善逸が出久の弟としてヒロアカ世界を生き抜く話 作:冬のこたつのおとも(みかん)
炭治郎との再会以降、どのようにして騒ぎの収まった教室へ戻ったのか、どんな道を辿って家に帰ったのかを何一つ覚えていない。
けれど人の習慣というものは優秀で、何事もなく俺は家に着いていた。自分の部屋のドアを締め切ると、俺はやっと今日あった出来事を反芻し始めた。
今世での炭治郎は敵だった。
その衝撃的な事実は俺が全く予想していなかったことだった。
だってあの炭治郎だぜ?
底抜けに優しくて、誰に対しても真摯で嘘がつけない、彼はそんな人物だったはずだ。その炭治郎が一体何を思って悪事に手を貸すというのだろう。
彼は俺と同じ立場の人間だと、信じて疑っていなかった。
けれど、そんなものは俺の我欲にすぎなかった。
俺が死んだ後や前世と環境が全く異なる現世、考え方を変える機会はたくさんあったはずだ。
なのに炭治郎はかつてと何一つ変わらない等と勝手に思い込んでいた。
それはなんて傲慢なことだろう。
結局俺は学校側に敵の侵入を伝えなかった。炭治郎と対峙したとき、一番近くにあったのは職員室だ。そこに用があったというのなら、恐らくなにか重要な物が盗まれたのだろう。今後それによって雄英高校に通う生徒の身が危険に晒されるかもしれない。
それをわかった上で俺はそれを黙認した。
きっとこの先炭治郎達が何か法に触れるようなことに手を染めたとしても、俺は全て黙認するだろう。
俺は信じたいものを信じるから。信じたい炭治郎たちを心のどこかで信じ続けることをやめられないから。
我ながらなんてひどい裏切り行為だろうか。
ヒーロー候補生でありながら、俺は敵側に加担したんだ。これを裏切りと言わずしてなんと言うのだろう。
俺はこの後ろめたい気持ちを抱えて、これからも出久や焦凍達と共にヒーローを志せるのだろうか。
それほどまでしてヒーローになったとして、裏切り者の俺に為せることは一体なんだろうか。
俺の心持ちは今も昔も鬼殺隊のままだ。
鬼殺隊の本分は人を救うことじゃない。その名の通り鬼を殺す、つまり命を奪うことが主だ。そこがそもそも救うことを生業とするヒーローとの根本的な違いだ。
俺たちは鬼を殺して人を救うと認識されがちだが、その鬼でさえ元は人なんだ。だからその元人にも当然家族がいるわけで、その残された家族からすれば俺たちはまさしく人殺しと相違ない。俺自身、任務後に恨みの音をひっきりなしに奏でる人から罵詈雑言を浴びせられたことだって何回かある。
けれど俺は鬼殺隊を辞めなかった。
何も持たずに生まれた俺には、爺ちゃんから教えてもらった剣しかなかった。
それ以外で生きていく術を知らなかった。
そんな俺がヒーローに向いているはずがなかったんだ。
次の日学校に行くと、昨日の騒動はマスコミの仕業ということで話がついていた。俺は結局言い出すことが出来ず、顔を俯かせることで心の中の暗い感情を押し殺した。
授業が終わってからも、俺は誰かと一緒にいる気分ではなくて焦凍に断りを入れて先に学校を出た。フラフラと道を歩いていると前に焦凍と共にブランコに座って話し込んだ公園に辿り着いた。あの時焦凍は俺をヒーローだと言ってくれた。そんな焦凍に今の俺は顔向けできないなと惨めな気持ちを抱いた。
あの頃の俺は努力すればヒーローになれると、ただ純粋に信じていたんだ。
俺はあの日を辿るようにブランコに腰を下ろして、ギコギコと揺らし始めた。
一つのブランコからのみ鳴っている音が、今隣に誰もいないことを物語っているようで、なんだか寂しく思うと同時に、こんな自分を誰にも見られていないことに密かに安堵した。
しばらくブランコを漕ぎ続けていると、ポツリと体に冷たい物が当たって空を見上げた。空からは小降りの雨が降っていた。このくらいどうってことないと高を括っていると、やがて雨は本降りとなっていった。それでもまだ家に帰りたくなかった俺は、空洞となっていた滑り台の下へと避難した。子供用に作られている遊具は少し窮屈で、膝を抱えることでなんとか雨を凌ぐ。
この土砂降りの雨を見ていると、前世のことを思い出した。
俺は雷に打たれてから髪の色が変わったこともあって、雷というものがとても怖かった。あの音を聞くたびにまた打たれるのではないか、今度こそ死んでしまうのではないかと足がすくんでろくに動けなくなるんだ。あの日は雷がゴロゴロ轟いていて、俺は拠点としていた蝶屋敷から一歩も出ずに、寝床の毛布に包まってガタガタと震えていた。そんな時に炭治郎がやってきて、震える俺を見ると心配そうに眉を下げて理由を聞いてきた。俺はガチガチ鳴っている歯をなんとか動かして「雷が怖い」と言った。すると炭治郎は俺の耳を塞いでこう言ったんだ。
「もう大丈夫だ、これで何も聞こえないだろう?」って。
あぁ、なんでこんなときに思い出すことさえ炭治郎達との思い出なんだろう。
俺の思考を遮るように、ザーッという雨音が聞こえる。そこに塞いでくれる人より少し温かい体温はなくて、いつもより繊細になっている俺はもう駄目だった。
今世では、出来る限り我慢しようとした涙腺があっけなく決壊した。
「なんでッお前そっち側なんだよ!炭治郎ッ。再会ぐらい、少しは喜ッんでくれてもいいじゃん!!俺だけ…、俺だけがずっとッ、お前たちのこと、を探してて、俺だけがッお前たちのこと、大好きみたいで、寂しいだろうがッ!…馬鹿ぁッ」
「善逸…?」
そのとき不意に聞こえた声にバッと顔を上げた。耳障りな雨音のせいか、近くに人が来たことに全然気づかなかった。
「え、た、出久?どうしてここに?」
俺の目の前にいたのは出久だった。傘を二本持って、一本をさしながら中腰で滑り台の下を覗き込んでいる。
「どうしてここにって、善逸が中々帰って来ないし携帯も繋がらないから探しに来たんだよ!こんなところで一体何してるの?」
「あ…、携帯電源切りっぱなしだった、ごめん」
携帯と言われて画面を確認すると、電源が切れていたことに気づいた。試しに電源をいじったことでパッと画面に明かりが止まり、薄暗い滑り台内を照らした。その明かりで俺の顔が照らされたことで、俺が泣いていることに気づいたのか、出久がギョッとした顔をした。そのとき俺はそういえば前に炭治郎以外にも、彼と同じようなことをしてくれたことがあった気がする、誰だったかな、なんてことをぼんやりと考えていた。
「善逸、なっ泣いて…!?どうしたの、何かあったの?」
「あ、こっこれは」
ドォーンッ!!
出久に問いかけられてやっと現状に目を向けた俺が言葉を発したそのとき、ピカッと空が一瞬光って大きな音が鳴った。
雷が落ちたんだ、それも結構近くに。
俺は驚きのあまり一度思考が止まって、状況を理解すると出久が来たことで一瞬止まっていた涙を再びボロボロと零しながら自分の体を抱きしめてガタガタと震えた。
「ヒィィ…ッ」
「善逸、顔色がっ。あ、もしかして雷が怖いの…?」
出久の言葉に俺は深く考える余裕もなくて、ブンブンと首を縦に振った。すると出久は少し考えた後にポンっと何か思いついたような音を鳴らした。俺は不思議に思って出久を見上げると、彼は手に持っていた傘を置いて、ソッと俺の耳を塞いだ。
あれ、この光景どこかで________。
「大丈夫だよ。これで何も聞こえないでしょ?」
あ、思い出した。
炭治郎以外に俺の耳を塞いで、雑音を払ってくれた誰かは出久だったんだ。
あれは確か小学生になったばかりの頃、あの頃の俺たちは個性発現以来の気まずさから、あまり話すことはなかったけれどその日は豪雨で雷が何度も鳴っていて、それに震える俺をその時ばかりは出久は酷く心配そうに俺を見つめていた。そして今と同じように俺の耳を塞いでくれた。
そんな大事な記憶、なんで今まで忘れていたんだろう。
出久の手のひらを伝って彼の体を流れる血流の音が、生命の音が聞こえる。その音に集中すると、あっという間に不穏な雑音は気にならなくなった。
小刻みに震えていた体がどんどん落ち着いていく。
「あ、雨が少しおさまったね。雷も鳴らなくなったし。今のうちに帰ろう、善逸!」
出久はそっと俺の耳から手を離すと、一度地面に置いていた傘を拾い上げてそのうちの一本を俺に差し出した。流されるままに俺はその傘を受け取ると、出久と二人立ち並んで帰路に就いた。
家に着く頃には空に一筋の晴れ間が見えた。
「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」
相澤先生が気怠さを醸し出しながらそう言った。
その話ぶりからすると、今回のことは特例ということだろう。つまり、雄英高校の教師陣も先日のマスコミ騒動の裏によからぬ輩がいることを察知している。彼らも馬鹿ではないということだ。
俺はそのことに自分の罪が少し緩和されたように感じて、ホッと胸を撫で下ろした。
「はい!何するんですか?」
「災害水難なんでもござれ。レスキュー訓練だ」
レスキュー訓練、その言葉を聞いてクラスメイトたちはざわざわし始めた。ヒーローの本分である救助演習が出来ることにそれぞれ思うところがあるのだろう。それが収束がつかなくなる前に相澤先生が軽く窘めて、言葉を続けた。
「今回コスチュームの着用は、各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗って行く。以上、準備開始」
相澤先生の言葉を皮切りに、クラスメイトたちはそれぞれの行動にとりかかった。
今回、俺はコスチュームの着用はしないことにする。
今あの隊服を身に纏ってしまえば、俺はきっと炭治郎たちに縋ってしまう。
それではいけない、彼らのお荷物になってしまう。対等な立場でなければ、俺の声は彼らには届かないだろう。だから気持ちの整理がつくまで、あの服は着ない。
これは俺なりのけじめだ。
「善逸も今日は体操服なんだな」
「!焦凍」
俺と同じく体操着を着ていた出久と麗日さんの会話を遠目で見ていると、後ろから焦凍に声をかけられた。
「別に善逸はコスチューム破損したわけじゃねぇだろ、なんでだ?」
焦凍が不思議そうに小首を傾げる。俺はその言葉への返答を自分に言い聞かせるように、戒めるように発した。
「そうだね、だけど今の俺はあの服を着るのに相応しくないから」
俺の言葉に焦凍が何か返そうと口を開いたとき、辺りにピーッ!という笛のような音が鳴り響いた。そちらを見やるとどこから取り出したのか、飯田くんがホイッスルを咥えて仁王立ちしていた。
「1A集合ーーっ!!バスの席順でスムーズにいくよう、番号順に二列で並ぼう!」
そう言い切ると再びホイッスルをピーピー吹き鳴らし始めた。
なんというか、飯田くんが今日も飯田くんで思わず笑ってしまった。
「あははっ!俺たちも行こっか」
「あぁ。なぁ善逸」
「ん?何?」
不意に名前を呼ばれて焦凍の方に視線を向けると、彼は真剣な眼差しで俺を見ていた。
「お前はまたどこか力んでるみてぇだが、空回りする前にちゃんと言えよ。こっちいつでも手ぇ貸す準備は出来てんだ」
焦凍は言い終わると同時にポンッと優しく俺の背中を叩いた。俺が今焦凍に言えることは限りなく少ない。それを彼はわかっているから追求はしてこなかった。けれど俺が押し潰されないように逃げ道を用意してくれている。
おれはそんな焦凍の気遣いが嬉しくて、冷たいものに苛まれていた心の中にポカポカとした温かいものが広がっていくのを感じた。
「焦凍、ありがとう…」
俺の声は聞こえるか聞こえないかギリギリな程に消えそうな小さい声だったが、それを聞いた焦凍はフッと笑った。
ちなみにバスは横に座るタイプで、番号順は全く意味をなさなかった。
演習場につくと、そこには災害救助で功績高いスペースヒーロー13号がいた。
「皆さん待ってましたよ!」
彼の声は加工されたようなノイズがかった声だったが、その体に宿る熱を帯びた正義の音が強く鳴っていたので、不快になるほどではなかった。
「早速中に入りましょう」
「「「よろしくお願いします!」」」
13号の先導に従って、建物内へと足を踏み入れた。ドームの中には森林や山、湖などがあって区域ごとに救助演習が行える仕組みのようだ。
俺自身見事の一言に尽きるし、周りの皆も感嘆の声を漏らしていた。
それから演習場の簡単な概要と、13号からのありがたいお話を聞き終えたその時だった。
噴水あたりに黒いもやが現れて、その中からいくつもの狂気を孕んだ悪意の音がした。
この音には聞き覚えがある。先日、炭治郎と再会したときに聞いた。
これは、敵の音だ。
「一塊になって動くな!13号、生徒を守れ」
相澤先生が警戒態勢に入って、生徒たちを庇うように前に出た。
その間にも、黒いもやはどんどん広がってそこから何人もの敵が出てきた。
生徒たちも何やら異様な雰囲気を察したのか、不安の音が伝染するように大きくなっていく。相手の次手を警戒して、俺も耳を澄ませて集中する。そうすることで聞こえた憎悪の中で酷く浮いた音。
泣きたくなるような優しい音が聞こえる。
敵たちの中に炭治郎がいる。
炭治郎だけじゃない、目を凝らすとそこには伊之助の姿も確認できた。
「炭治郎…ッ、伊之助…!」
俺はグッと拳に力を込めた。
出久が雨の中俺を迎えに来てくれたあの日、俺は一つ決意したことがある。
それは俺は俺の出来る最大限のことをするということ。
俺は雄英側の完全な味方にも、炭治郎たちのいる敵側になることもできない、酷く中途半端な奴だ。
けれど俺にだって守りたいものがある。
出久や焦凍、雄英の皆、炭治郎や伊之助、前世での関わりのある人たち、彼らには悲しい思いはしてほしくないし、絶対傷ついてほしくない。
大事な人たちが敵として相見えてしまっていても、双方を守りたいと俺は心の底から思っている。
炭治郎からは、昔と変わらず泣きたくなるような優しい音がする。
伊之助も真っ直ぐで、芯の通った音のままだ。
その音が潰えない限り、俺は彼らを信じる。
たとえ彼らが敵側にいたとしても、そこには俺の納得できる理由があるんだって、信じてる。
だからもしその理由が、お前たちを苦しめるような内容ならば、俺は俺の全てを持ってお前たちを救うよ。
これはヒーローにも敵にもなれない俺の、愚かで陳腐な反抗劇だ。
我妻善逸(緑谷善逸)
出久くんの義理の弟
個性:鬼化
基本戦闘スタイル:雷の呼吸
鬼化の個性は身体能力、回復力を飛躍的に上昇させるかなり汎用性も高い、強個性。鬼滅時空の鬼のように藤の花の毒が苦手だったり、日光が苦手だったりはない。ただ、使いすぎると暴走して食人衝動に襲われる。トラウマは雷。
轟焦凍
幼少期に善逸に救われてから、善逸に対してかなり好意高め。原作とは違い、すでに左側の個性も使うし、表情も多少穏やか。いつも隠し事ばかりの善逸の助けになりたいと思っているが、中々うまくいかずにもどかしく思っている。せめて善逸の心を少しでも癒すことができたならいいと思っている。
緑谷出久
善逸のことはちゃんと家族で兄弟だと思ってる。前善逸の耳を塞いだことはそういえばこんなこともあったかなぁくらいにぼんやりと覚えている。最近善逸のどこか浮世離れした不思議な雰囲気が増しているような気がして心配していたが、善逸の泣き顔をみて「あっ、善逸も人間なんだ」って思って実はちょっと安心した。
竈門炭治郎
今世でも賑やかな六人兄弟の長男
個性:??
基本戦闘スタイル:??
前世で善逸が目の前で死んだことはかなりショックだった。なまじ失うことの多い人生を歩んで来たため、仲間が傷つくことがトラウマとなっている。現在義勇さんの創設した事務所にインターン生として所属しており、敵連合の潜入任務中。潜入任務では顔を隠しており、極力個人情報も伏せているため離脱はわりかししやすい状況。
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