これは想定外。
本当に想定外。
知らなかった出来事、と火神には言えるかもしれない。
見事、影山の後頭部を打ち抜いたボールは、日向のサーブの勢いそのままに―――日向の方へと還っていき、今度は日向が顔面を打ってしまう結果になった。
「ぐへぇっ!? はぁ!?? なんでボール戻ってくんだっっ!?」
そして日向の言葉を聞いて、皆初めて理解した。
普通なら耳を疑う所だが、日向は影山との速攻で何度もやってるから直に連想出来たのだ。
【コイツ、目瞑って打ったんだな?】と。
「……か、影山。だいじょーぶか??」
「………………………」
ネットに顔面埋めてる影山。何だか、効果音が聞こえているのは気のせいだろうか。
【ゴゴゴゴゴゴ……】と腹の底から、……地の底から唸り上げる様な そんな低くも殺気MAXの怒号が。
とりあえず、皆固まってて火神が一番早くに動けたので、影山を引っ張り上げる様に戻した。
「か、影山? 気持ちは判る。イキナリ頭やられたら誰だってそうだ! きっとそうだ!! でもな、そこを何とか落ち着いて! 本当に始まったばっかなんだけど、とりあえず一度クールダウンをだな……」
「……………オレ、何か言いましたっけ?」
澤村も慌てて抑える様に影山に寄ってくるが、影山の何処までも低い声にあろう事かキャプテンまで怖気づかせてしまっていた。澤村が【ひぃっ!】と小さく悲鳴を上げるなんてレアそのものだ。
「(一発目は全然想定してなかった!)た、タイム、タイムお願いしますっっ!!」
菅原に、武田にジェスチャーを必死に送って促す火神。
放心しかけてた外の皆も状況コンマ数秒後には理解して、頷きながら主審にタイム要求。まさかの幕開けだ。
「(力抜かせる為、緊張を少しでも緩和する為の最善策だって思ってたケド、まさかの落とし穴だよ! コレ!! 火神は責任感じそうだし、影山は爆発しそうだし!? ほ、他のヤツまで責めたりすんなよ……!)」
タイム要求をした後に、爆発寸前の危険物処理担当に臨時で、臨機応変になった菅原がスタンバイしている所で、沈黙を破っていた田中・月島組が動き出した。
「……プッォハーーーー!! ぅオイ、後頭部大丈夫か!? ぶあっはっはっは!! てか、ネットに絡まって漁業か!? ついに影山も捕まっちまったか?? トビウオか!?
「ぷっすーーーナイス後頭部! ナイスお魚さん!」
「煽るのダメだっつーーの!!」
「こらこらこら、ヤメロお前らっ!!」
「とりあえずとりあえず、いったんベンチに行こうか!? 落ち着け落ち着け、えーと素数を数えてだな……」
「考えさせちゃダメでしょーー? 火神くん。今きっと頭ぐわんぐわんよー」
「いい加減にしとけっ! 月島!!」
ここまでチームがお祭り騒ぎになって漸く、日向は事態を把握した。
「―――――やってしまった」
自分のサーブが、あろう事か影山に命中したという事実を。それも渾身の一発だったのは覚えている。日向の脳内ではサービスエース。火神のジャンプサーブの様に相手コートに突き刺さる予定だったんだけれど、突き刺さったのは、影山の後頭部だった。
確かに影山をぎゃふんと言わせたい気持ちは日向にもあったし、更に言うと金田一に言ったように、日々虐げられていると言っていいから、積もり積もる部分はあった。だけれど、その借りはプレイで返してこそ。攻撃的に、物理的に返すの等もってのほか。ミスをしていいとは言われていても……、それでも 1点相手にタダで上げた挙句に影山の逆鱗に触れたともなれば、日向にとっては死活問題。
それに、金田一が言っていた【勝つために要らないモノはポイッ!】発言も頭に残って新しい。頭に直撃させた挙句に1点失ってしまった。そう判断されてもおかしくない。
「……………」
「あっ、オイ影山! ベンチあっち! まずこっち来いって! ほら、怪我してるかもだし」
色々と頭の中でごちゃごちゃと考えを巡らせ、打開策を探している内に影山は動いた。
その日向よりも遥かに大きな体を、左右に揺らせながら、まるでオカルト映画に出てくる幽霊? か何かの様に ヒタ、ヒタ、と近寄ってくるのは、本当にホラーだ。
「ま、まてまてまて 話せばわかるっっ、お、オレ力いっぱい いっちゃって、ボールぜんぜん見てなくてっっ!」
言い訳をしようと必死に必死に言葉を重ねつつ 考えるが、なかなか良い感じの弁明が浮かばない。
そうこうしている内に、影山が真正面にきた。
「………………お前さぁ」
物凄く低い声。
聞くだけで汗が噴き出そうな、全身から血の気が引くような感覚を日向は味わっていた。慌てていて、バタバタと動いていたのに直立不動になって動かなくなった程だ。
「前ん時もそうだったよなぁ。……ビビってビビってビビりまくって、挙げ句 腹痛起こしてトイレん中籠ってたっけなぁ?」
「ッ………ハイ」
「前ん時といい今といい、……一体何にそんなビビって緊張してんの?? 相手がデカいこと……? 初めての練習試合だから……?」
目が据わってる。常に真顔で見方によれば怖い影山だが、これは更に怖い。
知っている筈なんだけれど、予備知識のある火神でも、正面から見るのを躊躇っちゃってた程のものだ。
「それにさぁ、いつも直ぐ傍にでけぇすげぇ奴が居たってのに、なんで学習しねぇの……? 気がゆるむって甘えだろ………? 俺の後頭部にサーブブチ込んどいて、まだ――――甘えたいとかいう気?」
「――――イイません。デキません」
影山に甘えるなんて、それこそ別の意味でホラーだろ! とツッコミが来そうだったが、そこは誰も何も言わなかった。まだまだ見守る事にした。澤村も菅原も、火神も。……田中と月島組はさっさとベンチへ連れ込んでるので言わせない方向である。
「あぁぁ、あとさぁ。ビビるって事は 恐いって事なんだろ……? 今もブルってんもんなぁ? 恐がってんだよなぁ? ……つまり、オレの後頭部にブチ込んだ事はお前ん中じゃ恐ぇって事だなぁ? 恐ぇからビビってるって事だよなぁ? ――――それ以上に恐い事って、ある?」
「――――すみません。とくに、おもいあたりません」
「そうぉかぁ……、じゃあ、もうビビる必要も緊張する理由ないよなぁ。今後一切する必要ないよなぁ……、もうやっちまったもんなあ!! 一番恐いこと!」
自分の後頭部をスパンっ、スパンっ! と叩きながら迫る影山の眼力はすさまじいの一言。
日向は脂汗、冷や汗だらだら出てる。蛇口ひねったみたいに。
「それじゃあ――――、こっからは通常運転のみだ!! バカヤロ――ッ!! これ以上くだらねぇ事でチームに迷惑かけんじゃねぇぞボゲェぇ!!!」
「――――――っっっ!!?」
耳がキーーーンッ! となる怒号を浴びたが、それだけだった。
止めに行こうとスタンバイしてた菅原も火神も澤村も、きょとんとしていたが、とりあえず安心出来た。
「あ、アレ? そんだけ?? 今のヘマは無しにしてくれんの?」
「―――あ゛あ゛? 無しにしてやると思ってんの? なら、次から自分の後頭部気を付けとけよ」
「――――ゴメンなさい。カンベンしてください」
日向も十分反省した模様だ。影山がこのくらいで許してくれたのは本当に良かった。……全力フルスイングなのでそれなりに頭痛い筈なのに。
火神が怪我の有無を確認するが、影山は【あんなヒョロヒョロ球で怪我するか! 鍛え方が違うんだよ!】と言っていた。
頭は鍛える(物理的に)事は出来ないと思うが、それは言わなかった。
影山もある程度はスッキリ出来たようなので、火神が間に入った。……と言うより日向に向き合った。精神論とかではなく一応 事実確認とその注意をする為に。
「とりあえず翔陽……、確かにオレは思いっきりいって固さをとれ、って言ったつもりだけど、目を瞑れ! とは言ってないぞお前……」
「うぅ………、お、思いっきりと言えば ソノやりかただったんで……」
「アレは影山がボールを持って行ってくれてるから成立するもんだし、スパイクは叩きつける為にするんだろ? サーブで味方コートに叩きつけてどーすんの。せめてホームランにしとけよ……」
「ハイ……、ゴメンなさい。(うぅ……オレのせいで……。一緒にやってきた せいやがこんなにしっかりしてんのに……、オレ、ちゃんとしなきゃいけないのに…………最後まで出たいっ……)」
一応リーダー職を任されてるので、出来る所はする。言うべき所は言う、と言うスタンスを貫いてる火神。
反省の色は十分見えたので、もう終わりにしようとした所で 一頻り笑って満足した様子の田中もやってきた。
「おうコラ日向!!」
「はいぃぃっ!! ………ハイ」
田中に凄まれたら日向も正座する以外道がない。あの時の影山も恐怖だが、威圧においては田中も十分に恐いので。
「……オマエさ。火神の説教ん時、【オレも上手にやんなきゃいけないのに】とか思ってただろ。思いっきり顔に出てたぞコラ」
「う、うぅ………、だって オレが一番足引っ張って…… ちゃんとやらないと交代させられるから……」
しょぼん、とする日向をじろりと見下ろしつつ、大きく息を吸い込む田中。
そして、思い切り吐き出す様に日向に向かって言葉を放った。
「なめんなよ!! お前がヘタクソなことなんざ最初から判り切ってる事だろうが! (オレみたいな)天才たちを前に目が眩んじまうのは判らんでもないが、いきなり出来るワケねーだろうが! それ、全部わかっててお前の事入れてんだろ!? 大地さんは!!」
「え゛……??」
田中はそう言うと火神の首に腕を回して、抱き寄せる形をとった。
男に抱き寄せられて喜ぶ趣味は無いんだけれど、とりあえずされるがままな火神。
「確かに! お前が思ってる通り、コイツはおかしい!!」
「……いや、おかしいって……」
「日向と同中な癖して、メチャクチャやりやがる!! いや、ほんっっっと判らんでもない!! 特に潔子さんの事とかな!!!」
田中の発言を聞いて遠い目をするのは菅原と澤村。
「……絶対アレ、私怨入ってるな?」
「違いない……」
「……………」
当の清水は、ただただ無言を貫いていた。
「今、コイツと同じことやれって言われても無理。無理なもんは無理だ! ぜぅぇぇったいに無理! んで、それで交代させられたとしたら――――そん時に考えろ!!」
「ええっ………」
「いいから余計な心配すんじゃねぇ! 頭の容量少ないくせに! 良いかァ、バレーボールっつーのはなぁ! ネットの【こっちっ側】に居る全員、もれなく【味方】なんだよ!!」
腕を回されてる首にそろそろ痺れや痛みを感じ始めた火神だった。特に清水の件では一際力が増した様に感じて、小さく悲鳴を上げていた。
でも、田中先輩の名言をこんな間近で聞けて感動もしていて、痛みも何処かへと吹き飛んだ。
「ヘタクソ上等だ! どんどん足引っ張って迷惑もかけろ!! それを補ってやる為に、オレ達チームがいるんだろうが!! 特に、【先輩】のオレ様がな!!」
「ぉ、おおおおお!!」
「流石です! 田中さん! いやいや、田中先輩っ!!」
「わははは! そーだろそーだろ!」
「感動しました! ……なので、そろそろ離してください!」
「わははは! 日向も言ってからだ! 【田中先輩】とな!」
痛みは吹き飛んだけれど、現在継続中なので新たな痛みとなって更新されるので、早期解放を願ったんだけど、田中の要求は日向にも、との事だった。日向は言われるまでも無いようだ。
「田中先輩!」
「わははは! ほれほれ、もう一回!!」
「田中先輩!!!」
「わーーっはっはっはっは!!」
「痛いです、田中先輩!!」
「がーーーっはっはっはっはっは!!!」
楽しそうに(約一名やや苦しそうに)話が盛り上がってるのを見て安心する。武田も止めようか止めまいか、とおろおろしていたが、上手く纏まったようなので一安心していた。
「あれ、先輩って呼ばれたいだけだな。んでもって、自分で清水の名前出して思い出して、ちょっぴり嫉妬向けてる、ってトコか」
「うん。まぁ、後半は置いといたとしても、田中が居てくれて助かったよ。ああいうのって、絶対裏表とかなさそうな奴が言うから、効果があるんだろうから。日向の顔色も大丈夫そうだ」
と言うワケで、何か有意義なタイムだったか? と聞かれれば、客観的に見たら有意義とは言い難い。でも、日向の顔色が戻ってるのを考えたら最高の終わり方だと思う。
何せ、まだ第1セットの序盤の1点リードされてるだけ。本当にただ始まったばかり。下手なミスで更に追い込んで………となったら、もっともっと大きくリードを許しているかもしれないから。下手すれば、1セット取られるくらいに。
だから、今のあの影山へのスパイクショットも終わってみたら良い結果だ。……影山には申し訳ないが。
「おいおーい、後で後頭部狙うサーブ教えて! すげースッキリしそうだ」
「く―――――っっ!」
「あ、ボクにも教えてね~。王様狙うの面白そっっ」
「はぐぅ――――っっ!!」
無論、暫く日向がイジられたのも言うまでも無い事である。
気を取り直して第1セット仕切り直し。
影山からの日向への指示もばっちりだ。
――勿論、内容は3対3の時と同じ。ブロックの居ない所へMAXスピードとジャンプでフルスイング。他の人にぶつかるのはNG。
日向も上手く緊張も解け、今はただただ集中している。――時折見せるすさまじい集中力を発揮している。……だが、今は後衛なので本当の意味での出番はまだ少し先だが。
相手のサーブから試合が再開し、ボールが飛んだ先には火神が入った。
普通のフローターサーブ。
「火神ッ!」
「っ……!」
強烈なのを意識していたのは間違いないが、決して油断せず影山へとAパスで返す事が出来た。
「ナイスレシーブ。……田中さん!」
「おっしゃぁっ!! ごっつあんでーーす!!」
レフト・ライトも動いていたが、田中にブロック2枚つかれた。
だが、物ともせず力いっぱい打ち込んだスパイクは、相手の手に当たりつつ相手コートに叩きつけて1点返し、カウント1-1の本当の意味での仕切り直し。
【おーし!!】
全員集まって円陣。
月島は嫌そうな顔してたが、火神が連れてきて輪に加え、日向はただただ笑顔だった。
その後――シーソーゲームが続き、カウント4-5で烏野のサーブ。
サーブは……火神。
「いっけーー、せいやーー!」
「頼むぞ火神!」
日向を始め、澤村達のエールも貰う火神。無論口には出さずとも、影山も そして楽して勝つ事に越したことはない、とか考えてる月島も期待はしていた。
そんな期待を背負って――物凄く光栄なのだが、申し訳なくも火神は思ってる。
今、物凄く集中しているから。日向の時折見せる五感で感じられる程、ピリつくような空気を出してるアレと何ら遜色ない。
背を見せている火神をつい見てしまうのは影山だった。
ネットを挟んでやっていたあの中学の時に感じられたオーラの様なものを、あの時以来。
火神に感じてしまったから。
火神は集中し続ける。本当に練習試合か? 公式戦ではないか? と思ってしまう程に。
周りの様々な音がシャットアウトされる。
――青葉城西。勿論知ってます。……知ってるどころじゃありません。オレは あなた達全員が憧れです。前も……今も。
目を閉じ――思い浮かべる嘗ての自分の記憶。
青葉城西の核となる人物はまだ来てないが、それでも興奮が抑えられない。
――俺は今、烏野の一員としてバレーをしています。力いっぱい、精いっぱいしています。敬意と憧れを胸に、力の限り。
火神は、エンドラインから6歩の位置で止まる。
ジャンプサーブのルーティンだ。
金田一が注意を促した事もあるが、その雰囲気は相手側もある程度は解ったのだろう。
より一層注意し身構える……が。火神から放たれたジャンプサーブは相手――岩泉の腕に当たり弾かれ体育館2階のフェンスに直撃した。
――青葉城西の皆さん。……烏野高校の火神誠也です。以後宜しく。
火神は 小さくガッツポーズを見せると同時に、軽く相手に向かって頭を下げるのだった。