善逸が出久の弟としてヒロアカ世界を生き抜く話 作:冬のこたつのおとも(みかん)
見慣れない町。見知った家族。それらをみて俺は唐突に理解した。
俺は転生したのだと。
俺には前世の記憶というものがある。
かつて鬼殺隊という組織に所属し、鬼になった妹を人間に戻す術を探すために俺は日々奔走していた。
何百年にもわたる戦いの末、俺たち鬼殺隊と鬼の戦争は首魁鬼舞辻無惨を滅殺することで終止符が打たれた。しかし、その戦いにこちらが受けた被害もまた、あまりに甚大だった。
お館様の死。そして無惨を討つため多くの隊士がその尊い命を散らした。その中には、俺の知人も数多く含まれていた。
善逸もまた、その一人だった。
彼は本当に人のいい男で、鬼となってしまった妹にさえまるで普通の女の子と話すように接してくれた。
「可愛いねぇ、きっと素敵なお嫁さんになるんだろうなぁ!」と妹を慈しむ善逸の姿に、俺は何度救われたかわからない。彼の態度が特殊であることは、鬼殺隊の上層部との関わりが強くなるほどに顕著にわかるようになった。
善逸と俺は同期だったこともあり、任務が重なることも多かったので友好を深めるのも早かった。そこへ伊之助も含めて三人一緒くたに扱われることも、少なくはなかった。
そんな彼という存在が、俺の中で小さいものであるはずがない。
俺は彼を失ったことで、心にポッカリと穴が開いてしまったような喪失感を覚えた。それは妹が人間に戻るという悲願を果たした喜びでさえも埋められないほどに大きな穴だった。
その日から俺は虚無感に支配されたように、無機質な日々を送るようになった。睡眠も食事もろくに取らなくなり、何もない空間をボーッと見やることが常となっていた。
今思えば、俺は俺の中にあった善逸に会いたいという気持ちがあまりにも膨張しすぎたせいで、無意識のうちに黄泉の国へと手を伸ばそうとしていたのかもしれない。
そんな俺を普段は気が強いが根が優しい伊之助は放っておかなかった。
ある日突然「猪突猛進!!」と叫びながら、無惨討伐の報酬として賜った俺の屋敷の扉を突き破り、そのままの勢いで俺を張り倒した。その後何をするんだと怒った俺の肩を鷲掴みにして、ガツンと額に頭突きをかました。
俺が痛みに悶えていると、伊之助もやっぱり痛かったのか涙目になりながら言った。
「いつまでメソメソしてんだデコっぱち!んなことしたってあいつは戻ってこねぇし喜ばねぇんだよ。俺様は親分だからな!子分が望まねぇことをすすんでしたりしねぇ。お前も紋逸のダチなんだろ?ならうじうじする以外にやるべきことがあるんじゃねぇのか!?」
伊之助は激情的ではあるがこういう場面で冷静な男だった。俺たちが沈んでしまっているときに引き上げてくれるのはいつも伊之助で、こういうところはまさに親分だと思う。
彼の言葉で目が覚めた俺は、今までの生活を少しずつ変えていった。
食事と睡眠はしっかり取って、籠もりがちになっていた屋敷を出て気ままに旅なんかをしてみたりもした。旅の途中で甘味処に寄っては、善逸の好きそうな甘味を探してしまう習慣はなかなか抜けなかったが、それもまた彼を忘れるのではなく、懐かしんでいこうという前向きな気持ちにさせてくれた。そのまま穏やかな時を過ごして、25歳となった日に俺は死んだ。
これでやっと善逸と再会できるかと思えば、まさか転生するとは。
けれど現世でまた再会できる可能性があるのなら、これはこれで好都合だと思い直した。
俺はまた竈門家の長男として生まれ落ちて、かつては死んでしまった弟や妹たちも無事に生まれてきてくれたのだが、その誰もが前世の記憶を持ってはいなかった。よもや自分だけが前世を覚えているのではと不安になっていたところで、小学校に入学し、そこで再会した伊之助が覚えていたことで不安は払拭された。
この頃には、この世界と前世との違いもある程度わかるようになっていた。
まずこの世界には個性と呼ばれる特殊能力が存在する。4歳までに人口の約8割が発現する個性、俺と伊之助もその例外ではなく個性を獲得していた。
そして、この世界には鬼は存在しないが、個性を悪用して犯罪を起こす敵というものがおり、その敵と戦うヒーローという役職があることを知った。
伊之助と再会してから、闇雲に善逸を探し回っていたが、伊之助が今世でも猪に育てられたことを知り、この世界での生まれは前世と酷似しているのではという一つの仮説を立てた。
その考えに沿うと、孤児だった善逸は順当にいけば児童養護施設に入所している可能性が高い。しかし、子供の力では探そうにも限度があり、俺と伊之助は途方に暮れていた。
そんな時だった、かつての水柱、義勇さんと再会したのは。
俺と伊之助がどのように児童養護施設を回るかの作戦会議をしていると、ふいに見慣れた半々羽織りが目に止まって、その人の後をすぐさま追いかけた。後ろ姿しか確認できなかったけれど、あれは義勇さんだと俺も伊之助も確信していた。
義勇さんは早足で廃工場へと入って行って、出てくるときには一人の男性を担ぎ上げているものだから驚いた。
しかもその男性は数日前に報道されていた刑務所を脱走した敵だったのだから、さらに空いた口が塞がらなかった。
しかし義勇さんが早足で去っていく姿をみて慌てて俺は彼の羽織りの先を掴んで引き留めた。
「待ってください!あの、義勇さんですよね?俺です、炭治郎です!」
「…!…炭治郎か、久しいな」
義勇さんはわずかに目を見開いて俺を見た。義勇さんから再会を喜んでいるような匂いがしたため俺も嬉しく思っていると、彼は「これを警察に届けてくる。少し待っていろ」と言った。
敵を警察に引き渡して戻ってきた義勇さんはこの世界で事務所を創設し、すでにヒーローとしての活動を始めているらしかった。あまりテレビというものに慣れず、頻繁に見ていなかった俺たちがそのことを知るわけがなく、俺と伊之助は声を上げて驚いた。そして俺たちも今までのことや、善逸を探していることを義勇さんに伝えた。すると義勇さんは俺たちにヒーローの仮免許を取るよう言った。
なんでも仮免許を取得すれば、インターンという形で職場体験ができるらしい。そうなれば、ヒーロー事務所の伝手を使って善逸を探すことができるし、各地の児童養護施設を転々と訪ねることへの風当たりも全然違うようだ。
その話を聞いて俺たちは前世を思い出しながら鍛錬を再開した。
呼吸の方は体が覚えていたので、主に鍛錬の内容は個性を使ったものを重視していた。前世ではなかったものなので、その扱いはどうにも難しかった。特に、俺の個性は程度を誤るととんでもない事態となるものだったので、慎重に取り組んでいった。そして妥協せずに鍛錬を重ねた結果、俺と伊之助は中学3年生の時に見事仮免許を取得した。
それから俺たちは高校1年生になってインターン生として義勇さんの事務所を訪れた。義勇さんは名目上はインターン生ではある俺たちを、実質サイドキックと呼ばれるヒーローを補佐する役割と同じ境遇をしいてくれた。
そのため、回ってくる仕事も本格的なもので、俺と伊之助に最初に課せられた任務が『近頃急速に力をつけ始めた敵団体への潜入調査』だった。
嘘がバレやすい俺たちはそれぞれ狐の面やら猪の被り物やらで顔を隠しながら潜入した。伊之助との繋がりを出来る限り勘繰られないよう、潜入時期はずらし、真実と虚偽を混ぜ合わせた情報を教えることである程度信頼も勝ち得た。全ては順風満帆だった。
「雄英に忍び込み、カリキュラムを手に入れる」
「炭、治郎…?」
それがまさか、こんなことになるとは全く予想していなかった。
「ッハァ〜〜〜〜〜〜〜」
俺はもう何回目になるかもわからない長いため息をついた。陰鬱な様子の俺を周りは珍しいものでも見るような目線を向けてくるが、あんなことがあれば俺だってため息の一つや二つ、八つや九つ吐きたくもなる。
「っあ〜〜〜!!!どうしてなんだ善逸ー!!あの場でなければ今頃再会を喜んでいたというのにっ!!!」
「うるっせー!権八郎!!」
「炭治郎だ!誰なんだそれは!!」
そう、俺は数日前に生まれ変わった日からずっと探していた善逸と再会した。それだけであったなら両手を上げて歓喜する案件なのだが、問題は
「ぁああ!!絶対勘違いされた!善逸に俺が敵側だと思われた!!」
善逸との再会が敵団体への潜入任務中であったことだ。善逸は俺と共にいた人物、死柄木弔を見て顔を青くしていた。彼の音を聞いて彼が敵であることに気付いたのだろう。そして、俺に敵なのかと尋ねた。
俺はにべもなく否定したかったが状況がそれを許さなかった。無言でいては肯定したと取られても仕方がない。
「俺たちは任務で敵に成り済ましてんだ、別にやましいことなんかなんもしてねぇだろうが」
「それはそうだが…」
伊之助が呆れたように言った。彼の言う通り、実際は敵ではないのだからなんの問題もないはずだ。しかし、俺の憂鬱な気持ちの原因はそこではなかった。
「俺を敵だと思ったときの善逸からは深い絶望と仄暗い悲壮の匂いがした。せっかくまた善逸と会えたというのに、俺が善逸を傷つけてしまった…」
善逸は雄英高校の生徒だった。それはつまり彼は理由はどうあれヒーローを志しているということなのだろう。そんな彼の前に現れたかつての友が敵側についていると知ってしまった出来事は、一体どれほど彼を苦しめただろうか。できることなら今すぐそれは誤解だと善逸の目の前で叫びたい。
だけど潜入調査中である俺が下手に彼へ接触を図れば、潜入先の敵達に彼が目をつけられるかもしれない。それだけは絶対に避けなくてはいけない。
善逸の身を危険に晒して、もしまたあのようなことが起きてしまったならば
俺は________。
「そんなら、さっさとこの任務終わらせて紋逸に会いに行かなきゃいけねぇだろ」
「!」
伊之助の言葉に、沈んでいた思考を一度放棄してハッと顔をあげる。
すると彼のまっすぐな瞳と、自分の瞳がパチリとあった。まさに目から鱗だ。
そうだ、そうだった。何もあれが今世の別れじゃない。
だって俺も善逸も今は生きているのだから。
俺たちにはこれからがある。また共に時を刻んでいける。
善逸がいる。善逸が生きている。
今はそれを知れただけで僥倖じゃないか。
潜入任務が終わったら、善逸に会いに行こう。そして前のことを謝って、誤解だと伝えよう。お詫びに甘味なんて持っていったら案外現金な彼のことだ、きっとまた鼈甲飴のような瞳をキラキラさせて、照れたような笑顔を浮かべてくれるはずだ。
「そうだな、そうしようッ!」
「よっしゃあ!ならどっかでベソかいてる弱味噌の子分をさっさと迎えに行くために任務に行くぜぃ!!」
「あぁ!」
猪の被り物をつけて走り始めた伊之助の後を、狐の面を急いで装着して追いかける。
俺たちが沈んだ時、底から引き上げてくれるのはやっぱりこの男だ。
その日敵団体で、雄英高校への奇襲作戦の決行が決定した。
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