王様をぎゃふん! と言わせたい   作:ハイキューw

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書いたら消しを繰り返してたら結構長くなってしまいました……。


第43話 音駒戦①

「音駒戦。スターティングはこれで行く」

 

音駒戦に向けてのスターティングメンバー、烏養の中ではっきりと決まり、そして発表した。

 

 

 

WS(ウイングスパイカー) 澤村 大地

WS(ウイングスパイカー) 東峰 旭

WS(ウイングスパイカー) 火神 誠也

MB(ミドルブロッカー) 日向 翔陽

MB(ミドルブロッカー) 月島 蛍

Li(リベロ) 西谷 夕

S(セッター) 影山 飛雄

 

 

 

スタメン発表の空気は、やっぱりいつの時代、どんな世界でも変わらないのだろう、と火神は思えた。

 

そして、火神は与えられた事が嬉しい反面、他の事も考えてしまう。

昔の自分ならただただ嬉しいだけで、これからも試合相手は勿論、仲間にも負けない様にただ前を見続ける。胸を張って前を進み続けるだけだった。

でも、此処で以前の様に上手く考えられないのはもう仕方ない事なのだ。

 

認めつつも、火神はしっかりと前を見据えた。

 

だって、これが自分自身が選んだ道なのだから。……これが、自分の選んだ道。

あの日、清水に背を押され、この烏野排球部へと入った時から進む道だ。

自分で選んだからこそ、精いっぱい全力で取り組んできたつもりだった。

 

そして 認められた結果がスタメンと言う形で実を結んだ。

 

そこに後ろめたさなんかを持っていればそれこそ競ってきた相手に失礼だろう。

同じく力の限りを出し切ってきた先輩方に。……田中に。

 

火神(じぶん)と言う存在が現れた事によって、田中と言うかなりの有望選手が外された。

ならば、それに見合うだけの事をしないと、此処にいる意味がない。何より田中に合わせる顔が無い。……そう火神は気を引き締めなおし、拳を握りしめたのだった。

 

そんな火神の事を横目で見ていたのは影山。

 

影山の中では、火神がスタメンなのは自分のこと以上に決定事項だったので、当たり前だろ? と思わず言おうとしていたが、その決意、意思の強さが現れたかの様な表情を見て、何も言わず口を噤んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

神妙な顔つきをしている山口。

落ち着きつつも、決意を新たに持ち 目に炎を絶やさずに宿らせ続けている様な 菅原、田中。

落ち着いた姿勢を一切崩さない縁下、木下、成田。

 

 

 

夫々想いを抱えながら、烏養の話を聞く。

 

 

 

「顔合わせて間もない面子だし、そう簡単に息が合うとは思ってねぇ。聞いた所によるとそんなツギハギな状態でも4強の青城にも勝ってる、って所を考えてみると、たとえ時間が無かったとしても、形にはなるってオレは思ってる。……でもまぁ、色々なゴタゴタはもう持ち込むんじゃねぇぞ?」

「「!!」」

 

ジロっ、と見られてるのは東峰と西谷の2人。

その2人も問題を起こした事は自覚している為、ただただ背筋を伸ばして聞き続けていた。

烏養はそれを見て、とりあえず大丈夫そうだ。と判断して続ける。

 

「……まぁ、アレだ。例え天才が居て、凄腕のリベロが入って、おまけに燻ってたエースが戻ってきたからって、それだけで【よし勝てるぞ】ってなる程 バレーは甘くねぇ。―――勝つのは、6人全員で繋いだ方だ。繋ぎ切った方だ」

 

そうなのだ。

仮に最終セットの24点まで問題なく点を重ねられたとして……、最後の1点。マッチポイントからの1点を先取する。それを取らなければ、取りきらなければ勝利とはならない。

如何に 過程が良かったとしても、最後の1点を取りきらなければ勝ちにはならない。

バレーボールには試合終了のタイムアップなど無いのだから。

 

 

「この面子でどのくらい戦えるのか。【カラス】の宿敵、【ネコ】との勝負だ。気ぃ入れろよ!」

【あス!!】

「ウシ! んでもって、試合の練習が出来るなんてありがたい機会は早々無いって思っとけよ? それも縁が切れかかってた東京にいるネコとの練習試合なんてな。取り付けてきた先生にお礼いっとけ!」

「!?」

 

横でニコニコと笑みを浮かべながら見ていた武田。

でも、まさかイキナリ話を振られるとは思っても無かったから思わず動揺する。以前、青葉城西戦後の講評の時もあったが、武田は あまり得意ではないのだ。特に部活動関係は尚更。

 

「そ、そんなヤメテくださいー」

 

と抗議しようにも、選手達の視線はすでに武田の元へ。

皆、一斉に頭を下げて【あザーーース!】と礼。ただただ、武田は苦笑いするしかないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その後。

体育館をモップ掛けをして、皆で手分けして片付けを行っている最中。

 

東峰は、モップ掛けをしている縁下と田中の後ろ姿をじっと見続けていた。

帰ってきたばかりの自分がイキナリレギュラー抜擢された。確かに恵まれた体格や力は、少しサボった程度で帳消しにはならない。……でも、今までずっと練習を頑張り、貢献し続けてきた男たちの手前、自分なんかが……と思ってしまうのだ。

特に田中の事を想うと尚更思ってしまう。

 

「旭さん!!」

「ッ!??」

 

そんな東峰の心境を完璧に読んでいたのだろう西谷が仁王立ちのまま、背後から声を掛けた。西谷には隠し事が出来ない……と、ある意味観念しきっている東峰。でも、ひょっとしたら今回は違うかもしれない、と考えつつ、なるべく平静を装って振り向いた。

 

「―――スガさんの事はともかく、【田中に申し訳ない】とか思ってんじゃないですか? それに【縁下】のことも。あいつらおんなじポジションだし」

「う゛っ!!」

「ええッ!?」

「…………」

 

違う事はなかった。

今回も見事に心の内を当てられてしまった。

 

そんな西谷の声に反応して声を上げる縁下、田中はただただ東峰の方をじっと見ていた。

 

 

「オレらは仲良しごっこやってるんじゃないんスからね!! より強い方がコートに立つ! 弱肉強食!! これ当然です!! 全国狙ってやってくんスから、尚更!」

 

 

ダンッ! と体育館の床を思いっきり踏む西谷。

次に無言だった田中もスッ、と前に出てきて答えた。

 

「旭さん。今オレが一番ダセェって思ってるのは 勝負に負ける事より、最初から受入れてしまう事。しょーがねーって思っちまう事、……つまり逃げる事っス」

 

グッ、と田中は力を拳に入れた。

 

「やれば出来る! 出来るまでやり続ける!! 今のオレは下なんざ向いてる暇無ぇ! もうここからは上を向き続けるしかねぇ!! つーわけで……」

 

 

田中は大きく、大きく息を吸い込んで、そして大声と共に一気に吐き出した。

 

 

「アサヒさぁぁぁぁんっ!!!! かがぁぁぁぁみっっっ!!! 今を満足なんかぜってぇぇぇしねぇ! こっからが上り以外なし!! 今以上に強くなって、正々堂々奪いかえぇぇぇぇす!!! せんせんふこぉぉぉくっ!!!」

 

 

びくっっ!! と体育館に残ってる全員が思わず振り返った。

目を見開いて吹っ切れた感満載な田中の顔を見て、田中の宣言を聞いて、付き合いの長いメンバーは全員声の大きさに驚いた後、ただただ笑っていた。これこそが田中なのだと。

レギュラーを外されたら誰でも沈むだろう。……それは歳なんか関係ない。菅原だってそうだった。

田中もそう。……でも、それはほんの数秒程度だったのかもしれない。後はただただ前を、上を見続ける。シンプルイズベストを貫く。それが田中だ。

 

そして、せんせんふこぉぉぉくっ ――――宣戦布告をされた東峰と火神。

田中のその声にこたえる様に、火神も一歩前に出ていった。

 

 

 

「田中先輩! オレも負けないス!」

 

 

 

大きな大きな声で、田中に張り合う様に上げ続けた。

 

「にっ! っと、アサヒさんはどーなんスか!」

「あ、う、うん。………オレも、負けない。負けるつもりも譲るつもりもないよ」

「なんか声小さい気がするけど、それだけ聞ければ良いです!」

 

夫々の決意を聞いて西谷は笑った。

西谷も田中と言う男の事はこの場にいる誰よりも良く知っているつもりだ。

この程度で凹むワケが無い、と最初から判っていた。1年が来る前まではレギュラーだったのに、それを外された個々の名を言って、東峰に事実を突きつけるのも中々言える事ではないだろう。だが、西谷は躊躇なく言った。

 

ここから上がってきた時、今以上に強くなっていると確信できるからだ。

 

ただ、火神が妙に気を遣う可能性がある、と危惧していたりはした。色んな人から優等生優等生お父さん、と呼ばれ続けているから、それ相応に気を……と。

でも、火神を見てその心配は杞憂だと西谷は笑ったのだ。

 

 

「心身ともにエースになったのなら、誠也だけじゃねぇ。アサヒさんだって龍に勝てねぇかもしんねぇっスよ!! 龍は鬼メンタルなんスから!」

「おうっ! その通りだぜ、ノヤっさん!!」

 

ぐいっ、と腕を肩に回す2人。

 

やはり 色々と(・・・)波長が合う2人は仲が本当に良さそうだ。

あまりに良いからこそ、色々と(・・・)結託して迫ってくるのだろう。

 

色々と――、つまりそれは清水絡みである。

 

……その辺りは勘弁してもらいたいが、と思ってしまうのは火神だ。異常なオーラを放出しながら迫ってくるので、色々と(・・・)大変なのだ。いつも。

 

「勘弁なんぞしねぇぞ火神!! そこは譲らねぇ!!」

「勿論だぜ龍! 我らが聖域を侵すべからず!!」

「侵すべからず!!」

「「潔子さんを還すべし!!!」」

 

 

「……えっと、オレ何にも言ってないんですけど。それに還すっていったい何をどーすればいいんですっけ……?」

 

心を読まれる事もしばしば。

なので、更に注意が必要だな……、と火神はため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんか、オレ、置いてかれてるみたいだなー」

「あ、そこは あの2人ですから仕方ないですよ東峰さん……」

 

完全に置いてけぼりを食らった東峰。渦中の1人の筈なんだけど、最早 田中&西谷の眼中には無くなってしまっていた。縁下も同じく巻き込まれかけたのだが、そこは良かったのか悪かったのか、話題は完全に逸れてしまった。

きょとん、としてる日向や影山には一応告白しておこうとは思ったので、掃除する手を完全に止めて向き直った。

 

「オレ、実はずっとひたむきにやってきたわけじゃないんだ。一度逃げ出した事もあったし……だからな――……その……」

「「???」」

 

逃げ出した? といまいちよくわからない言葉が日向や影山の頭を混乱させてしまう。極々普通な事。挫折の1つだと解りそうなものなのだが、この2人にはまだまだ縁のない事の1つだろうから仕方がない。

 

そして縁下は、頭でなかなか言いたい事が纏められずにいた。

逃げ出した事実を告白する事もそれ相応に覚悟がいる事だ。先輩と言う立場になれば尚更思う。

 

そして、今目の前にいるこの1年達。首を傾げているこの男たちが自分と同じように逃げ出すような事があるか? と考えてみれば、それは絶対にないと断言出来てしまう自分も情けなかった。

キツイ練習になればなるほど目を輝かせている様な男たちだから。何より、あの前監督の超スパルタ練習を聞いて目を輝かせているんだから……。

 

と、口ごもっている所に 西谷が戻ってきた。

 

「力も龍もやる男なんスよ! どっちも頼りになる男だって事はオレがよく判ってるんス!!」

「縁下にも負けねぇからなァぁ!!! ゴラァ!!」

 

また盛り上がる2人。

そろそろ澤村が聞きつけて怒られそうなので、縁下は2人を強制退去させる事にした。両手で突っ張りをする要領で田中と西谷を下げる。

 

「も、お前ら良いから! ヤメロってば!! そーじまだ終わってないんだぞ!! ほら、さっさとやる!」

「アガッ!!」

「モガっ!!」

 

 

どうにか喧しい2人を静止させる縁下。

丁度その後に澤村が戻ってきたので、本当にファインプレイだったのである。もうちょっと遅かったら澤村から説教を貰う事になりそうだったから。

 

それは兎も角、西谷や田中を直ぐに諫めるとは 流石は次期キャプテン最有力候補だなぁ、と助けられたも同然だった火神は感激するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

練習後もしっかりちゃんとご飯を食べる。

 

筋肉を修復し、更に大きく身体を育て上げる為に。

つまり食べるのも言わば練習の一環。

なので決して易しくはない。特に食べるのがあんまり得意じゃない組は尚更……、である。

 

食べた後は動きたくないものだけど……、合宿ではそうはいかない。

ちゃんと寝床の準備まではしなければならないのだ。……旅館やホテルじゃないんだから。

 

「おーい火神ちょい待ち、枕落ちたぞー」

「あ、すみません。ありがとうございます、木下先輩」

「良いって良いって。ほれ」

 

寝床は勿論自分の分だけではない。

食事が終わった後、せっせと戻ってきた火神は、一番に就寝の準備に取り掛かった。そこに2年生の先輩方が合流し、手伝ってくれているのだ。

 

「あと、もうちょい奥に詰めてくれ。……田中とか寝相結構アレだから、後少し離したい。用意する今のうちに」

「あはは。了解です。……あー、なら翔陽と田中先輩を掛け合わせてはどうでしょう? 翔陽のヤツも寝相の悪さでは負けてませんし……」

「ははははっ。そういやー朝、火神、日向に背中思いっきり蹴られてたっけ? 反転した上での背中にキック。いやぁなかなか器用な寝相だよなぁ?」

「おかげ様で蹴られる夢見ましたけどね」

「そりゃそーだな」

 

先日の事。

日向と丁度隣り合わせになった火神は、思いっきり日向に蹴られていたのだ。遠慮の一切ない蹴り。身体にまだまだパワーが足りないのと火神の方がガタイは上なので、蹴りだされたりはしてない。

勿論、朝起きて発覚したので、思いっきり寝起き顔に火神がチョップはしていたが。

 

色々と快適な寝床を確保する為に画策をしていた丁度その時、影山と日向が遅れて合流した。

 

「ア゛ッ!! 2年生が準備してるっ!!」

「オレ達やります!」

「2人とも遅いぞー。飯食った後も はたらけーー。ほいほいっと!」

「うおっ!!?」

「どわあっ!!?」

 

勢いよく乗り込んできた日向と影山目掛けて、手に持ったお布団セットを放り渡した火神。影山は何とか受け止める事が出来たが、日向は受け止めきれず、そのまま埋もれた。

 

「あ、縁下先輩。それオレがやりますよ」

「いや、別にいいよ」

「やりますやります」

「あぁ、ほんといいのに……」

 

ストック? してた2セットを2人に渡したので手ぶらになった火神。丁度最後の1つを縁下が持ってたので火神は、半ば強引に手伝う事にした。別に良かったのに……と言われたが、此処は後輩だからと許してもらう事にした。……何だか言葉の使い方間違えてる様な気がするが、それは気のせいである。

 

 

 

 

 

「あの~~……縁下さん。さっき旭さんたちとの話ですけど……」

 

ある程度、準備が終わった所で 日向は気になってた事を縁下に聞いた。

勿論、【逃げ出した】と言う話の真意だ。途中で終わってしまったので気になったままだった。自然と日向と縁下の方に視線が集中する。

そして、それは縁下も判っていた様で、ただただ苦笑いしていた。

 

「あぁ、もしかして逃げ出した、って話? ええっと…… それは去年の話でさ。一時期、烏養監督が復帰したのは皆聞いてるよね?」

【うス】

「あー……、その時に、その……情けない話ではあるんだけど、練習についていけないヤツが何人か出まして……」

「「………」」

 

丁度、縁下が言ったと同時に、木下と成田は 気恥ずかしそうに頭を掻いていた。

 

「基本的には優しい主将に甘えてて、それまで 【それなりに楽しくやってた部活】が途端に【勝つための部活】になっちゃってね。……ぬるま湯に浸ってたオレ達はびっくりして逃げ出したんだ」

 

元々烏養監督は一度、烏野を春高と言う全国の舞台へと導いた監督。

名将と呼んでも良い存在。

そんな監督が復帰した、ともなれば 練習量など文字通り桁が違ってくるだろう。烏野高校では お世辞にもバレーに精通している教師は居なかったので尚更だ。

運動部が辛くしんどい部なのは当たり前だが、全国を本当の本気で狙おうと意気込む。彼らはそれだけの覚悟が当時は足りなかったのだ。

 

「でもさ。やっぱりバレーがしたくて戻ってきた時には、烏養監督はもう居なかった。……あれ程後悔した事は無かったよ。オレだって、オレ達だって変われる。変わったって所を……見てもらいたかったんだけど」

 

軈て、烏養はまた倒れたと言う悲報を聞いた3人。

言いようのない脱力感に苛まれていた。

 

でも、いつまでも引き摺るワケにはいかない。今は新チームなのだから尚更後ろを向けない。

 

「ウチは部員多くないからさ。澤村さんはちゃっかり戻ってきたオレたちにも目を瞑ってくれたんだと思う」

「……だよな。目を瞑るどころか喜んでくれたし。……特に情けねぇって思った」

「あはは……。オレ達はさ。正直 お前たち優秀な1年達に誇れるような事はまだまだ全然出来てない。……でも、ずっと引きずってる訳にはいかない」

 

縁下、木下、成田が互いに頷き合った。

 

「戻ってこれたからにはお前たちにも負けないように頑張りたいと思うよ。だから、改めて宜しくな!」

【はい!】

 

2年の皆の決意を聞き、より一層身が引き締まる思いだ。

自分の情けない部分を他人に―――それも、後輩に曝け出すと言うのは簡単な事じゃない。だからこそ、そんな2年生たちを情けない、等とは簡単に言ってはいけないんだとも思えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその後。

火神は 澤村と烏養の元へと来て話をしていた。

トイレに行ってた時 ばったりと会ったのが切っ掛けである。

 

話の内容は当然 対音駒の事。

 

烏養の過去の経験を元に彼らのスタイルの再確認していた。

 

「音駒高校の特筆すべき所は守備、って事ですね」

「ああそうだ。オレん時も先生の名とか高校の名とか以上にネコって名が似合うチームだったよ。現状は流石に判んねぇけど。猫又先生が復帰した以上……、その辺は多分変わってねぇ筈だ」

 

にっ、と笑う烏養。

それに頷き返す火神。澤村も同様だった。

澤村も予測の範囲内ではあるが色々と頭の中で想定している。

 

「音駒は突出して攻撃力の高い選手がいるワケでも、お前や影山みたいな天才がいるワケでもない。でも、全員が満遍なくレベルが高いって事。……穴が限りなく少ないって事か。厳しい試合になりそうだ……」

「あー……、いや その、澤村さん? オレは天才って訳じゃ……」

「ははは。悪い悪い。判ってても、つい、な? 音駒(あいて)はウチより格上だって思った上で行くつもりだ。……しかし青城に続き東京の音駒。何処もかしこも怖い奴らばっかり。だからこそ、余計に燃える」

 

澤村の言葉で火神はあからさまに嫌そうな顔をしたが、笑って謝ってるのでこれ以上何かを言う事は無かった。

 

「あはは。オレも同じです。音駒との試合は今からでも本当に楽しみで楽しみで。でも、確かに色々と未知数ですし、そこも楽しみではあるんですが、同じくらい怖い所もあります。――完成された守備(・・・・・・・)ほど、怖いものは無いですからね」

「! (……ほう)」

 

烏養は火神の言葉を聞いて、少し驚いた顔を作る。

 

攻撃と守備。

 

どっちを取る? と問われれば、……どちらかと言えば攻撃面を選ぶ事が多い、と言うのが烏養自身の答え。烏野高校がそうだったように。

 

守備ばかりでは決定力に欠け、得点に繋ぎ切らなければ意味が無くなってくると思えるからだ。それに攻撃は最大の防御、とも言う。

 

なので攻撃特化なら、例え一個人であったとしても、トスが1つで決定づける強烈な一撃を放ち点を取る事が出来る。そんな者がいたのなら、映える方も断然そっち側だ。

 

 

でも、火神は【完成された守備(・・・・・・・)】と言う言葉を使った。そして、それが【怖い(・・)】とも。

 

 

普通なら、実際にそういったレベルが高いチームと試合を交えていき、その経験の元で知っていく事だろう。……が、火神はあらゆる想定をしてシミュレートをしていったのか、その感性をすでに持ち得ている、と烏養は感じた。……それは決して単なるビビリって訳じゃなく、臆病って訳でもない。

 

 

――怖さを知っている者は、それをきっと克服できる。挫折を知り、立ち上がった者がより強くなる可能性を秘めているのと同じだ。

 

 

その上で楽しもうとしているんだ。やっぱりバケモノと言っていいかもしれない。

 

 

再々々……確認。

 

経験不足、なんて言葉はこの目の前の小さな巨人……ではなく、大きな超人には当てはまらない。

 

「ったくよぉ、ほんとコイツはどーなってんだか」

「「???」」

 

はぁ、と頭を掻きながら言う烏養。

火神と澤村は一体なんの事を言ってるのか判らないから、ただただ首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその後――何だか夜の施設内で突然 大声で走り回る男が2名程いた。

 

 

 

 

なんでも【オレが先風呂入る!】とか【テメェ! フライングすんなボゲェ!!】とかなんとか騒いでいる様子。

 

そもそも バレー部で騒ぐような連中は大体判ってるし、声が聞こえたから間違いない。

と言う事で 大きく深くため息を吐いた後に、火神は出動した。

因みに澤村に関しては、何故だか 火神に気を使って優しくなってたりしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月5日。

 

音駒との試合前日練習。

今日も熱のこもった指導の下、懸命にボールを追いかけまわし続けた。

 

ただ、いつもと違うのは、本日漸く届いた物があって、練習後にそれ(・・)を配られた事。

 

因みにそれ(・・)とは【ユニフォーム】の事である。

 

 

 

「おおおっ!! 凄い!! テレビで見たヤツ!!」

「おー。前の練習試合の時はゼッケンだったし、やっぱりこっちの方が気合入りますね」

 

 

憧れの烏野のユニフォームに日向は大はしゃぎ。

 

日向の横にいた火神も この時ばかりはテンションが割り増しで上がっている。

当たり前だ。これは普通のユニフォームではない。ましてやコスプレでもない。

 

本物で心の底から憧れた烏野のユニフォームなのだから。

 

 

「変わらずコレだけかぁ。もう一種類あれば良いんだけどなー」

 

烏養も懐かしそうに表情を緩めてユニフォームを見ていた。

思い入れはやはり大きくある様だった。

 

 

「はい。じゃあ、皆に配ります。集まってください」

 

 

武田の指示で、清水から皆に手渡された。

この時、火神はちらっ、と西谷を見てみた。

 

「って、ノヤさん着替え はやっ!? マジで はやっっ!?」

 

火神は 思わず声を上げてしまっていた。

彼は、ユニフォームを渡されたとたんに、速攻の早着替え。

目にもとまらぬとはこの事で、所謂

 

【恐ろしく早い着替え……オレでなきゃ見逃してるね】

 

と言える状態だった。

最終的に、これは ギネス世界記録も狙えるのでは? と思った程である。

 

「おおおっ! ノヤさんだけオレンジだ!! 目立つ!!」

「そりゃお前、オレは主役だからな!」

「うおおおお!! 主役! かっけぇぇぇ!!」

 

日向は日向で、いつ着替えたかに関しては驚きもせずに、ただただ1人だけ違う色のユニフォーム、目立つ事に大はしゃぎだった。

 

西谷も格好良い、と日向に言われてまんざらではない様子だ。

 

「西谷、もう着てる」

「いつ着た??」

「……オレ、偶然ですが 着替えを目撃しました。西谷さん、ほんの3~4秒? いやもっと早い?? しょーじき判らないですけど、そんな感じで着替えてましたよ。凄い速さでした……」

「ふえぇぇ、すげぇな……」

「前にテレビでやってた早着替え対決の記録って、確か2秒とかそこらじゃなかったっけ?」

「とうとう世界クラスか……、西谷」

 

と、割とどうでも良い内容で盛り上がったりしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「リベロは試合中何回もコートを出入りするからわかりやすいように1人だけ違うんだよバカ」

「知ってるし!! 全然知ってるし!! バカにすんなよ! 雪ヶ丘中(ウチ)にもリベロ居たんだぞ!」

「1年の鈴木な。頑張ってくれたよ。……んで、一応、翔陽はルールはしっかり覚えてる筈だから、その辺は安心してくれ影山。だいじょうぶだいじょうぶ」

「……お前が言うなら大丈夫なんだろうな。辛うじてだけど」

「辛うじてってなんだーー!! せいやが言わなきゃ心配だっていうのかーー! って、いや ちょっと待て影山………」

 

ふんがー! と息巻いてた日向だったが、影山のユニフォームに注目した途端に静かになった。

 

「ナニ見てんだコラ」

「…………じぃ」

「はい判った。たぶん影山の番号じゃないか? 翔陽。影山9番で自分は10番、みたいな」

「はうぐぅっ……」

 

火神がずばり図星を言い当てた。

日向にはまさにクリティカルヒットな言葉だった為、苦虫を噛み潰したような表情になって項垂れる。

 

「うぐぅ……、だって、だって 影山一桁で、オレは……」

「はぁ、オレだって2桁だし。その辺は大人になってだなー」

「だーかーらー せいやがおかしいんですぅーー! いろいろとおかしいんですぅーー! 何回でも言いますぅーー! 言い飽きることなんかぜーーったいありませんーーっ! 子供っぽい所みせた方が逆に良いって思いますぅーー!」

 

諭そうとする火神に、ブーブーとブーイングをする日向。

影山は鼻息が荒くなっていた。

 

「そもそも1年でユニフォーム貰えるだけでも有難いと思え。よく跳ぶだけのボゲチビ」

「ふぐぅっ!!!」

「めちゃ辛辣だな……影山」

 

日向の総合的なスキルはまだまだ低い、と言う事をかなり辛口に毒舌に言ってる影山。事実だと判っているが故に日向も中々言い返せない。

先日、影山に言ってしまってるから。【自分単体ではきっと出してもらえない】と。

 

 

「でも、日向なら10番(それ)で喜ぶと思ったんだがな」

「うんうん。でも、あの様子じゃ覚えてないみたいだ。何せTVで一回出ただけだし」

「え??」

 

澤村と菅原が、まだ荒れてる日向にフォロー。結構重要な事を教えてくれた。

 

 

「日向。小さな巨人が全国出た時の番号、【10】だったんだぞ?」

「!!!」

 

 

それを聞いて、日向は 思わずユニフォームをまた見直した。

そして、蘇るのはあの電器商店で見た小さな巨人の姿。

火神誠也と言う男との出会い。

 

そして あの時からずっと夢中になってやって来た。根源の記憶。

 

「――――!! こっ、コーチの粋な計らいですかっ!?」

「いいや。たまたまだ」

「じゃあ運命だっ!! オレの所に来たのは運命なんだっ! 小さな巨人がオレのもとに!」

 

日向は、ユニフォームを掲げて喜びを爆発させた。

それを見て、とりあえず さっきよりはマシか、と苦笑いする火神。影山は、運命運命言い続けてる日向にズバッと一言。

 

「コーチがそう言ってんだ。どう考えても たまたまだろ」

「何? 妬んでる?? 妬むなよ。影山クンドンマイ」

「なんでオレが妬むんだよ!!」

 

ニヤニヤとちょっとキモチワルイ笑みを浮かべてる日向。

 

「……運命~って言ってる割に、翔陽は忘れてたしなぁー。運命ってヤツに嫌われるかもよ?」

「うっ! そ、そんな事ねーもんっ! ちょ、ちょっと忘れてただけだし! もー離さないし!!」

 

影山の次に 横でボソッ、と一言呟いたのは火神。

どうやら、その一言は テンションハイになってる日向にも十分届き得た一撃だったらしい。運命? に嫌われでもしたら、このユニフォームも何処かへ行っちゃうかも!? と思ってしまった様だ。……なので、日向は 誰にも渡すまい、としっかり暫くの間 10番のユニフォームを胸に抱きしめていたのだった。

 

「ああ、ちなみにだが、日向の好きな【小さな巨人】が居た頃が、過去烏野が一番強かった時期だ。……が、その頃、烏野は一度も音駒に勝ってない。最後にやった時も負けてる筈だ。……そっから、交流が途絶えた筈だから、負け越し状態。……負けっぱなしで終わってる」

 

烏養の言葉に、全員の視線が鋭くなった。

ほぼ互角と聞かされていた。だからこそ 負けた状態のままいられない。

 

「お前らで汚名返上してくれ」

【あス!!!】

 

 

気合入れ直し十分。

そして、その日の練習は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――決戦の日 5月6日。 午前8時50分。

 

舞台は烏野総合運動公園 球技場。

 

 

カラスとネコの決戦の地。

 

 

 

 

「………なぁ、先生よ」

「……ハイ」

 

烏養にも色々な感情が渦巻いているのだろう。

学生時代以来の音駒。途切れていた縁が再びつながった事。そして、何より 自身の祖父の代わりに選手たちを率いている事。

それらが重圧として重くのしかかっているのでは? と武田は思っていたのだが……。

 

「オレ、タバコ臭くねぇかな? 湿るくらいにはファブリーズしてきたんだけど」

 

どうやら全く違った方面を気にしていた様子。ただのエチケット。

でも、それが何処か頼りになるとも武田は感じた。故に笑顔で返答してあげた。

 

「大丈夫! ラベンダーの香りが沢山ですよ!」

「………無香料にすべきだったか」

 

 

 

良い具合に、大人側の緊張も解れた所で。

 

 

「集合!!!」

 

 

とうとう、音駒のメンバーと相対した。

 

 

レギュラー陣を紹介しよう。

音駒高校主将MB(ミドルブロッカー) 黒尾(くろお) 鉄朗(てつろう)を先頭に。

 

 

 

3年 WS(ウイングスパイカー) (かい) 信行(のぶゆき)

   Li(リベロ) 夜久(やく) 衛輔(もりすけ)

 

2年 WS(ウイングスパイカー) 山本(やまもと) 猛虎(たけとら)

   WS(ウイングスパイカー) 福永(ふくなが) 招平(しょうへい)

   S(セッター) 孤爪(こづめ) 研磨(けんま)

 

1年 MB(ミドルブロッカー)犬岡(いぬおか) (そう)

 

 

 

 

 

 

火神は、今自分がどんな顔をしているのか、鏡を見なくてもはっきりわかる。(ダジャレではない)

 

本当に手に取る様にわかる。

自分は今 目を子供のように輝かせて、なるべく表情に出さない様にしつつ、笑っているのがわかる。

出来る事なら、大きな声を上げたいし、ひとりひとり握手でもして回りたい気持ちでいっぱいだが……、それをここでしちゃったら、完全な変人の1人になってしまうので、どうにか堪えた。まだ…… あのミドルブロッカーの彼が足りないが、それでも中々興奮を抑えるのが難しい。

 

 

 

 

「挨拶!」

【お願いしアス!!】

【しアーース!!】

 

 

どうにか澤村の号令で 頭を下げたおかげで、表情筋を解す事が出来たのだった。

 

「……キミ、なんで変顔してんの?」

「……変顔って。ヒドイな。ただの楽しみで仕方ないって顔だし」

「そんな風には見えないケド。変以外だと、どっちかと言えば何か我慢してる顔に見える」

「あー、まぁ 気にしないでくれ」

「ふーん」

 

変に注意深い月島にはバレてたみたいだ。

何かやらかすのが日向や影山、そして上級生で言えば田中や西谷だったので、比較的優等生な火神は一応 そっち方面では信頼されてるみたい。なので、あまり追及されずに済んでいた。……ただ単に、月島がそこまで興味はなかっただけかもしれないが。

 

挨拶が済み、全員で体育館へ。

 

 

「おーーい研磨ーー!」

「!」

 

顔見知りである孤爪に一目散に駆け寄るのは日向。

 

「久しぶりだなー!」

「……翔陽。……久しぶり、っていう程じゃないと思うけど」

「オレにとっては長かったんだよ。だって めっちゃ楽しみにしてたから! 今日はよろしくなっ!」

「あ……、えっと……。うん」

 

喜びを身体全体で表現しているかの様な日向。この時ばかりは火神も日向の事を軽く尊敬し、羨ましくも思えた。……だからと言って自分がイキナリそんな風になるのは無理だが。

 

なので、無難に、無難に行ってみた。

日向に続いて速足で駆け寄って声を掛ける。

 

「研磨さん。2日ぶりですね」

「……ん」

「今日はよろしくお願いします!」

 

日向に加えて火神のコンボ。

それを食らった人見知りな孤爪は、やや委縮してしまっていた。顔見知りとはいえ 以前に少しだけ話した間柄だ。直ぐに打ち解けて、気楽に会話~ なんてできるようなら人見知りやってない。

 

 

そんな孤爪の後ろ姿を見てた男がいた。

威圧感満載でメンチ切りながらやってくる。

 

 

「ヘイヘイヘイ。おたくら。……うちのセッターに何の用ですか」

「ッッ!!」

「!」

「ちょっと……」

 

強面な男の名は山本猛虎。……トラだ。孤爪の止めなよ視線もどこ吹く風。

その鋭い眼光、威圧は 日向をあっという間に竦ませた。

 

「あ、その、ご、ごめんなさ……」

 

後退りしながら、火神の背中に隠れる日向。

そして、トラは1人片付けた! と言わんばかりに、次の標的……、自分より大きいが関係ない、と視線を火神に向ける。

火神の顔をじっ、と見て またメンチを……としたのだが。

 

「以前、ウチの翔陽(バカ)が研磨さんにお世話になりまして、その時知り合いました!」

「………!」

「! ……別に世話はしてないけど……」

 

とても良い笑顔で話し返されてしまった。

物凄く顔を歪ませて、物凄く目を鋭くさせて……やっているのに、暖簾に腕押しとはこの事で、常にニコニコとしている。

 

「あっ、今日はよろしくお願いしますね!」

「っ、お、おう」

 

流石にトラも、此処まで爽やかに返されては何も言い返せない。

と言うより、突っかかってきてくれないと、やり返しも何もない。

火神に毒気を抜かれる男は、及川に続いてトラが2人目である。

 

完全に空振りしてしまったトラ。

何とも言いようのない爽やかな雰囲気に包まれて、面食らって…… それは音駒側にとっては物凄く珍しい光景。

孤爪も、後ろで見てた犬岡たちも思わず吹き出して笑っていた。

 

日向も和やかになりつつある空気に喜び、顔をひょいっと出していた。

 

そんなある意味助けてもらいたいような状態のトラを助けたのは……まさかの烏野側だ。

 

 

「そっちこそ。ウチの後輩たちに何の用ですかコラ」

 

 

後ろからは、日向や火神とのやり取りは見えない。ただ、トラが絡んでる風にしか見えなかったので、人一倍そういうのに鋭い嗅覚をもっている田中が出動したのである。

 

正直 有難い!! と思ったのはトラ。

 

待ってました、と言わんばかりに、胸をそり返して田中に睨み返す。

 

 

「なんだコラ。普通に話してただけだろコラ」

「何処が普通だコラ。ウチの後輩にメンチ切ってただろうがコラ。やんのかシティボーイコラ」

 

 

これぞまさに龍虎相まみえる、である。

ただ、先ほどまでの 肩透かし、盛大な空振りを見たばかりだったから、そのゼロ距離メンチ切り合いも茶番に見えて仕方ない。

 

 

「コラコラ。やんのか、ってやるんだろ? これから試合なんだから。あとシティボーイとかやめろって。恥ずかしい」

「!!」

 

「山本。お前すぐケンカ吹っ掛けるのヤメロ。バカに見えるから。つーか、誤魔化してるつもりかもしれねーけど、さっき盛大にカラ回ったの見てるからな? 恥ずかしい」

「……!!」

 

 

 

 

しっかりと頼りになる上級生たちが場を収めてくれた。

もうちょっとくらい見ていたかった気もするのは火神。

 

因みに、この後 トラは烏野に清水と言う美人マネージャーが居る事をこの場で知って、顔を思いっきり赤くして逃げ去っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

このカラスvsネコのゴミ捨て場の決戦は、何処からともなく聞きつけた地元民たちが大勢駆けつけていた。

 

なんでも、ゴミ捨て場の決戦は、久しぶりのイベント。年配者たちにとってもそれは風物詩みたいなもの、寧ろ息子の運動会を観戦する様なモノだから、いつでも大歓迎、と言うのが真相である。

 

なので、ただの合宿の練習試合……の筈なのに、それなりに観客が集まって外からも熱気があふれる一戦となった。

 

 

色々な牽制、選手同士だけでなく、コーチ監督陣もあった。

 

 

「……例え相手が烏養のじじいじゃなくとも、容赦しねぇよ?」

 

 

穏やかで小さな猫背の音駒高校監督 猫又。

先制攻撃、と言わんばかりに 目を鋭くさせて、貫禄バッチリで烏養達を静かに見据えた。

 

「「………」」

 

まだまだ新参者である武田と烏養は、それを受け止めるだけで返すまでには至らなかった。

 

でも、―――選手達を信じて前を向く。きっとやり遂げてくれるだろう、と思っているからだ。

 

 

 

 

そしてアップも済み、試合開始前。

音駒の恒例である円陣。

 

「―――オレ達は血液だ。滞りなく流れろ。酸素を回せ。【脳】が正常に働くために。――行くぞ!!」

【あス!!】

 

 

音駒で 黒尾が主将となった時から行っている円陣。出来上がったその時から皆が気に入って行っている……ワケでは無かったりする。

 

「クロ……、やっぱりやめない……? なんか恥ずかしい……」

 

孤爪だった。

音駒で言う【脳】とは彼の事だからだ。つまり、血液が滞りなく流れる様に。自分達が動き――そしてボールを流す。

脳であるセッターの孤爪が正常に事を運べるように。と言う事。なので、当事者である孤爪が一番恥ずかしい想いをしていたりするのだ。

 

でも、孤爪以外には好評である。

 

「なんで! いいじゃねーか。雰囲気雰囲気!」

「自分らへの暗示みたいなもんだしな。滞りなくボールを運べって」

「――――ってことだ。オラ、行くぞ研磨」

「……………ぇぇ」

 

多数決だったら仕方ない……、ときっぱり割り切れるワケもなく、孤爪は引っかかる所がありながらも、半ばあきらめた様にコートへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、烏野。

 

「―――正直言って、オレ達は顔合わせたばっかの面子だ。デコボコでちぐはぐなのは当然。しかも今日がこの面子での初試合。加えて相手は未知のチーム。どんな戦いになるか判らない。……壁にぶち当たるかもしれない」

 

澤村が冷静に自チームを分析して出した答え。

突出する組はいるにはいるが……、何度でも言う。戒めを込めて言う。全員で繋ぎ切った方が勝つ。何人かが凄かったところで意味はないのだから。

 

「……壁にぶち当たった時は、それを超えるチャンスでもある。 行くぞ!!」

【ぅオス!!】

 

 

澤村の大人顔負けの言葉に、武田や烏養も苦笑いしていた。

 

 

 

 

 

 

【音駒高校対烏野高校 練習試合始めます!!】

【しアス!!】

【しアース!!】

 

 

 

 

ネットを挟んで向き合うネコとカラス。

始まるゴミ捨て場の決戦。

 

「うおおおっ、ちっこい!!」

「!? な、なめんなよっ!!」

「あはは。なめてねーよ。全然!!」

「本当にっ!?」

「おうっ!!」

 

当の選手達は緊張感は無いようだった。日向と犬岡も、波長が合うのか、楽しそうに話をしている。……試合前にするような事じゃないと思うが。

 

「チっ……(ちょっとくらい油断しろやコノヤロー)」

「影山、落ち着けって。顔に出てる出てる」

「……ふん」

 

あからさまに不機嫌顔になった影山を苦笑いしながら制する様に言うのは火神。

日向にビックリして、ビックリして目が眩んでいる間に他がどんどん攻め立てるのが影山の中で構築されている攻撃スタイルなので判らなくもないが、此処まであからさまに睨みつけなくても良いと思うから。

 

 

「おれさ……」

「??」

 

4人の話に触発でもされたのか、孤爪が話しかけてきた。……視線は合ってないが。

 

「ウチのチーム【強いとおもう】って言ったけど……、強いのはおれじゃなくて、皆だから」

「……?? あ、つまり6人全員がもれなく強いって事だな! よっしゃあ!! 燃えてきた!」

「……いや、その、オレ以外(・・)、ね……」

「研磨さん、()って言ってましたし、それは無いんじゃないですか? 謙遜しすぎですって」

「…………」

 

孤爪はそれ以上何も言い返さず、そそくさとサーブ位置へと離れていった。

そんな孤爪を見て にっ、と日向と火神は向き合って笑っていた。

 

 

 

 

そして、試合開始。

サーブは音駒……孤爪から。

 

孤爪のフローターサーブがレフト側の(コーナー)ギリギリに放たれた。

決して威力があるとは言えないが、アウトともセーフとも取れそうで、迷いが生まれる良い位置だ。狙って打ったとなればコントロールの高さが伺える。それも試合の最初のサーブで。

 

「旭さん!!」

「オーライ!」

 

待ち構えていたのは東峰。アンダーで的確に拾う―――が、ミート位置がずれてしまったのか、ボールの変な所に当たってしまって短めになってしまっていた。

 

「スマン! ちょい短い!!」

「旭さん!! 一ヶ月もサボるからっ!!」

「スミマセンッ!!」

 

西谷に思いっきり説教を食らう。東峰も返す言葉もございません、と言わんばかりに即座に謝罪した。

ボールの上がった位置は、アタックラインより僅か外側。確かに普通なら僅かだが乱したと言っていい好サーブとなった事だろう。

だが、この烏野にいるセッターは普通とは程遠い男 影山だ。

 

離れた位置からでも、強引に速攻を捻じ込む。上げられた……いや、矢のように放たれたボールトスは、最初から決まっていたかの様に日向がフルスイングした掌に収まって、そのままコートへと着弾した。

 

【!!!?】

 

これには音駒も驚きを隠せない。

守備に定評があるチームだが…… 初見ではあのトンデモ速攻、変人速攻を止めるのは非常に難しい、と言う事が改めて証明された結果だった。

応援に来ていた観客たちも例外ではなく、遠距離(ロングレンジ)でコート全体を見ていたのにも関わらず、見失ってしまった。……驚きの一言である。

 

 

「うおおすげぇ速ぇっ!!」

「何今の!?」

「あんなとこから速攻……!? 初めてみた」

 

「なんだぁ ありゃあ!?」

 

 

猫又も白目向く程に驚いていた。強引極まりない暴力的なプレイに見えるが、それにしては息もぴったり合っている。まだワンプレイだが、狙ってやったともなれば脅威の一言だ。

 

 

「………………」

 

 

そんな中、孤爪だけは、ただただ静かに日向の事をじっと見ていた。頭に先ほどの一連の流れを思い描きながら。

 

「ナイス! 日向影山!」

「翔陽ナイス!!」

 

軽く円陣をした後、日向は元の位置へと戻る。

 

「……すごいね。びっくりした……」

「えへへ! でも、せいやもスゲーサーブ打つからな! ビックリすんなよ??」

「ボゲ日向!! バラしてどーすんだよボゲェ!!」

「うひぃっ!? そ、そーだったっ!!」

「いやいや、サーブなんて絶対に回ってくるんだし、遅かれ早かれじゃん。そんな怒らなくても」

 

火神のサーブがやべぇ! も勿論 烏野にとってはビックリポイントの1つになっているのだ。

なので、初見こそ存分に、と影山の頭の中では思い描いていたのだが、日向が…… あの超速攻を見せた日向が、火神のサーブを【スゲー】と言ってしまったら、初っ端の驚きと相余って警戒されてしまうのは目に見えている。

ましてや守備力抜群の相手ともなれば尚更だ。

 

それが証拠に、先ほどまで日向と影山の速攻に驚いてばかりだった音駒の皆の視線が火神に集中しつつあった。

 

「あははは……………」

 

皆に見られているのは火神にも判るので、ただただ苦笑いをしていた

孤爪は、火神は今 凄い、と日向に言われて照れている? 恥ずかしいって思ってる? と頭の中で考えつつ、火神を他のメンバー同様に見ていた。

 

火神は苦笑いしたまま頭を掻き、そして――サーブを打つために背を向けた。

 

 

「………………はははっ!」

 

 

照れたようにも見える苦笑いが、背を向けた途端に変わった。

嬉しくて、嬉しくて、楽しい。心底嬉しいし、楽しい。まるで心の底から楽しんでいる子供の様な顔。

 

 

その笑みを見たのは烏野側のみだ。

 

コート上の皆一様に笑っていた。

普段は世話役だったり、大人しめだったりして、年相応のモノが見えない男なのだが、今この瞬間はそれらが一切なくなっている。……そのまるで 無邪気さを取り戻したかの様な火神の笑みを見て――畏怖の念も同時に起こる。

 

 

火神は、エンドラインから6歩、離れた位置で止まった。

視線は下を向いたままで、向こう側からはきっと表情は見えていないだろう。

抑えきれない興奮をどうにか抑えきれた、と確信した時、火神は顔を上げるのだ。

 

 

 

―――音駒の皆さん。皆さんがオレの憧れそのものです。ここに来れて本当に良かった。オレの名は火神誠也です。……宜しくお願いします!

 

 

と僅かに残った笑顔で思いながら。

 

何の事はない。これは青葉城西の時と同じ。恒例にする予定の所作だ。

 

 

最初は必ず挨拶から。――初めまして、宜しくお願いします。

そこから入るだけだ。

 

 

想いをボールに全て込めて、火神はボールを高く高く上げるのだった。

 


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