RIDER TIMEナイト 鏡面界廊のミラージュ 作:あんだるしあ(活動終了)
TEA花鶏に帰ってから、蓮は自室に籠ってまんじりとしていた。
灯りを点けない部屋の中で過ごす間に、窓の外は闇に沈んで、日が昇った。ミラーワールドでの4日目の朝を迎えた。
――人を殺した。
――この手で命を奪った。
もう何度目か分からない悲鳴と吐き気を押し戻した。
コンコン。
蓮が答える前にドアが開けられた。真湖がひどく不安げな顔をして、部屋に入ってきた。
「どうした?」
「こういう時、“ひと”は、何て言ってほしいのかな、って……考えたけど、わかんなかった」
「慰めようとでも思ったのか?」
「慰められたいと思うものじゃないの?」
「生憎と、俺はそういう柄じゃない」
「うそ! だって蓮さんだよ? 悪ぶってるだけで人殺しなんかしちゃいけないって誰より分かってる蓮さんが、ちっとも傷ついてないなんて、あるわけないもん!」
知ったふうな口を利くな、と声にするより速く、体のほうが反応した。
蓮は、真湖の枯れ枝のような手首を掴んでねじり上げた。そして、真湖が痛みでバランスを崩した隙を突いて、真湖の喉笛を潰すように首を手の平で絞めた。
「お前に何が分かるッ! 周りは敵だらけ、自分が何者かも分からない、そんな極限状態で! 殺したかったわけでもない、何の恨みもない無関係の人間を殺した!! そんな俺の気持ちが分かってたまるか!!」
真湖は言い返さない。言い返すはずもなかった。蓮が、その手で、真湖を縊り殺しかけていたのだから。
急速に血の気が引いて、蓮は真湖の首から手を離した。
真湖はカーペットに頽れて大きく咳き込んだ。
「よ、かった…いつもの蓮さん、だ…あは、はは、は…」
この手で絞めた真湖の首には、くっきりと手形状の青痣が浮かんでいる。否。そんなものがなくとも、蓮の手ははっきりと真湖の肌の柔さを覚えている。
蓮は頭を抱えてずるずると座り込んだ
(気が狂いそうだ……!)
ふいに蓮の頬に真湖の手が添えられた。
「赦します」
――こわごわと、顔を上げた。
見上げたそこには――聖女がいた。
「誰が憎もうと、あなた自身があなたを責め苛もうとも、あたしだけは、秋山蓮を赦します。あたしは、あなたのために、ここにいます。どんな罪を犯したあなただろうと、あなたのそばにいるために、あたしはここに存在しているのです」
「――ゆる、す? 俺を――?」
「赦します。何度でも」
真湖は蓮を正面から抱き寄せた。短い腕と華奢な体躯では、大の男の蓮を受け止めきったとは言い難い。だとしても、縋れる他人という体温だ。
「二度と、しない。あんなこと、もう二度としない」
「はい」
「だから、今だけでいい。今だけは……そばにいてくれ」
「はい」
………
……
…
――奇妙な夢を、見た。
怪物と、自分たちライダーに似ているが異なる装甲の戦士が二人、戦っている。
『やめて……■■、もうやめて……おねがい……!』
女の懇願は、怪物にも戦士たちにも、誰にも届かないまま。
怪物は一人でも多くの命を奪うべく暴れ続ける。
…
……
………
目が覚めた――ということは、蓮は眠ってしまっていたらしい。
隣には、蓮の肩に頭を預けて、むにゃむにゃと眠っている真湖。
――あの時の感触と記憶がフラッシュバックするたびに、真湖は何度も蓮を抱き寄せて、撫でて宥めた。だいじょうぶ、あたしは味方だから、と。それこそ蓮がいつの間にか意識を無くすまで、ずっと。
蓮は眠る真湖に礼を言おうとして、その声で起きたら絶対におちょくられる、と思い直した。
何も言わずに真湖の頭を撫でて、細い体を抱え上げてベッドに寝かせた。
コンディションが持ち直したとは言い難い。二の腕の悪寒がまだ治まらない。
人を殺したという記憶は、たとえ外界へ無事に生還しても死ぬまで秋山蓮を苛むだろう。
やってしまったことは、背負うしかない。
真湖が赦してくれても、秋山蓮は一生、自分自身を赦さない。
そのくらいの罪滅ぼししか思いつかなかった。
蓮がキッチンカウンターで昼食を用意していると、バタバタと慌ただしい駆け足がして、真湖がドアを破らんばかりに店に降りて来た。
「あ……」
気まずくて何を言っていいか分からない。第一声に真剣に悩んだ2秒間。
「……どっか行っちゃったのかと思った」
「ここ以外に行く宛てなんてない」
「そっか、うん……うん。おはよう、蓮さん」
「――おはよう」
真湖は今日までの2割増し明るい顔をして、カウンターチェアに腰かけた。そんな真湖が眩しくて直視できない蓮は、手元の料理に集中するフリをして顔を伏せた。
今日までの朝食に少し色を付けた程度のランチプレートを出すと、真湖は満面の笑顔で「いただきます」を言って食べ始めた。
蓮もまた、今まで通りに真湖の隣のカウンターチェアに着き、自分の分の昼食にありついた。
プレートを3分の1ほど食べ進めたところで、蓮は真湖に向かって考えていたことを切り出した。
「他のライダーに接触してみようと思う」
ぴた。真湖がフォークを止めた。
「戦いに、なっちゃうかもしれないよ……?」
「無闇に誰とでもってわけじゃない。相手は絞り込んだ。他よりはまだ話が通じそうな相手だ」
「だれ?」
「『手塚海之』。俺自身、こいつのことを何一つ覚えてないが、とにかく探し出して、情報交換までは持って行きたい」
「……蓮さん、もしかして思い出してる?」
「生憎と進展なしだ。俺自身、この名前を思いつきはしたが、そいつがあの場にいたライダーのどいつだったのかは分からない。顔も外見も性格も思い出せない。分かったとしても、そいつの現在地は不明だしな」
「……、……ちょっと待ってて」
真湖はプレート上の料理を素早く平らげて「ごちそうさま」を言ってから、テーブル席の一つに無造作に歩み寄った。
真湖はべしゃ、と耳を天板に押しつけた。目を閉じて、耳を澄ましている。何かを聞き取ろうとしている?
蓮が無言で見守って何分が過ぎたか。
真湖は急に目を大きく開き、弾かれるように体を起こした。
「分かったよ、手塚さんの居場所。すぐに出かける準備して。城戸真司さんが危ない」
どうやって、何をした、と問うより、蓮の中に恐ろしいほどの焦燥がこみ上げた。
城戸真司。知らないはずなのに名前だけは分かる。
その名の人物が危険に晒されている。それだけで蓮には何を置いても急行するに足る理由になった。
原作でもナイトがナイスタイミング過ぎる駆けつけ&レスキューでしたので、こちらではこいう理由付けにしてみました。
作中で書けなかったのでここに書くと、真湖がテーブルに耳を当てたのは「手塚のコイン占いの音」を鏡を通して聞き出して、位置を割り出すためでした。
これ、手塚のみに有効な「探し方」です。占いと鏡はそれなりに密接な関係にあります。よって「占い師」が生業だった手塚だけは、鏡を通してコインの音が聞き取れる、と解釈していただけると。
まあそんな芸当ができる時点でオリ主はもう普通じゃないんですがね。