善逸が出久の弟としてヒロアカ世界を生き抜く話 作:冬のこたつのおとも(みかん)
昼食後から行っているパトロールは大きな事件に遭うこともなく、もう一周して何も異常がなければ、今日のお勤めは終わりだ。
日が沈み始めて視界に直接入ってくる太陽光が眩しくて、目を細めながらすっかり慣れた道を歩く。
きっと何も起こらないだろうと油断し始めていたその時、事件は起こった。
「イヤァーーーーッ!!!」
「!?」
劈くような悲鳴が辺りに響き渡り、俺と炭治郎は音の発生源へ同時に走り出した。
その場所に着くと敵連合襲撃事件で散々相澤先生を嬲っていた対オールマイト用改造人間、脳無が一般人の男性を絞め上げていた。
その近くで女性が震えている。
「たっ、助けてください!夫が、夫があの化け物に…!」
俺と炭治郎がすぐさまアイコンタクトを交わし、炭治郎が飛び出す。
飛び出した勢いのまま、彼は脳無に思い一撃を与えた。俺はその打撃に怯んだ脳無の隙をつき、幾分か力が弱まっていた脳無の腕から男性を救出する。
助け出した男性は2、3度むせていたが、音からして肋骨は無事だったし、意識もはっきりしている。
「立てますか?俺たちが時間を稼ぐので、あそこの女性と一緒に逃げてください!」
炭治郎が日輪刀を構えながら素早く男性に指示を出し、男性も俺たちがヒーロースーツを身に纏っていることに気がついたのか、反論はせずにその言葉に従い、女性を連れてその場を駆け出した。
脳無は対象に逃げられたことで目的が移ったのか、俺に襲いかかってきた。
ドンッ!!
「ッ!!」
「ッ善逸!!」
俺は殴り飛ばされるも、なんとか受け身をとる。
重い攻撃だった。だけどあの時の脳無ほどじゃない。
こいつ一体なら、俺と炭治郎で十分対処できる。
俺は個性を使って脳無の腕を日輪刀で斬りつけた。
しかしその傷はすぐに塞がってしまう。当たった時の感触にも違和感があった。
「炭治郎!この脳無の個性は前と同じ、超回復とショック吸収だ!」
ならば回復が追いつかないほどの攻撃を与えるまでというように、俺と炭治郎は個性で身体を強化し、連続的に脳無を斬りつける。
俺たちの猛攻に一歩、また一歩と下がっていく脳無に、このまま競り勝てる、と勝利を確信したその刹那、隣にいたはずの炭治郎が視界から消えた。
「ッ!?、たんじろ…!」
衝突音が聞こえて後ろを振り返ると、炭治郎が電柱に叩きつけられていた。一瞬何が起こったのか理解できずに、呆然として前方を見ると、そこにはさっきまで戦っていた脳無とは別に、もう一体脳無が増えていた。
「嘘でしょ…?」
俺は呆然として言葉を吐いた。
二体の脳無。一体ならまだ二人で対応できた。
だけど二体同時に相手にするなんて、勝率はほぼない。
押し潰されそうなほどの絶望感に、勝てないという言葉が俺の脳裏にチラついた。全く見えない勝ち筋に、膝が笑ってくる。
「ぜ、んいつ!」
先ほどの衝撃がまだ残っているのか、苦しそうに俺の名前を読んだ炭治郎の方を反射的に見る。炭治郎はもたれかかっていた電柱に片手をつき、体を支えながら立ち上がった。
「諦めるな!ッ俺たちで守るんだ、町の皆を!」
俺は伏せがちになっていた顔をバッと上げた。
炭治郎の言う通りだ。弱気になっている場合じゃない。今ここで戦えるのは俺たちだけなんだ。
まだ避難できていない人たちが俺たちを不安そうに見ている。
怯えた音を鳴らして、ヒーローが救ってくれることを祈っている。
俺は日輪刀を再び強く握った。
そして個性をさっきよりも強く発動させて鬼化を進める。口からのぞいている牙はより鋭利に尖り、額から飛び出た二本の角の長さが増していく。同時に体内から溢れ出てくる力が強くなっていくのを感じる。
シィィィィィィィィ。
『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 8連』
俺は過去最高速で脳無に斬撃を与えていく。その俺を手助けするように態勢を立て直した炭治郎がヒノカミ神楽で重い一撃を入れていき、脳無が怯んだ隙に俺がもう一度霹靂一閃8連を打ち込んだ。
しかし二人で一体の脳無の相手をするのがやっとで、そうなるとどうしてももう一体の脳無は自由となってしまう。
「グガァァ!!」
「ッウ!!」
もう一体の脳無が雄叫びを上げ、その巨体にものを言わせて俺に体当たりをかまし、俺の体は呆気なく突き飛ばされる。
「善逸!…ッグ!」
炭治郎も俺の方へ一瞬意識が逸れた隙に脳無の振りかぶられた拳を受けてしまった。
体を起こす前に脳無が俺の前に迫る。
俺の個性はすっかり解けてしまっていた。
これ以上は使ってはいけないと、俺の中で警告音がガンガン鳴り響いている。
この警告を無視して使い続ければ、どうなるのかは予想できない。
俺に向かって腕を伸ばす脳無に、俺はせめてもの抵抗に日輪刀を突き立てる。
脳無は全く動じることなく、伸ばされる腕は止まらない。
その腕はそのままガッと日輪刀を握っている俺の腕を掴む。
「ゥガァァッ!!」
脳無はその握力のままに俺の腕を握りつぶさんとし、俺はあまりの痛みに絶叫した。
だめだ、折られる。
跡形もなく、腕も、心も、折られてしまう。
激痛と失意に視界が歪んできたその時、激しい洪水が脳無を建物の壁まで押し流した。
一体何が起こったのか、と右腕を押さえながら波の発生源に視線を向けると、不明瞭な視界に一人の男性が映った。
「俺たちが来るまでよく耐えた。後は任せろ」
「冨岡、さん…!」
そこにいたのはヒーロー水柱こと、冨岡義勇さんだった。
俺は安心感からか目尻に溜まった涙を急いで拭って、炭治郎の方を見た。
「遅くなってすまない!ここは俺たちが応戦する。お前たちは一般市民の救護に回れ!」
「錆兎!」
炭治郎の方はどうやら鱗滝さんが助太刀に入ってくれたようで、彼も無事だ。冨岡さんと鱗滝さんが脳無たちを足止めしてくれている間に、俺は炭治郎のもとへ駆け出した。
「大丈夫か?炭治郎」
「あぁ、錆兎が助けてくれたからなんとか。一般市民の救護を急ごう」
「脳無との戦いに加勢しなくていいのか?」
脳無たちは強い。俺と炭治郎でも全く歯が立たなかった。そんな強敵相手に、いくらプロヒーローとはいえ鱗滝さんと冨岡さんの二人だけでは厳しいのではないかと思った。
しかし炭治郎はそんな懸念など微塵も感じていないようで、疑いを少しも含まない瞳で俺を見つけながら言った。
「大丈夫。義勇さんと錆兎は共にいれば最強だから!」
「?」
炭治郎の言っている意味がわからず、首を傾げているとド派手な衝撃音がなり、そちらを見やるとさっきまで俺たちが苦戦していた脳無たちの地に伏している姿があった。
もちろんそれだけで倒される脳無ではないが、反撃してくる脳無たちを、冨岡さんたちはあっという間に捌き切る。
そして冨岡さんと鱗滝さんが一瞬二人で目を合わせると、右側から冨岡さんが、左側から鱗滝さんが、十字を切るように脳無を斬りつけると、倒れた脳無はついに動かなくなった。
「すごい…」
「そうだな!あの人たちはきっと、出会うべくして出会ったんだ」
炭治郎の言葉に共感した。
まさに阿吽の呼吸。
それほどまでに彼らの連携は圧巻だった。
炭治郎に一度肩を叩かれ、「俺たちは俺たちのやるべきことをやろう」と言われてやっと止まっていた足を動かした。
しかし一般市民たちの方へ足を踏み出したその時、冨岡さんたちの攻撃が手薄になっていたもう一体の脳無が、俺たちに襲いかかってきた。
咄嗟に日輪刀に手をかけたが、横から脳無に衝突した何かのおかげで、その刀が振るわれることはなかった。
脳無の巨体をなぎ払われたことに唖然としつつ、脳無に衝突した何かに目を向けた。
「しっ、獅子ぃ!?」
それはあまりに場違いな獅子だった。
鋭い眼光と、百獣を統べる王のような威圧感に物怖じしつつ、その体軀を見上げていると、炭治郎が明るい声色で言った。
「あれは錆兎の個性、獅子龍舞だ!錆兎は自分の半径100メートル以内の範囲に獅子を召喚し、自由に使役することができるんだ!最大三体まで使役できるぞ!」
「そういうことだ。驚かせて悪かったな」
鱗滝さんは炭治郎の勢いのある解説に苦笑した後に、眉を少し下げてそう言った。鱗滝さんと冨岡さんが残り一体の脳無に向かって駆け出したことで、俺と炭治郎は先程中断された行動を再開した。
周りの人々の救護が終わると、被害が拡大しやすい人の多い大通りへ俺たちは向かった。その途中で自分のスマホから通知音が鳴り、一瞬見るかどうか迷ったが、職場体験中にわざわざ連絡してくるということは急を要するものの可能性が高いと判断し、スマホの画面を見た。
画面には出久から一斉送信で送られた地図が表示されていた。
それを見てすぐにわかった。
これは救援要請だ。
道を走りながら炭治郎に声をかけた。
「炭治郎!俺行かなくちゃいけない所がある!」
「そうなのか?それなら俺も一緒に」
炭治郎が言葉を言い切る前に近くで爆発が起こり、そちらに顔を向けた。
「なっ、また脳無!?あいつら何体いるんだよ…!」
そこには今日散々見てきた脳無がまたしても現れた。
周りにはいくつもの建物があって人通りもある。ここで脳無を食い止めなければ確実に被害が出る。
今出久は一刻を争う状況かもしれないのに、このままでは出久の元へ向かえない。
「ックソ!」
「戦うしかないみたいだぞ、善逸」
やむを得ず、俺は刀の柄に手をかけた。
脳無をギリギリまで引き付けて、俺の間合いに入ったところを叩く。
今だ!、そう思って刀を抜こうとした時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「猪突猛進!猪突猛進!猪突猛ー進!!!」
そしてその声の主は勢いよく脳無を二本の刃で斬りつけ、倒壊した壁目掛けて蹴り上げた。
顔を覆い尽くす猪頭を被った彼は、腰に手を当てて得意げに言った。
「ワハハハハ!見たか俺の剣技!俺は知ってるぞ!あれは脳無っつーやつだ!」
「伊之助!任務は終わったのか?」
「当然だろ!あんな任務、この山の王の俺にかかれば一瞬だ!」
伊之助の姿を見てすかさず炭治郎が質問し、それに力いっぱい伊之助が答えた。
それから炭治郎と伊之助はいくつか言葉を交わすと、炭治郎が俺の方を見て言った。
「善逸。ここは俺と伊之助でなんとかするから、善逸は先に行っててくれ。行くべき場所があるんだろう?」
「炭治郎…、ありがとう!」
「あぁ、そのかわり約束してくれ」
炭治郎はそこで言葉を一旦止めて、真剣な眼差しで俺を見つめた。
俺も彼に倣うように彼の誠実な瞳と目を合わせる。
炭治郎から、切実に願うような音が聞こえる。その間は一瞬のことだったが、体感ではその何倍もの時間に感じた。
「絶対に死なないでくれ」
俺は一度大きく頷いて、炭治郎たちに背を向け走り出した。
走りながら、俺は少し過去のことを思い出していた。
雄英高校に入学してまだ間もない頃、雷雨の中出久は俺を探しに来てくれた。
素直で、優しくて、真っ直ぐな、大切な俺の家族。
一瞬、前世での爺ちゃんの訃報を知らせる手紙が脳裏を横切る。
俺は足に力を込めて走る速度を早めた。
「絶対間に合わせる…ッ!」
もう二度と、俺の家族を奪わせやしない。
簡易な設定
我妻善逸(緑谷善逸)
出久くんの義理の弟
個性:鬼化
基本戦闘スタイル:雷の呼吸、個性
鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。意識を失った時にいつも以上の力が発揮される。
兄弟子のことは爺ちゃんを切腹させたことは恨んでいるけれど、裏切るという行動自体は自分の放置した責任もあると感じている。
今回爺ちゃんと出久を家族という共通点から一瞬重ねてしまい、今度こそ絶対助ける所存。
轟焦凍
幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。
どんどん一人で奔走していく善逸を前に、もう受け身でいるのはやめた。
鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。
緑谷出久
善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。雨の日の一件以来落ち込んでいる善逸を気にかけている、無謀だけど優しいお兄ちゃん。
竈門炭治郎
今世でも賑やかな六人兄弟の長男
個性:爆血
基本戦闘スタイル:ヒノカミ神楽、水の呼吸
前世で善逸が目の前で死んだことはかなりショックだった。なまじ失うことの多い人生を歩んで来たため、仲間が傷つくことがトラウマとなっている。
現在義勇さんの創設した事務所にインターン生として所属しており、敵連合の潜入任務をしていた。父が存命のため、花札柄の耳飾りは受け継いでいないが善逸から、それに似た柄の耳飾りを貰ってそれをいつも付けるようになる。脳無がそこら中で暴れている中、善逸を一人で行かせることにはだいぶ不安になったが、死なないと約束してくれたので善逸を信じることにした。
嘴平伊之助
全力で周りを振り回す末っ子気質兼、親分
個性:剣化
基本戦闘スタイル:獣の呼吸、個性
前世での善逸の死はショックではあったが、自然の摂理というものを大切にしている彼は炭治郎ほど引きずってはいない。それでも今世ではばっちり守りきるつもり。
なんていったって俺様は親分だからな!!
そんでもって先輩だからな!!
本文中に書けなかった裏設定ですが、市街地に現れた脳無の数が原作では3体でしたが、6体に変更させていただきました。
その理由としては敵連合に潜入調査した際、炭治郎と伊之助は自分の個性を偽っていました。しかしUSJ事件での戦いで明らかに何か別の力があるのではないかという疑惑が敵連合側で発生しました。
敵連合のボスのオールファーワンは個性を奪うことが出来ますが、逆に言えば個性以外は奪えないので、個性とは異なる未知の身体能力強化方法を身につけている炭治郎たちは、彼からすればまさに天敵とも呼べる異分子だと思います。そして炭治郎たちを警戒した結果、脳無の数が原作より多いという状況になりました。
これで書きだめがなくなりましたので、次回の更新は未定です。1〜2週間のペースで更新できるよう努めますので、今後も善逸達の活躍を見守っていただけると嬉しいです!