善逸が出久の弟としてヒロアカ世界を生き抜く話 作:冬のこたつのおとも(みかん)
度々焦凍と共に鍛錬をしたり、普通に遊んだりという日々を繰り返し、俺たちは中学生となった。中学生になると、焦凍は子供らしさがだいぶ抜け、大人びた性格となっていった。年々顔の良さにも磨きがかかり、イケメン滅びろと妬ましくも思ったけど、当の本人が全くそういった浮いた話に興味がないものだから、そのうち気にならなくなった。俺が炎司さんに一撃を入れて以来、彼は約束をちゃんと守って轟家への態度が軟化したらしい。その件に関しては本当に良かったと思う。ただ、たびたび俺を養子に誘うのは何故だろう。
授業が終わり、教室を出ようと思ったところで後ろから声をかけられた。
「おい、タンポポ頭」
振り返ると、そこには幼馴染みでなにかと出久に突っかかってくる勝己がいた。勝己は個性が発現してから、いつも爆発音が鳴っていて耳がいい俺には辛かったので、自分から話しかけたことは一度もない。
「何?」
「これ忘れもんだってデクに渡しとけ」
そう言って差し出されたのは、ところどころ煤けたノートだった。表紙には将来のためのヒーロー分析と書かれている。大方、勝己の個性で焼かれたのだろう。勝己は昔からいじめっ子といった感じだったけど、最近は特にそれが顕著だ。しかもそのいじめの矛先が兄である出久に向いているのだから、当然気分は良いものではない。しかし、ただのいじめっ子といじめられっ子という言葉で完結できてしまうほど、この二人の関係が簡単なものではないことをわかっていたので、その日は特に何も言い返さなかった。
「出久、これ」
勝己から受け取ったノートを出久に手渡すと、出久は悔しそうに顔を歪めた。
「あ、ありがとう…」
それでもお礼を言う辺り、出久は人がいい。次の言葉が出ることはなく、気まずい雰囲気が流れる。あの一件以来、あまり良好とはいえなくなった関係ではどうしても交わす言葉は少なくなる。俺のせいで出久には余計に窮屈な思いをさせてしまっているかもしれない。そう考えて、思わず謝罪が漏れそうになったが、先に謝ったのは出久の方だった。
「ごめんね、こんな僕なんかが兄でさ…。学校とかで、その、からかわれたりとか…、してない?」
「してないよ」
「そっか…、ならいいんだけど」
出久は自己肯定感が低い。でもそれは今の境遇では仕方のないことなのかもしれない。それでも出久には他の人に勝る正義感と、否定されても進むことをやめない強さがある。俺はそんな兄を尊敬している。その気持ちが少しでも伝わればいいと思って言った。
「俺は、出久が俺の兄であることを疎んだことは一度だってないよ」
「え?それってどういう…」
ピンポーン。
出久の言葉を遮って来客を知らせる軽快な音が鳴った。やがて応対していた母さんが「善逸ー、お友達来たよー!」と言ったので、俺は小走りで玄関に向かった。それから言い忘れないように出久の方を振り返って言った。
「それと!出久はちゃんとヒーロー向いてると思うよ!」
言い切って満足した俺は玄関へ向かって足を速めた。玄関に着くと、母さんと焦凍が穏やかな雰囲気で話していた。焦凍の音が水面に靡く波のように緩い刺激を受けているようで、過去を懐かしんでいるのかもしれない。入院している母親が恋しいのかな。
「いつも善逸と仲良くしてくれありがとうね」
「いえ、こちらこそ仲良くしていただいてます」
「普段の善逸はどんな感じ?この子、あまり自分のことを話さないから」
「善逸は一人で突っ走るところもあるけど、優しくて正義感の強い奴です。俺も善逸のそんなところに何度も救われたことが…」
「焦凍!遅くなってごめんなさいね!さっ、早くいつもの場所にいこうかっ!!」
なんだか話の矛先がどんどん恥ずかしいことになっていったので、俺は全力で二人の間に割って入った。母さんと仲睦まじく話していたかと思ったら、急に俺を褒めごろすとか、とんでもねぇ焦凍だ!!!
母さんが苦笑いを浮かべて温かい目でこちらを見ている。
「もう、この子ったら。気をつけて行ってきなさいね」
「行ってきます!!」
「行ってきます」
焦凍に道すがら「何で慌ててたんだ?」と聞かれた。焦凍は基本クールだけど、たまに天然だと思う。答えずにひたすら足だけを動かすと、何か怒っているのか、とシュンとし出すものだから困ったものだ。俺は焦凍のこの捨てられた子犬のような顔にめっぽう弱い。一度ため息をついて「怒ってないよ。ただちょっと恥ずかしかっただけ」と答えた。
やがていつも二人で鍛錬している公園に着いたので、鍛錬を始める。前はここではなく、焦凍の家の道場で鍛錬をしていたのだが焦凍が左側の個性の失敗で木刀を全て燃やしてからは、この公園が俺たちの練習場所となった。
「焦凍はだいぶ左側も調整が利くようになったね」
昔は左側の個性を焦凍は忌避していたみたいだけど、炎司さんの態度が変わってから嫌悪感はそれほどなくなったらしい。
焦凍に声をかけると、彼は一度個性を解除して俺の方を向いた。
「前から疑問に思ってたんだが、善逸は無個性なのか?」
「いや、無個性じゃないよ」
「じゃあどうして個性使わねぇんだ?」
焦凍は悪意なんて全くなくて、純粋な疑問なんだと思う。だけど、だからこそ返答に困るのだけど。俺は個性が発現した日からずっと個性は使っていない。当然だ、あんな個性存在しちゃいけない。前世鬼狩りである俺の個性が鬼化なんて、一体なんの嫌がらせだ。ましてやそれを我が物顔で使えるはずがない。そんなことは前世の仲間を裏切る行為だ。
「俺は、俺の個性が大っ嫌いだからだよ」
焦凍は一瞬微かに驚きを表情に浮かべた後、何か思い至ったのか「そうか」と小さく呟いた。何か違った方向に理解された感じが否めないけど、別段それをわざわざ正すつもりもなかった。
「じゃあそろそろ対人訓練しよっか」
「あぁ」
体の成長に伴って霹靂一閃・神速、火雷神も問題なく使えるようになった俺は、焦凍との個性有りきの戦闘では勝率6割、個性なしの組手ではまだ負けたことがなかった。けど、俺は前世できていたことがまたできるようになっただけで技術が成長したわけじゃない。
俺はこの世界にきて、体以外は何一つ成長できていないのかもしれない。
そんなことを思った中学2年の夏。
そして月日は流れ、中学校生活最後の春がやってくる。
3年生になり、出久と勝己と同じクラスになった。無個性に対する周りの態度は厳しく、同じクラスになったことで、よりそれが目につくようになった。今のところ出来る限り口を出さないように努めてはいるが、何かの拍子で爆発しそうだ。今年は受験生というわけで、志望校はもう決まっている。
雄英高校だ。
母経由で出久が雄英高校を受けることを知ってから、ヒーローになることを諦めていないのだと嬉しく思った。だから、もう破談しているような気がするけど、幼き日にした約束がいつかは、なんて願いを馬鹿みたいに持ってしまったのだ。今のところ模試ではB判定だけど、まだ一年あるしこれから追い上げていけば全然間に合うはず。
授業後、職員室に提出物を届けてからさっさと帰ろうと思っていると、教室から声が聞こえた。まだ誰か残ってたのか。荷物が教室内にあるので取りに行かなくてはいけない。なんだか不穏な音が聞こえるけど、俺は一度深呼吸してソッとドアを開いた。
教室にいたのは出久と勝己と、あと勝己の取り巻きが二人(名前は忘れた)いた。また出久にちょっかいかけてたのか。暇人すぎない?受験生。
「この教室は吹奏楽部が使うから、君たちもそろそろ出たほうが…」
「そんなにヒーローに就きてぇんなら、効率いい方法あるぜ?」
俺があくまで穏便に促そうとすると、聞こえていないのか遮るように勝己が言葉を発した。
「来世は個性が宿ると信じて、屋上からのワンチャンダイブ!」
「は?」
こいつ今なんて言った?
屋上からのワンチャンダイブ?
なんでそんなふざけたことが言えるの。その言葉はもはや冗談では済まないということが何故わからない?生者だけではなく、死者さえも冒涜するような言葉に、俺はブッチリと何かが切れる音がした。
「無個性…?個性なんてものは個人の一部でしかない、そんな偏った観点でしか物事を見られないお前が、勝手に自分の物差しで出久を測るなっ!!人っていうのはな、お前が思ってるよりもずっと簡単に死んじゃうんだッ!積み上げた努力、築き上げた時間なんて考慮されないし争いは平気で人の命を摘んでいく!!お前ヒーロー志望だろ!?先輩方が日々救えなかった命をどれだけ嘆いてると思ってるんだ!!その人達の前でも同じことが言えるのかよ!!?」
いきなり俺が現れたことに驚いて固まっている勝己達に俺はまくし立てるように叫んだ。
No.2ヒーローである炎司さんであっても、犠牲者が出た日は苦虫を噛み潰した顔を浮かべている。自分の掌一つで掬えるものなんて、本当に少ない。いつも零れ落ちていってしまう。だからそれを拾い上げてくれる仲間というものを人は貴ぶんだ。その大切さが理解できないのなら、どんどん取りこぼして、最後には絶望しか残りやしない。そうなってからでは、どれほど自分の無力を慟哭しようがもう遅い。
「兄弟そろってムカつくなぁ…!説教たれて教師気取りか!?タンポポ頭ぁ!!」
勝己が脅しのように個性で掌の爆発を見せつける。大音量に耳が痛いけど、今は弱気になっていられない。これだけは、俺も譲る気は毛頭ない。木刀は持っていないが、壱ノ型の体勢に入る。素手で戦えるだろうか。
いや、やるしかないだろ。相手が暴力に訴えるというのなら、俺は俺の大切なものを守るために、全力で自分の力を振りかざすことを厭わない。
それが、雷の呼吸を継ぐ者である俺の矜持だ。
俺が折れないことに気がついたのか、勝己は舌打ちを一つして手を下ろした。
「チッ、…萎えたわ。今問題起こすと受験にも障るしな」
そのまま勝己は取り巻き二人を引き連れて去って行った。こういうところで勝己は直情的なようで冷静だ。でも向こうが引いてくれてよかった。今の俺では戦闘になったら加減できる自信がなかった。まだ死闘というもの経験したことのない人間相手だ、大変なことになっていた可能性も十分ある。感情的になりすぎるのは俺の悪い癖だ。俺が一人反省していると、出久がオドオドと話しかけてきた。
「す、すごいね。あのかっちゃんを退けちゃうなんて…」
「向こうが引いてくれたんだけどね」
「それでもすごいよ!それに比べて僕は…」
出久が悔しそうに唇を噛み締めて俯く。彼の中で羨望の音が強くなる。この音は苦手だ、俺は前世で何度かその音を向けられたことがあるけれど、俺の情けない姿を見るとそれはすぐに落胆に変わった。まぁ、人一倍恥を晒していた自信はあるから仕方ないことだけどね。
「人と比べる必要はないよ。出久は出久のやり方で夢を叶えればいい」
出久が伏せていた顔を緩々上げた。それから彼はハッとした顔になり、「そういえばノートっ!」と言って慌ただしく走って行ってしまった。
久しぶりのまともな会話だった気がする。といってもものの5分も話してないけど。さっきまで騒がしかった教室が閑散としている様は少しだけ寂しく感じた。
「帰るか…」
その日はなんとなく鍛錬する気にも、家に早く帰る気にもなれなくて、近場の公園のブランコをギコギコと漕ぎながら、沈んでいく夕日を眺めていた。
ずっと考えていた、俺はこの世界に生まれ落ちて、呪いのような個性を与えられた。
じゃあ他の皆は?
俺に前世の記憶があるのだから、他の鬼殺隊の人たちだって生まれ変わって記憶がある可能性が高い。だけど、この15年間で一度も前世の頃からの知人には会えていない。
炭治郎たちは今どこにいるんだろう。俺が前世で酷い死に方したから、怒ってるのかな。それならさ、俺ちゃんと謝るから、そろそろ俺に会いに来てくれよ。場所さえ教えてくれるなら、俺から会いに行ってもいいし。
炭治郎たちはこの世界にいるはずなんだ。
だってさ、じゃないとおかしいじゃん。俺だけ前世の記憶を持っていて、この世界でただ一人、俺だけが『異端』なんて。
今世でも俺は周りの人にすごく恵まれていると思う。愛情を注いでくれる母に、気弱なところがあるけど優しい心を持っている兄、互いに高め合っていける友人、俺は確かに満たされているんだ。
だけど、ふとした時に感じる疎外感、それを拭い去る術を俺は未だに見つけられずにいる。
「何してんだ?」
「…焦凍」
不意に声をかけられて顔を上げると、そこには焦凍がいた。夕日に照らされた髪が、白い部分さえも少し赤みがかって見えた。それが炭治郎の赫灼の髪を想起させて少し目尻に涙が浮かんだ。
「なんかあったのか」
焦凍が心配そうな音をさせて俺の顔を覗き込んでいる。俺は慌てて涙を拭い、「なんでもないよ」と誤魔化した。少し声が震えてしまった時点で、何かあったと言っているようなものだったけど。
「言えねぇならいい、俺が話す」
案の定焦凍は納得しない。心配の音はそのままに、彼は俺の隣のブランコにストンと腰掛けた。話す内容を頭でまとめているのか、少し間が空いた後に、やがて彼は切り出した。
「俺とお前が初めて会った日のこと、覚えてるか」
「…うん」
もちろん、覚えてるよ。あんな濃い記憶、忘れるわけないじゃん。今思い出してもあれは無茶したなぁ、って思う。炎司さんがまさかNo.2ヒーローなんてね、知った当時は心臓が口からまろび出そうになったなぁ。それももう8年以上も前のことなのか。
俺は改めて焦凍を見つめた。
ブランコの鎖を握っている掌は俺よりも少し小さかったのに、今となっては全然俺より大きい。前はひっきりなしに変わった表情が、今は少し動くぐらいだ。それでも浮かべる笑みの温度は変わっていない。変わったものと変わってないもの、それは月日の流れを雄弁に語っているようだった。
「俺は当時、親父が憎かった。それに伴って、親父の血を色濃く引いている自分の左側が醜く思えた。毎日続く暴虐な訓練、夜に母に泣きつく日々、母が入院させられてからはそんな時間さえなくなっちまったが。それが俺の世界の全てだった。あの日も、そうなるはずだったんだ。そんなときだ、お前が俺の前に現れたのは」
何度聞いても痛ましい過去に眉を顰めたが、1トーン明るくなった声を聞いてパチッと目を瞬かせた。
「その日から、俺の世界は変わった。善逸が俺がずっと言いたかったこと、全部代弁してくれた。親父の荒んだ根性を叩き直してくれた。善逸と出会ってから、こんなにも俺の世界は息がしやすくなった。俺の今感じてる幸せは、全て善逸のおかげだ。
善逸は、俺にとって、いや俺たちにとってのヒーローだ」
焦凍の言葉を聞いて漠然と思った。
あぁ、俺ここで生きてるんだ、って。
俺は『異端』かもしれない。それでも、ここで過ごした時間は確かなものだ。ちゃんと緑谷善逸としての生を刻んでいる。こんな俺を認めて、受け入れてくれる人たちがいる。
なら、きっともう大丈夫だ。
彼らがいる限り、俺はここでやっていける。俺はいつも過去ばかり振り返っていた。だけどもう少しだけ、今に目を向けてみようと思えた。
「ありがとう、焦凍」
「もういいのか」
「うん、もう大丈夫」
それから何か話すでもなく、俺たちは帰路についた。
日が暮れて誰もいなくなった公園で、二つのブランコだけがそこに彼らがいたことを証明するように、ギコギコと音を鳴らして揺れていた。
簡易的な設定
我妻善逸(緑谷善逸)
出久くんの義理の弟
個性:鬼化
基本戦闘スタイル:雷の呼吸
鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い、強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。
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