王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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第41話

5月2日。

 

 

ゴールデンウィーク前日。

 

世の中では長期休暇として、日頃の疲れを癒したり、家族旅行等を楽しんだり、と色々と楽しみがあるだろう。

 

楽しみ、と言う点において、自分達烏野高校バレー部も同じであり、誰もが楽しみにしている合宿だった(勿論ながら別の意見な者もいるようだが……)。

 

 

待ちに待って、とうとう明日始まる。

 

 

烏野高校バレー部のゴールデンウィーク合宿。

それは高校に入学して初めての合宿であり、何よりもあのネコ(・・)がやってくる。故に楽しみで仕方がない。

 

 

 

【ゴミ捨て場の決戦】

 

 

 

火神は思わず身震いした。

知らない訳がない。何度も何度も読んで読んで……、そして何度目頭を熱くさせた事か。何度思い馳せた事か。

 

 

それは2人の生涯のライバル。彼らから全て始まった物語。

 

両名は選手から監督へとなり――、そして、幾度も続けてきた。

 

何年も何年も練習試合は重ねて、切磋琢磨し合ってきたのだが、最後まで公式の舞台で兵刃を交えることは一度も叶わぬまま……両チームの監督が引退した。

 

それを期に、2つのチームは衰退の一途を辿る事になってしまった。縁は閉じ、物語は終わりを告げた……と思っていたのだが、まだ縁は閉じ切ってなかった。

 

 

 

――そして、現在。ネコは復帰を果たし、カラスは 自身の血を分けた子供の子、孫が立つ。

 

 

 

夢の舞台を目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1年5組。

 

「火神~。なんかめっちゃ機嫌良さそうだな? なんかあんのか? おっ、ひょっとして彼女ができたり??」

 

学生は部活だけでなく、学業も勿論ながら大切だ。どちらを犠牲にする事なくやりきってこその学生スポーツ。だから、授業だってしっかりと熟さなければならない。……でも、それでも 何度も何度も頭の中を過る烏野vs音駒のシーンに思わず顔を緩めてしまっているのは火神だった。

その表情に気付いたのだろう。クラスメイトの1人が指摘している。

 

「違うっての。ただただ楽しみで仕方ないだけだ。……GW合宿がな!」

 

火神は、苦笑いをして否定しつつ、心の内を打ち明けた。

それを聞いた相手は、同じく苦笑いで帰ってきた。

 

「うへぇ。合宿ってめっちゃしんどいイメージしかないんだけど……、よくそんなんで興奮出来るよなー。ちらっと体育館見てみたけど、ありゃヤバイぜ。何と言ってもヤバイ! ただただヤバイ! 何せオレなんか、あんなのやったら秒で倒れる自信あるからな!」

「そりゃまぁ、オレ バレー好きだし。楽しいってのは仕様がないって。……つーか、秒でダウンって……。体力なさすぎるのも問題だと思うぞ。将来メタボまっしぐら?」

「うっせー! 誰がデブだ! オレだってそこそこ身体は動かしてるっつーの! でも、限度ってもんがあんの! それにしても、高校の運動部って、何処も大体やべーって思ってたけど、今のバレー部って なんか別格になってない?」

 

違和感が目に映ってた様だった。

高校が始まって直ぐ、各部活紹介で、全部の部活動については大体把握している。

勿論 ちょっとでも部に入ってもらわないと、と思うのは何処の部活も同じだろうから、いきなり地獄スパルタ練習風景など見せて、やる前から戦意喪失をさせるような真似はしないだろう。だから、見えてない部分(スパルタ)が見え始めただけなのだろうな、程度に思っていたんだけれど……【アレはヤバイ】と思わず口に出る程だったので強く印象に残っていた。勿論、それは彼だけに限らず、他のメンバーもそれなりに思ってる事である。特に烏養がコーチとしてやってきてくれた日からは。

3年生が中心となって組み立てていた練習メニューが変わったのだから尚更だ。

 

 

「ああ、確かに。新しくコーチが来てくれて、メンバーも増えて部に活気が戻ってきたってだけだよ。どの部でも練習人数が多いのと少ないのとじゃ内容に雲泥の差が出るし。今は最高の環境が整ってきたって感じかな?」

「うへぇ……、アレを最高とか……おめーやっぱヤベーわ。……色々とヤベー奴だって事は入った時から大体判ってたけど」

 

何だか物凄く失礼な事を言われてる。なのでジト目と言う抗議を向けつつその内容を聞く。……大体察してはいるが。

 

「ヤベーってなんだよそれ。普通だろ?」

「普通か……、お前にとって3年生の美女なおねー様とお話してる所が普通か!? 話聞いて、更に見てみて、更にヤベ―――って思ったんだけどなーーーッ!!」

「………はぁ てか、お前もか?? お前もなのかよ!!

どんだけ大変なのか知ってるだろうに! 」

「うっせーー! このモテ男!! 青春野郎! 異論、抗議とか無駄無駄無意味! モテ男なんかには人権なんぞ皆無! そして世の男子生徒代表して オレ様がお仕置きじゃーー!」

 

 

 

と言う感じで、もみくちゃにされる火神。

 

そして勿論、他の男子たちも黙っちゃいなかった。アッと言う間にたまり場となってしまっている。……これも人徳がなせる技なのだろう。色々と否定されそうな気がするが、勿論ながらクラスの皆さんは 火神の事を嫌ってる訳ではないのであしからず。人徳、と表現している部分で判ると思われるが、色々と世話焼きをバレー部でするので その延長でクラス内でも表れていたりするのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、火神の事を遠目で見ていた女子が1人。

 

「……やっぱ、主役級は違うよね……。村人Bの私とは大違い……」

 

自分自身をちらっ、と見た後に 火神の方を見て更にため息を吐いていた。

男子が群がった後、女子が散れ散れ! と退散させつつ、火神をイジって楽しんでいる。

彼女は、火神は男子にも女子にもウケが良いので、それを評して主役級と呼んでいるのだ。……因みに、まだ数える程しか話してないので、自分が話をするのは まだまだ緊張しちゃったりもしているのは別の話、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、勉強終了のチャイムが鳴り響いた後―――部活の時間がやってきた。

 

誰1人として欠ける事も遅刻する事もなく揃った烏野バレー部。

 

「―――よーし、お前ら。揃ってんな? いねーやついねーか?」

【オス!!】

 

烏養がそれを確認すると、改めて選手達に向き直った。直ぐに練習、ではなく今日は合宿前日だし、それが終わった後、いろいろと言うべき事があるからだ。

 

 

「4日後には音駒との練習試合。それが終わった後すぐにIH予選だ。正直時間は全然足りて無え。そんでもって、バレーってのは個人競技じゃねぇからチーム力が一番モノを言う。……チームとしての お前らはまだまだ穴が多い。そして チーム力ってヤツを上げるには1つしか無ぇ。……ただただ練習・練習・練習。それだけだ。ゲロ吐いてもボールは拾え。良いな!」

【オス!!】

 

 

元気よく返事する日向に集まる沢山の視線。

それは当然だった。何せ、日向はゲ〇をもう既にやっちゃってるから、である。

 

 

 

 

その後、烏養コーチの元 只管 練習練習練習……。基本基礎の折り返しダッシュから始まり、スパイク、ブロック、そして何よりもレシーブ・レシーブ・レシーブ。ただただ拾い捲る。

 

レシーブは一朝一夕で上達するものではない。これは以前、及川にも言われた事だ。

 

では、どうすれば良いのか? 

やる事はもう決まっている。これは 烏養に言われた事だ。只管練習。拾い続けて身体に覚え込ませるしかないのだ。例え時間が少なくても関係ない。

 

烏養が打ち、ただただ只管に拾い捲るだけだ。連続成功するまで交代無しのエンドレスレシーブも勿論やり続ける。

 

 

 

 

 

 

 

濃密な練習は時間をより早く進めている様に感じ、非常に有意義だった(月島(一部)は別)。気付けばもう19時を回って 本日の練習終了の時間。

 

いつもなら、此処で終了・帰宅の流れなのだが、今回は違う。何せ合宿なのだから。

 

そこで案内されたのが【烏野高校 学習合宿・部活動合宿用施設】

 

木造建築で良く言えば歴史を感じさせられる建物で、悪く言えば結構年季が入った古い建物。

 

「うおおおっ!! 初めて来たっ!!」

「オリエンテーションで合宿用施設(ココ)の事は聞いてはいたけど、……へぇ。やっぱ百聞より一見だなぁ」

「文脈に大分差はあるんだけどねぇ。……日向は兎も角、火神まで こんなことで興奮するとか……」

「う……、ツッキーなんか出そうだよ、ココ……」

 

日向は、色々言われたけれど そんなのはお構いなし。火神も今回ばかりは結構気になっていたので、聞かないふりをして、施設内へとワクワクさせながら入っていった。

流石に日向についていく事はしなかったが。……何せ、大声を上げながら各部屋を勢いよく開けていったから。風呂場までも。

 

「お前ちょっと落ち着け」

「影山に賛成。流石にやかましいぞ翔陽」

「だってだって!! 合宿って初めてだしっ!」

火神(コイツ)落ち着いてるじゃねぇか」

「何か変なんです! その子は!」

「……翔陽に変って言われたら、何かくるモンがあるよなぁ」

 

興奮冷め止まない日向はその後も燥ぎまわる。まるで子供である。

だが、判らなくもない感性だったのか、最初だから穏便にされたのか判らないが、澤村には此処ではそこまで注意される事は無かった。

 

「でもさぁ。1日中むさくるしい連中と顔突き合わせるのが合宿だよ? 何が楽しいのか意味不明なんだけど」

「……なーんか、全ての団体種目の運動部を否定されたような気がするな。その言い方」

「気のせいデショ。一個人の感想と感性を言葉にしただけだし」

「何でもかんでもストレートってのも考えもんなんだけど。……無用な争いの火種になりそうだし」

 

月島は思った事全部はっきりと言わなきゃ気が済まない性質なので、言葉と言うものを選ばないし、空気をあまり読まない。……だから、火神の言う様に色んな火種が生まれるのだ。……おまけに火の粉まで飛ばしてくるので、ある意味では日向と張る厄介さなのだ。

 

それが証拠に、月島の言葉に強く反応した2人組が食って掛かってきた。

 

「おいコラ!! 月島てめぇ!!」

「この合宿には潔子さんも一緒なんだぞ!! つまり!」

「半径500m以内は清められるって事なんだよ! むさくるしい訳ねぇだろうが!」

 

「ほらやっぱり……」

「ボクにはそんなの感知するスキル持ってないんで」

 

火種生んで、火の粉もまわしといて最終的には我関せず、とスタコラ去っていく月島。……その場に留まられて より油を追加されるよりはマシか、と思う事にしてたりするのは火神だ。

 

色々と頑張っていても 今回の火の粉もしっかりと火神に降りかかってくる。割と理不尽な感じに。

 

 

「そして―――! 今宵より この合宿期間中。火神 誠也を監視下に置こうと思うが異論は認めんからな」

「うむ! 最初からそのつもりだぜ、龍!」

「……ええぇ?」

 

何だかまた妙な事を言われちゃったのだ。

 

「かがーーみ! 貴様が潔子さんのところへ行かぬ様に見張るのだ!」

「聖域に立ち入るなどとは言語道断・横断歩道! だ!」

「おうだんほどう……?? って、いやいや、なんでオレがそんなことするんですか。絶対しませんよ。不貞行為じゃないですか……。冗談抜きで停学、下手したら退学になっちゃうでしょ? そんなことしたら」

「バレー部としては、大戦力を失いかねない事はしたくはあるまいよ! そこは誤魔化すのみである! ……我々ともそれは同じ気持ち」

「そうだとも! それに火神誠也からバレーを取ったら一体ナニが残る!?」

「……なんか変な口調で地味にヒドイ事言われてる。……てかオイ! 影山もなに頷いてんだよ!」

 

いつの間にか横に来てた影山。何やらうんうん頷いてるので、しっかりとツッコミを入れる火神。

どうやら、【バレーを取ったらナニが残る?】 の部分に反応している様だ。……今更だが影山も結構失礼である。

 

 

 

その後も悪ノリしてる器がとても大きな先輩方が火神に迫っていた。……が、ここで非常に頼りがいのある菅原がバシっと決めてくれた。

 

 

 

 

「あー、盛り上がってるトコ悪いんだけど、清水は学校から家近いから用事終わったら帰っちゃうよ。施設(ここ)使う時は いつもそうじゃん」

 

 

烏野バレー部の合宿参加が初めての1年なら兎も角、2,3年は普通に知っている事なんだけど、田中と西谷の中ではすっかり抜けちゃってた様だ。……なので、魂でも抜けたのか? と思う勢いで前のめりに倒れて動けなくなったのだった。

 

 

 

 

だが、晩御飯の時間になったので、直ぐに始動した。

ごはんは重要。腹も空く。更に皆育ち盛りな高校生なのだと言う事。―――そして何よりも。

 

 

「早く食べてお風呂入って寝なさい」

 

 

エプロン姿の清水を見てドーピング効果を得ていたのだ。きゅぴんっ! と何処から出したか不明だが、効果音みたいなのも発生させていた。

 

「潔子さん! 一緒に食べましょう!!」

「いやいや、オレと!!」

 

「……………。火神、後宜しく」

「宜しくされても困ります」

 

迫って迫って、退く事を知らない2人。

清水が火神の名を出したら、目が光って火神の方を向くのでそのままキラーパス。

これまた結構ヒドイ気もするが、清水はマネージャーとしてやる事はしっかり完璧にやって、更に色々な事に手をまわしてケアまでしてくれてるので、十分すぎる、と言うのも判ってる火神。断りを入れつつも、何だかんだとパスを受け取ってたりするのだ。

でも、最終的には矛先が火神にばっかり来るのもアレなので、しっかりと最上級生・主将澤村にしめてもらったのだった。

 

 

その後、日向が布団に潰されたり、日向が西谷&東峰幽霊騒ぎを起こしたり、色々と大変だったが、何とか合宿1日目を乗り切れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

烏野高校名物 市内マラソン。

山あり谷あり、とまでは言わないが、それなりにアップダウンがあるコースであり、車通りも少なく最適なコースなので、他の部、特に陸上部は毎日の様に駆け回っている。

 

そしてバレー部も勿論 合宿2日目は早朝マラソン。

 

 

「うおおおおおお!!」

「………!」

「らああああああ!!」

「…………………!!」

 

絶賛マラソン勝負中である。最前列を走っているのは影山と日向であり、見てわかる通り競っている。我先に、と前へ前へと走っている。

 

 

「日向うるせえぞ!! 無駄に叫ぶと後でへばるぞ!!」

 

 

と、自転車でついてきてくれてる烏養も注意するが全く聞いてない……。

 

「ダメですね。これ、猪突猛進モードです」

「うははっ なんか懐かしい気もするな。あの入部してきた時と同じか!?」

 

2人の直ぐ後ろに走ってるのは火神と田中、西谷の3人。猪突猛進モードに入るパターンは色々と長い付き合いだから大体判っているので、何言っても伝わらない、と言う事を人伝いで烏養にまで伝えた。その場で叫んでもただ疲れるだけなので。

 

「ったく、あのバカは……」

「ま、まぁ 日向は体力バカでもありますから。練習でへばったりはしないと思いますよ」

「ふん。仮にへばった所で、許してやんねーよ」

「は、はははは………」

 

厳しい一言を告げる烏養の横顔を見た菅原は、嘗ての烏養監督……つまり、コーチの祖父の事を思い返していた。結構似ているからだ。だから、鬼のように厳しかったあの時の事を連想するのは当然と言えば当然の事であり、何だか身震いする気持ちだった。

 

 

そうこうしている内に、日向は【そあっ!! ぬ―――ッ!! イ――――ッ!! ヤァ―――…………】

 

と、奇声を上げながら突き進んでいって、姿が見えなくなってしまった。それも 右に曲がる所を左に曲がっていて……つまり 思いっきりコースも外れていた。

 

 

「………あのアホっ」

「ははは……。これ程まで見た通りな猪突猛進ってなかなか無いかもねぇ。流石に今回みたいなのは初めてかも」

 

周りが見えなくなる事はよくあって、暴走する時もあったが、それはあくまで比喩。なのでこんな知ってる道まで間違える事は流石に今まででは無かったのだ。

 

日向が何処か行ってしまった。流石に引率を任されている身の烏養は 【直ぐに帰ってくるだろ?】と放置するのは忍びないので。

 

「かがーみッ!」

「うわあ……。なんだか予知する力でも得た様な感覚……」

 

火神を大声で呼んだ烏養。

そして、火神も色々と予感をしながら振り返ってみた。

烏養は、真顔で親指を立てて、くいっ、と日向が消えていった方をさした。

 

日向(あのバカ)と同じくらいの体力あるお前なら適任だ。お前真面目だから遠回りにもなっても最後までやるだろ? つまり基礎練にもなる」

「……気のせいですかね? 【連帯責任だ】って一言いわれてるだけな気がするんですが」

「おう。そうともいう! それだけじゃないぜ。付き合い長いお前がやっぱ適任なんだわ。一番アイツの行動範囲を予測できそうだし」

「はぁ、デスヨネ。わかりました。成るべく早く連れて帰ってきます」

「おう! 頼んだぞ!」

 

頭をぼりぼりと掻きつつ、火神は了承した。

周りからは 【お父さんは今日も大変です】とよく判らないナレーションを入れられていたりもしたのだった。

 

 

因みに、今回に限っては火神にとっては願ったり叶ったりだったりもする。

 

 

何せこの先には――高確率で彼ら(・・)がいると思われるからだ。

勿論、100%絶対! とは決して言えないかもしれないが、それでもかなりの確率で日向が向かった先にいる。

でも流石に、練習中断してまで勝手にいこうとまでは思ってなかったから、指名されて嬉しい。

 

ただ――問題はある。

 

 

「何処にいるんだろ……? 翔陽と研磨さん」

 

 

そう――この先にいると思われる彼ら、とは 音駒の背骨であり脳であり心臓な人。

 

【音駒高校 2年セッター 孤爪(こづめ) 研磨(けんま)】。

 

そして、その名付け親でもあり、音駒の主将でもある人。

 

【音駒高校 3年主将 ミドルブロッカー 黒尾(くろお) 鉄朗(てつろう)

 

 

非常に楽しみにしている火神。

でも、まずは目の前の仕事(日向捜索)に集中した。

人間が走る範囲は たかが知れているとはいえ、日向の脚力を侮ってはいけない。想定よりも広範囲に爆走している可能性だって高いのだから。

 

 

「多分、こっちかな……?」

 

火神は走り出した。

日向が慌ててる時、周りが見えなくなってる時、大体利き腕の方側に曲がる事が多い。その場をぐるぐる回ってるだけなのに、気付けてなかった事だって何度かあったから。後は、静かな市街地で、話をしていたら直ぐに分かるので、耳を澄ませるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻某場所。

 

「っ!! おおおっ!! バレーやんの!?」

「エ゛ッ……!?」

 

性格が正反対な2人が街中でひっそりと出会う。

日向翔陽と孤爪研磨は、火神が考えて居る通り 運命とも言っても差し支えない邂逅を果たしていた。

孤爪は時折スマホのゲームをしつつも、会話も出来ている様だ。

……でも傍から見たら、一方的に日向が絡んでいるだけの様な気もするが。

 

 

「そのシューズ!! バレーのやつ!? バレーやんの!?」

「あ……うん。そう、かな」

「おおっ! オレもバレー部! オレ、日向翔陽!!」

「…………」

 

あまりに圧倒されてしまって、極度の人見知り? な孤爪は戸惑っていたが、このまま無視するのも流石に頂けないので、頑張って声を出す。

 

「………………孤爪……」

「?? こずめ?? 名前は??」

「孤爪……研磨……」

 

ぼそぼそ、と小さな声で自己紹介。

日向はバレーする人と出会えたのが嬉しいのか、終始テンション高めだった。

 

「けんまか! 高校生?? 何年? オレ1年!!」

「…………にねん」

「!!!」

 

ここで、漸く日向は相手が年上だと言う事に気付いた。

 

日向は 今までの部活動では基本的に先輩はいなかったので、先輩後輩の付き合い方、と言うのがちょっぴり判ってなかったりもした。でも小心者な所があるので、強気には出られないので、無礼を働いたり、とかは流石にない。……が、基本的に相手の見た目で判断する所もある。孤爪の雰囲気から同級生かな? と思っていたのだが、ふたを開けてみれば1つ年上。上下関係については田中にしっかりと仕込まれてる部分があるので急いで謝罪。

 

「やべっっ! 先輩だ!! す、すみません!! 生意気な事言って!!」

「!!」

 

でも、日向の心配は杞憂に終わる。

何故なら、孤爪は大人しめなだけでなく、そういった事には全く気にしない性格だから。

 

「いいよ…… そういうの。……体育会系の上下関係みたいなの……、正直、きらい」

「あ……、そう、なの……?? だいじょーぶ……??」

「ん……」

 

相手の了解を得た事で日向はほっと撫でおろし、改めて孤爪と話をする為に一歩近づいた。

 

「えーと、バレー好き??」

「う――――ん……、別に、なんとなく……。ただ、やってるだけ……? でも、嫌いじゃないけど。……疲れるのとかは、好きじゃない……かな。……けど、トモダチがやってるし……、オレ居ないと多分困るし……」

「へ――。あっ、それ判るかも! オレもトモダチが居ないと困る事が多い! めっちゃ絶対多い! つーか、ここまでバレーが出来たかどうかも怪しい!! えーっと、けんま……さんも、良いトモダチ持ってるみたいだな!」

「……さん付けもいらない。う―――ん……良いトモダチ……? 小さい頃からずっと一緒にいるし―――どうなんだろ?」

 

孤爪の友達が話を聞いていたら、スゴク複雑な気分になりそうな返答だったが、その辺りは日向は気にせずただただ笑っていた。

 

「それってアレだろ? もう いるのが当たり前になっちゃってるって感じ? 自分の一部、みたいな?」

「………そこまでは思ってないよ」

「う~む……、一部とかは言い過ぎかな。言ってて恥ずかしくなってきた」

 

自分の一部。

そんなセリフを言える相手がいると言う事自体凄い事ではあるだろう。日向にとって自然に出てきた言葉ではあるが、後々考えてみるとやっぱり恥ずかしいのだろう頭をぶんぶんと振っていた。

 

「バレーだけど、最初は全然人数居なくて、大変だったけど、中学の最後からは試合できて……、高校ででも仲間が沢山いて オレはめっちゃ楽しいんだ。研磨も好きになったらもっともっと楽しいって思うけどな―――」

「……いいよ。別に。だってどうせ高校の間やるだけだし……」

「へー。あ、それでポジションはどこ??」

「ん―――……セッター……」

 

孤爪のポジション、セッターを聞いてすぐに連想させたのは影山の事だ。あまりにも正反対な姿だったから思わず笑ってしまっていた。

 

「へーー! なんかウチのセッターとは全然違うな! ウチのはもっとこう【ガーーっ!】って絡んでくる感じの奴! んでも、オレの昔からのトモダチには負けるんだぜ! 自分の事じゃないんだけど、なーーんかスッキリするんだよなー!」

「ふーん……」

「あ、因みに、トモダチはウイングスパイカーな! オレはミドルブロッカー!!」

「へ――……」

「やっぱり変だと思う? MBって背の高いヤツがやるポジションだし、場違いかんあるかな?」

「……………」

 

テキトウに相槌を打っているだけの様な気もする孤爪だったが、この日向の問いに関してはスマホを持つ手の指を止めて、真面目に聞いていた。そして、少し考えてから答える。

 

「うん……。MBなら まあそうだろうけど……、別に」

「!」

 

へん、って思われない事が何だか日向には嬉しかった。

普段の自分を知っているメンバーから……、役割を知っているメンバーから言われるのとはまた格別に。

それは孤爪も似た様な境遇だったからだ。また、スマホに視線を戻しつつ答えた。

 

「オレも試合とか行くとよく言われる。……セッターは一番能力高いヤツがやるポジションなのに、なんでアイツ? っていう風に。……オレ、特別運動得意とかじゃないしさ……」

「へーー、じゃあさ! お前の学校強い??」

「うーん……どうだろ。昔強かったらしいけど、一回衰えて……。でも、最近は」

 

自分の仲間の事を言うその時、孤爪は再びスマホの操作を止めて答えた。

 

 

「強いとおもうよ」

 

 

細かった目がしっかりと開かれ、それでも何だかネコの様な鋭さもあって、一瞬日向は気圧される。

 

思わず一歩後退りかけたその時だ。

 

「よーーやく見つけた! このアホっ!」

「いたっっ!?」

 

背後から拳骨を頂いてしまいました。

気圧されちゃってて、完全に意識の外からの一撃だったので、威力は兎も角、身体の芯に響く感じだった。

 

「影山と張り合うのは大いに結構だけど、ちゃんとコースは見なさいっての!」

「うぅぅ……、ご、ごめんって、でも 迎えに来てくれてありがとー せいや」

「貸し1つな。……ん」

 

日向の陰に隠れててまだ、はっきりとその姿を見ていなかったが近付いて、話をして、日向の先に居る人、孤爪を見て…… 火神は日向とは違った意味で、身体の芯に何かが走った。

 

やっと、出会えた事が嬉しい。結構火神も探し回ったから。

そして、そんな気持ちは当然孤爪には判らないし、何より 人見知りな所もあるので 火神が現れた瞬間、咄嗟に顔を逸らしてスマホにまた視線を戻しているのがわかった。

 

それを見て、火神は思わず笑ってしまいそうになるが、どうにか堪える。一頻り、孤爪の姿を見て……そして 一応謝罪を。

 

「すみません……。ウチのバカが何か迷惑かけてませんでしたか?」

「バカとかヒドイっ!!」

 

ぺこっ、と頭を下げる火神。

孤爪は、それを聞いてゆっくりと振り返った。身長は自分よりずっと高い。でも、……孤爪の友達(・・)よりは 幾らか小さめ。でも、大きい人、それも体育会系の部活に入っている様な大きい人達は 大なり小なりその人特有の威圧感、オーラの様なのを感じるのだ。人間観察をしている孤爪だからこその感性だった。その感性から、関わっても大丈夫そうな人、関わっちゃ不味そうな人、関わっちゃ面倒そうな人、と分けられる。

 

そこで、孤爪のセンサーは火神をどう見るだろうか。

 

ぺこっ、と頭を下げられてて 表情は孤爪の位置からでは見えにくいが、初対面の相手に非があるかもしれないとは言っても、頭を下げて謝ってくれる(謝ってもらわなくても全然かまわないのに)人は、大体善い人格者が多い事は知っている。日向に拳骨を落としていた所を見ると、……それなりに手が出る性格の様だけれど、その点は日向の反応を見る限りじゃ大丈夫そうだ。日向の話を聞いて、このやり取りを見て……、この目の前の相手が日向の昔からのトモダチであると言う事も判った。

 

「……いや、良いよ。オレ……迷子、だったし。その、話し相手になってくれたし……」

 

因みに火神観察をして発言するこの間……… 実に5~10秒ほどかかってる。それに加えて声も小さめ。その辺りを指摘してくるかどうかをも確認する。

 

「そうですか。なら良かった……」

 

ははっ、と笑う火神を見て 大体悟った。良い人であると言う事。まだまだ直感で油断出来ないが。

 

「って、迷子だったんですか? 大丈夫ですか? 土地勘とか」

「うん……。でも、大丈夫。トモダチ、呼んでるから……」

「あーちょっとまってまって。研磨ってどこの高校??」

 

話に置いて行かれそうになるので、日向は思わず飛び付く様に間に割って入った。

ぎょっ! と孤爪はなっていた。なので、火神がひょい、と日向を抑えつつ 応える。

 

「えーっと……研磨さん、ですよね。オレ、火神誠也です」

「……うん。よろしく」

「こちらこそ! ……んで、翔陽。研磨さんがどこの高校かわかんないまま話してたの?」

「へ? わかんないよ! ってか、せいやはわかんの??」

「はぁ、判ってるのかと思ってた。ほら、研磨さんのジャージに刺繍されてるじゃん……。それにカバンのトコもNEKOMAって。合宿最終日の練習試合の相手じゃん」

「NEKOMA……?? ね、こ、ま……??? ああああっ!!! 研磨ってねこま?? 音駒?? とーきょーの!?」

「っ、っっ!? う、うん……。そう……」

 

日向の興奮度合いが更に増した様で、飛びつく勢いで孤爪に掛かっていったので、もう一度止める。落ち着きのない子供だ、これじゃ、とまたため息を吐いた。

 

「楽しみにしてますね? 宜しくお願いします研磨さん」

「………うん……」

「なんでせいやは、そんなクールなんだよーー! ネコだぞー! 噂に聞く伝説のネコなんだぞーー!!」

 

 

日向がブーブー言ってる間にも軽く談笑は続いた。日向も入って更に続く。孤爪もやっぱり人見知りからくる会話し慣れてない部分があるものの、最後には孤爪がプレイしていたスマホゲームに火神が反応してから、割とスムーズになった。

 

 

「モンポシですかー。オレ、天塔31階で止まっちゃってて、ダメダメなんですよね……」

「31なら、ガチャ限じゃなくても、コツさえ掴めば普通にいけるよ」

 

 

かなりのゲーマーな孤爪。今日一の大きな声である。

 

完全に乗り遅れてしまった日向はまた頬を膨らませた。

 

「オレにも教えてくれよ、せいや!」

「いや、翔陽は猪突猛進型だから、下手に教えて刺激して、廃課金しちゃった日には目も当てられないだろ?」

「ゲームでそこまでするかーー! そもそも ちょとつもーしん、ってなんだーー!」

「……今日みたいに、何処かれ構わず突っ走っていって止まらない事、だ」

「………すみません」

 

2人のやり取りを見て、思わず笑ってしまうのは孤爪。

何だか時間を忘れて、と言うのは久しぶりな感覚だった。……それも部活内でなら初めての感覚かもしれない。

 

 

 

そんなこんなで暫く談笑し、最後にやって来たのが 孤爪の待ち人。

 

 

 

「おーい、研磨!! やっと見つけた」

「あ、クロだ。――じゃあ、またね。翔陽。誠也」

「では、また会いましょう」

「おーぅ!」

 

手を振って分かれる。そんな光景を見て目を白黒させていたのはクロ。

超が付く人見知りの孤爪が、こんな短期間で仲良くなってる事に驚きを隠せれてないようだった。

 

「いや、かなり珍しい光景だが それよりもだ。勝手にフラフラすんなよ」

「ゴメン」

 

 

因みに 火神と日向は慌てていた。

 

「うわわっっ、そういえばロードワークの途中だった!」

「……ちょっと遅れ気味になったな。翔陽! 超特急で帰るぞ」

「ぅおう!」

 

孤爪との話が結構盛り上がってしまって(主にゲーム関係で)、結構時間がかかってしまっていたのだ。

 

そして、その後――――きつくお説教を受けたのは日向だけで、連れ戻すと言う密命を受けていた火神にはお咎めなし、となるのだった。

 

 

「……せいやだって話し込んでた癖に……」

「日頃の行いの差ってヤツか?」

「うきーー!」

 


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