善逸が出久の弟としてヒロアカ世界を生き抜く話   作:冬のこたつのおとも(みかん)

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ディスタービング(前編)

「うをぉーー!飯だー!!」

 

俺たちを先導する様に伊之助が叫びながらロビーを駆け抜けていく。

水柱ヒーロー事務所へ戻ると、そこは食欲をそそられる美味しそうな匂いが充満していて、一人の女性が食事の用意をしていた。

その女性はこちらに気づくとパッと明るい顔になり、俺たちに笑いかけた。

 

「おかえり!昼食の準備はできてるよ。君は職業体験の子かな?初めまして私は鱗滝真菰、この事務所の職員をしているよ。よろしくね」

「あっ、初めまして!緑谷善逸です。雄英高校からきました」

「知ってるよー。体育祭すごかったね」

 

どこかおっとりとしていて気さくな雰囲気の彼女に、俺は少し上がっていた肩の力を抜いて、彼女の名前で疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「あの、鱗滝って…」

「ん?あぁ、私は錆兎の従兄弟だよ。だから錆兎の昔の話もいっぱい知ってるよー。知りたい?」

「っその話はいいだろう!早く席につけ、飯にするぞ」

「えへへ、怒られちゃった」

 

気恥ずかしそうな鱗滝さんが話を締めくくると、真菰さんは悪戯っぽい笑顔を俺に向けた。その笑顔に一瞬ドキッとしたが、俺は邪心を振り払うように禰豆子ちゃんの笑顔を思い浮かべた。

鱗滝さんに促され、席についた俺たちは挨拶をして各々昼食を食べ始めた。

 

「しっかり食え。午後からはパトロールをするからな。ここら辺はヒーロー殺しの一件以来、厳重な警戒体制となっている。気を引き締めておけ」

 

ヒーロー殺し。それは敵(ヴィラン)名ステインと呼ばれる数多くのヒーローたちを再起不能にした凶悪な犯罪者だ。

そんな彼と対峙することなど、まだヒーロー仮免許も取得していない俺では想像もできないことだけど、すでに炭治郎たちは一度交戦しているらしい。

俺は炭治郎たちと自分の差をここに来て初めて強く実感した。それと飯田くんに頼まれたことを思い出し、俺はそれを炭治郎たちに伝えた。

 

「炭治郎たちはヒーロー殺しと一度戦ったことがあるんだろ?クラスメイトにインゲニウムの弟がいるんだけどさ。その子が炭治郎たちに感謝してたよ」

「そうなのか?それはよかったが、俺は自分が感謝されるほどの働きができたとは思えない。だから今度こそは捕まえてみせる!」

「今度は俺にも戦わせろ!!」

 

炭治郎がムン!と息巻きながら宣言し、伊之助が抗議する様に言うと、それを前の席で聞いていた鱗滝さんが呆れるように言った。

 

「駄目だ。ヒーロー殺しとの戦闘は許可しないと義勇も言っていただろう?大体俺は前回の交戦のことも許していないからな」

「すみません!ですがあの時は現場に怪我人がいたため、あれが最善だと判断しました!…きっと同じような状況に出くわせば、俺はまた敵(ヴィラン)に立ち向かっていくと思います」

 

炭治郎の真っ直ぐとした、それでいて包み隠すことのない本音に、鱗滝さんは大きくため息をついて髪を軽く掻き上げた。

二人のやりとりを見ていた真菰さんがフフッと笑って、「錆兎は心配なんだよ。ヒーロー候補生の中にはさ、まだ経験が浅いうちに大きな狂気と対面しちゃって、そのまま立ち直れなくなる子もいるから」と言った。その表情は子供の成長を見守る母親のように温かいものだったが、心の音は少し荒んでいるように聞こえた。鱗滝さんもまた、そんな真菰さんを気にかけているような音を鳴らしていて、その音の理由は聞けないまま、俺は少し冷めてしまった味噌汁を啜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では早速パトロールについて説明するぞ」

 

全員昼食を食べ終わったのを確認すると、鱗滝さんがそう切り出した。

真菰さんはその間に使った食器を片付けてくれている。

鱗滝さんはここら一体が書かれている地図を取り出して、空いた机に広げた。

 

「途中で事件などに遭遇すれば臨機応変に対応するが、基本の巡回ルートはこの通りだ。頭に入れておけ」

 

鱗滝さんの言葉通り、地図に示された矢印を追うようにしてルートを頭に入れていく。保須市を中心としているルートはその警戒態勢の厳重さを物語っているようだ。

地図をあらかた覚えると、鱗滝さんを筆頭に、炭治郎、伊之助と共にパトロールを開始した。

 

「今日こそつえー奴と戦えるのか!?」

「まだ事件が起きたわけじゃないからそれはわからないよ、伊之助」

「見つけ次第ぶっ飛ばすってことか!?」

「いや、それは状況によると思う!」

 

事務所を出ると同時にテンションが上がっていく伊之助を炭治郎が宥めている。そうやって二人が構成する空気は前世よりも親密なものだ。姿は出会った頃ぐらいのものなのに、その内面はだいぶ変化しているのだと思うと、なんだか感慨深いものがある。

 

「どうしたんだ?善逸」

「へ?なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」

 

会話に入ってこないことを不審に思ったのか、炭治郎が気遣うように俺に声をかけた。俺はそれにいつも通りを心がけて返事を返す。炭治郎は不思議そうな音を鳴らしていたが、深くは追求してこなかった。

 

 

パトロールルートを一周した辺りで、俺たちの前を歩いていた鱗滝さんのスマホが着信を知らせる音を鳴らした。

彼はそれを確認すると一つため息をこぼした。

 

「どうやら義勇が上層部と揉めたらしい。大方また言葉足らずで無用な勘違いを招いたんだろうがな。悪いが俺はその弁明にこれから向かわなくてはいけなくなった。そのあと現地で仕事があるから2、3日帰れないが炭治郎、伊之助、留守を頼めるか?」

「はい!義勇さんによろしくお願いします!」

「任せとけ三郎!この親分が子分の面倒はしっかり見てやるぜ!」

 

炭治郎たちの頼もしい返事を聞いた鱗滝さんは、伊之助のもはや恒例となった名前間違いを訂正しつつ、力なく笑った。

 

「錆兎な。任せたぞお前ら。緑谷も悪いな、面倒みてやれなくて」

「いえ、十分勉強になりました!…その、冨岡さんの弁明とかいろいろ大変そうですけど、頑張ってください」

 

鱗滝さんは俺の言葉に肩を落として「本当にな…」とぼやいた。その姿から彼が相当な苦労人であることが窺える。俺は冨岡さんとの面識はほとんどないが、炭治郎経由でその人となりはなんとなく知っている。その人の音がとても静かで、波のない水面のような穏やかな音だったことが強く印象に残っている。

鱗滝さんが駅の方へ駆け出し、姿が見えなくなると、炭治郎が冨岡さんと鱗滝さんについて付け足すように言った。

 

「義勇さんと錆兎は幼馴染みなんだ。高校も共に雄英高校に進学していて、昔からヒーローになって共に戦おうと約束していたらしい。今でもたまにこれからも共に歩んでいく意志を確認し合っているのを見るよ」

「仲良いんだな、冨岡さんと鱗滝さん。それに今事務所立ち上げてるってことはその夢は叶ったんだろ?」

「あぁ、そうだな。…そのはずだ」

「炭治郎?」

 

どんどん声のトーンが落ちていく炭治郎に俺は首を傾げた。

今の話だと、二人は長年の掲げていた目標を叶え、今も順風満帆にやっているように思える。炭治郎が一体何を思って浮かない表情を浮かべているのか、俺にはよくわからなかった。

 

「あのさ、たんじろ「っそろそろパトロールに戻ろう!小さな悪意も見逃さないようにしなくちゃな!」」

 

俺の言葉を遮るように炭治郎がから元気に言葉を発した。追及されることをわかりやすく避ける彼に、俺は口を閉じざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初日は特に大きな事件に遭遇することなく一日を終えた、二日目も万引き犯を一人捕まえた程度だ。

 

そして迎えた三日目。

 

「今日は午前に鍛錬、午後からはパトロールのスケジュールでいくぞ!」

 

義勇さんの元へ行ってっしまった鱗滝さんの代わりに、この事務所の勝手知ったる炭治郎が今日の所は仕切っていく形となった。伊之助は別の仕事が入ったようで今日は別行動をしている。俺としては友達が指導者だと緊張しなくて済むのだが、職場体験としてはもうどうかと思う状況だ。

それでもこの職業体験で一皮剥ける生徒は必ず出てくるだろう。焦凍も炎司さんの事務所に体験に行っているし、出久も自身の個性について何か新しい道を見つけたようなことを昨日メールで言っていた。

ここで差をつけられたくはない。

俺は個性に於いてだいぶ皆より遅れている。

個性は身体機能の一部、通常なら体を動かすように扱えて当然のもの。

だけど今まで全く扱ってこなかったものを、少し練習したところで一朝一夕で鍛えられるものじゃない。

俺は頑張るのも、継続的に何かをするのも苦手だ。

でもそれを疎かにしたツケはいずれ最悪な形となって露呈するということが分からないほど、俺の生きてきた年数は短くない。

俺は緩み始めた意識をキッと引き締めた。

 

「個性というのは基本使いすぎると様々な形で身体に支障をきたす。いわば力の代償みたいなものだ。善逸の場合はどうなんだ?」

「代償?」

 

炭治郎の言葉に、俺は両目をパチクリさせた。

俺の個性の代償。今まではとにかく使う使わないの話ばかりで、考えたこともなかった。

けど言われてみれば当然だ。

かつて鬼殺隊士は鬼を狩る技術を得るために、普通に暮らしていく平穏な日常を失った。

痣者は強大な力と引き換えにその寿命を失った。

物事には必ず代償が付き纏う。

なら俺の個性の代償はなんだろう。

そもそも俺は個性を限界まで酷使したことがない。

無意識の領域で、それを避けていた。

個性を使い続けたら、俺は一体どうなってしまうんだ?

その時、ふとひとつの見解が思い浮かんでしまった。

もし代償というのが、

 

「善逸!」

「ッ!…何?」

 

俺は炭治郎の声で深く沈んでいた思考を浮かび上がらせ、彼の顔を見た。

炭治郎の真っ直ぐな瞳が俺の動揺で揺れ動く目を心配そうに覗き込んでいる。

 

「特に思い浮かばなかったなら、無理に考えることはないぞ?気づかなかったということはそれほど注意しなくてはいけない代償ではないのかもしれない」

「そっか、そうだよな…。俺の気にしすぎだったみたい」

 

俺は先ほど思い浮かんでしまった恐ろしい想像に蓋をする様に、引きつる頬を無理やり上げて不格好に笑った。

 




次回の更新は2月14日18時を予定しておりますので、読んでいただけると嬉しいです!
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