善逸が出久の弟としてヒロアカ世界を生き抜く話   作:冬のこたつのおとも(みかん)

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長らくお待たせしました。今回から前後編を分けずに投稿させていただきます。


ギルティ

目を覚ますと白い天井が目に入り、清潔感のある部屋と横にスライド式のドアを見て、ここが病院であると気づいた。

個性を暴走させたのだから当然といえばそうなのだけど、周りには誰も居らず、一人部屋のようだった。

自分の腕を見ると、見慣れた手が目に入り、その爪は綺麗に切りそろえられていた。

肩に受けたはずの傷はなかった。

それが個性の効力を途中で回復させたおかげだと気づいて虫酸が走り、怪我があったはずの肩を強く握りしめた。

ステインを倒した後の記憶は、所々曖昧だが残っていた。

 

俺が焦凍を喰らおうとしたことも。

 

炭治郎から「個性の代償」を指摘された時点で、予感はあった。

だけど杞憂だ、きっと俺は大丈夫だろう、と心のどこかで慢心していたのかもしれない。

でも実際はどうだ。

 

「鬼の本能に、全く抗えなかった…ッ!」

 

俺は喉から搾り出すような声を吐いた。

俺は自分の欲求のままに、焦凍に喰らい付いた。自我なんて保つ余裕もなかった。

思い通りに体が動かないことがただひたすらに、怖かった。

あの時の俺は、完全に鬼そのものだった。

俺がこの先個性を使う度に、この恐怖は付き纏う。

また暴走してしまうかもしれない。

 

そして今度は俺は、人を殺してしまうかもしれない。

 

あの時焦凍から聞こえた、紛れもない恐怖の音。

今度彼の音を聞いたとき、それは拒絶の音になっているかもしれない。

俺はどんな顔をして焦凍に会えばいいのかわからない。

そもそも焦凍はもう俺の顔なんて見たくないんじゃないかな。

俺の聞こえすぎる耳が今更ながら恨めしく思えた。

飯田君に諭しておいてなんだけど、俺は結局後悔ばかりだ。

前世からずっと、取り返せない過ちの昇華方法を探し続けている。

 

それから医者が来たり警察の人が来たりして、いろんな言葉を聞き流していたが、その内容は何一つ入ってくることはなく、魂が抜けた亡骸のように、ボーッとする頭で自分を責め立てる言葉をコンコンと考えていた。

どんどん闇深く意識が沈んでいきそうになった時、再びドアをノックする音が聞こえて俺はそっと顔を上げた。

 

「しっ、失礼しまーす…?」

「失礼する!」

 

謎の掛け声で恐る恐る扉を引いて入ってきたのは出久で、その後ろにはハキハキとした声を発した飯田君がいた。

そこに焦凍がいないことに一瞬安堵して、やっぱり俺とは会いたくないのだろうかと落ち込んだ。

出久と飯田くんは壁の近くにあったパイプ椅子を俺のベッドに近づけて、それに腰掛けた。

 

「善逸!怪我はもう大丈夫?」

「大丈夫だよ。出久達こそ大丈夫なの?」

「うん、僕たちはそんなに酷い怪我じゃなかったから」

「…焦凍は?」

「え!?いや、轟くんもそんなに酷い怪我じゃなかったよ!今は治療してもらって傷も残らないって言われてるし!」

「…そっか」

 

出久達の怪我の具合を聞いた後、すかさず焦凍のことを聞いた。怪我の具合もそうだが、できれば俺のことで何か言っていなかったかを聞き出したかったけれど、出久に言葉を濁されてしまった。

出久の反応に、不安感が増していく。

焦凍の怪我の具合を聞いてから、一度会話が途切れてやけに緊張感のある沈黙が流れた。

そのいたたまれない間をどうにかしようと、出久は再び口を開き、俺が意識を失った後のことを説明してくれた。それには話を逸らす意図があったことには気がついていたが、それに対して何も言うことなく、俺はその意図に乗ることにした。

あの後、ステインの意識が戻り一悶着あったものの、無事彼を逮捕することができて、それに関わっていた人たちも軽傷で済んだようだ。その出来事に関しては、警察の方たちのおかげで世間に俺たちの名前が発表されることはなく、炎司さんの手柄とすることで個性の無断使用もお咎めなしらしい。

出久たちが学生の内から世間に睨まれるような事態にならず、俺はホッと息を吐いた。

 

「とにかく安心したよ。大事にならなくて良かった」

 

出久が安堵をにじませながら笑った。隣で飯田くんも顔を綻ばせている。

二人から俺に対して恐怖の音はしない。そのことに俺は安心したけど、同時に疑問に思った。

そのとき、出久が確信をつく言葉をぽつりとこぼした。

 

「個性の暴走のこと、気にしてる…?」

「え…?」

「さっきから元気がないというか、何か気にしてる様子だったから、そうなのかなって」

 

出久から気まずげに紡がれる言葉に、俺が詰まっていると、先程はあまり言葉を発していなかった飯田くんが口を開いた。

 

「あれほどのことが起こってしまえば気にしてしまう気持ちはわかるが、あれはただの事故だ。プロであったとしても個性を暴走させてしまうことは稀にあるし、ましてや慣れていない個性なら尚更だろう。それほど珍しいことではない。個性に関してもこれから慣れていって危険性を低めていくことは十分可能だし、それほど気にすることはないと俺は思うぞ」

「…ただの事故、かぁ」

 

飯田くんからは心の底からそう思っているという音がする。

確かにあれが鬼化という個性で、それを長時間行使した結果、一時的に個性が暴走し自我を失ってしまったという状況なら、この世界に於いてそれはただの事故なのだろう。

だけど俺は知っている。

何故鬼が人を襲うのかを。

それは人を喰らうことで栄養を得るため、つまり鬼にとって人を襲う行為は『食事』なんだ。

俺はあの時、あの瞬間、焦凍を、友人を、食べ物として見ていたんだ。

それに俺は当時のことが記憶に残っている。

つまり、自我を失ったというよりも、本能に従ったという方が正しい。

まともな精神状態ではなかったとはいえ、あの行動は俺が選択したんだ。

そこまで考えが至った瞬間、俺は全身の血の気が引いていくのを感じた。

それを目ざとく見かねた出久が俺に声をかけた。

 

「善逸…、顔色が良くないよ。大丈夫…?」

「うん。まだちょっと本調子じゃなかったみたい。もう少しだけ横になってようかな」

 

取り繕う余裕もなかった俺は、力なくそう答えた。チラリと横目で出久の顔をみやると、出久は心配そうに眉を顰めていた。

 

「それがいい。俺たちも配慮に欠けていたな。病み上がりに長話してしまってすまない!」

 

飯田くんがそう告げると、出久と飯田くんはパイプ椅子を元の位置を戻し、「ゆっくり休んでね」と一言残して退室した。

俺はひんやりと冴えた脳で、眠気はしばらくこないだろうと理解していながらも、瞼をソッと閉じた。

 

焦凍を傷つけたことは事故なんかではない。

あれは、自分の限界を軽視し、本能に抗いきれなかった俺の弱い心がもたらした、俺の過失だ。

沈みこむ心を宥めるように、俺はゆっくりと深呼吸した。

 

 

 

その日は結局、焦凍が俺の病室を訪れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、ここは…?」

 

ふと瞼を開けると、そこは真っ暗な空間だった。

辺りを見渡しても人どころか物ひとつ見えやしない。

目の前に壁があるようにも、はたまた果てしなく先が続いているようにも感じる、途方もない闇。

何故自分がこのような場所にいるのか思い当たる記憶を探すべく、俺は少し前のことを思い出していた。

数日間に亘って行われる職業体験、そこで俺は水柱こと冨岡義勇さんの率いるヒーロー事務所でヒーロー活動を体験させてもらっていたはずだ。

その途中、かつて雄英を襲撃してきた敵連合の一味と関連のある脳無と呼ばれる改造人間が町で騒動を起こし、その騒動の鎮圧を手伝っていた際に、出久からの救援要請を受けて俺は駆け出した。そしてヒーロー殺しと世間を騒がせていたステインと遭遇し、激戦の末、なんとかステインを無力化することができた。

そして、それから。

そこで俺は地面に滴る紅と、親友の苦痛に歪む顔を思い出して、叫び出したい衝動をなんとか堪えながら首をブンブンと左右に振った。

俺は一度中断させていた思考を再び巡らせた。

ステインと戦った後、意識を失って病院で目を覚ましたはずだ。

でもこの不穏な空間が、病院内とは思えない。

俺が眠っている間に俺の体が移動されたのか?

だとすればそれは一体誰が、なんの目的を持ってやったことなんだろう。

今はとにかくここから抜け出す方法を探さなければいけない。

一時的な逃避にしかならないけれど、俺はそう自分に言い聞かすと、真っ暗な空間に一歩踏み出した。

一歩進めば奈落の底、なんてことはなくちゃんと道は続いているようで俺は暗闇をズンズンと進んでいった。

幾分か進むと、何もなかった道に明かりのようなものが見えて、足を早めた。

小さく見えた明かりが目の前までくると、それが見慣れた建物であることに気がついた。

そこは前世で俺が鬼殺隊の最終選別を受ける前に暮らしていた爺ちゃんの家だった。

 

どうしてこんなところにあるんだ、と疑問に思う気持ちはあったけれど、それを上回る好奇心に背中を押され、俺はそっと扉に手をかけた。

ガラッという音と共に扉を開けると、そこには悪鬼滅殺と彫られた刀を丁寧に研いでいる爺ちゃんがいた。

 

「爺、ちゃん…」

「ん?善逸か。そんなところで何をやっている。通行の邪魔じゃろう」

「…うん」

 

俺は爺ちゃんの言葉に促されるまま、家の中へ入る。

部屋の中の家具の配置も何一つかつてと変わっていなくて、懐かしくて暖かい雰囲気に、俺は目尻に涙が溜まっていくのを感じた。

前世で切腹してしまい、今世でもまだ再会できていなかった爺ちゃんが目の前にいる。

俺はこの異様な状況を疑うこともなく、爺ちゃんに一歩一歩近づいていく。

 

「爺ちゃん。爺ちゃん、俺頑張ったんだ。爺ちゃんが死んじゃって、爺ちゃんの仇取らなきゃって、俺がやらなきゃって、今までにないくらい、本当に頑張ったの。それでね、爺ちゃんに話したいこととか、いっぱいあって。あのね、俺」

 

触れられる距離まで近づいて、俺は恐る恐る爺ちゃんに向かって手を伸ばした。

俺の指先が爺ちゃんの肩に触れた刹那、

パシン、と乾いた音がやけに生活音のしない部屋に響いた。

一瞬、何が起こったのかわからなかった。

ジンジンと熱を持った手を呆然とする頭を動かして視界に入れると、そこが少し赤くなっているのが見えてようやく、爺ちゃんに叩かれたのだと気がついた。

 

「触るな、穢らわしい」

「…え?」

 

ソッと爺ちゃんの顔を見ると、そこにはいつもの見守るような暖かい目線はなく、射抜くような鋭く冷たい目をした爺ちゃんの顔が見えた。

 

「お前は昔から本当に出来の悪い奴じゃった。ワシの言ったことを全然こなせず、ビービー泣き喚いては逃げ出して、その上今世では鬼なんぞに成り下がりおって。お前にかけた時間は全て無駄じゃった。あれほど手塩をかけて育てたというのに、恩知らずだとは思わんか」

「ま、待ってよ爺ちゃん!確かに俺は駄目な奴だったけどさ、俺は俺なりに精一杯頑張って!」

「言い訳するな!!」

 

爺ちゃんの厳しい怒号に、俺はビクッと肩を揺らして身を竦めた。

それでも爺ちゃんは言葉を止めることなく俺に対しての苦言を言い連ねていく。

爺ちゃんの口から出るきつい叱責に、俺は吐き気すら催した。

爺ちゃんの怒号は、かつて爺ちゃんにぶっ叩かれたどんな時よりも、俺の頭をガンガンと揺らした。

やがて言い終わったのか、爺ちゃんは口を閉じて刀を研いでいた道具を床に置いた。

そして研ぎ澄まされ、照明の光を反射してキラリと鈍く輝く刀を握って、俺の方へ一歩足を踏み出した。

 

「ワシがこの刀で何を斬ってきたか知っているな。醜くて小賢しい鬼を斬ってきたんじゃ、お前のような悪鬼をな」

 

爺ちゃんの刀と鋭い視線が俺を捉えた瞬間、俺は弾かれたように外へと続く扉へと走り出した。

違う、こんなの違う。

今目の前にいるこの人は、俺の知ってる爺ちゃんじゃない。

バタバタを足音を鳴らしながら走って、懸命に扉に手を伸ばした。

その勢いのまま、さっき閉めたばかりの扉を開いて、外へ逃げ出そうとしたその時、俺は何かにぶつかり、後ろへ尻餅をついた。

 

「痛っ!」

「どこに行くんだよ?善逸」

 

聞き覚えのありすぎる声に、俺はぶつかった何かをそっと見上げると、そこには俺を見下し、ニヒルに口角を上げた俺の兄弟子、獪岳がいた。

彼の手には刀が握られている。

 

「かっ、獪岳」

「おっと、逃げようとしたって無駄だぜ?」

「、!」

 

俺が獪岳の登場に呆けていると、彼は俺を拘束するように押し倒し、俺の上半身に自分の体をのしかけた。

そして彼は握っていた刀をやけにゆっくりとした動作で振り上げる。

刀が振り上げられ、照明を目一杯浴びて、刀身がそれを反射した。

墨を直接垂らしたような黒の中に浮かび上がる一閃の黄金。

俺はその刀がかつて共に鬼狩りをした自身の刀であることに気がついた。

 

「悪い鬼は殺さないとな?だから俺が斬ってやるよ、かつてお前が俺の首を切り落としたこの刀でよぉ」

「…ぁ」

 

俺の口から掠れた声を漏れた。

刀身に映った俺の姿は、瞳孔が開き、鋭い爪と牙があり、頭部からは長細いツノが生えていた。

それは前世に俺たちが斬っていた鬼と全く相違ない姿だった。

 

「死ね」

 

獪岳は一言そう告げると、振り上げていた刀を俺の首目掛けて勢いよく振り下ろした。

俺は愕然としていて、全く抵抗を見せなかった。

 

「善逸」

 

刀が俺の首を飛ばす瞬間、獪岳の後ろに一瞬白と赤の髪色をした誰かがいた気がしたが、すぐに視界は真っ赤に染まってしまってその姿を見ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「________ッ、!!」

 

弾かれたようにバッと起き上がると、そこは先程の場所からは打って変わって、閑散とした病室だった。

汗ばむ手をソッと首筋に当てたが、そこに傷はない。

 

「…ハハッ、ひっでぇ夢」

 

俺は自嘲げに笑い、酷く情けない声を漏らした。

背中が嫌な汗でベタついていて、酷く気分が悪い。

首から離した手を今度は自身の胸に当てた。

そこでは耳を澄ますまでもなく速さの上がった心臓が、ドクドクとその存在を主張している。

心拍数を落ち着けるために、少し上がった息を細く深くを意識してゆっくりと吐き出した。

幾分か経つと、息はなんとか整ったが、気力を大幅に削がれた気がする。

重い頭をノロノロと動かして、俺は無意識に自分の日輪刀を探した。

しかし、どこの世界に凶器を患者の近くに置いておく民間病院が存在するのかと思い直して軽くため息をついた。

ここは蝶屋敷ではないんだ。

俺は落胆するとともに安堵している自分がいることには気づかなかったことにした。

気分と共に視線が下がると、ふと自分が横になっていたベッドの近くに、さっき出久たちが戻していったはずの椅子が一つ出されていることに気がついた。

誰か来ていたのだろうかと考えたが、その人物に心当たりがなく、俺は小首を傾げた。

そのとき、扉を開く音を俺の聴覚が拾い、其方を見るとそこには見慣れた隊服に身を包んだ炭治郎が立っていた。

腰には日輪刀を差していて、かつてからよく見ていた服装であるはずなのに、さっき見た夢のこともあってか、一瞬彼が鎌を構えた死神に見えて、俺は生唾をゴクリと飲み込んだ。

炭治郎の視線が俺を捉えたことで緊張感が立ち上がったが、彼は俺をみた瞬間パッと表情を明るくした。

 

「善逸、なんだ起きてるじゃないか!」

「たっ、炭治郎…」

 

距離を詰めてくる炭治郎に俺はうろたえたが、彼はお構いなしにスタスタとこちらに近寄って、ベッドの近くに置いてあった椅子に腰掛けた。

炭治郎からは安心と心配の音が鳴っている。

 

「善逸、今回はだいぶ無茶したそうだな。心配したぞ」

「ごめん、炭治郎。炭治郎たちの方は大丈夫だった?」

「あぁ、伊之助もいたしな。こっちは目立った怪我をした人はいないよ」

「そっか、よかった」

 

それから一つ二つと世間話を繋げた。

ニコニコと笑顔を浮かべる彼を見つめていた俺はなんだか夢を見ている気分だった。

それはおそらく、まずいの一番に激昂されるだろうと俺が踏んでいた事柄に、彼が全く触れる素振りがないからだ。

しかし、俺の無駄に優秀すぎる耳は、彼の中から鳴る小さい、だけど確かな冷たい怒りと嫌悪の音も捉えていた。

彩る視界と内面との温度差が、現実と夢の境界を酷く曖昧なものにしているような気さえしてくる。

 

「炭治郎、その服は?」

「あぁ、これか?ちょうどこの近くで任務があってな。その帰りにここに寄ったんだ!」

 

炭治郎が確認するように日輪刀の柄を軽く触った。

そのとき鞘と刀身が微かにぶつかり、カチリと小さい音がして、それが聞こえた瞬間、さらに俺の中で緊張感が増した。

その音がまるで、地獄にいる閻魔様が俺の過ちを有罪と判決して打ち鳴らした小槌のように聞こえて、喉の奥から何かが迫り上がってくるような感覚を感じた。

俺のわずかな変化も目の前の彼にはお見通しのようだが、指摘する言葉は彼の口から出てこない。

 

「ねぇ、炭治郎。俺が今回のことで、何をしたか知らないの?」

 

俺は酸素を求めるように開いた口で気づくとそんな言葉を吐いていた。

自分で自分の首を締めるような行いに我ながら呆れを通り越して笑いがこみ上げてくる。

だけど口角をうまく上げることはできなくて、口元を歪めるだけに終わってしまった。

炭治郎は一瞬俺の言葉に驚いたように目を丸くした後、表情を隠すように少し顔を俯かせて口を開いた。

 

「いや、知ってるよ」

「だったら!」

 

だったら、なんでこんな何でもないように俺と会話してるの。

俺は人間として生きていく中で、超えてはいけない線を超えてしまった。

そんな俺をどうするべきか、炭治郎ならわかるでしょ。

俺は、罪を償わないといけない。

兄弟子の不祥事の罪滅ぼしに自害した爺ちゃんのように。

鬼に身を堕として俺に首を斬られた獪岳のように。

声を荒げた後、浮かんできた言葉はいろいろあったが、そのどれもが俺の口から出ることなく俺は口をつぐんだ。

それでも目の前の彼は自慢の鼻で俺の心情を察したらしく、一つ息をついた後に口を開いた。

 

「善逸、ヒーローと鬼殺隊は何が違うと思う?敵(ヴィラン)から人々を守りぬくヒーローと、鬼から人々を守るために必死に戦い続ける鬼殺隊。その本質は一見似通っているように見えるが、その二つには確定的に違う何かがある。俺はそれを「相手を許すことができるかどうか」だと思っている。かつての俺たちは鬼無辻無惨を討ち取ることを目的として、決して鬼たちを許すことはなかった。『地獄の果てまで追いかけてその首に刃を振るう』、それが俺たち鬼殺隊の本質だ。だけど、ヒーローはそうではない。ヒーローは敵(ヴィラン)を捕縛はするけど、殺しはしない。それに捕縛した後の敵(ヴィラン)の管理は全て警察に委ねている。その敵(ヴィラン)達の処遇を決める場面でも、ヒーロー達はその権利の一切を持たない。つまりヒーロー達は、敵(ヴィラン)が自分達があずかり知らぬ現場で、法によって情状酌量の余地を与えられながら裁かれることを許しているんだ。前世では考えられないことだと思わないか?俺も最初は戸惑った。だけど今はそれが正しいと思っている」

 

ヒーローと鬼殺隊の違い、それは俺もこの世界に生まれてから幾度となく感じてきたことだった。

俺は何度も鬼殺隊士の思考に引っ張られがちで、納得のいかないことも多々ある。

それは俺と同じく、かつて鬼殺隊士だった炭治郎だって同じ考えのはずだった。

だというのに炭治郎からヒーローの考え方に全面的に賛同する意見が出たことに俺は驚きを隠せなかった。

ただ彼から聞こえる理解はしているが納得ができないというようなモヤモヤとした音だけが、彼の複雑な心境を物語っていた。

 

「俺が今世目指しているのはヒーローだ。だから、俺も許すことにしたんだ」

「許すって、敵(ヴィラン)をか?それとも、鬼無辻無惨を…?多くの命を奪って、たくさんの人たちの人生をめちゃくちゃにしたあいつを、お前は許せるって言うのかよ!」

「あぁ。だから善逸も、今まで責め立ててきた自分をそろそろ許してやってくれ」

 

俺はまくし立てるように言葉を吐いたが、炭治郎はまともに取り合う気はないようで、それだけ言うと椅子から立ち上がり、扉の前で俺を一瞥すると、扉を開けて退室してしまった。

俺は炭治郎の動きを目で追っていたが、彼の言葉の真偽を確かめるために、彼の音に耳を澄ませる必要はなかった。

会話の途中にあまり目線が合わないことは、炭治郎らしからぬ行動だったけど、その隠そうとした表情は呆れてしまうほど炭治郎らしかった。

 

「炭治郎の嘘つき。自分の表情鏡で確認してこいよ。そんな顔じゃ、誰一人騙せないぜ」

 

炭治郎はもうすでにヒーロー仮免許を取得して、水柱ヒーロー事務所にインターン生として所属している。俺よりもずっと早く、ヒーロー活動に携わっていることもあってヒーローの理念にも多く触れてきたはずだ。

そしてその中でそれを理解した。

だけどその反面、納得することはできなかったのだろう。

炭治郎は鬼無辻無惨に強いられた理不尽な出来事を何一つ許してなどいない。それを許せる日はこの先ずっと来ないかもしれない。

そして、きっとそれは俺も同じことだ。

この先どれだけこの世界に浸って、この世界の常識を学んで、この世界で生きていっても、俺は鬼を斬る元凶となった鬼無辻無惨が許せない。鬼の力を傲慢にも使い続けた結果、大事な友人を傷つけた鬼が許せない。

俺は俺が許せないはずなのに。

炭治郎が病室を出て行く前に、彼の怒りの矛先とそれほど違わない場所にいるはずの俺に向けた気遣うような表情に、酷く胸が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の主が今だ夢の中なこともあり、静まり返った病室で俺は友人、善逸の横になっている寝台の近くのパイプ椅子に座って、目の前の彼の寝顔を眺めていた。

善逸は悪夢でも見ているのか、その顔色は晴れず、表情は歪んでいる。

 

「善逸」

 

思わず彼の名を呼んだが、その表情に変化はなかった。

それが俺の言葉じゃ善逸は救えねぇということをまざまざと見せつけられたようで、それでもって善逸が見せたくねぇ姿を、今無断で見ちまってるんじゃねぇかという気持ちになり、この場所は酷く居心地が悪い。

俺は服の袖で一度善逸の額の汗を拭った後、パイプ椅子はそのままにその部屋を後にした。

 

今度こそ善逸の話を聞き出そうと決意はしたが、どう切り出せばいいのか一日中考えても答えが出なかった。

善逸の顔見てたらそれも浮かぶかと思ったが、うまくいかねぇな。

善逸が目を覚ましてから出直そうかと思い、自分の病室の方向へ歩いていると、曲がり角で見知った人物と鉢合わせた。

 

「あ、君は確か、善逸の…」

「轟焦凍だ」

「そうか、俺は竈門炭治郎だ。水柱ヒーロー事務所でインターンをしている!」

 

その人物は以前善逸と親しくしていた奴で、そういえば自己紹介がまだだったと、名前を告げると、目の前の人物もハキハキと自己紹介を続けた。

竈門炭治郎、俺達よりもヒーローに近い存在で、なにより俺の知らない善逸を知っている。

俺はそのことに少し仄暗い感情を抱き、竈門の顔をジッと見つめた。

 

「善逸とはもう話せたのか?」

「いや、善逸はまだ寝てる」

 

俺が答えると、竈門が合点が行ったように、「善逸は寝つくのが遅い分、朝に弱いところがあるからな」と言葉をこぼした。

またしても俺の知らない部分の善逸を突きつけられて、俺は表情を歪めた。

 

「善逸の過去が知りたいか?」

 

竈門はその俺の行動をどう解釈したのか、俺にそう問いかけた。

俺は確かに善逸の過去を知りたいとは思っているが、それを他者から又聞きするような奴だと思われたことが心外で、眉を顰めた。

 

「本人から聞くからいい」

 

すると竈門は俺がそう答えることがわかっていたのか、まっすぐな瞳で俺を射抜きながら、「そうか、俺もそれがいいと思う」と言った。

どこか試すような態度に俺が不快感を感じ始めると、竈門は幼い子供の癇癪を宥めるような苦笑を浮かべた。

 

「気分を害したならすまない。君に頼みたいことがあるんだ」

 

竈門の発言に俺は一瞬目を丸くしたが、続きを促すように見つめると、彼は右手に持っていた鞘にしっかりと刀身が仕舞われている一つの刀を俺に差し出した。

その刀には見覚えがあって、すぐにそれが善逸のものであることに気がついた。

 

「善逸は水柱ヒーロー事務所に職業体験に来ていたから、善逸が気絶した後、善逸の刀はこっちに届けられたんだ。これを善逸に返しておいてほしい」

「なんでそれを俺に渡すんだよ。竈門が返せばいいんじゃねぇか?」

 

刀を渡す竈門に、俺は困惑したように尋ねた。

すると竈門は俺の顔を一瞥した後に、顔を俯かせて一つため息を吐いた。

その様子がどこか諦めているようにも見える。その表情の真意がわからず、疑問を浮かべると竈門は酷く弱々しく言った。

 

「俺じゃ、駄目なんだ」

 

吐き出された言葉は俺よりも善逸のことを知っているはずの竈門から出るとは思わなかった言葉で、俺が返答を返せずにいると、目の前の彼はそれは期待していなかったかのように言葉を続けた。

 

「善逸をこの世界に引き留めるのは、俺では駄目なんだ。俺では、善逸と共感できることがあまりに多すぎる。かつて一緒にいた時間が長すぎて、再会して過ごした時間があまりに短すぎて、今の俺では善逸に『今』を促すことはできない。だから『今』の善逸と長く同じ時を過ごした君に、これを託したい」

「…今から渡してくればいいのか?」

 

竈門が危惧してることはよくわからねぇが、目の前の彼があまりに必死に言葉を紡ぐから、俺は半分流されるようにそう尋ねると、竈門はソッと首を横に振った。

 

「今すぐはやめてくれ。いつ渡すかは、これから善逸と話して君が決めてくれ」

 

まっすぐに俺を射抜く視線に、緊張感を霧散させるようにゴクリと生唾を一度飲み込んで、何故今渡してはいけないのかと問いかけたが、「会えばわかる」と曖昧な言葉しか返ってこなかった。

俺は、善逸と俺とでは今回の出来事に対する解釈が、あまりにかけ離れているんじゃねぇかと、ことの大きさに気づきはじめていた。

俺が口を閉じると、それを肯定と受け取ったのか、竈門は俺に善逸の刀を手渡した。

 

「わかった」

 

俺がそれを受け取ってそう言うと、竈門は少し安心したのか、強張っていた表情をホッと綻ばせて、善逸の病室の方へ歩いていった。

俺はそのまま当初の目的通り、自身の病室に戻り、竈門から受け取った善逸の刀を、自分の使っているベッドに置き、掛け布団を掛けてそれを隠した。

同室にいる緑谷と飯田はそんな俺の行動に首を傾げていたが、一言二言言葉を交わした後、俺は再び病室を出て、善逸の病室へ向かった。

向かう途中、善逸の病室へ先に向かっていた竈門とすれ違ったが、その表情には陰が差していた。

 

「どうか、頼む」

 

すれ違いざまにそう呟いた竈門の声は酷く震えていた。

俺は竈門の不安をほとんど理解してやれねぇが、それでもそれを少しでも取り去ってやりたくて、「あぁ、まかせろ」と力強く言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡易な設定

 

 

我妻善逸(緑谷善逸)

出久くんの義理の弟

個性:鬼化

基本戦闘スタイル:雷の呼吸、個性

 

鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。意識を失った時にいつも以上の力が発揮される。

兄弟子のことは爺ちゃんを切腹させたことは恨んでいるけれど、裏切るという行動自体は自分の放置した責任もあると感じている。

恐れていた状況に加え、悪夢が重なり、精神的にだいぶ参ってしまっている。

 

 

 

 

 

 

轟焦凍

 

幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。

どんどん一人で奔走していく善逸を前に、もう受け身でいるのはやめた。

鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス。どう切り出せばいいかと考えていたら一日経過してしまったというちょっと天然な裏話があったりする。

日輪刀を託されてはみたものの、正直ほとんど話が見えていない。(前世の記憶という大前提が違うため、現段階で焦凍が善逸の気持ちを察することは不可能)

 

 

 

 

 

 

 

竈門炭治郎

 

今世でも賑やかな六人兄弟の長男

個性:爆血

基本戦闘スタイル:ヒノカミ神楽、水の呼吸

 

前世で善逸が目の前で死んだことはかなりショックだった。なまじ失うことの多い人生を歩んで来たため、仲間が傷つくことがトラウマとなっている。

現在義勇さんの創設した事務所にインターン生として所属しており、敵連合の潜入任務をしていた。父が存命のため、花札柄の耳飾りは受け継いでいないが善逸から、それに似た柄の耳飾りを貰ってそれをいつも付けるようになる。善逸の鬼化は個性であると理解はしているが、どうしても前世での経験もあり、暴走してしまった善逸に多少の嫌悪感を抱いてしまっている。それでも善逸には塞ぎ込んでほしくないと思っている。なんとかしたいとは思っているが、今の自分の言葉に説得力がないことにも気付いていたため、善逸の日輪刀を焦凍に託した。

日輪刀を返す瞬間を誤れば、善逸が自刃してしまうのではないかと危惧しており、善逸と話したことで、その考えが当たっていたことを確信する。

 


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