王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第37話 烏野町内会戦①

「町内会チームって言うからもっとオッさんかと思ってたのに……」

「オレもー……」

 

 

どんより、としてるのは月島と山口。

丁度 烏養が招集してくれたメンバーが揃いつつあったのだ。そこに来たのは大学生! と言っても別に差し支えない程の年齢の男たち。歳は大体が20代後半だろう。当然ながら、高校生である自分達より体格面が大分違う。単純な背丈だけで考えたら月島の方が大きいが、そう単純ではないのだ。齢を重ねた明確な差を感じられたから。……想像以上にしんどくなりそう、と 特に月島は表情を顰めてた。

 

「そりゃ、烏養さん…… コーチが呼んだチームだし。オレは大体想像出来てたぞ。……うん楽しみだ」

「ふーん……。僕は君や日向&影山(アイツら)みたいに何でもかんでも一直線、練習楽しい楽しい楽観視、なーんて出来ないんで無理。そもそも そんな感性最初から持ち合わせてない。しんどいの嫌だし」

 

月島の表情……、確かに今後、未来に日向が感じる予定の【その顔ヤメテ!】な気持ちが火神にも判る気がした。何とも形容しがたい表情。大部分が呆れ、僅かな困惑と驚き、そして時折怒り。それらがブレンドされた表情は確かに精神的に来るものがあるだろう。

でも、火神だってそれなりには負けてない。日向や影山と違って ちゃんと頭をある程度は働かせる事が出来るから。

 

「ずいぶん言ってくれるじゃん月島。そもそもお前だって十分負けず嫌いだろ? 口では何と言っても何だかんだやってるんだし。……ま、上手くサボってる部分もあるけど」

「ふん。そんなつもりなんて無いね。気のせいなんじゃない?」

 

ぷいっ、とこれ以上話す事は無いと言わんばかりに背を向けた月島。それを見て火神も軽く笑う。いつか聞いてくるかもしれない……何のためにそんなに頑張るの? と言う疑問。それはまだ月島の中では大きく育ってない様だ。

 

「あぁ~月島は上手い事 山口が操縦してくれたら有難いんだけどなぁ……。オレが翔陽にやってるみたいに」

「へ? オレ??」

「ん? ああ。何だかんだで一番月島の事判ってるのって間違いなく山口だろ? 付き合いだって一番長いんだし。普段の練習の時だって よく合ってるって思うし。……それとな~く、誘導してくれると非常に助かるんだ。オレは正直 結構前からキャパオーバー気味だって自覚してるから助けてくれよ……」

「…………」

 

火神の言葉を聞いて、山口はきょとん、としてた。

 

唯一1年の中で試合に出られてない山口は、他のメンバーがあまりに凄くて凡人な自分じゃ追いつけない存在なんだろうな、と何処となく思ってしまっていた所があったのだ。無論、諦めたりは全くしてないが、それでも やっぱりあの4人と自分は違いすぎる、と思わずにはいられなかった。

それで、その中のトップ(と自分は思ってる。月島を抑えて)の火神が助けてくれ、と言っているのがあまりにも意外だった。何だかんだとやってるのは間違いなく火神だし、上手く操縦しているのも火神だ。あの影山や日向の事を見てたらよりそう思う。

 

 

そして、意外と思うそれ以上に――悪い気はしなかった。

 

 

「任せて! って力強くはまだ言えないけど頑張るかな。ま、火神がつぶれるのも可哀想だし。ちょっとくらい頑張らないとなぁーって感じ?」

「わーー、すごーくありがたい言葉ありがとねーー(棒)」

 

 

きしし、と笑う山口。何処となく乾いた笑みを浮かべる火神。

山口は自分にも頼られる面がある事に喜びを感じつつ、町内会メンバーたちが揃うのを待つのだった。

 

 

そして、更に数分後。

 

 

「くっそ~~……、やっぱ流石に平日のこの時間に全員は無理か。しょうがねぇ。でも、悪いなお前ら。急に来てもらって!」

「おーッす!」

「良いって事よー」

「ここめっちゃ懐かしいし。たまにはこういう趣向も大歓迎だ」

「いやぁ 7~8年ぶりかな?? 変わってねーなー」

 

ぞろぞろと集まったのは4人の町内会メンバーの皆さん。

当然社会人だから働いてる筈。それなのに集まってくれて本当に嬉しい思いだ。

 

「よーーし、そろそろ始めるぞーー! 集まれーー!」

 

 

「オーース!! うぉぉぉぉ 試合だーーーっ!」

「燃えるっ!!」

 

 

気合ばっちりなメンバーたちが殆どなんだが……、西谷だけは違った。表情が浮かばないのが、初めて会ったばかりの烏養でも判る程だった。

 

「なんだ? どうしたんだお前。怪我か?」

「っ! あ、いえ……」

 

西谷が言葉に詰まった所で、事情を知っている澤村が間に入った。

 

「あっ、すみません。そいつはちょっと事情が……」

「?? なんかワケありか?」

「あーはい。えっと説明が難しくて……」

「なんだよ? ま、とりあえず怪我じゃなねぇんなら、町内会チームに入ってほしいんだ。リベロが仕事の都合で来られねぇって話でメンバー足りてなくてよ」

 

烏養から聞いて、澤村は西谷の顔を改めてみた。

練習とはいえ 東峰が居ない状態の烏野側に入ってプレイするのは、やっぱり心情的に厳しいのだろうが、町内会チーム側なら 問題ないのでは? と思ったからだ。

西谷は複雑そうな表情はしていたが、軽く頷いてくれた。なので、澤村も了承し それが決まったその時だ。

 

 

「あっ、アサヒさんだっっ!! おおーーい、アサヒさーーんっ! アサヒさんアサヒさぁぁーーんっ!!!」

「ゲゲッ、またコイツ……っ」

 

 

日向の声が体育館に響いたのは。

一斉に視線が日向の方へ。体育館の窓の鉄格子部分に捕まって外を見ている日向。どうやら、体育館の直ぐ傍にまで東峰は来ている様だった。一番の接近である。

 

ただ、東峰はまだ心の準備が整ってなかった様だ。大声で呼ばれた事で完全にバレてしまった、と思ったのだろう。かなり慌てていた。

 

 

「東峰さん! お疲れ様です!! 待ってましたよ!!」

「うわわっ、出てくるのはやっっ!!」

 

 

色んな意味で待ってました、と言わんばかりに 体育館の扉が開いて顔を出したのが火神。

日向の声から、火神の登場までのタイムラグが殆ど無かったので、打ち合わせでもしてたのか?? と思えた程だった。

そして、ぞろぞろと集まってくる。田中も感激で感激で大声で【旭さん!】と呼んでいる。

 

皆がエースの帰還を心待ちにしていたのだ。

 

それでも、煮え切らないのが東峰。

 

 

「あっ、いや、でもだな。オレはそのっ」

 

 

色々と言い訳を並べようとしてたんだが、それをさせないのが 仮とはいえコーチを任されている烏養。

火神の隣に来て仁王立ち。

 

 

「なんだお前遅刻か!? なめてんのかポジションどこだ!?」

「あっ……その、WSで……」

「人足んねぇんだ! さっさとアップとってこっち側に入れ! 今すぐ!!」

 

 

有無を言わせない大人の一喝。

流石の東峰もそれをスルーするだけの度胸は無く、仕様が無く……? 体育館へと入ってきた。戻らない、と口では言っていたが、しっかりと出来るだけの準備はしていた。バレーシューズ、練習着、サポーターとその他もろもろ。

 

【来るって信じてましたよ】

 

と言わんばかりの笑顔を見せる火神を見て、視線を合わせない東峰。

まだ、緊張の色が見て取れた。

 

菅原や田中は勿論歓迎モード。澤村は、厳しい顔をしていても、その実 しっかりと喜びほっとしているのが判る。

ただ、西谷の表情は真顔のままで一切変わらなかった。戻ってきてくれと何度も思っていた筈なのに、何にも言わないその姿勢が逆に東峰にプレッシャーを与えていた様だ。

 

 

「うっし。後はこっちのセッターだな。オレがやりてぇとこだけど、外から見てなきゃいかんし……。おう、悪いがセッターも1人そっちから貸してくれ」

 

 

次の問題はセッター問題。

以前の青葉城西の時は 指定されていて仕方なく、だったが今回は違う。

 

烏野町内会チームに行く、と言う事は レギュラーではない、と吐露しているものだから。チームの具合を見る為なら、当然出られるベストメンバーをそろえなければならない。東峰は病み上がりも良い所だから良いにしても、本来なら正セッターであるのは菅原だ。

ただ……皆も判る通り 影山のスキルはずば抜けている。時間も信頼関係も全てを一足飛びで飛び越せるだけの能力を持ち得ているのだ。

 

 

僅かに流れる沈黙の後――歩を進めたセッターは。

 

 

「スガさん!?」

 

 

菅原だった。

影山の目には、自分から 身を引く様に見えた。

 

 

「……オレに譲る、とかじゃないですよね。菅原さんが退いて、オレが繰り上げ……みたいなの、ゴメンですよ」

 

 

そういった妥協を許さないのが影山だ。バレーにおいては全てが真剣。勝ちに貪欲、全て一直線なのは変わらない。負けたとしても、挫折があったとしても、それを受け入れ前を向けるだけの力も影山は持ち始めていた。だからこそ、嫌だったのだ。

 

そして、菅原自身も並大抵の覚悟では無かった。

 

「オレは…… 影山が入ってきて、正セッター争いしてやるって思ってる半面、頭のどっかで……ほっとしてた気がするんだ。セッターはチームの攻撃の軸。一番頑丈でなくちゃいけない場所だ。……でも、オレはトスを上げる事にビビってしまった」

 

心にしこりが残ったのは、鈍い痛みが残ったのは 何も東峰だけじゃなかったんだ。

菅原自身もずっと感じていた事だった。

 

「……オレのトスでまたスパイカーが何度もブロックに捕まるのが怖くて、圧倒的な実力の影山の陰に隠れて……、安心、してたんだ。……スゲー情けなくなった。それでも、今も怖い。スパイクが捕まるのも、誰かに頼り過ぎる指揮を執ってしまうのも。……けど」

 

 

ぐっ、と目を瞑り、そして開いた。ずっと暗い闇にいた気がする。その感覚を払拭する為に、目をしっかりと見開き、はっきりと戻ってきてくれた東峰を見据えた。

 

 

「もう一回。オレにトス上げさせてくれ! 旭!」

「! ――――……っ」

 

 

東峰はこの時初めて、自分だけじゃない、と思った。菅原も、そして澤村だって。あの時の試合でのしこりは、皆の中に残ってしまっているんだと。

 

そして、一番 自分が情けなく、大バカに思えた。

後から辛くなるのなんてわかりきった事だったのに。ただただ悪戯に先延ばしにしただけなんだって、頭の何処かでは判っていた筈なのに。

 

 

「だから、俺はこっちに入るよ影山。……負けないからな」

「……オレもっス」

 

 

 

 

 

 

影山vs菅原

 

 

 

みたいな構図になった様な気もする。でも、勿論バレーは6人でやるものだ。1人では誰も勝てない。それは菅原でも影山でも東峰でも同じ事。なので蚊帳の外にはならずしっかりついていこう、と気を引き締めなおす。

 

 

「よっしゃ! とうとうアサヒさんやって来た!!」

「とりあえず、な」

「おう。こっちも気を引き締めないと あっという間に負けるぞ。相手は殆ど大人チームなんだから」

「よっしゃあああ!! やるぞーーー! エースと対決だっ!!」

「お前はもっと落ち着け!」

 

 

 

 

始まるエースとの対決に日向は興奮気味。エースにやっぱり注目が集まる様だが、他のメンバーだって十分凄い。

 

町内会チームのメンバーを紹介すると。

 

 

滝ノ上(たきのうえ) 祐輔(ゆうすけ)(滝ノ上電気店勤務)MB 185㎝

内沢(うちざわ) 英紀(ひでのり)(クリーニング屋勤務)WS 176㎝

(もり) 行成(ゆきなり)(大学3年生)     MB 183㎝

嶋田(しまだ) (まこと)(嶋田マート勤務)  WS 177㎝

 

 

一番若い人でも大学生の森21歳。

それ以外の助っ人の全員が成人を余裕で超えていた。バレーは趣味でやっている程度、とは聞いていたが、体格がやはり高校生とは違うのがはっきりと判る。

そして、それに加えて東峰と言う烏野エース。菅原のセッター、西谷のリベロ。

総合力で言えば相手の方が上だと思えた。

 

影山や火神と言った個々の能力では抜きんでていると言えるが、バレーはチームプレイ。まだまだ未熟なのには変わりないから。

 

 

「よしお前ら。判ってると思うが言っとくぞ。相手の半分は大人。そして旭も強い。ここ暫くサボってて本調子じゃないのは間違いないが、それでもだ。西谷や菅原も勿論強い。オレが一番よく知ってる。だから オレ達はただただ今出来る全力をぶつけるだけだ。行くぞ!!」

【アーース!!】

 

試合前の澤村はいつも頼りがいがある。

でも、今日は何処か頬が緩み気味なのが判った。やっぱり、口では何を言っても仲間が帰ってきてくれた事が嬉しいんだろう。

 

 

色々とあったが終わりよければすべてよし。何はともあれ。

 

 

烏野のメンバーが全員揃って 烏野高校 vs 烏野町内会+α が始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の代の烏野バレー部の力量を見極める為には、試合形式の練習をするのが一番良い。個々のスキルは勿論 連携プレイが どれだけできるか、何処まで信頼出来ているか、何が苦手なのか、それらがよく判るのが試合だ。

 

烏養がコーチを引き受けた理由は、武田が組んでくれた音駒との試合にあった。

 

ここ数年は交流も途絶え、相手監督の猫又も退いて、自然消滅の一途をたどるんだろう、と烏養も思っていたんだが風向きが変わった。

武田が練習試合にこぎ着けたと言うのだ。……それに加えて音駒には同じ年代を戦った同期がいる。そして祖父の因縁のライバルでもある猫又監督の復帰。

それらは烏養を焚きつけるのには十分過ぎる程の火種であり、あっと言う間にやる気になってその日のうちに高校にまでやってきてくれた。

 

音駒相手にだらしのない試合などさせられない、と言う使命感に燃えて。

 

そして、今の代。

 

武田の話によるとそれ相応の有望株が揃っているとは聞いていたが、所詮は高校生。さらに言えば近年烏野高校は行けて3回戦止まりの成績。あまり期待していない、と言うのが当初の感覚だったのだが。

 

 

 

「ッッ!!」

 

 

 

轟音と共に、放たれたジャンプサーブがコート(町内会チーム側)に突き刺さる。

 

 

「うっし」

「うひょーー! ナイスーー!」

「火神ナイッサー!!」

「……やるじゃねぇか」

「一発目から絶好調だな、火神」

「色々と燃えるものがあるんで、つい力入りました。正直アウトかな? って思いましたが、入って良かったです」

「……(火神(アイツ)も結構単細胞っぽいトコあるよな。横の王様も張り合ってて単純だし。類友??)」

「ナニ月島。その顔」

「別にー」

 

 

 

もう何度も見たし、一緒に練習しているから烏野のメンバーにとっては何気ないいつも通りのプレイなんだけれど、町内会チームの皆さんにとって、烏養にとって、まず第一の衝撃である。

 

特に外から見ていた烏養はぽかんっ、と口を大きく開けてしまってた。

確かに体格は他のメンバーたちに比べて大きい方。だが、それでもまだ中学から上がったばかりだった筈。まだ高校1年だ。

なのに、打ち放った強烈なジャンプサーブは、殆どスパイク? と思えてしまう程で、まだ初っ端な筈なのに早速エンジン全開のプレイ。加えて見事な精度。完璧、と思わず言ってしまいそうになる後衛の2人の丁度間に着弾した。仮に威力が無かったとしてもお見合いしてしまう可能性が極めて高い実にいやらしい位置である。

 

「ふふ、ふふふっ」

 

烏養の隣では武田が笑いながら烏養の顔色を窺っていた。

【すごいでしょ?】【やばいでしょ??】【驚いたでしょ??】

と言っている様にも見える。それだけ誇らしいのだろう。

 

 

「……なんだありゃ。最近の高校生ってあんなサーブ打つの??」

「一瞬で目の前に来たよ。スパイクかと思った。……あんなん有り??」

「まぁウチは強豪とは言えないケド、大学でも見た事ないっス……」

 

 

町内会メンバーもビックリ仰天だった。一番初めのサーブを景気よく力いっぱい打ってくるとは思っていたが、それにしても限度と言うものがあるだろうと。烏野バレー部は低迷期が続いているのは知っていたし、去年の成績も知っている。それらを一蹴するかの様なサーブだったから。

 

「ヒュー、やっぱ誠也のサーブスゲェな。影山もやるが、どっちかと言えば誠也のサーブの方が取りづれぇ」

 

西谷は何度も見ているから別段驚く事はなかったが、練習とはいえ 普通はサーブ練の時と比べ試合形式の時じゃ、どうしても精度が落ちる事が多い。

余計な力が入ってしまったり、様子を見てしまったり、緊張してしまったりと様々な要因があるが、火神のサーブはソレを全く感じさせない程だった。

公式戦ともなればまた違うかもしれないが、やっぱり圧巻である。

 

因みに、影山は授業とか学業では 頭の中にそもそも入っていかないが、こういった類の時は地獄耳。【自分より火神の方が取りにくい】部分を正確に聞き取り、更に対抗意識を高めるのだった。(……具体的には火神を睨む行為である)

 

 

 

「西谷にあそこまで言わせるなんてやっぱやべー。な? 言った通り凄いだろ旭」

「あ、ああ。……凄いな」

 

菅原は少し誇らしそうに胸を張って言っていた。

嘘は言ってない。今年の一年はかなりの有望株だと東峰にずっと言ってきたんだ。東峰もたった一球ではあるが、理解できた。高校バレーを3年間してて、一番のサーブだったかもしれないから。

 

「でも、アイツばっか注視すんなよ、旭。……ビックリ度で言やもっとヤベーのが居るから」

 

菅原が指さす先に居るのは日向。

エースに憧れている、とずっとずっと言っていて、自分の事もずっと気にかけていた1年の1人だ。

 

 

そして……、その菅原が言っていた言葉の真の意味を理解するのは本当に直ぐ後の事だった。

 

火神のサーブは強烈だが、何度も何度もサービスエースを取らせてもらえる程、町内会チームは甘くない、と言う事だろう。……ただ、レシーブが乱れてしまって、返球するのがやっとではあったが。

 

そのチャンスボールで、次に見せたのが日向だった。

 

 

「行け! 日向!!」

 

 

田中の掛け声と共に放たれたスパイクは、影山⇒日向の超速の速攻……変人速攻。

ドンピシャで放つトスに加え、ブロックの反応が全く間に合わない速度で打たれるスパイクは、ガラ空きの顔面に思いっきり全力パンチを受ける様なものだ。

 

「うおおお! 今度はちっこい方か!? ってか、何だ何だ!? 今の!?」

「すげーー、すげーー! めっちゃ跳んだな、オイ!」

「それよりもトスだろ。あんなドンピシャありえねーって」

 

驚きタイムその②発動! である。

 

青葉城西の時とやや違うのは、間髪入れずに行った(狙ったわけではない)事だろう。火神~日向&影山と一気に見せられてしまったので、混乱極まった様子だった。

 

 

「――――……はぁ?」

 

 

勿論、烏養も言うまでも無い事であり、本日2度目の驚きタイムである。その横で武田がドヤ顔しながら、伺っていた。……気付いた様子はないが。

 

 

 

「よっしゃーー!」「うしっ!!」

 

「ナイス! 日向 影山!」

「あ、2人でハイタッチすれば良いんじゃない? 個別でガッツポーズ決めてるけど」

 

火神の提案を受けて、日向は何ら問題なく、待っていたのだが 何だか影山は抵抗がある様子。下々に何故このオレ様が! と言った具合なのだろうか。それでも日向はにやにや顔をやめないので、仕方なく影山は日向の手を叩いた。……おもいっっっきり。

 

ばちこーーんっ!! と良い具合の乾いた音が体育館に響いた後。

 

「ぎゃあっ!」

 

と、日向は悲鳴を上げながら叩かれた部分に息を吹きかけてるのだった。

 

「よしよし。んじゃ次は月島と影山かな?」

「「……………」」

 

にっ、と笑いながらチラ見をしてみると、2人とも露骨に顔を逸らせてた。

それだけの所作でハードルがどれだけ高いのか、よく判る。

でも、まだまだチームは始まったばかりなので、あまり欲張ったりはしない。

 

そんな1年を見ながら軽く笑うのは澤村、そして 田中。

色々と大変な面子だが、支えてこその先輩であり、主将だ。

澤村は、東峰と視線を合わせて、軽く笑った。烏野がこれからもっと強くなる。間違いなく爆発的に進化する。それを判らせるかの様な意思がその笑みには見て取れたのだった。

 

 

 

 

 

 

その後は、菅原・滝ノ上の速攻でどうにか火神のサーブを切る事に成功。

 

点を取られた事よりも、菅原の見事な速攻に目を奪われたのは日向だ。影山としか合わせた事が無かったので、色々と新鮮だった、と言う理由もあるだろう。

 

「おおっ、菅原さんの速攻! すげー!!」

「そらお前。スガだって歴としたセッターなんだからなっ! あの程度は当たり前だ」

「ふおおお!! オレもスガさんの打ってみたいですっっ!!」

 

嬉しそうに胸を張る澤村。そして 天然のおだて上手でもある日向の裏表のない賛辞は 聞いてる側にとっては嬉しいのだ。

 

そして 点を取り返された場面なのに、雰囲気が良くなると言うのも何だか面白く感じる。

 

 

菅原自身も日向の含みも裏表もない称賛の言葉には 思わず笑みが零れそうになる思いだった。

 

「スガさん! ナイストス!」

「! おうっ! ……つってもさ。町内会チームの人達がうまいこと合わせてくれてんだけどな。オレ自身のトスはまだまだだよ。さすがベテランって感じだ。ビックリタイムももう終わったっぽいし」

「ビックリタイム???」

「ああ。火神、日向&影山。アイツらのプレイって見た通りビックリするだろ? ビックリしてる間に、点数稼いだりしてたんだ青城戦の時。結構ハマった感はあったんだけど……、流石大人。もう楽しんでる風だ」

 

チラッ、と町内会チームの皆さんに視線を向けてみると、軽くミーティングしてたり、腕や肩を回したり足伸ばしたり、と やっぱりもう引き摺ったり驚いたりと言った様子は全くなかった。

その辺りは経験と言うよりは年の功と言った方が正しいかもしれない。

西谷もそれは感じられた様で ただただ感心する、と言った具合に頷いてた。

 

「……西谷。これからも速攻もどんどん使って強気で攻撃を組み立てていかないといけないんだ。恥ずかしい話、組み立てとかその辺はさ、大地顔負けの統率と言うかリーダーシップと言うか、火神が色々とフォローしてくれるんだよ。上級生として立つ瀬ねぇな! って思ったりもするけど、これまたビックリするほどスゲェ頼りになるんだ。……でもな。セッターとして、ゲームの司令塔として ボールに触れるのはオレ自身なんだ。ほんの一瞬……少しでも弱気になったり後ろめたい気持ちになったりしたら、エースに頼ってしまう。頼り切ってしまう試合にしてしまう。もうそんなのはゴメンだからな。どんな時でも崩れない強さってヤツを目指したいよ」

「………………」

 

菅原の話を聞いて、西谷はきょとん、としていたが直ぐに大きく頷いた。

自分の弱い所も認めて、それでいて止まる事無く前を進もうとしている姿勢。それを見れただけでも十分だ、と言わんばかりにだった。

 

だからこそ、西谷の最大級の賛辞を贈る。

 

 

「確かに色々オレもビックリはしましたし、誠也の事も色々すげーって思うっスけど、それよりもスガさんっス! カッチョよくなったっスね! うん。カッチョいーっス!」

「ええっ‼ そお?? なんか西谷に言われると嬉しいな」

 

 

そんな2人の会話をやや離れた所で聞いてたのは東峰だ。

西谷が元々頼りになり、男気溢れていたのは最初から知っていたが、それ以上に同級である菅原が頼もしく変わっていた事に驚くのと同時に、やはり自己嫌悪があった。どっちつかずの今の状態。戻ってくると口で言ったわけでなく、ただただ流れに身を任せただけだから。

 

だけど、それ以上に思うのが澤村が言っていた通りだった、と言う事だ。

 

 

―――バレーが好き。この場所が好きだと言う事実。

 

 

それだけは偽る事が出来そうになかった。

どれだけ凄い1年が居ても、どれだけ自分が出来ない男だと思われていても、その自分の素の気持ちだけは変わらなかった。

 

あの道を分かたれた運命の試合。

 

打てど打てどブロックに阻まれ、そして西谷が何度も拾ってくれて……それでも決める事が出来ない。

あの色んな音で渦巻く体育館なのに、見てる観客の声がよく頭に入ってくる。

 

【リベロが良くても攻撃がダメ】

 

 

そして、トスを呼ぶのが怖くなった。最後は何も出来ず点を取られて負けた。

 

その後、西谷とのいざこざがあった。……いざこざ、なんてもんじゃない。ただただ情けない自分が許せなくて、そして それを一切責めようとしない周りに当たってしまっただけだ。西谷も勿論引いたりはしない。

 

最後には言い合いをして、部活いかなくなって……そして、西谷は教頭の前で問題を起こしてしまい、謹慎処分を受けてしまった。いや、問題を起こさせてしまった(・・・・・・・・・)んだ。

 

 

あの時の西谷の最後の言葉。

今でも覚えている。耳から離れない。

 

 

【アンタはまだスパイク決めたいって思わないのかよ!】

 

 

今も、何度も何度も頭を過っている。

答えはいつも出せなかった。でも、今なら―――。

 

 

 

「…………思うよ」

「………?」

 

 

体格に反比例した小さな小さな東峰の言葉。でも西谷にはっきりと届いた。

 

「何回ブロックにぶつかっても、つかまっても、……オレはもう一回、打ちたいと思うよ」

 

東峰はあの時言えなかった答えを今言えた。

 

そして、あの時聞きたかった答えを今聞いた西谷は笑った。

 

 

「……………それが聞ければ十分です」

 

 

精神を集中させる西谷。目を閉じ、深く深呼吸。

ただそれだけの所作なのに、その集中力が伝わってくる様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははっ……なんか凄いの、起こしちゃったかも」

「あ?」

 

その強烈な集中力をネット際で感じ取ったのは火神。

勿論、先ほどのやり取りも横目でみて、聞き耳を立ててはいた。気持ちと身体が一致した時、人はベストパフォーマンスを出せる。それは何処の世界ででも同じ事だ。

因みに 横にいた影山は何を言ってるのかわかってなかった様だったから、火神はそれ以上は何も言わず、ただただ指をさして構えた。引き締まった表情を見ただけで影山は大体把握。色々と考え足りない部分がある影山だが、事バレーにおいては別。なので同じく気を引き締めなおしていた。

 

 

そして、ラリーが続き レシーブが乱れた町内会チーム。最後 森からのアンダートスが東峰に上がった。

 

「そこのロン毛兄ちゃん! ラスト頼むぞ!!」

 

息をのむのは、敵味方問わず 東峰の事を知っている者の殆どだった。

決して万全とは言えない状況・体勢ではあったが、そういった場面でも決めてくれるのがエース。

どれだけ不格好でも 繋げば、繋いでさえいれば、最後はエースが決めてくれる。

 

様々な思い、多くの期待。それらを背負い 東峰は跳躍した。

 

 

「止めんぞ!!」

「命令しないでくんない」

「ほ、本気で行くっすよ! 旭さん!!」

 

 

乱れたからこそ、正確に読む事が出来る。故に影山・月島・田中のブロック3枚揃える事が出来た。だが、例え3枚揃っていたとしても関係ない。判りきっている事だ。それで尻込み等する訳もなかった。

 

東峰の綺麗な空中姿勢。

 

アンダートス故に乱れたと言っていいトスなのに、正確に空間を把握し、助走も完璧。それだけで約1ヵ月も部活をサボってたなんて思えない程だ。

 

極めつけは そのパワー。

 

気を入れ直し、全力で跳んだ影山の手に当たったボールは 見事に止めた……が、影山の脳裏には戦慄が走っていた。

 

 

【重ぇッ!? ひと月ブランクあってこれかよ……!? 火神(アイツ)が言ってたのはこういう事か!?】

 

 

凄いのを起こしたかもしれない。

 

火神が思わずそう言っていたのは 東峰の事だった、と影山は改めて理解。もし――あの時。火神の言葉を聞いてなかったなら、思い切り弾き飛ばされてしまっていたかもしれない。

 

 

そして、戦慄を覚えたのは影山だけではなかった。

 

 

今の状況で自分にできる最高のスパイクだった。

だが、また阻まれてしまった。高い高い壁に。それらが 東峰の脳裏にトラウマとしてよみがえらせてしまったのだ。あの完璧に仕留められた最後の試合を。

 

だが、そんな不安を一蹴するかの様な事が起こった。

 

ブロックは東峰のスパイクの勢いをそのまま……とまではいかないが、かなり強く返されている。しかも予測など出来る筈もない方向に。

コートに叩きつけられるまでの時間はコンマ数秒の世界だろう。

 

そんな刹那の世界に手を伸ばす男がいた。

 

その男が手を伸ばしたのはボールとコートの差僅か数センチの隙間。その隙間に手を伸ばし ボールがコートに落ちるのを拒んだ。

見事なブロックカバー。エースの命を繋ぐのは スーパーリベロ 西谷。

 

 

「うおおおお! 上がった!!」

「ナイスフォロー!!」

 

 

まだ始まったばかりだが、一番の歓声が沸き起こる。

そして見事に上げて見せた西谷だったが、決して満足などしてはいない。常にボールを追いかけ続ける。繋いだ先を託す。

 

 

「―――もう一回」

 

 

そして その発せられた言葉が誰に対してのモノなのか。最早判らない者など居ないだろう。

 

 

「――だから、もう一回! トスを呼んでくれ!! エース!!!」

 

 

あの時から、今日まで呼ぶ事は無かった。

呼ぶのも怖い。そして、託す方も怖い。

 

「オーライッ!!」

 

菅原はその一瞬の間に様々な想定を頭の中でしていた。

 

誰に上げるのか。西谷が見事に上げて見せたが、位置的に此処から速攻を繰り出すような技術は自分にはない。だから、レフトからのオープントスが一番確実。

 

だけど、それが確実(・・)であっても最善(・・)なのかどうかの判断がつかなかった。

判断(・・)、と言うよりは 勇気(・・)と言っていいかもしれない。あの時の試合の記憶が菅原にも確実に足枷になってしまってる。

そう。……もう一度、東峰に上げて止められたらあの時と同じだ、と考えてしまっている。

 

そんな考えの最中 また声が聞こえてきた。

今度は西谷ではなく 相手側の影山。

 

 

「菅原さん!! もう一回!! 決まるまで!!!」

 

 

最後は自分自身で超えなければならない事を影山は良く知っている。トスを上げた先に誰も居なかったあの怖さを超える事が出来たのに 切っ掛けは確かにあったが それでもその先の一歩を踏み出すのは自分自身なのだから。

菅原にも東峰にも立ち止まってほしくなかった。

 

「ドSだね~~王様。肩入れなんかして良いの? また止めるよ?」

「ア゛!? 良いんだよ! 手なんか抜いたら何の意味もねぇ!」

 

 

手を抜く事は月島の十八番だったり? するけれど、事自分の得意とするブロックで手を抜ける程器用じゃない事は良く知っている。そして影山に対しては言わずもがな。バレーで妥協する様な男ではない。つまり、今が最高にして、絶好の機会。トラウマを払拭する為の。

 

 

「菅原さん!」

 

 

後ろで構えてた火神も同じく声を上げた。

不思議な感覚だ。ほんの数秒。西谷のスーパーレシーブでボールが普段より増し気味の高さで上がっただけで、生まれた時間などほんの数秒なのに、体感時間がスゴク長く感じる。そして、考えるより先に声が出た。

 

 

「止められても、何度でも【もう一回】が出来るのが練習です! 本番前に、いっちょかましてみましょう!」

 

 

ぐっ、と火神が低く構えつつ、笑顔でそう言っていた。

あの及川のサーブを受けたい、と言っていた時と同じような笑み。エースのスパイクを体感したい! と言ってる様にも見えた。

 

「火神も肩入れしてんのね」

「肩入れっていうか、全力を受けてみたいだけじゃん」

「………」

「その顔止めてくれって」

 

月島の変顔?だけは馴れることも、もう一回、と思う事もないな、と思う火神だった。

 

 

 

 

ブロックされなくとも、簡単に拾われて点にならなかったらまた東峰に―――と一瞬だけ思ったが、それは直ぐに霧散した。

 

「(……アイツらが言う様に。もう一回。もう一回。練習で出来ない事が本番で出来る訳がない。大地だって言ってたじゃないか。……オレ達はただ繰り返し繰り返し練習していくしかないんだって。……今、やらなくていつやるんだ?)」

 

菅原の中で闇が払われようとしていた。

 

 

そして、その闇を完全に払ったのが 東峰だった。

 

 

東峰も確かに怖い。またブロックに阻まれるのが怖い。点を稼げない名ばかりのエースになるのが怖い。

 

……でも、スパイクが打てるのはトスが上がるから。トスが上がるのは、トスへとつなぐレシーブがあるから。そのスパイクを打つのだって、自分だけとは限らない。

全員が出来うる事を全力でしているだけだった。そこに怖がる事なんてない。皆が傍にいるから。

 

―――そう、1人じゃないんだから。

 

だから――自分に出来るのは呼ぶこと。力の限り、呼び続けること。

 

 

 

 

 

菅原(スガ)ァーーーーーッッ!!! もう一本だ!! 決まるまで!!!」

 

 

 

 

 

エースが待ってる。トスを呼んでいる。

それは、気持ちと身体が一致した瞬間だった。

 

「旭……!」

 

今できる最高のトスで答える。

菅原は、影山の様な技術は無い。どんな所でもドンピシャに上げる様な技術なんかない。

それでも……東峰が打ちやすいトスを上げる事だけは、負けてないつもりだった。

長く一緒に戦ってきたからこそ判る。

東峰が得意なのはネットから少し離した高めのトス。

 

単純なトスでも最後の瞬間まで丁寧に。美しい弧を描いてあがるトス。

 

 

「(……完璧)」

「悪いけど次も止めるよ?」

「何回も言うんじゃねぇ。……全力だ」

「うおおおお!!! アサヒさーーんっっ!!!」

 

 

オープントスだからこそ、読み易く揃いやすい。此処で手を抜いたら同じことだし、相手にも失礼極まりない行為だ。誰もそんなことを望んでないし、するつもりもない。

 

 

そして、不思議と東峰は あの時の様な 嫌な感覚はなかった。

高い高い壁に阻まれ続けたあの時の様な感覚はない。確かに止められたら、と思う事はあるが、例え止められたとしても それ以上に頑張り抜いて打ち切ってやる、と言った前向きな思考を持つ事が出来た。

 

頼もしい背中の守りがあり、自分の為に一番打ちやすいトスを上げてくれるセッターがいる。今の自分に不足はない。単純極まりなく当たり前の事。いつの間にか忘れてしまっていた事。……1年生にも聞かされた当たり前の事。誰しも独りで戦っているのではない。

 

ただ、託されたボールを何度壁にぶち当たろうとも―――打ち切る。打ってこその――……。

 

 

「……エースだ!!!」

 

 

最初の一本目よりも遥かに強い一撃。

しっかりと前に手を出した筈なのに、月島も、影山も、……そして 触っていない田中でさえ跳ね返された感覚があった。

そして、そのボールの勢いはブロックに当たっても少しも衰える事無く、弾き飛ばされコートに突き刺さる……筈だったが、その強烈な殆どスパイクされたボールとコートの間に割って入る影があった。火神である。リベロが不在ならば、その役目を果たそう。と言わんばかりだった。

 

「んんんッッ!!!?」

 

それは位置取りが見事、と言う他無い。

ただ、西谷と同じくスーパーレシーブ!! ――とまでは言えなかった。

懸命に飛び込み、ボールを捕える事が出来たと思っていたのだが、予想以上の力だった為、勢いを殺す事が出来ず、そのままボールは高く高く打ち上げられてしまった。体育館の天井まで。

天井に当たった時点で得点は町内会チーム側だ。

 

「いっててて………。無理か、アレは……」

「いや、それでもヤベーよ! あんな至近距離で打ち下ろされたも同然なやつ、触れるだけでも十分やべーって! お前いったいなんなんだ!? ノヤっさんが2人か!?」

「……火神、やってくれるな」

「ほんっと王様倒せる勇者サマって感じだね。あー嫌になるくらい」

「ア゛ア゛!?」

「影山落ち着いて……。ってか、なんで勇者が王様倒すんだよ」

 

赤くなった腕を振りながら、苦笑いする火神。

そして、周りも称える様に寄ってくる。(月島は別っぽそうだが)

 

此処は、エースがバッチリと決めるシーンだ。よく知っているシーン。だが例え無粋だったとしても、バレーに関しては火神自身も嘘をつけられない。身体が赴くままに、身体の反応に身を任せて、飛び込んだ。……半分以上は読みが当たった幸運ではあるが。

 

 

「……ナイス!! ナイス旭っ! 西谷も!」

「……お前らも、ナイストス、スガ。西谷も、ナイスレシーブ」

 

そして、ネットを挟んだ向こう側。今は対戦相手の仲間たちも、東峰の気持ちの入った一発により、見事、打ち解けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、すごいなぁっ! 西谷君も火神君もすばらしいっ!! 未来予知でもしてるんですかね!? 彼らは」

「………練習、経験と読み。後は本人たちが持ってる反射神経もある。どっちもどっちだ。アイツら……」

「はははは!! 凄いでしょう!? これで怖いもの無し、ですねっ! ブロックされたとしても、あれだけ拾えるのなら!!」

「……何言ってんだ?? 確かに読みはスゲェし、反応もヤベぇ。でもあんなもん毎回拾えるなんてあり得ねぇよ。拾うつもりではいてもな」

 

興奮しっぱなしな武田をなだめる烏養。

烏養自身も色々と興奮する所もあり、武田の気持ちもよく判るんだが、自分以上に燥いでる者が居たら不思議とクレバーに見る事が出来るのだ。

 

「バレーは100kmかそれ以上のスピードでボールがくる。それもほんの2~3mの近距離な上に、来る場所も予測も不能ときてる。あんな感じでブロックに当たったら軌道も簡単に変わるし、勢いも同じくらい変動する。そんなもん全部拾うなんて不可能だ」

「おお………、た、確かにそうですね……」

 

興奮してた武田は一気に現実へと引き戻された。

確かに、そんな事が出来るのなら、0点ゲームの試合だってもっともっと増えていいだろう。だが、武田は勉強の一環でバレーの試合を色々と拝見してきたが、一度たりともそういった試合を見た事が無い。だから、失点を完全に抑えるのなんてよくよく考えたら無理なのは判る。

 

「……ただ、【ブロックされたらそこでおしまい】って訳じゃないって判ってる事が大事なんだ。後ろにはちゃんと仲間がいる。……それをわかってるかどうかで気持ちは全然違うモンさ。それは攻撃側も守備側も同じ事だ。繋げば決めてくれる。例え決められなくても守ってくれる。ってな具合にな。まっ、過剰に互いにおんぶにだっこ状態じゃ本末転倒になっちまうが、アイツら見てるとそんなのは無いだろ」

「……ナルホド」

 

烏養は夫々のチームを見た。

決めた方も決められた方もしっかりと集まって話をしている。簡単そうでとても難しいのが互いの意思疎通だ。それを養う為に不可欠なのがコミュニケーション。

西谷との件で その辺りに不安があるのでは? と烏養は試合をする前は思っていたが、杞憂だと結論するのだった。

 

 

 

「誠也すげーじゃねぇか!! サーブにレシーブになんでもござれ、完全無欠かこのやろう!! すげーぞ!!」

「いやいや。オレ取れませんでしたし。西谷さんの方は見事に上げたじゃないですか。東峰さんのスパイクが凄いっス。捉えきった! って思ったのに、ほんとやばかったっス!!」

「だろ!!?」

「に、にしのや……」

 

その後。勿論西谷に最大級の賛辞を受けるのは火神。

そして 西谷の事だけじゃなく東峰の事をお返しに賛辞したら、東峰だけじゃなく西谷にも喜ばれたのだった。

 

 

 

 

 

「……せいや。今の威力やばかった? すげーパワーだった??」

「ん? ……ああ。今までで一番だな。腕がまだ痛い」

「そっか。……影山と月島、田中さんの3枚吹っ飛ばした上でのあの威力……。凄いパワー。あれがエース……!」

 

 

日向の目つきが変わった。

エースと対決したい! エースと対決だ!! と楽しんでる風もあったが、実際にその力を目の当たりにして意識が変わった。

火神が取った! と日向も感じたのだが、火神をもってしても捉えきる事が出来ず弾き出されてしまった。日向にとってはある意味初めての事だったかもしれない。今まで何度も救ってくれてた男でさえ吹き飛ばす程の威力のスパイクを打てる東峰。それこそが烏野のエース。

 

 

「んん?? 翔陽はパワー勝負でもするつもりだったのか?」

「え??」

「え? じゃなくて 自分の持ち味。忘れた訳じゃないよな?? 東峰さんのパワーすげーー! ばっかり言ってるけど、翔陽が持ってるものも十分すげーんだからな」

 

火神は日向に軽くチョップを入れた。

やり取りを見てた影山も呆れた様に言う。

 

「なんだお前。エース見たい見たい言ってた癖に、ビビったのか? また?」

「び、ビビってねぇよ!!」

「なら、集中し直そう。東峰さんの強力な一発も翔陽の持ち前の一発も同じ1点だ。何か違うか?」

「………おう!! オレだって戦える。今度はオレが打ちきる番だ!!」

 

日向はそう予告すると大きく跳んだ。

 

 

 

 

烏野のエース東峰の完全復活。

此処からが本当の勝負の始まりだ。

 

 

 

 

 


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