王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

185 / 191
おそくなりました………。本当に年末に向けて鬼でしたが、何とか年末年始を迎えられてホッとしてたりします………。こちらも更新出来て本当に良かった!!

漸く王者戦。

うー………む、頑張ります!!


第185話 決着

 

 

――飛雄。お前の、お前たちの(・・・・・)最強の武器……見せてもらったよ。

 

 

 

あの最後のスパイクの瞬間、すべてがスローモーションに感じられた。

最後に及川の目に映ったのは、宙を舞う日向の姿。影山が最後の最後まで読ませず悟らせず、選びに選び抜いたのは日向翔陽だった。

 

 

○この場面で日向を使う? 

○決定率トップの火神の方では? 

○パワーでは群を抜くエース東峰?

○意外性と言う意味では菅原も否定できない?

○澤村も試合で見せてない、と言う点においても奇襲を考えれば?

○影山自身のツーアタックの可能性だって捨てきれない?

 

 

可能性と言えば幾らでも考えられる。

そして最後の最後で、考えるのは最早無意味と思考を放棄した。

本能に……これまで鍛え上げ、この日の為に研ぎ澄まさせてきた己を信じる。

恐らく、及川に限らず青葉城西のメンバー全員が思った事だろう。

 

 

そしてこの攻防で―――長く続いた戦いの雌雄は決した。

 

 

日向のその一撃が、次の瞬間、手に伝わる鋭い衝撃となって襲いかかった。

指先がわずかに触れたボールは、まるで自らの意思を持ったかのようにコートの外へ逃げていく。

 

 

ダン、ダンダン……

 

 

床を叩く音が徐々に小さくなり、体育館全体を無言の緊張が包み込む。先ほどまで熱気の渦。揺れんばかりの歓声が轟いていた体育館とは思えない程に……不自然な程の静けさだった。

 

そう、及川は見せてもらったのだ。……これ以上ない程に。

 

及川はその事実を認め、無意識に拳を握り締め、歯を噛みしめた。

 

 

 

そして次に体育館に響いたのは、何かが崩れ落ちるような音だった。

 

それは青葉城西の守りが崩壊した音なのか、あるいは烏野のプレイヤーたちの胸の奥に秘められていた感情がついに溢れ出した音なのか――。

一瞬の静寂の後、爆発するような声が体育館中に轟いた。

 

 

【よ――――っしゃあああああああああああ!】

 

 

その声は、まるで長い間堰き止められていたダムが決壊したかのようだった。今まで積み重ねてきた努力、汗、涙――すべてがこの瞬間に報われた。喜びを叫ぶ選手たちの姿は、コートの上でひとつの生き物のように動き、観客席の空気さえ震わせた。

あの日、青葉城西に敗北したIH予選。……それを超えた、と言う実感が後から後から押し寄せてきて、ただただ声を上げ続ける。

 

 

 

セットカウント

2-1

 

勝者―――烏野高校。

 

 

 

 

 

 

 

そしてネットを挟んで、静かに2人の視線がぶつかった。

 

影山の目には、いつもの冷静さと鋭さが宿っていた――が、その奥底には何か熱を秘めたような光が一瞬きらめいた。それは、勝利した故のものなのか、あるいは長きにわたる宿敵との対峙における感情なのか……、本人にすら解らない。

ただ、解るのは……間違いなく躍動した。それは目の前の超えるべき相手―――及川でなければできなかった事だ。

そして、それは無論もう1人の男の存在もあって……。

 

そんな影山の思考を大体察したかの様な及川は、特に何も反応する事はせずにただ影山の視線を真正面から受け止めていた。負けた事に対する悔しさは、当然ある。だが、それ以上に……これは真正面から受け止めなければならないものだと本能的に思ったから、目を決して逸らす事はしない。

 

ふっと口元を引きつらせるような表情を見せたのは……仕様がない事なのだ。

 

 

 

「―――――ッ」

 

 

(ボール)の感触が……まだ手の中に残っている。

ゲームセットを告げる音が体育館中に響いた瞬間、日向の体は自然と動きを止めた。目の前で繰り広げられていた熱戦の余韻に浸る間もなく、脳裏に浮かんだのはIH予選(あの時)の光景だった。

 

IH予選、青葉城西との試合――あの時、火神がコートを去った瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。誰よりも躍動し、誰よりも勝利を渇望し、誰よりも支えてくれていたあの火神が、不運な怪我でコートを去らなければならなかった瞬間はまだ目に焼き付いている。

その背中に託された「思い」を一身に背負ったつもりだった。けれど、結局は届かなかった。

あの巨大なブロックという名の壁に、無力さを痛感させられた――あの日の悔しさが、日向の心に深く刻み込まれていた。

しかし、今回は違う。そう、今回は違うのだ。日向は、拳を握り締めながら改めて自分に言い聞かせる。

 

影山任せの全力で振り切るだけだった。ただ目を瞑って飛ぶだけの無鉄砲さではない。空中で「見る」ことができるようになった。空中で「戦える」力を手に入れたのだ。この進化は、青葉城西という強敵を相手にしてこそ、その本質を見せつけることができた。

 

日向は視線を落とし、自分の掌を見つめる。その瞬間、かつての敗北がフラッシュバックのように甦る。振り切れなかったスパイク、届かなかった勝利。果たせなかった想い。

そのすべてが、この瞬間のためにあったのだと思えた。

 

 

「―――ぁ!」

 

 

そんな時、だった。

不意に身体を抱き寄せられる感覚がしたのは。

極限集中した日向は、他の感覚をまるで遮断した? かの様に思える程までに集中させている。ちょっとやそっとの事じゃ周りに反応しないくらいに。だけど、その感触は、その感触だけは何よりも早く気付く事が出来た。

 

 

「オレ達の勝ちだ」

 

 

耳元でささやかれる声。

抱き寄せられ、頭と頭が触れる感覚。

あの日、何よりも渇望したものを告げてくれる声。

それが火神である、と声を聴くまでもなく日向には解った。

解ったからこそ、不意に目頭が熱くなってくる。

 

そんな感慨極まる日向の身体をまるで支える様に、それこそIH予選(あの時)に出来なかった事をするかの様に、火神は日向を身体を支え、喜びを爆発させているチームの皆の元へと向かった。

 

 

 

 

「―――やった、やった……!!」

 

 

 

皆の大歓声に、感動の渦に圧倒されていた武田は、ただただその言葉を口にするだけで精一杯だった。極まる感情。これ以上何をすれば良いのか解らない。ただただ、この場に居合わせる事が出来た幸運に浸る。

 

直ぐ隣では、烏養も声をはちきれん勢いで振るい上げ、スコアノートにペンを走らせていた清水も、ノートの存在、ペンの存在を忘れて、烏野のメンバーたちが一斉に声を上げる中、清水はただその場に立ち尽くしていた。

両手は無意識のうちに口元に寄せられ、心臓の高鳴りを抑えるようにぎゅっと握りしめられている。

 

 

「……勝った。勝ったんだ……っ」

 

 

その事実が、どれだけの意味を持つのか、清水にはよく分かっていた。この一瞬のためにどれだけの努力があったのか。喜びを爆発させる彼らの姿を、……彼の姿を見て、清水もまた胸の奥から熱いものが込み上げてくる。

 

 

 

『オレ……勝ちたかったです』

 

 

 

あの時の光景が、鮮明に浮かび上がる。

清水は唇を少し噛み、その姿を目に焼き付けた後……そっと目を閉じる。

どれほどの想いでこの試合に臨んでいたか、誰よりも分かっているつもりだった。決して語られることのないその重みを、清水は感じ取っていたから。

 

そして、過去を置いてくる様に、ゆっくりと清水は目を開けた。

終わってない、と言い切った後の時の事が間違いでなかった事、今日のこの瞬間まで繋げば良いと言い切った事は、間違いじゃなかった。

 

 

「まだ、まだ終わり……じゃない。けど……」

 

 

決勝がまだ残っているから、ここで終わったかの様にいうのは誤りだ。

だけど、あの日、超える事が出来なかった高い壁を乗り越えたこの瞬間だけは……。

 

 

「……やったね。誠也」

 

 

目尻をそっと拭うと、清水は笑顔を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合終了のホイッスルが鳴り響いた瞬間、体育館には大歓声が沸き起こった。それはまるで、長く続いた嵐が一瞬にして晴れ渡ったような、圧倒的な解放感だった。

 

 

「……すごかった」

 

 

声を上げ続けて、息切れを起こして……少し休憩をした後に観客席の誰かが、ぽつりと呟いた。その声はやがて波紋のように広がり、あちらこちらから同じような言葉が聞こえてくる。

 

 

「これ、この内容で県予選? 信じられないって」

「いや、普通に全国大会クラスでも良い。何なら全国でもここまでの試合はそうそう見られないだろ……」

 

 

さっきまでペンを走らせていた得点係のスタッフも、思わず溜息をつく。試合中は夢中で記録をつけていたが、今になってその凄まじさを実感していた。

 

 

「あんなプレーを目の前で見られるなんて……」

「どっちが勝ってもおかしくなかったよな。紙一重? って言う表現、実際に使う機会が来るなんて思いもしなかった……」

 

 

観客の一人がそう言うと、隣の友人が力強く頷く。

 

 

「いや、むしろこんな試合がもう終わっちゃったなんて……寂しいくらいだな」

 

 

体育館を後にする人々の顔には、満足感とどこか名残惜しさが入り混じっていた。試合を観戦していた全員が、今日のこの瞬間を一生忘れないだろう。

 

 

「烏野……前評判通りすげぇチームだった」

「青葉城西も、当然ながら。もっとも白鳥沢に近いチームの通りだった訳で……」

 

 

誰もが口々にそう語り合いながら帰路につく。その場に居合わせた者たちだけが共有できる特別な記憶――それは、長い年月を経ても語り継がれる伝説となるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しの息継ぎの後に、頭も冷えた武田は最後の攻防を振り返っていた。

 

 

「最後の最後、3枚ブロック。……まさか、揃って付かれるとは思いもしませんでした」

「ああ。……影山のトスワークは完璧だった。焦りや揺らぎも無い。疲れが確実に出るこの最後の最後まで、一糸乱れぬお手本のようなフォーム。相対してりゃ、オレじゃ誰に上げるかなんざ解らねぇよ。……それでもブロックの3人共が日向に対してコミットで跳んだ。……まさに敵ながら天晴だ」

 

 

勝利の天秤は烏野側に傾いた訳だが、それは決して余裕があった訳じゃない。本当に紙一重と言っても不思議じゃない。日向の成長、万全なチーム、最高のカードが揃っていたかもしれないが、それは青葉城西とて同じ事。新戦力を整えレベルを上げてきて、仕上げてきた。まさに五分。

それでも引き寄せる事が出来た烏野の皆に対して……心から誇らしく思う。

引き寄せた鍵は……間違いなくこれまでの経験が生きた事、だろう。そしてこれから繋げる為にも文句なしの選択。

 

 

「――伊達工(鉄壁)を相手にした時の東峰と同じく。あの3枚ブロックを日向の手でブチ破らせる事がベストだと影山は思ったのかもしれないな。全幅の信頼って意味じゃ、火神の方が可能性高いと思っていたが……」

 

 

いや、或いは火神は日向以上にマークされていたから、敢えて選ばなかったかもしれない。最善にして最高の選択だと言う事は違いないが………。

 

 

「外野がこれ以上考えてもわからんな。影山だから単なる直感……って可能性だってあるし、日向のこの先をも考えて~先々の成長まで~~的な世話(・・)までするのって、どちらかと言えば火神の方だ」

「あはは……。今も、そんな感じがしますしね」

 

 

火神が日向を支えている姿は、堂に入っている様に見えなくもない。これまでも何度も見てきた光景だが、それでもそう思う。

 

 

 

 

全員がエンドラインに整列し、笛の音と同時に声を上げる。

 

 

【ありがとうございましたーーー!!】

 

 

本当の意味での試合終了の笛。整列し、最後には互いに健闘を称え合う。

歓声と拍手に包まれる中、コートにいた選手たちは、それぞれの胸に去来する感情を抱えながら、ゆっくりとネットへと歩み寄った。

 

 

―――青葉城西の及川。

 

 

正直、バケモノだったと強く思うのは……全員かもしれないがやはりより強く思うのは、同じく主将である澤村である、とこの場では明言させてもらおう。

互いに3年と言う同級。

そして最後のあの場面。客観的に見て、あの自分達(烏野)の攻撃を、澤村(自分)ならどう捌くのか? と。

 

 

そして、あの時の及川の姿も、澤村は思い浮かべていた。

 

 

完璧なセット、誰もが読めない攻撃パターン。そう自負していてたが……最後の最後まで解らなかった。決まるかどうか、確信が持てなかった。

それは及川の姿がそこにあったからだ。

 

 

「(……日向がどこに打ってくるか読んでる様にも見えた。あの瞬間で3枚揃えた、揃った事も驚きだが、それ以上に……及川(アイツ)の眼が……異常だった)」

 

 

先読み、とでも言えば良いか。

ほんの少し、あとほんの少し日向が助走するのが遅れていたら? あとほんの少し、狙い処を変えていたら?

 

ほんの少しの差で―――拾われていたかもしれない。

心底恐ろしいと思うと同時に、羨む気持ちもある。自分には無いものを沢山持っている、と。

だが、胸を張るべきだと澤村は前を向く。一瞬だけ後ろ向きな気持ちだったが、直ぐにそれを否定して前を向く。勝者が下を向くなんてあってはならない事だから。それは敗者への侮辱にも繋がる事だから。

 

 

澤村は及川と対面した。

皆がそれぞれ手を交わす。

 

 

澤村と及川は言葉を交わしたりはしない。

ただ、目と目だけで通じ合うものはあった。

 

堕ちたと言われ続けてきた烏野。それでも諦めず腐らず、最後の最後までここへきて……やりきった男に対し、最後は賛辞の言葉を送りたい。と他人事なら言えるかもしれないが、申し訳ないが及川はそこまで大人にはなりきれない。

悔しい。悔しい。悔しい。ただただその感情を、表情に出さずに押し殺す事だけで精一杯だから。

 

 

ただ強く強く互いに手に力を籠めるだけに留めるのだった。

 

 

 

 

だが、事影山に対しては話は別だ。

最後に自陣ベンチに戻る前に視線が合う。ダサいと思われても良い。出来うる最大の虚勢を、否、事実だけを吐き捨てる。

 

 

「これで1勝1敗だ。……チョーシ乗んじゃねーぞ」

「……乗れません」

 

 

そして影山はこの試合の結果=【及川に勝った】とは言えない。まだ言える訳がない。

試合には勝てたかもしれない。でも、及川と言う選手の大きさを知った。改めて知ったから。

 

そして、そんな時に影山の背を叩くのは火神だった。

自身を律し、戒めて、何処までも貪欲。それは良い事なのかもしれないが、こういう時くらいは自分に優しくしても良いだろう? と言わんばかりに数度、影山の背を叩いた。

無論、TPOを弁えての事ではあるが、その辺りは影山は大丈夫だろう。

 

 

「―――負けられない理由が、また出来ました」

 

 

次に及川の視線は、火神の元へ。

 

思い返すは前回の試合。

あの時の事は―――及川にとっても本当に不本意だった。敬意を払う為にも力は一切抜かずに全力で叩きのめす事を考えてはいたが、それでも……最後の最後まで競い合いたかった。高め合いたかった、と言うのが本心だ。試合すればするほどに、高揚し高め合う事が出来るなんて初めての事だったから。何処まで昇っていけるのか、楽しくて仕方がなかったから。

 

それが今日叶った。……でも結果が伴わなかった。

 

火神に対しても一言二言は合っても良い、と及川は思っていたのだが……火神の方から先に口に出したのでいうタイミングを逃したのである。

 

 

 

「オレ達は……この先もう何処にも負けません。負けれません」

 

 

 

 

 

―――烏野(オレ達)青葉城西(あなた達)に、勝ったんですから。

 

 

 

 

 

火神はそういうと、頭をぐっ―――と下げた。

火神のつむじが見える。これくらい頭を下げた事は、あのIH予選の時以来か。

 

 

そして及川は軽く会釈するだけに留めた。

 

 

 

「………ほんと、少しくらい隙見せても良いじゃん。ここまで憎めないって、結構キツくなってるよ」

 

 

 

 

 

 

頭を左右に振って―――及川は足早にベンチへと駆け出した。

 

 

及川を含めた青葉城西の選手たちが全員ベンチに戻る。

重い足取りで、汗に濡れたユニフォームが冷たく肌に張り付く。試合後の喧騒とは対照的に、静まり返ったベンチの空気が、敗北の現実を否応なく突きつけていた。

入畑はそんな選手たちを迎える。いつも通りの厳しい表情――いや、今日はそれ以上に険しい顔つきだった。選手たちの顔を一人ひとり見つめる。その目には、悔しさも、怒りも、そして言葉にならない感情が渦巻いているように見えた。

 

 

「……」

 

 

無言のまま、彼は立ち上がる。そしてゆっくりと、選手たちの前に歩み寄った。誰もが視線を伏せている。3年生たちだけは最後の最後だ、とどうにか視線を上げて、その目は真っ赤に充血し、涙を堪えるのに必死だった。

 

 

「何を言おうとも、結果は結果のままだ」

 

 

入畑の低く落ち着いた声が、静まり返った体育館に響く。その言葉は冷静でありながら、選手たちの胸を深く突き刺した。

 

 

「悔しさが薄まることもない。後悔の残るプレーも、きっとあるだろう」

 

 

その場にいた誰もが、心当たりがあった。及川の肩が僅かに震える。岩泉は拳を握りしめたまま、俯き続けている。

入畑は選手たちをぐるりと見渡した後、少し間を置いてから言葉を続けた

 

 

「それでも、先ずは言わせてもらいたい」

 

 

一瞬、選手たちは顔を上げた。入畑の声が、僅かに震えているように感じられたからだ。

 

 

「よく、戦った!」

 

 

その一言が、堰を切ったように選手たちの心を揺さぶった。

 

 

【うぅ……っ!】

 

 

口元を手で覆いながら、堪えきれない涙を零す。それに釣られるように、他の選手たちも次々と目元を押さえ、声を殺して泣き始めた。涙が汗に混じり、頬を伝って滴り落ちる。

入畑もまた、彼らに背を向けた。その手が、微かに震えている様だ。

何度も何度も経験をしてきた。指導者だからこそ、監督だからこそ、人生を選手らよりも何倍も経験してきたからこそ……身を切られる程に知っているこの感覚。慣れる事は決してない。だが、それ以上にこれから飛躍させる為にも必要な経験(養分)である事も知っているのだ。

 

 

「終わったことは変えられない。だからこそこれから先、どうするかを考える。それが、お前たちに残された唯一の課題だな。……永遠の、課題だ」

 

 

涙の中でも、監督の言葉は確かに届いていた。その声に選手たちは静かに頷く。このチームで、青葉城西としてのこの戦いは、これでもう終わりだ。しかし、彼らのバレーは、まだ終わりではないのだから。

 

 

 

そして、言っている意味は頭では解る。解っている。それでも心が、精神が、自身を蝕んでしまう。

岩泉は肩で息をし、そして表情を俯かせていた。呼吸を整える暇もなく襲い来る、言葉にならない感情の奔流。悔しさ。後悔。怒り―――それらが胸の中で渦巻き、喉元で詰まって消化できずにいる。

運命の分かれ道。分岐点があるとすれば……間違いなくあの場面。

及川からの超ロングセットアップの場面。

 

全てが手に取る様に見えていた。最高のタイミングで、最高の場面だった。何もかもが完璧だった。

だが、それを決め切れなかった。

 

今でも自分自身が許せない。烏野は誰もが油断のならない相手だと口では言っていた筈なのに、自分の中で僅かな、自分でも気づかない程の小さな驕りが合ったから他ならない。

 

それを、あの菅原の体当たりのレシーブで、思い知らされた。

レシーブ唯一の穴だと勝手に決めつけて……掬われた。

 

 

――あれを、決められずに。

 

 

試合の行方が決したのは自分のせいだ――そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

―――何がエースだ!!!

 

 

 

岩泉は拳を強く握り締め、歯を食いしばった。視界は涙で滲んでいる。声を上げて泣き叫びたかった。それでも、彼は必死に感情を押し殺した。青葉城西のエースとして、そんな姿を見せるわけにはいかないと、自分に言い聞かせながら。

その背中に、ドスッッ、と軽い衝撃が走る。そして視界の端に及川の姿が視えた。

それを確認するよりも早く後から続く衝撃。

花巻が、松川が、ただ、しっかりと背中を叩いてくれる。

それは慰めのつもりではなかった。エースとして、顔を上げろ――そんな無言のメッセージが込められているようにも思えた。

 

 

――まるでそれが青葉城西の「らしさ」だと言わんばかりだった。

 

 

岩泉はぐっと息を飲み込み、涙を拭って顔を上げた。視線の先には、試合が終わった今でも声を枯らして応援してくれているチームメイトたち。ベンチから立ち上がり、惜しみない拍手を送る仲間たち。会場の片隅に陣取る保護者や応援団の姿。

 

 

【……顔を上げなくちゃな】

 

 

自分にそう言い聞かせ、岩泉は静かに前を向いた。どれだけ悔しくても、ここで終わりじゃない。青葉城西の一員として、最後までやり切った自分たちを信じ、応援してくれた全ての人たちに礼を尽くさなければならない。

岩泉も一歩前に出る。全員が一列に並び、及川の号令の元。

 

 

【ありがとうございました!!!】

 

 

深々と頭を下げた。言葉にする必要はなかった。肩を叩いてくれた仲間たちも、観客席の誰もがその意味を感じ取っていたからだ。

誰もが手を合わせて惜しみの無い賛辞を贈る。

涙なしには見られない、と選手らに負けないくらいに涙を流しながら。

 

 

青葉城西高校

 

春高宮城県代表決定戦  準決勝敗退

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青葉城西が戻った事で、改めて喜びを爆発させるのは烏野だ。

最後に円陣を組もう。全員で、と集まろうとした時に。

 

 

「翔陽、遅いぞ」

「うらうら、ノヤ! なーに遠慮してんだ??」

 

 

田中と火神が2人に声をかけて、手招き。それがまるでスタートダッシュ! なのか? と思える勢いで駆け出してきた。

 

 

 

「「うおっしゃああああ!!!」」

「ぐおおおっっ!!」

 

 

 

日向と西谷は、田中1人に抱き着いたのである。

 

 

「いや、何でだよ! せめて片方は火神の方にいけよ! つーか日向は火神の方だろ!!」

「「あははははは!!」」

 

 

子供の様に燥ぐ2人。

火神はシレっと回避していたのだが、それにも田中は文句をつけて―――田中先輩なら2人とも支えられる! と信じてました!! と弁明をする火神。

それに気を良くして――――と場は、残った烏野一色に染まる。

 

 

そんな姿を目に焼き付ける様に見据えるのは青葉城西の2年生たちだ。

 

 

「……よく目に焼き付けとくぞ」

 

 

矢巾は残っていた2人、渡と京谷に告げる。

眼は真っ赤に張れ、涙も乾かぬままに見続ける。

 

 

「この借りは―――2年(オレ達)が必ず返す」

「「……おう!!」」

 

 

頼もしくもあり……それでいて終わりである事を否が応でも実感させられて、及川は少し寂しく……そんな頼もしい2年生たちの背中を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し―――時間がたち。

もう両チーム共にコートを後にした。続くのは女子たちの試合だろう。長々と居続けられないから、もう撤収したのだ。

 

だからこそ、思わず対面してしまう事なんてよくある事。

 

 

「「…………」」

 

 

相対し、対面したのは金田一と影山、そして金田一の横には国見も居た。

ある種因縁と言う意味では、この3人は両チームの誰よりもあるのかもしれない。影山を拒絶したバレー。独りよがりだと切って捨てたバレー。あの時の事は間違えているとは思っても居ないし、今でもそう思っている。

 

だけど……今日、その影山が居る烏野に負けたのだ。

チーム競技だ。影山どうこうと言う事はもう既にない事は解っているが、それでも……中々割り切れるものではない。敗北直後である事を考慮してもそうだ。

 

 

そして影山は何も言わず無言のまま、2人を横切った。

及川の様に煽る程に性格が悪くないつもりだし、何より敗者にかけて良い言葉が無いのは自分でも解っている。敗北を経験した者であれば、誰もが解っている筈だったから。

 

 

 

横切る影山に対して……。

 

 

「影山!!!」

「………!」

 

 

金田一は声を上げた。

そして影山も振り返った。

 

金田一は身体を震わせるだけで何も言わない。……言えない。

ただ、言わんとする事は察している。それを代弁する様に国見がいった。

 

 

「『………次はぜってー負けねぇ』……ってさ?」

 

 

国見に言われるまでも無い。

金田一の姿は雄弁にそれを語っていたから。なら、影山が答える言葉は一言だけだ。

 

 

「……おう!」

 

 

 

 

 

国見はそう言い残し、身体を震わせる金田一の背を叩いて戻っていった。

その言葉を重く重く影山は受け止める。

火神が言っていた『負けられない理由』。その重みを、影山も実感していたのだった。

 

 

 

 

 

「うおらぁぁあぁ龍―――!!! おまえら~~~~!!」

「姐さん!!」

「うおっっ! って大声で名前呼ぶなよ恥ずかしいだろ!」

 

 

観客席で応援していたメンバーたち。

田中姉、谷地、嶋田、滝ノ上らが下りてきた。

まだまだ他チームに比べたら物凄くささやかかもしれないが、烏野の援軍である。

 

 

「漢見せたじゃねぇか龍! よくやったぞコラぁ!」

「ぐおおっっ!」

 

 

ヘッドロックで頭をぐりぐり~~とする田中弟。

西谷も笑顔でそれを見守っていた。

 

 

似ているなぁ……、と何処か遠い眼で見ていた山口や月島に対しては滝ノ上と嶋田のコンビ。

 

 

「良いサーブだったぞ、忠!」

「ありがとうございます!!」

「ツッキーもナイスだ! こっちは嫌なブロックだったぞ!!」

「……はぁ、どうも」

 

 

労い、激励の言葉を残す。滝ノ上の方は正直微妙な気がしなくもないが……非常に疲れてしまってる月島は最早考える事を辞めてるのである。

 

 

「日向! 影山くん!! 最後の凄かった! 日向が最後決めて凄かった!!」

「さんきゅー!」

「あざっす!」

「それに火神くんのレシーブ!! すごかった!! あんなの砲弾だよ! 受けたらしんじゃうよ! そくしだよ!! そんな火神くんはどこへ!!?」

 

 

興奮冷めやま無いのは谷地である。

それはそうだ。

まだまだ素人マルだしな所のある谷地だが……それでも尚心に来るものがあった。それ程までの試合だったからだ。

 

胸を打ったのは最後の日向が決めたスパイクもそうだが、それ以上かもしれないのが、あのレシーブだった。

一番会場が沸く、と西谷から教えられた事もある。

その意味が、本当の意味で分かったかもしれないレシーブだったから。

 

 

「ってアレ? 火神くんは??」

 

 

興奮冷めやまぬ谷地は、キョロキョロと周囲を見渡した。

火神の姿だけがここに無かったからだ。一言二言三言……幾らでも谷地に出来る最大級の賛辞の言葉を送りたい! と思っていたのだが……。

 

 

「誠也は便所。……試合終わって過ぐに危険地帯に赴く、正真正銘の戦士なのです……」

「ほぇぇ……(うん? きけんちたい??)」

 

 

笑っていた日向だったが、何故だか菩薩の様に両手を合わせて拝むポーズをする。

影山は『何言ってんだ? お前』と疑問を口にするが、それに日向が答える事は無かった。

 

 

 

―――そして、この場に居ないのは火神だけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

試合後の熱気がまだ収まらない廊下。

扉の向こうからは、少し離れていると言うのに烏野の応援団と選手たちの声が響き、賑やかさが漏れ聞こえてくる。

日向が谷地に説明した通り、火神はその場を離れ、静かに危険地帯……ではなく、トイレへと向かっていたのだ。

 

そして鏡の前に立つと、ゆっくりと洗面台に手をつき、目の前の自分と向き合った。

 

 

「……勝った。勝ったんだ……っ」

 

 

前回の敗戦……脳裏に刻み付けている。

悔しくて苦しくて……思わず鏡に頭を打ち付けてしまったあの時の記憶。その痛みまで鮮明に思い出せる。

それらが全て糧となり、今日と言う日を超えられたと改めて実感した。

 

 

「……翔陽は、きっとトイレ(ここ)を今でも危険地帯~とか言ってるんだろうな。そんな訳、無いのに」

 

 

笑みと共に、自然と目頭が熱くなる。

火神は鏡越しに自分の顔を見つめた。頬を伝う涙を誰にも見られることなく、そっと手の甲で拭う。そして拳を握りしめると、小さく一度、ガッツポーズをした。

 

まだ終わりじゃない。当たり前だが、終わりじゃない。

及川に誓った通り、もう誰にも何処にも負けない。負けられない。

全員の想いを背負って、頂点を羽ばたく。そう決めたから。

 

 

用を足してトイレを出ると、廊下で一人の人影が待っていた。

 

 

「……お疲れ様」

 

 

声をかけてきたのは清水だった。

どうやら、自分がトイレに向かったのを知ったのか観ていたのか、わざわざ迎えに来てくれたようだ。

 

 

「はい。……やりました」

 

 

火神は柔らかく笑みを見せる。

清水に対して……少しでも返せれた(・・・・)だろうか? と僅かに思う。

 

そんな想いをまるで解っていたかの様に清水は笑っていた。少しだけ頷いている姿を見たら、『勿論』とも取れなくもない。だが、そんな訳はないだろう。

 

まだまだ先があるのだから。

 

 

「今回は……大丈夫そうね」

 

 

淡い柔らかな笑みと共に向けられたその言葉に、火神の胸の奥で何かがほっとほどけるような感覚があった。

清水はそっと手を伸ばし、火神の額に触れた。

丁度そこは、あの時ケガした部分。

 

ここで清水が小さく頷いた意味を、火神は知る。

大丈夫そう―――つまりはあの時の事を言っているのだと。

 

 

「その節はどうも迷惑を………」

「――全くよ。ケガを増やされたら普通に困るもの」

 

 

勿論そんな心配してなかったけどね、とまた清水は笑った。意味もなく自傷行為するなんてありえない。ちょっとした揶揄いだ。

 

 

「そろそろ移動するよ」

「はい、わかりました」

 

 

清水と火神は並んで歩き始める。

横目に火神の姿を清水は視た。

 

とうとう、烏野を決勝の舞台にまで―――あの舞台へ立つ為の最後の関門まで来れた。

 

期待する。期待せずにはいられない。……そしてあわよくば。

 

 

 

 

「……春高」

 

 

 

 

小さく小さく清水は口ずさむ。丁度ギリギリ火神には聞こえない声量で。

 

 

 

 

「期待、してるから」

 

 

 

 

そう言って、少しだけ幅寄せをして、そっと火神の手に触れるのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。