小説を書くのが難しすぎて泣いちゃったので初投稿です。
MMORPGは結局のところプレイヤー同士でのリソースの奪い合いである。
そのような思考が根底にあったからだろうか、キリトは茅場晶彦によるチュートリアル終了後誰よりも早く、1人で街を飛び出した。
他のプレイヤー達—特に交流のあったクライン—を置いていくことに罪悪感が無かったわけではない。それでも自分自身の強化を最優先したのはただのMMORPGプレイヤーとしての性か、それとも己の剣でアインクラッドを制覇しようという傲慢さか。
どちらにせよ確かなのは彼が他人を置き去りにして効率のいいクエストを行おうとしていることだけだ。
森の秘薬クエスト。
初心者にとっては手強いモンスターを倒す必要があり決して簡単と言えるクエストでは無い。しかし、β時代の経験があるキリトにとっては経験値稼ぎと武器獲得を同時に行える最高効率と言ってもいいクエストであった。
もはや作業となっている狩りを行っていたからだろうか、レベルアップのファンファーレと共に背後から聞こえてきた乾いた音に、咄嗟にその音の正体を判断することが出来ずに反射的に剣を向けてしまう。
「……驚かせちゃったかな? ごめんね」
そんなことを言いながら姿を現したのは、プレイヤーとアバターの性別を一致させられた現在のSAOでは数が少ない(と思われる)女性プレイヤーであった。
「こちらこそ、剣を向けて悪かった」
未知のモンスターなどではなく人であったことに安堵しながらとりあえずそう返す。
まったくだよ。などと笑いながら言う彼女はそのまま当然とも言える疑問をぶつけてきた。
「ところで、もうこんな所にいるってことは、もしかして君もβテスターなのかな?」
「君"も"って言うってことはβテスター仲間なのか?」
質問に質問で返してしまったが特に気を悪くした様子も見せず、そうだよーなどと返事をしてくる。βテスターということはおそらく彼女も自分と同じクエストを受けここに来たのだろう。そこまで考えたところで彼女の装備のおかしさに気づく。
「わざわざこの森に来てるってことはあのクエストを受けてるんだろう? それにしては使ってる武器が片手剣じゃないみたいだが」
「あぁ、私は別に武器が本命な訳じゃないから。レベリングのついでに手に入ればお金にでもしようかなってだけ。そんな訳で1つ提案があるんだけど」
そんなことを言って彼女が持ち出してきたのはクエストの協力だった。
花付きのリトルネペントは通常のリトルネペントを狩れば狩るほど出現率が上がる。そのため2人で倒し続けて2つの胚珠を手に入れた方が効率が良いのではないか、という理屈であった。最悪1つしか出ずにモンスターが枯渇したとしても、2人で安全に狩れれば安全に経験値を得られそれで十分、とまで言われてしまえば断る理由も見つからなかった。
……他のプレイヤーを見捨てておいて今更誰かと組むことに罪悪感を感じないわけでは無かった。しかし、やはりどこかで他人を求めていたのだろう、拒絶することなど不可能だった。
「こちらとしても助かる。是非とも組ませて欲しい……えぇと……」
ここに来て相手の名前を知らないことに気がついた。これから一時的にしろ組む相手の名前も知らないのは不便だろう。そう思い名乗ろうとしたところで新たな声が聞こえてきた。
「ごめん、その話に僕も混ぜてもらってもいいかな?」
新たに聞こえてきた声の主はコペルというらしい。なんでも2人で話しているところに遭遇し出ていくタイミングを考えていたところ、このままでは完全に声をかけそびれてしまうと思い慌てて話しかけてきたそうだ。
胚珠の優先順位は3番目でいいと言われれば手数が増えることに問題もなく、キリトも彼女—ユリと名乗った—も反発することなく受け入れた。
話し合いの最後に装備していた曲刀を指差しながら、3番目は私でいいよと言ったユリにコペルが少々驚いた様子は見せたがそれ以外に特筆することも無く、3人に増え安定した狩りを続けていた。
「全然出ないね……キリトとユリさんは狩り始めてからどれくらいたったの?」
俺は150ぐらいかな、私は200ぐらい? などと言っているところでそれらに気づいた。
明らかに見た目が他とは違うネペントが2体、目の前に現れた。
コペルが早速飛び出そうとしたところをキリトが腕を上げて止める。止められたことに抗議しようとしたコペルもやや遅れて気づく。そう、そこにいたネペントは確かに片方は花付きであったが、もう片方は花ではなく実を付けていた。
「……どうする? ここで花付きを逃す手はないと思うけど」
「そうね……私とキリトで花付きを一気に倒す。その間コペルは実付きを引き付けててもらえないかな?」
キリトもそれでいい? と聞かれれば彼にも反対する理由はない。ここまで苦労して花付きを逃すなど真っ平御免であるし、実付きを倒すかどうかはそのあとで考えればいいことであるとの判断だ。
「じゃあ合図で行きましょう。3……2……1……今!」
掛け声とともに3人で飛び出す。元々彼らは1人でも問題なくネペントを倒せる実力を持っている。花付きのネペントが倒れるのはすぐであった。
「こっちは終わったぞ! そっちは……」
キリトが言いかけたとき、丁度コペルがソードスキルを発動させる瞬間であった。
「いや……それ、だめだろ」
思わず口からそんな言葉が漏れ出すが繰り出されたソードスキルは止まらず、実を割りながらネペントのHPゲージを吹き飛ばす。それと同時にキリトの索敵スキルにより辺りにいくつものモンスターを示す光点が表示される。
「いやー、やられたねぇ。彼、見えなくなっちゃったし。多分隠蔽スキルかな? 最初から独り占めする気だったんだろうね」
それでコペルの行動に合点がいった。なんのことはない。要は彼も限られたリソースを独占しようとするプレイヤーの1人だったというだけのことだ。実を割りネペントに2人を襲わせ自分は隠蔽スキルで逃げようという考えだったのだろう。だがそれは決して成立することは無い。
「コペル……お前、知らなかったんだな。リトルネペントには隠蔽スキルは通用しないんだよ……」
思わず、といった様子で漏れた声の通りに、キリトの視界には自分たちから少し離れたところにプレイヤーを表す光点とそれを取り囲むモンスターの光点が表示されていた。
隠蔽スキルで自分だけ逃れ、他のプレイヤーをMPKしようとしたコペルの計画は崩れ去ったということだ。
「とりあえず、彼の心配よりは今はこっちじゃないの?」
「ああ……その通りだな」
周囲はリトルネペントに囲まれている。今までの狩りの影響でおそらく武器の耐久力も残りわずか。状況はもはや最悪という言葉も生温い程だ。
「村はあっちだよね……私が道を開くから背中を任せてもいいかな? 予備の武器もある私が敵を倒すべきだと思う」
「分かった、背中は任せてくれ」
1人だったらなすすべも無くここで死んでいただろう。だがユリという背中を預ける仲間がいるならこの状況も何とかなるのではないか、そう思いながら敵の攻撃を受け流すことに専念する。集まってきた中には実付きも混じっていたがこちらから攻撃しないのなら関係の無い話だ。
攻撃を凌いでいるうちに遠くからガラスが割れるような音が聞こえてきた。
それが誰の、何の音か。考えないようにしても意識がそちらに向いてしまう。
意識が削がれたその時、目の前のネペントの実が弾けた。
「え……?」
有り得ない。自分はさっきから凌いでいるだけで一切攻撃を行っていないのだから。
ならば原因は1つしかないではないか。それに気づきつつも信じられず、後ろを振り向く。
そこには、ピックを投げ終えたユリの姿があった。
「君は私にとって邪魔だから。ここで死んで」
今までの彼女とは違う、氷のように冷たい声でそんなことを言い残し、彼女が作ったであろう敵の隙間から走り去っていく。
ああ、信じられない。信じたくもない。
さらにネペント達が集まってくる。4、5匹はソードスキルをクリティカルで当てれば倒せるだろう。だが、それが何になる? もはやここから逃れることは不可能だ。
それを理解してなお剣を握る。そこにあるのはプレイヤーとしての意地だろうか、それとも現状を理解する事を拒んでいるだけなのか。
視界の端に表示されているHPゲージが0になった時、キリトの頭にあったのは、ユリへの恨みではなく、死への無念でもなく。
これで自分は本当に死ぬのだろうか、という疑問であった。