは霊夢を支える事ができなかった。

 参考までに言えば、かつて因幡てゐが射命丸文と言う天狗に情報料を請求した際の金額は1円であり、2円の情報を売ろうとした時の文の返答は「高い」である。

 つまり仮に幻想郷での1円を一万円程度と考えた場合、外の貨幣価値を知らない霊夢から見ると、せつらの行為は賽銭箱に一億円を投入したに等しい。

 情報を得ようとして、その提供者が意識を失ったり命を落としてしまうのは、この若者にとっては日常茶飯事だが、今回のようなケースはさすがに初めてらしく、珍しく――大きく表情を変えるなど奇跡としか思えない――戸惑った顔を霊夢へ向けている。

 普段のせつらなら妖糸で叩き起こして活を入れるところだが、それが今回は無い。

 否、できなかった、と言う方が適切か。

 何も無かったはずの空間から声がかけられたのだ。

 

「ごきげんよう、美しい方」

 

 せつらは霊夢を助け起こそうとした妖糸を即座に声の方へ送るが、そこは空中であり何も手応えが無い。

 手応えが無いのに、妖糸からは何かがいると言う情報が伝わる。

 おかしな感触に首をかしげていると、やはり糸を送った所から声が聞こえた。

 

「怪しい者では無いので、乱暴はやめてくださいましね」

 

 妖糸の何メートルかは、不思議なことに空間の向こう側へ消失していた。

 その空間に裂け目が生じるや、そこから凄絶、とすら言える美女が姿を現したのだ。

 過去せつらがそこまでの感想を持った女は、あの4000年の重みを持つ、『姫』と呼ばれていた吸血鬼、妲己しかいない。

 男女を問わず――否、動物はおろか無機物すらも魅了する美しさが4000年の生を約束したのか、4000年の生がその美を形成したのかは分からないが、あの世界を滅ぼしかねない化け物に近い印象をせつらは抱いた。

 ただし、態度は真逆だ。

『姫』はただ楽しく生きていたいだけであった。美男美女や金持ち、権力者をはべらし、腹が減れば吸血でそれを満たす。他者の都合や暮らしに興味は無い。

 ――その結果、国や世界が滅んでしまおうとも。

 あれは生を謳歌しようとすればするほど周辺が破滅していく、まさに傾国としか言いようのない存在だった。

 しかし、今せつらの目前に現れた魔性は、むしろ自分以外の何かを守ろうとする気概と気迫を持っている。

 裂けた空間が広がると、消失していた妖糸先端の手応えが戻ってきた。

 どうやら異次元だか異空間だかに糸を送り込んでしまったのが、この女性が空間を広げた為にそれを認識できるようになったらしい。

 せつらは茫洋とした空気を崩さぬまま、なんとは無しに質問した。

 

「で、どなた?」

 

 彼女の事を知らぬとは言え、怖い物知らずとはこの事か。

 死んでさえいなければ、どんな病気や怪我も治療してしまう白い医師にヤブなどと言えるメンタルは、ここでも健在のようだった。

 

「八雲紫、と名乗っています。カネの魔力で失神したそこの巫女と同様、幻想郷の管理者です」

「秋と言います。あなたがここの管理者」

「ええ」

「御用は?」

「ここのルールはご存知?」

 

 せつらは首を横に振った。

 ここに来ること自体は知り合い達のおかげで何とかなったが、土地柄や習俗などは、いくら情報屋にあたってもなしのつぶてだったのだ。

 唯一、外谷良子と言う『ぶう』だけが、「〈新宿〉を除けば、大っぴらに妖怪が跋扈しているらしい最後の土地」と言う事を教えてくれたが、それ以上の情報はゼロだった。

 むしろ情報を入手できた、あの外谷という()()が異常なのだ。

 〈新宿〉で一番の情報屋と言っても、結界で認識できない幻想郷の話をどこから仕入れたのか、謎は深まるばかりだ。あの脂肪の中に溜め込んでいるのだろうかと考えたところで、気分が悪くなったせつらは首を振って不快な想像を打ち切った。

 若者が太った女に思いを馳せているとはつゆ知らず、紫は説明を続けた。

 

「ここ幻想郷は、全てを受け入れています。そうなって()()()()います」

「はぁ」

「それはそれは残酷な話ですわ」

「〈新宿〉と同じですね」

 

 魔界都市〈新宿〉も基本的には来る者は拒まない。

 

「しかし〈新宿〉のゲートは地獄門と呼ばれているとか」

「文言だけで、特別な門ではありません」

「この門を潜る者、全ての希望を捨てよ、でしたか。ダンテですね」

「どんな者も生きるのが厳しい所ですが、どんな者でも生きていく事ができます。魔物でも、妖物でも――貴女も含めて」

「ありがたいお話ですが、私は妖怪達がのびのびと暮らせる環境が欲しかったのです」

「〈新宿〉と逆、天国への階段、か」

「そう、言い得て妙ですわね。ここは我々の楽園(エデン)なのです。生き方も死に方も自由、と言うのはそちらと同様ですが」

 

 そちらの話も興味はあったが、今は本題に入って欲しいと、せつらは本筋への修正を図る。

 

「ルールについてですが」

「あら、失礼。こんなに綺麗な男のヒトが幻想郷に入ってくるのは初めてだから、つい話し込んでしまって――ヒト、いえ、男性ですわよね?」

「確認しますか? 免許証か保険証で良ければ、ですが」

「ええ、ええ、そう言う事では無いのですよ。ごめんなさいね、ホホホ。そう、ルールでしたわね。基本この郷では妖怪が人間を襲うこと、人間が妖怪を退治する事が推奨されています」

「はぁ」

「何故かと言えば、妖怪は人の畏れや恐怖から生まれた物だからです。それらが科学的手法で解明され、一般的な認識になれば彼らは()くなってしまうでしょう」

「不確定性原理」

「そう、妖怪は人間からそう言う『者』だと言う解釈を受け、観測されているから存在できている。『現象』として観測されてしまえば、彼らはいなかった事になります。だから対立が必要になる。仲良くなるのは構わないけれど、お互いを理解してはいけない。根っこの所では、起きた事象の影に何者かを感じ取り、畏れていなければならない」

「雷はカミナリ様の仕業と言う事にしておけと」

「仰る通りです。妖怪は人を襲い、その畏怖によって退治されなければならない。同じ時を過ごしても、道が混じり合う事は稀。人との恋愛譚や婚姻譚は、殆どが恐怖に負けた人間との悲恋に終わりますから」

「経験がおありで?」

 

 まさかこのような美しい若者がそんなツッコミを入れてくるとは思わなかったのか、紫は普段の胡散臭さからは想像も出来ない、姿形相応の、少女らしい恥じらいと共に頬を染めた。

 一方のせつらは、〈新宿〉に次々と発生する妖物と違い、古式ゆかしき妖魔達はずいぶん苦労しているなと、吞気な感想を抱いた。

 

「しかし人間と、超常が人格を備えた妖怪では余りに不公平ですわね?」

「ええ」

 

 鬼退治を行った桃太郎や、鵺を敗走させた源某のような怪物染みた人間が、いにしえの時代ならともかく、現代、それも〈新宿〉の外にゴロゴロいるとは思えない。

 

「最終的には英雄や機転の利く何者かが妖怪を祓うでしょうが、普通にやれば大抵の人間は死の河を渡る事になります。人の数は減り、仕舞いにはいなくなり、妖怪は誰からも認識されず、そのまま誰もいなくなる」

「襲わなければ良いのでは?」

「妖怪は恐れから発生した疑心暗鬼のような――いえ、疑心暗鬼その物。怖くもなんともない事象を、いちいち気にする人はいないでしょう。当然、妖怪は認識されるべくも無い。実際、この幻想郷では人を襲うことを控えた時期があったのですが、弱っていく者が続出して問題になりました」

「へぇ」

 

 話している方が怒り出しても仕方が無いような、眠そうとしか見えない態度で返事を返すせつらだったが、この若者は一事が万事、この調子である。

 事実、紫も一瞬毒気を抜かれたような顔を見せた後、改めて話を続けた。

 この春の陽気のような若者の前では、スキマ妖怪もペースが掴みにくいようであった。

 

「そこで我々は人と妖が対等に戦える仕組みを作り出したのです。発案はそこで失神している娘ですわ」

 

 せつらは胡散臭そうに、未だ眼を覚まさない霊夢へ視線をやる。なにせ大金を見たと勘違いして卒倒したような巫女だ。

 紫がせつらの前ではペースを握れないように、さしものせつらも、この不思議な巫女の前ではペースを維持できないようだった。

 普段のせつらを知る者が見たら、どんな相手の前でもペースを崩さない美貌が、ただの少女に戸惑いのような物を感じている姿へ目を剥くに違いなかった。

 そして紫はようやく、その仕組みを宣言した。

 

「それがスペルカードルールです」

 




新しく来る人にスペカの説明すんのクソめんどくさいっすね(素)
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