他の走者兄貴も頑張ってるし、俺も頑張らないと!
「突然すまん、ユリさんにウチのリーダーから伝言があるんだが……」
現在の最前線である75層をぶらぶらとしていた時、不意に呼び止められた。相手は特徴的な服装からして血盟騎士団の何者かではあるようだが、なんだろうか。今までも攻略の時の最低限の関わり程度しか無かったはずなのに。
だが伝令の男も詳しい話を聞かされた訳では無いようで、血盟騎士団の本部でヒースクリフが待っているという以上の情報は得られなかった。
仕方ないから諦めて向かうことにする。これを無視して今後付きまとわれるようになってはたまったもんじゃないから。
55層の主街区、グランザム。そこにある血盟騎士団の本部を訪れると、既に話は通されていたようですぐに団長であるヒースクリフの元へと案内された。
「貴女とボス攻略以外の場で会うのは初めてだったかな、ユリ君」
「いえ、前に67層のボス対策会議で少し」
「そうだったか……あれは辛い戦いだったな。我々も危うく死者を出すところだった。トップギルドなどと言われていても戦力は常にギリギリだよ」
「……何が言いたいんですか。そもそも、用件ぐらい最初に伝えておくのが当然では?」
「そうだね、済まなかった。では手短に話そう。ユリ君、血盟騎士団に入ってくれないか? 君程のプレイヤーが加入してくれれば我等は更に強くなることが出来るだろう」
「お断りします。そういうのは性にあいませんので」
用件がそれだけならもう帰らせてもらいたいのだが。正直、時間を無駄にしたとしか思えない。
「……そう言われて、はいそうですかと引き下がるようなら最初から呼びつけたりはしないよ。どうだろう、1つ私と賭けをしないか? 私と君でデュエルをして、君が勝てば私は君の事を諦め、二度とこの話はしない。だが私が勝てば君は血盟騎士団に所属する」
結局、私はこの話を受けることにした。だが元の条件ではあまりにもメリットがないので少しだけ要求を付け加えさせて貰ったが。最終的に、ヒースクリフが勝てば私は血盟騎士団に所属する、私が勝てば私の要求を1つヒースクリフが呑むということで合意した。
トップギルドのリーダーに何でも1つ要求できる、というぐらいならまあ負けた時のリスクに釣り合うだろう。そもそも勝てば何も問題は無いのだし。
ヒースクリフと合意したデュエル当日。約束通り75層の主街区へと向かうと、そこには大掛かりな闘技場が用意されており一大イベントとなっていた。
「済まなかったな、ユリ君。こんなことになっているとは知らなかった」
「……見世物になるの、嫌いなんですけどね。謝罪と賠償を要求します」
「いや、君は試合が終われば我がギルドの団員だ。任務扱いにさせてもらおう」
随分好き勝手なことをほざいてくれるものだ。勝負の前から勝ったつもりでいるこの自信はどこから湧いてくるのだろうか。少なくとも私には一生理解できないだろう。
カウントダウンが終わりデュエルが始まる。
ヒースクリフと剣を交えて初めに思ったのは、ひたすらに厄介だということだ。彼だけが持っているスキル、神聖剣。普通の盾持ちの片手剣と何が違うのかと思っていたが、すぐに分かった。
剣だけでなく盾にまで攻撃の判定が付いているのだ。単純に手数が倍になる上にしっかりと盾の役目まで果たすのだからたまったものではない。
だが、それでも。1発1発攻撃を叩き込む毎にじわりじわりとヒースクリフのHPゲージが減っていく。
少しずつ減っていくHPゲージに焦っているのか、ヒースクリフの動きが僅かに悪くなる。
それはやがて決定的な隙を生み出し、私の一撃がヒースクリフに入り──
その直前で、奇妙な感覚が訪れた。敢えて言うなら時間を盗まれたかのような。停止した時間の中をヒースクリフだけが動いているかのように私の一撃を避け、そのまま反撃をしてくる。
なんだこの動きは。有り得ない。システムの人間の可能な動作を超えている。
そんな絶技を見せつけられて、私に最初に浮かんだのは怒りだった。
デュエル前の余裕はこれか。自分の実力なら勝てるからこその余裕だったのか。動きが悪くなったと思えたのも、何時でも逆転出来るという自信の表れだとでも?
巫山戯るな。何様のつもりだ。負けてたまるか。お前に出来るのなら私にだって出来るはずだ。動け。動け。動け動け動け──
気がつけばヒースクリフの一撃を弾き飛ばしていた。
訪れたのは安堵と僅かな優越感。どうだ。私は返してみせたぞ。さぁヒースクリフ、次は何を見せてくれる?
だがそんな私の期待は直ぐに裏切られることとなった。
「……降参する」
短く告げられたのはヒースクリフの降参宣言。システムがそれを認識すると同時にデュエルが終了する。
「完敗だ。ユリ君。まさか私が負けるとは思わなかった」
「どういうつもり? まだ戦えるでしょう?」
「いや、アレを返されてはね。正直、今の私には君に勝てる姿が想像できないよ」
嘘だ。直感だが間違ってはいないだろう。彼から感じたのはそのような諦観ではなく、そう、自分の手の内を晒すのを嫌うかのような。そんな余裕。今回のデュエルなどただの遊びだとでも言うような。この場での勝利になどなんの価値もないというような。常に自分を上に置いている者特有のそんな驕った考えが透けて見えて──
気に食わない、いつか、絶対に、殺してやる。貴様の望みを、夢を尊厳を、全て踏み躙って無様に殺してやる。
そう、心の内で決意した。
ヒースクリフとのデュエルから数日後。私は今後の打ち合わせのためにとある場所に来ていた。
「それで? 態々俺を呼び出して、次はどんな悪巧みをしているんだ? ユリ」
「人聞きが悪いな。私は何もしてないよ。いつだって馬鹿が勝手に自滅してただけだったでしょ」
「ハッ、そうかもな」
いつものように軽口を叩いてから本題に入る。
「ねえPoH、私達、積み上げすぎたと思わない?」
「……ギルドの事か? 確かに、増えすぎたかもな」
始まりは数人しかいなかったギルドも、主にオレンジプレイヤーを取り込んでいく毎にどんどんと巨大化していった。今では腕に棺桶のタトゥーを入れていないオレンジプレイヤーはSAOには存在しないだろう。
「だからさ、何人か残して減らしちゃわない? それでさ、攻略組とでも殺し合わせようよ。好きでしょ? そういうの」
目の前にいる男が飽きっぽい性格だと言うことは知っている。そして、積み上げるのを嫌うということも。私がこう提案していなければ、彼は彼で好き勝手にギルドを動かして、彼なりのやり方で捨てていただろう。
だが、それでは困るのだ。ギルドにはまだ使い道がある。私が見たいものは彼とは違ってしっかり積み上げて、我慢して、ようやく見れそうなものなのだ。
いつだって、欲しい物が手に入る寸前で奪われる人の顔は最高に面白い物なのだから。
そんな話をしてからまた数日後。75層のボスを偵察に行ったプレイヤーの内の半数、実に24名が死亡したという連絡が流れてきた。
急遽開かれることになったボス対策会議。私にも参加要請が飛んできたそこには錚々たるメンバーが集められていた。『ナイト』ディアべル、『閃光』アスナ、『神聖剣』ヒースクリフ……駄目だ、恥ずかしくなってきた。こんな仰々しい通り名とやらを考えているのは何処の誰なのだろうか。まぁとにかく、現在の攻略組の中でも更にトップを占めているプレイヤー達が集められていた。
しかし、ボス対策会議といっても大したことが話し合われた訳ではなかった。なんでも75層のボスは、部屋に入った途端に入口の扉が閉ざされ、中に入ったプレイヤー達が全滅するまで再び開くことは無かったそうだ。
今までも25層毎にかなり強いボスが配置されていたことから、75層もかなりの物であると予想はされていたが、まさか偵察すらさせてくれないとは。
ボスの情報がない以上話題は直ぐに尽き、1つの議題だけが残った。即ち、ボスに挑むか、否か。
今を逃せばこのままズルズルと延びていき結局ボスに挑む気概のあるプレイヤーはいなくなってしまうと主張するタカ派と、まだ見逃している情報があるかもしれない、まだレベリングやスキル上げの余地があるプレイヤーがいると主張するハト派。
長々と議論が続いたが結局勝利したのはタカ派であった。その決定的な要因は1つの噂。それは、プレイヤーに残された時間について。
私達は現在、現実世界では意識の無い身体だけが残されている訳だが、その身体は果たしてどのくらいもつのだろうか? 植物状態になった人間の余命はおおよそ2年から5年だと言う。ならば、現状攻略開始から2年経っている私達の中から死人が出てもおかしくないのでは?
そんな危惧が、攻略組に75層の攻略を決断させた──まあ、その噂を流したのは、私なのだけれど。
75層のボス戦は予想通りと言うべきか、今までのボスとは段違いの強さだった。まず、ボスが現れると共に不意をつかれた3人が斬り殺された。攻略組のトッププレイヤーを一撃で殺せるだけの攻撃力を持ったそのボスは、集中力の切れたプレイヤーから順に、その命を刈り取っていった。
激闘の末、ボスが断末魔と共に消滅しても歓声が上がることはなかった。死者の数は実に半数。攻略組の中でもトップのプレイヤー達が24人も死んでしまった。そんな思いからか暗く澱んだ空気が攻略組を包んでいた。
死人の事など考えて何になるのか。私には理解出来そうも無いから彼らは放っておいてさっさと76層を開放しに行く。
ともかくこれでSAOの4分の3が攻略された訳だ。そろそろどのように終わらせるかをしっかりと固めておかなくては。
合法的に殺人が出来る機会など、ここでの生活が終われば無くなってしまうだろうから。