魔界都市ブルース 幻夢の章   作:ぶゃるゅー

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2話:鬼去来

「うるっさいわね、静かにしなさいよ」

 

 霊夢が文句を言うと、突然室内に霧が満ちる。

 まともな自然現象でない事は、せつらにも想像がついた。

 しばらくすると霧が収束し――角の生えた少女の形をとる。

 

「ウホッ」

 

 霧が変化した奇妙な少女の第一声がそれだった。

 どうやらせつらをまともに見るのはこれが初めてらしい。

 

「こんな男前は1000年以上生きてきて一度も見たことが無いよ! どうだい兄さん、私にさらわれてみないか? 損も退屈もさせないよ。なんなら一生養ってやっても良い」

「せっかくですが」

「ちぇ、なんだよ」

 

 せつらはとりあえず断った。

 考える暇も無く断られたのが納得いかなかったのか、角の少女は唇を突き出して不満を露わにした。

 しかしせつらは一顧だにする様子も見せず、霊夢に質問を続けようとする。

 萃香は自分を風景か何かとしか見ていないその態度に、怒りよりも驚きを覚えたようだった。

 

「オイオイ、私が何者か気にならないのかい?」

 

 これは放っておくとうるさそうだ。

 尤も、相手にしてもうるさいのだから、彼女が現れた時点で雲行きが怪しくなるのは決定しているのだが。

 

「どなた?」

 

 せつらの質問は、お義理でしかない。

 放置が得策でないと考え、雑に聞いただけだ。

 それでも、角の少女は輝くような笑みを浮かべた。

 

「時の帝にも畏れられた、大江山・伊吹山を根城にする鬼の頭領、酒呑童子の伊吹萃香とは私の事さ」

「へぇ」

 

 相変わらず、人を食ったような茫洋としたリアクションだったが、萃香はそれで満足したらしく、ちゃぶ台に腰掛けて上機嫌に酒をあおり始めた。行儀の悪さに霊夢が顔をしかめる。

 これが並の男ならインネンをつけられてもおかしくなさそうだったが、せつらの美貌ならばこの通りだ。

 居合わせたあうんも、ハンサムは得だなぁ、などと吞気なことを考えていた。

 

「その酒呑童子さんが、なにか御用で?」

「いやね、面倒な会話をしてるなと思ってさ。喋るとか喋らないとか交渉するより、私の方が強い! 吐け! って方がカンタンだし分かり易くない?」

「だ、そうですが」

「萃香、ちょっと」

 

 霊夢に手招きをされて、萃香は酔っ払い特有の千鳥足でヨタヨタと近付いた。

 一体何かと不思議に思っていると、バチンと顔面に護符(アミュレット)が叩きつけられた。

 

「あいた!」

 

 当然、萃香は悲鳴をあげた。

 

「アンタねぇ、人の話に水差すんじゃないわよ」

「いや、だって、まどろっこしいじゃんかさ」

「だからって何でも決闘で解決すれば良いってもんじゃないでしょ。元々スペルカードは人間が妖怪と闘う為のものよ。異変でもあるまいし、人間同士ならまずは話し合いでしょう」

「とっくに決裂してるように見えたし、異変中なら人間相手でもぶっ飛ばして解決ってのは巫女の発想じゃない――」

 

 再びベチンとハデな音がして、今度は萃香の背中に護符(アミュレット)が叩きつけられる。

 

「ギャーン!」

 

 鬼の大将は、およそ大将らしからぬ悲鳴をあげるしか無かった。

 さすがの萃香もこれには抗議せざるを得ない。

 

「注意は口でしてくれるとありがたい」

「そしたら静かにしててくれる?」

「いんにゃ」

「だから嫌々手を出してんのよ」

「嫌々でも鬼に対してこんなツッコミができるのは霊夢だけだよ」

 

 面倒な闖入者ではあったが、黒衣の若者にはそれが天啓と映った。

 

「伊吹さん」

「お? どうした?」

「貴女はこちらの人物達に心当たりは?」

「あー、あるよ。あるある。こいつら皆有名人だから、誰に聞いても知ってるんじゃ無いかな」

「やった」

 

 思いもかけず情報が手に入った。誰に聞いても、と言うことは質問の相手を問わない。

 紅白の少女から情報を引き出せなくても仕事は果たせそうであった。

 せつらは、もうここに用は無いとでもいう風に立ち上がり、縁側にある靴を履いて、神社の境内へと足を進めた。

 

「色々なお話、どーも」

 

 残した言葉はそれだけであった。

 博霊神社はずいぶんと景色が良いから、人がいそうな集落でも探してそちらで聞き込みをしようと言うのだろう。

 霊夢はもうどうでも良いとばかりに嘆息したのみだったが、萃香は違ったらしい。

 鳥居の下から幻想郷を睥睨する若者の眼前に、再び霧が収束する。

 

「何か?」

「いやね、聞くだけ聞いて行っちまおうってのは、ちと薄情じゃないかと思ってね」

「と言われてもねえ」

「お礼に一勝負くらいして行ってもバチは当たらないよ」

「困ったな」

 

 せつらは全然困っていなさそうな口調で言って、ひょいと無造作に後ろへ下がった。

 瞬間、今までせつらが立っていた場所を、暴力の塊が吹き抜ける。

 萃香がフックを繰り出し、せつらはそれをかわしたのだ。

 風圧がその美しい顔を撫で、黒いコートは風にたなびいた。

 

「暴力反対」

「それが決闘の醍醐味だろ」

「幻想郷流ですか?」

「そう、そして全力は出せなくとも、私ら鬼が本気で人間と遊べるのがスペルカードルールって訳」

「迷惑だ」

「襲われて問答無用で食われるよか有情だと思うがね」

「それもそうか」

 

 この若者の神経はイマイチ良くわからない。

 あっさり前言を翻すと、せつらはゆっくりと指を広げた。

 鬼の豪腕は〈新宿〉の魔人に当てられるのか。

 美しき魔人の妖糸は鬼に抗する事ができるのか。

 

「あん?」

 

 萃香が違和感を感じた時、その拳が己自身の顔面に叩きつけられる。

 

「痛ってぇ!」

「ナイス・パンチ」

 

 黒衣の若者はからかうような言葉を口にした。

 と言うことは、今の萃香の不可解な行動は、若者がした事なのか。

 

「綺麗な兄さん、今のは()()糸でやったのか?」

「さて」

 

 萃香は自身の腕を軽く上げて注視する。

 すると、細くきらめく何かが、己の腕に絡みついているのが見えたのだ。

 わずか千分の一ミクロンの妖糸は、普通視認できる物では無い。無いのだが、普通で無ければ割と見破られる代物だったりする。

 とすれば、せつらの“人形使い”を見破る事も、実力者であれば可能と言う事だ。

 

「やっぱり、ただの美丈夫じゃないね」

「今のでお相子と言うのは」

「ここからが面白いんだろ、楽しくやろう。私が勝ったら、兄さんの身柄は私のもんだ。なに、一生とは言わない。一ヶ月――いや、一週間でも良いからさ」

「お礼の相場が高過ぎませんか?」

「もちろん安売りもやってるよ。――3日だな、これ以上は負からないね」

 

 この言葉は「先っちょだけだから」と言ってくる男と同列の話では無いのか。

 まるで女を前にした必死な童貞のようだった。

 妖怪、特に鬼は約束の履行に厳しいが、その時の気分で「あれは無しだ」と言ってきそうな雰囲気もある。

 

「決闘をしたくない場合は?」

「それなら兄さんをさらえば良いだけだから楽とも言える。最近は骨のある奴がいないから、少しは楽しませて欲しい所だけど」

 

 外見は少女でもやはり妖怪だった。

 言葉は通じても、話が通じない。共通言語はスペルカードルールだけだ。ならば仕方が無い。

 せつらもそう思ったに違いない。

 突然萃香の動き、いや、全身が、麻痺したかのように硬直した。

 

「なっ――んじゃこりゃ!!」

 

 萃香が力をこめると、彼女の行動を縛った何かは千々に砕け、粉砕される。

 

「ありゃ」

 

 萃香を拘束した当人は呆気にとられた声をあげた。

 妖糸を切断したり、錆びさせたり、防いだりした者はいるが、()()すると言うのは例が無い。

 ミクロン単位の代物を、どうやって粉々にすると言うのか。

 

「にゃろ、酔夢『施餓鬼縛りの術』!!」

 

 せつらは声のデカさに耳を塞ぎそうになった。

 これがスペルカードルールか、と初体験の戦いに身を投じる。

 先程のお返しとでもいう風に、萃香の手足に身に着けられた鎖がせつらの方へ伸びてきた。

 言動の端々から感じ取れた力押しのイメージとは裏腹に、早く、正確だ。

 スペルカードの説明にあった、自己表現を技とするのが作法と言うからには、捕まったらタダで済むとも思えない。

 せつらは横っ飛びに鎖の先端を避けた後、十数条の糸を駆使してその動きを反転させ――られない。

 妖気か何かで自由に動かすことができるらしい鎖は、妖糸の操作に抵抗を示した。

 ならばと新たな糸で萃香本体を斬りつけるが、そこには赤い痕ができたのみであった。

 何の対策もしていない生身を妖糸で斬断できない相手は、ほぼ例外なく化け物だ。

 せつらは表情には出さない物の、驚愕を覚え、初戦で厄介な相手に当たったなと辟易した。

 しかし驚愕したのは萃香も同様だった。

 

「どうなってんだ、その糸」

「企業秘密です」

 

 一瞬とは言え、鬼の中でもトップクラスのパワーを誇る自身を予備動作も無しに拘束するなど、普通の人間に出来る事では無い。

 何より、糸に縛られた部分は赤く腫れ上がっている。

 ――少しでも脱出が遅ければ、自分の体は輪切りになっていたのでは無いか? 

 そこに思い至った時、久しく感じていなかった戦慄が萃香の全身を駆け抜けた。

 

「やめだ」

「は?」

「糸はともかく、ルールに縛られてちゃ勿体無い。ほんとうの本気で兄さん、あんたと()りたい 。お互いがくたばるまで、誰にも邪魔されず、二人きりで」

 

 これは――告白と言って良いのだろうか。

 あまりにも血生臭い、そして情熱的で殺意に満ちた、熱量のある心情の吐露であった。

 彼女の目は少女らしからぬ欲情に染まっている。

 色欲も勿論あるが、その戦闘欲とでも言うべき欲情が、小鬼の感情を支配していた。

 明らかに普段の萃香では無い。マジトーンだ。

 せつらを最初に目にした時から、鬼の頭領はわずかずつとは言え、この魔人に狂い始めていたのかもしれない。

 悪鬼羅刹のごとき美しさ、冷酷さ、残酷さに。

 

「お断りします」

 

 そして、どんな相手でもせつらの返答はこれ以外に無い。

 萃香は苦笑しながら言った。

 

「はっ、そいつは残念。私をフるとか、あんた大物だよ」

 

 言うなりその姿が、文字通り霧散した。

 霧となって空気に溶けた小鬼は、影も形も無かった。

 自身の告白を思い返し、恥ずかしくなったのだろうか。

 霊夢や紫との会話もこうして聞いていたのかもしれない。

 

「吸血鬼は霧の湖に、薬師は迷いの竹林にいる。残りの奴は人里辺りで聞けば、簡単に居場所が掴めるだろうよ」

「タダの情報ですか?」

「売りつけて欲しいのかい」

「いえ」

「ホント良い度胸だね! 心配しなさんな、ロハで結構。ほら、神社からなら湖も竹林も人里も一望できるよ」

「どーも」

 

 せつらは三カ所を確認し、それをメモした後、神社の石段を降り始めた。

 萃香の最後の台詞は聞こえたかどうか。

 

「兄さん、いや、秋せつら。いつか私は〈新宿〉のアンタの所へ行く。その時こそ全力の勝負を――」

 

 そこまで言って、ふと萃香は自身の周辺に護符(アミュレット)がバラまかれている事に気付く。

 

「何言ってんのよ、境内で好きに暴れちゃってさ。どこも壊してないでしょうね」

「ゲェェー霊夢!」

 

 霧が霊夢の結界に封鎖され、超人みたいな声をあげて萃香は姿を現した。

 

「秋さん、行っちゃったのね」

「私はともかく、霊夢にもお礼が無いなんて酷い奴だよ」

「ま、いずれ幻想郷から出てく人なんでしょ。あの人、結局私の名前も聞かずに行っちゃったんだから。好かれようが嫌われようがどうでも良いのよ、きっと」

 

 そう言った巫女の表情には、憂いが感じられた。

 霊夢達が、賽銭箱の横にぽつりと置かれた“秋せんべい店お徳用セット”に気付くのは、今から30分後の事だった。

 

 ◆

 

 とりあえずどの依頼から片付けようかとせつらは考え、無難に人里を目指す事にした。

 滞在する場所も決めていないのだから当然だ。

 なるべく滞在日数は抑えたいなと考えていたが、見知らぬ土地ではどうなるか分からない。

 いちおう、メフィストから各種古い貨幣を経費として支給されてはいるが、使わないに越したことは無い。

 使わなかった分は、自分の懐に入るからだ。

 メフィストはどこから手に入れたのか、新品同然の古銭を渡している。なので専門店に買い取って貰えばそれなりの収入になる。

 どこまでもケチ臭い若者であった。

 風景を眺めながら畦道を進んでいくと、やけに懐かしい気分になることに気付く。

 せつらは生まれも育ちも〈新宿〉だから、そんなのは思い込みなのだが、それでも懐かしさを感じる。

 山林が遠景にあり、農道が続く、日本人が誰に教えられるでも無く知っている風景だからか。

 誰もがなんとなく覚えていて、心に留めている原風景と言う奴だ。

 春風に吹かれたどこぞの若旦那のような、美しい若者がそこを歩いているとなると、物凄く絵になる。

 幻想郷はただ歩いているだけで妖怪に遭遇してもおかしくない土地なのだが、当の妖怪達はせつらが歩く姿を見て、人を襲うことすら忘れてしまうような美しい光景に見入っていたに違いなかった。

 ――中には自身の姿すら見えないように行動している妖怪や、気に入った相手に相手に悪戯をふっかけるような妖精もいるのだが。

 

 その妖精達は、突如この地に現れた美しき魔人に、自分の存在をアピールしようと画策している所だった。

 情報源は? 

 博霊神社の床下に、地獄から来た妖精が住み着いていると言う事を知らないまま、飄然とせつらは歩き続ける。

 辺りの森から、可愛らしく賑やかな笑い声が響いたような気がした。

 畦道は、どこまでも続いているかのようだった。




書いてて思いましたが、このせんべい屋、想像以上にトラブル体質過ぎる(今更)
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