善逸が出久の弟としてヒロアカ世界を生き抜く話 作:冬のこたつのおとも(みかん)
「ねぇねぇ、緑谷ー!あ、緑谷だとこのクラス二人いるから、善逸でいい?」
「へ!?下の名前呼びなんてそんな大胆…、まさか結婚!?結婚の申し込みなの!!??でも俺にはもう心に決めた人が」
「いや、違うから」
授業後の少し閑散とした教室で、よく響く明るい声が聞こえてそちらを振り返ると、そこにはあまり話したことはないクラスメイトの一人の芦戸さんがいた。
久しぶりに話す女子にテンパる俺の言葉をざっくり遮った彼女は、早速本題に入った。
「善逸って日曜日暇?今クラスの皆でどっか行きたいねって話してたんだー!親睦会も兼ねてさ、ね!どうかな??」
ズイっと前屈みになってキラキラした目で見てくる彼女の言葉に断る理由もなかったので俺は了承することにした。
「うん、その日は暇だし、おれも行こうかな」
「善逸が行くなら俺も行く」
俺は彼女が言葉を返す前に自然にニュッと会話に入ってくる声にビクっと肩を揺らしながら振り向いた。そこには俺が中々下駄箱にこないから迎えにきたのか、先に外に出ていたはずの焦凍がいた。
何を考えているのかよくわからない彼のエメラルドグリーンの瞳がなんだか少し拗ねているように感じて、俺は小首を傾げた。
「ホント!?轟もくるの!?めっずらしー!じゃあ皆にもそう伝えとくねっ!メンバーと場所と時間は後でメールするからアドレス交換しよ!」
それから今流行りのチャットツールの交換をして嵐のように芦戸さんは去っていった。
だいぶ流されてしまった感じがするけれど、学校のクラスの人とどこかへ出掛けるといった経験があまりない俺は案外楽しみにしながら当日を待つことにした。
出久も誘われていたようで、その日は出久と共に向かうことになった。
そして待ち遠しく思いながらやってきた当日、俺は芦戸さんから指定されたショッピングモールに、集合時間の10分前に出久と共にやって来た。
「あ、来た!おーい、ここだよー!」
そこにはすでに芦戸さんがいて、他にも耳郎さん、麗日さん、飯田くん、切島くん、上鳴くん、葉隠さん、峰田くん、八百万さんがいた。
焦凍はまだ来ていないみたいだ。
出久はすぐに麗日さんと飯田くんとの会話に混じりに行ってしまって、俺は話す相手もいなく手持ち無沙汰になってしまった。しばらく仲良く談笑しているクラスメイトたちを眺めていると、不意に飯田くんから声をかけられた。
「緑谷弟くん!」
「何だよそれ、善逸でいいよ」
「では善逸くん!君もこっちへ来て話さないか?」
飯田くんからの申し出にキョトンとしていると、出久が笑って「善逸もこっち来なよ」と言ったので、出久たちの方へ歩み寄った。
「善逸くんとは一度話してみたいと思っていたんだが、普段は轟くんといつも一緒にいるからな。話しかけずらかったんだ」
「そうかな?」
「うんうん!なんか二人っていつも一緒で別の世界を作ってるっていうか、あっ、すっごく仲良ってことね!」
確かに飯田くんと麗日さんの言う通り、長年一緒にいることでできた空気の中に割って入っていくことは勇気のいることかもしれない。内側で構築してる側は中々気づきにくいところだよね。
それから焦凍との出会い話などの話題に花を咲かせていると、集合時間から5分遅れて焦凍が来た。
「わりぃ、遅れた」
「もー!遅刻だよー!って言っても5分だけだけど!」
普段集合時間よりもむしろ早く来ることの多い焦凍が遅刻することは珍しい。俺は不思議に思って焦凍に「どうして遅刻したの?」と聞いてみた。
「蕎麦打ってたら、思ったより時間かかっちまった」
「遅刻理由が斬新すぎる!!」
葉隠さんのツッコミに周りの皆はうんうんと首を縦に振っている。
詳細を聞くと、昼ごはんを蕎麦にしようと決めたが、たまには一風変わった蕎麦が食べたいと思ったので、蕎麦を打つところからやることにしたらしい。
「変わった蕎麦が食べたい」から、「蕎麦を自分で打とう」に話が飛躍するところがなんだか焦凍らしいな、と俺は苦笑いを浮かべた。
「じゃあ皆揃ったことだし、早速中に入ろー!」
「おおー!」
芦戸さんの言葉を皮切りに、クラスメイトたちは楽しそうに自動ドアを潜って店内へと、足を踏み入れた。
「はー、涼しい!」
「春って言ってももう外暑いよね!」
春の陽気も一度桜が散れば暑さが目立つ季節だ。清らかな冷風が汗ばんだ体を急速に冷やしていき、軽快な店内BGMに図らずとも気持ちが高揚していくのを感じる。
今日クラスメイトとともにやってきたこのショッピングモールは創立10年を記念してリニューアルオープンしたばかりで、ステージが新しくセットされてライブなども行うことができるらしい。
「じゃあどこ行く?」
「私服みたーい!」
「いいですわね、ちょうど秋物のカーディガンが欲しかったところですの」
「女子の下着!?」
「ゲーセンいこうぜゲーセン!」
「お、マ○カーで勝負するか?」
「ヒっ、ヒーローグッズ店とか…」
芦戸さん、葉隠さん、八百万さん、峰田くん、上鳴くん、切島くん、出久と各々の行きたい場所がばらけたため、ここからは自由時間となった。
麗日さんと葉隠さんと八百万さんは服屋に、耳郎さんと芦戸さんは楽器店に、上鳴くんと切島くんは女子に紛れて服屋に行こうとする峰田くんを引きずりながらゲームセンターに、飯田くんと出久はヒーローグッズ店へ行くことにしたらしい。
雑貨屋に行きたい、という俺たちはどこに行こうかという俺の問いかけに対する焦凍の言葉に、俺は二つ返事で承諾した。
「でもどうして雑貨屋?焦凍って物とかそんなに拘らないよな」
「せっかく新設のショッピングモールに来たから、姉さんに何か買っていってやりてぇんだ」
家族へのお土産か。俺も母さんに何か買っていこうかな、そう思ってキーホルダーと睨めっこしている焦凍を横目に、店内を物色した。
「あっ、…これ」
そこで見覚えのある物と似た柄の物が目に入り、そこで足を止めた。
それは精神的にも物理的にも頭の硬い彼を思い起こさせる花札模様の耳飾りだった。
俺は引き寄せられるようにそれを手に取って、鏡の前で自分の耳に添えてみる。
「ははっ、似合わねぇ」
そもそもこの特徴的な耳飾りがピッタリハマってしまう彼自体が特殊なのだ。
特徴的な耳飾りが似合う炭治郎もこうやって今どこかで友達と出かけたり、その持ち前の長男力を生かして誰かの世話を焼いたりしてるのかな。そうだといいな。
だけど、
「それ、買うのか?」
しばらく自分の手のひらに収まる耳飾りを見つめていると、いつのまにか焦凍が不思議そうな目で俺を見ていた。
「え、あぁ、買おうかな」
「善逸がつけるのか?」
「いや、つけないけど」
「じゃあなんでだ?」
コクンと首を傾げて聞いてくる焦凍の言葉に、俺は口を開こうとして閉じた。
俺は耳飾りを胸あたりでギュッと握り締めて、自分に言い聞かせるように言った。
「なんとなく、だよ」
こんな行動に意味なんかないんだ、きっと。
だってこれはあくまで似ているだけの、彼と何の繋がりもない物なんだから。
それでもこれが彼との記憶を思い起こす物になればって、あわよくば彼と俺を繋ぐ物になればって、浅はかなことを俺は心のどこかで考えちゃうんだよな。
意味なんかなくても、神様に祈るように、願掛けをする依代がほしい。
ただ、それだけ。
「そうか、気に入ったんなら良かったな。俺は他の店探すことにしたから早く会計済ませてこいよ」
「うん」
俺はお金を支払って店を出て、焦凍のところへ駆け寄った。
「何買うか決まるのいつになるかわかんねぇし、善逸は他の場所行ってきていいぞ」
「え?いいよ別についてくよ」
その後、別の場所を回ってくることを提案する焦凍についていく事を伝えたが、頑なに首を縦に振らない焦凍に、結局俺たちは別行動をすることとなった。
特に行きたい場所もなかった俺は一人目的もなくフラフラと歩いていると、設置されたばかりのステージの前で服屋に行っていた耳郎さん達を見つけて、彼女らと合流した。
「何してるの?」
「あ!デクくんの弟の、善逸くん!」
「善逸さんお一人ですの?」
「うん、まぁ…」
苦笑いを浮かべつつここにいる理由を聞くと、まだインディーズだが実力のあるバンドがここでライブをする予定だが、時間になっても一向にそれが始まらないらしい。
「それは変だね、何かトラブルでもあったのかな?」
「そうみたい、あそこで何か揉めとるもん」
麗日さんが指を差す方に目を向けるとそこには言い争うバンドメンバーと思わしき集団がいた。
その人達の会話に耳を済ますと、
ボーカルが電車の遅延でまだ到着
していないということがわかった。それで代理を立てようにも、自分たちの演奏する歌はオリジナル曲であるため今からではどうにもならないとか。
「電車が遅延しちゃって、まだボーカルが到着してないみたいだよ」
「ええ!?それは大変やん!」
「でもそればっかりは私たちじゃどうしようもないよな…」
「せめて早く電車が動き始めることを祈るしかありませんわ」
落胆した音を鳴らしながら女子たちは肩を下げた。
そんな彼女たちを見て、女の子が悲しんでいるのを放っておけない俺はある決意をしてバンドメンバーの元へ足を踏み出すことにした。
「善逸くん…?」
俺を見上げる麗日さんにニコっと笑いかけてそのまま背を向けた。
そして急な来訪者に怪訝な顔をするバンドメンバーたちに声をかけた。
「初めまして、皆さん」
「なんだ君は。申し訳ないがまだライブは始められそうにないんだ」
眉を下げるギターを背負った男性に、俺は先ほど思いついた提案をした。
「ボーカルの人が不在なんですよね。それならそのボーカル、俺に任せてくれませんか?」
「何?」
俺が言葉を発した瞬間、神経質そうなドラムのバチを持っている人が眉をピクッと動かして俺を睨んだ。
「お前が何を根拠にそんなこと言ってんか知らねえが、俺たちは本気でプロ目指してんだ!今回のライブで成功したらその道だって開ける筈だった!!」
「おい、やめろって海」
「止めるな光!俺はこういう口ばっかりでなんもできねぇ奴が大嫌いなんだよ!!」
激昂する海と呼ばれた男性を宥めながら、メンバー内で一番年長者に見える男性が一歩前に出て言った。
「決めつけるのはよくない。だけど俺たちの曲はオリジナル曲なんだ。曲を覚えるところから始めていれば、間に合わないよ」
彼の言葉を聞き終えると、その点なら問題ない、そう言うように俺はニッと笑って自分の耳を指差した。
「一度聞いた音楽なら完璧に歌いこなせます。俺はちょっとだけ人よりも耳がいいんです」
「耳がいい?そういう個性なのか…?」
目を丸くして俺を見つめる年長者の彼に、「まぁそんなところです」と言葉を濁して伝えた。
嘘をつくのは心苦しいけど、実際歌の方はできると思うから問題ないよね。自慢じゃないけど俺は一度聞いた音はそう簡単には忘れない。
「…わかった。君に任せよう」
「なっ、斎!正気かよ!」
年長者の意思に困惑する男性を横目に、斎と呼ばれた男性は俺に手を差し出した。
「頼んだぞ、えっと」
「緑谷善逸です」
「そうかよろしく頼む、善逸」
俺は彼の差し出した右手を、俺はギュッと握った。
ドラムパートの男性、海さんはまだ納得がいっていないという態度を前面に出していたが、斎さんがジッと海さんを見つめると、やがて舌打ちを一つして目を逸らした。
「斎の個性は相手の言葉の本気度を測る個性だ。あの斎が認めるんだ、お前のこともちったぁ信用してやるよ。ただし、失敗したらただじゃおかねぇからな!」
「もちろん成功させてみせます」
悲しんでいた女の子たちのためにもね。
光さんからヘッドホンを受け取って、それを耳に装着する。そこから流れる音楽に聴覚を集中した。
一曲が流れ終わると、閉じていた瞼をそっと開いて、3人のバンドメンバーを見回した。
「いけるか?」
「いけます!」
光さんの問いかけに元気よく答えた俺は舞台袖で軽くヘアセットや着替えを行い、ステージに上がった。
そしてライブは始まった。
最初はまばらだった客席も、音につられるようにどんどん人が増えていき、やがては満席となった。
俺は宣言通り一音も外すことなく歌いきり、ライブは大盛況で幕を閉じた。
ライブメンバーからは目一杯感謝され、打ち上げをしないかと誘われたがそれは丁重に断った。
「本当凄かった!凄すぎるよ善逸くん!」
「善逸!あんためっちゃ歌上手いじゃん!」
「お見事でしたわ善逸さん!」
女の子たちからの絶賛に顔がニヤケそうになるのを必死に我慢して出来る限りキリッとした顔を作った。
それから集合時間になり、皆で集まって最後にプリクラを撮って解散となった。
「焦凍はあれからずっとお土産選んでたの?」
「いや、買った後に上鳴たちと合流してUFOキャッチャーっていうのやってた。あれ難しいな、全然取れねぇ」
「あー…」
俺も現世に生まれ落ちから何度かやったことがあるけど一回も取れた試しがないんだよね。
UFOキャッチャー上手そうなのって誰だろう。伊之助、はダメだな、あいつがさつだし。炭治郎もわりと物理に訴えるところあるからなぁ。でもあいつの場合、妹や弟に可愛くお願いされたら意地でもとりそうだけど。
見てみたいなぁ、あいつのそういいところ。
また会いたいなぁ、あいつらに。
この空の下のどこかにいると信じている彼らを想って、俺は沈みがかった夕焼けを見上げた。
翌日。
「そういやこの前行ったショッピングモールの一角で行われたライブを機に、大ブレイクしたバンドのその日限りの幻のボーカリストが、そのライブを見た人たちを中心にファンの間で話題になってるらしいぞ。なんでも躍起になって探されてるとか。
その幻のボーカリストって一体誰のことなんだろうな?」
「え、だっ誰のことだろうね?あはは…」