魔界都市ブルース 幻夢の章   作:ぶゃるゅー

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妖夢の章~オラトリオ・ドールズ
12話:不思議の郷の何某


 〈新宿〉の魔人、秋せつらが幻想郷に滞在して四日目、朝。

 どこに滞在しているのかと言えば、悪魔の住む館、紅魔館である。

 特に理由があってここにいる訳では無いのだが、先方――レミリア・スカーレットの厚意だった。

 せつらとしては、依頼の一つと宿の問題を同時に解決できたため、僥倖だったと言えるが、予定にない仕事も片付けたので、滞在時間が延びている。

 見知らぬ土地での行動で疲労を溜めていたせつらは、一日を休息に費やした。

 待遇自体はお客様だから快適とすら言え、文句などあろうはずも無い。

 唯一不満があるとすれば、この館の住人は全員が紅茶党なので、せつらに出されるお茶も紅茶になってしまう事か。

 寝間着としてバスローブを提供されていたせつらは、洗濯済みの衣服を咲夜から受け取った。

 咲夜としては、ただでさえ美しい青年が、一枚布で身を覆っただけの姿をしているのだから、目の毒と言う物だ。

 

「どーも」

「朝食はいかが致しましょう」

「スカーレットさんにお付き合いしなくても?」

「お嬢様は実のところ、生活時間が不規則なのですよ」

「へぇ」

 

 早寝早起きが新時代の吸血鬼だと放言していたのは何だったのかと思ったが、とりあえずメニューを聞いてみることにする。

 

「米飯、納豆、味付け海苔、豆腐とネギの味噌汁、焼き魚、大根おろし、漬け物、以上です」

 

 洋風の館にそぐわぬメニューに、若者が疑念を呈した。

 

「なぜ和食を」

「お嬢様の好物ですので、紅魔館では定期的に和食が提供されます。今日がその日と言うだけでございますわ」

 

 せつらは何とも言い難い表情で衣服を着替え、レミリアの私室では無く食堂へ向かう。

 食堂と言っても下働きの集う所ではなく、正規の住人が集まって会食をするための部屋だ。

 咲夜の言葉通りレミリアの姿は無かったが、美鈴とパチュリーが席に着いている。

 加えて咲夜自身も席に着く。

 どうやら咲夜は使用人でもあり一族でもあると言う特殊な立場から、レミリアがいない時に限り食事に同席するらしい。

 さらに奇妙な事に、この館の食前の挨拶は「いただきます」であった。

 せつらは日本にかぶれた外国人を想起しながら朝食を終わらせた。

 何故ここまで和食なのに、お茶は紅茶なのかと疑問に思いながら。

 全員が食事を終えたところで、せつらからの質問があった。

 

「皆さん、アリス・マーガトロイド、八意永琳、聖白蓮。この名前に心当たりはありませんか?」

 

 三人は顔を見合わせた。

 咲夜が代表して質問に答える。

 

「その三人は、我々紅魔館も含めて、主だったコミュニティで名前を知らない者がいない――と思われます」

「詳細を伺っても?」

「では僭越ながら。アリスは魔法の森在住の、人形使いと言われる魔女です。人里へ人形のテストで人形劇を行いに来るので、会うのは容易いでしょう」

「人形使い」

「はい。興味がおありで?」

 

 興味が無いと言えば嘘になるだろう。

 なにせ、せつらの技術も「人形使い」「死人使い」などと呼ばれる事があるからだ。

 それは似たような技術を会得している事実を意味する。

 と言っても、せつらの表情の変化は誰にも読み取れなかった。わずかに眉を動かした程度で、続きを促す。

 

「八意永琳は、宇宙人ですね」

「は?」

 

 聞き間違いかと、もう一度尋ねてみるが、答えは変わらなかった。

 

「幻想郷に、宇宙人が」

「ええ、どうも月から亡命してきたらしくて」

 

 月。確かに宇宙と言えば宇宙だろうが、神話やおとぎ話の関連だろうかと、せつらは訝しんだ。

 

「亡命と言うと、テロリストかなにかで?」

「いえ。かぐや姫の犯罪を幇助し、月の使者を皆殺しにしたそうです」

 

 月にかぐや姫と言う幻想的な固有名詞にそぐわぬ、血生臭い背景が出てきた。

 

「それはそれは――もしかして、そのかぐや姫もご一緒で?」

「仰るとおりです」

 

 どうもスケールが大きすぎて、せつらは説得が難しくなるような雰囲気を感じた。

 そも、かぐや姫がいると言われても全然ピンと来ない。

 

「お住まいはどちらに」

「迷いの竹林と呼ばれる地域に、永遠亭と言う屋敷を確保して住んでいますね。人里でも評判の医者です。竹林に関して方位磁石は役に立たず、地形は絶妙に歪んでいて真っ直ぐ歩くことも適わず、光波をいじられているせいで景色もアテにならない上、多数の妖怪がうろついています」

「そんな医者にどうやって通うんです?」

「案内人がいるのですよ。竹林の入り口付近に藤原妹紅と言う娘の住居があるので、彼女を頼れば問題ないでしょう。先の騒ぎで妹紅とは面識ができたと聞きました」

「一応、ですが」

 

 永遠亭を訪ねるだけなら何とかなりそうであった。

 持つべき者は現地に詳しい知り合いである。

 いよいよとなれば、またチルノを頼ろうかなとも思ったが、あの妖精は能力こそ高いものの、なにかあった時にこちらの要望を受け付けるとは思えない。

 世話になっておいて酷い言い草かもしれないが、せつらとしては地雷を持ち運ぶわけにもいかなかった。

 

「聖白蓮は、妖怪寺の貫首ですね。命蓮寺と言うお寺を、人里付近に建立してそこで暮らしているようです」

「妖怪寺と言うことは、人間では無い?」

「白蓮自身は、元人間だそうです。ただし、本尊や弟子達は皆妖怪ですわね」

「妖怪が仏教徒だと仰る」

「私もそれは疑問なのですが、そう言う事らしいですね」

「凄いところだ」

 

 せつらの素の感想に、咲夜はもちろん、美鈴やパチュリーも一瞬笑いをこぼした。

 その笑いの中にはせつらが自身を棚上げにした一言であると言う理由もあった。

 お前も凄いところに住んでるだろ、とそんな感じだ。

 

「秋様は彼女達を〈新宿〉とやらまで連れて行くと?」

「基本的にはアポをとり、居場所を依頼人(クライアント)に報告して終わりですが、オプションの有無や居住地を頻繁に変える場合は、確保して同行も有り得ます。アフターサービスは、その時の気分ですね」

 

 気分次第でアフターサービスを決めるとは、どんだけ殿様商売なんだと、三人は苦笑する。

 レミリアが彼のことを面白がる理由もその辺りにあるのかもしれないと、メイドや魔女、門番は妙な納得を覚えていた。

 美鈴は別のことに興味があったようで、それについて聞いてくる。

 

「お嬢様が色んな所から持ち込んだ依頼は請けられないんですか?」

「あれですか――都合とスケジュールが合えば請けても構わないとは思っていますが、相手次第です」

 

 せつらが前回の事件の最後に受け取った、手紙の山の事だ。

 あの封筒には、条件の良い物から悪い物、良く分からない物まで幅広い依頼がひしめいていた。

 曰く、妹を探してくれ。

 曰く、祖父を探してくれ。

 曰く、天の邪鬼を探してくれ。

 酷いのになると、食べて良い人間を探してくれとか、信者になってくれる人を探せとか、宝を探せとか、人体実験に付き合えとか、バンドメンバー募集とか、店番募集とか、もはや人探しと関係ない依頼が混じっていたりした。

 例えば「私を探してください」は〈新宿〉でも過去にあった依頼だが、これは面倒そうな気配がする。しかも二通あるので、別々の人間(?)が自分捜しをしている。

 剣呑なのが「誰もいなくなるので探してください」と言う物で、何故かレミリアからお勧めの依頼としてピックアップされた。殺害予告としか思えない。

 意味不明な物には「弥勒を探してください」と言うのがあった。なにかを勘違いしている上、仏の教えが正しければ56億年後、自動的に会える。

 他にも、この〈新宿〉の魔人をして()()()と感じたのが「説教をするから来なさい」と言う物だった。

 やめて欲しい。

 そんなシンプルな感想しか持てなかった程度にはやばい。

 一体レミリアはどれだけの人(?)にせつらの事を吹聴したのか。

 これらの依頼に手をつけるかどうかは、まだ決めかねている。

 悩んでいる様子の――傍目には呆けているようにしか見えない――せつらを見かねたパチュリーは、アドバイスらしきものを提言した。

 

「レミィは何日でも此処に滞在しても良いと言っていた。さしあたって、まずはあなたが今抱えている仕事を片付ける方が建設的じゃない」

「それは、まあ」

「ふん、アリスに関して言うなら、彼女、昨日図書館に来てたわ」

「昨日?」

「あなたが客室でのんびりしてた時ね」

「あちゃ」

 

 既にニアミスしていたとは、寝耳に水の話だった。

 この魔女にアリスを探している事を告げておけば、楽に仕事が片付いたかもしれないが、それを後悔しても仕方が無い。

 

「まずは誰を探すの? 探すと言っても所在は知れてるから、交渉が主になるのだろうけど」

「――さて。皆さんのおすすめは?」

 

 せつらの何気ない言葉に、

 

「アリスさん、ですかね」

「アリスね」

「アリスが無難だと思いますわ」

 

 我の強い個性を持った三人の意見が、満場の一致を見た。

 理由を問いただすと、アリスが一番接触しやすいと言うのもあるが、何より個人で活動していて、人間関係のしがらみなども無いからと言う事だった。

 せつらは納得して、次の目的を人形使いへ定める事にした。

 ふと、一つだけ気になる依頼があった事を思い出す。

 

「阿修羅の持ち主を探してください」

 

 

 ◆

 

 

「あなたは食べても良い人類?」

「困ります」

 

 それはそうだろうとルーミア自身も心中でツッコんだ。

 食べられて良いことなど何も無い。

 美しい青年のとぼけた返答に、ルーミアは興味深さを見出したようだった。

 せつらが霧の湖経由で魔法の森に入って、すぐに出くわしたのが彼女だ。

 鉢合わせるなりそんな事を言う物だから、せつらの返答も、どこかズレた物となった。

 

「んー、前に会ったことある?」

「はて」

 

 まるで下手くそなナンパみたいな事を言い出したので、せつらは首をかしげた。

 

「声に聞き覚えがあるんだよね」

 

 せつらにも聞き覚えがある。

 先日、畦道ですれ違った()()だった。

 

「ああ、あの真っ黒な」

「やっぱり。ねえ、食べて良い?」

「ダメですね」

「ちぇー」

 

 ルーミアは至極あっさり諦めて踵を返した。

 彼女の目的は人間その物と言うより、それを襲うことによって発生する畏れや恐怖だった。

 然るに、この美しい青年はどこかおかしいのでは無いかと言うくらいにその手の感情が見受けられない。

 ルーミアが諦めるのも当然であった。

 せつらはその背に向かって一言だけ添えた。

 

「あなたはアリス・マーガトロイドさんの自宅をご存知ありませんか」

 

 ルーミアは億劫そうに振り向いて、森の奥を指差す。

 

「どーも」

 

 簡単に礼を言うと、再びせつらは鬱蒼とした森の中を歩き始めた。

 糸を森の外周の木に巻き付けてあるので、迷子になる心配は無いが、本当にこんな森の中に家屋が存在するのかは疑わしい所だった。

 この森は瘴気がわだかまっているので、まともな人間の立ち入りは危険だが、せつらの故郷である魔界都市は瘴気で形成された街と言って過言では無い。

 むしろこんな自然の中なのに、懐かしさすら感じる程だった。

 既に右も左もわからないような深部に入り込んでいるせつらの前に、突然人為的に切り開かれたような空間が姿を現した。

 日の光もまばらな森の中と違い、太陽光が降り注ぎ、小鳥がさえずる。

 そこにメルヘンチックな住宅がぽつんと一軒だけ存在していた。

 森の中に住む魔女。どことなく童話の1ページのような風景。

 せつらは一つ息をついてから、洋風の住宅の玄関ドアをノックした。

 返答は無かった。不躾に窓から中を窺おうとするが、カーテンが閉まっているため、確認ができない。

 留守かな、と思い、アリスの帰宅を待つかどうかを決めあぐねていると、いつの間にか玄関前に小さな人形が出現していた。

 人形は玄関のドアを開け、せつらに手招きをしている。

 普通なら恐怖を覚えるところだが、この若者にそんな繊細さは期待できまい。

 むしろこの若者はラッキー、とばかりに招きに預かった。

 中の調度も、いかにもメルヘンな住宅のイメージに沿った優美なものだった。

 貴族的ではあるが真っ赤な紅魔館とは違う趣がある。

 ふと人形に視線を戻すと、その人形は勝手に火を起こしてお茶を入れていた。

 席とお茶を勧められたせつらは何と言ったものか分からず、とりあえず謙遜するしかなかった。

 

「おかまいなく」

 

 その言葉に、人形は手を振って「気にするな」と言う意志を表したようだった。

 せつらはなんとはなしに、トンブ・ヌーレンブルグと人形娘の事を思い浮かべる。

 これでアリスが太っていて金にがめついタイプなら面倒だな、などと失礼な事を考えていると、玄関のドアが開いた。

 姿を表したのは(ひな)にも稀な美少女であった。

 陽光にきらめく金髪、汚れの無い海のような青い瞳、スッと通った鼻筋、桜色の艶を持つ唇。

 それらが完成された配置で一人の人間の中に収められている。

 せつらの魔性とは違い、誰もが正気のままに認められるであろう美しさであった。

 衣服のトリコロールカラーも彼女の魅力を引き出している。

 そこには一片の瑕疵も無く、まさしく本から飛び出してきたような、典型的な『アリス』。

 欧米人の少女としてのイメージが固められている、あの『アリス』だ。

 ならば、彼女がアリス・マーガトロイドに違いないと、せつらも無言のうちに理解した。

 

「どなた?」

 

 アリスの言葉に、せつらも立ち上がって挨拶をした。

 それぞれ異なる美を備えた者が、向かい合って言葉を交わす。

 この場に芸術家を放り込めば、命を懸けてもこの現場を作品として残したがるだろう。

 

「お邪魔しています。僕は秋せつらと言います」

「ふーん、あなたが秋せつら。ふーん。ふーん」

 

 要領を得ない感嘆を、アリスは何度も繰り返した。

 

「私はアリス・マーガトロイド。ふーん、あなたがね」

 

 レミリアからせつらの事を聞いた内の一人だろうか。

 アリスはせつらの向かいの席に腰かけると、じろじろと無遠慮な視線を向けてから言った。

 

「蓬莱人形は失礼が無かった?」

「僕を招いてくれた人形のことなら、ええ、お茶まで頂いてしまって」

「ふーん、なら結構。で、あなたの仕事からすると、私を探しに来たと考えても良いの?」

「仰るとおりで」

 

 ここからが本題だ。

 せつらは心なしか表情を引き締めた。

 傍目には表情の変化は見られず、春の宵に惹かれたような青年のままでしか無かったが。

 

「私を探しているのは誰?」

「分かりません」

「は?」

 

 アリスの視線は当然のようにキツくなった。

 その表情すらも美しく愛らしいのが複雑なところだ。

 

「名前は明かせないそうですが、是非会いたいので、無理にでもアポをとって欲しいと、大金を用意されまして」

「そんな怪しい人に私が会いたがると?」

「いえ」

 

 やはりネックなのは、依頼人(クライアント)が「確実に会いたい」と伝えてきていることであった。

 普段の依頼のように、居場所だけ伝えて「会いたくないそうです」と終わらせる事ができない。

 面会できるまで続けてくれと依頼人(クライアント)が料金を払っているのだから、なんとしても会ってもらわないと契約が履行できないのだ。

 とは言っても、やはり何もかも不明というのは旗色が悪く、どう説得すれば良いやら、シンプルに難しい依頼なのかもしれなかった。

 若者はせめてもの起死回生を図る。

 依頼人(クライアント)の人物像を伝えれば少しは状況が変わるだろうかと。

 

「容姿は若い女性です。白く縁取られた赤いワンピースの上に同じく赤いケープをまとっていて、ロングヘア。色は銀っぽい寒色で髪の毛をひとふさ縛っていました」

 

 反応は劇的な物があった。

 ただし、それが良い反応とは限らない。

 アリスは突然椅子を蹴倒して立ち上がり怒声を浴びせた。

 

「帰って! 二度と来るな!!」

 




アリスはかわいい
ふーんふーんってアリスもかわいい
パチュリーの場合は海馬みたいに「ふん、」と鼻を鳴らす仕草です
癖の話です
白蓮は「あら」と目を丸くする仕草です
おばさんみたいな、いや、マダム、いやいや、おっごおおごっごご
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