王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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ものすごーく遅くなり、申し訳ありません…。 

色々現実はめちゃくちゃ忙しいですが、何とか頑張ります……。


第186話 コンクリート育ち

 

及川は感じていた。

 

この体育館の空気を。その空気はまだ試合の熱が僅かに残っている様に、熱く、熱く感じる。

だからこそ、より強くより深く、傷口に塩を塗り続けるように、塗られ続けるように、悔しさが込み上げてくる。胸が締め付けられるように痛くなる。それでも歯を食いしばる。唇を噛みしめて、耐える。

 

切り替えなければならない。少なくとも―――1人になるまでは。今はまだ自分は青葉城西高校バレー部主将 及川 徹なのだから。

 

胸にこみ上げてくるこの悔しさも何もかもを喉の奥へと押し込み、手早く素早く行動をする。模範とあるべきだから。最後の最後まで、主将として後輩には格好悪いところを見せられない、見せたくないから。

 

 

「バス来たら荷物積んでおいてねー。まだ来てないやつら、今呼んでくるから」

「ハイ!」

 

 

後輩たちに、これ以上気を使わせないためにも、及川は笑って肩を叩いて指示を告げた。

 

及川の努めて明るく振る舞うその声の裏。

 

当然、後輩たちもバカじゃない。及川の苦しみや悔しさは手に取るようにわかる。誰よりも誰よりも前へと出て、誰よりも努力し、積み重ねてきた人だということを、その普段の練習からバレーを通してすべてを見てきたからだ。

 

だからこそ、そんな偉大なる先輩の背をいつまでも忘れまい、と目に、心に焼き付けて、最後の最後まで胸を張って青葉城西へと帰還する。そう決めて行動をすると決めたのだ。

 

 

及川は頼もしくも感じ、そしてもう終わりである事の寂しさも感じながら、後輩らを尻目に速足で駆け出した。

 

 

「!」

 

 

そして――夕日の穏やかな光が差し込む体育館入り口のホール内にて、立っていた一人の男に視線が吸い寄せられてしまった。

 

 

正面。太陽を背に受けて立つその姿に。

 

 

正直、今一番見たくない男筆頭だといって良いその姿に、思わず及川は表情を顰めた。

あと今見たくないといえばこれ以上は影山だろうか。と割とどうでも良い、と言うよりろくでもないことを頭の中で考えては一蹴を繰り返し、その勢いを持って、無言なまま嫌な存在感を放つ男の横を素通りすることにした。

何より敗者が語ることなぞ、持ち合わせていないのだから。

 

 

だが、その男は―――牛島若利は違った。

及川に話があるからこそ、この場に来たのだ。

 

 

 

 

 

「―――忠告だ。及川。もう道を間違えるな」

 

 

 

 

 

牛島の及川への話。

その声は低く、そうまるで岩盤にすら響くのではないか? と思えるほどだった。静かな言葉なのに、重力が変わったかと思わせるような重みがそこにはある。並の選手であるなら、その威圧に対して言葉を選ぶことさえ難しいとなる筈だが、及川がそれに動じるわけはない。

 

それが例え中学時代から自身を打ち負かし、この宮城県内において【最強】の二の字を欲しいままに、その看板を背負い続けている牛島の言葉だったとしても、だ。

ただ、言っている意味がいまいち解らないのは事実だが。……いや、理解したくなかった、の方が正しいのかもしれない。

そんな中で、牛島はつづけて言う。

 

 

「お前は道を間違った。もっと力を発揮出来る場所があったのに、取るに足らないプライドの為に、お前はそれを選ばなかった」

 

 

言われて、言わせ続けて、結局は及川は牛島を無視してそのまま去るつもりだった。

だが、牛島のその忠告(ことば)に、その表情(かお)に、及川の胸の奥にある小さな火種が灯る。

 

 

「つまりそれって、青城じゃなく白鳥沢に入るべきだった――って事でOK? なんだそれ。そもそも成功が約束されたチームなんか無いだろ」

 

 

それでも及川は努めて軽い口調で返す。如何に負けたとはいえ、プライドがある。いつもの調子を崩さず、ただ淡々と牛島へと返答する。

牛島が自信家だと言うことは言われるまでも無い。

嫌という程知っている。それ程までに憎たらしい程までに、関係性は長いのだから。

負け続けてきた身故に、返す言葉が中々に難しい。それでも及川は及川を貫く為に、軽い口調で牛島の言葉を一笑したのだ。

 

そして、牛島はその言葉を受けて表情を変えず眉1つ動かさず尚続けた。

 

 

「少なくとも、今ここでは―――」

 

 

それは歴然たる事実。

揺るぎない現実を及川に知ら占める為に。

 

 

 

 

 

「オレが居る場所(チーム)が最強の場所(チーム)だろうが?」

 

 

 

 

 

確かにその通りだ。

牛島の言う通りである。

それはこれまでの歴史が証明している。これまで積み上げてきた因縁の白鳥沢と言うチームと積み上げ続けてきたこの歴史が、証明している。チーム名こそ、学校名こそ、及川は変わった。

 

中学の【北川第一】

そして高校の【青葉城西】

 

全国を夢見て、幾多の練習を重ね鍛え上げてきて、そして対戦をし続けて―――その全てを悉く跳ね返されてきたのだから。

 

 

―――だが、常人であるならば、負け続けてきた歴史を再認識させることなんて、辛く苦しい筈だろう。でも及川は違った。ただただ―――笑わずにはいられなかった。

 

 

「はっ!」

 

 

自信という言葉を、ここまで自然体で口にできる様な男が他にいるだろうか? 無骨なまでにまっすぐ。知っていた筈なのに、思わず目を丸くさせてしまうのを止められないのはどうしてだろう? とにかく笑うしかない。

 

 

「相変わらず、面白いくらいの自信だな!」

 

 

その笑いは半分は呆れ、そしてもう半分は―――認めたくはないが羨望だったのかもしれない。けれど、確かに及川は真正面から乗り越えることが出来なかった高い壁である、宮城最強の怪物、牛島と向き合う。

 

 

「『取るに足らないプライド』……ね。まぁ、確かに」

 

 

その一点だけは、及川も認めている。

他者から見れば、取るに足らないものなのだ、と言わんとする意味も理解できる。

 

だが、決して譲れないモノはあるのだ。

 

 

「聞けよ。牛島」

 

 

数多の敗北を刻み付けてきた男を前にしても、一切及川は退かない。

例え負け犬の遠吠えと言われたとしても、一切退かないし譲れない。

 

 

「オレは、オレ自身の選択が間違いだと思ったことは一度もないし、何より――」

「…………」

 

 

これだけは、決して譲れない。

何故なら―――。

 

 

「オレのバレーは何ひとつ終わっていない」

 

 

そう、終わっていないのだ。だからこそ、常に自分にとっての最善を選び続ける。自分が信じた道をただ愚直に、真っ直ぐに。そして、その道を誰であろうと否定させない。それが自身のバレー人生なのだから。

 

 

取るに足らない(・・・・・・・)? ―――はッ」

 

 

自虐の意味も少しだけ込めて、及川は一瞬だけ笑うと、すぐに表情を険しく、深く歪ませる。その力強さは牛島の持つ雰囲気のそれに、引けを取らない。

 

 

 

 

 

 

「この取るに足らないオレのプライド――――絶対に、覚えておけよ」

 

 

 

 

 

鋭い眼光、そして牛島と同じとは言えないかもしれないが、同種の自信を胸に、敗北の痛みを乗り越えて吐き捨てた。

 

 

「………?」

 

 

牛島は、じっと及川を見つめたまま黙り込む。

或いは、及川の言葉の真意を、その意味を咀嚼する様に吟味していたのかもしれない。だが、理解が及ばないからこそ、何も言葉が出てこなかったのだろう。

 

及川の取るに足らないプライド。何を以てしても離さないソレは、牛島の論理の外にあるものだ。相反する事はあっても、相容れる事は出来ない。……少なくとも現時点では。

 

 

「そもそもさぁ、キミ? いつも通り自信満々に自分ら最強(サイキョー)とか言っちゃってるけど、あれれ? もう忘れちゃったのかな〜? 牛島くんってばまだ若いって言うのに痴呆が始まっちゃったんじゃないのかな〜?」

 

 

まるでいつもの調子を取り戻した、と言わんばかりの及川のその声は軽やか。

そして牛島がいつも通り(・・・・・)であるように、及川もいつも通りに、どこまでも軽く、そして挑発的な言葉を残す。

表情に浮かぶ笑みの奥には、蔑み憐れみ、そして確かな熱も籠っていた。おちゃらけていて、性格悪しと言われる及川だが、バレーに関しては真摯だ。

だが、牛島にその内情を察しろと言うのは無理な話であり。

 

 

「別に認知機能は問題ない。それにオレとお前は同級の筈だが?」

 

 

まさに及川の挑発はいつも通り暖簾に腕押しだった。

冗談の裏にある皮肉やその意図を理解しようとも考察しようともせず、ただ事実だけを返してくる。淡々と。

及川は牛島の性質くらい解りきっていた筈なのに『そこじゃねぇし!』とツッコミを入れたかった。ーーーが、それをすると話が更に長くなるのが解りきっていたので、そこは口を噤んだ。

 

ただただ、牛島の目を真っすぐに見据えて、その話の意図を告げる。

 

 

「語るべきは現在(いま)。お前の最強(それ)は過去。―――何処まで言っても過去にすぎない。……だろ? 牛島」

「!」

 

 

一瞬、ほんの一瞬だけ牛島の表情が変わった。

そして、空気も変わった。何処か冷たく、試合が終わって熱気も冷めた後の世界が、一気に熱を帯びた様なそんな感覚がする。

 

 

「そうさ。確かに。『白鳥沢は最強』。きっと、宮城でバレーやってるヤツなら口揃えて言うかもね。……極一部を除いて」

 

 

牛島の脳裏に、あの時(・・・)の記憶が鮮明に蘇ってくる。

あの男が、臆さず怯まず、何より笑顔で真っすぐに言い切ったあの言葉。

 

 

『牛島さんが言ってるのは、過去の話です。……今年の話をしましょう』

 

 

決して忘れていた訳じゃなかった。

ただ、牛島は及川には解らないし、伝わらないかもしれないが、そのバレーの技量は、熱意は、そして何よりもセンスは一線を画す。紛れもなくチームさえ違えば、同じチームであったならば、あの優勝旗を宮城の地へ、白鳥沢へと持ち帰る事だって出来る筈だった。それ程までに惜しい、と思っていた。強く思っていたからこそ、及川を目にした時、まるで忘れたかの様に先走って言ったのだ。

 

 

「上見過ぎて足元疎かにしてる様だから言っといてやるよ牛島。それにオレばっか注視してるってとこも矯正しといてあげる」

 

 

牛島は何も言わない。

故に、及川の独断でそれは続く。及川の脳裏にもあの時の言葉は刻まれている。結末が決まった試合なんて1つも無い。だからこそ……あの時の彼の言葉は熱を貰った。初心に還らされ、何より活力へと繋がったのだから。

 

 

「あ~~……先ずはオレの後輩、か。単純バカ。そのスキルの高さに目が奪われがちだけど、その本質は何も変わってない。何よりまだぜーんぜんオレには敵わない。……けど」

 

 

影山は確かに伸びた(・・・)。それも試合中に。伸びしろの果てが見えないのも事実。――が、それを解っていても、認めたくはないのもまた事実。これも及川のプライドである。少々醜いかもしれないが、こればかりは致し方ない。

でも、今は認めなければならない。牛島に伝えるべき事だと思ったから。

 

 

「―――あいつは強くなった。1人じゃなくなったから。バレーは6人でするものだ、ってこんな小学生でもわかるような事を、漸く理解出来たから」

 

 

独りよがりな王様はもう何処にもいない。

足枷になっていたその気性が解かれた。

 

 

影山の先を行くバカと、何よりそんなバカ×2を纏めて導ける様な男(・・・・・・・・・)に……烏野と言う場所で巡り合えたからだ。

 

 

 

「わかるだろ? 牛島。あいつは―――あいつら(・・・・)は強い。間違いなくお前の想像を超える。まさに未知の体感ってヤツだ」

 

 

自然と、牛島の口角が吊り上がる様に感じた。

そして及川もそんな牛島に気付きながらも、続ける。

 

 

――どこまでも真っすぐで、何処までも熱く、その熱を伝導させる。もっとやりたい。眩しく熱く、まるで全てを照らす太陽の様。

 

 

直視し続けたい。どれだけ熱くても、眩しくても……もっともっと高く飛べると思わしてくれる存在だから。

 

 

「カラスは群れで、大きな白鷲を殺すかもね。――――まぁ、それもただのカラスじゃないし」

 

 

及川はそういうと、牛島に背を向けた。

全てに影響を及ぼし、全てに熱を伝える様な男が、烏野に居る。そこから全てが始まったんだと思わしてくれる程に――――眩しい存在。

 

 

火を纏うカラス(・・・・・・・)の群れだ。―――自信過剰マン。精々気を付けると良いよ」

 

 

 

 

 

 

 

及川の言葉の余韻が、空気に静かに溶けていく。

及川の背を黙して見送った後に、牛島の中にある父の言葉が蘇ってきた。

 

 

――強くなれる環境には……色んなヤツが集まる。

 

 

白鳥沢と言う強いチームに、強くなれる環境に身を窶し、全国を経験し、数多を知った気でいた。

だが、それは誤りだった事に牛島はこの時無意識下ながらに気付く事が出来た。

 

自然と、笑みが溢れる。

 

 

【未知の体感】

 

 

心が、踊る様な……今直ぐにでも動きたくなるような、熱量を覚える。渇望して止まない事でもあった

 

 

「…………」

 

 

牛島も及川に背を向けた。

あとはもう言葉はいらない。残す事も無い。

ただ全てを想い行くままに―――堪能するだけだなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かな総合体育館。

本日の全日程、全ての試合が終わり、熱気も収まり静寂が広がっていく。

その静寂さの中で日向は1人天井を見上げていた。

 

 

「(日向? 何してるんだろう……??)」

 

 

その仕草の意味がいまいちわからない谷地だったが、日向に声をかける事はなぜか出来なかった。時折見せる日向の見えない圧力。それが今まさに展開されている様にも見えたからだ。

 

 

「―――――」

 

 

天を見上げ、思い返すは目の前に立ち塞がった男……圧倒的な体躯を威圧感を誇る男

 

【王者白鳥沢 牛島若利】

 

 

『やはり、痩せた土地では限界がある』

 

 

あの日の、あの時の言葉が、日向の脳裏に過ぎる。鮮明に蘇ってくる。

まるで眼中にない。自分の事なんか見ていない。―――そう、まるで道端の雑草を見るかの様に。

無論、痩せた土地と言われた事もそうだが、自分と言う存在を全く見られてなかった事も相当に悔しかった。

確かに火神は見られていたが、それは個人としてだ。チームとして……烏野として見られていなかったのが、どうしても悔しかった。

 

 

 

『何か気に障ったのなら謝るが、青葉城西に負け、県内の決勝にも残れない者が何を言っても、どうとも思えん』

 

 

そう、あの時は本当に道端の雑草に過ぎなかったんだ。

自分達は負けたから。……最後の最後で、負けてしまったから。

 

痩せた土地、コンクリートで育ったが故に踏み荒らされるだけの存在だった。

だからより【お前たちじゃ無理だ】と言われている様で、胸の奥が更に焼けた。

 

 

でも、あの日から足掻いて、足掻いて、走って、走って――――飛んで。

そして今―――挑戦権を得てここへ立っている。

 

 

「どうした? 天井に何かあるのか? 翔陽」

「ッ!!」

 

 

ぽんっ! と頭に乗るのは大きな大きな手。

いつの間にか、戦場(トイレ)から戻ってきた火神が傍に来ていた。

戦場(トイレ)から帰還した戦士(誠也)を労う~とかつい先ほどまで言っていたのに、もう日向の頭の中にそれはもう無かった。

 

因みに、火神は谷地がちょっぴり怯えだした(様に見えた)のを見て、日向の現状に気付いた、と言うのはまた別の話。

ただ、天井を見上げているだけではない事くらい、日向の様子を見ていれば解るから。

 

 

「なぁ誠也」

「うん?」

 

 

戻ってきた火神に対して、日向は視線を向けずにそのままの姿勢で聞く。

 

 

あの時(・・・)烏野(オレら)を見向きもしてない。そんな感じだったよな?」

 

 

日向が言わんとする意味。

主語が無く、あの時? と普通ならば疑問符を浮かべるのが普通だろう。―――が、火神には当然解っていた。日向が何を言いたいのか。あの時とはいったいいつの事なのか。全て、解っている。

 

 

「―――ああ、確かに。そんな感じだったな」

 

 

日向の言葉に肯定し、共に視線を前へと向けた。

そこにあるのは、大きな大きなトーナメント表。数多のチームが鎬を削り、優劣が決まり―――軈て1つに決まる。

そして今。残っているのはたったの2チーム。

無数のチームを破って破って、決勝の舞台まで来た。

 

 

「……で、今は違うよな? 無視できねー場所にまで来たんだな。オレ達」

「当然」

 

 

日向だけじゃない。

皆が思い描き、最後の最後、宮城と言う場所では必ず頂点を争うであろう王者の前に立っている姿を、夢想していた。

それはあの月島でさえも、実は例外ではない。

 

 

 

「コンクリート育ちの力、見せてやる!」

 

 

 

強く、固い。

そんな決意を胸に、日向は言い切った。

火神もそれを聞いて仄かに口角が上がる。

自身もコンクリート育ちの一部なのだから。

 

 

そして、何よりも―――あの時の誓いを果たす為に。

 

 

『あの時言った言葉に嘘偽りはないつもりです』

 

 

嘗て、牛島に言った言葉。

その意味は恐らくあの場に居た影山も、日向も解らない。

それは、牛島と自分だけ……厳密には鷲匠監督の存在もあったが、少なくとも火神は2人だけのものだと解釈している。

白鳥沢へスカウトが来たあの中学の時。

 

まだ、高校ででもバレーをするかどうか、本当に悩んでいていたと言うのに、及川や牛島と言ったビッグネームが会いに来てくれたあの時、気分は最高潮になったからなのか、火神はハッキリと言い切ったんだ。

 

 

【どちらかと言えば、僕は、牛島さんとネットを挟んで競い合いたいです。それがどうしようもなく……楽しみで仕方ないんです】

 

 

あの時は、確か高校でもバレーをやる、と決めてない筈なのに、ハッキリと言い切った。

向かう先は烏野。それを聞いた時は、正直実現しないだろうな、と鷲匠に言われたが、それでも火神は首を横に振った。それも飛び切りの笑顔で。

 

その笑顔を見た2人は思わず身震いしてしまう様な得体のしれない圧力。

それを携えて、火神は言い切ったのだ。

 

 

 

【きっと近い未来、実現しますよ。――――必ず。だからその時を楽しみにしてます】

 

 

 

 

 

そして、今―――舞台は整った。

 

 

春の高校バレー

宮城県代表決定戦。

 

決勝

 

烏野高校 vs 白鳥沢学園

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの道中、バスの中。

これまでの熱気が全て嘘だったかの様に、静寂が車内を包んでいた。高揚感の余韻はバスのエンジン音だけ、と言わんばかり。その振動に溶けてゆく。

今日は白熱の連戦だった。

 

和久谷南高校。

青葉城西高校。

 

極めてハードな相手に打ち勝ち、そして終えた。文字通り選手らは「出し切った」状態だった。

 

多くの選手たちはシートに身体を預け、眠りに身を落としている。

誰かが寝返りを打てば、ヘッドレストが軽く揺れる。また寝相が悪いのか、腕を振るう者も居る様だ。頭にクリーンヒットしたような乾いた音が響いたりしたが……それでも起きる気配が見えない。つまりは爆睡している、と言う事だろう。……ただ一人を除いて。

 

 

「~~~っとに、翔陽(こいつ)はもう……」

 

 

まるで水泳のクロールでもしたのか? と言いたくなるような腕の回転による遠心力を付けた一撃が、火神の頬にバシンッ! とジャストミートしたのである。それも何度も。

 

 

『○×泳法~~!』

 

 

みたいな寝言が聞こえた様な気がしなくも無かった。

如何に極限の疲れて眠っていたとはいえ、限界と言うものはあり、流石にそれを無視して眠りの世界へ居続ける事は出来なかった様だ。

でも、やはり眠い。日向の手をシートベルトでも使って縛ってまた夢の中へ―――と向かおうとしたその時だった。

 

 

「やはり……皆、爆睡ですね」

 

 

バスを運転してくれている武田の小さな声がギリギリ届いてきた。

その声が、火神が夢の中へ向かう直前に、引き寄せ手繰り寄せられる。

 

 

「そりゃ、無理もねーわ。強敵相手に2試合だもんよ。どんな疲れ知らずだったとしても、どんな鈍感なヤツだったとしても、アレだけの試合すりゃ、神経の1つや2つ、擦り切れても不思議じゃねーな」

 

 

烏養は口元だけ笑いながら、選手らに気を使い、小声で武田の声に応える。

熱く燃えるような試合を選手らは魅せてくれた。その余韻は烏養の中でもまた、燻っている。この熱い気持ちをそのままに―――次の決勝へ向かわなければならないだろう。

 

 

「……とうとう、ここまで来ましたね」

 

 

武田がぽつりと零した。

烏養同様に武田もまだ熱に当てられている。余韻も胸にあり、このまま何時間でも運転していられる! と思える程に目は冴え渡っている。……無論、安全運転で。

 

 

「ああ、そうだな。……だからこそ、先生には本当に感謝してるよ」

「!!? なっ―――……こほんっっ」

 

 

突然の感謝の言葉に、不意に告げられた言葉に武田は慌てて声を上げそうになる……が、何とか押し殺した。

そして声のトーンを考えて調整して、武田に聞き直す。

 

 

「なんです? 突然!」

 

 

武田は本当に解ってないのか? と烏養は苦笑いを見せた。自身がしでかした事の大きさが、と。

 

 

「オレの爺さんが引退してから……言いたかないが烏野はまさに【落ちたカラス】だった」

 

 

散々言われ続けた。

【落ちた強豪】【飛べないカラス】

その不名誉な呼び名が、烏野に夢を見るどれだけの選手たちを苦しめてきたか……。何より、烏養自身も歯痒い気持ちがあった。一生に一度しかない高校と言う舞台。それを過ぎた自分達が払拭する事なんかできる訳がないし、ある種の諦めな気持ちも持っていた。

 

 

「それでも、烏野はまた(・・)飛べた。―――それは、先生が居てくれたからだ」

「ッッ!!??」

 

 

混じりッ気の無い本音。

それを感じたからこそ、武田は動揺を隠せれない。運転時でなければ思わず飛び上がってしまう所だろう。

 

 

烏野(ウチ)みたいに暫く何のツテもなかったチームが音駒との練習試合が出来た。――そして東京の強豪たちとの切磋琢磨。ああいう強ぇ奴らと渡り合う機会をくれた。こればかりは恵まれてるとしか言えない」

 

 

途切れかけていた糸を、武田が執念で手繰り寄せてくれたのだ。

 

 

「鍛錬にゃ相手が絶対に必要だ。どんだけ自分達だけでやっても限界があるからな。――だからこそ、音駒との繋がりを取り戻せたのは、選手(こいつら)が思ってるよりずっとでけぇ事なんだ」

 

 

自分でも少々臭い事を言っている自覚は烏養にもあった。

だけど、止まる事はない。本当の本音だから。

 

 

「めげず腐らず止まらず、先生が突っ走ってくれたから今がある。烏野はもう一度高く『飛ぶ』準備が出来た。―――何度でも言うぜ先生。あんたはすごい事をやってくれた」

「ッ、ッッ! あ、いや! そんな―――ッッ」

 

 

堪えきれないものが、胸の奥から溢れる様な感覚が武田にはあった。

空回りだったかもしれない。最高の素材でもある、今代の烏野の皆を――――腐らせるような事になるかもしれない、と思った事は何度もある。

今、烏養が言ってくれたこの瞬間、報われたような気がして、思わず目頭を押さえてしまう。

 

 

だが、今じゃない。

 

 

「明日」

 

 

そう、まだ終わっていない。

寧ろ、始まったばかりとも言える事なのだから。

まだ地を蹴って飛んで、飛んで―――中間地点程度。この程度で終わるのは勿体なさ過ぎる。

 

 

「――明日、勝ってから。また存分に褒めてくださいよ」

 

 

それまで、感涙はお預けだ。

烏養はニヤリと笑って頷いた。

 

 

「確かにな」

 

 

 

静寂。寝息や鼾が響く中での武田と烏養の静かなやり取り。

偶然とはいえ、火神は耳にし―――そして烏養同様に武田に感謝を、そして勿論烏養への感謝も忘れずに胸に仕舞いこんだ。

 

 

解っていた筈だった。でも改めて実感した。

 

 

確かにバレーは6人でやるもの。でも、それだけじゃないんだ。

先生が居て、コーチがいて、応援してくれる皆がいて―――全てが揃って初めて大きな舞台に立つ事が出来るのだと。

 

 

「………ありがとうございます」

 

 

小さく小さく声を出す火神。

あの大人の2人の会話に入り込んで、感謝を伝えるのは……違う。無粋と言うものだ。だけど、感謝は言葉にしたい、と火神は思ったのだ。

だから、誰にも聞かれないくらい小さな声で―――火神は武田や烏養に対して感謝の言葉を述べた。

 

 

そんな時だった。

 

 

「んゆぃ……」

 

 

変な体勢で眠っている日向の方から声が聞こえてきたのは。

どうやら寝言を言っているらしい。疲れていて深い眠りの様な気がするのだが、どうやら夢でも見ているのだろう。

 

 

「あし……、しあい、だぞ………」

 

 

どうやら、日向の中では既に次の試合が―――白鳥沢戦がもう始まっている様だ。

つい先ほどまでは、太平洋でも泳いでるのか? と言いたいくらいだったのだが、日向らしいな、と思わず火神は笑いそうになる。

でも、次の言葉で思わずぽかん、とした。

 

 

「せい、や。よふかし、すんな―――……、ちゃんと、ねろ……よ」

 

 

どうやら、夢の中には自分自身が居るらしい。

そしてあろうことか、自分に対して早く寝ろ、と言っている様だった。

 

小学校の時から、そして中学でも、事あるイベントの時に(勿論バレー関係)、何度も何度も電話をかけてきては、明日に備えて寝た方が良い、と言い続けてきた記憶が蘇る。

そう、その台詞―――言い続けてきたのは火神の方である。

 

 

「あしたに……ひび、く……だろぉ、…………むにゃ」

「……全く、一体どの口が言ってるんだか」

 

 

自分の都合の良い形になるのが夢と言うものだ。なので、ある程度は致し方なし~と思わなくもないのだが、流石に所謂『お前がいうな』と言いたくなる……が、ある意味間違えてはいない。今、この場で眠っていないのは烏養や武田を除けば自分だけの筈だから。

火神たちからは見えないが、マネージャーの谷地や清水も疲れて眠っている。

 

 

「………」

 

 

ちらり、と今どこをバスが走っているかを確認し……小一時間以上はまだ眠る時間がある事を確認する火神。

 

 

「ん。でも言われた通り……オレも寝るか」

 

 

ポジションを確保し、再び眠りの体勢へ。

少しでも多く寝て、体力回復へと務める。以前これも日向に自分が言った事だ。

 

 

 

「……ってか、そもそも寝るの邪魔したの翔陽なのに」

 

 

 

最後は日向のクロール攻撃で起こされたのに、とやや理不尽に感じながらも、ものの数秒で再び眠りにつくのだった。

 

 

 

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