道に迷うは妖精の所為なの、とは誰の言葉だったか。
もしそれが妖精自身の言葉なら、注意喚起では無く盛大な煽りか、自身がそのまま攻撃される事を考慮していない阿呆のどちらかだ。
「迷ったかな」
この世の全ての影を集めて人型を為したような黒衣の美は、深刻な事をのんびりとひとりごちた。
彼は人里に向かって歩いているはずだったが、一向に辿り着かない。それらしき建物も見えなかった。
日は既に中天を越え、後は沈むのみだ。
普段の歩く速度を考慮すれば、とっくに着いていてもおかしくないのに、何故。
それを考えると、朝方に博霊神社へやって来たこの青年は何時間歩き続けたと言うのだろうか。いくら何でも、のんびりが過ぎる。
おかしいなと思って妖糸を先へ放ってみたりもしたが、畦道は一向に変化しないし、何者かに出会うことも無かった。
何にしろ、歩かない事には始まらない。
食事もしていないせつらはメフィスト病院で販売されている栄養ブロック、“クララ・バー”を口にして、幻想行を再開した。
クララ・バーの由来は、ドクター・メフィストがアルプスの少女ハイジを観賞していた事から来ているらしい。月が見初めた美貌の医師も、アニメを見る事があるのだ。
ともあれ、今のせつらは春に浮かれた若旦那の散歩としか見えないし、まさかこれが道に迷っている人間とは思われないだろう。
この若者は閉鎖空間や異空間、異次元迷路などにやたらと縁がある。
その経験が、どうせ今回も何とかなるだろうと言う余裕を生み出しているのかもしれなかった。
そしてさらに時間が経った後、一度戻ってみようかななどと、遅すぎる決心をしかけた時、足下の感触が変化した。
今、せつらは舗装されていない見通しの良い畦道を歩いているはずだったが、落ち葉の音や、靴が木の根っこを踏みつけたような感覚が残る。
せつらは目を閉じた。
視界が当てにならないのだから正しい方法なのかも知れない。しかし暗闇の中、一体どうやって前進を続けると言うのだ。
だが大方の予想を裏切り、美影身はしっかりとした足取りで、迷い無く歩みを再開する。
しばらく歩いていると、足下に突然大きな穴が出現した。
通常、地面がいきなり陥没する訳が無い。
並の人間であれば、転落して怪我のひとつやふたつは負ったのだろうが、せつらはそのまま空中で縫い止められたマネキンのように静止していた。
タネはと言えば何のことは無い。靴裏の感覚が変わった辺りで地面を歩くことを止め、彼方へ巻き付けた妖糸の上を歩いていただけだ。目を閉じたまま歩ける理屈も、糸を頼りに歩いていただけの事であった。
普通に歩けば足が縦に両断されてもおかしくないが、せつらはその神業を以て空中歩行を可能としていた。
同時に、周囲の風景が変化する。
見通しの良い畦道は鬱蒼とした森に変わり、今まで歩いてきたのは獣道にも等しい、文字通り道なき道であった。
特に何もしていないのに迷い道が消えたことに対して、若者は、はて、と首をかしげたが、先程地面に空いた大穴を見下ろしてみると、何かがわたわたとうごめいている。
その何か達は口々にお互いを罵っているようであったが、不思議なことに音が全く聞こえない。
疑問に思ったせつらが妖糸を伸ばしてみると、一定の距離まで近付いた辺りでようやく音を拾えるようになった。
どうやら、特定の領域外に音が届かないように遮音を行っているらしい。
美しき若者は、それらの頭上から興味深そうに話を聞いていた。
◆
最初にその話をしたのは地獄の妖精クラウンピースだった。
「もうね、なんつーか、サイッコーに地獄だぜって感じの人間が! 人間か? だとしたら地獄だぜ!」
博霊神社裏にある三妖精の住居に慌ててやって来て、突然要領を得ない話を始めたのだ。
「どーしたの」
三人は共に寝起きだった。
なんとかポルノスレスレのネグリジェ達は、無理矢理起こされた為、少々不機嫌だ。
ピースは幻想郷の風景を見たときより感動したと主張している。たかが人間の男を遠目で見ただけなのに。
「とにかく、見て来てウェルカムトゥヘルって感じで」
スターサファイアが、それを懐疑的な視線で見つめながら、サニーミルクへ意見を求める。
行き詰まったときに行動を決断するのは大抵がサニーの役目だったからだ。
「うーん、とりあえず行ってみる? ピースが持ち込んできた話って、大体面白い事だったしさ」
「さすがだぜ!」
「イェーイ!」
まだ何もしていないのに、サニーとピースはハイタッチをかました。
もうここでこの話は終わってしまっても良いくらいのテンションだったが、とりあえずピースが見た人間と言うのを確認しないと何も始まらない。
ルナチャイルドが煎れた眠気覚ましのコーヒーを皆で味わってから、いざ出陣。
さっそく4人は神社までやって来た物の、ピースを狂乱に陥れた当人は既にここにはいなかった。
鬼の頭領は危険そうな気配を放って陶然としていたし、霊夢も何やら物憂げに大きな袋詰めのせんべいを弄んでいた。
二人に話を聞くのは何だかはばかられたので、狛犬に話を聞いたところ、彼は人里方面へ向けて歩いて行ったという。
慌てて追ってみると、行く先々の妖怪や妖精達が妙におとなしい。
まるで何かに魂を抜かれてしまったかのように呆けている者、顔を赤くして宙を見つめ続ける者、或いはシンプルに気を失っている者と様々だ。
これはいよいよただごとじゃないぞと察した4人は、全員で固まって、いつものステルス・サイレント・レーダーのフォーメーションで行動を再開した。
しばらく進むと畦道を一人で行く何者かの反応がスターのレーダーに引っかかった。
それから4人は念の為、森に入りつつ何者かを追い、その時が訪れた。
「ワーオ! ワンダホー!」
「ひゃあ」
「ふえ~」
「あれは――人間?」
黒い天使が太陽の光の下を歩いている。
4人の眼にはそうとしか映らなかった。
どんな芸術家の絵画も、どんな雄大な自然も、どんな精微な細工も、彼一人の美しさに比べれば軒並みチャチな物としか感じられない。
皆揃ってしばらく放心していたが、元々狂気を操るクラウンピースがいち早く忘我の境地から復帰し、三妖精に活を入れる。
「見た? 見た? 見た?」
クラウンピースの口調はセレブの追っかけのようになっていた。
「綺麗な人だったねえ」
「サニーより光ってたかも」
「なんだと」
キャイキャイといかにも少女らしい会話に終始していた4人だが、それだけで終わっては三妖精 with H(Hell)の名がすたると、すぐに悪戯のプランを練る。
彼女達が振り向いて欲しい相手をターゲットに選ぶのは、霊夢で証明済みだ。
あれこれ考えたが、相手はどうやら外来人らしいので、シンプルなプランになった。
道に迷わせる。
落とし穴にハメる。
登場して名乗りをあげる。
以上だった。
三つまでしか物事を記憶できないスタンド攻撃を食らっても遂行可能というシンプルさ。
とりあえず、サニーが光を屈折させて風景を誤魔化し、辺りをグルグルと歩き回らせる。
その間に残った三人は落とし穴を掘った。
迷わせる役のサニーは若者を見ていられるので、役得だと喜んだ。
準備ができたらそこへ誘導し、それを間近から眺めて笑うのが一連の流れだ。
妖精ながら恐ろしい能力だが、妖精故に危ない使い方をしないのは愛嬌と言える。
クラウンピースの妖精とは思えないパワーは、こう言う時、非常に頼りになった。
落とし穴が完成し、ついにあの美しい若者の注目を一身に受けられると思うと、心が浮き足立ってくる。
全員がだらしない表情になっていたが、ツッコミをする物がいないのは幸運だった。
「おっけーサニー、落とし穴まで誘導して」
「りょうかーい」
サニーは再度光の屈折を操作し、あの若者が森に入るように風景を誤魔化した。
後は彼が落とし穴にはまるまで、一緒に歩いていけば良い。
ただ、一度ルナがおかしな事を証言した。
「なんかあの人、足音がしないんだけど」
この気付きは、妖精にしては鋭いと言って良い。
事実、森に入ってからせつらは一度も地面に足をつけていないのだから当然だ。
音を消す能力を持っているから、相手の音にも敏感だったのかもしれない。
ただし、相手があの顔であったため、
「あんな綺麗な人が足音を立てるなんて、そんなみっともない事ある訳無いじゃん?」
と言うような意見が残りの3人から飛び出し、しかもルナ本人までその論理で納得してしまった。
これが人外の美貌を持つ魔人達の厄介な所であった。
ドクター・メフィストも駆け足の際に「あんな美しい人が走るなんて無様な事をするはずが無い」と、目撃者全員、彼が歩いているようにしか見えなかったと言う怪奇現象が起きている。
とにかく、4人はしくじったのだ。
彼女達はせつらの殆ど背後を歩いていたが、そろそろ落とし穴か、と言うところまで来ても、歩みに変化は無い。
「落とし穴ってこの辺だったよね」
「間違いないわ。ほら、目印があるもん」
「落ちろ~、落ちろ~」
しかしその思いに反して、若者は何事も無く落とし穴が設置された辺りを通過する。
4人が疑問符を浮かべた瞬間、大地が陥没した。
「キャア!」
「うおっ!」
「えぇ!?」
「何でよ!」
四者四様の悲鳴をあげて、穴の中でもみくちゃになる。
「ちょっとスター! ルナ! ピース! ちゃんと作ったの!?」
「そっちこそ誘導ミスったんでしょ! ドジ!」
「ドジなのはルナよ!」
「私は関係ないわよ! 穴を掘ったのは殆どピースだし!」
「あたいの所為にする気か! お前らが重いから!」
「重さは関係ないでしょ!」
穴の中できいきいとケンカが始まってしまった。
ルナは能力を切らすわけにいかないと気を張っていたので、遮音はまだ働いているが、肝心要の光の屈折による幻覚が解けてしまっている事にも気付かず、4人は罵り合っていた。
興味深そうな視線が頭上から注がれている事にも気付かず。
加えて、そちらから声をかけられるとは。
「はじめまして」
4人のケンカが、ぴたりと治まった。
◆
外見はミニサイズの小学生と言ったところか。
せつらは4人をまとめて簀巻きにして、穴からひょいと引っ張り出した。
揉めている時の会話の内容から、自分を落とし穴にはめようとしていた所までは分かるが、道に迷わされたのもこの小さな娘達の仕業だと知り、若者はふーむ、と唸る。
妖精と言う奴についての話は全く聞かなかったので、もう少し霊夢に話を聞いておくべきだったか、と今更な事を考えた。
現在、三妖精と地獄の妖精は、せつらの前で正座を行っていた。さすがに謝り慣れている。
しかしこの図は成人男性が年端もいかぬ子供に虐待を行っているようにしか見えないので少々危ない。
とりあえず若者へ「ごめんなさい」をした妖精達に、現在位置を尋ねてみた。
「こ、ここですか? 私達は霧の湖の近くとか、そんな感じで呼んでますけど」
スターはレーダーできちんと居場所を把握していたらしい。
これにほほうと感心したせつらの、
「君は地形まで把握してるの?」
と言う素の質問に、自身に興味を持って貰えたと舞い上がったスターは、
「いえ! でも、この辺のレーダーの反応は霧の湖の近くの奴らばっかりです!」
とバカ正直な事を言った。
しかしそれは若者のさらなる興味を惹いたようだった。
「どんな奴?」
「この気質は、湖の人魚とか、知り合いの妖精とかです」
「へぇ」
この青年は過去人魚に惚れられて、海に招かれ溺死しそうになった経験があったので一瞬眉を動かしたが、知り合いと聞いてすぐ常態へ戻った。
湖に知り合いがいるなら――
「湖のほとりには紅魔館もあるよね」
「はい」
「そっちに知り合いはいる?」
ピース以外の3人は怯えた表情になった。
「紅魔館に行くんですか?」
「入るのは簡単だけど止めた方が良いです」
「あそこの人は皆危ない人ですよ」
どうも苦手意識があるようで、否定的な、と言うか誇張された怖さと言うか、そう言う話ばかりだ。
もう少し話を聞きたかったが、これ以上は望めなさそうであった。
せっかくだからと、せつらは当初の予定を変更して紅魔館を訪ねることにした。
森の向こう側には霧がわだかまっている。つまりそこが目的地なのだろう。
せつらは歩みを再開した。
「あっ! あの!」
それを誰かが呼び止める。
サニーか。ルナか。スターか。ピースか。
誰が呼び止めたのかも分からないし、呼びかけた自覚さえ無いかもしれない。
「また会えますか?」
恋する乙女のような願いに、黒衣の青年は振り返って曖昧な微笑を浮かべた。
「それじゃ、ね」
それだけ言って今度こそ去って行く。
正面から彼の微笑が直撃した4人は、しばらく蕩けたような顔でその場に釘付けになっていた。
あの美しさに少しでも浸っていたかったのだ。
感想も前と同じだ。
「綺麗な人だったねえ」
誰ともなくそう口にすると、最後の微笑が誰に向けられた物かについて話し合った。
全員が自分だと主張し、再びケンカが始まるところだったが、この4人は正座で呆けていたのだ。
誰一人まともに立ち上がる事ができず、せつらの笑顔争奪戦は5秒で無効試合になった。
痺れた足をさすりつつ、4人はバカな事をしたと笑い合って、再びせつらの微笑を夢想し、誰かが何度目かの事を口にする。
「綺麗な人だったねえ」
4人が自宅に戻るのには、もう少し時間がかかるようだった。
4人全員立てるのはムリ(諦観)
4人をセットにして一人のキャラとして運用すればとっちらからずマシになると分かったのでその辺は収穫
個々で使いたいときは物語の必要に応じてばらす
合体ロボの運用方法みたいやな