いよいよこのふざけたデスゲームが終わると誰もが期待していた。
100層攻略などと夢物語としか思えなかったが、一つずつ着実に攻略は進み、今や攻略された層の数は90を超えている。
むろん攻略組からすれば血のにじむような努力と死のリスクを乗り越えて、といったところだろうが、成果だけを享受していた中層、下層プレイヤー達はそのようなことを実感することはない。
やっと終わるのかと軽く考えるなら良い方で、さっさと終わらせろと憤る者、俺がスタートダッシュに成功していればもっと上手くやれたと根拠の無い自信を持つ者。苦労を体感していない彼らにあるのは被害者意識ばかりだ。
それは、中層プレイヤーには歪んだ選民意識を植え付けた。
元々プレイヤー達が共通で持っている、茅場晶彦のせいでという被害者意識。俺達は酷い目にあわされているというそれが、だから何をしてもいいという理屈に繋がっていった。殺しはしない、現実であれば犯罪になるようなことはしない。逆に言えばその程度の規範意識しかない。
そのように態度が悪化していった要因には勿論、はじまりの街に出来上がっている歓楽街の影響が大きいだろう。
金があれば何でもできる。何でも買える。食事も、装備も、女も、男も。
この世界では金とレベル……実力はイコールで結ばれる。つまり強い者ほど贅沢ができるし、文句を言ってくるような相手は自分よりも弱い人間だけということだ。圧倒的な強者は攻略に専念しているのだから。
そう思えば文句の声も寧ろ心地よいものだ。自分の優位性を分かりやすく教えてくれるものでしかない。
文句があるならお前らもレベルを上げてコルを稼げばいいという自己責任論。娯楽を供給している側がそれを止めるつもりが無い以上、容易にそれはまかり通る。
そうして下層プレイヤー達を見下して過ごした結果として、憎悪と復讐心、そしてそれらを正当化する理屈を与えた。酷い目にあっている被害者なのだから何をしてもいいという理屈に加え、嫌な奴らには何をしてもいいという理論。
今はまだそれに実力が伴っていないが、火種としては十分だろう。ここにはそれを利用しようとしている人間がいるのだから。
とある酒場に集められたプレイヤー達は困惑していた。
ここにいるのは低層プレイヤーの中でも底辺に位置する者たち。狩りにいかず、クエストも受けられず。配給される最低限の食事以外には何も持たない者たち。今更抜け出そうにも装備もなくモンスターとの戦闘の経験もない彼らと組んでくれる人などおらず、どうにもならなくなった人間。僅かな金を必死で手に入れ、仲間内で愚痴を言い合うのが精々だったからこそお互いをよく知っていた。
ガヤガヤと色々な憶測が飛び交っていたが、すぐにその騒ぎも収まった。彼らのよく知る人物が現れたからだ。尤も、ここに居る幾人かはその人物に呼ばれてきたのだが。
「お待たせ。自己紹介は要らないよね? みんなよく顔を合わせてる人だし」
コルを手に入れられる者であれば配給に頼る必要もなく、そもそも来ないのだから顔を覚えないというある種の嫌味でもあったのだが、それに気づく者が居たのかどうか。
日々の配給への感謝、自分達へ物資を回してくれない憤り、僅かな間だけとはいえ好き放題手に入れられていた女という存在への欲望。そんな様々な感情でいっぱいだったからだ。
「……大体君たちが何を考えてるかは予想できるけど、まあいいか。さっさと集めた理由を話させてもらうよ。まあ簡単な質問だけだけどさ。君達、嫌いな人って言われたら誰が思い浮かぶ?」
口を開いた後に生じたのは、何故そんなことをという疑問だ。妬み嫉みは当然あるが、それを口にしてどうなるというのか。下手に聞かれでもすれば何をされるかわからないというのに。
「……ああ。そんなに気を張らないで。簡単なアンケートでしょ? 貴方達はただ質問に答えるだけ。それで誰が消えても関係ないんだから」
そこまで言われてようやく理解した……或いは願望も含まれているかもしれないが。
元々噂は流れていたのだ。ルール無用の欲望が許される街であっても、いや、ルールが無いからこそ。報復は苛烈なものとなる。やりすぎた人間は警告も無く消されるだけだと。
裏付けというには弱いかもしれないが、ここ最近で生命の碑に横線が刻まれたのは、攻略組を除けば嫌われ者ばかりだ。
一人がそういえばこんな事があったと口にして、そこからは早かった。格差の最底辺を見下す者は多いが、そこにわざわざ行動を起こす者はそうは居ない。自然、話題に上るのは数名の人物で、不満を共有できたからか幾らでも嫌いな理由は出てきた。
言ってしまえば愚痴でしかないのだが、彼らを集めた女は一つ一つ丁寧に頷いて、共感し、張本人である彼ら以上に憤って見せた。
共通の敵による団結は古来より使われてきた陳腐なものではあるが、それはその有効性を意味している。
怒りを共有し、分かりやすい悪人を作り上げることで単純な解決策から意識をそらす。彼らにとって目の前の女は、自分たちには何もしてくれない恨めしい相手から、同じ相手を憎む苦労している人へと変化していた。
近いうちに『結果』は分かるよ、と言われた時も意味を理解した上で感謝すら感じていたほどだ。目の前の女が優先的に物資を回してくれればそれだけで済む話だというのに。
自分たちは少し話をしただけ。あとは何が起きても関係ないところで勝手に行われることだ。そもそも、ゲームでPKをしたところで何が悪い?
自分たちを正当化する言い訳なんて幾らでもある。それこそ、ラフィンコフィンが活動を始めた頃から積み重ねられてきたのだから。
最初は困惑していたプレイヤー達も、帰る頃には来てよかったと思い始めていた。
自分たちがどうなるのかなんて考えもせずに。
嫌な相手が消えれば解決、というのはなんとも単純すぎる思考だった。
数人居なくなった程度で自分たちに回ってくる物資の量は変わらない……つまり、相変わらず回ってこないし、上が消えたからといって自分たちの生活が良くなるわけでもない。そうして再び不満を溜め込んでいった。
今までと違ったのは、訴えればどうにかしてもらえると学習してしまっていたこと。これまでは仲間内で愚痴を言い合うくらいが関の山だったのに、今は言葉だけで排除できると思いあがってしまっている。幸いというべきか、陳情する相手の居場所は分かりやすい。
「……それで私に話しかけてきたってわけだ。まあ人を減らせる分には私たちとしても助かるからいいんだけど」
「ですよね! どうせあいつ等も評判悪いでしょうし」
今回低層プレイヤー達が名前を出した人物に関して言えばそんなことはなく、ただの嫉妬でしかないのだが女は当然それを指摘しない。
「ただ、流石に手間がね……ああ、そうだ。君達がPKしてくれればいいんだよ」
「え……?」
なんでもないように言われた言葉。できるわけがないと答えようとする前に言葉が重ねられた。
「大丈夫。私は行けないけど、どう……しは行かせるし、それに、君達にもこの快感は教えてあげないとね」
「でも、俺達じゃレベル差が……」
「大丈夫。任せておいてよ──って言葉だけじゃ不安だろうし、根拠を示してあげようか」
そういって取り出されたのは、液体の入った小瓶。ポーションすら見慣れていない人間にはそれが何であるのか分からなかったが、麻痺毒だよと補足されれば大丈夫という言葉にも納得できた。
「身動きをとれなくしてデュエルを申し込めば負けないでしょ。それかオレンジにさせてから集団で挑んでもいいし、それも怖いならこっちでギリギリまで削るように言っとくけど」
「全部やってもらう……じゃ、駄目なのか?」
「お客様扱いのままでいいならそれでもいいけど。でも、一度味わってほしいんだ。想像してみてよ。君達を見下していた人間を好きにできる優越感を。君達に目もくれなかった連中が、関心を引こうと必死になってる姿を」
それは甘美な誘惑で、現実にできそうな空想で、最後の一線を越えさせる罠だった。
「答えを聞く必要は無さそうだ。その顔を見ればね」
浮かんでいたのは緊張と高揚の混ざり合ったもの。どちらかと言えば後者の方が大きいか。
嫌な奴を攻撃するというのは快感をもたらすものだ。たとえそれが逆恨みであったとしても。
こうして、彼らは被害者から加害者へ変化した。つまり、次は彼らが恨まれる番だということだ。
悪意は連鎖していく。そしてそれを焚きつける者がいる。
「ねえ、お得意様の君に少しばかり情報……というより、警告があるんだけど──」
立場は入れ替わる。強者も弱者もお互いが被害者で、加害者だ。
憎み合いはもはや頂点で、表面上の秩序が保たれているのはSAOが殺人を許さないエリアを作っているからにすぎない。
暴発はもうすぐだ。
今後の予定
・中層プレイヤー視点
・安全圏消滅回
・本編(最終話)
・最終話おまけ(2話ぐらい)