魔界都市ブルース 幻夢の章   作:ぶゃるゅー

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6話:本好きの魔嬢

 客室に案内されたせつらは、ベッドに腰掛けて一息吐く。お高めのホテルみたいだ、と思った。

 

「ここ数日はお客様が泊まる想定をしていなかったので、些か不便かもしれませんがご了承ください」

「どーも」

 

 去ろうとする咲夜は、思い出したように注意だか警告だか分からないような事を言った。

 

「それから、余り館内を動き回らない事をお勧めします。下手をしたらあなたでも死ぬかもしれません」

「はぁ」

「特に、金髪の少女を見かけた場合は逃げた方がよろしいかと」

 

 その注意を促した銀髪のメイドは、微妙に切羽詰まったような不安を塗り固めた表情だった。

 客室に落ち着いたせつらの所へ、来客があった。

 控えめなノックが鳴らされる。

 

「どうぞ」

 

 ガチャリと開いたドアの先には、奇妙な羽を背負った少女がいた。それも注意された金髪である。

 せつらは無言で天を仰いだ。その先には天井しか無かったが。

 このまま黙っているのも客としてまずかろうと、若者は視線を戻して尋ねた。

 

「何か御用でしょうか」

「あなたが秋さん?」

「ええ」

「私はフランドール・スカーレット。どうぞよろしく」

「おや」

 

 スカーレット姓は当然この館の持ち主の家族になる。

 若者はそれが気になったのか、レミリアとの関係を聞いてみた。

 

「スカーレット氏とはどう言ったご関係で?」

「血縁上は私の姉って事になるのでしょうね」

「なるほど」

 

 どうやら、客人がいると言う事も聞いていたらしい。

 だとするとこの少女は、明確にせつらが目的でこの部屋を訪ねたと言う事だ。

 

「話には聞いてたけど本当に綺麗。私と心中しない?」

「何故」

「あなたがあんまり綺麗だから、ずっと私の物にしておきたいなって」

「それで心中ですか?」

「お互いのことはお互いの思い出にのみ残り、それを知る者は時を経れば私達を忘却していく。あなたは正しく私の心にしか残らない」

 

 せつらは少し黙ってから、

 

「カウンセラーを紹介しましょう」

 

 とだけ言った。常識的だが、他に何も言えなかったのも確かだ。

 咲夜の言った通り、この娘は危険であった。

 ひとつ返答を間違えればそのまま殺し合いに発展しそうな雰囲気すらある。

 

「あなたに心配してもらえるのは光栄だけれど、結構。私はもう、こう言う吸血鬼に育っちゃったからね。今更改める気は無いの」

「左様で」

 

 姉は苦労していそうだな、と言う感想を彼は持ったが、フランドールが退室しないので、まだ警戒は解けなかった。

 彼女は相変わらず瞳に感情の読めない光を浮かべ、若者を見つめている。

 

「まだなにか」

 

 相変わらず他人などどうでも良いと言わんばかりの言葉に、フランドールが不満を漏らした。

 

「綺麗だけど()()()()()よね、あなた」

「は?」

「用が無いといちゃいけないの」

「寝るつもりなので」

「ホント、ひとでなしね。レディの気持ちがわかっちゃいないわ」

「はぁ」

 

 あまりにも無味乾燥な返答に、フランドールは一瞬手のひらをせつらに向かってかざそうとした――が、その手は握られたままだ。

 

「あれ? 指が開かない」

「手の疲労かも」

「ふーん。どうみてもあなたの仕業だけど」

 

 金髪の吸血鬼は、やや力の入った目線でせつらを威嚇するが、当人は相変わらず眠そうな表情でそれを見つめていた。

 

「きっと、休めば治ります」

「そうね。そう言うことにしておく」

 

 投げ遣りにそう言って、フランドールは若者の客室を退出した。

 手のひらの様子を確かめてみる。動く。

 何をされたのかと彼女は首をかしげたが、どうやら拳を拘束した千分の一ミクロンの妖糸には気付かなかったらしい。

 願いを断られたのは残念だが、彼の事を考えると頬が緩む。

 想像以上に美しい青年だったし、想像以上に()()()相手だ。

 フランドールは、こんな楽しい気分は久々と言った歩調で自室に戻って行った。

 

 ◆

 

 翌日の事だった。

 時刻は午前中だが、何故かレミリア達も起床している。

 朝食を一緒に、と言われたのでせつらは相伴に預かっていたが、ふとその事について尋ねてみた。

 

「きょうび、昼間に活動しない吸血鬼なんて時代遅れそのものだよ、ミスター秋。早寝早起き、快食快眠が最先端の吸血鬼なのさ」

「含蓄のあるお言葉で」

 

 昼間に出歩けるような強力な吸血鬼ならともかく、日の光を浴びたら即死するか人間以下まで能力の低下するような弱小吸血鬼は流行には乗れないんだなと、どうでも良い知識が得られた。

 そう言えばあの『姫』も、日中に、聖なるエネルギーと生命エネルギーが最大限に発揮される呪的陣形で、心臓に何発も杭を叩き込んだが、ダメージこそ与えたものの滅ぼすには足りなかったらしい。

 強力な吸血鬼と言うのはやはり丈夫、と言うかしぶといのだ。

 それこそ彼女が生きる気力を無くしていなければ、せつらも首を落とす事はできなかっただろう。

 

「ところでミスター、君に質問がある」

「なにか?」

「君の仕事は人捜しだと言っていたが、腕前は〈新宿〉一だそうだね」

「勿論です」

 

 せつらは心なしか胸を張った。

 

「昨日ウチにやって来た愚か者共は見たか?」

「いちおう」

「なら、一つ仕事を頼みたい。連中の親玉を捜してくれないか? いつまでも下らない連中がやって来るとなると、そちらにリソースを取られるし、館の運営もままならん」

「それはごもっともですが――何故僕に」

 

 この館の人材なら敵の捜索など楽勝だろう、と言う意味だ。

 

「それはその通りだが、残念ながらウチには余剰人員がいない。紅魔館の人材はトップが私、メイドが一人、門番が一人、魔女が一人、使い魔が一人、引きこもりが一人。その六名以外は全て妖精とゴブリンだ」

「妖精とゴブリンはダメですか」

「ダメって訳じゃ無いが、少なくとも戦いや捜し物に向いているとは言い難いね。頭の程度も――妖精はチルノと同レベルと言えばわかるだろ」

 

 その言葉には妙な説得力があった。チルノと言う名前だけで察せられるのも凄い。

 これはある種の信仰では無いのかと若者は首をひねったが、深くは考えないことにした。

 

「で、請けるか?」

「レートがどうも外と幻想郷では違うようなので」

「私達は外界のレートも把握してるつもりだが、いくらかかる」

「基本は一日三万円プラス必要経費です。オプションや、特殊な事情がある方、急ぎの方からは割り増し料金を取ってます」

「値段はそれなりだが、結局そちらの胸先三寸って事じゃないか。どうせ気に入らない相手には倍の料金を払わせたりするんだろう」

「さて」

 

 せつらは誤魔化したが、その想像は地味に的中していた。

 しかも、アコギと言われかねない料金を請求した事もある。

 相手に依頼をすること自体を諦めさせたかったり、或いは礼儀を知らない相手だったから、と言うのもあった。

 だとすると、今回は? 

 

「請けてくれるなら、そうだな――期間は三日程度で、見つからなくても構わない。解決が早いか遅いかの差でしか無いからね。現物での支払いになると思うが、一日で仕事を終えても三日分の料金は払うよ。それも全額前払いでね」

「うーむ」

 

 美しき魔人は腕組みをして沈思した。

 せつらは余りダブル・ブッキングだとかを気にしない方だ。片手間で別の依頼を片付けてしまう事も多い。

 しかし、〈新宿〉ならともかく、こちらで新たに依頼を請けることは想定していなかった。

 場所が場所だから、秋せんべい店(オフィス)でしか依頼を請けないとも言い難い。泊めて貰った事もある。

 この若者は、普段から利用できる物は利用してやれ、くらいのノリで活動しているが、かと言って恩知らずと言う訳では無い。

 

「わかりました。ですが幻想郷では勝手が違いますし、仕事の完遂は難しいかもしれません」

「ああ、それで結構。見つけたら美鈴か咲夜に伝えてくれればそれで仕事は完了って事にするよ。部屋は今の客室で良いか?」

「ええ。資料や手がかりなどは――」

「咲夜とウチの魔女にまとめさせたよ。後で案内させる」

「さすが」

 

 手際の良さを褒めた、せつらのお世辞にレミリアは鼻高々であった。普段は余り褒められ慣れていないらしい。

 ともあれ、それで話は終わりだ。

 食事が終わると、早速咲夜がどこからかせつらの隣に出現し、襲撃者の話を聞くことになった。

 

「連中の特徴はパチュリー様――図書館を占有しておられる魔女の方が分析していましたので、まずはそちらに」

「はぁ」

 

 咲夜はせつらを伴って館内を進むが、歩く毎にメイド妖精達が増えていく。

 誘蛾灯に群がる羽虫のように、せつらを一目見た妖精達が、そのままついて来てしまうのだ。

 咲夜はそれを何度か仕事に戻るよう諭したが、戻っていく妖精達はこの世の終わりのような顔をしており、果たしてこの後マトモな仕事になるのかと不安を覚えた。

 肝心の図書館に到着するとメイド妖精達の行進は止まったが、今度はレミリアの言っていた使い魔がしつこい。

 

「わー! わー! こんなカッコイイ男の人は久々! 今夜一晩、どうですか? 私、意外と尽くす女ですよ? 肌もあなた程じゃ無いですけどそこそこ綺麗だし、特にお口のテクには自信があって、いえ! 下の口の締まりだって――」

 

 話に聞くと『小』悪魔だそうだが、殆どナンパ男みたいな勢いであった。

 いや、ナンパ男と言うよりはもはや只の下品な人であったが、一応パチュリーの元までは咲夜と二人で案内してくれる。

 明らかに紅魔館の外観より大きい図書館にせつらは疑問を持ったが、そう言った事はメフィスト病院やヌーレンブルグ邸で慣れているので、特に言及はしなかった。

 しばらくして、図書館の奥まった所にレミリアの物と同じように、大きめの執務机が姿を表す。

 席には、なにやら服も髪も雰囲気もふわふわした少女が静かに本を見つめていた。

 

「パチュリー様」

「んん?」

「この騒ぎの首魁を探ってくれる方をお招きしました」

「昨日招かれたって人?」

「はい。こちら人捜し屋(マン・サーチャー )の、秋せつら様です」

 

 パチュリーは視線を上げ、せつらはその瞳に射竦められて黙礼を返した。

 彼女はふん、と鼻を鳴らして読書に戻ったが、数秒後、今度は目だけで無く顔を跳ね上げた。

 

「――っ、こいつはまた。悪魔の誘惑どころじゃないわね」

「パチュリー様は平気なんです?」

「こんなもん見て平気でいられる奴がこの世に存在する訳が無いでしょうよ。類い希なる、なんて言葉じゃ到底足りない美形ってのは初めて見たわ。この世に彼を表現できる単語が存在するかどうか」

「割と平気そうですが」

「私も魔女だから、悪魔に誘惑されないよう、それなりに手を打ってる。でも至近距離とか、耳元で囁かれるとか、真っ直ぐ見つめられて笑顔でも向けられたら、どうなる事やら。そこのバカ悪魔を見てみなさい」

 

 咲夜が小悪魔に目を向けると、彼女はせつら以外の物が目に入っていないようだった。

 顔を桜色に染めてもじもじしている姿はまるで恋する乙女だ。

 誘惑をする側の悪魔がそんなんで良いのかとも思ったが、悪魔だから欲望に忠実なのかもしれない。

 

「ま、それは良いとして――秋せつら」

「はい」

「協力してくれるの」

「先程、正式にスカーレット氏から依頼を請けました」

「なら結構。定期的に襲ってくるバカがいると、おちおち読書もできやしない」

「お察しします」

 

 せつらの適当な返答に、パチュリーは眉を歪めて不満そうな声をあげた。

 

「その割に心底どうでも良さそうね」

「まさか」

 

 口では否定するが、実際相手の事情など殆ど頓着していないのだから、パチュリーの見立ては慧眼と言えた。

 若者の態度があまり変化しない事に一つ嘆息すると、本題の説明に入る。

 

「話はどこまで聞いてる?」

「外界からバンパイア・ハンターの一団が押しかけてきたと」

「そう、本っ当しつこい連中でウンザリよ。魔女狩り連中も粘着気質だったけど、あいつらはそれ以上ね」

「はぁ」

「で、まあ幻想郷の管理者も何も言ってこないし、こちらで処分しようと考えたんだけど、一向に足取りが掴めない」

「魔女ですよね?」

 

 せつらが何の気なしに呟くと、紫色の魔女は憤慨した。

 

「あのね、魔女だからって何でもできる訳じゃ無いのよ。推測するにしろ、魔法で調べるにしろ、()()が無くっちゃ話にならない」

「知り合いの魔女はできた物で」

 

 若者は全く悪びれずに言った。

 

「何も無くても知りたい事が分かるって、その魔女、何者よ」

「ヌーレンブルグ」

「は?」

 

 さすがのパチュリーも呆気にとられた。

 まさか、現代で世界一と言われる魔女の名前が出て来るとは思わなかったに違いない。

 

「ヌーレンブルグって、魔法都市チェコで一番の魔女? ガレーン・ヌーレンブルグ?」

「残念ながら二番目の方です」

 

 パチュリーは得心がいったようだった。

 納得したのか、咲夜の入れた紅茶に口をつける。

 

「姉じゃなくて()()の方か。なら金次第でどんな無茶もやるかもね」

「アカシック・レコードから答えを読み取りました」

 

 魔女は紅茶を吹き出した。

 

(きたな)っ」

 

 若者に見とれていた小悪魔が正気に返る程度にはハデなリアクションだったらしい。

 魔女は咲夜に掃除を頼んで小悪魔をにらみつけた後、呆れたような口調で述懐した。

 

「無茶ったって程度がある。アカシック・レコードから情報を引き出すなんて、ヘタすりゃ精神が行方不明になって己が無くなり、運が良くて廃人、普通は頓死するわ」

「へぇ」

「チェコ第一、第二の称号は伊達じゃ無いって事か。さすが外に残ってるだけの事はある」

「第一の魔女は亡くなりました」

 

 せつらは何でも無いことのように告げた。が、わずかに声のトーンが低い。

 彼の中でも何か心の動きがあったに違いなかった。

 一方のパチュリーも、信じられない、と言う表情を向けている。

 

「――どうやったらあの妖怪ババアが死ぬのよ」

「吸血鬼の鬼気を受けてしまい、ダメージが抜けずに衰弱死、ですかね」

 

 パチュリーは一瞬絶句した後、神妙な声で悪態をついた。

 

「――ふん、勿体ない。美鈴がいれば治療できた物を。魔女らしい魔女は、これで外にはいなくなったも同然ね」

「チェコ第二の魔女はお嫌いですか?」

「金、金、金。魔女として恥ずかしくないのか、あれは?」

「仰るとおりで」

 

 せつらは先程までと違い、今度は感情を込めて同意する。

 彼もトンブ・ヌーレンブルグには思うところがあるらしかった。

 ただ太った女が苦手なだけかもしれないが。

 

「残念ながら、私は知識に基づいて確実な方法を探る魔女だからね。とりあえず、連中の持ち物や服装、人種程度しか分かってる事は無いのよ」

「一団と言うからには、どこかの組織でしょう」

 

 せつらの言葉に頷いた魔女は、人差し指をピッ、と立てて留意点を話す。

 

「まあね。それもかなり大規模、そして資金に余裕がある連中。バンパイアハンターってのは単独行動が多いから、普通はこんな大量に湧いて出て来る事は無い。何かでかいターゲットがいるとか、ハンターの元締めか影響のでかい誰かがそう言う命令を出したか」

「スカーレット氏は何か恨まれるような事でも?」

「逆よ。むしろ私達は目立たないように目立たないように生きてきた。今のご時世、外界で何かやったらすぐにハンターだの拝み屋だのが嗅ぎつけてやって来るでしょう。わざわざ幻想郷に居を移したって事は、もう外で生きるつもりは無いって宣言みたいなものよ」

「それは、まあ」

「だから、何か私達を討伐することで得があるのかもしれないけど、それは知った事じゃないわ。結局対応の仕方は変わらないし、つっかかって来るなら死んでもらう他無い」

「左様で」

「で、肝心の相手の情報についてだけど、書類にまとめといたわ。なにぶん分かってることが少ないけど、それが仕事だって言うなら期待はして良いのよね、人捜し屋(マン・サーチャー)さん」

「おまかせください」

 

 書類を受け取ったせつらはそう言って胸を叩いた。

 が、あまりにも茫洋としているので、他人からは頼りなく見えるし、これが〈新宿〉一の腕前とは誰も想像できないだろう。

 実際パチュリーと咲夜はそう思ったが、彼ならやる、と言う真逆の確信もあった。

 この美しい若者は、ただそこにいるだけで世界の王になれるかもしれない。

 ならば、この魔人が歩き回ったら、事態は解決してしまうのではないかと。

 一方で、不安もあった。

 彼がその美しさで幻想郷を歩いたとき、自分達は気付かない間に、敵味方関係なく墓の下にいるのではないか、と。




動かない大図書館って二つ名の割に結構動くパチュリー!
咲夜さんのクロスレビューで2点のパチュリー!
語呂の問題で魔女ではなく魔嬢なのがミソ(どうでもいい情報)
決してパチュリーが下克上をする訳では無い

もっとパチュリーに優しい二次創作があろうもん

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