善逸が出久の弟としてヒロアカ世界を生き抜く話 作:冬のこたつのおとも(みかん)
体育祭で3位以内に入れなければ除籍処分。
相澤先生にそう告げられてから数日が経った。俺はこの宣告を受けたことは誰にも告げなかった。当日はライバルとなるクラスメイトたちには当然言えないし、俺の雄英高校入学を心の底から喜んでいた母さんにも除籍されるかもしれないとは言えない。
しかし、言葉にできない思いは体に蓄積され、やがては鉛のような重さへと変えていく。
俺は自分の部屋で一人、ずっとグルグルと頭の中で考えていた。
俺は本当にこのままでいいのか?
俺の個性を使わないという決意は前世から来るものだ。
それは今世の雄英の先生、ヒーロー側からすれば理解できない部分が多いだろう。それでも相澤先生は妥協点を探そうとしてくれている。
なのに、俺はただ自分の気持ちばかりを前に押し出して、このまま進んでいくだけでいいのだろうか。
この世には無数の道があって、その道が混じり合うことでこの世界を構成している。
だけど進んでいる道が最初から間違っていないとは限らない。
もし間違いだったのなら、そのズレがやがて軌道修正できないほどに大きくなったとき、俺は。
その日はそこで考えるのをやめた。
それでも一度湧いた疑心が頭から離れる事はなく、寝ても覚めても同じようなことを考えるようになり、俺は日に日に気が滅入っていった。
俺がここまで思い悩むのはきっと気づいた時には前世と同じように、今世もかけがえのないものとなってしまっていたからだろう。
どちらも大事だから、どちらも裏切りたくないし、嫌われたくない。
俺は何年生きても、何回生まれ変わっても、臆病な弱味噌だから。
これ以上一人で考えちゃいけない、今の俺ではろくな答えは出せそうもない。
そう考えた俺は気分転換も兼ねて、太陽が沈み始めた夕刻の街に足を踏み出した。
街はいろんな『音』で溢れている。
雑談に興じている女子高生の楽しそうな音、必死に何度も原稿を読み直しているサラリーマンの緊迫した音、俺と同じように街並みに沿って歩く猫の和やかな音。
それは綺麗で聞き心地の良い物ばかりではないけれど、改めて耳を澄ますと人好きの俺には感慨深いものがある。
荒んだ俺の心が少し落ち着いた頃に、「まだ限定メロンパンあってよかったね!」という嬉しそうな音を鳴らしながら話す親子を見かけた。
パンという単語を聞いて、そういえば先日再会した炭治郎の実家もパン屋だったっけ、と思いだして上を見上げると、「竈門ベーカリー」と書かれた看板が目に入った。
「竈門ベーカリーってまさか、ここが炭治郎の実家ぁ!?」
その聞き覚えのある看板に思わず二度見する。
家からここまで徒歩で15分くらいだ。
つまり生活圏もだいぶ重なっているはずなのだが。
こんな近くにいて今まで会えなかったとか嘘すぎじゃない??
灯台下暗しとはまさにこのことだぜ。
俺が呆けて扉の前で佇んでいると、不意にカランカランとドアベルを鳴らして扉が開いて、炭治郎が顔を出した。
「あれ?来てくれたのか、善逸!そんなところに立ってないで中に入ってくれ!」
「え、あ。お邪魔します?」
疑問符を付けながら俺は促されるまま扉を潜った。店内にはイートインスペースもあるようでまばらに客がいる。先程の親子が話していたであろうメロンパンを美味しそうに頬張っている子供や、ショーケースを覗き込む男子高生など、その空間は外とは切り離されたように、ポカポカとした日向のような温かい音で溢れていた。
そしてレジの方に目を向けると、前世で人に戻った姿はついに拝むことが叶わなかった炭治郎の妹、禰豆子ちゃんがいた。
「禰豆子ちゃん?」
「お兄ちゃん!伊之助さんのところに行くんじゃなかったの?…あれ、そちらの人は…?」
禰豆子ちゃんは俺と炭治郎の姿を視界に入れると、パッチリと開かれた可愛らしい両目を丸くしながら、不思議そうに尋ねた。その問いに対して、炭治郎は扉の前で硬直して動かなくなった俺を少し前に押し出しながら言った。
「あぁ、後で行くつもりだ。彼は俺の友人の善逸、扉の前で会ったから中へ通したんだ!」
「そうだったの!初めまして、妹の禰豆子です。兄がいつもお世話になってます」
禰豆子ちゃんは炭治郎の言葉を聞くと、パッと表情を明るくしてこちらに駆け寄った。相手をしっかり立てる健気な姿は控えめに言って天使だ。
「初めまして。俺は我妻、いや、緑谷善逸。よろしくね、禰豆子ちゃん」
「よろしくお願いします…?」
俺が挨拶を返すと、禰豆子ちゃんは何か引っかかることがあるのか、キョトンと小首を傾げた。しばらく言うか言わないか迷っていて少しの沈黙が訪れたが、やがて言うと決心したのか、彼女は口を開いて控えめに声を発した。
「あの…、私貴方と何処かで会ったことありますか?」
「!…いや、無いよ。俺と禰豆子ちゃんは初対面だ」
一瞬驚いて思考が停止したものの、なんとか彼女の言葉を否定する。
禰豆子ちゃんに記憶がないことは少し寂しいけれど、あんな殺伐とした記憶はこんな優しい女の子が持っているものじゃない。
俺は今彼女が毎日を幸せに過ごしているだけで嬉しくて、今更記憶なんてどうでもいいと思うんだ。
禰豆子ちゃんは完全には納得していないような音だったけれど、「そうですよね。いきなりこんなこと言ってすみません」と言った。
炭治郎は俺を気遣うような音を鳴らしながら俺を見ていた。
そんな腑に落ちない表情を浮かべる兄妹に、俺はニコッと口角を上げて笑うことで先程までの出来事を曖昧にする。
俺の意図を察したのか、炭治郎が話題を変えるように切り出した。
「そうだ善逸、渡したいものがあるから奥へ来てくれないか?」
「渡したい物?」
ずんずんと店内を通り過ぎて奥の廊下を進んでいく炭治郎の背中を俺は慌てて追いかける。店を抜けるとそこは一般の部屋の作りとそう変わらなく、炭治郎たち家族が生活するスペースとなっているようだ。炭治郎の部屋は2階にあるようで、そのまま階段を上っていく。
「なぁ炭治郎。渡したい物ってなんだよ?」
「見ればわかるさ」
やけに勿体振った言い方をする彼に、疑問を募らせながら着いた部屋で彼の行動を目で追うと、炭治郎は一つのクローゼットの引き出しから、布に包まれた細長い何かを取り出した。
それを手渡され、纏っている布を丁寧に解いていくと、その本体は姿を現した。
「これって…」
「あぁ、これは善逸が前世で使っていた日輪刀だ」
それは前世で幾度となく握り、刀身を振り下ろした俺の刀だった。
俺がこれを手放してから優に100年は経過しているというのに、再び手に収まる日が来るとは思っても見なかった。この御時世に刀など、所有も管理も大変だっただろう。
「最終決戦での磨耗が酷くて、刃自体は一度取り替えるしかなかったんだが、他の柄や鞘は前の物をそのままにしてある」
前世で一度も刀を折らなかった俺だけど、磨耗ばかりはどうしようもない。刀身は結局消耗品だ。使えばその分だけ強度は落ちていく。手入れを怠れば、それは剣士として致命傷になりかねない。
「まだ玉鋼が色を染める前なんだ。是非刀を抜いてみてくれ」
善逸の刀身が染まる瞬間を見たいと彼はワクワクさせた音を鳴らしながら俺を凝視した。
かく言う俺も刀身が染まる瞬間は見たかったので、二つ返事で頷いて、スーッと鞘から刀を取り出した。
刀身が外に出きると、紙に墨をポチャンと一滴垂らしたように、黒が広がっていき、やがて刃全体を包み込んだ。そして雷を象徴する一閃の黄金が駆け巡ったような模様が染色されて刀は変化を終えた。
「すごく綺麗だ…。見れて良かった」
「うん」
そうだよ、すごく綺麗なんだ。
なんて言ったって雷の呼吸を継承している証で、じいちゃんの教えを受け継いでいる証に等しいものなんだからな。
俺は刀身をソッと鞘に納めて、刀をギュッと抱きしめた。
俺の日輪刀。
これがある限り俺は剣士なのだと、認められた気がした。
「あ、そうだ。俺も炭治郎に渡したいものがあったんだよね」
そう言うや否や俺はゴソゴソと自分のポケットを探った。そこから今日まで炭治郎たちと再会できるよう願掛けのように持ち歩いていた物を彼の前に差し出した。
「これは、花札柄の耳飾りか?」
「うん。炭治郎がつけていた物と全く同じ柄ではないんだけどさ」
それは炭治郎たちと再会する前にクラスメイトと買い物に出掛けた際に買った物だった。自分は耳が良いため、耳につける装飾品の類とは縁が無い生活を送っていたが、炭治郎を連想させるその花札模様の耳飾りを見たときばかりは気づくとそれを手に取っていた。結局自分には似合わず、今日までその耳飾りは役目を果たすことなく俺のポケットの中に仕舞われていたわけだけど、炭治郎につけてもらえるのならそれも救われるというものだろう。
「貰ってもいいのか?」
「もちろん、付けてみてくれよ」
俺が促すと、炭治郎はソッと俺の手から耳飾りを受け取ってそのまま自分の耳につけて見せた。
「どうだ?」と言いながら彼が少し飾りを弄ってみるたびにチリンと鳴る金属音が、なんだか耳飾りが本望だと喜んでいるように聞こえた。
「やっぱりお前はそれが似合うよ」
しばらく炭治郎と前世のことや今世のことを話していると、すでに時刻が7時を回っていることに気がついた。今日はそれほど長い間外に居るつもりはなかったから、母さんや出久に何も告げずに出てきてしまっている。
これ以上遅くなっては夕飯に間に合わず、心配をかけてしまいかねないので俺はここらでお暇することにした。
炭治郎からの見送ろうかという申し出をやんわりと断り、階段を下りていく。
店内に戻ると、店番をしていた禰豆子ちゃんと目があった。
「あ!もう帰られるんですか?」
それを肯定すると彼女は「ちょっと待っててください!」と言って慌ただしくパンを焼いている厨房と思わしき方へ走って行ってしまった。
待っていてくれと言われて帰るわけにもいかず、手持ち無沙汰にしているとまたパタパタと可愛らしい音を鳴らしながら彼女は一つの紙袋を掴んで戻ってきた。
「いつも兄と仲良くしてくださってありがとうございます。これ限定メロンパンです、貰ってください!」
「え!?でもそれ売り物だよね?代金とか…」
いきなり差し出されたそれに困惑していると、彼女は紙袋を俺に押し付けながら強い口調で言った。
「お代はいりません!!その代わり、また来てくださいね」
そして禰豆子ちゃんは炭治郎にそっくりな優しい音を鳴らしてふわりと微笑んだ。
その笑顔を見たとき思った。
あぁ、禰豆子ちゃんは今世では普通の日常を送る女の子なんだなって。
悲痛な運命も、残虐な過去も、痛々しい刀傷も、何一つない。
朝を当たり前に迎えて、大切な家族と毎日を過ごして、最近になっておしゃれとかに興味を持ったりして。
そんな誰もに与えられるはずの幸せを目一杯享受する普通の女の子。
それを思い知った瞬間、俺の内側から何かの感情が迫り上がってくるのがわかった。その感情が瞳から溢れ落ちそうになって俺は慌てて彼女に顔を背けた。
今彼女の陽だまりのような笑顔を歪めさせてしまうのは、あまりに惜しいと思ったから。
「ありがとう…ッ、絶対にまた来るね」
帰り道に口に含んだメロンパンはちょっぴりしょっぱかったけれど、幸せの味がした。
次回の更新は1月31日18時を予定しておりますので、読んでいただけると嬉しいです!