魔界都市ブルース 幻夢の章   作:ぶゃるゅー

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9話:氷舞足の踏み所をしらず

 貧民街は、寺子屋との対角線上に存在した。

 おそらく、得体の知れない者達が多数居住している地域付近に、子供達の学び舎を用意することを慧音が嫌ったのだろう。

 とは言っても人里は人里だ。明確に安全地帯だ。

 表立って危険なマネをする者はほとんどいまい。

 ――だと言うのに、一部の住人がまるごと入れ替わっていると言う。

 黒いコートの若者と青いワンピースの氷精は、慧音が示した長屋が連なっている辺りまで来ていた。

 せつらが適当な戸を選びノックをすると、可愛らしい声で返事があった。

 

「はぁい」

 

 戸を開けて姿を表したのは年端もいかぬ少女であった。

 衣服は幻想郷特有の和洋折衷で、ちらりと見える部屋の隅には、外から流れ着いた中古品か、プリキュアの汚いバッグが置いてある。

 少女は訪ねてきた美貌を前にし、当然のように顔を赤くして動きを止めた。

 

「お父さんとお母さんはお仕事?」

 

 若者の質問に、少女は首を縦に振った。

 

「ここで待たせてもらっても良い?」

 

 遠慮呵責の無い要望に、少女は心底困ったような様子で、突然訪ねてきた美しい若者へ問いかける。

 

「あの――両親になにか」

「ちょっと聞きたい事があって。君でも構わないけど、情報は多い方が依頼人(クライアント)に伝えやすい」

「く、くらいあんと? 一体何を聞きたいんですか」

「君達のボスはどこにいる?」

 

 途端に少女は凶悪な表情になり、背後の窓際へ跳んだ。

 間髪入れずに銀製のナイフを右手で五本、左手でも同数投げつけてくるが、そこに十六夜咲夜ほどのキレは無い。見てからでも防御が間に合う。

 事実、二人に投げつけたナイフは空中で凍り付いた空気に弾き飛ばされた。

 チルノは自信満々の表情で、せつらは相も変わらぬ春の日差しのような茫洋とした表情で、少女と対峙する。

 

「何だ貴様ら」

「バンパイアハンターを退治しに来たバンパイアハンター・ハンターさ! 神妙にお縄につけ!」

 

 舌を噛みそうな事を一息に言ってのけたチルノは、大地から体を浮かせ、腕を組んで軽く足を開き仁王立ちの姿勢を作る。

 その気迫から、この奇妙な構えが氷精の臨戦態勢であると知れた。

 

「俺のナイフを凌ぐとは、ただのガキと色男じゃなさそうだな」

「ふん、咲夜のナイフはもっと早いし沢山飛んでくるんだ。お前なんかのナイフに当たるわけないね。それに()()()()()()()()()お前があたいに勝てると思ってんのか」

 

 チルノは差別発言スレスレの事を言っているものの、これは人体改造の結果であった。

 〈新宿〉の犯罪者にもいる手合いだが、自らの肉体を子供の着ぐるみだか皮だかに詰め込んで、年齢や体格を偽装する輩だ。

 新宿警察署で暴力を受けている子供を見てそれを咎める者がいるのだが、そいつが子供にカムフラージュした連続殺人犯だった、などと言うことはザラにある。

 しかし彼女はそれを大人だと見抜いた。〈新宿〉の区民並の察知能力は、せつらを再び感心させた。

 

「バンパイアハンター・ハンターと言ったな? 吸血鬼の眷属か」

「企業秘密です」

「ならば無理矢理にでも吐いてもらうぞ」

「どうぞご自由に」

 

 その言葉を挑発と受け取ったか、少女の姿をしたハンターは無言で手を振った。

 その袖口から、空気を裂いて蛇のような物が飛び出す。

()()だ。

 丈夫な革を編み込んで金属で補強し、儀式で聖別されたムチが二人を強襲した。

 速度は軽く音速を超えている――のだが、相手がなにか行動を起こしたのを見た瞬間、チルノは反射的に、ほぼ同じタイミングで腕を振っていた。

 バンパイア・キラーと名付けられ、彼らの組織で量産されていた特殊なムチは、アイシクルソードの一振りであっさりと断ち切られた。

 

「な!?」

 

 ハンターが驚愕している間に、氷精は既に懐に入り込んでいる。

 今なら背後の窓から飛び出して仲間を呼べると、思いきり大地を蹴るが、その足はもはや機能していなかった。

 懐に入った時点で、チルノは氷の剣を地面に突き立て、相手の足ごと床と大地を凍結させていた。

 

「こーゆーの何て言うんだっけ。()()に教えて貰った気がするけど――ああそうだ、ウスノロ?」

「――バカな」

「ふふん、その通り。あたいと1対1でやろうなんてバカな奴」

 

 美しい若者の事をナチュラルに除外した氷精に、2対1だろうと反論する前に、追い詰められて壁についた両腕が氷でガッチリと固められる。氷の(はりつけ)だ。

 この少女姿のハンターは拠点の保守をメインに行っていたが、こんな未知の地域への遠征に参加するくらいだから、決して弱くは無い。

 この氷精の動きが異常だったのだ。あきらかに戦い慣れている。

 相手がナメくさっている間隙を縫って、すみやかに決着をつけたその手際は、せつらをして彼女なら〈新宿〉でもやっていけるかもな、と評価する程度には洗練されていた。

 そもそも隠していた武器での奇襲にあっさり対応した時点で、この氷精がどれだけの修羅場をくぐってきたのかが偲ばれる。

 あれは妖精の身では、体が勝手に反応するレベルでなくては応戦できまい。

 

「あざやか」

 

 せつらはかけ値無しの賞賛を送り、チルノも「最強だからね!」と機嫌を良くした。

 お互い視線をハンターから切る事も無く、残心も完璧。

 ならば、今度はせつらが仕事をする番だ。

 両手両足を凍らされたハンターに、再び問いかける。

 

「君達のボスはどこにいる?」

 

 最初の質問と一言一句変わらない言葉だった。

 先程の交戦など、この若者にとっては何か特別なことが起きたわけではなく、あっても無くても同じ出来事だったのだと言わんばかりの態度だ。

 美しき若者を直視した少女姿のハンターは、手足の凍傷も忘れ、赤面するしか無かった。

 だが、やはり吸血鬼を狙ってきただけあり、魂まで魅了されたわけでは無い。

 無言のハンターを見て、せつらは吐息がかかる程の至近距離まで顔を寄せてささやいた。

 

「君達の、ボスは、どこに?」

 

 その顔だけでも恍惚として何でも喋りたくなるのに、これではおかしくなっても仕方の無い状況だ。

 もはやこれは甘美な拷問と言って良かった。

 意識が別世界へ遠のいてゆく事を自覚したハンターは、口をモゴモゴと動かした後、小さく「三秒前」と呟く。

 瞬間、せつらとチルノの体は不自然な姿勢で背後へすっ飛び――否、せつらは妖糸を使って自身とチルノを屋外へと引っ張り出したのだ。

 のみならず、二人が長屋から離れたところまで糸に引っ張られた時、爆発が起きた。

 爆心地は言うまでも無く、あのハンターであろう。

 歯か舌に小型の爆弾か、或いは爆発物のスイッチだかを仕込んでいたに違いなかった。

 

「あちゃあ」

 

 横着せずに妖糸で口も舌も縛っておくべきだったと、若者は悔恨の声をのんびりと挙げた。

 

「爆発するとか、意外と根性あったね」

「まあ、足跡が途切れたわけでも無し、人が集まってくる前に次へ行きます」

 

 言葉とは裏腹に、至極面倒そうな態度でせつらがぼやく。

 

「次ってどうすんのさ」

「彼女は『三秒前』と。僕たちを道連れにしたいなら、そんな事は予告しない」

「誰かに爆発することを知らせたってえの?」

「そうです。巻き込まれかねない近所――同じ長屋の別のお宅に居た仲間とか」

「そいつらの家が無くなった今なら、そこらをうろついてる怪しいやつをとっ捕まえれば解決するってわけね!」

「理解が早くて助かります。問題は――」

 

 若者がそう呟いた時、声がかかった。

 

「お前達、ここで何してる」

「この通り、僕たちが一番怪しいことですね」

 

 何者かに声をかけられた事を、せつらは皮肉げに揶揄った。

 空を見上げると、そこには白い髪の、これまた少女が浮いている。

 ワイシャツにサスペンダーで赤い雪袴を吊っており、その袴には護符や呪符の類がベタベタと貼られていた。

 

「あ、ダシガラのもこ」

 

 チルノがそれを見て声をかけた――のだが、どうやらこれも名前を間違えているらしく、少女は不機嫌そうに訂正した。

 

「藤原だ、藤原。藤原妹紅」

「そうだった。ふじわらのもこ」

「そうそう。んで、そいつは?」

 

 その言葉は当然、せつらの事を指している。

 

「あたいの子分で、アキ、アキ――アキ、せつらって言うんだって」

 

 氷精はとうとう若者のフルネームを記憶したらしい。

 まあ、せつらも人と会う度に名乗っているので、さすがに覚えたか。

 

「あんたが秋せつら、ね――さっきの爆発はなんだ?」

「不審者が自爆しました」

「自爆だ? 里の中でなにやってるんだ――あんたは無関係か?」

「企業秘密です。すみません、急いでいるので――」

「ああ、慧音から事情は聞いてるから警戒しなくて良いよ。むしろ、私も解決に動いてくれって頼まれてる」

「――上白沢さんから?」

「ああ。部外者のあんた一人で調査させる訳にも行かないからね。おっと、自警団や寄り合いの関与は邪魔だってことだが、私はいち個人だからな。慧音にクレームはつけるなよ」

「個人であろうと集団であろうと邪魔は邪魔です」

 

 若者が抗弁すると、妹紅が氷精について言及した。

 

「じゃあ、なんでチルノは同行してる?」

「それはまあ、親分さんなので」

「理由になってないな。どうせ、あんたの行動に疑問を持たない奴を案内役に使ってるだけだろう」

「半分は本当です」

 

 実際、この親分気取りの氷精は、様々な場面でせつらの助けになっている。

 チルノがいなかったら、ただ道を歩くにしても、紅魔館での話も、先程の交戦でも面倒なことになっていたかもしれない。

 むしろ先程ミスを犯したのはせつらの方なので、この美しい若者は建前でなく本当に氷精を親分として扱いたいのかもしれなかった。

 

「じゃあもう半分は?」

「ついてくるなと説得できそうな気がしません」

「――なるほど。なら、私も説得はできないと考えて貰おうか。死んでも同行させてもらう。慧音には借りが山ほどあるから、こう言う時に返していかないと」

「借金はよくない」

「うるさい、真面目な話だ。とりあえず、邪魔にはならないよ。少なくとも普通の人間よりはね」

「はぁ」

 

 面倒な事になってきたな、と嘆息した所に、チルノから補足が入る。

 

「もこは死なない人間だし、あたいほどじゃないけど、まあまあ使えるんじゃないの」

「は?」

 

 〈新宿〉にも、再生能力自慢を不死身だと標榜している輩は腐るほどいるので、比喩か? とせつらは疑念を抱いたが、この氷精が比喩などと言うモノを使うとも思えなかった。

 むしろ事実を端的に口にしている可能性が高い。

 せつらが懐疑的な目を向けると、当人はさらりとその視線をかわした。

 

「気にしない方が良い。ほれ、さっさと動かないと、どんどん人が集まってくる」

 

 その言葉に、若者は不承不承と言った雰囲気で歩き出した。

 だが、周りからは悩める彫刻のような美しさとしか見えないに違いない。

 

「上白沢さん本人はどうしました?」

「あんたの要求通り、邪魔にならない事をしてるよ」

「へぇ」

「能力で里の外の痕跡を調べるのは邪魔な事じゃないだろ?」

「お手数おかけします」

「ねぎらいなら、次に会った時に言ってやりな」

 

 目的は先程爆発した長屋一帯だ。

 どうやら、中途半端な時間だったのが幸いして、人通りも自宅に居る人間もほとんどいなかったらしい。

 野次馬が増えてきているので、さっさと調査を終えたいところだ。

 

「親分さん、この辺りに不自然な人はいますか?」

「気になる熱源は無いかな」

「ここから離れようとしている人は?」

「それも無いね」

 

 既に他のハンターは逃げ散った後か、或いはあえてこの場に残っているか、その判断はできそうになかった。

 引き続き辺りを探っていると、悲鳴のような声が響いた。

 爆心地となった長屋の一室があったところで騒ぎが起きている。

 せつらが野次馬の後ろからのぞき込むと、爆発でえぐれた地面から、人の体が三つのぞいていた。

 つまり、入れ替わった本来の住人だろう。一見すると夫婦に子供一人、三人家族のようだった。

 冷たい床の下に埋められていたのであろうその体は、既に朽ちる寸前だった。

 死体程度で騒ぎになるほど、幻想郷の人間はヤワな性根では無いが、やはり人里で、となると動揺もするらしい。

 それよりなにより、遺体の顔の皮が剥がされている。

 この所業には、まともな人間なら恐怖を覚えて当然だろう。

 その一つは、おそらく自爆したハンターの顔となった女の子のモノだ。

 どこの誰かも分からぬ人間に殺され、顔の皮を剥がされ、埋められ、挙げ句放置されていた。

 氷精が前に出て、遺体を氷付けにする。

 あとは誰かが弔ってくれるだろう。

 せつらは焼け残ったプリキュアの汚いバッグを持ち出した。

 

「おい」

 

 遺品だ。妹紅がとがめるような声をあげるが、せつらはそれを無視して中身を(あらた)める。

 

「なるほどね」

 

 茫洋としているが、こころなしか普段より静かなトーンで若者は呟いた。

 バッグの中には、暗号らしき、一見ただの怪文が記された書類が、燃え尽きずに残されていた。

 カムフラージュの為に、遺品までもをハンターの道具として使っていたのか。

 

「行きましょう」

「うん」

「あ、ああ」

 

 奇妙な三人組は、この後に再び人里を離れた。

 妹紅がせつらに声をかける。

 

「怒ってヤバい真似するなよ」

「なにが?」

 

 この時のせつらは、普段と何も変わりが無かった。

 それなのに何故か寒気を感じたと、妹紅は後に述懐している。

 




一般人も敵も平等に酷い目に合うのが魔界都市的(他人事
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