RIDER TIMEナイト 鏡面界廊のミラージュ   作:あんだるしあ(活動終了)

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1日目 白鳥の恩返し

 どうしてこんなことになったの?

 

 あたしはもう見たくなかったのに。あなたたちの戦いも。あなたたちの痛みと血も。

 (アナタたち)が同じ(アナタたち)を傷つけるという、痛々しい光景も。

 

 ぜんぶ、ぜんぶ、二度と見たくなかった。

 

 ライダーバトルはリセットされて、あたしは二度と悲しいものを見ることはなくなったんじゃなかったの?

 

 こんなことになるくらいなら、やっぱり、17年前に、2002年のライダーバトルが始まったその瞬間に。

 

 “あたし”を壊してもらえば、よかった――――

 

 

 ………

 

 

 ……

 

 

 …

 

 

 意識を取り戻した時には、秋山蓮というパーソナリティーは失われていた。

 覚えているのは名前だけ。このミラーワールドという反転異世界に居る理由は不明。思い出せるのは周りにいたいくらかの人間たちの名前。付け加えると、己の手足に焼き付いている“仮面ライダー”の戦い方。

 

 自分が何者か分からないとは、存外、精神を摩耗させる。

 

 

 ――“約束します。生き残った最後の一人は、本当の人生を取り戻せると”――

 

 

 思い出す宣告。ライダーバトルという馬鹿げたバトルロワイアルの開戦を告げた、象牙色のドレスの女。

 今はあの女の通告を信じて戦うしかないと分かっている。分かっているのだ、頭では。

 

 冷徹な自分が自問する。

 ――ならばどうしてお前は、仮面ライダーたちが集うあの場から、単身での逃亡を図った?

 

(無駄な火の粉を浴びるつもりはない。情報を集めて、現状を正しく把握して、このおかしな世界から脱出する。その最適解を探るためだ。決して、()()()()()()()()()()()()からじゃないんだ)

 

 蓮は闇色のカードデッキを割り砕かんばかりに握り締め――

 

 

 ガタタッ、ガッシャーン!!

 

 

 前触れなく背後で起きた騒音に、(彼主観では)みっともなく肩を跳ね上げた。

 

 すわ敵襲かと身構えてふり返った蓮が見たものは、ミラーワールドにおいては拍子抜けするほどに平和なモノだった。

 

「いったーい! バイクって何でちんまいくせにこんなに重いのさー!」

 

 真白いシフォンワンピースと、乱雑な切り口の黒い短髪が対照的な、小柄な少女。

 

 転倒した大型二輪車の黒い車体が、その少女の片足を下敷きにしていた。先ほどの少女の文句はそのバイクに向かってのものらしい。

 

 少女はしきりに喚いて、枯れ木ほどの両腕でバイクをどけようと四苦八苦している。

 蓮は事ここに至って、慌てた。

 大型バイクの総重量は外見より大きい。その下敷きになったとあっては、少女の足の痛みは相当酷かろう。

 現に少女はバイクをどける腕を緩めて、次第に顔を歪めていく。

 

 蓮は、車の一台も通らない車道に駆け出て、少女の足にのしかかるバイクの車体を起こした。

 

「大丈夫か?」

「……うー、なんとか無事? みたい。ちょっとズキズキする」

「立てるか?」

「ん。あーあ、酷い目に遭った。慣れない奉公はするもんじゃないね。蓮さんが通りかかってくれて助かったぁ。ありがとう!」

 

 他意も邪気もない「ありがとう」に、蓮は内心で戸惑った。赤の他人から社交辞令でなく純粋な感謝など言われては、一般人であれば誰しも面食らう。

 

 そう、面食らうのが一般的だから、少女の言葉に看過できない単語が混ざっていたことに気づくのが遅れた。

 

「お前、俺を知ってるのか?」

 

 蓮さん、と少女は呼んだ。蓮は少女に対して名乗っていないのに。

 ライダーバトルが始まる時、こんな少女は、集められた男たちの中にはいなかった。

 

 蓮の警戒心など知ったことかとばかりに、少女は朗らかに答えた。

 

「うんっ。割と()()()は高かったもん。顔を合わせるのはこれが初めてだけど。こうして会えて、ちゃんとお話できてうれしい。仮面ライダーナイト、秋山蓮さん!」

 

 不審かつ不穏極まりない少女を助けてしまった、と蓮が後悔しても、それこそ後の祭りだ。

 

「――お前」

「あ、自己紹介がまだだった。あたし、真湖。苗字は事情があって()()持ってません。あと、仮面ライダーでもない。カードデッキは持ってない。何なら身体検査してもいいよ。ちょっと事情通なだけの、非力な小娘。これっぽっちだけど、あたしって存在全てだよ」

 

 不覚にも一瞬だけ、自己紹介などできるほどに己を保っている真湖を、羨ましい、と思ってしまった。

 

 蓮の奇妙な間を、真湖は拒絶と受け取ったらしい。

 

「あ~……やっぱすぐには信用してもらえないかぁ。じゃあ、このバイクが手付金ってことでどう?」

 

 真湖が指したのは、蓮が車体を起こしそのまま支えていたバイクだ。

 

「蓮さんの愛車と同じ車種だよ。Hondaのシャドウスラッシャー400」

 

 不意打ちで思い出した。確かに秋山蓮は普段からこれと同じバイクを乗り回していた。

 自分に残された記憶は名前くらいだと思ったが、人間とは安易なきっかけで忘れた事柄を思い出せる生き物らしい。

 

「やっぱり、17年経ってもそうやって並ぶとサマになるねー」

 

 17年。真湖は確かにそう言った。外見を見る限り、真湖はローティーンだ。百歩譲って真湖が17歳だとしても、そんな物心つく前の思い出を鮮やかに留めているものなのか。いられるとして、なぜ真湖は蓮をよく知る近しい者のように語るのか。

 

 客観的に、真湖は何もかもが怪しい。

 

「ね、ね、蓮さん。後ろ乗せてよ。男の人と相乗りするのって憧れだったんだ」

「断る。失せろ」

「えー。コレ運んできてあげたのあたしなのにー。ケチ。優衣さんは乗っけてたくせに」

「あのな。優衣はそもそも免許を持ってなかったから仕方な、く……」

 

 蓮は愕然として自身の口を手で覆った。

 

()()()()()()? 何で知らない女の名前がこんな自然に出てきたんだ? これも俺が忘れた俺自身のことに関わる記憶なのか?)

 

「蓮さん、どしたの。こわい顔」

 

 台詞回しとは裏腹に、真湖は本気で蓮を案じていた。今の真湖の表情を、潤んだ目を見て、そうと分からないほど、秋山蓮は鈍感になれなかった。

 

「なんでもない……なんともないから」

 

 ――そんな、見ているこっちのほうが気の滅入る表情を、しないてくれ。

 

 蓮が言外に伝えたかったことを、真湖は正しく汲み取ったらしい。真湖は安堵に顔を綻ばせた。

 

 ――ライダーバトルが始まった時。不安と疑惑と恐怖から、蓮を含む場の人間たちは次々に変身して戦い出した。

 群れたところで背中からやられるだけと、単独行動を選んだのは蓮自身なのに。

 今こうして、裏も打算もなく、蓮に味方する真湖の存在に、安息を見出している。

 

 蓮は、御誂え向きに二つあるヘルメットの片方を、真湖に押しつけた。

 

「へあ?」

「後ろに乗るんだろう。乗らないなら置いていく」

「乗る! 乗ります乗らせていただきます! わーい♪」

 

 真湖は実に晴れやかな笑顔でヘルメットを被り、バイクの後部座席に跨って、蓮の胴に両腕を回した。

 

 その感触で、蓮はまた一つ、思い出す。

 

(過去に俺は、こんなふうに、誰かを後ろに乗せて走ったことがある)

 

 黒い自動二輪車が発進する。車の一台も走っていない国道を、東へ。

 

 

 

 

 

 行く宛てがあったわけではないので、蓮は真湖のナビに任せてバイクを走らせた。

 

 到着したのは、いかにも骨董店じみた外観の建物だ。鉄格子の玄関口には『TEA花鶏』という看板がかかっている。

 

「ここは?」

「蓮さんの下宿先。紅茶専門のカフェでね、“前”の蓮さんはお店のウェイターしてたんだよ。オーナーの沙菜子おばさんが、代わりにお店を手伝うことって条件で住ませてくれてたんだ。覚えて……ないかな?」

 

 頭で思い出せる情報はないが、この店内の空気は蓮のささくれた胸中を少しずつリラックスさせていく。ミラーワールドに来る前の秋山蓮がここに深く関係していたのはまず間違いない。

 

 試しに蓮はバーカウンターの中に足を踏み込んだ。

 

「蓮さん?」

「座って待ってろ。すぐ終わる」

 

 真湖はキョトンとしたものの、大人しくカウンター席の一つに腰を下ろした。

 

 蓮は食器棚から一脚のソーサーとティーカップを取り出した。

 皮肉なことだが、ライダーの戦いと同じだ。手が、指先が、目線が、カウンターのどの位置に立ってどの道具を使ってどう動くべきかを、覚えていた。

 

 その無意識に任せて体を動かせば、あっという間に、一杯のダージリンティーを淹れ終えていた。

 

 蓮は琥珀色の液体を注いだカップをソーサーごと、真湖の前に置いた。

 

「わあぁ……! ね、これ、あたしが頂いていいの?」

「いいぞ」

「やった! いただきまーすっ。んー……アチ!? う~、舌ヤケドしたぁ」

「猫舌なんだな」

「あぅぁ~。紅茶ってモノ自体は見慣れてたんだけど、実際に飲むのはこれが初めてなの。こんなに熱いなんて思わなかったよ」

 

 言い回しに違和感を抱いたものの、真湖は二口目から紅茶に息をかけてから飲んで――とても安らいだ顔をした。

 そんな無防備にされては、蓮には問い詰めることができなかった。

 

 紅茶を飲み終えた真湖が、不意に、真剣なまなざしを蓮に向けた。

 

「蓮さんは、さ、今回のライダーバトル、どうするつもり?」

「――俺は、この馬鹿げた戦いを止めたいと思ってる」

「止めたい? 勝ち抜きたい、じゃなくて?」

「そうだ。ずっと、俺の中で声がするんだ。『この戦いを止めろ』ってな。誰の声かは分からないが。俺はその“声”に従ってるだけだ」

「そう、だったの……」

 

 蓮はカウンターを出てから、真湖の隣のカウンターチェアに腰かけた。

 

「ミラーワールドを生きて出られるのは、最後に勝ち残った一人だけ。記憶も、その時に取り戻せる。最初に現れた女はそう言ったし、他の連中はそれに希望を見出すしかない。それでも俺は、そのお題目自体が胡散臭く思えてならない」

「だからすぐに戦わないで、一度みんなから距離を取った?」

「そんなとこだ」

 

 正直、真湖がバイクを持って現れた上に、この拠点へ蓮を案内したことは幸運だった。――あまりにも好都合なほど。

 

「お前は? どうして俺の前に現れて、俺を手助けするようなことばかりする? そもそもお前、俺たちの失くした記憶が何かも分かってるんじゃないか?」

「――まあね。あたしは、ずぅっと見つめてきたの。何百回も、気が遠くなるほど。こんな悲劇を見つめ続けるくらいなら、いっそ壊れたいと願うほど。――今回のライダーバトルに招聘されたのは、現実世界でも本当に仮面ライダーだった人たち。蓮さんだってその一人だったんだよ? 闇の閃光ダークウィングを従える黒騎士、仮面ライダーナイト」

 

 蓮はとっさにポケットの中のカードデッキを、布越しに押さえた。

 

「蓮さんはもちろん、他のライダーたちだって2002年のライダーバトルに参戦してた人ばかり。サンサーラ……初日に蓮さんたちが会った女が、何を思って模倣犯をしてるかは、あたしにも分かんない。だからあたしは、それを鵜呑みにして争うライダーの誰でもなく、『戦いを止める』ことを目的にした唯一のライダーの蓮さんに協力しようって。……あたし、もう二度と見たくない。同じヒトとヒトが傷つけ合って血を流す光景なんて、もう見るの、やだもん……」

 

 真湖は語尾を掠れさせたが、泣き出す様子はない。どれほど両目が潤んでいても、それが涙となって流れ出すことはなかった。

 

 蓮はとっさに真湖の頭に手を伸ばした。らしくない、とは思ったが、それでも蓮は真湖の黒髪を梳くように撫でた。

 

「――要するに、だ。真湖、お前が全面的に俺の味方だってのは、疑わなくていいんだな?」

「うん。このライダーバトル、いつどこでだって、あたしは蓮さんだけを助ける。命を投げ出してでも」

 

 きっぱりとした答え。迷いは欠片も窺えなかった。

 

「分かった。だったら、俺から離れるな。距離があると、何かあった時に駆けつけられないからな」

「いいの?」

「駄目だと言ったところで、お前は俺にくっついて来るんだろう?」

「うんっ。ありがとう、蓮さん。あたし、がんばるから」

 

 移動手段と拠点に加えて“人間の味方”というアドバンテージを得たことで、蓮は決意を新たにした。

 

(絶対に、この馬鹿げた戦いを止めてみせる)




 実は放映直後からずっと書き溜めていたりしたのです。
 標題の通り、ナイト/蓮視点でほぼ一貫して進む物語になります。よって他のキャラクターのシーンが省かれる事態が多発します。悪しからずご了承くださいm(_ _"m)

 そして例によってオリ主を入れないと気がすまないあんだるしあでした。
 本当はこのオリ主、ジオウ連載のリュウガ編で出す予定だったんですよね。それを、2019のみならず原作龍騎にも登場させられるようにリメイクしました。
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