善逸が出久の弟としてヒロアカ世界を生き抜く話 作:冬のこたつのおとも(みかん)
相澤先生の話が終わり、無事除籍処分を免れた俺は、一人帰路についていた。出久には怪我のこともあったし、疲れもあるだろうからと早めに帰るよう促した。焦凍は職員室を出た時にはすでにいなかったため、先に帰ったのだと思う。
冷静になって考えると、俺は焦凍に対してとても不誠実なことをしてしまったと思う。あんなにも怒りを露わにする焦凍を見たのは久しぶりだった。医務室へ行く道すがらも、彼は一言も言葉を発してはくれなかった。
よもや嫌われてしまったのではと俺の思考は沼に嵌るように、どんどん悪い方向へと落ちていく。
陰鬱な気持ちを吐き出すように、ハァとため息を一つ零すと、不意に後ろから足音が聞こえて振り返った。
「うぉ。よぉ、さっきぶりだな」
「心操くん…?」
心操くんは俺がいきなり振り返ったことに驚きながら、一瞬上がった心拍数をなだめるように、緩慢な動きで右手を軽く上げた。目の下に隈をこさえた彼と話すのは、体育祭での第三種目のトーナメント発表以来だけど、あの時の彼の言っていたことは、今思い返してもよくわからない。
そういえば焦凍も、俺が心操くんを救ったと言っていたが、それと何か関係があるのかな。そう考えた辺りで、再び憤慨する焦凍を思い出して、また俺の気持ちは沈んでいく。
焦凍のことともう一つ俺には懸念していることがあり、そのせいでどうしても今の俺の心は、手負いの獣のように敏感になっていた。
「なんか落ち込んでんのか?確かに随分ド派手な負け方してたしな」
「それもあるけど。獪岳…、あっ、俺の昔の知り合いのことも気になっててさ」
俺は心の内を漏らすようにそうぼやいた。普段ならば前世のことをこうもあっさり漏らすことはなかった俺だけど、あまり知らない間柄の人にだからこそ言えることがある。それに対して反応を望んでいたわけではないが、目の前の彼は俺の予想とは裏腹に、意外だとばかりに目を見開いた。
「お前も普通科で最近話題になってる噂を知ってたのか」
「噂?」
「さっきお前が言った獪岳のことだよ」
彼の口からあいつの名前が出たことで、今度は俺が目を見開いた。
「獪岳を、知ってるの…?」
たらりと冷えた汗が背中を伝い、唾を一度飲み込んでから、緊張で少し掠れた声を俺は発した。心操くんは一瞬訝しげな表情を浮かべたが、すぐにいつもの気怠げな顔に戻して口を開いた。
「2年前、桑島獪岳という当時一年生だった普通科の生徒が、雄英体育祭でヒーロー科を出し抜き、優勝するという偉業を成したというのが、雄英体育祭前の普通科内で浮上する噂だ。それを部活動中に先輩から聞いた奴がいてな。近年稀に見ない出来事に、マスコミ陣はもちろん、多くのプロヒーローが彼に注目した。当然ヒーロー科移籍なんて話も上がったさ。彼の努力を近くから見守っていたであろう彼の担任も、ヒーロー科への移籍の件を強く推薦していた。けど、ある理由から、それが通ることはなかった。そして雄英体育祭から数日後、彼は行方不明になった。彼と同学年の奴からは絶望のあまり自殺しただとか、敵に転向しただとか、そんな信憑性のない与太話がまことしやかにささやかれてる」
「…移籍が許されなかったある理由って、何?」
行方不明になったという話も気になったが、まずはそこが聞きたかった。
あの蒼黒の瞳には、微かに絶望と憎悪の色が滲んでいた。
全てを飲み込むような、淀んだ黒。
その正体につながる手がかりが、そこにはある気がした。心操くんの言葉を一字一句聞き逃すまいと、俺が彼を見つめると、彼はやがて諦めたようにため息を一つ漏らした後、気の毒そうな表情で、目を伏せながら言った。
そのとき発せられた言葉に、俺はこの世界の残酷な事象を叩きつけられたような、そんな感覚に陥った。
「それは彼が、桑島獪岳が、無個性だったからだよ」
「善逸くん!少しいいだろうか!」
「飯田くん?どうした?」
朝学校に着くと、いつも通りの飯田くんに声をかけられた。彼の快活な声は、体育祭の話題で賑わっている教室内でも問題なく響き渡っていた。
「先日の兄の件については知っているだろうか」
「うん。出久から聞いてるよ」
出久からの話によると、彼の兄が体育祭が行われていた時と同時刻に、任務で重傷を負ったということだったから、心配していたけれど特に普段と変わり無いように表面上は見えた。だけど心の中の音は、あまり穏やかではないようだ。尊敬する兄が敵にやられたとあっては、その敵に対して思うところがあるのは仕方ないことかもしれないが、それが積もりに積もって、道理から外れてしまうことにならなければいいけれど。誰よりも道理をわきまえている、真面目な彼だからこそ、一度空回りを始めてしまうと重篤化しそうで怖い。
「そのことで君の友人たちにお礼が言いたい!」
「俺の友人?」
「敵連合に潜入捜査していた彼らのことだ」
炭治郎たちのことは、敵連合の襲撃事件の際に顔を合わせた生徒も多かったということから、彼らが敵連合に潜入していたヒーロー側の人間であることは、相澤先生がA組の皆に説明していた。そして、彼らと俺が面識があることも周知の事実となっていた。
「炭治郎たちがどうかしたの?」
「彼らが兄さんのピンチに駆けつけたらしい。そのおかげで兄さんの怪我は最小限で済んだ。もし彼らがいなければ、兄さんはヒーロー活動を続けられなかったかもしれない。彼らには、感謝してもしきれないよ。もちろんできることなら直接伝えたいが、彼らとの接点が俺にはないからな。君が伝えてはくれないか?」
俺が問いかけると飯田くんは、少し晴れやかな音を鳴らしながら言った。
俺自身も、思わぬところで友人達の活躍が聞けて、図らずとも頬が緩んでいくのを感じた。
「わかった。次会ったときに必ず伝えとくね」
「ありがとう!頼んだ」
俺がそう言うと、飯田くんは満足したのか自分の席の方へ歩いていった。
俺も自分の席に着こうかとしていた時に、タイミングを伺っていたのか、今度は焦凍に声をかけられた。
「善逸。昨日のことで、話したい」
「焦凍…。うん、わかった」
意図したわけではないけど、焦凍に酷い仕打ちをした自覚はある。膨れ上がる闘志のままに、宣戦布告をしてきた彼を思えば、俺のしたことの不義理さは顕著だ。だから俺は、彼にどのような罵詈雑言を浴びせられたとしても、受け入れる義務があった。
俺は覚悟を決めて、廊下へと足を向けた彼の背中を追った。
「昨日のことは、悪かった」
「へ?」
第一声目からの謝罪に、俺は出鼻を挫かれたように裏返った声を発した。
昨日の出来事を何度思い返しても、俺は焦凍に恨まれることはあれど、謝られる理由がわからない。俺が彼の行動を理解出来ず目を丸くしていると、彼は言葉を続けた。
「昨日帰ってから、頭冷やした後に気づいた。個性を初めて使ったら、誤作動もあるよな。なのに俺は善逸の話も全く聞かずに掴み掛かっちまった、すまねぇ」
「え!?そんなこと全然気にしなくていいよ??それにごめんはむしろ俺のセリフだよ」
俺は頭を下げる焦凍に慌てて言葉を返した。
あの時個性が解除されたのは、焦凍の言うように誤作動だったのか、俺の意思によるものだったのか、それは今となっては俺にも判断がつかない。
けれどあの時、獪岳の言葉を聞いたとき、俺の中の戦意が喪失してたのもまた、確かなことだ。
「俺の方こそ、本気でやってる焦凍に対して不誠実なことした、ごめん。俺、あの時他のことに気を取られてたんだ」
「確かに善逸は俺を見てなかったな。善逸があの時執拗に見てたやつが、お前が自分の個性を頑なに使わなかった理由か?」
「っ、どうしてそう思ったの?」
焦凍からの質問に、一瞬言葉を詰まらせた俺は、卑怯だとわかっていながらも、質問を質問で返した。けれど焦凍はそれを見越していたように、すぐさま質問の理由を言った。
「善逸の目が俺の後ろにいる『何か』を捉えた瞬間、善逸は個性を使うのをやめた。それはそこで見たものが少なからず善逸の精神に影響を及ぼすものだったからじゃねぇのか?それだけじゃねぇ、善逸あの時自分がどんな顔してたか知ってるか?亡霊にでも会ったような顔してたぞ」
亡霊、焦凍はほとんど何も知らないはずなのに、何故か言い得て妙だった。
かつてあいつの首を切った俺からすれば、あいつとの再会はまさしく亡霊を見たと言っていい。
俺の返答を待つように、ジッと色の違う双眼に見つめられて、いたたまれなくなった俺は観念したように口を開いた。
「そうだよ。明確には違うけど、きっかけはあいつだった」
「そうか」
俺が自身の個性を毛嫌いしていたのは、元鬼殺隊士としての吟味であったり、鬼に対しての恨みであったりしたが、その恨みの大元自体が、獪岳だった。全てが彼のせいだというわけではないけれど、かつて何も持たずして生まれた俺が、やっと手に入れたものを壊していった彼に対して、恨みの感情を抱かずにはいられなかった。
こんな感情は、何も変えられなかった俺の、ただの八つ当たりにすぎないのかもしれないけれど。
「追求しないの?」
「しねぇ。今はまだ、な」
「何か含みのある言い方するな」
海の波が静かに靡いているような音を発している彼の心情を探るように、俺が言葉をかけると、彼は微かに口元に笑みを浮かべた。
「もう受け身でいるのは辞めたからな。今度こそ、真っ向から善逸に勝って、俺の抱えてるもの一緒に背負ってほしいって、絶対言わせてやる」
逃がさないとばかりの眼光だ。
少し見ないうちに一つも二つも頼もしくなった焦凍の言葉に、俺は目をパチクリさせた。出会った当時の、理不尽な親の暴力とも呼べる加虐に耐えるだけだった彼はもういない。若干子供の成長を見守る親の気分になって、胸にツーンとするものを感じながら、俺はこみ上げてくる温かいものに身を委ねて、ふにゃりと不格好に笑った。
「今日のヒーロー情報学はコードネーム、ヒーロー名の考案だ」
相澤先生が言い終わるや否や騒ぎ出すクラスメイト達を横目に、俺は急に上がる音量に耐えるために自分の両耳を塞いでいた。あの相澤先生の前振りからのこの展開は、もはや慣れたものだ。そして騒ぎ出した生徒達を相澤先生が睨みつけ、静かになるまでがいつものパターンだ。
「というのも、先日話したプロヒーローからのドラフト指名に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2、3年から。つまり、今回一年のおまえらにきた指名は、将来性に対する興味に近い。卒業までに、その興味が削がれたら一方的にキャンセルなんてことはよくある。で、その集計結果がこうだ」
相澤先生がリモコンを弄ると、設置されていたプロジェクターが起動して、黒板に棒グラフが表示された。俺への指名は196件と、体育祭の順位の割には多い方だった。逆に出久の名前はなかった。あの試合を見て、危険だと判断されたのかもしれない。
「この結果を踏まえ、指名の有無に関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう。お前らはUSJの時、一足先に敵との戦闘を経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練をしようってことだ」
なるほど、そこで使用されるのがヒーロー名ということか。
そのあと、相澤先生の話の途中にミッドナイト先生が教室の扉を豪快に開けて入ってきた。これから考案するヒーロー名はまだ仮ではあるが、あまりテキトーなものを付けてしまうと、後々少し困ったことになるらしい。俺もここで黒歴史を生成するのは避けたいので、真面目に考えることにする。
「まぁ、そういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん。将来自分がどうなるのか、名を付けることでイメージが固まり、そこに近づいていく。それが、名は体を表すってことだ」
前から回ってきた色紙を一枚取り、後ろに回した。そこに考えたヒーロー名を書けばいいようだ。配り終えるとすぐに相澤先生は寝袋の中に入り、仮眠の準備に入ってしまった。静かな教室で彼の微かな寝息と、ひたすらペンを擦るような音だけが響いていた。
「じゃあそろそろ、出来た人から発表してね」
ミッドナイト先生の言葉に促され、最初に教壇に上がったのは青山くんだった。中々個性の強いものが発表されたが、ミッドナイト先生もそこは慣れていたのか、サッと簡単な直しだけを入れて、それは容認された。一人ノリよくヒーロー名を発表したことで、他の生徒も緊張がほぐれたのか、彼に続くようにどんどん皆自身のヒーロー名を発表していった。
「ヒーロー名、思ったよりもずっとスムーズに進んでるじゃない。残ってるのは再考の爆豪くんと、飯田くん、そして緑谷兄弟ね」
俺もそろそろ発表しないと、そう思ってペンを走らせた。そして書き終えた色紙を持って、教壇を登る。
興味深そうに眺めるクラスメイト達によく見えるように、色紙を支えた。
「『
ミッドナイト先生が楽しそうな音を鳴らしながらそう言った。
最初は今世では使われなくなった苗字にしようかとも考えていた。
けれど、やっぱり俺は爺ちゃんが教えてくれたものを大事にしていきたいから。
この名前を背負える、そんな人間になりたい、そう思った。
たとえそれが、二度目の兄弟子との対立を招いたとしても。
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