キバオウを含めたALSのメンバーには焦りがあった。現在、攻略組はキバオウ率いるアインクラッド解放隊──ALSとディアベル率いるドラゴンナイツ・ブリゲード──DKBの2大ギルドが競い合っている状態となっているが、メンバーの数、質共にDKBの方が上回っているというのが攻略組全体の見解であったからだ。
誰だって入るのならば強いギルドの方が良いだろう。そのため、このままの状況が続けば中層から攻略組へと上がってくるプレイヤー達もDKBの傘下となり、ますます規模の差が広がっていくことは容易に想像できた。
そんな事を思い悩んでいたキバオウ達ALSの元にある情報が入ってきた。
曰く、25層のモンスターが強いのも、迷宮区にやたらと罠が仕掛けられているのも、全てはボスが余りにも弱いからである。
そして、迷宮区のとある罠を利用すればボスの背後を取って戦闘を行える、そうすれば何もさせることなく簡単にボスを倒せるだろうとの事だった。
実際25層は迷宮区にいるモンスターでさえ今までの層とは一線を画す強さを持ち、その上フィールドには毒沼や落とし穴といった罠もしかけられている、格段に難易度の高い層であった。
しかしそれも、ボスの弱さとバランスをとるためと言われれば納得はいく。
このチャンスを逃す手はない。ALSの思惑は一致した。25層というクォーターポイントのボスを単独で倒す、そんな名声があればDKBよりこちらの派閥に着くプレイヤーも増えるはずだ。
そんな考えから、この情報をALSで独占しDKBを出し抜くことにした。
騙し討ちのような真似をすることに難色を示すメンバーもゼロではなかったが、向こうもβ時代の情報を隠していたではないかと言えばそれ以上何かを言ってくるメンバーはいなかった。
そんな魂胆を胸に秘め、いよいよボス攻略を行う日がやってきた。
キバオウ達ALSは、いつもの様にDKBの後ろをついて迷宮区を進んでいく。力の差が現れだしてからいつの間にか定番となっていたこの屈辱的な並び順も、今日限りと思えば苦ではなかった。
キバオウ達は迷宮区を途中まで進んだところでレイドから離れ、隠し扉を進み転移罠を起動させた。DKBの後ろの方にいる連中が気づいたようだがもう遅い。この作戦の素晴らしい所は転移罠が発動するのは1度きりだということだ。
異変に気づいたDKBが自分達を追ってこようとしても正規のルートでボス部屋まで行くしかない。
転移が終わり、ボス部屋と思しき大部屋に辿り着く。勝った──などと思えたのはほんの一瞬だった。そこに立つ双頭の巨人が放つ雰囲気は、明らかに今までの層のボスとは違っていた。
「怯むんやない! 情報通りならあいつは雑魚や! あのデカさはただのコケ脅しや!」
そんな叫びは仲間を鼓舞するためか、あるいは現実から目を背けるためか。
地獄が始まった。
ディアベル達他の攻略組が合流し、激闘の末フロアボスを倒した時、上がったのは歓声ではなく仲間を失ったキバオウの怨嗟の声だけであった。
たったの1戦で自分の率いるギルドメンバーを半数以上失ったキバオウに声をかけられる者は誰もいなかった。
その後キバオウ達が前線に戻ってくることは無かった。だが、それを責められる者は誰1人としていなかった。
♢♢♢
鼠のアルゴはあくまで情報屋であり、それを活用するのは受け取ったプレイヤーの方だ。
そんな風に割り切って、開き直れるような精神をアルゴは持ち合わせてはいなかった。
別に誰かに面と向かってお前のせいだ、などと責められた訳では無い。むしろ周りもクエスト報酬の情報にまで偽を仕込んでくるなど想像も出来なかった、仕方ないと同情的ですらあった。
……むしろ、誰かに断罪してもらいたかった。
謝罪も償いも出来ない。誰にも責められないことがこんなにも辛いなんて考えたこともなかった。
何かしら真偽を確かめる方法があったのではないのか、手に入れた情報を疑い、備えをしておくべきではなかったか。
後悔ばかりが頭に浮かび、罪悪感と自己嫌悪で吐きそうだ。
1人でいる事に耐えられそうになくて、縋るように彼女にメッセージを送った。
彼女と宿屋で会う約束を取り付けてからあることに気付いた。
最近は前線には出ていなかったが、彼女も攻略組の一員だ。今回死んだプレイヤーの中にも顔見知りは多くいただろう。
果たして、彼らの死の原因を作った自分に彼女は一体どんな反応をするのか。
ダメだ、それ以上考えてはいけない。頭では分かっていても不安な気持ちは止められなくて。
何も考えられないままに、気づけばドアをノックしていた。
はーい、開いてるよー。なんて、いつもと変わらない彼女の声に安堵して。
感情が抑えられなくて、気づけば彼女に抱きついて泣きわめいていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私の、私のせいでぇ……」
そんな言葉をいきなり言われて少し戸惑ったのだろうが、しかし何の事だかは察してくれたのだろう。
「……悪いけど、貴女のせいじゃない、なんて優しい言葉はかけてあげられそうにないよ」
ああ、それでいいのだ。きっと自分に優しくされる権利なんてないのだから。
「きっと貴女はもっと情報の裏を取るべきだったし、あんな重大な情報は攻略組の全員に伝えるべきだった」
でもね、とユリは続ける。
「貴女だけが悪いわけじゃない。勝手に突っ走ったALSの連中だって悪いし、ボス攻略に参加しないからって情報収集も殆どしてなかった私だって悪い。要は全てが悪かったんだ。だったら、そんな事で悩むなんて馬鹿らしいと思わない?」
ユリが口にしたのはそんな冷たい言葉で。
「だから、だからね。今回の事は誰のせいでもない。……これはただ、間が悪かっただけ。
貴女の行動も、攻略組が先走っちゃった事も、根底にあるのはSAOからプレイヤーを解放したいっていう善意だったけど。
そんな全部が、たまたま今回はかみ合わなかっただけ。私にはそれを責めるなんて出来ないよ」
ユリの言葉にはとても温かい感情が込められていて。
優しい言葉はかけられない、なんて言ったくせに慰めてくれているのが丸わかりで。そんな甘い優しさにアルゴはもう感情を抑えることは出来なかった。
そのまま泣き疲れて眠るまで、アルゴはずっとユリに抱きついて涙を流していた。
すっかりユリには恥ずかしいところを見せてしまったが、ともかく鼠のアルゴは立ち直ることが出来た。
製作者を除けばおそらくSAOについて誰よりも詳しい彼女がゲーム攻略から離脱しなかったことは前線のプレイヤーからも中層のプレイヤーからも感謝されるものだった。
いつも通り飄々とした態度で情報を仕入れては売る。そんな彼女の行動に実はある1つの変化があった。
「……アルゴ、貴女最初に会った時はもっとお姉さんぶってた気がするんだけど……?」
「だって、『鼠』じゃないただのアルゴでいられるのはユリの前だけだし……」
あんな恥ずかしいところ見られちゃったから、今更取り繕っても無駄でしょ。などと言って時々ユリの元に来るようになっていた。
アルゴは自分が今でも悪夢に苦しめられていることを決して誰にも明かさない。それは意地ともう1つ、ユリに失望されるのが怖いから。
彼女と一緒に居る時は心から安らげる。そんな時間を失いたくなかった。だから
「『鼠』のオレも、ただの私も、これからもよろしくね!」
アルゴの口調は独自設定です(開き直り)
リーダーがディアベルさんなのにギルド名がDKBなのはリンドの提案を採用したからとかそんな感じでお願いします…