王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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活動報告に火神くんのプロフのせてみました。
よろしくお願いします。


第36話

「お疲れ様でした!」

【シターーーーー!】

 

 

澤村の号令で今日の部活の時間は終了した。

 

もう黄昏時で外はすっかりと茜色に染まっていたが、これでも大分日は長くなった方だろう。もう少し練習を―――と、ウズウズさせてるのは日向で、それを軽く諫めるのが火神。

そもそも、日向は山越え(・・・)をするのだから、それも練習の内。基礎体力向上訓練! と思えば良いと何度か言い聞かせていたりもする。元々体力バカな所のある日向だから、……効果は抜群だとは言えないが。

 

 

そんな中。今話題に上がるのは当然 烏野のエース東峰の話。

 

「……アサヒさんが戻ってくれば、菅原さんも西谷さんも何か色々と上手くいくのかな~」

「う~ん……、こればっかりは各々の心の問題だからなぁ……。それに誰も間違った事言ってないっていうのが難しい所だな」

「そっかな? バレー嫌いになるっていうのが間違いじゃないかって俺は思うけど」

「―――全員が、バレー好き好き超大好き! ミスしてもミスしてもそれ以上練習して次はもっともっと上手くなる!! 誰でもかかって来い!! って 感じでとことんまで前向きだったらこんな事にならないだろうけど。それも難しいだろ? 得手不得手ってモンは誰しもあるんだし。……東峰さんは責任感じやすい人だって言ってたしさ。その完封で負けた試合。全部自分で背負いこんでるんだろうな」

 

色々とある情報を統合させていく日向と火神。

バレー超好きの1人でもある日向には頭では判っていても、中々理解しきれない部分もあるんだろう。う~んう~ん、と唸りながら首を傾げていた。

 

そんな2人の考察の横には影山が居た。興味なさそう感が漂っていた気もするが、本当に興味が無いのなら、さっさと帰っていくだろう。

ぐいっ、と手に持ったスポーツドリンクを飲み干すと話に加わった。

 

「……菅原さんにしても、東峰さんにしても、どっちも自分に責任感じてんだろ」

「そんな感じだったな。スガさんは頼り過ぎたって自分を責めてるし、それで東峰さんは決めきれなかったって責めてる。副将としての責任。エースの責任。どっちも重たいモノを背負ってたからなぁ」

 

この辺りは夫々の性格もあるから、非常に難しい案件だろう。彼らを支えてくれるコーチや監督と言った大人たちが居れば多少は緩和されていたかもしれないが、武田の話を聞くに その辺りはあまり充実してなかったんだと推察も出来る。

 

色々と考えていた時だ。影山がぼそっと呟いたのは。

 

 

「――チームなのに誰かのせいって訳じゃねぇだろ。それにバレーは1人で勝てる訳でもねぇし」

 

 

それを聞いて一瞬目を見開いたがすぐに軽く笑みを浮かべる火神。そして反射的に反応すると同時にぎょっとした顔をしてるのは日向。

 

「!! お前がソレ言うのか!? 言うのかっ!? オレはお前の【名言】鮮明に覚えてるんだぞ!?」

「わはははは……、影山にだって思う所がある、って事さ。な? そーだろ??」

「う、うっせー!」

 

肩を軽くぽんっ、と叩いた火神に対して顔を僅かに紅潮させながら怒鳴る影山。

日向は そんな達観視は出来てないので更に続けた。 くせっ毛を両手でペッタリとおろして影山の様な髪形を再現。後は表情と口調もどうにか再現。

 

 

「【レシーブもトスもスパイクも、全部俺1人でやれればいいのにって思います】」

「!! うるせぇぇぇ!!!」

「【やれればいいのにって思いますっ!】」

「あ――……翔陽の場合。影山の名言覚えてる(・・・・)、と言うより根に持ってる(・・・・・・)ってことなんだろうなぁ。間違いなく」

 

何時にも増してしつこい日向を見て、火神はあの時の事。日向が名言と称した発言を影山がした時の事を思い出していた。確か、火神を引き合いにしつつ、日向には上げたくない、的な事。仕舞には火神がいるなら日向は要らない、まで言ってたと記憶している。

根に持っても仕方ないくらいの暴言だとは思うが、それは少々悪手だろうとも思えた。

何故なら、日向は思いっきり影山に【そォォォらァァァァッ!】っと投げられてしまったから。一言で止めとけばそんな事にはならなかったと思うのに、二言、三言と続けたから……。

 

勿論、持ち前の運動能力を駆使して見事に着地を決めた日向。まだ続けるのかな? と思ったが、どうやら違った。肩を僅かに落としているから。

 

「……ネットのこっちっ側は もれなく味方の筈なのに、……そのこっちっ側がギスギスしてんの、やだな。……西谷さんもスガさんも、澤村さんだってきっと戻ってきて欲しいって思ってる筈だし。……だから、アサヒさんも戻ってきてくれれば、なんとかなるって思うのに」

「………………」

 

 

さっきまでの賑やかさから一転して沈黙。

 

 

「…………明日にでも、もっかい東峰さんのトコ行ってみるか?」

「!! 良いのか!?」

「良いも何も、別に3年の階に行くのがダメって訳じゃないし。ほっといても翔陽は1人でも行っちゃいそうだし」

「いーや! せいや引っ張ってくつもりだった! 次いでに影山も!」

「なんで次いでだボゲ!」

「やれやれ……」

 

下級生である自分達が行った所で簡単に変わるんなら、1,2,3年と苦楽を共にしてきた仲間たちの声で戻ってくる事だろう。それでも難しかったんだから、自分達が行った所で何にも変わらないかもしれない。とこれが普通の考えだ。ちょっとした切っ掛けがあれば戻れる。元鞘とはいかずとも、またバレーボール部に戻ってきてくれる事を知っているからこその提案だ。……いや、知っているのではなく、信じている、と言った方が最早正しいのかもしれない。

 

 

「んじゃ、明日の昼休みに。メシはちゃんと食っとけよ? 翔陽。それに来るなら影山も」

「おう!!」

「…………」

 

日向は元気いっぱいになった。そして影山は無言だったが、否定もしてなかったので、まず来るだろうと確信。火神は引率者の気分を味わいつつ……明日に備えようと色々と気持ちを切り替えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして 翌日――昼休み 3年3組 教室前。

 

 

「……………」

「「「………………」」」

 

 

苦難を超えて、この3年3組の前へとたどり着けた。

人は 【苦難? ナニそれ大袈裟】と言うだろう。だけど決して大袈裟なんかじゃない、と断言できるのは 人一倍げんなりしてる火神。

 

廊下ですれ違う人全てとは言わないけれど、何だか視線を強烈に感じるのだ。

 

【生意気な1年が3年に何のようだ? あ?】

 

と、何処かの不良漫画みたいな展開にでもなるのか? と思ってしまう程のモノだった。この烏野高校はそんな素行方面では問題は殆ど無いので大丈夫だとは思うのだが、視線が非常に痛かった。火神も影山と同じくらいの身長が有る為、3年と比較しても大きな方だ。

 

もし――――火神が日向と同じくらいの体格だったら、引き摺って連れてかれそうな気もしないでもなかった。

 

人一倍ビビリな日向もその視線には気付いて、何だか小動物のようにプルプル震えててずっと引っ付かれていた。影山はその辺りは強心臓なので暖簾に腕押しである。

 

以前来た時はこんなこと無かったのに、何事!? と身に覚えのない事ばかりで混乱してたら、騒動? に気付いたらしい3年の女子生徒たちが挙って現れて、色々と言ってくれた。

 

曰く

【1年生威嚇しないー】

曰く

【そんなんだから清水に無視される】

曰く

【大人気ない事して清水さんどう思うかな??】

 

 

それらを口々に言われていた。せめて聞こえない所でやってほしかったんだけれど、それらを聞けば嫌でも理解する。

 

原因は 【この場所で清水と色々と話をした】

 

と言う事なんだと。

 

一体清水は、男子生徒にとって どんだけの聖域なのか、アンタッチャブルなのか、と頭を抱えるのは火神。

確かに 清水関係で 号泣したり暴動したり 他生徒を巻き込もうとしたり、と色々と騒がしい事は知っていたし、元々判っていた事だったんだけれど、流石に此処にいる(見える範囲の)3年生たち全員までこんな感性をお持ちだとは思わなかった。

(所謂 舞台は見れても舞台裏は判らないので) 流石の火神にも理解が追いつかなかったそうだ。

 

 

そんな困難な道極まりなく頭を抱えてる火神を他所に、気を取り戻したのは日向。

 

【せいや だし。しょーがねーべ】

 

となんか納得して足取りも軽やかになっていた。

頭で考えただけでなく 口に出して言ってたので、後で頭引っ叩いてやったのは言うまでもない。

 

 

 

 

そんな困難を超えて此処へとたどり着いた3人。

東峰も呼び出されて行ったばかりだったので、そんな事があったのは露知らず、ただただ 何でまたいるの? と言う疑問が頭の中を駆け巡り如何とも形容しがたい表情を作っていた。

 

 

「いや、さ。正直前も思ってたんだけど、なんで一緒に練習もしたことない俺が気になるの? 今の面子であの4強の青葉城西に勝ったんだろ? それも西谷も無しで。お前らなら俺いなくたって「い、いえ!!」っ……」

 

言って欲しくない言葉なので 最後まで喋らさせず日向が割り込む。

 

 

「あ、アサヒさんが戻ってこないと! 2・3年生たちが元気ないから!! ですっ!!」

「…………」

 

 

中々の声量。此処は廊下だが 結構奥の方まで響いていた。

何事!? と注目が集まってきて、さっきの様な面倒ごとはゴメンなので火神は日向を頭に一発チョップ。横にいる影山も殆ど同時に水平チョップ。

 

「もうちょいボリューム下げろ……」

「声でけーよ」

 

何だか息が合ってるのか合ってないのか。

色々と問題児である、と言う事は風の噂(菅原経由)で知っていた東峰だったが、直に対面してみると色々と判る気持ちだった。

 

「フハッ。面白いな、お前ら。……けど、悪いな。俺は高いブロックを目の前にしてそれを打ち抜くイメージみたいなのが全然見えなくなっちゃったんだよ。……必ずシャットアウトされるか、それにビビって自滅する自分が頭ん中に過るんだ。そんな俺がエースだなんて言われてもスゲェ烏滸がましいし、何より迷惑かけちまうって思うんだ」

 

顔は笑っている。でも、その表情はTVとかで見る自虐ネタを披露して笑ってる様な人達とは全然違う。

まだまだ悔しくて、悔しくて、それでいて苦しい。そんな表情だった。

それでも 戻ってきてやり直さないのは、それ以上に責任感が重くのしかかってくるからだろう。

 

「……1年の、それもち、チビの1年の意見を……、生意気だって思うかもしれませんけど……」

「? 思わないよ。何?」

「おれ、それわかります。跳んでも跳んでも 目の前にあるのは人の壁で、何度も何度も阻まれて…… オレ、背が低くて技術も無いからブロックに捕まる事が多かったです。でも、俺、1人じゃ無かったんです。試合で何度も何度もせいやに、えっと。誠也っていうのは こっちの方で」

 

自己紹介出来てないので、名前を出されても判らないだろうと思って日向は火神を指さしつつ続けた。

 

「皆を鼓舞してくれたり、上手く躱してくれたり、上手く指示してくれたり……。1人じゃ何にも出来なくても戦えました。俺が全部点を取ろう! なんて意気込んでた時も有りましたけど。1点でも良い。1点ずつ、って思えたんです。あと、こっちの前に一緒に此処に来てた影山のトス。コイツのトスが凄いんです! どんな高いブロックも躱せるようになれました! ブロックが目の前からいなくなって、ネットの向こう側が ばあっ! っと見えるんです!! ずっとずっと壁で見えなかった先が、見えるんです!」

 

日向の説明は お世辞にも上手だとは言えない。でも、気持ちは伝わってきた。

6人でやるのがバレーだから、1人だけじゃ何もできないから、仲間がいる事。

そして 同じスパイカーだからこそ、知っている感覚。それは【ネットの向こう側の景色】。

 

「えっとですね! こう一番高いトコでボールが手に当たって、ボールぴゅーんときて、その時のボールの重さがこう、その……、そうっ!ズシッと手に来るあの感じ! 大好きなんです!! えっと、だからその――――」

「………翔陽。その辺でちょっとストップ。言いたい事は判るんだけど、もうちょっとまとめた方が良いって」

「要点絞れ。途中からわけわからん様になってるぞ」

「うぇっ!?」

 

身体全体で表現する日向。勿論、火神も影山も言いたい事は何となく伝わってくるが、初対面に等しい東峰なんだから、少しは簡略化しろ、と影山は思っていた。

でも、火神は東峰の葛藤が見えているから、この時は小難しい説明より感じた事をそのままぶつけた方が良いと思った。止めたのは、影山が言いそうだったから、と言う理由もある。

 

そして、東峰は自身の掌を眺めていた。

自分の知る感覚。まだ手に残っているのだろう。もうずっとずっと、長く長くバレーをしてないような感覚がしていた。

 

「俺も菅原さんや澤村さん、西谷さんたちの様に 東峰さんに帰ってきて欲しいって思ってます」

「っ……」

「確かに翔陽が言う様に、部の雰囲気が暗い感じになってるのは俺も感じてます。でも、それ以上に俺は思うんです」

 

火神はニコッと微笑みながら繋げた。

澤村や菅原とは 直接的にはまだまだ短い付き合いだ。だけど、それだけでも十分すぎる程判る。

 

「あんなに皆に帰ってきて欲しい。そう思わせてくれる人が居るのってすごい事だって。だから、俺はコイツらと一緒に会いに来ました。……それに東峰さんが言う様に、俺達は何とか青城に勝つ事が出来ました。部員数も試合する分には問題ないと思います。でも、澤村さんや菅原さん達は違う。……本当にもう良かったらこんなにお願いしたりしないと思うんです」

「……………」

 

東峰は返す言葉が見つからなかった。

確かに、菅原には何度も声を掛けられている。澤村は回数は少ないものの気に掛けられているのも判る。……清水にも何度か声を掛けられた。皆には申し訳ないと思っているけれど………、と東峰は何度も何度も考え続けていた。皆に悪いから? 未練はない?? バレーはもう嫌い??

 

答えが全くでない。

 

「せいやだってだぞ、やめる! なんて言ったら地獄の底まで追っかけてつれてくからな!」

「―――………バレーやんねぇとかある訳ねぇよな? 火神よぉ」

 

 

火神の言葉を聞いて、日向は 東峰に火神も負けてないぞ! と言いたげな事を言って 影山は非常に恐い表情と声色で脅迫じみた事を言ってきた。 

苦笑いしつつ 話が脱線しそうなので、あんまりその2人には付き合わず、手を振るだけに留めるのは火神。

 

限られた時間しかないし、もう昼休みも短くなってるので ファインプレイである。

 

 

「オレ、アサヒさんが羨ましいって思ってます。今のオレには1人でブロックをぶち抜くタッパもパワーも無いけど、アサヒさんにはそれが全部ある。……今までたくさんブロックされてきたのかもしれないけど、それよりもっといっぱいのスパイクを決めてきたんですよね? だから皆、アサヒさんの事をエースって呼ぶんだな、って。オレ、エースになりたい! ってずっと思ってましたから」

「……!」

 

「……まだ、んな事言ってんのかよ。アイツは最強の囮だっつってんのに」

「影山ステーーイ。此処は茶々入れるのも毒舌もダメ。そんな空気じゃない」

 

そうこうしている内に、とうとう予鈴の音が響き渡った。もう戻らないといけない時間だ。

 

「翔陽。戻ろう」

「~~~~っ」

「遅刻するだろうが。早く来いアホ!」

 

梃子でも動かない! 東峰が来るって言うまで!! と言った感じで仁王立ちしてた日向だが、流石に授業遅刻は頂けないので、引き摺ってでも連れて帰ろう、と判断した影山と火神。学生の本分は学業だし、何より遅刻常習犯、素行不良、とでもなってしまったら それだけで迷惑が掛かる。……あれだけやってくれてる武田に合わせる顔が無くなってしまう、って思う。

 

「東峰さん。オレ、待ってますね。一緒にバレー出来るの楽しみにしてます」

「あ、いや オレは………」

 

今までだったら、はっきりと断ってた気がする東峰。

でも、何だか今は喉に何かがつっかえた様に、言葉が出てこなかったんだ。

 

そして、火神に続く様に影山が声を掛けた。

 

「あの、生意気かもしれないっスけど。1人で勝てないのは当たり前です。バレーのコートには6人居るんだから。……オレもソレ わかったのついこの間なんで、偉そうに言えないっスけど。……それじゃあ、失礼します」

 

 

3人で軽く頭を下げて、そのまま去っていった。

 

東峰は、3人の姿が見えなくなるまで、ただただ立ち尽くしていたのだった。

 

 

 

 

 

帰りの道中。火神はにやにやと笑いながら影山を見ていた。

 

 

「なんだよ」

「いや~、へぇ~ふ~ん。 影山も判ってたんだなぁ。コートに6人居るんだって~ って思ってな~」

「っっ!!」

「【オレ1人で全部やれたら良いって思います】」

「しつけぇぞ日向ボゲェ!! ブッ飛バス!!」

「うひーーっ!」

 

 

見るだけ、云わば観客なのと、実際に当事者で本人の口から聴けるのとは やっぱり別物、格別なものだった。百聞は一見に如かず、のことわざが一番近いだろうか。

 

当初から纏め役なんて大役 大変で大変で やっぱ嫌だなぁ、と思ってた火神だったが、この2人を見て、先ほどの影山の言葉も聞いて、何だか自分の事の様に嬉しく思ったりもしているのだった。

 

 

 

 

 

 

その後―――東峰は今まで近づきもしなかった第2体育館前まで来ていた。あの時(・・・)の全てを後悔し、そして何よりも合わせる顔が無く どうしても来られなかったんだ。

 

そして 1年の言葉に 揺さぶられた事自体恥ずかしい事なのではないか? とも思えたが今回は歩を進める足は止まらなかった。

 

 

近付くにつれて、聞こえてくるのはボールの音。シューズの擦れる音、掛け声。全てが懐かしく思えてきて、つい――覗いてしまった。

 

 

そこに広がるのは、あの時の1年の3人が自主練をしている姿。

 

 

その姿を見て頭を過るのが、彼らの言葉。

日向の、火神の、影山の、……そして 西谷の。

それらは 自分に戻ってきて欲しいと言う気持ちが籠ったものだった。

 

 

そして 彼らの練習も目に飛び込んでくる。

自分より一回りも小さな男が大きく飛び上がってボールを叩き込む。凄まじいバネ。

完璧なタイミングのトス。インパクトの瞬間はほんの一瞬だけ。その刹那の時間帯で東峰ははっきりと見えた。間違いなくボールの芯を捉えたスパイクなのだと。

気持ち良く打てた、と自分で打っていないのにそう錯覚する程に完璧なセット。

そんな攻撃を、後方に構えていた男が見事な反応でボールを上に。リベロの西谷を彷彿させるのではないか? と同じく思えた。生憎セッター位置に返球するのは出来なかった様だが、それでも十分すぎるナイスレシーブだ。悔しそうに頭を抱える2人を見て、拾った彼は笑っていた。

 

 

「くっそーー! 取られるの ブロックに捕まるのとおんなじくらい嫌だーー!」

「ははっ。翔陽。コースの打ち分けが重要だぞ。速さに慣れてきたら、後はスイングとジャンプ位置で大体わかる。……ま、今のは最初の位置取りが良かったから、ラッキーって感じだけどな」

「……………」

「だから、俺が取ったからって影山も怖い顔しないの。今度の音駒(ねこ)戦を想定してこう。あのチームは 守備力に定評のあるチームだから。試合はもっともっときつくなると思うぞ。何本も拾われるって思っとこうぜ」

「うぉぉぉぉ!! 試合ではぜってーー決めてやるーー!! 打倒! ネコ! 打倒! せいやっ!!」

「次は決めるぞ!」

「………1対2はひどくないかい? お2人さん」

 

 

 

本当に楽しそうにする彼らを見て気持ちが沸き立つのと同時に、ある単語に注目した。

勿論、【ねこ】だ。

 

 

―――ねこ? 音駒?? あの音駒と試合を―――!?

 

 

烏VS猫の話は有名で、いつかは実現してほしいと渇望したものでもあった。堕ちたカラスには見向きもしなくなったのでは? と思い二度とそんな事は言わせない様に強くなる、と3人で誓った事だってある。

 

ありとあらゆる感情が渦巻いて、自身の気持ちと混濁し始めたその時だ。

 

 

「GW最終日に、練習試合なんだ。武田先生が組んでくれたよ」

 

 

澤村に声を掛けられたのは。脊髄反射の様に即座に振り向く東峰。

 

「!! ゲゲッ!!」

「何だ! 【ゲゲッ!】って。オレは妖怪か何かか!? って、逃げるなコラ!!」

「妖怪の方がまだ可愛らしい! だってお前怒ると怖いんだもん!」

「妖怪の方が可愛らしいってなんだ!! それに今別に怒ってないだろうが!」

 

 

逃げようとした東峰をどうにか思いとどまらす事が出来た。

何を話せば良いか判らず 少し沈黙が流れた後 澤村が先に話し始めた。

 

「……聞いた通りだ。あの音駒が来るんだ。ま、俺達からすれば音駒の事って昔話って感じで聞いてたし、今の代の烏野と音駒に何か因縁があるわけじゃない。……でも、よく聞いてたあのネコと俺達が数年ぶりの再戦ってなるとちょっとテンションあがるだろ? ……有名だもんな。名勝負 ゴミ捨て場の決戦」

「…………ああ。上がるよ。オレも聞いてびっくりした。けど、オレは スガにも西谷にも合わせる顔が無いんだ……」

 

気持ちの弱さが此処でも出た、と改めて痛感する東峰。

ただただ呆れてため息を吐くのが澤村。

 

「……まったく、お前は デカい図体して相変わらずへなちょこだな! 西谷と対極にも程がある。何だったら1年リーダーの火神の方が100倍は頼りがいがあるぞ? 人としてもバレーボーラーとしても」

「………も少し言葉をオブラートに包めよ……100倍て 酷くね?」

 

東峰のブーイングも軽くスルーする澤村。

 

「それに安心しろ! スガは勿論、西谷だってなんら問題ない! お前と違って懐が深いからな!」

「……更に追い打ち……。お前って【怒ったら怖いけど 基本優しい】ってキャラじゃなかったっけ……?」

「お前は対象外だ。なんせへなちょこだからな!」

「…………」

「まぁ、あれだ。ひと月もサボったとか、なんか色々気まずいとか、来辛いとか、そういうの全く関係ないからな。お前がバレーがまだ好きかもしれないなら、ただそれだけで十分だ。戻ってくるのには、な」

「!」

 

澤村はそういうと、視線を体育館の方へ向け 歩き出した。そして、もう一度だけ 東峰に告げた。

 

「それとな。知ってると思うけど、エースに夢を抱いて頑張ってるヤツだっているんだからな。烏野(ウチ)には」

「…………………」

 

 

それを聞いて、東峰は思い返していた。エースに憧れて、エースになりたいと言っていた後輩の事を。決して恵まれたとは言えない体躯。それでも決してあきらめず、前を向き、練習に励んでいる。

なのに―――自分はどうだろうか。

まだまだ踏ん切りがつかず、くすぶり続けている自分は……。

 

掌を見て、拳を握り占めていた時だ。肩に痛みが走ったのは。

 

「痛ッ!?」

「………ふん!」

 

 

澤村が、東峰の肩に拳一発当てていた。その一撃は―――色々と痛かった。

 

 

東峰はその後、暫くその場で立ち尽くしていた。でも、部活の皆に此処にいるのがバレるのにはまだ心の準備が足りなかったようなので、場所を移動した。……だが、帰った訳ではない。

彼の中にあるものは着実に変わり続けている。それが日の光を浴び、開花するのは何時になるのか。それはもう彼次第なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう。誠也! さっきのサーブレシーブ見事だったじゃねぇか! 影山のサーブが強烈なのはオレもよーく知ってる。でけーのにスゲーな。お前!」

「西谷さんもハンパないですよ。田中さんのストレート、フリーで打たれたのに よく上げましたね? アレ、会場だったら絶対一番の盛り上がりどころですよきっと」

「おっ、そうか!? そうだよな!??」

 

 

レシーブ談義? で盛り上がってるのは 火神と西谷。練習も終わり最後のストレッチをしている時だ。その中に田中も加わる。

 

「うぐぐ、ノヤっさんにしてやられたぜ。ぜってー決めた! って思ってたのによぉ」

「まだまだ アメーんだよ。龍。コートに落ちる瞬間まで油断するなって事だ。オレの仕事は只管拾う。簡単に決められると思うなよ??」

「ちぇー、かっけーな。あ、それとノヤっさん」

「あ?」

「こっちに来れない間の特訓って何やってたんだ? あんだけ動けるんだし、気になってたんだよ」

「あ、それオレも気になってました」

 

一日練習をサボったら、取り戻すまでにその倍は掛かる。西谷の動きの良さは 本当に火神が言う様にハンパではない。特訓、と言うワードに誰もが気になった所ではあった。やや離れた場所にいた影山や日向も同じくだ。

 

「んー、そんな大した事はしてねーよ。ただただ只管ブロックフォローだな。ブロックをされたボールを拾いまくる特訓だ! 相手はボードだったし、実際のブロックだったら、って考えたら まだなかなか上手く出来ねぇって思うけどよ、ちゃんと出来る様になれば、お前ら もっと安心してスパイク打てるだろ?」

 

 

ブロックの練習用のボードと実際のブロッカーがついての練習ではボールの跳ね方が違うので、確かに完璧とは言えないだろう。と言うより、至近距離から時速100km前後の速度でやってくるボールなど、完璧に捕えられる筈がない。でも、西谷は全部やってやる、と意気込んでいるのが判る。

特に、よく顔を合わせる田中は、西谷が見るたび見るたびに違う場所に青あざを作っているのに気付いているから尚更だ。

 

 

「ノヤっさん……! あんた、ほんとにマジカッチョイイ奴だなっ!!」

「ぅおい! 何泣いてんだ!? お前!??」

「ほんとですね……。尊敬します。西谷先輩」

「せんぱいっ……!? って誠也! おめーも不意打ちは汚ぇって!!」

「本気で思ってますからね。不意打ちでも正面突破でも、なんでもなんどでも言いますよ。な? 翔陽!」

「アスっ!! かっけぇっす!!!」

「お、おお…… おまえらなぁ………」

 

 

じぃ~~ん、と感動に感激に、色んな感情が追いつかず 固まってしまった西谷。

清水関係以外で、身体機能がマヒしちゃうのは初めての事だった。……かもしれない。

 

そんな時だ。

 

 

「火神、日向。ちょっと良い? 前に言ってたボールの件だけど……」

 

 

いつの間にかやってきてたのは清水。

内容は破損したボールの数を確認する仕事を請け負った時に話した事。

 

何気ない普通のマネージャーとのやり取りな筈……なのに、看過出来ないのが、この尊敬すべき目の前の先輩方。

 

 

「かぁぁぁがぁぁぁみぃぃぃぃ」

「せぇぇぇいぃぃぃやぁぁぁぁ」

 

 

目を光らせ迫ってくる構図はまさに。

 

魔王と大魔王がとびかかってきた、である。

 

 

「いや、翔陽も……、日向もって言ってたでしょ!? 何故にオレだけ!? あ、コラ 翔陽! 逃げんな!!」

「そっち方面はせいやに任せるって言っただろーー!!」

「みすてないでーーー! っていっつもオレに言ってるくせになんてハクジョーな!!」

 

 

逃げようとする日向をひっ捕まえて、盾にする火神。

お構いなく迫ってくる田中と西谷。

話すのは別に今じゃなくても良っか、とゆっくり静かに離れてく清水(楽しそうに笑ってたりもしてる)。

 

色々と騒がしいな、そろそろ一度号令をかけるか、と澤村が思い始めたその時だ。

 

 

「おつかれさまーっ! ちょっと良いかな? 大事な話がありまーーす!!」

「!」

 

 

丁度やって来たのは武田。

これ幸い、と集合の号令をかけようとした時―――いつもと違う事に気付いた。

武田の隣に、ある人物が立っていたから。

 

 

「皆。紹介します! 今日からコーチをお願いする。烏養くんです!!」

 

 

名前は当然知っている。この烏野には無くてはならない名将の名。

そして、その姿も知ってる。

 

いつもいつもお世話になってる坂之下商店で毎日と言っていい程顔を見ている人だから。

 

 

「ええ!? コーチっ!? 本当ですかっ!?」

「おう。……ま、音駒との試合までだけどな」

「は、はぁ……」

 

 

突然の事に思考が追いつかないメンバーたち。

イキナリいつもの店主がやってきて、それも烏養を名乗ってて……混乱するのも不思議じゃない。

 

「あれ? でも、坂之下って名前じゃないの?? ほんとにコーチ??」

「ええ。彼は君たちの先輩で、あの烏養監督のお孫さんでもあります」

 

どっひゃああ! と皆が驚く。(一部を除き)

 

 

「坂之下は、母方の実家の姓だ。まっ、オレにとっちゃ好都合だったって訳だが、ここの先生に見つかっちまったって訳だな」

「おぉぉ。コーチっ!! 烏養コーチっっ!!」

「お、おう。判ったから目の前で飛び跳ねるな」

「ガキかお前は! ボゲ日向!!」

 

 

今まで引率の先生はいたけれど、監督は勿論の事、コーチも当然居なかったので、日向は一気に興奮の渦。飛び跳ねる姿は、影山の言う通りまさに子供だ。

 

 

「んじゃ、お前らーー。いきなりコーチって言われても困るかもしれねーが」

【困りません!!!!】

「お、おう。そうかそうか。兎も角だ。コーチするって引き受けた以上。下手な事はしねぇつもりだ。全力でやる。……早速お前らがどんな感じか見てぇから、6時半から試合(ゲーム)形式練習な! 相手はもう呼んであるから!」

 

試合と聞いて、相手がいる、と聞いて 喜びの連続。水を得た魚、トビウオの様に飛び跳ね泳ごうとする日向。色々と言っているものの、気合は日向にも負けずと劣らない影山。

そして、勿論 火神も楽しみで仕方ない、と笑顔を見せていた。

 

 

「全力でやれよー。用意した相手…… 決して弱かねーぞ。なんたって、烏野町内会チームだからな」

 

 

 

 

 

 

不敵な笑みを浮かべる烏養。

 

 

 

 

今日この瞬間に、烏野高校排球部にまた1つの大きくて、頑丈で、非常に重要な歯車が加わったのだった。

 

 

 


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