生還まであと少し、となればわざわざ無用なリスクを冒したくないと考えるのは自然なことだろう。
元々、攻略組に参加していないプレイヤー達がある程度のリスクを冒していた理由など、不必要な贅沢と暇潰し、それに優越感の確保のためといったぐらいで、終わりが見えてしまえば命を懸けるに値しない。
そもそも、今となっては格安で娯楽も手に入るようになっており、作り出された格差は優越感も与えている。死にたがりでもなければわざわざ死のリスクが少しでもあるような階層には行かないだろう。
動物のように三大欲求を満たし、攻略の遅さに安全なところから文句を言いながら暮らす。おあつらえ向きに憂さ晴らし兼暇潰しに丁度いい相手もいる。もう少しを辛抱するには十分すぎる環境だった。
恨みを買う事になんの問題があるというのか。どうせ何も出来ない相手であるのだから。
一部の人間がそう考え出すのにさほど時間はかからなかった。増長と呼ぶのか慢心と呼ぶのか……どちらでもいい話だ。
ある者は娼婦から煽てられ。ある者は宿に泊まるコルすら持たないプレイヤーを見下して。ある者は危険を冒さざるを得ない相手を見下す事で。
自分は特別だと思えば、弱者への思いやりなど失われていく。というよりは、同じプレイヤーだという対等な意識が無くなっていく。
高レベル層に依存する寄生虫。憂さ晴らしのための都合のいいおもちゃ。極端に言ってしまえばそのような感覚。上を見るより下を笑って安心するのは人の性だ。
無論そうでない者も居るが、彼らもわざわざ首を突っ込むほどお人よしではない。なにせ、生還まであと少しなのだ。わざわざ面倒ごとに首を突っ込むメリットが無い。遠目で眺めながら酷いことをする人もいるものだと他人事でいるだけ。もうしばらく経てばクリアされて終わるのだからと、見捨てる自分達を正当化して過ごしている。
皆がそんな態度でいたからか、異変に周囲が気付くのは遅くなった。
尤も、嫌がらせをしている者の数が減った、なんてことは気が付いていたとしてもむしろ喜んでいたかもしれないが。
誰もが見ないようにしていたし、そんなことをしていた人間がマトモな大多数と良好な関係を築けていたはずもない。元々一万人を収容しても狭さを感じさせないように作られているはじまりの街で、関わりのないプレイヤーの動向まで把握するわけがない。
ようやく人が減っていることに気が付いたのは、その手のことに関わっていなかった者が消え始めたから。
今更危険な、それこそ攻略組が行くような階層に行くはずもない。かといってこのタイミングで外部からの干渉があるわけもない。肉体の限界ならばもっと体調を崩す者が現れだすだろう。
その答えをくれたのは、はじまりの街に居るほぼ全てのプレイヤーと関わっている例外的な女。ああそういえばと、低層プレイヤー達による殺人計画を教えてくれた。
「とは言っても、あの連中が麻痺毒だとか武器だとかを手に入れられるとは思えないけど。こっそり横流しする人でもいなければね」
遠回しにお前らの仲間割れだと示唆してくる言葉は、この時点では他人事だった。だって、殺されたのは評判の悪い奴らだったから。恨みを買っていない自分達には関係のない話だと思って、随分と嫌われていたんだなと話のネタぐらいの気分だった。
昨日まで話していた相手が死んだことを知って、ようやく危機感が生まれた。
「おい、どうなってんだよ! 何か知ってるんだろ!?」
怒りと焦りで平静を失った声で、対照的に涼しい顔をした女を問い詰める男が居た。
「そんなこと言われてもね……私は別に何もしてないし。恨みを買ってた自業自得でしょ?」
「ふざけんな! いいか、今回殺されたのは俺の友達だ! あいつがそんな……!」
「だから知らないって。それなら逆恨みか何かじゃないの?」
そう言われてしまえば否定は出来ない。そもそも別に彼女を糾弾しに来たわけではないのだ。もっと単純な理由──
「……俺も、狙われてるのか?」
「さあ? 自分の振る舞いを思い返してみたら?」
死にたくないという単純で原始的な欲求。生物として最も強いそれは、恥も外聞もかなぐり捨てさせている。
「逆恨みなんて予測できるかよ……なあ、どうしたらいいと思う? 死にたくない。あと少しなのに……」
知らない、そう言葉を重ねてくるだろうという予想に反して女は笑顔を浮かべていた。良い印象を受けるようなものでなく、こんな簡単なことも分からないのかという呆れが多分に混ざったものだったが。
「じゃあ先に殺しちゃえば? 正面からやりあえば絶対に負けないでしょ」
事も無げに言われたその言葉。軽口だと切り捨てるには纏う雰囲気が重すぎた。
「死人は何もできないからさ。怖いなら原因を取り除けばいい。簡単な話じゃない?」
「ど、どうやって……」
「街の外に連れ出す、デュエルでHP満タンから一撃でゼロにする、パッと思いつくのはこんなところかな。レベル差もあるし難しいことじゃないと思うよ……ふふ、何その顔。大丈夫?」
人殺しをしろというのか。声を荒げようとして、しかし彼女に機先を制された。
「現実とゲームの区別ぐらいつけなよ。ゲームでPKをして遊んだからって人殺しで裁かれると思う? 私たちの体は病院で寝てるのに、どうやって現実で殺すのさ」
詭弁もいいところだ。現実でどうなるかわからないから、と言い張るのなら殺されることにも文句は言えなくなるのだから。それでも。
「……そうだ。そうだよな? そうに決まってる。俺達はゲームに閉じ込められた被害者なんだ。誰かが死んだって──」
「そうだね。君は悪くない。だって、君は悪くないんだから」
詭弁? 屁理屈? なんと呼ばれようと、迷いを取り除くのには十分な言葉だった。もとより正当防衛という大義名分は得ていて、あとは殺人への抵抗さえなくせば良いだけだったから。
はじまりの街近辺のモンスターは元々レベル1のソロプレイヤーでも問題なく倒せるように調整されている。それなのに低層プレイヤー達が倒しに行かない理由といえばただ一つ。絶対に死なないという保証が無いからだ。逆を言えば死なない保証があれば街から出るということである。
時折中層プレイヤーの慈悲のように掲示されるパーティ募集。要は高レベルプレイヤー引率でモンスターを狩ろうという提案である。中層プレイヤーには優越感を、下層プレイヤーには実益をもたらすそれは、不定期にしか行われないとはいえ好評であった。
今回もいつも通りのはずであった。おべっかとコルの等価交換。プライドなんて生きるためには不要なのだから。
「……な、なにをしようとしてるんですか?」
モンスター狩りのあとのいつも通りではない光景。低レベルプレイヤーを取り囲む複数のプレイヤー。筋力の差から押しのけることは不可能であるし、そもそもそんな機嫌を損ねるようなことはこの状況ではできないだろう。
「何を? 見ればわかるだろう。お前を殺すだけだ」
腕をつかんで武器を突き刺させ、引き抜くときのダメージでオレンジプレイヤーにする。誰かの入れ知恵でそれが行われた時点で、最早覚悟は決まっていたのだろう。なんでもない日常会話のように殺意を口にする。
「なんで──」
「理由が必要か? まあいい。安心して眠りたいからだよ。お前らゴミに殺されるかもって怯えるなんて冗談じゃない。お前が俺達のことを殺してやるって言ったこと、バレてないとでも思ったか?」
事実、彼はそのような発言をしている。とはいえただの軽口でしか無かったし、それを現実にする実力も方法も持ち合わせてはいない。ただ。
「待っ」
「じゃあな」
絶対に殺さない、殺せないという保証が無い以上こうなるのも自明の理だ。手段が無くとも、殺意があるとは示してしまったのだから。
ガラスの割れるような音と共に一人の人間が死んだ……かどうかは、確認する方法は無い。この世界ではただHPを示す数字がゼロになっただけなのだから。
それ故に。大した罪の意識も無いままに同じことを繰り返す。正当防衛の大義の下に人を殺していく。
誰かに唆されるままに。
完結はさせます