王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第38話 烏野町内会戦②

「旭さん!!」

「うえっ!? は、はい!!」

 

西谷の突然の大きな声に身体を思わず震わせて、背筋をピンっ! と伸ばすのは東峰。

いったい何事!? と敵味方問わず2人に視線が集まっていた。

 

「さっき、誠也は旭さんの事凄いって言ってましたし、そん時オレも頷きましたけど、実は違う意見もありますからね! さっきのヤツ全然ジャンプできてないんじゃないですかっ!?」

「あ、いや………」

 

東峰は図星を刺された様だ。

ボールを振りぬく力はまだ問題ないと思っていたが打点に関しては確かにイメージと違っていたのだ。1日練習をサボると3日は取り戻すのに時間がかかる、と聞いた事があるが まさにその通りな気分だった。……1ヵ月も練習に来なかった事を考えれば御の字かもしれないが、それは自分自身が言っていい事ではない。

 

「一ヶ月もサボるからですよ!!」

「うん……、スミマセン……」

「これから試合だって近いんスからビシバシ行きますよ!! オレ、これから暫く教室まで迎えに行きますから!!」

「い、いや、そこまでしなくても大丈夫だって……。ちゃんとしますから……」

「はっはは。キビシーな~ 西谷は」

 

町内会+αチーム。

 

雰囲気も上々。大人たちも何だか微笑ましい様でそれでいてくすぐったそうな如何ともし難い表情で見守っていた。青春でも感じているんだろう……きっと。

 

そして、勿論 烏野側の視線も3人に集まっている。

烏野側唯一の3年である澤村は 誰よりも思う所があるんだろう。暫く笑顔で見守り続けていた。そこに感情を爆発させながら入ってくるのは田中。

 

「大地さんっ! 大地さんっっ!!」

 

まるで 子供が親に何か嬉しい事を見つけて指さすかの様に、興奮しているのは田中だ。

西谷と東峰の確執は 田中自身も深く深く気にしていた事だったから、本当に嬉しいんだろう。

 

「うん。とりあえず 何とかなったようだ。……でも、オレ達は更に要注意だぞ。ただでさえメンタルはさておき、バレーに関しては強かった旭が完全に復活ってなると、な。町内会組の大人の力のことも考えたら非常に厄介だ。……すげぇしんどい試合になるから覚悟しないといけないぞ」

 

しんどい、と口に出してはいるが本心は全く考えてない事だろう。

ただただ嬉しい。付き合いがまだまだ浅い1年生たちもそれくらいは理解できる程に。

 

「何言ってんスか大地さん!! あっちは確かにヤバイっす。ノヤに加えて旭さん復活! スガさんと旭さんのコンビも復活! やべーーっス! でも、こっち側には「オレがいますよっっ!!」っ!?」

 

狙ったのか? と思える程のタイミングでびゅんっ! と風の様に間に吹き込んで割り込んでくるのは日向だった。東峰復活と言う記念すべき瞬間に、とっておきの決め台詞を披露しようとした田中だったが、完全にぐだってしまってた。

肝心の澤村にもちゃんと伝わってなかった様で【え、なに?】と首を傾げられる始末、である。

 

「おいコラ日向ぁ! カブってんじゃねぇよ!! せっかくのオレのカッコイイセリフがグダグダだよコノヤローー!!」

「えっ!? そーでしたか!?」

「そーなんですよ、コノヤロー!!」

 

怒られても日向のテンションは上がったまま。エースの復活は、日向の暴走気味なエンジンにも火をつけた様だ。勿論、猪突猛進になるのは良くないので 火神が思いっきり日向の両肩を叩く。

 

「おしっ! とりあえず、翔陽。まずはレシーブしっかりな。絶対次あたり狙われるぞ?」

「うわぇぃっ!??」

 

アタック! アタック!! スパイクNo.1!!

……とまでは言わないが、日向の頭の中では 8割くらいはスパイクの事ばかり意識しているのが見て取れる。

でも、レシーブ・トスあってのスパイク、攻撃だ。守備が疎かでした、守備苦手です、……は通用しない。攻守ともに出来てこそなのだから。エースを口にするのなら尚更。

 

「ったりめーだろ。一番のドヘタクソなんだからよ」

「うぎぎっ!」

「僕も思いっきり狙っちゃうかな~。それが一番楽そーだし」

「うぐぐっっ!! お、お前ら一言多いんだよ―――っっ!! レシーブだってやってやるーーっ!!」

「クソションベンレシーブ」

「うっせーー! 大小どっちなんだよーー」

 

アゲアゲな日向をとりあえずクールダウン? する事は出来た様だった。

レシーブに関しては 月島も人の事言える程の技術持ってないので、影山以上には言わなかった様だが。

 

とりあえず、澤村の機嫌が折角大幅プラスなのに、騒ぐ1年達のせいでゼロ、もしくはマイナスまで行っちゃうのはいただけないので、火神は手をパンパンと叩きながら、各自持ち場へと戻した。

その時、澤村に肩を叩かれたのは言うまでも無い事で、もう少しで怒るとこだったので火神のファインプレイである。

 

 

そして、同点7-7で迎えた町内会側のサーブ。

 

 

「翔陽!」

「ふぐっっ!!」

 

火神が睨んだ通り、サーブを日向に集めてきていた。日向も毎日練習しているし、ボールは家でも常に触ったりしている。強烈なサーブやスパイクを捕える成功率はまだまだ低いと言えるが、大人のサーブとはいえ 普通のサーブであれば、危ないなりにも上げる事は出来る。勿論影山からの要求には到底及んでないので、厳しい目を向けられてるが。

 

「カバー! 影山っ!」

「おう!」

 

 

外からそれを見ていた烏養は、大体を把握していた。

今 特に注視しているのはレシーブの技術。

先ほどの西谷や火神のレシーブには度胆抜かれた気分だが、大技ひとつ見せられただけで、他が盲目になってしまうのは指導者としてはあるまじき事だ。気を取り直して全体を見る。

バレーはチームプレイなんだから、1,2人凄いのがいた所で、全体をカバーするなんて不可能。

ましてローテーションがあるんだから尚更だ。

 

 

「(ふーん……。レシーブは全体的に見たらまだまだな部分はあるな。あのちっこいのが特に。でも、声掛けとかカバーは出来てる。まっ、レシーブ面に関しちゃ全然時間足りねぇけど 出来る限りは重点的に鍛えるとして……… おっ、アイツ、ボールの落下点の見極めが早いな。それに迷いのない一歩目って感じだ。1年セッター、かげやま? ……だったか)」

 

 

日向の上げたボールの場所に瞬時に移動している影山。

声掛けがあったとはいえ、それだけで影山の反応速度は十分凄いと感じ取れた。ただ、返球が悪いので、そこからの組み立て方はセッターの指示に掛かっている。下手な攻撃をすれば相手にチャンスボールを与えてしまうかもしれないし、無理に攻めようとすればミスにつながるかもしれない。……でも、恐れずに試してみる事も時には必要。決して多い選択肢とは言えない。限られた中で何を選択するか、烏養は注視した。

 

 

「(さぁ、そっから誰を使――――)って、はぁっ!!?」

「「「!??」」」

 

 

本日もう何度目になるか……、日向・影山の変人速攻によるビックリタイム発生、である。

 

Aパスなら兎も角、あのレシーブはどう贔屓目に見てもセッターへの返球は悪い。Cパスだ。完全に条件が悪い状態だから、少なくとも速攻はなくオープントスで様子を見るのがベター。なのに、あの影山はあろう事かそんな位置からライト側に速攻セットした。超速攻を選択した。端からみたらあまりに強引なトスに見えるが、その上がった先には先ほどレシーブで下手をうってた日向がいた。

レシーバーがすぐにセットに入って攻撃。

そう言うプレイも勿論あるが、それにしても影山は強引過ぎ、日向は滅茶苦茶に動き過ぎではないだろうか。

 

あまりの光景に再びビックリ。

町内会チームの皆さんも、日向・影山の攻撃を初めて見る東峰や西谷も等しくビックリ、である。

 

 

「ナーイス! 日向 影山!」

「ナイス翔陽! 影山!」

 

 

事情? を知るメンバーはいつも通りのプレイをしただけなので別に驚いたりはせず、声掛けをするだけだ。驚いてる皆を見るのは何だか気分が良い。

 

ビックリタイムは数秒間続く。つまり皆ぽかーんとしてて沈黙が続いていて、終わりを告げたのは西谷だった。

 

「スゲーーじゃねーか翔陽!! なんなんだ! うっかり見入っちゃったぞ!! ほんとお前ら1年はどーなってんだ!? ヤベーだろ!?」

「えへへへ」

 

照れたように笑う日向。そんな日向の肩を軽く叩くのは火神。

 

「ほれ、翔陽の一番の武器。東峰さんにもきっと負けてないぞ。皆やべーやべーって顔になってるだろ?」

「っ……‼ お、おう!」

 

日向は振り返って大きく頷いた。

そんな日向の顔面に向かって拳を突き出す火神。

 

「確かに翔陽は今は(・・)影山が居ないとあんなスゲー! ヤベー!! ……なプレイはまだまだ出来ない。けど……」

 

火神は、今度は横にいる影山の肩を叩いて、にっ と笑みを浮かべながら日向を見ていった。

 

 

「影山と一緒なら、翔陽は東峰さんに。烏野のエース(・・・・・・)にも全然負けてない。違うか?」

「ぁ…………」

 

日向はそれを聞いて 一瞬だけ表情が変わった。その僅かで些細な変化を火神は見逃さない。

 

「もう長い付き合いだ。翔陽が何考えてんのかなんて、(知識なくたって)簡単に判るってもんだ。前の時、オレん時も似た様な視線向けてたもんな~? まだまだ滲み出てる高さとか体格とか力への渇望ってヤツか? いや嫉妬、かな?」

「ふぐっ……」

「バレーってのは1人でするもんじゃないだろ。な、影山」

「……ふんっ」

 

ぷいっ、と顔を背けた影山。

何だか影山のセリフを盗ってしまった気分になるが、影山よりも先に日向の事に気付けた、と言う事で早い者勝ちだと自分に言い聞かせて笑う火神。

 

そして良い具合にまとまりかけた所で、烏養の声が響いてきた。

 

 

「うぉい!!! そこのチっこいヤツ! オレも言いてぇ事あるぞ!! 聞けっ、コッチ向け!!」

「うぁいっ!!?」

 

突然の大声に驚いて日向は振り返った。

 

 

「おめーが抱えてるモンってヤツは 聞いててよーくわかった!! そんなもん別に珍しいもんでもねぇ! ちっこいヤツ、バレーするヤツ、もれなく全員だ! 殆ど全員! 大なり小なり誰でも抱えてるもんなんだ。でも、そいつが言う様に戦い方ってのはお前らが考えるよりもずっと多くある! 個々の身体能力、力とか高さだけが強さの証明ってんなら、どんな試合も単純だろ! デカいヤツ居ればそっちの勝ちって具合によ! でも、バレーはそうじゃねぇ! 上にいけばいくほど、んなもん当て嵌まらなくなる。だからバレーってヤツは奥が深くて面白いんだ! わかったか!! お前の武器は十分ヤベーしスゲー! そこんとこは間違いないんだ!! しっかり頭に入れとけよ!」

「あ、アスッッ!!!」

「おーし、いい返事聞けた所でこっからが本番だ」

「アス!!! ……んん?」

 

日向が首を傾げた所で、烏養は大きく大きく息を吸い込んで……思いっきり吐き出す様に声を出した。

 

 

「今なんでそこに跳んでた!? そのスゲーでヤベー攻撃はどうやって、どう考えて、やってんだ!? おいお前! えーと、……ちんちくりん!!」

「ち、ちんっ……、え、えっと 何処にいてもトスが来るからです! だから、オレはブロックが居ない所に全力で跳ぶだけです!!」

「!! ……って事はちょっと待て。って事はそっちのヤツが完全に合わせてるって事か? ちんちくりんの掌、フルスイングをドンピシャで合わせてる?」

 

烏養の視線が影山に向かう。影山は自分の事を言ってるのか? と判ってなかったので 少し出遅れ気味だった。なので、火神が軽く叩いて返事を促す。

 

「ウス。コイツの身体能力全部オレが使って、ボールを持っていってます(・・・・・・・・)

「……………はぁ?」

 

烏養の頭の中は混乱を極めてた。さっきの日向の渇望や嫉妬と言ったやり取りは寧ろ普通。そう簡単に割り切れる程高校生と言うのは大人じゃないのだ。……でも、あの速攻だけは普通じゃない。何処にいても飛んでくるから、と日向はいっていたが、その成功率はまさに針の穴に糸を通す―――と言う表現が一番しっくりくる程超高難易度。トスの精度は言わずもがなだが、それを完璧に信じて観ずにフルスイングするのも、正直おかしい。

 

「なんなんだお前ら! 変人コンビか!?」

「「変人……???」」

「……よっしゃ! 一緒にされてない!!」

 

これが噂の変人速攻と呼ばれる所以な場面。月島も名付けてたけれど、多分一番浸透したのはこの烏養が【変人か!?】とデカい声で聴いたことからだろう、と火神は思えた。

その瞬間を視れた事に喜び、そして違う意味でも喜ぶ。そう―――変人の枠内に入れられてないと言う事に。 

 

「なんで変人??」

「知るか。っつーか、火神! 何ニヤニヤしてんだよ! お前も十分すぎる程 変だからな!!? コッチ向けコラ!!」

「えー、影山に言われたくないなー」

「なんでだコラ!!」

 

 

 

「……僕から見たらほんとどっちもどっち」

「いやーほんと凄い奴らが入ってきたもんだ。変人、変人コンビ、変人速攻か。良いじゃん」

「そっすね! 良い響きでしっくりくるっス。んでもって、その上に立つ火神は 【変人王】っスか?」

「いや! それ止めてくださいっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々と悶着が合って試合が中断気味になってしまったので、気を取り直して再スタート。

 

 

烏養は、頭がパンクしそうな気分だったが、思いっきり吐き出した事で冷静さをまた取り戻していた。

 

「――色々と難題もってんのは判ってた。あの3年の葛藤。ちんちくりんの渇望。そりゃ、あんなスゲーのに囲まれたら仕方ねぇよ。あっちの1年コンビ…… かげやま、とかがみ、か? ありゃ天才ってヤツだ。理屈なんて通用しねぇ天才。言うなら万能型と特化型って感じか。………そんなのに比べられたら凡人はたまったもんじゃない。―――が」

 

 

次に視界に飛び込んできたのは、菅原⇒東峰の平行からの強打。

 

「おおっ、ナイス!」

「スゲーな。……1ヵ月してなかったら、オレ出来ねぇ自信あるわ」

 

「凄いっす!! 一ヶ月ぶりでもタイミングバッチリ!! 凄いっすよチクショーー―めぇっ!!」

「はは……、田中喜びすぎ……」

 

 

敵側味方側問わず、称賛の声が上がる。

色々と外から聞いて大体理解出来ている。あの東峰は暫くバレーに来なかっただろうことが。でも、それでも比較的難しい部類の平行トスからのスパイクを難なく決めて見せた。

 

 

「――トスとスパイクってのは殆ど一瞬の出来事だ。そんな一瞬の呼吸。そりゃ、沢山の練習と積み重ねた時間があるから出来る事。アイツらの信頼関係ってヤツはよく判る。一朝一夕で築けるもんじゃないって事もな。―――あの1年セッターにあるのは圧倒的な才能。そんでもって3年セッターには積み重ね続けた信頼と安定感。ちんちくりんに言った言葉だが、十分強力な武器だ」

 

 

そして、次に影山がセットしたのは日向を囮に使った火神のバックアタック。

放たれたスパイクは、西谷の方――――には行かず、真逆。ライト側エンドラインギリギリに着弾した。

 

 

「パイプ、か。……練度高ぇな って思うけど、色々とビックリし過ぎてきたから、それなりにスゲー程度はなんか当たり前に見えてきた」

 

 

大きく目立つのはやはり日向。小さな身体でちょこまかと動いては凄まじい跳躍でスパイクを打っている。その日向に気を取られてると、また別の場所から攻撃される。影山の絶妙なセットアップ。攻撃だけでなく守備でも魅せる西谷と火神。

個々のレシーブに課題があってそれなりに失点も重ねてるが、此処まで良い点・悪い点がはっきりと見えるのも面白かった。何よりも烏養は馬鹿にしていた……までは言わないが、甘く見ていた自分が居た事を恥じる気持ちだ。

 

「いいじゃねぇか。今の烏野……! 面白れぇ! もっと早く言えよ先生!!」

「いたっ!! え~……、何回もいいましたよ? 僕………」

 

 

 

 

 

その後は一進一退の攻防が続いた……が、やはり強かさでは大人たちの方が何枚も上手だった。

それは ほんのちょっとした緩急。

相手がどこが苦手で、何処が得意なのか。そして 狙ってはいけない相手。

ベテランの風格、とでも言うべきだろうか。あっっ、と驚くような見栄えするプレイこそは無いし、派手さで言えば烏野が圧倒してる様に見えるが、要所要所で確実に抑えられ、点を取られる。

経験の差が顕著に表れてしまい、スコアは 24-23の町内会チーム側 セットポイント。

 

 

「っしゃーー! 火神いったれーー!」

「せいや! 必殺サーーブっ!」

 

そんな場面に、満を持して………と言う訳ではないが、火神のサーブとなった。

 

「ふぅ………。1点差、か」

 

火神はエンドラインから6歩離れる。ジャンプサーブのルーティン。そして、狙いどころは打つ前から決めている。――――西谷だ。

 

このセットポイントを取られたピンチの場面でリベロに向かって打つなんて、返球確率を考えたら普通試合ではしないだろう。それでも、火神はこの場面で西谷に打ってみたかった。

今日の試合では一度も狙ってないのだから。

 

「(オレ、ずっと前から自分の中で決めてた事だ。全力(・・)でサーブを打つ時。……試合中に絶対1度は西谷先輩に打とうって。こんなピンチな場面で申し訳ないけど……練習試合だから、と言うことで後で謝ろう……)」

 

自身の全力を笑って受け止めてくれそうな相手。

そんな相手に思いっきり胸を借りたい。青葉城西戦の時に挨拶の代わりに、とサーブを打った時の感覚に似ているが、……少し違う。

 

 

 

―――火神の中では レシーブにおいて この世界に2名。特に、心底、物凄く尊敬する選手たちが居る。

 

 

 

勿論、差別など一切なく他の全員ももれなく尊敬している想いだが、それでも順位をどうしても……絶対に………必ず……、非常に心苦しい事ではあるが、決めなければならないと言うのであれば、頭に描いている2名が他選手達を制して飛び出ている。

 

 

そのうちの1人が言わずもがな 西谷 夕 その人だ。

 

 

その小さな身体(思うだけでも怒られそうだが……)にあるバレーに対する熱い姿勢は勿論、魅せる姿。いつも夢想していた。心の底から格好良いと思っていた。必死に技術を盗もうと努力し続けた。

 

 

 

火神にとって、西谷は ハイキュー‼ のリベロの象徴とも呼べる内の1人なのだ。

 

 

 

そんな視線を、西谷も感じ取ったのだろう。視線を更に鋭く、鋭くさせて、研ぎ澄まし続ける。様々な音が渦巻く体育館の中だった筈なのに、ぴんっ――と張りつめて一瞬静寂が走ったか? と思える程の緊迫感。

 

 

「っ、すごい……っ」

「………アイツらほんとに高校生か?」

 

 

それは互いだけでなく、周囲をも巻き込む程のものだった。

 

大きく上げられたトスは、緩やかな回転を帯び、軈て放った本人の掌に、元あるべき所に戻ってくるかの様に吸い込まれる。ボールの芯を完璧に捕えたサーブは轟音をまといながら打ち放たれた。

 

 

「西谷っ!!」

 

菅原が声を掛けるのとほぼ同時に、西谷は跳躍し、飛び付いた。

後ほんの1歩……出遅れていたら取れなかった。もしも、火神が西谷の方を見てなかったら? 西谷自身は、火神と目が合い、それを見て、感じて最大級に集中した故に反応が出来た。つまり、指定されたも同然だと少なくとも西谷は感じた。

 

「くっそ! 誠也のヤツ、なんつー鬼サーブ……!!」

 

ボールはネットの真上付近…… やや、町内会チーム側のコート上。

 

「旭!!」

「ロン毛兄ちゃん! フォロー!」

 

フォロー、と言われるまでもなく そこにいたのは東峰。

あの緊迫感。心地良いとさえ思えた。……連続シャットアウトされたあの時とはまた違った感覚。

火神と西谷のやり取り。それは背中を押されるような、鼓舞されるような、……奮い立たせてくれるようなそんな感覚がした。

 

「ナイスレシーブ西谷!!」

 

東峰は助走に入っていた。押し込むのではなく強打で。ツーアタックをする為に。

 

「翔陽! ブロック!!」

「っ……おう!!」

 

ネット挟んで反対側。東峰に対峙するのは日向。

 

 

「(ちんちくりんvs社会人って感じだな。……速攻はすげぇ。ならブロックはどうだ?)」

 

 

凡そ20㎝は離れている身長差。

身長さだけを考えたら、東峰の方にかなり分がある言えるだろう。

だが、日向には足りないものを補える程の跳躍力、バネがある。

 

「(烏野のエースと戦ってるんだ……… 止めるっ!!)」

 

日向は渾身の力でジャンプした。

東峰は、あっと言う間に目の前にまで飛び込んできた日向に圧倒されかけたが、それでも西谷が繋いでくれたボールを エースとして必ず決める、と言う強い想いを込めて、思い切り振りぬいた。

高さこそは日向も追いつく事が出来たが、ブロックの技術はまだまだ未熟。東峰のスパイクの勢いを殺す事が出来ず、そのまま体育館の壁にまで吹き飛ばされて第1セット 25-23で終了。

 

 

見事、東峰は決めきった。でも、日向には脱帽していた。

 

 

 

「凄く飛ぶのは解ってたけど、目の前に来ると本当に凄いな。……一体どのくらい跳んでんだ……、アレ」

 

 

そして、日向自身も東峰に、エースに尊敬の念を抱く。

ブロックした手がじんじん、と痺れる。中々取れそうにない。今までにない程の衝撃だった。

 

「すごい……、一ヶ月ぶりの筈なのに………」

「これぞエース、って感じだな」

「うん……。オレ、すげー感じた。絶対決めてやるってアサヒさん、何にも言ってなかったけど、聞こえた気がする。それで 他の皆もきっと……!」

 

東峰の姿をじっと見つめた。

何度か息を吐いては吸い込み、深呼吸を繰り返す。落ち着かせようと自分でしているんだけど、何だかどうしようもなく感じる。

 

「せいやゴメン。……やっぱり、オレ……凄い羨ましいんだ。あれだけの身長が有ったら、力が合ったら、3枚ブロックでも打ち抜ける…… でも、オレは……」

 

これは、日向自身も自覚していた。

中学生の時。火神と一緒にバレーが出来て嬉しかった。

でも、ほんの少し、ほんの少しだけ……しこりがあった。

それは、最初に火神が言ってた通り、高さや力の事。どうしようもない事ではあるのだが、それでも思ってしまう。時に妬ましく、時に忌々しく、それほどまでに強烈に憧れる。

 

火神の事をそんな風に思ってはいけない、と何度も考えて邪念を払っていた。判らない様に努力もしていた。――見透かされていた様だけれど。

 

 

当の火神はきょとん、としてたが 直ぐに察した。察したのと同時に日向の頭にチョップを入れる。

 

「いてっ」

「バーカ。さっき烏養さんが言ってたのもう忘れたか? 当たり前の感情だって言ってただろ? そんなもんに何をオレに謝る必要があるんだよ」

「……で、でも さっきだって、今までだって ずっと言ってくれてるのに、オレちゃんと割り切れてないって言うか、カッコよさとか幼稚な事ずっと思ってるからって」

「ようち、って……ぶはっ!!」

 

火神は、日向の口から【幼稚】と言う言葉を聞いて思わず吹いた。

まさか、日向の頭の中に、日向の持っている辞典の中にその単語があるとは思ってなかったから。

 

「な、なんだよっ!! なに笑ってんだー!」

「いやいや、悪い悪い。うーんそうだな……、ここまで言って判ってくんないとなると……翔陽」

 

火神が何かを言おうとしたそのつなぎ目で、影山が ぬっ と割って入ってきて代わりに行った。

 

「判るくらいヤキ入れてやる」

「えええっ!?」

 

拳を握り締めながら近づいてくる影山。あの強烈な視線を向けられながら。……軽いホラーシーンである。

皆慌てて止めようか? と直ぐに準備体勢に入っていた。……勿論 月島以外。

でも、火神がしっかりそれは止めてくれたので安心だ。

 

「ちょい待ち ちょい待ち。そんなことしたら、オレまで澤村さんに連帯だって怒られる」

「いや、そんな簡単に火神の事までは怒ったりしないよ? 何?? オレって怒るキャラで定着してる??」

 

横で聞いてた澤村が思わず小さく抗議の声を上げた。

火神には届いてなかったが、なぜか反対側の東峰には十分耳に入ってた様で、その通りだ! と言わんばかりに頷いていたりする。……その時 澤村も気付いてて、影山をも勝る迫力で東峰に視線を向けて黙らせたのは言うまでも無い。

 

 

「んじゃどうすんだよ。んな性根は叩き直すしかねぇんじゃねぇか? 余計な事考えて試合中にボケーっとされたらどうすんだ?」

「……だから鉄拳制裁ってひと昔前の体育会系丸出し単細胞かお前は。違う違う。翔陽は落ち込む事なんかない事を教える。今のでも十分すぎるくらい強力な武器持ってるってのに贅沢にも もっとわかりたいらしいから」

「はぁ?」

「良いから良いから。次のセットで試してみよう。向こうの人達にも協力してもらってさ」

 

 

何やら企む火神の表情。

誰もが気になる所だが、その内容は直ぐに判明した。

 

 

「翔陽が前衛の時、思いっきりマークしてもらおう。全力でブロックしてもらって、真っ向勝負。東峰さんがやってる事を翔陽もやる。それだけだ」

「「!?」」

 

 

この時、殆どのメンバーが何考えてるんだ? と言った表情をしてた。

何故なら 日向の速攻は その速さとそして、どこから来るか判らない予測不能である事が武器だ。手の内を晒してブロックと真っ向勝負となったら、現時点で見ないでフルスイングしか出来てない日向に勝ち目は無いだろう、と。

 

 

それが確かに普通。

160㎝の男と予告ありの真っ向勝負してどうなるか、その結果は火を見るよりも明らか。

 

 

だが、この後直ぐだった。……その当たり前が、あっという間に覆される結果になるのは。

 


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