王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

32 / 182
第32話

「潔子さんの抱擁寄越せ~~」

「潔子さんの香り寄越せ~~」

 

「「潔子さんを返せ~~~!!!」」

 

 

 

 

突如出現した2人の先輩(ようかい)に絡まれる火神。

 

本当に物凄く頼りになる先輩方なんだけれども、色んな意味で問題児な上に物凄く騒がしい人達が揃ったら、こうも大変になってしまうのか、と火神はげんなりとしていた。

 

「ですから……、その噂はガセですってば。ほら、清水先輩も言ってたでしょ?」

「いーや! 潔子さんはガン無視だった!! 何にも言ってなかった! それはそれで良いがな!!」

「………はぁ。確かに……」

 

そういえばそうだった。

チラッと火神の方を見てた清水は、横に数回首を振ってこたえるだけで、全然声を出して無かったのだ。そして アレは否定する仕草ではない。

 

 

【手に負えません。と言うより 負いたくありません】

 

 

と言う意思表示だろう。

如何に敏腕マネージャーとはいっても、バレー以上の面倒は見切れない、との事だろう。

 

……そんなの当たり前だが。

 

それにしても、こんな感じのちょっとしたやり取りでさえ、意志疎通してる!!と過剰に過敏に反応してくる御二人なので、見られてなくてよかったのかも、とも言えた。

 

「あ、あの潔子さんの撫でりこからの抱擁……即ち女神の抱擁。これ以上の至福はこの世には存在せぬ!! その様な天恵を授かれる人間がこの世に存在する事なぞ、到底納得できぬ!!」

「おうよ! ノヤ! その通り!!!」

 

 

芝居がかった言動、そして2人の顔。それは何処か無表情気味で揃って迫ってくる。

本当にホラー。没入感抜群の体感型ホラーゲームが子供の児戯に等しいもので、火神は思わず……どころではなく、思いっきり後退りをしてしまった。

 

「ツッキーもモテるけど、火神も大概なんだなぁ」

「……ヤメロ山口。あの人達の耳に入ったら面倒だろ」

「ゴメン、ツッキー!」

 

いつの間にか来てた山口と月島も遠目で見ていた。今日初めて会う西谷先輩だから挨拶をしないといけないだろ? と思うんだけれど、絡まれたくないオーラをバンバン出してる月島は、完全に他人の振り状態だ。……他人には間違いないんだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうこうしている内に、西谷と田中は更に妄想を加速させていく。

 

 

 

 

 

 

【ふふっ、火神くんっ、今日もお疲れ様~。ハイ、ご褒美よ。ナデナデ】

【清水先輩……、今日もありがとうございます。これでボク、もっともっと頑張れます!】

【……やっ】

【え……?】

【……2人の時は、名前で呼んでって言ったのに】

【っ……、ご、ゴメンなさい。その、きよ……潔子、さん】

【ふふっ。ありがと。誠也くん。……もうちょっと頑張ったら――――】

【は、はうっ………】

 

 

 

 

 

 

 

まさに見事の一言。

本人たちを前にして此処までの妄想を爆発させるとは大したものである。

 

 

西谷が清水を、田中が火神を演じて最終的にはハグまでいってた。男同士でキモチワルイ。

どうやったらこの2人を止められるの……? 止められないの?? と頭を抱える火神。

 

 

そして、山口や月島ほどではないが、やや離れた所で 様子を見てる日向や影山も全然頼りにならない。

他の先輩方もどうしたもんか、と呆れ果てていて 解決策を見出してくれてない。清水は他の先輩方にとっても至高の存在、高嶺の花、才色兼備、不可侵領域、的な感じなので 下手すれば火神を襲う?側に回られるかもしれない、と危惧していたが それは無かった。そもそもあの発端は、澤村や菅原にもあるのだし当然だ。

 

でも、面白おかしく見られてるのはどうにも火神は納得できないものがある。

 

 

そうこうしているウチに、決して他人事ではない清水本人がとうとう仲裁に入ってきてくれた。と言うより、マネノートを両手に持って、妄想爆発させてる2人の頭を叩いたのだ。

 

「練習しなさい」

 

と一言添えて。

その声と頭に当たる仄かで心地良さもある衝撃が2人を漸く現実世界へと戻す。

 

 

「あ、ぁぁ。潔子さんに叩かれた……」

「此処こそが地上の楽園……」

「つまり 風の中のすばる……」

「それ、楽園(・・)じゃなく()………」

 

 

頭にハートを幾つも作って ぽわぽわしてる2人。漸く止まってくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

止まってくれたので ここぞとばかりに、火神は西谷に伝える。

 

「さ、さぁ! 西谷さん!! 俺のサーブ受けてくださいよ! 俺、すっげぇ楽しみにしてるんですから!!」

「っ……おうっ!! 俺も受けてみてぇって思ってた所だ!!」

 

バレー関係、それもリベロ関係。と言うよりレシーブ関係なら 興味を引ける様だ。

西谷は羽織った学ランを脱ぐと、肩に担いだ。

そして、良い笑顔で火神の方へと近付く。それを見て、終わった筈……なのに、何だかさっきのホラー感がまだぬぐえない火神。

 

「でも、練習終わったら く・わ・し・く 聞くからな?」

 

と西谷に釘さされてしまった。

本当に頼もしくて、それと同じくらい困った(2人目の)先輩ここに極まれり。

 

「……あれ以上どう説明すれば良いと思います? 清水先輩……。助けてくれませんか……??」

「…………」

 

火神の問い……と言うより、救済願いに無言で親指おっ立てる清水。

でも、【任せておけ!】みたいな感じではなく どちらかと言えば【グッドラック】だった。つまり、全部そっちで宜しく。と言った所だろうか。

 

それにしても、清水のソレはなかなかにイケメンな仕草。

何処かで見た事ある格好いいベストシーン。

火神の中でもランクインされるもの。………でも 火神にとっては ここじゃ大体格好いいシーンだと思ってるので ランキングつけるのは厳密には出来ない、と言うのはまた別の話。

そして、救済願いも叶わないと悟った火神は更に頭を悩ませる。

問題児な1年生が居る中で、また新たな無用で無根な不和なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな色んな事情が渦巻く中で引き起こした張本人の1人でもある西谷は、澤村達の前にいた。その西谷の雰囲気は 先ほどまでのコメディちっくなものではなかった。

期待に満ちた表情をしていた。

 

 

「旭さんは?? 戻ってますか??」

 

 

その西谷の言葉で、今の今まで明るい雰囲気だった3年の2人の表情が一気に沈んだ。

ただ、それだけで十分だった。それだけで西谷は返答を聞く前に理解できた。

 

 

―――まだ(・・)、戻ってきてないのだと。

 

 

「―――あの、根性無し………!!」

 

毛が逆立つのが実際に感じられたのは初めての経験だった。それ程までに 西谷は怒っているのが判る。先ほどまでの清水と火神の件のそれとはまた別の種類の怒の感情だ。

 

「こらノヤ!! エースをそんな風に言うんじゃねぇ!!」

 

そんな西谷に叱責するのは田中。先輩後輩の礼節を重んじる田中(単純にナメられるのが大嫌い)だからこそだった。でも、それでも止まらない。

 

「うるせぇ!! 根性無しは根性無しだ! 前にも俺は言った通りだ! 旭さんが戻んないなら俺も戻んねぇ!!」

「待てってばノヤっさん!」

「ぜってぇに撤回するつもりはねぇからな!!」

 

 

足早に出入り口まで向かい、ガラッ、と体育館の扉を乱暴に開ける西谷。

その勢いのまま、扉を閉めて去っていく。嵐の様にやってきて、嵐の様に去っていく男だ。……何とも言えない空気が場に流れていた。

 

 

 

事態を把握できないのは 事情を知らない者たち。

何故怒るのか、何故旭と呼ばれる男が此処にいないのか、何故、何故、何故…… 判らない事だらけだった。

 

 

「一体何ですか???」

「あー……悪いな…… 西谷とウチのエースの間にはちょっとした問題があってだな……、色々と拗らせてんだわ」

 

 

田中の説明を聞いている間に、他の人達の表情を見てみたら、やっぱり何処か寂しそうだった。

 

「俺も行くぞ!」

「ん。OK」

 

そんな深刻な空気の中でも、颯爽と動いて見せるのが 日向と火神。火神は兎も角、事情を知らない日向がすぐに行動を起こすと言うのも才能の1つだと思えた。それは決しておせっかいや慈善の類ではなく、自分自身の為に直結しているモノだから、何処までも貪欲なのだろう。

 

 

皆がフリーズしている間に、体育館を抜け出す2人。……因みに、本当に気が付かれなかったのには驚いた。

 

 

「まってくださいっっ! お、オレにレシーブ教えてください!!」

「……あ?」

 

 

足早に駆け寄る日向。やや遅れて火神も。

 

「えっと、ニシヤさんはリベロですよねっ!? 守備専門の……」

「翔陽。西谷(にしのや)さん、だ」

「はうわっ!? すいませんっっ」

 

 

2人が突然現れて、突然漫才でも始めたのか? と言いたい駆け引きを披露して、……幸いにもそれらは西谷の脚を止める効果があった。

 

「フン。名前間違えたくれぇで怒んねぇよ」

「―――ガセ情報で怒るのにですか??」

「っっっっったりめーーーだろうがーーー!! 潔子さん関係でも俺は譲る気はねぇからな!!」

「譲らなくても良いんで、兎も角弁明は聞いてくださいよ……」

 

先ほどのやり取りの話は、日向にとってはどうでも良いので、火神を横から押しのけた。

【今はそれじゃない!】って感じでだ。日向は上達する為にも影山にも負けない程貪欲だから。その切っ掛けになってもらえる相手が目の前に居るんだから。

 

「そ、それで教えてもらえませんか!? レシーブ! 俺下手ッぴで……」

 

目を輝かせながら聞く日向に、チラリと視線を向ける西谷。

 

「なんで俺がリベロだって思う? 小っちぇえからか?」

「えっ? いや、レシーブが上手いから……それにリベロは小さいからやるポジションじゃなくて、レシーブが上手いからやれるポジションでしょ??」

「……翔陽。先輩にタメ口は止めといた方が良いぞ?? 西谷さん優しいから大丈夫でも、他に恐い歳上の人に当たってたら嫌だろ?」

「あっっ、すみませんすみません! そうでした!! レシーブが上手いからやれるポジション、ですよねっ!?」

「…………」

 

西谷はゆっくりと視線を交互に2人に向けた。

日向の教育係みたいなものか? と思ったり、清水との関係性についての追及はどうするか? と思ったりしていたが、それらは一先ず置いとけた。リベロについてしっかりと判ってる事。それが聞けて満足出来たから。

 

 

「お前、しょうよう、だったか。よくわかってんじゃねーか。背の高さなんか関係ねぇからな。このリベロっていうポジションは。……リベロは俺の誇りだ」

 

 

何の含みも無く飾りも無く、ただ心に思っている事をそのまま出すのが西谷と言う男。

そんな彼だからこそ、一言一言が格好イイと感じるのだろう。特にそういうのが大好きな日向は、目を輝かせた。

 

 

「ほ、ほこり―――か、かっけぇぇぇ!!」

「!!! そ、そうか?? そうか??」

 

 

これまた何処かで見たような光景が目の前に広がる。

 

「それに、澤村さんは西谷さんの事 【烏野の守護神】って言ってましたしね」

「うぉぉぉ!! そうだったそうだった!! 守護神!! かっけぇぇぇ!!」

 

此処まで言った所で、西谷の耳は通常の何倍にも大きくなっていた。耳の奥、脳にまで響いたのだろう。きっと、清水関係にも勝るとも劣らない勢いで。

 

「守っ!? な、そんな……なんだソレ! そんな大げさな。俺の事そんなっ!! 別にっ、でも……。ほんとにそれ言ってた?? 嘘や冗談じゃなくて??」

「「ほんとに言ってました」」

「――――――………」

 

 

そわそわする西谷。体育館をあんな形で後にしたから少なからず負い目もあるのだろう。でもそれ以上に言ってくれた事が嬉しくて仕方ない様だ。

 

 

「そんなカッコイイ名前で呼んだってなーー、俺はなーー そう簡単にはなぁーー 前言撤回なんてカッコワルイしなーー。……チクショーー、大地さんめぇぇぇ!!!」

 

 

1人でずっと悶えてる。やっぱり相当嬉しかったのだろう。……いろんな事情があってせめぎ合ってる中、畳みかける様に日向が言った。

 

 

「……俺、多分1年の中で一番レシーブは下手です。バレー部の中で一番下手です。……バレーボールで一番大事なトコなのに、一番下手なんです。……だから、レシーブを教えてください!! 西――――」

 

 

最後まで言い切る前に、日向の中で記憶が蘇った。

西谷にはどう接すれば良いのか。……その答えは記憶の中にある。澤村が言っていたんだ。

 

【先輩と呼んでやれよ】

 

そういっていた。その効力は田中を見ていたらよく判る。だからこそ、意を決して日向は大きな声で呼ぶ。

 

 

「西谷先輩!!!」

 

 

 

ずぎゃ―――――んッッ!!

 

 

先輩、センパイ、せんぱい、んぱい、ぱい、い、ぃ……。

 

西谷の中で只管エコーする【先輩】と言う単語。

言葉が身体を貫いたのは初めての体験だった様だ。

 

【こうかは ばつぐんだ!】

 

と、火神も改めて思って 日向に続いて畳みかける。

 

 

「西谷先輩、俺のサーブ受けてみてくれるんでしたよね!? サーブ強化は常に考えてますので、よろしくお願いします! 西谷先輩!!」

「はうっっっっ!!!!」

 

 

 

二度目の言葉の槍が西谷の身体を貫いた。

身体の芯にまで突き刺さった様だ。

 

色々とある事情は一先ず置いといて、西谷は決めた。

 

 

「……お前ら、練習の後でガリガリ君奢ってやる……!」

「はいっ!」

「えっ? ガリガリ君??」

 

間髪入れずに返事をする火神。理解が追いつかなかった日向。

この辺りはズルい知識の差なので仕方ない。

 

それは兎も角、西谷は大きく胸を叩いて宣言した。

 

 

「なんつっても俺は、【先輩!!!】だからな!!! レシーブもサーブも見てやるぜ!!」

「「おおおっっ!!!」」

「はっはっはっは!! でも、部活に戻る訳じゃないからな! その辺は頭に入れとけよ?? お前らにだけは付き合ってやる! それだけだ!」

「「アザ――ス!!」」

 

日向のノリはここ一番で効果があるなぁ、と火神は改めて思いつつ、西谷とのある意味対決に心踊らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【とりあえず、何とか収まったな……】

 

 

因みに、物陰から見守っていた澤村たちは ホっとしていた。

西谷は一度決めた事は生半可な事では曲げない。強い芯を持っている男だから。来ないと言えば来ない。……なので、澤村を始め、菅原や田中も心の底から日向や火神に感謝するのだった。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。