魔界都市ブルース 幻夢の章   作:ぶゃるゅー

8 / 14
7話:いつもの闇景、よくある光景

 再び、せつらは咲夜の案内でレミリアと面会した。

 朝方からテラスでお茶とは、ますます吸血鬼らしからぬ生活習慣であった。起床したらしいチルノが、同席して食事を摂っている。

 ただ、大妖精の発生させた霧が濃いため、景色は白一色だ。

 歩いている内に資料の閲覧は済ませたので、それはバッグの中に仕舞ってあった。

 

「で、見つけられそう?」

「なんとか。調査はこれからですが」

「――もう捜す場所の検討がついたのか。ボーナスも一応考えてはいるが、仕事熱心なのは良いことだ。幻想郷は良い所だが、なにせのんびり屋が多すぎる」

「ははは」

 

 レミリアの言葉に、若者は愛想笑いをした。

 

「ところで、これが料金代わりだ」

 

 そう言ったレミリアがガーデンテーブルの上にハンカチを敷いて置いたのは、赤い宝石だった。ルビーと言う奴だ。

 それも、その名の通り深い赤色と言うか血の色のような石だった。

 

「ピジョンブラッド。小粒だがこれでも2~30万程度の価値はある。安くても10万前後はするだろうし、用は足りるだろう」

 

 せつらはハンカチの上に置かれたそれを手に取り、天に向けてかざした後、バッグの小物入れへ無造作に突っ込んだ。

 

「確かに受け取りました。領収書は要りますか?」

「精算が面倒だ。贈与って事にしとくさ」

 

 せつらは苦笑して片手をあげ、返事の代わりとした。

 食事を終えたのか、それを黙って見ていたチルノが声をあげる。

 

「あたいも欲しい」

 

 レミリアとせつらは、一瞬顔を見合わせた。

 生活費など必要なさそうな妖精に、報酬を要求された事に驚いたらしい。ましてチルノは金銭とかに無頓着な印象であった。

 ただ、事実は違う。

 むしろチルノは経済的な感覚を備えている方だ。

 祭りでも積極的に屋台を出しているし、時には人里で氷を作る商売をする事もあった。

 計算なども得意では無いが、お金はあった方が良い、と言う判断に到るのは経験のたまものだ。

 ――と見せかけて、せつらが貰っていたから自分も、と言うシンプルな推測が捨てきれないのもチルノがチルノたる所以である。

 どちらにせよ、チルノも報酬を欲しがった。これが全てだ。

 

「あたいも」

 

 黙して語らぬ二人に声が聞こえていないと思ったのか、再びチルノがそう言った。聞き間違えとかでは無いらしい。

 無責任極まる若者は対応をレミリアに投げた。

 

「ミス・スカーレット」

「どうしろっての」

 

 豚に真珠では無いが、妖精に価値のある物を与えてもムダとしか思えない。が、能動的にトラブルバスターを請け負う先日の心意気は評価したい。

 いかにも扱いに困った、と言う表情を浮かべたレミリアだったが、

 

「わかった、お前にはコレをやる」

 

 そう言って、懐から青い宝石を取り出して、チルノに持たせた。

 

「人魚が流した涙って触れ込みの宝石だ」

「すげえ! 綺麗!」

「この青さは私も気に入っていたんだがな。お前にこそ似合う石だろう」

「サンキュー、レミリア!」

 

 チルノはその石を手にしてくるくると踊った。

 そうしていると、やはり規格外とは言え、妖精らしい姿だ。

 せつらがこっそりと聞いた。

 

「良いんです?」

 

 至近距離で囁かれると、吸血鬼ですら一瞬意識が蕩けそうになるものの、見栄っ張りのレミリアは何でも無い事のように応対した。

 ある意味で鋼の精神力と言えるかもしれない。

 

「良いんだよ。どうせあれはアクアマリンのクズ石を集めて、錬金術で整形した人造の宝石って事らしい。価値なんかあるはずも無い」

「しかしあなたはそれを身に着けていた」

「言ったろ、青さが気に入ってたって。青と言うのは私達吸血鬼にとっては憧れの色なのさ」

 

 ずいぶんセンチな事を言うな、と言う感想を若者は持ったが、そこは言及せずに黙っていた。

 

「それじゃ、後は頼んだ。最強の妖精に、〈新宿〉一の人捜し屋(マン・サーチャー)くん」

 

 そう言い残して、レミリアはテラスから屋内へと姿を消した。

 せつらとチルノは、再び連れ立って紅魔館の門をくぐった。

 

「親分さんはどうします」

「悪者退治。アキもやるんでしょ」

「僕は捜すだけです」

「悪者捜しなんて、適当な誰かをイケニエにしてワルモノに仕立て上げれば簡単だって、()()とか()()とか()()が言ってた」

「付き合う相手は選びましょう」

「えー?」

 

 そんな事を言っていると、既に門前で勤務を始めていた美鈴が、ほがらかな挨拶をした。

 尤も、ここ数日の出来事で、門の周辺は地面が血に染まり黒く変色している為、その落差が恐ろしい。

 

「おはようございます。秋先生(さん)、これから仕事ですか」

「ええ」

「今の所()()()()は来ていませんが、警戒が続くのも面倒です。早く昼寝がしたいですよ」

「なんとかします」

 

 美鈴の緊張感の無い台詞に、若者はこれまた気楽に言い放った。

 いつも眠そうとしか見えない茫たる風情のせつらと、昼寝が趣味の門番は案外気が合うのかもしれなかった。

 

「で、調査の目処は立っているので?」

「一応、人里方面へ向かってみようかと」

「あんな所に見慣れない集団が現れたら目立つと思いますが――なにか気になる事でも」

「資料には、()()()と記されていました。では、幻想郷に来た人間が、最初に目指すべき所はどこでしょう」

「そりゃ、人里でしょうけど――咲夜さんは買い出しなどで里には出入りしていますし、私もたまに里へ出る事があります。そんなあからさまに外来人でござい、って連中を見落とす物ですかね?」

「これは〈新宿〉の話ですが、生粋の〈区民〉と、〈区外〉から来た人間では、空気や雰囲気など、染みついた物が違います。元々、外の人だった十六夜さんは――いえ、あなた達は、連中が幻想郷の人間に擬態を行った場合、判断する術が無いのでは、と」

 

 美鈴はなるほど、と頷いた。

 自分達はもはや完全に幻想郷の民として溶け込んでいるし、住民もそう思っているだろうが、話題性や唐突なバカ騒ぎ、文化的には未だ台風の目であると言う自覚があった。

 こちらから幻想郷に対して何かをアプローチするのは慣れていても、幻想郷側の文化を積極的に摂取しているとは言い難い。

 せいぜいが決闘ルール、食事くらいか。

 

「しかし、秋先生(さん)も条件は一緒に見えますが」

「仕事なので」

 

 それはそうだろう、と美鈴はせつらに懐疑的な視線を向けたが、結局彼を見ていると、何とかなりそうな気がしてしまう。

 その春風駘蕩を体現したような落ち着き――否、のんびりした雰囲気が不安を払拭してしまうのだろうかと、美鈴は首をひねった。

 

「それでは」

 

 せつらはそれだけを言い残し、チルノを伴ってさっさと歩き出した。

 あの若者の前では、多少なりとも気合を入れてかからねばマトモに顔を見る事すら困難だというのに、あの氷精は平然と行動を共にしている。

 美鈴はアレを大物か大馬鹿のどちらかだと断定していたが、どちらかではなく、()()では無いのかと新たな疑いを生じさせる事になった。

 

 ◆

 

 来る時は迷う羽目になったが、出る時はすぐだった。

 まあ、妖精の物に限らず、迷路など大抵そんなものだ。

 

「こっちが人里だよ」

「助かります」

 

 せつらはチルノの案内で再び農道だか畦道だかを歩く事になった。

 外見上はやはり、のどかと言うか古き良き日本を思い出させる行程だったが、この地には妖怪が跋扈している。

 子供と優男の二人組など、あっという間に食われてしまいかねないが、この二人にそんな事は有り得なかった。

 妖精はチルノとの実力差を自覚していたし、大抵の妖怪はせつらが歩く姿を見ただけで自失し、襲いかかる事すら忘れてその姿に見入った。

 

「おや」

 

 せつらは不思議そうな声をあげた。自分達と反対の方向から黒い球体がやって来ている。

 妖糸を送り込んで見ると、それ自体に実態は無いようだが、その中には人型の何かの手応えがあった。

 

「あ、ルーミア」

「お知り合いで?」

「あたいと同じで色々な所に居んの」

「妖精?」

「妖怪」

 

 そんな会話をしていると、その闇とすれ違う時に声をかけられた。

 

「私に何かを巻き付けたのはだあれ?」

 

 まさか声をかけられるとは思わなかったせつらが応答する。

 

「僕です」

「気になるから外してくれない」

「失敬」

 

 若者が糸を引っこめると、黒い塊は再び先へと進んで行った。

 

「目が悪くなる」

「ルーミアの事? どうせ見えてないから一緒だよ。いつもの事、いつもの事」

 

 それを聞いて、自身も見えていないのかと呆れた若者だったが、だから触覚が敏感だったのだ、と納得した。

 千分の一ミクロンの糸は、糸をかけられたと言う感触すら捉えられないのが普通だからだ。

 それに、ずいぶん余裕のある妖怪だった。どこかの大物だろうかと思ったものの、今の所はお互いに通りすがっただけなので、それを知っても仕方が無い。

 若者と氷精は、再び畦道を歩き出した。

 しばらくして、ようやく里とそれ以外を隔てる門が見えて来る。

 大きいな、と言う感想を若者は抱いた。門から横に伸びる防壁はどこまで続いているのか先が見えない。

 人里、と言う言葉からは少数人口の村落しか想像できなかったが、せつらから観る限り、これは一つの小都市だった。

 勿論30万人前後が暮らす魔界都市〈新宿〉に比べれば規模は小さいだろうが、それでも一万や二万の人口では足りないかもしれない。

 

「――幻想都市は語呂が悪いか」

 

 そんな毒にも薬にもならない事を口にして、せつらはチルノの後をついて行く。

 門には門番だか見張りだかがいるものの、黒ずくめの青年と有名な妖精、と言う珍妙なコンビを誰何する事も無く、あっさり中に通してもらえる。

 もっとも、彼ら彼女らはせつらを目にした時点で見張り番の職務など忘却の彼方であろうが。

 

「アキはあいつらが気になるの?」

「ええ」

「何もしなきゃ何も言われないよ」

 

 チルノは当たり前の事を言った。

 

「妖怪も?」

「うん。里で危ない事したら袋叩きに合うだけだもん。中立地帯だから、お互い悪さしたり争っちゃいけないんだって」

「へぇ」

 

 ルール作りと遵守が徹底されているな、とせつらは感心した。

 

「もう凄いよ。前後左右全部から妖怪退治できる人とそうでない人と妖怪が集まってきてさ、もうボッコボコにされんの」

 

 どうやらチルノ自身がやらかした経験談らしい。

 しかも妖怪退治できる人とできない人全てと言うのは、要するに、そこら辺をうろついている者全員ではなかろうか。

 魔界都市でも、犯罪者が警察と一般市民の両方からタコ殴りに合う姿を見かける事があるが、それに近いようだ。

 正当防衛がどうとかはあるが、〈新宿〉の場合は害意があると判断した時点で防衛――()()()()をしても問題が無い。

 それが幻想郷では、自分が仲間だと疑われるのが嫌なのか、はたまた軽挙妄動への制裁か、妖怪まで参加しているらしい。

 

「文も通りかかった時は一緒に蹴ってるよ」

()()?」

「ブン屋の文。アイツはネタ探しとかで飛び回ってるしね。よくその辺にいるんだ」

「はぁ」

 

 道端の昆虫みたいな扱いを受けている()()とやらに興味は無いらしく、せつらは適当な返事をした。

 

「あ、ちょうどやってるね」

 

 チルノが指差した方を見ると、何やらケンカ沙汰――と言うよりも一方的な折檻を受ける何者かが、大通りに面した飲食店から蹴り出されていた。

 

「妖怪の分際でセコいマネしやがって!」

「イマドキ、飯にゴキブリが入ってたなんて騒ぐ阿呆がいるか、この野郎」

「お前みたいなのがいるから私達みたいな妖怪は里に来にくいんだよ!」

 

 その妖怪とやらは種族も知れぬ人型だったが、周りの人や妖魔は殴る蹴るは勿論、錫杖でブッ叩くわ、囲んで念仏を唱えるわ、妖気の弾丸でハチの巣にするわ、好き放題であった。

 

「ゆ、許し」

「うるせぇ! 里で妖怪が悪さしたらこうなるんだ新米!」

 

 許しを請う暇も無く、ベタベタと護符だか御札だかが貼られ、そいつは身動きがとれなくなる。

 人間はともかく、本来同じ立場である、退治される側の妖怪までが自分に襲いかかるって来るとは、彼も思わなかっただろう。

 そいつは行動を封じられたまま、里の門へ向かって連行された。そのまま外へ叩き出されるに違いない。

 

「過激だ」

 

 魔界都市でも似たような物だが、此処もそうだとは思わなかったせつらは、妙な郷愁を感じた。

 

「よくある事だよ」

 

 チルノの言葉に、若者は曖昧に頷く。そこにどんな感情があるのかは分からない。

 

「で、これからアキはどうやって敵を捜すの」

「わからない」

「どーゆーこと?」

「とりあえず来てみれば何とかなるかもしれないと思って来ましたが――思っていたより人が多い、と言うより人里の規模が大きい」

「ダメダメじゃん」

「面目ない」

 

 美しき青年は、珍しく殊勝な雰囲気で頭を掻いた。傍目には殆ど変化が無いように見えるが、彼なりに反省でもしているのだろうか。

 さてどうするか、と二人は足を止めることになった。

 これが〈新宿〉なら、太った情報屋に適宜連絡を入れて、その情報を指針に動くところだが――。

 

「太っ――里の事情に詳しい人に心当たりは?」

 

 外谷の事を考えていた若者は、危うく人里の()()の存在を問うところだった。

 太った人間と言うだけならいくらでも見つかる。

 

「うーん、そう言うのあんまり興味なかったし」

「ですか」

「だからあたいの知り合いだと、知ってそうだなって思えるのはスキマか()()()かな。()()も細かい事に興味なさそう」

「スキマは八雲さんとして、けーねさんと言うのは」

「寺子屋で訓導やってる妖怪――いや、人間、でもないし――妖怪人間?」

 

 若者は数秒間その言葉について悩んだ後、ああ、と閃いて手を打った。

 

「ハーフ?」

「半妖ってのはそうだけど、ちょっと違うカンジ。人間と妖怪の()()()()とかじゃなくて、人間で妖怪なんだよ」

 

 チルノの言葉は分かりづらい事この上ないが、的確であった。やはりこの氷精は只者では無い。

 せつらは「人間で妖怪」とオウム返しの生返事をして、考えるのを一旦止めた。

 情報屋すら頼れない今は、とにかく足で稼ぐしか無い。

 

「で、そのけーねさんの勤める寺子屋はどちらに」

「あっちの方だよ」

 

 この氷精は何でも知っているな、と感心しつつ、せつらは改めてチルノに追従した。

 彼女の行動範囲は殆ど幻想郷全土に及ぶため、その顔の広さが偲ばれる。ツテが無いのは冥界と天界くらいしか無さそうだ。

 

「交通機関は無いか」

 

 人里に着けば少しは一息つけるかと思っていたが、結局は徒歩だ。

 昨日から歩きづめでウンザリしてきたが、この地には高層ビルやタワー等も無いため、高所に糸を巻き付け、振り子のように飛翔すると言う手段も使えない。

 

「あたいが抱えて飛んであげよっか」

「できますか」

「無理かも」

 

 じゃあ何故提案したのか、とせつらは思ったが、チルノは体格差を今この瞬間に初めて意識したらしいと言うことが見て取れた。

 

「里の人はどうやって移動を?」

「歩き、自転車、それに人力車、牛車だね」

「へぇ」

 

 せつらは唸った。印象としては中世から近世までの日本だが、この地では現役らしい。

 馬はどうした、と思わなくは無いが、捜してみればあるのかもしれない。

 せつらはさっそく、人を乗せる為にむき出しの座席と車輪をくっつけたような車を大通りで見つけ、傍で煙草の煙をくゆらせながら休憩をしているらしい馬丁、もとい牛方をつかまえた。

 座席は箱型では無いらしく、観光地のそれに近い造りだ。

 タクシーのようにすぐに連絡がつかないのは不便だが、歩きよりはマシと、若者は妥協した。

 休んでいた牛方の男は声を掛けると一瞬迷惑そうな顔をするが、若者の顔を見ると一瞬でそれが喜色に変化する。

 彼の美しさは性差すらも超越し、それを目にした人間をいとも容易く虜にしてしまう。

 

「どちらまで?」

 

 いかにも男らしい太い声だが、猫なで声だ。頬も赤く染まっていて、初恋を覚えた少年の如き様相であった。

 チルノはそれを見ておえ、と舌を突き出した。

 

「あっちの方にある寺子屋まで」

 

 一方せつらは、チルノが示した方角を指さして、適当極まりない目的地を告げる。

 

「綺麗な兄ちゃん、妖精も乗せるのかい?」

「ダメですか」

「いや、アンタが良いなら良いんだが――とにかく乗ってくれ。あんたみたいな男前を乗せりゃあ、俺の仕事にも箔がつく」

「はぁ」

 

 せつらの気のない返答を、利用するかしないかを迷っていると判断したのか、牛方の男は焦り気味に告げた。

 

「なあ、乗ってくれるなら料金はタダでも良いよ。ついでにお茶でも付き合ってくれりゃあ一生の思い出にもなる」

「遠慮します」

「そんな事言わねえでよ、頼む。乗れ。乗りやがれ」

「アキ、このおっちゃん気持ち悪いよ」

「んだと、この妖精のガキが」

 

 チルノが端的な拒否感を口にする。

 それはせつらも同感だったが、別の交通手段を捜すのも面倒な話だった。

 

「一体何のつもりで連れてるのか知らないがね、そいつは妖精の中でも指折りで危険な奴だよ。自警団を呼んで引き取ってもらった方が――」

「大きなお世話」

 

 そう言って若者が指を僅かに曲げると、男の口が強制的に閉ざされる。

 そのまま彼は何かに操られるかのような、不自然な動きで御者台へ向かった。

 せつらはチルノを伴って座席へ腰かけ、肩を揉んで一息吐く。

 疲れ果てた老人のような仕草だったが、それもこの若者がやるとサマになっているから不思議だ。

 

「このおっちゃん急におとなしくなったね」

「親分さんはこれに乗るのは嫌では無いんです?」

「座れるのは楽じゃん」

「それは、まあ」

「あとさ、アキと一緒に歩いてると、周りの奴があたいを憎しみの目で見んだよね。なら歩くよりはコイツに乗ってる方が良いかな」

「はは」

 

 やはりこの妖精は侮れない。

 単純な思考ではあるが、えらく論理的な帰結だった。

 牛車と言うくらいだから、文字通りの牛歩かとも思えるが、人の足で歩くよりは断然早い。

 牛車はチルノが示した方角へと進み始める。

 

「寺子屋は里にいくつあります」

「結構あるみたいだけど、あたいはけーねの働いてる所しか知らない」

「有名?」

「どっちかって言うと、けーねの方がね。あ、そこの辻を右、いや、左――右ってどっちの手だっけ」

「こっちです」

 

 若者は右手を軽く上げて答えた。

 じゃあ右だ、とチルノが確信したようなので、牛方の御者も()()()()()()()()()()進路を変える。

 里の中心にまだ遠いこの辺りでは、空き地や広い土地も多々あるようだった。

 その閑散とした地域の一部に、目的地の寺子屋がある。

 規模としては余り大きくない。竹の柵に囲まれた平屋で、縁側に面した広めの床張りの部屋があり、座布団と文机が10人分ばかり置かれていた。

 若者と氷精が牛車を降りて料金を払うと、牛方の男はぎくしゃくとした動きで進路を変え、再び大通りの方へ戻っていく。

 まだ生徒は登校していないらしく、教師か用務員か管理人かは分からないが、和装の老紳士が玄関前を掃き清めている。

 

「あのう」

 

 せつらが声をかけると、その老人はたちまち自失した。

 呆然とした表情を見せた後、絞り出すような声で尋ねる。

 

「これは――お迎えか? あんた、死神かね?」

「いえ」

「そうか。死神は美人だと言うし、あんたに看取られるならそれも有りだとは思ったが――残念だ」

 

 それを聞いたチルノが注釈を入れた。

 

「死神はおっぱいがでかいだけだよ」

「それはそれで有りだがね」

「けーねはまだ来てないの?」

「今、来たところみたいだよ、ほら」

 

 老紳士はせつら達の背後を指差した。

 確かに、手提げのバッグを肩に掛けて、おかしなデザインの帽子をかぶった青みがかった銀髪の女がこちらへやって来る。

 身長は余り高くないが、バストとヒップが強烈な主張をしているキャリアウーマン風の女性だ。

 彼女は玄関前で話をしている一同を、否、せつらを見て立ちすくみ、バッグを取り落とした。

 浮かんでいた表情は、恍惚のそれでは無く、恐怖をみなぎらせたような顔だった。




闇に隠れて生きる(ルーミア)
俺たちゃ妖怪人間なのさ(慧音)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。